TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

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米ディ!!!!

取り敢えず叫んどけば何とかなると思ってます。
お久しぶりです、福岡の深い闇です。

リアルで色々とありましてモチベが消失してたけど復活しました。
抗うつ剤と安定剤は美味しいゾ!

今週からちょこちょこと更新再開するので、待ってくれてた読者の方々は楽しみにして頂ければ幸いです。

では、久しぶりすぎて作者自身もどんな話か忘れていたうなぎ回、どうぞ。


蒲焼き?白焼き?それとも……う・な・重?

 

「蒲焼きじゃあッ!!!」

「ひつまぶしに決まってんだろ!!?」

「白焼き!!」「う巻き!!」「柳川風!!」

「「「「「お前はどうなんだリトルルーキーッ!?」」」」」

「ひぃぃいい!?」

 

 どうして僕はここにいるんだろう。

 ベル・クラネルは引きつった顔で悲鳴を上げながら、そんな事を考えた。現在は夕暮れ。真っ赤に染まった太陽がオラリオの市壁の先、地平線に沈もうとしていた。

 魔石灯も点き始め、夜の迷宮街へと姿を変えようとするオラリオの郊外にいくつもの怒号と、腹を空かせる香ばしい香りが広がる。

 彼がいるのは【ニニギ・ファミリア】の拠点(ホー厶)である日本家屋の庭。白地にやたら達筆な文字で「うなぎ試食会」と書かれた横断幕が掛けられ、あちらこちらに極東出身者と思わしき人たちが屯している。

 最初の試食が終わり、次の料理を探す中で知り合いの【タケミカヅチ・ファミリア】団長である桜花がいた集団に入らせてもらったベルなのだが、そこで起こった論争が前述のアレだ。

 桜花たちの威圧と視線にすぐさま逃げ出したいという気持ちになりながら、ベルは自分の主神(ヘスティア)に助けを求める……のだが、彼女は先程から様々なうなぎ料理を食べ歩くので忙しくベルの窮状に気付いていない。

 ヴェルフやリリルカは早々に自分の好きな料理を見つけて定住しているが、ベルはその持ち前の優柔不断さから未だにどの料理が一番好きかを決められずに自派閥の人数を増やしたい極東出身者達から詰め寄られていた。

 神々は面白がって囃立て、むしろ自分達もこの料理がいいだのあの料理が一番だのと言い合っている始末だ。

 

「「「「どれがいいんだ!リトル・ルーキー!?」」」」

「ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 美女や美少女ではなくむさ苦しい男達に詰め寄られ、ベルの悲痛な声が【ニニギ・ファミリア】の拠点(ホーム)に響いた。

 

 

 

 時間は少し遡る。 

 「ニニギから誘われて命たちだけハブっていうのも悪いからな」と言いながら【ヘスティア・ファミリア】の団員たちに夕食のお誘いが来たのは、ベルたちの主神であるヘスティアと親交が深いタケミカヅチであった。

 うなぎを食べに来ないか、というタケミカヅチの言葉にピンと来た様子のないベルたちであったが、極東出身者である命と春姫は違った。

 

「う、うなぎですか!?いったいどこで!?」

「まあ、本当にご相伴に預かってもよろしいのですか?」

「ああ、食材調理費全部ニニギ持ちのタダ飯だ。どうも迷宮(ダンジョン)でうなぎが釣れすぎたらしくてな」

「迷宮で釣りを!?それはまた豪胆な……」

 

 四六時中死の危険に囲まれていると言っても過言ではないほどの危険地帯で釣りをしたというニニギ・ファミリアの豪胆さに舌を巻く命。

 実際には我らが米キチ(リリア)と彼女の「新しい友達(ゼノス)」にライバル意識を燃やしてついて来た千穂がのんびりぽやぽやと釣り上げただけなのだが、事情をよく知らない第三者から見ればそう取られるのも無理はない。

 もし来るならいつもの場所に来い、とだけ言い残して元来た道を引き返していくタケミカヅチ。

 そんな彼の背中を見送りながら、命と春姫はベルにその試食会に行きたいと申し出た。

 

「ベル殿。この機会を逃す手はありません!ヘスティア様がバイトから戻り次第すぐに向かいましょう!」

「ええっ!?でも、そんな、タケミカヅチ・ファミリアだけじゃなくて他の派閥の人たちもいるんですよね?極東出身者でもない僕たちが行けば迷惑なんじゃ……命さんと春姫さんたちだけでも行ってきてください」

「そんなこと言わずに!据え膳食わぬは武士の恥です!ベル殿にもうなぎの美味しさをとくと味わって頂きたいのです!そして是非米派に!」

「何をやっているんだい、キミたち……?」

 

 拠点の入り口で大声で話していたからか、いつも通り工房に籠もっていたヴェルフやリリルカも集まってきた所で、彼らの主神であるヘスティアがバイト先から帰ってきた。

 困惑した表情で艷やかなツインテールを揺らす彼女に春姫が簡単な経緯を説明すると「極東ファミリアのお食事会だってぇ!?すぐに行くぜベルくん!!」と言ってぴゅうっと拠点に荷物を置きに行ってしまった。

 ちょっと神様!?と困惑するベルを他所に、手早く身支度を済ませたヘスティアはリリルカやヴェルフ達を引き連れてホームを出る。

 意気揚々とタダ飯にありつきに行く強かな主神の姿になんとも言えない引きつった笑いを浮かべながらも、ベルは後を追うのであった。

 

「極東系ファミリアと言ったらなんと言ってもご飯が美味しいことで(ボク)たちの間では有名でね。極東の神(かれら)が開く食事会はめちゃくちゃ美味い飯が出るって結構有名なんだぜ?」

「そうだったのですか……自分の元いた場所ながら気が付きませんでした……ああ、そこの角を右に曲がってください」

「了解だぜ命くん。……ま、ボクなんかはタケ以外の極東の神と接点無かったし、そもそもキミ達極東系ファミリアはキミ達だけの独自のコミュニティを作り上げてたからね。ボクも他の神々も、伝聞でしかキミ達の食事会を知らないというわけさ」

「確かに、これまでの寄合では顔馴染みの神々以外とは会ったことがありませんでしたね……なるほど。あ、次の角は左です」

「そんな噂のお食事会にお呼ばれしたとあっちゃあ出席しない訳にはいかないね!お腹いっぱい食べ尽くしてやるっ!待ってろ美食ぅ!!」

 

 命の案内に誘導されつつ、未だにこの食事会の価値を飲み込めていないベルや、自分達の食事がどれだけ他の神に注目されているのかに気がついていない命に説明するヘスティア。

 彼女のツインテールはこれから出会うであろう美食に機嫌が良さそうにうねうねと動いており、本(にん)も今にもスキップしそうなほどのイイ笑顔だ。

 そんな彼女たちの後ろでは、ヴェルフとベルにリリルカが発破をかけているところであった。そこそこの所帯となったことで中々馬鹿に出来ない額となった食費を少しでも浮かせるまたとないチャンス。しかも美食で有名な極東系ファミリアの食事会と来た。

 リリルカの頭の中では今も計算機がかちかちと音を立てて動き続け、この浮いた分の食費をどこに使うか、料理のレシピを知る事ができるのかなどと多彩な打算を働かせ続けていた。

 

「ベル様、ヴェルフ様!またとないチャンスです、お腹いっぱい食べて食費を浮かせましょう!!」

「リリ、それはちょっと意地汚いがすぎるんじゃないかな……」

「そうだぜリリ助。まあ呼ばれるんだったら腹一杯食うのが礼儀ってもんだがな」

 

 ニッ、と歯を見せて笑い、ヴェルフがそう言うとベルも苦笑いを浮かべて確かに、と賛同する。

 少なくとも相手方はこちらを歓待する為に食事を用意してくれているのだ。意地汚く食べ過ぎるのは論外とはいえ、出されたものを食べ残すのも失礼な事だ。

 それに、ヘスティアや命、春姫までもが浮かれた様子を見せる程の「極東の料理」というものにベルも少し興味が湧いていたのだ。あんまり考えすぎるのも良くないかな、とベルは思い、こちらに手を振るヘスティア達に追いつくために歩くスピードを少し早めるのであった。

 

 

 

「着きました。ここがタケミカヅチ様の言っていた食事会の会場……と言いますか、我々極東出身者が何かある度によく集まっている寄合の会場【ニニギ・ファミリア】の拠点(ホーム)です」

「ほ、ほえー……」

「凄い……ですね」

 

 そして【ヘスティア・ファミリア】の面々が到着したのは、オラリオの中とは思えない程に風情に溢れた一軒の屋敷であった。

 一風変わった木製と思わしき柵で庭と外界を区切るように囲まれ、瓦が特徴的な木造2階建ての屋敷が1つ。屋敷自体はこぢんまりと収まっているのだが、それを取り囲む庭がまた流麗だ。

 極東風と言うのだろうか。石で出来た灯籠が等間隔に配置されている異国情緒に溢れた庭には小さな池を囲むように数本の木が植えられており、鮮やかに紅く色付いた赤子の手の平のような形をした葉が生い茂っている。

 全体的に見れば豪奢な所はない。【ロキ・ファミリア】の拠点である『黄昏の館』や、【フレイヤ・ファミリア】の拠点『戦いの野(フォールクヴァング)』などの方が見た目としては派手かつ豪華だろう。

 しかし、この屋敷にはどこか落ち着く雰囲気が漂っていた。都市の喧騒から切り離された様な、それこそまるでここだけが()()()()()()()()かのような─────

 

「おう、来たかヘスティア!」

「おう、来たぜタケ!」

 

 と【ニニギ・ファミリア】の屋敷を見てぼんやりと考え込んでいたベルは、主神達の声によって現実に引き戻された。

 見ると、パンと手を合わせたヘスティアとタケミカヅチの横にもう一柱(ひとり)、角髪姿の男神の姿が見えた。きっと彼がタケミカヅチの言う神ニニギだろう。

 ファミリアの団長として挨拶をしなければ。そう義務感にかられたベルは、急いでヘスティアの下へと向かう。

 

「ほう、この神がタケミカヅチの言っていた神ヘスティアか。お前が(みこと)を預けているのだろう?」

「ああ。ヘスティアにはかなりの恩があってな。それを返すために少々……おい、まさかお前見てないのか?あの戦争遊戯(ウォーゲーム)

「その時期は少し忙しくてな……(アルカナム)の実況で大体は把握しているのだが」

「まあまあ、別にボクは気にしないし大丈夫さ!キミの言う通り、ボクが神ヘスティアさ。よろしく頼むぜ、ニニギ!」

「ああ、よろしく。今日は良いうなぎを眷属達が釣ってきてくれたのでな、たんと食べていってくれ」

「ひゃっほい!キミは良い神だ!!」

「し、失礼します……」

 

 先に断りを入れ、ぴょんこぴょんこと飛び跳ねる子供のようなヘスティアの隣に並んだベルを見たニニギは、一瞬目を細めた。

 彼の神の視線に気が付いたベルは何か粗相をしてしまったかと肩を震わせたものの、ニニギは本当に一瞬だけ鋭い視線をベルに向けると次の瞬間には柔和な笑みを浮かべて彼に手を差し出していた。

 

「君がヘスティアの派閥の団長か。私がニニギだ、よろしく頼むよ」

「はっ、はい、よろしくお願いします……!」

「ハッハ、そんなに緊張しなくてもいいぞベル。確かにコイツは俺たち極東系ファミリアの取りまとめをやってるが、根は俺たちに近いからな。なにしろ嫁を含め女関係がズボラで」

「ほう、タケミカヅチは生のうなぎが食いたいと?」

 

 先程の視線の意味は何だったのか。神の前では嘘はつけず、どうにも緊張が交じる引きつった笑顔で握手を交わしたベルにタケミカヅチが笑いながら肩を叩く。

 と、ニニギの失敗談……というよりも汚点をベルに教えようとしたタケミカヅチの肩を掴み、迫力のある笑顔で彼の顔を覗き込むニニギ。ヒッ、と顔を引つらせ息を呑んだタケミカヅチはそのまま有無を言わさぬ勢いでずるずると屋敷へと引きずられていく。

 そんな中でも2柱(ふたり)ともが「ゆっくりしていってくれ」とベル達に言い残すのは流石と言うべきか。

 

「だ、駄目だニニギそれは死ぬ!俺の尻が天界(タカマガハラ)に送還されるから駄目だってアッ─────!!」

 

 1柱(ひとり)の神が天に召された声を聞きながら冷や汗を流すヘスティアたちのもとに、いつもの事だと慣れた様子で集まってきたのは彼らとも親交の深い【タケミカヅチ・ファミリア】の面々。

 自分たちの主神が酷い目に遭っているというのに華麗にスルーするその姿は、主神への団員たちによる折檻が頻繁に執行されている【ロキ・ファミリア】を彷彿とさせる。

 

「いらっしゃい、ヘスティア・ファミリア。今日の集まりは無礼講みたいなものだから、まあ適当な机と椅子に腰掛けて待っていてくれ。うなぎが焼け次第伊奈帆……ニニギ・ファミリアの団員たちが運んできてくれる」

「テーブル毎に出される料理が違うから、食べ終わったら違うところに行くのも良いかもしれないです……」

「ん、ありがとう。それじゃあボクは……あそこのテーブルかな!ベルくん、キミはどうするんだい?」

 

 団長の桜花とその隣にいた千草の言葉に頷いたヘスティアは隣にいるベルを見た。他の眷属たちはすでに皆思い思いの場所に散らばっている。

 特に命と春姫はちらちらとこちらを伺いつつも自分たちのお気に入りのメニューがあるらしく、素早い身のこなしで席を確保していた。

 ヘスティアの疑問にベルがどのテーブルにしようかと辺りを見回すものの、どれがどの料理なのかがさっぱり分からない。どうしようか迷ったベルは「神様と同じテーブルにします」と答え、ご機嫌なヘスティアの後ろをついて行った。

 

「お、ベルとヘスティア様もここに来たか」

「ヴェルフ」

 

 そして彼らが向かった先のテーブルには、先客としてヴェルフがいた。彼の隣に座ったベルとその隣に座ったヘスティアに、周囲の極東出身者たちがざわめく。

 

「おい、どうする。このままだとうな重派の人間が増える事に……!」

「いや、彼らはうなぎ料理は初めてらしい。幸い今回の料理は一品の量が控えめだからうな重で腹一杯になるとは考え難い。次の料理でうちの陣営に引きずり込むぞ」

「「了解」」

 

 なにやら不穏な空気と視線を感じ取ったベル。ここ、実は結構やばい所なんじゃ……と密かに考え始めた時、彼の思考を中断させる匂いが鼻腔を擽った。

 ほんのりと甘く、それでいて香ばしい匂い。嗅ぐだけで腹が鳴ってしまいそうな程に強烈な空腹感を与えるその香りに、ベル達はハッと目が覚めるような感覚を覚えた。

 匂いの元を辿ると、屋敷の中からどうやら漂ってきているらしい。見れば周囲の極東出身者たちは皆目をギラつかせ、まだかまだかと獲物を待つ黒犬(ヘルハウンド)の様な鋭い眼光を放っていた。

 やがてカラカラと音を立てて屋敷の扉が開き、中から料理の乗った盆を持つ和装姿の人影が見えた。歓声を上げる極東出身者たちの間を通り抜け、ベル達のいるテーブルへと料理を運んできたのは、まだ年端もいかないであろう少女であった。

 質素な落ち着いた柄の装いであっても華やかに映える整った顔立ち。肩口程に伸びた髪は無造作に一つに纏められているものの、その蒼銀の美しさは損なわれる事はなく、夕日を反射して綺麗に輝いている。

 今は幼いため綺麗というよりは可愛さの印象が勝っているが、時が経ち少女が成長すれば傾国の美女とでも呼ぶべき存在になる事は間違いなしの美少女であった。

 エルフの証拠である長い耳を隠す事なく顕わにしたその少女を見たベルは、驚きで息を呑んだ。隣にいたヴェルフも同様だ。

 なぜなら、彼らは以前その少女に出会ったことがあるからだ。それも迷宮(ダンジョン)の奥地、【ヘスティア・ファミリア】最大の秘事である異端児(ゼノス)の隠れ里の未開拓領域で。

 

「り、リリアさん……?」

「……ん?あっ……」

「お?なんだいなんだいベルくん、そこの女の子と知り合いなのかい?ってあれ、キミは……」

 

 リリア・ウィーシェ・シェスカ。

 愚者(フェルズ)からそう教えられた名の彼女は、ベルの言葉に反応して一瞬目を見開いたものの、すぐに元の眠たげな表情に戻り料理を配膳し始めた。

 彼女が持ってきた料理は、重箱と言うのだったか、四角く黒塗りの重厚感溢れる容器に入っていた。蓋の隙間から漂う匂いに、ヘスティアとベル、そしてヴェルフはごくりと生唾を飲み込んだ。

 何かに気付きかけたヘスティアもそんな事が頭から吹き飛んでしまう程の吸引力をその料理は持っていた。

 

「うな重です、どうぞごゆっくり」

「う、うな重……」

 

 リリアがそう言って盆を携え屋敷へと消えていく。周囲のテーブルでも同様に感嘆の声が上がっていることから、完成した他の料理も配膳されたのだろう。

 ベルがお重を開けると、ふわりと広がる湯気と共にその料理は姿を表した。

 狐色と言えばよいのだろうか。少しの焦げ目がついたそれは少し赤みがかった茶色であり、掛けられたタレのものと思わしきほんのりと甘い香りが食欲をそそる。

 うなぎの身を調理したのであろうその焼き身の下には、その純白の身をタレで汚した米の姿が。しかしその汚れと言うのは米の魅力を損なうものでは無く、むしろタレが付いたことによってどんな味になっているのかという期待と想像力を膨らませてくれる。

 いただきます、とベル達は食前の祈りももどかしく箸を手に取ってうなぎの身へと沈ませた。

 一体どのように調理したのだろうか。うなぎの焼き身はふっくらとした感触で、神様のナイフ(ヘスティア・ナイフ)を用いているかの如くなんの抵抗も無くするりと箸が通る。

 ベルはそのまま少し身をほぐして箸で取り、大振りなそれを一息に頬張った。

 そして目を見開く。

 

 美味しい。

 

 ベルが今まで食べたどんな魚料理よりも美味しかった。命や春姫が作ってくれる料理も美味しいのだが、確かにこれはレベルが違う。彼女たちが喜び勇んで食べたくなる訳だ。

 口の中でほろほろと解けたうなぎの身は、その熱さの中に含んでいた脂とタレが組み合わさり深い味わいをベルに伝える。

 焼き身に掛けられたタレは確かに甘いのだが、甘いものが苦手なベルでも食べられる程度の甘さであり、あのかつ彼が苦手とする方向の甘さでは無かった。更にタレの少しの辛味がアクセントとなり食べる手が止まらなくなる。

 ベルにとっては少々味が濃い目なのが玉に瑕だが、それもこの食欲の前では些細な事だ。

 と、そこまで食べ進めていたベルはふとお重の下に敷き詰められている米に気が付いた。

 最初はおかずと米を一緒に出す料理なのだろうと思っていたのだが、ベルはふと考えた。これを焼き身と一緒に食べればどんな味がするのだろう?と。

 極東出身者である命が厨房を預かる事がある為、ベルも何回か米を食べた事はある。彼らが箸を使えているのもそれが由来だ。

 しかし、生まれた時からパンを主食としてきたベルとしては米は少々食べ辛く、美味しくはあるのだがパンに比べるとやや下のポジションに値する食材であった。

 リリアが聞けば即座に彼を拉致して教育(おはなし)しそうな考えである。危ない。米キチのせいで原作主人公が危ない。

 ベルの頭に浮かんだ考えは、即座に行動に移された。身を取ると、下にあった米と一緒に箸で取り、口へと放り込む。

 ゆっくりと味わう様に咀嚼したベルは「んん!」と感嘆の声を上げた。

 まず変わったのは食感。

 柔らかいうなぎの身の食感だけであった時とは違い、今回は米のもちもちとした食感がプラスされている。噛んでいくと、うなぎの食感を包むように米のうなぎの身とは別の柔らかさが広がり、ベルは迷宮で未開拓領域を発見したような心地になった。

 更に変わったのは味だ。

 先程は少し濃い目だったうなぎの味が、ご飯の優しい甘さと合わさる事によって丁度よい塩梅へと調整されているのだ。

 噛めば噛むほどに甘みを増す米と相まって、うなぎの味は一回りも二回りも違って感じられる。

 そうか、このうなぎの味はご飯と一緒に食べる為に作られた味だったんだ。ベルがそう気が付くのにさほど時間はいらなかった。

 優しい甘さと柔らかい食感、2つの特徴を持つご飯という最高の相棒がいて初めて、濃い味を持つうなぎの身はその実力を出せる。

 それはまるで、互いに協力する事によって自分達よりも強大な怪物(モンスター)に立ち向かう冒険者のようではないか。

 ベルは感動した。

 こんな料理に出会えた事に心から感謝した。

 そして、彼の中で米への印象ががらりと変わった。少し食べ辛さのある食材から、他の食材とぴったりと息を合わせる事のできる優秀な冒険者(しょくざい)へと。

 

 原作主人公、米堕ちの瞬間である。

 

 その感動のままうな重を食べ終えたベル。見ると、両隣のヘスティアとヴェルフも呆然としたような、陶然としたような安らかな表情で腹に手を当てていた。

 しかし、足りない。

 ベル達は物足りなさを感じていた。それもそのはず、彼らに配膳された料理は通常のものに比べて二回りほど小さいものであった。

 何故ならこれは「試食会」。様々な料理を食べ歩き、うなぎの美味しさを再確認する為の催しだからだ。

 うなぎ料理の美味しさを知ったベル達からは既に遠慮など吹き飛んでいた。食べ尽くす。自分達が食べられる量の限界までうなぎを詰め込んでやろうと、彼らの闘志は燃え上がっていた。

 そして当然、自陣営の人数を増やそうと画策していた極東出身者(きょうしんしゃ)達がそれを歓迎しない訳がない。

 彼らが新たな仲間となるか、はたまた敵となるか。

 うな重に限らず、うなぎの料理はまだまだ沢山ある。わさびを付けて極東の清酒と一緒に頂くと最高に美味い白焼き。うな重とはまた違った魅力を持つひつまぶし。あるいはオーソドックスな味わいながらも根強い人気を誇り、他陣営であってもその美味しさは認めざるを得ない蒲焼き。

 他にも柳川風やら()巻きやら、とにかくうなぎ料理というものは奥が深い。

 そのスタートラインに立ったベル達【ヘスティア・ファミリア】の面々を引き込もうと、今極東出身者達の仁義なき戦いが幕を開けた。

 ちなみにリリアは開幕「うなぎ料理は全部米に合って美味しいよね」と言い放ち、極東系ファミリアメンバーの中でも特殊な立ち位置にいる。

 

「リリ殿、こちらでう巻きを食べませんか?」

「へ、ヘスティア様。こちらのお料理も美味しゅうございますよ……?」

「おい、鍛冶師。お前確か俺と一緒でなめろうが好きだっただろ。お前好みの料理がこっちにある、ベルも一緒にどうだ?」

 

 命に春姫、そして【タケミカヅチ・ファミリア】の団員たち。今この場所ではかつて同じ場所で過ごした仲間という意識は捨てる。全員敵だ。

 周囲の空気の変化を敏感に感じ取ったベルが肩をピクリと跳ねさせて逃げようとするものの、逃がすようなヘマをする彼らではない。

 やがて料理を担当していた【ニニギ・ファミリア】の面々も加わり、宗教戦争は激しさを増す。

 

 

 

 そして冒頭のような大乱闘へと発展し、ベルの悲鳴が響くのであった。

 

 

 

 ところで、我らが米キチ(リリア)はと言うと。

 

「うま……うま……うな重、ひつまぶし、どっちも捨て難い……白焼きに米の質素ながらも風味のある深い味わいも蒲焼きの米とタレとの超絶合体を楽しむのもまた一興……うまうま」

「リリアちゃん、次は何がいい?」

「う巻き!」

「はーい」

 

 庭の喧騒を他所に、居間にて千穂お手製のうなぎ料理を楽しんでいた。にこにこ笑顔でうなぎ料理を食べるリリアの姿に、千穂もつられて笑顔になる。

 保温されているうなぎの蒲焼きの中から自分の分を取り分け、う巻きを作る準備を整える。卵焼きとほぼ同じ要領なので、出来上がりは割とすぐだ。

 鼻歌交じりに料理を始める千穂。その後ろでは白目を向いて尻を抑え、ビクンビクンと痙攣するタケミカヅチが無造作に転がされていた。

 

 夜の帳が下りる中、収穫の季節を迎える彼女たちはいつも通りの平常運転であった。

 

 





 ウィーシェの森、王族の館。
 派手な豪華さは無いものの、壁面に施された繊細な彫刻などが美術品の様な美しさで彩っているその館の一室。
 少し前まで「リリア・ウィーシェ・シェスカ」と名付けられた少女が使っていた部屋に、一人の姿があった。
 エルフの中でも際立って整った顔立ち。まるで絹糸の様に滑らかな蒼銀の長髪に、宝石の様な瑠璃色の瞳。白磁のような白い肌には傷一つなく、まるで人形のような印象を見るものに与える。
 ()()()()()()()()()()()()
 彼女を見た者は皆間違いなく彼女の事をそう呼ぶであろう外見を持つ少女は、その部屋の真ん中である本を読んでいた。
 小口が擦り切れ、ページの端にも草臥れた様子の見えるその本には極東で使われている文字で「稲作計画書(秘)」と書かれていた。
 どうやらメモ書きのノートの様で、所々に誤字脱字があるものの如何にしてウィーシェの森で稲作をするかが詳細に記されていた。
 少々悪筆さの目立つその本を読み進めていたその少女は、最後のページまで読み終わると、一つ息を吐いてからパタンと本を閉じ、元あった場所─────精霊の力によって隠されていた壁の中─────に戻した。
 そしてベッドの上にポスンと身を預けた少女は呟く。

「おいしそう……おこめ、たべたい……」

 新たな米キチが、今ここに産声をあげようとしていた。




次回「闇鍋 in ニニギ・ファミリア」

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