TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

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米ディッ!!!!!!

料理するところまでは行くけど食べるところまでは一話で行きつかないことでおなじみの福岡の深い闇です。

はい、ごめんなさい(流れるような土下座)

ということで次回は実食編です。長らく出ていなかったあの人たちが再登場。
もしかしたら炉の派閥も来るかもしれない(命さん関係で)。
それでは新章第2話、どうぞ!


ゼリー寄せは悪魔の所業

「結論から言おう。僕たちは『武装したモンスター』と結託することにした」

 

 迷宮都市オラリオを騒がせた『武装したモンスター』の騒動からしばらくして。

 オラリオ北区に位置する【ロキ・ファミリア】拠点(ホーム)『黄昏の館』。団員全員が集まり朝食を共にするその食堂で、フィンはそう切り出した。

 突然の爆弾発言。奇行と言われてもおかしくはないその言葉を聞いた団員達から上がったのは、混乱と非難の渦だ。

 人類の敵であり、神時代が始まる遥か昔から争ってきた歴史を持つ怪物と手を組もうと言うのだ。他ならぬ、怪物を屠り続けた【勇者(ブレイバー)】その人が。

 普段であればフィンの下で、個の力に優れた【フレイヤ・ファミリア】すら凌ぐ強い結束力を発揮する彼らが、この時ばかりは彼に反旗を翻した。

 団内で荒れていないのは先日の騒動の中で決定的な瞬間を目撃した妖精部隊(フェアリーフォース)のメンバーや、既に事情を知っていたガレスやリヴェリア、主神であるロキを始めとした派閥の根幹を担う者たち。

 あとはアマゾネスのヒリュテ姉妹と、意外にもベート・ローガであった。

 上級冒険者から下級冒険者問わず、フィンに非難交じりの質問が飛ぶ。しかし、フィンはそれらに動ずることなく、冷静に彼らの意見を真摯に受け止め、そして「説得」していった。

 あの夜でリリアが用いた「他種族の一人に殺された時に、その種族全体を憎むのか」といった詭弁は使わない。あくまでも一人間として、団員達のもつ不満や困惑、怒りや失望と言った感情に向き合っていく。

 『正論』などいらない。揚げ足を取るなど以ての外だ。

 これは、彼が背負った【勇者】の名、その重さを示すものであった。そして、彼らが前へと進むため、意志を一つにするための『儀式』であった。フィンが見せる『覚悟』の下に、団員達がついてきてくれるかを確認する、大事な儀式。

 

「勝利するためだ」

 

 フィンは揺るがない。

 あの夜、あの場所で。

 神の作り上げた脚本に逆らい、怪物との確かな「信頼」を見せつけた一人の愚者に、勇者(フィン)は動かされた。彼の作り上げた盤面を破壊し、怪物との強固な「絆」を見せつけた無垢な子供の我儘に、勇者は揺らがされた。

 

「あの魔窟にひそむ闇の住人達に打ち勝ち、オラリオに平和をもたらすため。そのためなら、僕は『罪人』にもなろう」

 

 そして、彼は選んだ。自らの殻を、望んで被り続けていた【勇者】の仮面を壊すことを。

 かつて交わした約束を、「勇者であり続ける」という約束を裏切る。

 しかし、それは「英雄」としての道を諦めるということではなく。

 彼が「本当の英雄」としての一歩を踏み出すために、必要な裏切りであった。

 

「他に意見がある者はいないか?僕は全て答える。君たちの疑問に、感情に、偽りを用いず応じよう」

 

 長い時間、全ての者の声に、理路整然とフィンは答え続けた。

 万の言葉を紡ぎ、団員達を丸め込もうとするのではない。

 一の意志を以て、団員達と真っ向からぶつかり合い、互いの意志を共有し合ったのだ。

 そして、団員達の代弁者として立ち上がったアナキティ・オータムも彼に恭順を示し。

 

 

 

 

 

【ロキ・ファミリア】は、異端児(ゼノス)との結託を正式に決定した。

 

 

 

 

 

「……ふぅ、流石に少し疲れたかな」

「お疲れさまやでー、フィン。いやー、ムスコの成長が見れて、お母さん嬉しいわー」

「ハハハ、やめてくれよロキ。流石にこの年にもなって子供扱いされるのは気恥ずかしい」

「遠慮するな、フィン。内容が内容だったからこういうのもアレじゃが……あの時のお前さんは、立派じゃったぞ」

「ありがとう、ガレス。……リヴェリアは、アイズの所に行ったか」

 

 団全体を巻き込んだ「儀式」から暫くして。

 フィンとガレス、そしてロキは、黄昏の館の執務室でこれからの事を話し合っていた。リヴェリアは、あの後すぐに自室へと帰っていったアイズのフォローへと向かっている。

 無理もない。アイズの怪物に対する憎しみは、その事情も相まってフィンたちですら目を背けてしまいそうになるほどに悲愴なものだ。

 そんな彼女に「怪物との結託」などという爆弾を投げ込めばどうなるか─────最悪、食堂での戦闘も覚悟していただけに、この結末は最良と言ってもよいものであった。

 

「ま、あんまり背負いすぎん方がいいで、フィン。アイズたんになんかあったら、リヴェリアママが何とかしてくれるやろ!」

 

 ロキがあっけらかんとそう言い、フィンの肩を叩く。そんな主神からの気遣いに礼を述べながら、フィンは真剣な目でこれからの事を話し出した。組んだ手を人差し指でトントンと叩きながら虚空に視線を浮かべ、その頭脳を最大稼働させる。

 

「これからの事だが……まず、あの人造迷宮(クノッソス)の攻略についての作戦を立て直したい。異端児(ゼノス)という頼れる(ピース)が手に入った今、仕掛けるならば彼らの力を存分に使わない手はない」

「……結託するだのなんだの言うておきながら、早速相手を駒扱い……流石はフィンやで、そこに痺れる憧れるぅ!」

「茶化すのはよしてくれ、ロキ。……そして、異端児の中でも最大の鍵になりそうなのが」

 

 フィンはそういうと、執務机の引き出しから二枚の羊皮紙を取り出すと、ロキたちの前に広げた。彼女たちがそれをのぞき込むと、そこには二つの絵が描かれてあった。

 一つは『黒いミノタウロス』。

 そしてもう一つは『のっぺりとした特徴的な仮面』。

 

「今朝、ギルドから発表された賞金首(バウンティ)にして推奨レベル7の怪物、『アステリオス』。そして、僕のいた本陣に奇襲を行い、危うく死ぬ目にあった()()()()()()()()()()()……そう、稲作仮面だ」

「「…………は?稲作仮面??」」

 

 間抜けな声が、二人の口から飛び出る。

 ガレスとロキの目が、点になった。

 

 

 

 

 

「くちんっ!!」

「大丈夫、リリアちゃん?」

「すぴぴ……だいじょぶ」

 

 ところ変わって、迷宮(ダンジョン)第25階層『水の迷都(みやこ)』。階層全体が美しいエメラルドブルーの水を湛え、神秘的な淡い光と巨大な滝が地上では見ることの出来ない絶景を生み出していた。

 しかし、ここは人間の存在を許さない迷宮の中。当然この美しい光景の中にも恐ろしい怪物たちが潜んでおり、水中には魚型の怪物であるレイダーフィッシュを始めとした水棲モンスターが、空中には燕型のイグアスなど、多種多様かつ強力な怪物たちが闊歩していた。

 そんな恐ろしい迷宮の中、のほほんとしたやり取りをする幼女が二人。

 リリアと()()の【ニニギ・ファミリア】コンビだ。

 彼女たちが持っているのは、『大樹の迷宮』で採れた上質な木材を手先が器用な赤帽子(レット)が加工してできた釣竿。おもりを針の上に付けた独特の仕掛けを施した竿で、彼女たちはのんびりと釣りを楽しんでいたのであった。

 

「誰かがリリアちゃんの事を噂しているのかも」

「きっとお米のおいしさにめざめた同志」

「うーん、それはどうなんだろう……」

 

 ギャーギャーと怪物の声が響く中、呑気なやり取りを続けるリリア達。そんな彼女たちの背後では、腕を組みイイ笑顔を浮かべた土の精霊王(ドライアルド)が近づく怪物たちを一方的に鏖殺していた。

 魔石を粉砕され、舞い散る灰。飛び交う断末魔。しかし、それらは風の精霊王(イズナ)の張った風の結界によってかき消され、幼子たちを怯えさせるようなことにはならない。

 ぽろぽろと零れた魔石の破片は、野良のモンスターに食べられて『強化種』を生み出されてもアレなので、と付き添いで来た異端児(ゼノス)たちがパクパクと処理している。

 

「たまには俺っちたちもこうしてのんびりするのも一興だな!……まあ」

『ドッダヴォオオオオオオオオオオ!!!』

「……あいつ(アステリオス)みたいな楽しみ方は絶対にごめんだが。っと、ヒットだ。またドドバスか」

「トイウカ、最近ノアステリオス、ハッチャケスギデハナイカ?……来タ。ドドバス」

「それだケ余裕が生まれたトいうことでしょウ。喜ばしいことでス。私モ来ましタ。ドドバスでス」

 

 おやつ代わりに魔石のかけらをコリコリと齧りながら、釣竿を構えるリドたち。動きの鈍る水中に大剣一本で潜り、マーマンを始めとした水棲モンスターの群れと互角以上に渡り合っているアステリオスから必死に目を逸らす彼らの竿に、確かな手ごたえが来た。

 吊り上げたのは、その身を強固かつ歪な鱗で身に包んだ巨黒魚(ドドバス)だ。鱗の処理が大変だが、淡白な白身が美味いと評判の魚だ。迷宮で釣りをしようとしたものがいなかったからだろうか、モンスターの脅威から身を守るために進化を遂げた彼らは正しく入れ食い状態で、ドライアルドの用意したボックスに収まりきらないほどの大漁である。

 言葉こそ少ないものの、それなりに釣りを楽しんでいるリドたち。そんな彼らの前で水中から顔を出し、マーマンが突き刺さった大剣を掲げ勝利の雄たけびを上げるアステリオス。放っておけばこの下の階層にいる階層主(アンフィス・バエナ)に喧嘩を売りに行きそうな勢いだ。

 というか今売りに行った。アステリオスは滝へと身を躍らせ、下の階層でのんびりとくつろいでいた双頭竜(アンフィス・バエナ)の脳天に、挨拶代わりの白銀の大剣をぶち込んだ。

 凄まじい咆哮と雄たけびが迷宮を震わせるのを、リドたちは若干死んだ目で聞いていた。大瀑布(グレートフォール)を駆けあがるように青白い炎が走り、ずんっ、ずんっ、と迷宮が振動する。流石に音を聞こえないように保護されていても振動は感じたのか、リリアと千穂が不安げにこちらを見てきたので、リドたちは心配するなと手を振った。

 それに安心したのか再び釣りに戻ったリリア達を見て、リドは微笑むとともにいくつか下の階層にいるであろうアステリオスに呆れた表情を浮かべた。

 声音からして、恐らくアステリオスが勝っているのだろう。双頭竜の強者の咆哮が、だんだんと弱者の悲鳴に変わっていくのを、リドは手に負えなくなった事態に目を瞑るように釣りに没頭することで無視した。

 

 そして、猛牛の勝利の雄たけびが轟いた。

 

 

 

 

 

「いっぱい釣れた!」

「おう、そうだな。……うん、いっぱい釣れたからそれでいいや」

「リドさん、どうかしましたか?」

「い、いや、何でもないぜ千穂っち。うん、何でもない」

 

 そして、数時間ほど釣りを楽しんだ後。

 全身傷だらけの火傷まみれという満身創痍なアステリオスにリリアがびっくりする一幕こそあったものの、おおむね問題はなくリリア達は異端児の新たな隠れ里へと帰ってきていた。怪我の療養であまり激しい動きは出来ないラーニェ達に出迎えられ、リリア達は今日の釣果を発表する。

 

「たくさん釣れたな」

「ああ、ドドバスばっかりなのが少し残念だが、まあ焼けば美味いからいいだろう」

「ふっふっふ」

「……?リリア、どうした?」

「じつは、私と千穂ちゃんはドドバスいがいも釣っていたのです!じゃーん!」

 

 ボックスをのぞき込み、素直な意見を述べるラーニェと、それに頷くリド。

 ダンジョンの中で生き延びることが出来たのはドドバスだけだったのか、リドとグロス、そしてレイは他の魚が一匹も釣れず、大量のドドバスだけが釣果となっていた。

 里の全員に一匹ずつ配れる程の大漁に、周囲の異端児たちが喝采の声を上げる。そんな中、リリアは不敵な笑みを浮かべ、自分のボックスの中から一匹の魚を取り出した。

 人差し指と中指、そして薬指で鳥のかぎ爪のような奇妙な持ち方で持っているその魚を見たリドたちは、うげっと声を上げて一斉に後ずさった。

 リリアの手から逃れようとうねうねと動くその魚は、鱗が見当たらず、その代わりにネトネトとした粘液に塗れており、細長く黒いいかにも「食べるとヤバいです」といった見た目をしていた。

 

「り、リリア……それ、本当に食えるのか?」

「ネトネトシテイルガ……ソレハ確カ、毒魚ダッタハズデハ?」

「むう、うなぎ美味しいのに」

「ウナギ……?」

「は、はい。蒲焼にして食べると美味しいですよ?」

 

 困惑と驚愕のあまり怪物の形相になってしまっている異端児たちに、千穂は恐る恐る説明する。

 彼女の説明を受けた彼らは、しかし未だに信じられないといった面持ちで遠巻きにねとねと動くうなぎを見つめていた。

 

「一体何の騒ぎだ……うおっ、アステリオス!?どうして君はそんなにボロボロなんだ!?」

「……双頭の竜を倒してきた」

「アンフィス・バエナを……!?嘘だろう、その情報をギルドにどうやって報告すればいいんだ……!?」

「あ、ししょー」

「フェルズさん」

 

 と、そこにやって来たのは、全身を黒のローブで覆い隠した怪しい人影。フェルズと呼ばれたその人影の正体は、かつて無限の命を手に入れることの出来る『賢者の石』を作り上げた賢者の成れの果てであり、現在は都市の創設神であるウラノスの使い走りや日々騒動を起こすリリアに胃を痛める日々を送っている苦労人だ。

 不死の禁呪の影響で骨だけの体になってしまったものの、アステリオスからの報告を受けたフェルズは胃があったはずの場所がきりきりと痛むのをしっかりと感じ取った。

 アンフィス・バエナの単独討伐。あの【猛者(おうじゃ)】オッタルでさえも成し遂げていない(とはいえあの武人はそれより格上の階層主を半殺しにしているのだが)偉業だ。それをまさか同じ怪物であるアステリオスが成し遂げたということもあって、恐らくはまた秘密裏に処理されることになるのだろうと、フェルズは痛む幻想の胃を抱えてそう考えた。

 と、そこまで考えたフェルズは、全癒魔法でアステリオスの傷を癒した後、気を取り直してリリア達の方へと向かう。そして、リリアが手に持っているうなぎを見て眉を顰めたような雰囲気を纏った。

 

「……ヌタウオじゃないか」

「うなぎだよ」

「ああ、極東ではそう呼ぶのだな。……かつて私のいた所では、その魚はヌタウオと呼ばれ、恐れられていた」

「なんで!?」

 

 苦々しい声音でうなぎの事を「ヌタウオ」と呼ぶフェルズ。詳しく話を聞くと、どうやら食べると死ぬ毒魚としてフェルズのいた国では認知されていたらしく、魔法薬の材料として用いたり、解毒薬のゼリーに包んだゲテモノ料理くらいだったりと散々な扱いを受けていたらしい。

 口々に美味しいと言い募るリリアと千穂を胡散臭いものを見る目(雰囲気)で見るフェルズ。信じてもらえないことに若干腹を立て始めたリリアであったが、彼女が懐に忍ばせていた魔道具が音を立て始めたために、一旦やり取りは中止となった。

 

「あっ、時間だ」

「ふむ。丁度良かったみたいだな、間に合ってよかった」

「ししょー、うなぎとドドバス、何匹か持って帰っていい?」

「ふむ。私は別に構わないが……」

「ああ、俺っちたちも別に。というか、うなぎは全部持って帰ってくれ」

「美味しいのに……」

「じゃあ明日にでも作ってくれよ、その美味しい料理ってやつ」

「了解!おねがい、千穂ちゃん!」

「えっ、私!?」

 

 わいわいと帰りの準備を始めるリリア達。

 持って帰るお土産をある程度選別すると、リリアと千穂は隠れ里の奥に設置してある「杭」へと歩いていった。

 魔力を帯びた木材を加工して作られたその杭には、一目で何かしらの超技術が使われていると分かるような緻密な魔法陣が彫り込まれていた。更に、その杭が刺さっている台座にも同じような魔法陣が二重三重にも重なって彫り込まれており、神々の作り上げた遺物(アーティファクト)を思わせる出で立ちとなっていた。

 うなぎとドドバスの入ったボックスを持ち、異端児たちに手を振るリリアたち。異端児たちもにっこりと笑いながら皆好意的にそれを見送っていた。

 

「よし、こちらフェルズ。準備を終えた。そちらで()()()()()()()

『こちら伊奈帆了解。……千恵、よろしく』

『はいよー。えっと、これに手をかざすだけでいいんだよね?……【互いを繋げ、縁の糸】』

 

 その横で、フェルズは眼晶(オラクル)を用いて地上にいる【ニニギ・ファミリア】の団長であるミスミ・伊奈帆と連絡を取っていた。フェルズの指示に従って、伊奈帆が千恵に合図を出す。

 オラクルの向こう側で千恵が詠唱を始める気配を感じながら、フェルズはじっとりと汗をかく感覚を覚えた。こんなに緊張したのは、ウィーネを死から取り戻すべく【蘇生魔法】を使った時以来だ。

 千恵の詠唱が完了すると同時に、隠れ里の「杭」に変化が起こった。

 まるで詠唱を待機する魔導士のように、杭の台座周辺に魔法円(マジックサークル)が出現したのだ。

 薄紅色の魔力光を放つ魔法円に、幼女二人はおおー、と歓声を上げる。

 

『【転身】!』

 

 そして、千恵が魔法を発動させた瞬間。

 シュン、という微かな音と共に、千穂とリリアの姿が消えた。()()()()()()()()()()とはいえ、なかなかにショッキングな光景に少し異端児たちがざわつく。そして、フェルズの緊張が最高潮に達した数秒後。

 

『帰ってこれましたー』

『ただいま、お姉ちゃん』

『おおー!ほんとに帰ってきた!お帰りー』

 

 オラクルの向こう側から、リリアと千穂の声が聞こえてきた。

 成功だ。

 どっと疲れが押し寄せてくるような感覚に、堪らずフェルズは崩れ落ちる。無事にリリアたちが帰り着いたということもあって、異端児たちの間でも喜びの声が上がる。

 

『それじゃあ、また明日』

「……ああ、また明日。良い夢を、リリア」

『はい!』

 

 オラクルの交信が途切れる。

 自らの()()がまた一つ成功した事実に、フェルズは疲労困憊ながらも喜びを隠しきれなかった。

 道標の杭(アリアドネ・ハーケン)

 怪物と人類の共生、その鍵となる存在となったリリアが騒動の後も異端児たちと交流するためにニニギが出した課題の一つ「リリアの安全かつ高速の移動手段」の答えとなる大型の魔道具(マジックアイテム)だ。

【ニニギ・ファミリア】団員であるミシマ・千恵の魔法【転身(リプレイス)】の効果を最大限に増幅・拡張する魔道具で、彼女がこの杭に向かって魔法を行使することで、地上にもう一基設置されている番の杭とこの隠れ里に設置されている杭とその周辺にあるものを置換する。

 言うなれば限定的な「ワープポータル」のようなものだ。燃費が極悪なのが欠点だが、そこは体質的に「無限の魔力」と呼んでも差し支えないほどの規格外の魔力を持つ米キチ(リリア)にお任せだ。

 超長距離の転移という、神の所業にも等しい絶技。それを可能にしたフェルズの技術力は、やはり人類の中でも一、二を争うものであった。

 

「よかった……殺されずに済んだ……」

「お疲れ様、フェルズ。ドドバス食ってくか?」

「いや、私は物を食べることが出来ないと言っているだろうリド」

「なっはは、冗談だって!」

 

 隠れ里に残ったフェルズは、緊張感から解放された反動か、しばらく異端児たちと和やかなやり取りを続ける。

 そして、ある程度場が落ち着いた後。

 調子を取り戻した彼は本題を切り出した。

 

「……さて、リリア達もいなくなったところで、ここからは真面目な話だ」

「話トハナンダ、フェルズ。マサカ、マタ我々ヲ襲オウトシテイル陣営ガ現レタトデモ言ウノカ?」

「いや、まあ、君たちは常時人類から狙われていると言っても過言ではなんだが……今回は別の話─────」

 

 フェルズは懐から羊皮紙を取り出すと、ペラ、という音と共にリドたちにその内容を見せた。

 とはいえ、基本的に共通語(コイネー)の読めない彼らには内容を読み取ることは出来ないため、フェルズは彼らに口頭で説明する。

 

 

 

「─────【ロキ・ファミリア】からの、共闘のお誘いだ」

 

 

 

 

 

 さて、再び場面は変わって、地上。

 迷宮都市オラリオの郊外に位置する【ニニギ・ファミリア】の拠点には、現在美味しそうな香りが漂っていた。

 

「うなぎは中央式の開き方の方が美味いと思う」

「開き方で味なんて変わるか?」

「ほら、いいからちゃっちゃと捌く!」

「「へいへーい」」

 

 厨房でぱたぱたと動き回っているのは、千穂と千恵のミシマ姉妹。うなぎを捌いている伊奈帆達の尻を叩きつつ、自分たちもたれやおかずを作るために八面六臂の働きを見せていた。

 ちなみにリリアはいつも通りの米炊き要員である。

 

「……ぬう、火加減の調節が難しい……」

 

 が、今回のリリアは少し違っていた。

 異端児騒動の際、リリアと微精霊たちはディックス・ペルディクスの使う呪いの槍によって重傷を負っていた。そしてリリアの傷は【フレイヤ・ファミリア】の手によって完璧に治療されたのだが、問題は微精霊たちである。

 雷の大精霊であるジュピターが呪いを肩代わりしてくれていたために微精霊たちが即死する、といった最悪の事態は免れたものの、それでも瀕死の状態であることに変わりはないのだ。

 さしものフェルズも精霊を癒した経験はなく、どうしたものかと頭を悩ませているうちに、イズナがこう述べた。

 

『私に彼らを癒せる心当たりがある。……私』

『ええ、分かっているわ、私。私がこの子たちが宿ったこの杖をあそこまで持っていけばいいのね』

『そう。私たちは二位一体。私たちなら、リリアの側にいながら彼らを癒せる者のところまでこれを運べる』

『正直、ジュピターに呪いをすべて移して抹殺した方がリリアのためになるのだけれど』

『ええ。こいつはリリアが成長する前に殺しておくべき爺なのだけれど』

『しょうがないから助けるわ』

『ええ、助けましょう』

 

 なぜかジュピターに対して当たりの強かったイズナは、片方がリリアの側に、もう片方が折れた《森の指揮棒(タクト)》を持ってその「心当たり」の場所へと向かったのだ。

 つまるところ、現在リリアの側には米炊きを手伝ってくれる火の微精霊はいない。自らの手で火をおこし、米を炊くのは初めての経験であったリリア。しかし、米への愛で生きているリリアはそんな障害で挫けたりはしない。団扇と火ばさみを両手に持って、リリアは初の人力炊飯に挑戦しようとしていた。

 

「おーう、活きがいいな、このうなぎ。氷水から出してもまだ少し動いてやがる」

「それにしても、いったい何匹釣って来たんだリリア達。全然底が見えないぞ……」

 

 湯をかけ、包丁の背でぬめりを取った後、目打ちをうなぎの顎に刺して固定しながら手際よくうなぎを解体していく伊奈帆と穂高。団員達がそれぞれの作業に集中する中、主神であるニニギノミコトがガラガラと拠点の扉を開けて、田んぼの手入れや【デメテル・ファミリア】との交渉事を終えて帰ってきた。

 なにやら考え事をしているようで、入り口に突っ立ってうんうんと唸っているニニギに、千恵が声を掛ける。

 

「あっ、ニニギ様。もしよかったら他の極東系派閥の人たちを呼んできてくれませんか?」

「……デメテル、いったい何が……ん?ああ、千恵か。それは構わんが、何故だ?」

「見ての通り、うなぎが大漁にあってですね。まだ暑いし、腐らせてもアレなのでこの際皆でうなぎ祭りとしゃれこもうかと」

「なるほど。いい考えだな、よし!タケミカヅチたちに声を掛けてくる」

「よろしくおねがいしまーす」

 

 眷属の頼みに、快く頷くニニギ。再びがらがらと扉を開けて出ていく主神に手を振る千恵は、「よし!」と自らに気合を入れて、今夜の献立のために動き続けた。

 

「じょうずに炊けました!」

「リリアちゃん、あと10合ほど追加で炊いといてー」

「10合!!!イェア!!がってんしょうち!!」

 

 

 

 米の大量追加にテンションマックスのリリア。

 そんな彼女たちのうなぎの宴が、徐々に近づいていた。

 

 

 




【経過報告】

 霊樹を中心とした結界は未だ解けず。現在呪いの武器(カースド・ウエポン)をオラリオに発注中。
 被験体1158023の適合実験は良好。救世主(メシア)の代替機となる潜在能力(ポテンシャル)を十分に有していると思われます。
 レオナルド・リヨス・アールヴに与する勢力の排除に成功。
 ライザリア・シェスカの逃亡を許したものの、王族としての機能は彼一人で十分でしょう。仮にライザリアが突貫してきたとしても、現在調整中の被験体1158023を使用すれば迎撃は可能であると思われます。むしろ、良い運用試験になるかと。
 名簿と人員を照会したところ、使用人の一人リフィーリア・ウィリディスが行方不明。現在捜索中、優先度は低。








「全く、余計なことをしてくれる。ウィーシェ王家?第一王女?……ハッ、確かによくできたカムフラージュだ。お蔭で我々が探し出すのに時間がかかってしまった……」

 男は【経過報告】と書かれた羊皮紙を、くしゃりと握りつぶした。

「アレは我々の希望、我々の夢だというのに……『人道』だの『誇り』だのと、余計なものに縛られた無能な輩はこれだから始末に困るのだ」

 男が忌々しそうに睨むのは、「ウィーシェ王家」と呼ばれた家の館、その中央に張られた巨大な結界であった。
 大精霊の力により、こちらの干渉を拒む結界の中に、あの忌々しい男(レオナルド)は立てこもっている。
 お蔭で王証の偽造などの工作は捗ったが、それを用いてオラリオに出した()()()()も未だに達成されたとの報告を受けない。
 使えない。
 使えない使えない使えない。



「─────神の無い時代をここに。偉大なる賢者の願いを、他ならぬ我々(アルテナ)が叶えるのだ」



 ギリリと歯を食いしばった男のその呟きは、誰に聞こえるでもなく宙に消えていった。

お好み焼き(感想で回答はやめてくだされ)

  • 広島風(麺入り、麺の種類問わず)
  • 関西風(麺無し、その他具材問わず)

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