TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

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週1投稿がんばるぞい。





某妹エルフ「これはアウトだと思います」

 

 

 ──それは、人形あるいは彫像と呼ぶにはあまりにも真に迫り過ぎていた。

 まるで生きているかのような熱量と質感を表しながら、どこか人間離れした美しさを見る者に感じ取らせる傷一つ見当たらない肌。

 その顔立ちは、エルフの中でも頭一つ抜けた美しさを誇るリヴェリアであっても「やり過ぎではないか」と思ってしまう程に美しく整えられており、眠たげでありながら確かな喜びを湛える絶妙な細め具合で彫り込まれた瞳や側にいるのだろう「誰か」へ薄っすらと微笑みかける口元からは、この人形の製作者の妄執とも呼べる執念が滲み出ている。

 一体どのような技法を用いたのか、まるでそこに風が吹いているかのように靡く長い髪の毛は他の箇所と同じ材料──つまりは大理石で作られていながら、透き通るような透明感を見事に表現しきっていた。

 そして、この彫像の製作者が一番こだわったのだろうと伺えるのが、像のモデルとなったであろう少女の身に纏う衣服だ。

 頭に被せられているのは、薄く風に揺らぐほどに儚くも高貴な美しさを感じさせる刺繍が施された神秘的なヴェール。風に飛ばされそうなそのヴェールをそっと支える両手は、力の強いドワーフであるガレスが握れば折れてしまいそうなほどに細く、そして可憐であり感情豊かな手の動きを想像させる。

 まだ幼さを残す少女の体躯は小人族(パルゥム)であるフィンと変わらぬか少し小さいくらい。しかしその体を外界の悪意や穢れといった負の存在から全て守り抜くと宣誓するかのように包み込むのは、女性が一度は憧れたことがあるだろう衣装──エルフの一族に伝わる、伝統的な婚姻衣装だった。

 少女の小さな体に合わせてスケールダウンされた婚姻衣装は、しかしその豪奢でありながら華美に過ぎない気品のある装飾によって、本物の婚姻衣装にも引けを取らないほどの出来となっている。

 まるで本当に絹に糸を通したかのような狂気的な執念で彫り込まれた装飾は、遠目から見ればそれが石だとは気づかないほどの見事な出来栄えだ。

 1/1スケール「リリア・ウィーシェ・シェスカ(婚姻衣装ver.)」石像。

 製作者リフィーリア・ウィリディス。

 彼女がロキ・ファミリアに加入してからの数カ月という短期間で彫り抜いた、狂気の作品だ。

 

「……いや、何度見ても頭おかしいなコレ。何をどう食って育ったらこんな狂った代物を作れんねん、こんなん奇人ダイダロスとかそこら辺の所業やろ」

 

 真顔でそう呟くロキの言葉に内心大いに同意しつつ、しかし言葉に出すことは無くフィンはその石像をじっと観察する。

 今朝方団員達の手によってリフィーリアの自室からロキの神室に運び込まれたこの石像の出来栄えは、リフィーリアの妹であり、ウィーシェの森に住んでいた頃に何度かリリアと会ったことがあるというレフィーヤが保証している。

 

『わ、我が姉ながら気持ち悪い……!』

 

 涙目でそう呟いていたレフィーヤの事は努めて記憶から消去(むし)しつつ、フィンは自分に微笑むリリア像を見て呟いた。

 

「だけど、今回ばかりはこのクオリティでリリア・ウィーシェ・シェスカの『見本』を残してくれたリフィーリアに感謝だ。この出来栄えなら、()()()()()()()

「……おい、フィン。まさか……嫌やでウチ、まだ死にたくない……!」

「諦めてくれロキ。怒れる彼女を止められるのはロキくらいしかいない」

「嫌やぁ!!ウチが死ぬときは酒池肉林のムフフな宴の真っ最中にアイズたんの胸の中でと決めとるんやぁ!!」

「……その願い、叶う可能性は無いに等しいと分かってるかいロキ」

「うっさいわ!願うだけタダやろ!!」

 

 地上に降り立ち眷属(こども)を持ったことにより些か丸くなったとはいえ、元天界のトリックスター。

 フィンの悪だくみに一瞬で気付き、さらにその結果発生するであろう生贄に自分が捧げられようとしていることにまで思い至った。

 駄々っ子のように地面に寝転がり嫌がる女神のあられもない姿からそっと目を逸らすフィン。彼の中に彼女に対する罪悪感が無いわけではないが、だからといって()()狂戦士(バーサーカー)と化したリフィーリアの前に立ちたいかと聞かれると……答えは色々な意味で(ノー)だ。

 おーんおんおん、と情けない声で泣き叫ぶロキ。これが「美」を司る女神フレイヤであったならばまだ絵になったのだろうが、生憎ここにいる女神は天界時代に周囲をひっかきまわして破滅と闘争をまき散らしていた半ば邪神の様な存在だ。

 目の敵にしている女神ヘスティアからも煽られる悲しいほどに凹凸の無い平坦な胸も合わさって、その絵面の酷さは一番の眷属()であるフィンですら若干の憐れみを覚えるほど。

 だが、フィンの態度が変わらないと悟ったロキはそれまでの態度を一瞬で引っ込めると、ふてくされたような表情と共に舌打ちを1つ。

 

「……チッ、流石に情に絆されるほど甘くは無いか勇者(ブレイバー)……!」

「あれで同情を誘っていたつもりなのかい……!?」

 

 完全にポンコツの理論を振りかざすロキに引き攣った笑みを向けるフィン。彼はそんなロキを相手にする時間も惜しいと言わんばかりに神室から退出した。

 そして、いつも団長としての作業を行っている執務室へと戻る中、廊下を歩いていた団員の一人を呼び止めて言付けを頼む。

 

「ラウルを呼んでくれ」

 

 こうして、迷宮都市の統括神たるウラノスさえも与り知らぬところで米キチ(リリア)捕獲作戦が決行されることとなった。

 

 

 

 ラウルは激怒した。

 必ず、あの邪知暴虐の主神に痛い目を合わせねばならぬと心に誓った。

 ラウルは冴えない上級冒険者である。いや、レベル4といえば迷宮都市全体で見てもかなり上位に位置する実力者なのだが、ラウル本人も周囲の人や神もラウルの事を、口を揃えて「冴えない」と評している。

 それはラウル本人が纏っている雰囲気(オーラ)というものも一つの要因だろうし、また彼が何一つスキルや魔法をもたないまっさらなステイタスだからというのもあるだろう。

 団長であるフィンや同僚であるアナキティなど、よく見ている者はいるにはいるのだが……それのことについて今は置いておく。

 とにかく、ラウルは主神であるロキに対して激怒していた。

 

 

 

 というのも、事の発端は数時間前に突然団長であるフィンから呼び出されたことから始まる。

 

「すまない、ラウルは今日非番の日だったよね」

「は、はい!予定も無いので、一日中暇っス!」

「お、めっちゃ都合ええやん」

 

 尊敬する上級冒険者第一位であるフィンに一人呼ばれたラウルは、執務室の中に主神(ロキ)がいることに嫌な雰囲気を感じ取りつつも、フィンからの質問に嬉々として答えていた。

 本当なら今日はアナキティから「いつもの借りを返してもらう」と買い物の荷物持ちにされる所だったのだが、フィンからの頼み事となれば断るのも容易いだろう。

 ラウル自身、アナキティには返しきれないほどの借りと借金があるのは理解しているのだが、かといって彼女の買い物に荷物持ちとしてこき使われたいかと言うと答えはノーだ。ブティックなんかに寄られた日には「似合う・似合わない」など死の二択問題に付き合わされるに決まっている。

 しめしめ、と内心ほくそ笑んでいるラウルの内心を知っているのかいないのか、フィンは心の底から申し訳なさそうな様子で依頼を申し付ける。

 

「これは……そうだな、僕とロキからの冒険者依頼(クエスト)って事にしてくれて構わない。なんなら報酬も出そう、小遣い程度だけどね」

「い、いえいえそんな!恐れ多いっスよ報酬なんて!団長からの命令なんですから、俺が断わる訳ないじゃないっスか!」

「はは、そう言ってくれると僕も団長冥利に尽きるというものだよ」

 

 そのような和やかなやり取りで、最初は進んでいたのだ。最初は。

 

「──と、いうのが今回の依頼内容だ」

「……は?」

 

 事態が急変したのは、フィンが告げた依頼内容を聞いてから。

 ラウルは最初、フィンが告げた言葉の意味を理解することが出来ずに、耳が悪くなったのかと疑いながら耳に手を添えて聞き返した。

 

「……もう一回お願いします」

「……君にはこの荷車を引いてオラリオ内を練り歩いてほしい。僕があらかじめ指示したルートを通って、ね」

 

 そうラウルに告げるフィンの顔も、ばつが悪そうな表情をしていた。

 当然だ、何故なら彼がラウルに引いて歩けと示した荷車に載っていたのは──ここ最近ファミリアの中で噂になっていた「リフィーリアのお手製彫像」だったのだから。

 女子寮のリフィーリアの自室に鎮座しているという実物を見るのは、実はラウルも初めてだ。

 しかし、目の前で宙に微笑みかけるエルフの幼女の銅像からは、常日頃からウィリディス姉妹が見せる気配(ゆり)に似た波動を感じる。

 

「お断りしま──」

「逃がさんで」

 

 ただでさえリフィーリアがウィーシェの森に里帰りしていていない時なのに、それに乗じてこんな悪ふざけにも似た真似を何故しなくてはいけないのか。というか勝手にここに持ち出している時点でリフィーリアがブチギレそうで怖い。

 というか、その前にこの荷車(ロリエルフ立像有り)を街中で引いて歩きまわったらラウルの冒険者生命が終わる。主に社会的地位という面で。

 予定変更。

 丁重にお断り申し上げてアナキティの荷物持ちになろうと逃走体勢入ったラウルの肩に、ぽんと置かれる手。

 それと同時に大人げなく発された神威に体の動きを止められたラウルは、錆びついたゴーレムの様な動きでロキの方を振り返った。

 

「やってくれるよな、ラーウールーくーん?」

「……ハイ」

 

 あんなニヤついてるのに目が笑っていないロキなんて初めて見た。

 後にラウルは、他の団員達にこの日のロキについてこう語ったという。

 

 

 

「おかあさん、あのお兄ちゃんなに運んでるのー?」

「しっ、見ちゃいけません!」

「……泣いていいっすか」

 

 道行く母娘から「みちゃいけないもの」扱いされて本気でへこむラウル。

 そんなこんなでフィンとロキからの依頼を半ば強引に受けることとなったラウル。

 ラウルが一緒に行けないと知るや否や瞬く間に不機嫌になったアナキティから、半ば蹴飛ばされるようにして見送られた彼は、現在フィンが指定したルートの4割を消化し終えたところだった。

 荷車の台座にしっかりと固定されたエルフの幼女の彫像──ロキが出発の際に「壊すなよ?絶対に壊すなよ!?」とやたら念押ししていた──の出来栄えは素晴らしく、しかしそれ故にラウルとの組み合わせが珍妙極まりない。

 先程の親子の様な悲しいやり取りを冒険者の常人離れした聴力で聞いてしまう事12回、悪ノリした神の茶々を聞かされること数えきれず。というか、途中で数回ほどロキの声が聞こえていた。

 

「ぐぅぅ……!」

 

 こんなクエスト受けるんじゃなかった。

 ラウルは珍しく、フィン絡みの物事に関して後悔していた。

 一体何が悲しくてこんなことをしなくてはいけないのか。一体どうして自分はこんなオラリオの中でも外周に近い人気の少ない場所で珍妙極まりない神輿を一人で引いているのか。

 いや、大通りとかをこの格好で歩かされるよりははるかにマシだが。

 分からない。これまでのフィンの指示は学の無いラウルでもああ、自分では良く理解することが出来ないけれどこの指示には何か意味があるのだな、と思うことが出来たが、今回はちょっと無理だ。

 練り歩くついでに、この像を見た者の中に不審な動きを見せる者がいたら無条件で拘束、あるいは任意で同行してもらってロキ・ファミリアの拠点(ホーム)まで連れ帰るようにという追加任務もあるが……正直なところ、今のラウルには道行く人全てが不審な動きを見せているように見えていた。

 なんならラウル自身が不審者そのものである。

 若干涙目のまま荷車を引くラウル。すると、そんな彼に近づく小さな人影が現れた。

 訝し気な視線を向けるラウルにも構わず近づいて来た2つの人影──その片割れである銀髪の幼女は、やたら整った顔に驚いたような表情を浮かべて荷台に載っている彫像を見つめていた。

 

「ほえー、これが私かあ。……うむ、われながら美少女なり」

「ちょっと、リリアちゃん!?だめだよ早く戻ろうよ……!」

「うん?あー……危ないっスよ、そこの嬢ちゃんたち。俺、先を急いでるんで早く退いてほしいんスけど」

 

 どこからか彫像の噂を聞きつけてきたのだろう。

 オラリオでは珍しい極東風の衣装に身を包んだ幼女達は、なにやらぼーっとした子としっかりしてそうな子の間で揉めているようだが、ラウルの知った事ではない。さっさと団長からの依頼をこなして部屋でふて寝するのだ。

 ここで勝手に投げ出さずに最後まで依頼をこなそうとするあたりが、ラウルをフィンが評価している理由でもあった。

 

「す、すみませんお兄さん!すぐに帰りますので……!」

 

 しっかりしてそうな子がぼーっとした子の頭を下げさせて、腕を引っ張り路地裏に消えようとする。そのあまりにも必死な様子に一瞬だけラウルの脳裏にフィンからの追加指令が過るが、まさか団長とあんないたいけな子供たちが関係しているわけないだろうし、と見逃そうとしたその時。

 

「──よくやった、ラウル」

「ひっ……!」

「ちょっ、団長!?」

 

 トン、と軽い着地の音と共に、元凶その1であるフィンが現れた。

 道の脇に建つ建物の屋根に隠れていたのだろうか。何故か拠点で訓練する際などに使う木製の模擬槍を携えた彼は、2人の幼女の退路を断つような形で現れ──唐突に、彼女たちに得物を向けた。

 幼女たちの片割れは小さな悲鳴を上げ、およそ勇者と呼ばれる者としては似つかわしくない団長の蛮行に絶句するラウルを目で制したフィンは、幼女2人の内の片割れでラウルが「ぼーっとした子」という印象を受けていた蒼銀の髪の子に視線を向けた。

 

「……へえ、なるほど。レベル6のステイタスを持つ僕がこうして目の当たりにしても()()()()()()()()()()()か……相当強力な認識の阻害だね、リリア・ウィーシェ・シェスカ」

「……はい?」

 

 フィンが微笑みを浮かべつつも笑っていない瞳で告げた言葉に、こてん、と小首を傾げることで返答するぼーっとした幼女。それと同時に彼女の長い蒼銀の髪がさらりと流れ、長い耳──エルフの証拠である種族特徴──が露わになる。

 その耳を見て、何故か頭痛を堪えるように眉根を顰めたフィンは、それでも浮かべた微笑みを崩すことなく2人の幼子たちにこう告げた。

 

「……君たちに少し話があるんだ。僕たち【ロキ・ファミリア】の拠点に来てくれないかな、エルフの里であるウィーシェの森の王女、リリア・ウィーシェ・シェスカ。そして名を知らぬ彼女の友よ」

 

 逃がさない、とでも言いたげな勇者のその通告に、リリアと呼ばれたエルフの幼女はごくりとつばを飲み込む。

 そして、ただならぬ雰囲気で呟いた。

 

「お前は……パン男……!」

 

 パンを主食とする勇者と、米を主食とする米キチ。

 2回目の邂逅がこのオラリオに何をもたらすかは……神すらも予想出来ないでいた。

 

 

 

 







(何ももたらさない)
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