TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

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(たぶん)米ディッ!!!!!


リアルが修羅場です。
あとスランプでござる。


第2話『リリア、オラリオに立つ』
第12話『胎動する闇は米なんかに負けない(フラグ)』
第16話『異端児は稲作の夢を見るか?』

等で仕込んでいた伏線を回収してます。
……できてたらいいな。

追記:なんかルビが上手くいってませんでしたので修正。
  誤字報告ありがとうございました……気を付けよう。




『神伐兵器』

「なっ、なんやこれ……!?」

 

 ロキは、目の前に広がる光景に開いた口が塞がらなかった。

 迷宮(ダンジョン)を抜け出し、突如都市に現れた『武装したモンスター』の騒動から一夜明け。

 衆目の前で希少な怪物(モンスター)の討伐に執着する意地汚さを見せた大型新人(ベル・クラネル)。一人の英雄候補が零落したその日を境にして、ロキの可愛い最初の眷属であるフィンはなにやら悩み始めた様子だった。

 主神として、長きに渡って彼を見守り続けてきたファンの一人として、その悩みは喜ばしいものであった。

 彼は今、長年被り続けてきた自分の殻を、他でもない自分自身の力で脱ぎ捨てようとしているのだ。

 眷属の成長を目の当たりにしたロキは、彼への助言ついでに老婆心を働かせ、神の強権発動(よけいなこと)をしそうな創設神(ウラノス)を牽制しにギルド本部へとやって来た。

 ……やって来たのだが、そこに広がっていた光景に頭の中が真っ白になってしまった。

 

 ギルド本部が、()()()()()()()()()()

 

 比喩では無い。

 文字通り物理的に、ギルド本部の建造物であり、かつウラノスの神殿でもある荘厳な万神殿(パンテオン)が見るも無残に分断されているのだ。

 本部に集まっている一般人や冒険者たちは驚きのあまり腰を抜かして硬直しており、職員たちも事態の把握が上手く出来ていないような状態であった。

 いつになく焦燥感を顔に浮かべたロキは、混乱する人間(こども)たちの脇を通り抜け、本部の奥へと続く通路へ飛び込んだ。ギルド本部は床までバッサリと切断されており、地割れを起こしたような深い亀裂を見せていた。

 その亀裂の奥に見えた松明の明かり。

 ウラノスが襲撃を受けているのだ。

 

「あんのジジィ、ウチが殺す前にくたばったら承知せんからなぁ……!」

 

 苦い表情を浮かべながら、ウラノスに対して憎まれ口を叩くロキ。しかしその胸中は、彼の大神への心配で溢れていた。

 別にロキはウラノスの事が気に入っているというわけではない。しかし、彼がこの迷宮都市の運営に文字通り身を捧げ、絶大な神威を用いた祈祷によってあの迷宮を抑えてくれているのは知っている。

 彼に何かが起こった時。何かの間違いによって彼が天界に送還された時。

 それは、この都市、ひいては世界の滅亡が始まったに等しい。

 重厚な扉を非力な神の腕でひいひいと息を荒げながら開け、先にあらわれた階段を一足飛ばしに駆け下りる。だんっ、だんっ、だんっ、と音を立ててギルド地下の床を踏みしめたロキ。肩で息をしながらも、祈祷の間へと続く扉を普段は収めている神威を全開にしながら蹴破った。

 

「ジジィ!!まだ生きとるか!?」

「……ロキ、か?」

「いったい何があったんや!待ってろ、癪やけど今助けたる─────」

 

 しかし、神威によって下手人を威圧し、最悪の展開を防ごうとしたロキの目論見はあっけなく崩れ落ちた。

 

 ふわり、と一陣の風がロキの頬を撫でる。

 

 なんや、とロキが疑問に思った瞬間、彼女の頬からぶしっ、と大量の血が飛び散った。ぱたた、と音を立てて自分の腕にかかった赤色を呆然とした顔で見下ろすロキ。一瞬遅れてやってきた激痛に、彼女はたまらずのたうち回った。

 

「いっ、ぎいいいぁぁぁああああああ!!?」

『煩い羽虫が入り込んできたわ、私』

『ええ。ぎゃあぎゃあと煩い羽虫だわ』

「がっ、い、ったい……お前ら、精霊(ニンフ)か!!?」

 

 普段、突っ込み代わりの寝技や殴打なら食らうものの、傷一つ負わされることのない生活を送っていたために、慣れない痛みの感覚に呻くロキ。そんな彼女を冷めた目で見つめているのは、黄金を延ばしたかのような美しい金髪をもつ、二人の少女であった。

 その身に纏う風、人間ではありえないほど以上に整った美しい相貌。何より、()()()()()()()を感じ取ったロキは、一瞬でその正体を看破した。血の滴る頬を手で押さえながら、ぎりりと音が鳴るほどに歯を食いしばり目の前の敵を睨みつけるロキ。

 都市の要であるウラノスを狙った、精霊の襲撃。

 これまで『穢れた精霊』や闇派閥(イヴィルス)の襲撃を受けてきたロキは、彼女たちの背後に都市の破壊者(エニュオ)の影を見た。

 

「精霊風情が神を傷つけるたぁ、ジブンのやった事分かっとるんやろうなァ、ワレェ!!」

『どうしましょう、あの羽虫』

『煩いし、醜いし、胸ないし。どうしましょうか、私』

「っておいゴラァ!!?胸の話は今は関係ないやろがい!!!」

 

 そこそこ豊かな双丘を揺らし、とうとう下級の存在である精霊からも煽られるロキ。

 天界のトリックスターと呼ばれていた頃に戻ったかのような殺気と鋭い視線を精霊たちにぶつけながらも、彼女の脳内は冷静に現在の状況を把握しようとしていた。

 

(……おそらくギルド本部を()()()のはこいつらやない。十中八九、後ろでウチに目もくれずにジジイの方を向いとる生意気な精霊の方や。となるとこっちの二人組はその護衛……いや、違うな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()感じか。……エニュオか?いや、それにしては動きが性急すぎる。そもそも、こんな規則破り(ルール違反)やるんやったら最初からやっとればそれで目的はあっさり達成)

『面倒くさいし、殺しましょうか』

『ええ。殺しましょう』

「……って、ちょっと待てやァ!!」

 

 やたらとあっさり目に神殺しを決行しようとする精霊二人に、思わず全力のツッコみを入れてしまうロキ。そんな彼女の様子に構うことなく、精霊たちは詠唱を始めた。

 

『『【風よ、来たれ】』』

「─────」

 

 その瞬間、ロキは自らの死を確信した。

 詠唱が始まった瞬間、空間そのものが()()()ほどの大瀑布の如き魔力が祈祷の間を埋め尽くした。

 魔力の扱いに長けたエルフであれば、堪らず呻き膝をつくであろう程の魔力濃度。それに伴って出現した魔法円(マジックサークル)は、笑ってしまうほどにあっさりと祈祷の間を貫通し、視認が不可能なレベルにまで展開される。

 無理だ。

 彼女たちは自分たちの神威では止まらない。理由は分からないが、彼女たちに神の威光は効かない。ルール違反覚悟で神の力(アルカナム)を使えば切り抜けられはするだろうが、それはロキの眷属(こども)たちを見捨てることと等しい。

 

『『【唸れ唸れ唸れ暴風の籠よ翡翠の渦よ疾風の咆哮よ風の力を以て世界を荒らせ空を駆けよ雲を散らせ大地を剥ぎ取る矢を放て】』』

 

 リヴェリアからの報告にあった通り、精霊の詠唱は絶望的なまでのスピードで魔法(ほうとう)を組み上げ、魔力(だんやく)を詰め込んでいく。

 

『『【精霊王の名において命じる与えられし我が名はイズナ風の化身風の女王(おう)─────】』』

「……イズナ、止まれ」

『『【スー】……ドライアルド』』

 

 絶望的な状況を前にしても、諦める事無く精霊を睨みつけていたロキ。

 彼女の思いが天に通じたのか、ウラノスを尋問していた精霊が、破壊をまき散らそうとしていた精霊たちを止めに入った。

 不満げな声音でもう一人の精霊の名と思わしき言葉を発する2人。彼女たちの足元に広がっていた魔法円が収束するのを見て、ひとまず命が助かったことを理解したロキは、どっと腰を抜かして床に座り込んだ。

 

「儂らは神殺しをしに来たのではない。抑えろ」

『けれど、この羽虫はなんだか気に食わないわ』

『ええ。女好きの下種よ』

『胸もないし、酒に溺れるし』

『自分の眷属にはいやらしいことばかりしているわ』

「……ちょっと待てや、ジブンら何でそんなこと知って」

『『黙りなさい羽虫』』

「アッハイ黙ります羽虫黙らせていただきますぅ」

 

 いっそ見事なまでに下手に出るロキ。今の彼女に神としてのプライドは無い。かろうじて命を拾った今、眷属(かぞく)のためにもここは泥水を啜ってでも生き残る心積もりであった。

 いつか絶対地べたはいずり回したるからなァ……!!

 心の中で復讐の炎を燃やしているロキをよそに、精霊たちは話を進める。

 

「こやつには十分に言い聞かせた。それにリリアが呼んでいる、行かねば」

『あら、本当だわ。あの子が呼んでいる』

『行かなくてはいけないわね。この羽虫は置いていきましょう』

『ええ。時間がもったいないわ』

 

 そして、二人の精霊が天井を見上げた次の瞬間。祈祷の間に激しい風が吹き荒れ、ロキたちの視界をふさぐ。腕で顔を庇ったロキが恐る恐る腕を退けると、そこに精霊の姿は無かった。

 助かった。

 その事実にホッとする暇もなく、ロキは神座に腰かけるウラノスの下へと向かう。先ほどの襲撃者、その出所を聞き出すために。

 

「……おい、ジジイ。さっきの奴らはなんや」

「……他に用事があったのではないか、ロキ」

「ンなもんさっきの出来事で吹き飛んだわ。さっさと吐け。じゃないと今ここでウチが自分殺したるぞ、あ?」

 

 出血は止まったものの、未だ鈍い痛みを放ち続ける頬の傷口に手を当て、あーいて、と愚痴をこぼすロキ。割られた祈祷の間の天井は元通りになることなく割れたままであり、風に吹き消された松明の代わりに、差し込んだ月光が彼女たちを照らしていた。

 八つ当たりも兼ねているのか、自分が話すまでは一歩も引かないとばかりに老神を睨みつけるロキに、ウラノスは何かを諦めるように暫く瞑目すると重々しく口を開いた。

 

「あれは精霊王。……我々の意思を受け、地上に降り立ち数々の英雄たちに力を貸した他の精霊たちとは異なり、我々の代わりに下界を管理する役割を与えられた、いわば『最下級の神』だ」

「精霊王だぁ?……そんなもんに、何で襲われとったんや、自分」

「彼らの逆鱗に触れた。()()()()()傷つけてはならぬと彼らが定めた宝を、他ならぬ我々が傷つけてしまった」

「……何やっとんのや自分……いや、待て。もしかしてそれ、今回の異端児(ゼノス)っちゅう奴らにも関わりがあるんか?」

「……なぜ知っている」

「ドチビから全部聞いた。……この都市を揺るがしかねない『爆弾』。自分が隠蔽したがったのも頷ける。んで?ウチの推理は当たっとるんか、どうなんや?」

 

 老神最大の秘事である異端児の事も知られており、とうとう隠す意味がなくなったウラノスは大きなため息を一つ吐くと、疲れ果てたように目を細めて話し始めた。

 

「……お前の推理は当たっている。我々ギルド上層部、そしてニニギ・ファミリアが秘密裏に保護していた()()()()リリア・ウィーシェ・シェスカ。あの幼子が傷ついたことによる異端児と精霊王の暴走。それが今回の騒動の発端だ」

「リリア……ちょい待ち、そのリリアって、ウィーシェの森の王族っちゅーエルフロリっ娘の事やないんか!!?精霊の愛し子の!!それが何、兵器やと!!?」

「……ああ、そちらにはあの幼子の従者が所属したのだったか?……なるほど、その者であってもアレに対する認識はそんなものか」

「何一人で納得しとるんや自分!?ウチにも分かるように説明せえや!!」

 

 唐突に与えられた、異端児以上の爆弾発言。それによって混乱のさなかへと突き落とされたロキは、緊張から解放された直後でうまく働かない頭を無理やりに動かしにかかる。

 神伐兵器。精霊の愛し子。ウィーシェの森の王族。精霊王。そして、『最下級の神』。

 ウラノスから与えられた手がかり(たんご)を組み合わせ、並び替え、自分が眷属(リフィーリア)から聞き出した情報も手札に入れて、そこから読み取れる本質を看破しようと全知である神の頭脳を全力で稼働させる。

 そして、ロキはとある真実に手をかけた。

 

「─────おい、待て。……待てよ、ちょっと待て!?6体の精霊から愛される精霊の愛し子って、そういう事なんか!!?精霊から好かれる体質やったとか、そんなんじゃなくて、単純に─────」

 

 

 

 ロキは震えた。

 人という存在が生み出す、闇の深さに。

 健気に忠義を尽くそうと励むリフィーリアが敬う主。その悍ましい正体に。

 

 

 

「─────無理やりに、精霊6体を宿らせたんか。ちっちゃいガキ相手に」

「……ああ。その通りだ。正確に言えば、()()が捕らえることのできた精霊王4体。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()。……誤解を恐れずに言えば、あれは正確にはエルフではない。『限りなく精霊に近いなにか』だ」

「……嘘やろ」

「……アレは人の罪の象徴。事の発端は我々神ではあるが、生み出したのは確実に人という生き物の負の側面といえる。……元賢者(フェルズ)が覚えていないのも無理はない。私も報告を聞くまでは、奴が闇に葬ったはずのあれが復活するとは思いもしなかったからな」

 

 ウラノスがそう締めくくる。

 可愛がっている眷属には間違っても知らせることのできない情報、残酷な下界の真実に打ちのめされるロキ。

 重苦しい雰囲気が祈祷の間を包み込む。

 ようやくギルド本部が機能を取り戻したのか、主神の安全を確認しようとする職員たちの声が廊下の奥から響いてきた。混乱に乗じて勝手に祈祷の間へとやって来た身であるロキはピクリと肩を揺らし、ウラノスが帰るなら使えと隠し通路の入り口がある壁を指さした。

 老神の厚意に甘え、隠し通路から祈祷の間を後にしようと、ロキは壁に偽装された扉に手をかける。

 

 ─────しかし、【ロキ・ファミリア】を筆頭に、闇派閥(イヴィルス)や異端児、【ヘスティア・ファミリア】などの様々な集団の思惑が複雑に絡み合うこの状況。

 世界は、彼らに休息を許さなかった。

 

「「─────ッ!!?」」

 

 ロキが隠し通路の扉を開けた瞬間、オラリオの街に、一つの力の高まりが現れた。

 その力の気配に、ロキやウラノス、いや、迷宮都市の全ての神が反応する。

 

「……馬鹿な」

「おい、いったい誰や。……ジジイ」

「……我々の陣営にこのような真似ができる存在などいない」

「チッ、やろうなぁ。生憎とウチも知らんわ」

「ロキ、情報収集を頼めるか」

「却下って言いたいところやけど仕方ない、やったるわ!」

「頼む」

 

 ウラノスの頼みに「自分はしっかり祈祷でダンジョン抑えとき!」と返し、祈祷の間に職員が入ってくる前に隠し通路から脱出するロキ。

 雨が降っていたからか、気持ち悪い湿気を帯びた空気の中を走り抜けながら、ロキは我慢することが出来ずに思わず叫び声をあげた。

 

 

 

「いったい誰や!!神の力(アルカナム)使いよったんはぁ!!!」

 

 

 

 勢いよく隠し通路の終端である扉を開け、裏通りに出る。

 混迷を極める状況の中、空に輝く月だけが真っ白に輝いていた。

 

 

 

 

 

「【星よ、星よ、星よ】」

 

 世界が軋む。

 がち、がち、がち、と歯車の音を響かせるのは、【フレイヤ・ファミリア】の拠点(ホーム)である『戦いの野(フォールクヴァング)』、その内部に設置されている巨大な演習場。普段は団員たちが血で血を洗う女神の寵愛を掛けた死闘を繰り広げるその広場に広がった巨大かつ異常な魔法円(マジックサークル)であった。

 中心に位置する魔法円を囲むように大小様々な魔法円がまるで歯車の様に噛み合い、時に遅く、時に速く、様々な速度で回転している。更にその魔法円は空中にまで浮かんでおり、まるで光のドームのような様相を呈していた。

 

「リリア、今回の目的は分かっているな?」

「うい。……【ロキ・ファミリア】を、ぶっ潰す!」

「……違うぞリリア。()()()()で、【ロキ・ファミリア】の本陣を強襲。団長であるフィン・ディムナを叩けば異端児を追う彼らの動きも鈍るだろうから、そこだけを狙うんだ。……ロキ・ファミリアを壊滅させると後が怖いから本気でやめてくれ」

「がってん承知!」

「【我らが友よ、どうか力を貸してほしい】」

 

 光のドームの中心にいるのは、我らが米キチ(リリア)と千穂。瞳を閉じ、静かに詠唱を続ける千穂とは逆に、リリアは魔法円の外から作戦の説明を続けるニニギと会話を続けていた。その手には何やら怪しげな仮面が携えられており、身に纏う衣装もフレイヤが選んだ純白のバトルドレスへと変貌している。

 身体の各所に保護用の軽装を取り付けたドレスを纏う彼女の姿は、言動にさえ目を瞑ればまるで一枚の絵画の様であった。

 と、会話を続けるリリア達の下へ、三人の人影が現れる。

 ウラノスの下へカチコミに行っていた精霊王トリオだ。

 

「あ、ドライアルド。イズナも久しぶり。……えっ、いや、なんでここにいるの?」

「愛の力じゃよ、リリア」

『そこの変態の発言には耳を貸さないで良いわ、リリア』

『そこの頭のねじが外れた老体の発言は無視していいわ、リリア』

「お前ら儂に喧嘩売っとるじゃろ?お?」

『『別に?』』

「は、はは……」

 

()()()()()()()()()()に苦笑を漏らすリリア。そんな彼女を取り巻いた精霊王たちは、彼女が身に纏うドレスを見て「ここの強度が足りん」やら「風でひらひら動くと可愛らしいわ」やら勝手なことを言ってはドレスや軽装に何かしらの加護を加えていく。

 瞬く間にフレイヤの気まぐれによって購入されていた普通のドレスが、2人の精霊王の加護を得た第1級冒険者装備へと姿を変える。

 価値が数百倍、数万倍にも跳ね上がったドレスに、ニニギは頭痛をこらえるように額に手を当てた。

 

「【非力な私の願いに、無力な私の声に、どうか耳を傾けてほしい】」

「そういえば、ニニギ様、どうしてドライアルドたちの力は借りられないのですか?」

「……ドライアルド、答えてやれ」

「儂らに任せてくれるのじゃったら、こんな都市すぐにでも更地にしてやるぞい。リリアは更地がお望みかの?」

『違うわドライアルド。歯向かった虫共を皆殺しにするのよ』

『あの羽虫も処分出来て一石二鳥よ』

「なるほど。3人とも、ステイ」

「『『えー』』」

 

 不満を漏らしながらも大人しく殺気をしまう精霊王たち。

 こいつらはやる。絶対やる。そういう目をしている。

 ナイス判断です、ニニギ様。リリアは心の中で主神に盛大な拍手を送った。

 

「【世界を覆う天蓋に宿りし御身の輝きは曇る事なく、またその光は我らを照らす】」

 

 そうこうしているうちに、千穂の詠唱は最終段階へと移行した。

 魔法円の回転が速くなり、同時に強大な力の奔流が魔法円を駆け巡る。

 それと同時に、千穂の外見にも大きな変化が表れていた。

 肩口で切りそろえられていた髪の色が、まるで新雪のような純白へと変わっていく。うっすらと開いた瞳から覗くのは、まるで神の血(イコル)のような鮮やかな紅。

 その身に宿す()()()()()だ。

 己の体に流れる血がざわめくのを感じながら、ニニギは静かに目を閉じた。

 そこにやって来たのは、いつになく固い顔をしたフレイヤ。護衛として後ろに控えていたヘルンに人払いの指示を出した彼女は、精霊王とリリア、そして千穂と神々しかいなくなった演習場でニニギに質問した。

 

「ねえ、一つ聞かせて頂戴。……アレは、何?」

「……」

「【その希望の一欠片を、どうか私に恵んでほしい】」

「あら、答えないの?……まあいいわ」

 

 今、フレイヤがその瞳に映しているのは、千穂であった。

 固く口を閉ざしたニニギに構わず、フレイヤは言葉を続ける。

 

「初めて見た時も感じたのだけれど、やっぱり気になるもの。……貴方たち、あの子に()()()()()()()?」

「……」

「それも大勢。そうね……千は下らないのではないかしら。貴方たちの領地での生活がどうなっていたのかは知らないけれど、凄まじい執念ね。ええ、悍ましいわ」

「……ッ」

 

 フレイヤの直接的な罵倒にも返す言葉がないニニギ。その眉は苦渋に耐えるかの如く顰められ、その手は固く握りしめられている。ぎりっ、と歯を噛み締めた男神を見て、フレイヤはつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 彼女たちが見つめる視線の先。そこで渦巻いているのは、彼女たちになじみの深い力であった。

 千穂の魔法が使うのは、魔力ではない。

 生まれた時から背負わされた宿命。

 神々によって創られた神の稚児(かのじょ)が操る力は、神の力(アルカナム)

 神々の前で、一つの『反則(まほう)』が産声を上げる。

 強制的に()()()()()()()()、最悪の反則が。

 

「【神の稚児の名に於いて希う】─────」

 

 

 

 

 

「【星に願いを(ウィッシュ・アポン・アスター)】」

 

 

 

 

 

 がぎり。

 歯車が回転する。

 世界の軋みが頂点に達し、空間が悲鳴を上げる。魔法円からは眩い光が立ち上り、目を閉じるのが遅れたリリアは「目が、目がぁぁぁぁあああああ!!?」と瞳を押さえてのたうち回った。

 そんな彼女の様子が見えているのかいないのか、白髪のままの千穂は懇願するような声音でリリアに願い(こえ)を掛ける。

 

「傷つかないで。死なないで。……絶対に、何事もなく帰ってきて」

「う……りょ、了解……」

 

 そうして、少女たちの運命は定まった。

 千穂の魔法による極光で目を焼かれ、早々に何事もなくとは言えない状態となったリリア。気合で立ち上がった彼女は、いまだ霞む目をしぱしぱさせながら、その場にいた全員に一度手を振った。

 

「……行ってきます!!」

「……ああ、頑張ってくれ」

「いってらっしゃい」

「何かあったら更地にする準備は出来とるからの、頑張れ」

『『皆殺しにする準備もできているわ』』

「絶対に成功させてきます」

 

 精霊王たちの心温まる声援に退路を断たれ、空へと勢いよく飛び立つリリア。

 その身に宿した風の権能により、まるで宙を泳ぐように空を駆けたリリアは、一直線に今回の騒動の主戦場である『ダイダロス通り』へと向かった。

 今も悲鳴を上げ続ける、異端児たちを救うために。

 

 

 

 

 

「……何か、何か、嫌な予感がする」

 

 ダイダロス通りの中央地帯。

 古城を思わせる巨大な建造物の屋上に本陣を張ったフィンは、先ほどから疼いている親指に嫌な感覚を覚えていた。

『武装したモンスター』の捕獲、および討伐に、闇派閥の釣り出し。作戦の2面展開という無茶を行っているフィンたちに、これ以上他の勢力からの襲撃を受け止めきれる余力は残っていなかった。

 それだというのに、先ほどから疼きを止めない親指の直感。

 ベル・クラネルの動向を聞いた時も、アイズが突破されたと聞いた時も、さらには異端児たちが出現したと聞いた時ですら疼くことはなかった親指の直感が、今になって仕事をしている。

 何かが起こる。

 当たってほしくはないが、と前置きしたものの、フィンは半ばそう確信していた。

 ダイダロス通りを見下ろすものの、周囲には脅威が現れたような痕跡はない。

 モンスターたちと接触したガレス達が暴れているのか、遠くで土煙や吹雪と思わしき白い風が吹いているが、それだけだ。

 他の者たちから送られてくる魔石灯を介した信号も異常なしと言っている。

 ダイダロス通りに直感を動かすものは存在しない。

 だとすれば─────

 そこまで考えたフィンの耳に、一つの音が届いた。

 屋上であるがゆえに風が強く、音が聞こえにくい状態ではあるが、レベル6として高位の器へと己を昇華させたフィンには聞こえた。

 この音は、何かがこちらへと飛んできている音だ。

 それも、凄まじい速度で。

 

「─────ッ、全員、退避ィィィィイイイイイイ!!!!」

「「「「「ッ!!!?」」」」」

 

 突然の団長の命令。

 条件反射で体が動こうとするものの、突然の号令についていけない者が複数出た。彼らを庇おうとして動き出す他の団員。

 それが、致命的な隙となった。

 

 黒く染まる夜空をキャンバスに星が瞬く中、ひときわ強く輝く星が一つあった。

 

「─────ぉぉぉぉぉおおおおお」

 

 いや、それは星ではない。

 

「おおおおおおおおおおお」

 

 その身に纏うのは、美しい純白のバトルドレス。

 それと、月光を反射する、鈍色の()。そして謎ののっぺりとした仮面。

 あれは何だ。

 いや、誰だ。

 

「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 Q : 空中から謎の人物が飛来してきました。これは何者でしょうか。

 

 

 

「ちぇすとぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおッ!!!!!!!!」

 

 

 

 A : 米キチです。

 完全なる奇襲。空を飛び、風を裂きながら現れた人間砲弾(リリア)は、そのまま【ロキ・ファミリア】本陣に()()した。

 粉砕される建造物。

 舞い散る土埃。

 何故か発生しない瓦礫の山。

 突然の一撃により、全ての破片が「良く耕された土」へと姿を変える中、他の団員達と共に本陣から脱出したフィンは見た。

 

「あっ」

「ぎゃあああぁぁぁぁあああああああ!!!!!?」

「「「「ラ、ラウルゥゥゥウウウ!!!!!?」」」」

 

 襲撃者の一撃を避けきれず、ラウルが犠牲になるのを。

 顔面に四角い打撃痕を赤々とつけ、ずべしゃあっ、と人間がやってはいけない体勢で地面に突っ込んだラウルはピクリとも動かない。

 ……いや、ぴくぴくと痙攣してはいた。

 そんなラウルの上に、鍬を突き出した打突の構えで降り立ったのは、端的に言えば「めちゃくちゃ怪しい人」であった。

 のっぺりとした面に隠された顔は伺えず、その体は【デュオニソス・ファミリア】のフィルヴィス・シャリアを思わせる純白のバトルドレスに身を包んでいる。その服装や背格好から女児かと推測されるが、建物を粉砕したその能力は間違っても子供が持って良いものではない。

 何故か手に持っているのは鈍色の鍬。

 ラウルの鼻血と思わしき返り血を一度鍬を振りぬくことで払った謎の襲撃者は、彼女(?)を遠くから睨みつけるロキ・ファミリア団員たちの視線に気が付き、その先頭に立っていたフィンを見て、今度は自分の足元で気絶しているラウルを見ると、ぷるぷると震えながらこう言った。

 

「ご、誤ちぇすとにごわす……」

 

 こうして、謎の襲撃者VSロキ・ファミリア本陣という奇妙な対戦カードが幕を開けた。

 

 

 




次回『稲作仮面、惨状!』(誤字にあらず)



【リリア・ウィーシェ・シェスカ】
所属 : 【ニニギ・ファミリア】
種族 : 邊セ髴
職業(ジョブ) : 逾樔シ仙?蝎ィ
到達階層 : 第23階層(非公式)
武器 : 《DXミスリル鍬》
所持金 : 2100000ヴァリス

【ステイタス】
Lv.1(+4)
力 : I11(+988)
耐久 : I5(+994)
器用 : I10(+989)
敏捷 : I16(+983)
魔力 : ■2147(+30620)

《魔法》
【スピリット・サモン】
召喚魔法(サモン・バースト)
・自由詠唱。
・精霊との友好度によって効果向上。
・指示の具体性により精密性上昇。

《スキル》
妖精寵児(フェアリー・ヴィラブド)
・消費精神力(マインド)の軽減。
・精霊から好感を持たれやすくなる。

妖精祝福(フェアリー・ギフト)
・精霊への命名実行権。
・魔力に補正。

稚児ノ加護(ウィッシュ・アポン・アスター)
・限定発現。
・発現者の死亡禁止。
・発現者の負傷禁止。
・発現者の未帰還禁止。
・他者による発現者の識別禁止。



【装備】
《純白のバトルドレス》
・【フレイヤ・ファミリア】が何故か所有していた女性小人族(パルゥム)用バトルドレス。ちなみに現在フレイヤ・ファミリアの団員に女性の小人族はいない。
・本来であればそこそこの性能しかない筈であったが、千穂の願いと精霊王のお節介により、第1級冒険者装備と同等かそれ以上の性能を誇っている。
・擬似的な精霊布であるため、土と風の精霊の力を封殺する。具体例を挙げれば、アイズの風が消える。

《米のお面》
・米を象ったのっぺりとしたお面。セラミック製。
・土の権能で作られた為にそこそこ硬い。
・リリアの米への愛と手抜き感溢れる一品。

《DXミスリル鍬》
・【フレイヤ・ファミリア】が所有していた小人族用の戦槌を、リリアが土の権能で再構築したもの。
・ミスリル製であり、魔力伝導率も高い魔法の鍬。
・《モード・ビッチュウ》、《モード・ヒラ》、《モード・カラ》の3形態が存在し、リリアのノリと掛け声で変形する。なお、その際には風の権能によりなんか良さげな効果音が鳴る。
・通常形態は《モード・ヒラ》。畝立てに便利な形態であり、ラウルに誤ちぇすとしたのはこれ。ちなみにラウルは死んでない。
・必殺技は、DXミスリル鍬を導線に莫大な量の魔力を用いて土の権能、風の権能を全力稼働させることで放つ《米ッキングバースト》。威力は復讐姫(アヴェンジャー)稼働時のリル・ラファーガとほぼ同等。叫び声の力強さだったりその場のノリで威力が変化する。

異端児騒動終息後、最初のお話

  • 闇鍋(表)
  • 闇鍋(裏)
  • 稲作戦隊米レンジャー
  • 鰻のかば焼き
  • 和製びーふしちゅー

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