TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

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今回の話で「異端児動乱編」は終了です。
この後に更新予定の登場人物紹介(最新版)を経て、新章「収穫と休息と布教編」に突入します。
いつもの米ディに戻るよ!


猛牛、斯く戦えり

 ダイダロス通りを揺るがすほどの大衝突。

 異常を察知したロキ・ファミリアの団員達が今は無き本陣の方を見やるも、すぐに自分たちの仕事へと戻っていった。捕らえた【ヘスティア・ファミリア】の団員の小人族(パルゥム)を餌にして闇派閥から『ダイダロス・オーブ』を奪ったアナキティ・オータムを筆頭に、他の団員達も次々と戦果を挙げていく。

 そんな彼らの奮闘の甲斐もあって、とうとう【ロキ・ファミリア】は敵の牙城である『人造迷宮クノッソス』へと突入を果たした。【九魔姫(ナインヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴを筆頭にエルフのみで構成された遊撃部隊、通称『妖精部隊(フェアリーフォース)』の放つ魔法が奇人の妄執が生み出した規格外の魔城を食い荒らしていく。

 ガレスを始めとした対闇派閥地上部隊も、長きに渡る板挟みの状況から抜け出したこともあり、ようやく一息つけるといった心境であった。

 指示系統が乱れに乱れたため、主に『武装したモンスター』や【ヘスティア・ファミリア】を相手取ったアイズやティオナ、そして一部の団員達には()()()()()が発生したものの、おおむねはフィンが立てた作戦通りに事が運んでいた。

 ……その作戦立案者であるフィンと稲作仮面(リリア)との激戦が発生したこと以外は。

 

「はぁ……はぁ、はっ……!」

「む、むねん……」

 

 音を超え、もはや衝撃波と言った方が正しいであろう轟音と大衝突の後、ダイダロス通りに立っていたのは、フィンの方であった。

 しかし、彼の身に纏う黄を基調とした戦闘衣(バトルクロス)は見る影もなくズタボロとなり、かなり深く切れた頬からは今も絶えず血が流れている。

 全力の攻撃を放った彼は肩で息をするほどに消耗しており、傍から見てもギリギリの勝利であったことが見て取れた。

 ……いや、実際には彼の敗北であったのだ。

 鍛え上げた自らのステイタス。その全数値を威力に加算して槍を放つ投槍魔法【ティル・ナ・ノーグ】。文字通り全力の一撃を以てリリアの砲撃を迎撃しようとしたフィンであったが、その行為はあまりにも無謀であった。

 都市最強の一角であるはずの自らの攻撃が、魔力同士がぶつかり合う強烈な閃光を放ちながらじりじりと押し返される。

 否、そのような生易しいものではない。がりがりと音を立てるようにして、敵の砲撃がフィンの一撃を食らいつくしてこちらへと迫ってきているのだ。反動で今も若干の上昇を続けているはずのフィンを食らおうとする光の奔流は、彼に死の恐怖を与えるのに十分な光景であった。

 10秒。

 それが、都市最強の一角が砲撃を食い止めることを許された時間であった。

 悲鳴を上げ続けていた槍が弾かれる。

 弾き返された自らの愛槍、その穂先に頬を切りさかれながらも、フィンは諦める事無く最大防御姿勢をとった。無駄だと悟りながらも、もしかしたらという奇跡に縋って生きることを諦めないフィン。

 そして、運命の女神は彼に微笑んだ。

 

「グッ、あぁぁぁッ!!?」

 

 凄まじい熱と衝撃に襲われるフィン。ジッ、と皮膚が焼けこげる音と、ズブズブと体を切り割かれる痛みが彼の脳を貫いた。

 予想をはるかに超える激痛に、フィンは恥も外聞もなく悲鳴を上げる。しかし、彼が死に絶えるまで続くかと思われたその地獄は一瞬で終了した。

 落下する。

 死の間近に迫ったことによる意識の断絶。すぐに目覚めたものの、痛みとダメージで朦朧とする状態で、彼はまともな受け身を取ることが出来なかった。

 地面に叩きつけられる。

 5度も器を昇華させた身は高所からの落下程度では小動(こゆるぎ)もしなかったものの、強かに背を打ち付けた衝撃で肺から空気は抜け、砲撃によって負った傷跡は目も覚めるような激痛をフィンにプレゼントした。

 強すぎる痛みにそのまま意識が飛びかけたが、そこは最上級冒険者。ぎりりと歯を食いしばってすぐに立ち上がり、彼の落下地点から少し離れた場所に突き立っていた愛槍を回収する。

 そして槍の穂先を稲作仮面─────リリアの方へと向けた。

 自分はまだ戦えるという意思表示、そして目の前の不審者に怯える民衆に安心感を与えるため。フィンは自らに与えられた【勇者】としての役割を全うする。

 即座に湧き上がる歓声。一部神の嘆く声も聞こえるが、奴らはそういう物なので仕方がない。

 対する稲作仮面(リリア)は、先ほどの砲撃で既に限界を超えていたようで、鍬を立てかけ片膝をつき、荒い息を吐いていた。

 ここまでか。

 諦めたように仮面の奥で目を閉じ、パン男に米の布教が出来なかったことを悔やむリリア。しかし彼女は捕まるつもりなど毛頭ない。千穂と約束したのだ「必ず帰る」と。

 動かない体は無視して、未だ体中に激流のように巡る魔力を操作する。風の権能を用いて無理やりに空を飛び、フレイヤ・ファミリアの拠点へと突っ込もうという算段だ。

 女神さまには怒られてしまうだろうが、それは仕方がない。ニニギさまと一緒に謝ろう。

 ナチュラルにニニギを巻き込むリリア。徐々に出力を増していく風に直感が働いたのか、フィンが怪しい行動をさせまいとこちらに飛びかかってくる。

 間に合わない。

 リリアは苦い表情を浮かべた。

 最悪、捕まった後に牢屋ごと()()()脱出すればいいかなどという考えが彼女の頭に浮かんだ、その時。

 

 咆哮が轟き、銀光が閃いた。

 

 常人では気付くことすら不可能な速度で振るわれた一閃を、フィンは反射的に地面に転がることで回避した。放たれた剣戟によって巻き上げられた土を被り、彼の金髪が土に塗れる。

 何者だ。

 突然のことに混乱した様子の民衆を、ここまでだと判断したのか神々が避難させ始める。たとえ娯楽に飢えたろくでもない存在であれど、超越存在(デウスデア)は超越存在。神の指示に従いその場を離れ始める民衆の姿に、フィンは感謝した。

 もしここからさらに戦うとなれば、周囲の被害を考えて戦うことはほぼ不可能だったからだ。

 

「……いったい、何のつもりかな、オッタル」

「……」

「オッタル、さん」

 

 鋭い目つきで己を睨む小人族(パルゥム)を見ても、眉根一つ動かさない猪人(ボアズ)の武人。

 無骨極まりない漆黒の大剣をただ一つ背負うのみの都市最強(オッタル)は、背後に庇ったリリアに一度視線を向けると、フィンに一言だけ答えた。

 

「我が主神(かみ)の意志のままに」

「……【フレイヤ・ファミリア】(きみたち)がそちら側にいるとは思わなかった。が、その子を連れていくのは少し待ってもらえるかな。聞きたいことが山ほどあるんだ」

「諦めろ」

 

 フィンの言葉を切り捨て、目にもとまらぬ速さで抜剣するオッタル。風圧がフィンの体を叩き、その歩みを止めた。

 都市最強の名を戴く派閥、その長がぶつかり合う一触即発の状態。

 何かがあれば両派閥同士の大抗争へと発展しかねない状態の中、オッタルは冷静にダイダロス通りのある方角を指さした。

 

「行かなくていいのか、【勇者(ブレイバー)】。民衆の危機だぞ」

「……ッ、君は、そこまで……」

「勘違いするな。俺とアレは無関係だ。……あくまで、俺が守るのはこの小娘のみ」

「団長!北西区に、突如有翼のモンスター達が現れて……って、【猛者(おうじゃ)】ッ!?」

「…………クッ、皆ついてこい!至急北西区へと向かう!【猛者】は無視しろ!!」

 

 オッタルがそう言うと同時に、通りの奥から他の団員達へ伝令に走っていた本陣の団員がフィンを呼びに来た。オッタルの姿に驚いた様子を見せる団員を視界の端に入れながら、フィンの頭は高速で計算を始める。

 そして、数瞬のうちに最善の結論を打ち立てたフィンは、苦渋の表情で反転を命じた。

 敵意の無いオッタルを信じ、背中を見せて北西区へと向かう。住民の避難所として利用していた外縁部のそこには、今まさに怪物に怯える民衆が集まっていた。

 彼らを殺させはしない。しかし、『武装したモンスター』が突如民衆を襲い始めたこの状況には大きな違和感を覚える。それは迷宮街を軽装で歩いていたベル・クラネルへの信頼の表れでもあったし、これまでの怪物たちの動きとの矛盾に対するものでもあった。

 第三者の介入。そんな言葉が彼の脳裏に浮かぶ。たとえどのような陰謀が渦を巻いていたとしても、民衆は守らねばならない。フォルティス・スピアを握りしめ、誰よりも早く駆け抜けるフィンは、ロキの言葉を思い出していた。

 

「自分の目で見極めろ、か……全く、少し求める事柄が難しすぎやしないかい、ロキ」

 

 苦々しい表情を浮かべたフィンを筆頭に、【ロキ・ファミリア】の一部隊は徐々に北西区へと近づいていた。

 

 そして、フィンはそこで『英雄(ぐしゃ)』を目撃する。

 

 

 

 

 

「……万能薬(エリクサー)だ」

「ありがとうございます」

 

 フィンが去った後、オッタルは動けなくなったリリアを抱えてフィンたちとは別ルートで北西区へと向かっていた。

 視界の端でちらちらと映り込む光。主神の願いを叶えようと文字通り奔走していたガリバー兄弟からの伝達だ。『目標』はどうやら北西区の周辺を歩き回っているらしい。

 やはり、本能的に察知しているのだろうか。オッタルはふとそんなことを考えたが、今はそんな場合ではないと頭を振ってその考えを追い出した。

 くぴくぴとエリクサーを飲むリリア。疲労から肉体の損傷までほぼ全てを癒す魔法の薬によって、リリアの体は再び動けるようになった。無事に戦闘を終えた幼子の姿に、主神が悲しむことが無くて良かったと安堵するオッタル。あくまでもリリアではなくフレイヤが安堵の基準であるところが、彼がフレイヤ・ファミリアの団長であることを如実に物語っていた。

 

「……着いたか」

「……オォォ」

 

 とん、とその巨体からは考えられないほどの軽い足音で着地するオッタル。

 北西区にほど近い裏路地。今も怪物たちの鳴き声と住人の悲鳴が木霊するその路地には、ある一人の怪物がいた。

 血に濡れた黒い体皮。切り落とされた左腕からは今も血がぼたぼたと流れ落ちている。

 傷がついていないところを探す方が難しいほどに傷だらけの体。それと対照的に傷一つなくその鮮やかな赤緋を晒す巨大な角。右角に巻かれた布は今や見る影もなく薄汚れ、所々が焦げ付き、黒ずんでいた。

 北西区で暴れる石竜(グロス)の姿に気を取られていたリリアは、()に気が付くと、その惨状を目にして息を呑んだ。

 

「…………モー、さん……?」

「……リリア」

 

 傷だらけの猛牛、アステリオスは、泣きそうな表情で自分を見つめる少女にフッと笑いかけた。

 ああ、良かった。最期に、貴女に出会えた。

 アステリオスはそう心の中に呟くと、リリアの頭にそっと自分の手をのせる。もはや自分のものなのか、これまでに捻り潰してきた狩人たちのものなのか判別のつかないほどに血に塗れた手が彼女の髪を汚すも、リリアはそんなことを気にすることもなく泣き笑いのような表情でアステリオスに話かける。

 

「……モーさん。こんなに、怪我、して。痛いでしょ?」

「……いや、大丈夫だ」

「うそ。私よりぼろぼろだよ」

 

 リリアの背後にいる武人は、こちらに戦意を向けていない。

 隻腕のこの身では敵う事はない、いや、隻腕でなくとも敵うかどうかは怪しい強者を前に、しかしアステリオスの心は凪いだままであった。

 何故だろうか。

 彼女が、目の前にいるからだろうか。

 アステリオスの自問に、答えは出なかった。

 

「ねえ、モーさん。帰ろう?だいじょうぶ、道なら、私が作れるから」

「……」

 

 地面が鳴動する。

 号令を受けたダイダロス通り、そしてクノッソスが、母なる迷宮(ダンジョン)へと通ずる道を作り上げる。彼女たちの側にぽっかりと空いた穴にオッタルが目を見開き驚愕するも、それに構うことなくアステリオスは首を振った。

 

「出来ない」

 

 彼の言葉に、リリアは一瞬目を見開いた。

 しかし、すぐに何かを悟った様子を見せて、目を閉じる。

 涙が一筋、頬を伝った。

 

「夢を」

「……夢を、ここで探してるんだね」

「……ああ。もう少しで、見つかりそうなんだ」

「……そっか」

 

 知っていた。

 アステリオスの夢を。

 彼の存在意義を。

 そして、彼が辿るであろう結末を。

 再戦を望む彼の夢。田を耕す際に聞いた、彼の持つ憧憬。

 知っていた。

 彼がいずれ自分の前から消えることは知っていた。

 それでも、ここまで早い別れになるとは、思ってもいなかった。

 いかないで。一緒に帰ろう。まだ一緒にいたい。死なないで。いやだ。

 そんな言葉がリリアの口から飛び出そうとする。けれど、リリアは口を閉ざした。その言葉を言っても彼はきっと止まらない。止まれない。そう悟っていたから。

 

「すまない」

 

 アステリオスは頭を下げた。

 同胞からも時には恐れられるほどに凶悪な自分を、恐れる事無く受け入れてくれたリリア。しかし、彼女を悲しませる結果となったとしても、アステリオスは再戦へと突き進む。それが彼の生まれた意味であり、彼が望む憧憬(ゆめ)であるからだ。

 ついぞ感じることのなかった、不快な感情。

 それが罪悪感という名であることを彼は知らない。

 そして、頭を下げたまま目を閉じた彼に、きっと眦を吊り上げたリリアは叫んだ。

 

「ゆるさない!!」

「……ッ」

 

 幼子の糾弾に、アステリオスは身を固くする。

 覚悟していたとはいえ、やはり自らが好んでいた者から拒絶されるのは辛いことであった。

 

「絶対にゆるさない!!傷もなおしてあげないし、武器だって作ってあげないから!!」

「……」

「おにぎりだってあげないし……えっと、えっと、ばか!!」

「……」

 

 瞳を閉じて、リリアの叫びを甘んじて受け止めるアステリオス。

 それが、彼女への贖罪であると考えていたのだ。

 思いつく限り罵倒してやろうと思っていたが、思いのほか罵倒の語彙(ボキャブラリー)がすぐに尽きたリリアは、仕方がないのでそのまま言葉を続けることにした。

 

「だから!!」

「……?」

「勝って!!その再戦相手に勝って、絶対に帰ってくること!!」

「……!」

 

 ハッと顔を上げるアステリオス。彼の目に映ったのは、ぽろぽろと涙を零しながらも、気丈にこちらを睨みつけるリリアの姿であった。

 それは、たった一つの激励。

 民衆からは恐れられ、英雄からは敵視され、やがては討ち取られる運命にあった怪物に向けられた、小さな激励。

 

「モーさんがいないと畔塗りが早く終わらないし、代掻きだって大変なんだから!!帰ってきて、ちゃんとししょーに傷を治してもらって、田んぼ作りを手伝うの!!だから─────」

 

 幼稚で、自分勝手で、支離滅裂なその激励は、しかしアステリオスの心に火を点けた。

 力が抜けていた体に活力が戻る。

 その瞳には尽きることのない闘志が宿る。

 主の思いに応えるように、猛牛の角が淡く輝きを帯びた。

 傷がどうした、隻腕がなんだ。

 その障害を踏みつけ壊し、乗り越えてこそが我が再戦の始まり(スタートライン)

 

 

 

「だから、全部ぶっ飛ばせ!!アステリオスッ!!!!」

「ォォォォォォォォォォオオオオオオオオッ!!!!!!!!」

 

 

 

 幼子の声を受け、猛牛は奮い立った。

 未だその身に刻まれた傷は癒えず、しかしその身に宿る闘気は万全の状態を遥かに凌ぐ。

 文字通り気炎を上げるアステリオスに、今まで傍観に徹していたオッタルが声を掛けた。

 通りの先、小さく見える広場の中心にいる、「白」を指さす。

 

「─────この先に、お前の求める者がいるぞ」

「……ッ!!」

 

 彼の言葉を受け、アステリオスはニィ、と笑みを浮かべた。

 血に塗れた凄絶な笑み。瀕死の身とは思えないほどの軽やかさで建物の屋上へと跳躍したアステリオスは、そこで瞳に歓喜を宿した。

 楕円の大広場、数々の異種族、その中で戦う─────白い少年。

 あぁ─────嗚呼!!

 あれだ、あれなのだ!自分の夢は、願望は、憧憬は!!!

 追い求めていた答えは!!!

 彼はとうとうソレを見つけ出し、ソレを取り巻く全てを見据えた。

 周囲には多くの狩人、対峙するは一匹の同胞。

 駄目だ、許さない、それだけは認めない。

 誰にも渡してなるものか。誰にも譲ってなるものか。あれこそが絶対、唯一無二の()()()

 

 再戦を。再戦を。再戦を。

 

 この身は─────そのためだけに生まれてきた。

 けれども。

 アステリオスは、驚愕を浮かべてこちらを見る他の狩人たちに目もくれず、一度だけリリアの方を振り返った。

 彼女は涙の跡を残しながらも、こちらをしっかりと見据えていた。

 彼女の想いに応えるために。

 彼女の願いに応えるために。

 彼女の憧憬(ゆめ)を、共に叶えるために。

 

()()()()()()()()()()()

 

 アステリオスは不敵に笑う。屋上を蹴り砕き、稲妻のように発進したアステリオスは、全てを置き去りにして驀進する。

 唸る血潮、猛る肉体。

 これまでにない『飢え』すら凌ぐ圧倒的な高揚が、アステリオスに無限の力を与える。

 迸る歓喜、そしてそれ以上の戦意に満ち溢れ、彼は雄たけびを放った。

 

『ォォォォォォォオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!』

 

 迷いも悲しみも、神の姦計すら打ち砕く大咆哮が、打ちあがった。

 

 

 

 

 

「……いいのか。俺が言えた義理ではないが……アレは、死ぬかもしれんぞ」

「だいじょうぶ」

 

 オッタルは不思議であった。

 瀕死の猛牛。亜種の牛人(ミノタウロス)とはいえ、あの体では長くはもつまい。それなのに、死地に送り出した彼女はなぜそんなに晴れやかな表情で笑えるのだろう。

 そう考えていたオッタルは、次のリリアの言葉に衝撃を受けた。

 

「私のアステリオスは、最強だから」

 

 何という傲慢。何という不遜。

 あの傷を負いながら、しかしあの牛人が自らの下へと帰ってくることを信じて疑わないリリアの姿に、オッタルは自らの主神を見た。

 己に向けられた絶対の信頼。

 それが、彼女とあの牛人の間でも結ばれていたというのだ。

 恐らくはあの牛人も彼女の下へと帰れるという自信を持っている。

 これが、怪物と人間の関係だというのか。オッタルは自らの常識が音を立てて崩れるのを感じた。それと同時に、ある欲求が彼の胸に芽生えた。

 

 ─────彼女らのように。

 ─────彼女らのように、互いに信頼し合える関係に、俺たちもなれたなら。

 

 女神の寵愛を奪い合い、日々出し抜き合いいがみ合う家族(ファミリア)の事を思い浮かべるオッタル。

 彼は知らぬうちに、リリアに向かって口を開いていた。

 

「一つ、質問がある」

「なんですか?オッタルさん。……モーさんをけしかけたことは、まあ、微妙な気持ちですけど……やっぱり許せません」

「それは、すまなかった。だが、それではない。俺が聞きたいのは─────」

 

 

「─────」

 

 

 その質問は、オッタルにとってある種の契機となる。

 少女の答えを聞いた猛者(おうじゃ)は、そうか、と一つ頷くと戦場となった広場へと向かった。

 リリアはもう用はないと、家族(ファミリア)の待つ場所へと飛び去っていく。

 黒い猛牛と白い少年。そして人々や神々の怒号、歓声、悲鳴が飛び交う中、ここに一つの戦いが終結した。

 

 

 

 

 

「リリアちゃん!!おかえりなさい!!ああ、もう、こんなに泥んこになって!!」

「わぷ、千穂ちゃん、く、くるしい……」

 

 そして、【ニニギ・ファミリア】の拠点(ホーム)へと帰ってきたリリア。途中で地下にもぐったりと相手を撒くように動いてきたため、彼女がこのファミリアの団員だとばれることはなかった。

 怪我こそなかったものの、血や泥で汚れまくったリリアに躊躇なく抱きつく千穂。神性を発現させた反動か、未だに少し色の抜けた髪と瞳の千穂に締め上げられ、リリアは苦しそうな声を上げた。

 

「うい、お疲れさん、リリア」

「……千穂を使うのに気が付いたタケミカヅチ様たちの相手、大変だったんだからな」

「まーまー、うまくいったっぽいんだからいいじゃない!終わり良ければ全て良し、だよ!」

「千恵みたいに皆が皆お気楽じゃないんだよ」

「なんだとぅ!?」

「はっはっは、落ち着け皆。……ほら、千穂も少し離れろ。汚れが付くしリリアが苦しんでいるぞ」

「あっ、ご、ごめんねリリアちゃん」

「も、もーまんたい」

 

 そんな千穂を皮切りにわいわいと集まってくるニニギ・ファミリアの面々。

 気前のいい笑みを浮かべてリリアをねぎらう伊奈帆や、心なしかげっそりとやつれた様子の穂高。そして能天気に笑う千恵を見て、リリアはようやく帰ってきたのだという実感を持てた。

 今も憧憬と戦い続けているのであろうアステリオスの心配はしない。

 必ず帰ってくると、そう信じているから。

 

「よっし、それじゃあリリアも泥んこだし、いっちょ結愛んとこに風呂に行くか!千穂、お前も来いよ、もう隠す必要もないしな!」

「わ、初めて銭湯にいきます!」

「ニニギ様もどうですか?」

「そうだな。スクナビコナ達に謝罪行脚する前にひとつ行っておくか」

「お疲れ様です……」

 

 わいわいと、迷宮都市を覆う熱気を他所に、ニニギ・ファミリアは歩き出す。

 明日の朝ご飯は何にするのか、全員揃うのは久しぶりだから豪勢に行くか、などと話す家族(ファミリア)の中で、リリアは幸せそうに微笑む。

 

 夜空に、猛牛の勝利の咆哮が響き渡った。

 

 

 

 

 

 その後、伊奈帆が『スクナの湯』到着直後に「こんな状況で風呂に入りに来る奴がいるかッ!!」と結愛から殴り飛ばされたのは、まあ当然の話であった。

 





※裏では地上での動きが少しやりやすくなった、ほぼ原作通りの流れが進んでいます。気になる人はダンまち11巻とダンまち外伝SO10巻を買おう!(ダイマ)


TSロリエルフの稲作事情「異端児動乱編」、完。

異端児騒動終息後、最初のお話

  • 闇鍋(表)
  • 闇鍋(裏)
  • 稲作戦隊米レンジャー
  • 鰻のかば焼き
  • 和製びーふしちゅー

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