お久しぶりです。
今回は迷宮の中という事で、迷宮の食材にもチャレンジしてみました。
具体的に言うとリリアも安心のアレですね(具体的とは)。
感想、誤字報告ありがとうございます。いつも助かっています。
感想のおかげで今日も生きていける。
それでは、稲作事情の続きをどうぞ!
パチパチと薪が弾ける音がする。
迷宮都市オラリオの地下に広がる
下界の住民たる人間はおろか、全知
人間との共生を望みつつ、人間と怪物の長過ぎる闘争の歴史にその願いを否定され続けている彼らは現在、料理と開墾に精を出していた。
「リド、お酒とって」
「おいおい、子供に酒はまだ早いぜリリア?」
「リドはご飯いらないんだね」
「ごめんなさい」
グツグツと煮え立つ鍋に、赤緋の鱗に包まれた
ギルドの主神であり、迷宮都市の創設神でもあるウラノスとその使い走りであるフェルズによって保護された彼女は、持ち前の
彼らとは15年の付き合いがあるフェルズですら追抜こうとする程のスピードで異端児との仲を深める彼女は、火にかけられ即座に酒精が飛び、独特の香りを振りまき始めた鍋の様子に相好を崩した。
「うん、いい感じ」
「不思議な香りですネ……なんと言うカ、癖になル匂いでス」
「甘いようなツンとするような複雑な匂いだな。まあオレっちは美味ければ何でもいいけどな!」
「レイ、隣の火をもうちょっと強くしてもらってもいい?リドは代掻き手伝ってきて」
「分かりましタ」
「……オレっち、ゼノスのリーダーのはずなんだけどなぁ……」
一番の新入りに顎で使われ、哀愁漂う背中で田んぼの方へと向かうリド。とはいえ、その遠慮のないやり取りに嬉しさを感じているのも事実であった。
リリアの言葉に頷いた
優しい風を受け、勢いを増した火を見つめるレイ。
自らの翼が、このように「何かを作る」事に役立つなど思いもしなかった彼女にとって、その火は特別で、とても暖かなものとなっていた。
一方、グツグツと音を立てる鍋の隣には、牛脂が塗られた鉄板が置かれていた。レイが強めた火に熱せられたその鉄板からは、パチパチと言う音と共に香ばしい香りが漂っていた。
その上にリリアが投入するのは、真っ赤な赤身が美味しそうな薄切り肉。現在オラリオの市街地に出る事を禁じられているリリアが、フェルズに頼んで購入してもらった牛肉だ。
いいお肉が食べたいというリリアの願望、もとい駄々に根負けしたフェルズがポケットマネーから購入する羽目になったその肉は、精肉店の中でも上位に入る物ばかりであり、かつ大量に購入したためしばらくの間彼の財布は寂しいものとなっている。
そんな肉を遠慮なく鉄板の上に投入していくリリア。肉の脂が弾ける音と共に、肉の焼ける良い匂いが未開拓領域に広がっていく。
その匂いに気がついたのか、先日作り上げた田んぼで代掻きをしていた他の異端児たちの間から歓声が上がった。リリアが来るまでは迷宮産の食材ばかりを食べていた異端児たちだったが、彼女が来てからは米を始めとして
駄目押しとばかりに、ニニギ・ファミリアでの生活により料理の腕前を上げたリリアが調理したそれらは、異端児たちの胃袋をがっちりと掴んで離さない。
彼らは完全にリリアに餌付けされていた。
「モーさーん、代掻き終わりそう?」
「ああ」
リリアの質問に静かに答えたのは、土の精霊によって作られた特大サイズの馬鍬(
その身体は鋼よりも硬い筋肉で覆われており、オラリオの最上級冒険者にも届こうかというほどの圧倒的
彼の他にも
人力では考えられないスピードで田んぼが整地されていく様子に満足げな笑みを浮かべながら、リリア達食料班は料理を進めていく。
「そういえバ、これは何ヲ作っているのですカ、リリア?」
「すき焼き」
「スキヤキ」
グツグツと煮え立つ鍋に焼き色がつく程度に軽く焼いた肉をポンポンと投入していく。他にも迷宮産の葉物野菜や、ニニギ・ファミリアから差し入れられた椎茸等を入れると、蓋を被せて煮込み始めた。
「レイ、ここの鍋は弱火にしてね」
「分かりましタ。横の鉄板ハどうしますカ?」
「まだ使うよ、後はお米をよろしく」
「お任せヲ。レット、手伝って下さイ」
レイの質問にそう答えたリリアは、アルルが手を伸ばして差し出していた果実を手に取った。その隣ではリリアの指示を受けたレイと彼女から要請を受けた
赤い皮に包まれたその果実は名前を
現在彼女たちのいる里がある第20層「大樹の迷宮」で採れる果実で、上質な肉を思わせるジューシーな果肉と果汁が特徴である。
ナイフとしても使える森の
ほっ、ほっ、と皮を剥き薄切りにした肉果実を鉄板の上に並べていくリリア。ジュワッという快音と共に、果肉の焼ける良い匂いが広がる。
「肉」果実というだけあって、美味しい食べ方はほとんど肉と一緒だ。唯一の違いといえば、生で食べても食
しかも果実である為その果汁で胸焼けするといったことは無く、リリアが安心して食べられる肉の代用品となっていた。
「塩焼きこそ至高」
ふふん、と得意げな表情で削った岩塩を鉄板の上の肉果実にまぶすリリア。菜箸で焼き加減を見極めると、裏返してはまた岩塩をまぶしていく。
そうして料理を始めてから30分ほど。
代掻きと料理を終えた
彼らの前に並べられたのは、器代わりの大きな葉に乗せられた肉果実の塩焼きとここにいる全員分を賄うために超大型となった特製の鍋に入ったすき焼きだ。メインディッシュの米はもちろん、全員分の茶碗型の器に盛られている。
「フム、今日モ美味ソウダ」
「それじゃあいただくか!」
「いただきまーす!」
「いただきまス」
リーダーであるリドの号令により、全員が食べ始める。
鍋に入ったすき焼きを鍋奉行と化したレットがそれぞれの器によそっていき、人型でない一角獣たちはガツガツと器に顔を突っ込んで食べていく。
「おお、美味ぇ!酒を入れた時には想像もできない味になったなぁ、これ!おいグロス、食ってるか!?」
「……美味イ、コレハ、美味イ……」
「肉に鍋の汁ガ染みテ、とても美味しいでス。野菜モ素材自体の甘さに加えテ汁の甘味が加わっテ、良イ……」
「うん、美味しい!」
呵々大笑し、酒と一緒にガツガツとすき焼きを食べるリド。持ち前の
その隣では、
すっかり料理の楽しさに目覚めたレイは、細かく味を評しながらも笑顔で食べ進めており、リリアは相変わらずの蕩けた笑顔で米とすき焼きと肉果実を食べていた。
「モーさん、どう?美味しい?」
「ああ。美味い」
「良かった!」
アステリオスもその巨体にとっては小さすぎるように見える器を持ちながら、黙々と食べ進めている。リリアの声に美味であることを告げると、同時にニヤリと笑みを浮かべた。
自他ともに認める
その笑顔に同じく笑顔で返答したリリアは、とても嬉しそうな顔でご飯を食べる。
「ん〜、おいひい」
肉果実の塩焼きを噛み締めれば、即座に溢れ出すのは極上の果汁だ。ほのかに甘く、それでいて旨味に満ちたその味は正に
更にそこに塩の味が加わり、旨味の暴力をしっかりと引き締める。最上級の霜降り肉にも近い食感の果肉は、口の中でホロホロと崩れていくような柔らかな肉質であり、果汁と塩をしっかりとその実に詰め込んでいた。
その果汁を飲み込みきる前に米を口に頬張る。
まだ炊飯に不慣れなレイ達が炊いたため、少し水が多く柔らかい気がするが、そこを気にするリリアではない。きちんと心がこもったご飯であれば、余程食べられないものでは無い限り「美味しい」判定となるリリアである。むしろ味わいのスパイスとばかりに柔らかい米を噛み締める。
塩焼きのいささか強過ぎるとも感じる味が、米の無限の包容力に抱き締められて収まっていく。それもただ頭ごなしに抑えつけるのではなく、米自らの味と見事な調和を奏でつつ。
米の第一陣を胃に送りこめば、次にすかさず第二陣を放り込む。口の中の果汁を殆ど吸収した第一陣とは違い、今度の第二陣は「後味」とのコラボレーションだ。
口腔内から鼻腔へと通り抜ける肉果実の芳醇な残り香。それをおかずに優しい甘さの米を頬張る。もきゅもきゅと口を動かせば、満腹中枢を存分に刺激する幸せの味が口いっぱいに広がった。
「えっへへぇ……おいしい……」
美味しいご飯を皆で食べる幸せでふにゃふにゃと笑顔を浮かべるリリアを見て、リドたちも釣られて笑みを浮かべた。
「本当に美味しそうに食べるよなぁ、リリア」
「本当に美味しいから」
「ふふ、ご飯ヲ食べていル時のリリアはとても魅力的でス」
「……肉ト米、コレハ中々……」
日々を彩る美味しい食事に、自然と賑やかになる異端児たち。
一角獣が口の端に米粒をつけたまま、茶碗にがっついていた事実を隠そうと格好つけ、即座にアルルに茶化されて彼女を追いかけ回す。それを見たフィアやラーニェが笑い、リドが面白がって囃し立てる。
静かに、しかしガツガツと豪快に食べ進めるグロスを見ながら食事の用意を手伝っていたレイとレットが笑みを交わし、チラリと視線を交わした
異種族しかいないものの、他のどの共同体よりも暖かく賑やかな時間。
皆で食卓を囲むという、地上では当たり前の光景。
そんな「当たり前」がいつまでも続く事を、欲を言えば、この暖かい輪にあと何人か、いや、何人もの
そんな彼らの下に希望の白い光がやって来るまで、あと少しであった。
「フェルズ、その『ベル・クラネル』って冒険者が来るのは明日辺りで合ってるんだな?」
「ああ。彼の
そう言って肩をすくめるフェルズ。
食事が終わった後、後片付けに勤しむ彼らの下へ姿を表したフェルズに呼び出されたリドは、数日前から知らされていた「同胞を匿った風変わりな冒険者」を試す日が近づいている事を彼から知らされた。
外界では厳しい扱いを受ける
今ごろ驚天動地で大騒ぎであろうまだ見ぬヘスティア・ファミリアの冒険者たちに、リドは心底同情した。
「……原因のオレっち達が言えた義理じゃないが、その冒険者たちに同情するぜ……」
「それで、リド。グロス達はやはり……」
「ああ。『どうしても信用できない、試させてもらう』だそうだ。オレっち達も付き合う。もちろん、実戦形式でな」
フェルズの懸念にそう答えたリド。
彼らが案じていたのは、いわゆるグロスを始めとした人間に非好意的な異端児たちの事であった。
15年の付き合いの中で、彼らの心情も痛いほど分かる様になったフェルズは、さもありなんと頷いた。むしろここですんなり受け入れるようなら、流石にそれはリリアに絆され過ぎだろうと逆に心配するところであった。
「致し方ない。付き合いの中で君達の事情もその感情も理解できるつもりだ。ただし、くれぐれも」
「分かってる。お互い怪我人が出ないようにとは行かないだろうが、きちんと死人は出ないようにするぜ。丁度手加減の出来そうにないアステリオスは深層に行ったしな」
「うむ、頼んだぞ」
リドの笑顔にしっかりとした頷きで信頼を表すフェルズ。
異端児の長とウラノスの使い走り兼彼らとの連絡係という間柄、長い付き合いである彼らは人間で言うところの親友のような関係となっていた。
そして、そんな彼らだからこそ話せる事もある。
「ところで」
そう前置きしたフェルズは、和気あいあいと隠れ里の入り口にある水場で食器や鍋を洗うリリアたちを見た。
姿形が完全に違うもの同士でありながら、見た目など関係ないと言わんばかりに親密な様子を見せる彼女たちを見てフェルズはリドに問いかける。
「リリアは、彼女の何が君たちの琴線に触れたんだい?」
「あん?どういう事だフェルズ」
「いやなに、純粋な疑問というやつさ。確かに彼女は君たちの外見に怯えない、ある意味
「なんだ、そういう事か」
フェルズの言葉を聞いて、リドは短くそう答えると彼と同じくリリアを見やった。
その横顔は遠い目をしており、ここではないどこか遠くへ、かつての光景を思い出すように細められていた。
「……んー、そうだな。やっぱりオレっち達の見た目に怯えなかったってのはでかいぜ?」
「それは分かっている。私だって最初は君たちの事を恐れていたのだからな」
「ハッハッ、懐かしいなぁあの時のフェルズの顔。いやフェルズの表情わかんないけどよ。骨だから変わんねえし」
「悪かったな、骨で」
「許してくれよフェルズ!そんで何だったか?ああ、リリアの話だ。……なあ、フェルズ。お前の言うとおりなんだよ」
ムスッとした雰囲気を醸し出し始めた
「フェルズは今じゃオレっちと握手できるけど、最初は無理だっただろ?」
「……ああ、そうだな。悪いとは思っているが、あの時は君の手にどうしようもない嫌悪感を抱いていた」
「いいんだって、オレっち達も理解してる。……オレっち達は人間とは違う。武器を持ち、威圧して初めて他者に恐怖を感じさせる
赤緋の鱗に包まれた手を見つめる。
人間とは完全に違う、異形の体。
これまでに人間に手を差し伸べた事はあっても、彼らから差し伸べられた事はない。
そして、差し伸べた手を取ってくれたことも。
それは当然だ。
だって自分たちは《怪物》だ。
鋭い爪を持ち、鋭い牙を持ち。
醜い形相で恐ろしい咆哮を上げ、その肉体だけで他者を殺し得る凶悪な
生まれ持った異形、人類の天敵。
それが自分達であると、異端児たちは長い年月の中で悟ってしまっていた。
「それがさ、握ったんだ」
「……なるほど」
「なんの躊躇も無く、なんの怯えもなく。まるでオレっち達がリリアと同じ人間であるみたいに」
今でも思い出せる。
あの時の感触を、暖かさを。
初めて触った人間の手のひらはひどく暖かくて、柔らかくて、何より小さかった。
自分の大きすぎる手の平では、うっかり握り潰してしまいそうなほどに小さく、儚かった。
「ビックリするだろ?オレっちもその時はビックリしちまってさぁ、なんて言ったか聞きたいか?『お前、オレっちの事が怖くないのか?』だぜ?」
「それはまた……なんとも
くっくっ、と笑いをこらえながら当時の台詞を迫真の演技で再現するリドに、語尾を笑いで震わせながらそう指摘するフェルズ。
「笑えるだろ?でもよ、ここからがもっと笑えるんだぜ?リリアがそんなオレっちになんて言ったと思う?」
「さあ……アレの事だから『ご飯を食べればみんな友達!』とかかな?」
「アッハッハッ!確かに言いそうだな!でも違うぜ、正解は『……何で?』だ!!どうだ、笑えるだろ!?めちゃくちゃ不思議そうな表情で、何で?って、こっちが聞きたいぜ!!」
「それは……凄いな」
「そこからは早い早い。まず真っ先にアルルが懐いたな。後はレイとかフィアとか。グロスとかラーニェ達はまだ警戒してたけど、次の日には毒気を抜かれたような表情になってたな!アレは今でも笑えるぜ!?」
「ははは、それは見てみたい気もするが、今でも見れる気もするな?」
「確かにな!ハッハッ!!」
ゲラゲラと笑うリドに釣られて、フェルズも笑う。
そして彼は理解した。何故リリアが彼らに即座に受け入れられたのかを。
彼女を
「彼女の本質は
良くも悪くも他者を差別しない
外見に怯えずとも上辺だけを取り繕った友好ではなく、きちんと彼らの事を理解し、友情を育もうとしていた彼女の真意を。
「なるほど、それは君たちが気に入る訳だ」
「そういう事だ!……だからさ、少し期待しているんだ、今度の冒険者には」
「……ああ、そうだな」
その瞳に切望を浮かべる蜥蜴人に、愚者は万感の思いを込めた声でそう答える。
迷宮は、そんな彼らを優しく包み込み、淡く光っていた。
「やっほ、雛ちゃん来たよー」
「久しぶり、リリアちゃん。1年ぶりだね」
「お久しぶり〜」
「うわわ、リリアちゃん!?」
「……この着物越しでも伝わる柔らかな双丘の感触。これが合法、ビバ女体、ビバ
「……リリアちゃん?」
「うぬん、何でもないよ」
「そ、そう。……それで、今年もやっぱり?」
「当然。今年こそ完璧に学んでみせる。そしてウィーシェの森の特産品に米を入れるのだ」
「苦節18年、だっけ……頑張るねぇ……」
「米は我が命、我が人生。雛ちゃんと会えたのもこれまた運命。これからも末永くよろしくね」
「……う、うん!こちらこそよろしくね、リリアちゃん!」
「それで、今日のお昼ご飯だけど」
「うん、前に約束した通り、屋敷の人にお願いして厨房を貸してもらってるから」
「流石は極東で5番目のお嬢様!よっ、ゴジョウノ家!どんな厨房なのかわくわくだよ!」
「そ、そんな、恥ずかしいよリリアちゃん。さ、さあ行こう!お米が逃げちゃうよ?」
「お米は逃げないよ雛ちゃん、何言ってるの?」
「そこは冗談が通じないんだね」
「何作ろうかな〜、親子丼かな〜、うどんかな〜」
「ノリノリだね、リリアちゃん……」
「極東の地で、わしょ……極東の料理を食べる。これはお、私の野望であり悲願……!!」
「もう何回も食べてると思うけど……」
「何回だって一緒だよ!それに今日は雛ちゃんと一緒に作るんだし!」
「……そうだね、じゃあ行こうか!」
「がってん承知!!」
次回「米と女神と白兎」