轟音が響いてたたき起こされる。地震か?揺れが強い。
“マスター、魔力を感じました”
“何が起こっている?”
護符が入っている外套を羽織る。窓から外を見ると揺れている以外に異常なものは見えない。鳥箱さんが魔術の実験かなんかに失敗したのか?しかし、このタイミングでそれは考えづらい。部屋の外に出ようと扉に向かうと、俺を制するようにアーチャーが実体化した。
「マスター、私が先行します。絶対に離れないように」
「了解」
アーチャーが扉を引くと、強風が流れ込んできた。思わず膝をつく。カーテンが激しくはためいて、いやそれ以外も荒らされて、大きな音が続く。
少しして風がやんだ。
「アーチャー、隣の部屋だ」
廊下を突っ走って行こうとするアーチャーを呼び止める。隣の部屋には久雄くんがいる。安全は確かめておきたい。
「流石に久雄様までは守り切れません」
戻って来たアーチャーが苦言を呈する。
「無事かどうか確認するだけだから。一緒にはいかないよ」
扉を開く。俺の姿を認めると、机の下に潜り込んでいた久雄くんが這い出てきた。
「到さん。なにがあったんですか?地震?それにしては……」
「いや、俺にもわからないんだ。とりあえず無事でよかった。俺たちは様子を見てくるから。ここで待っていてくれ」
「はい」
久雄くんがまだ何か言いたそうにこちらをチラチラ見てきたが、無視しておいていくことにする。アーチャーと一緒に廊下に出ると、廊下の先から鳥箱さんの使い魔が飛んできた。
「建持君。アサシンを絶対に逃がすな!聖杯を奪われた!」
使い魔から聞いたことないような鳥箱さんの声が響いた。相当焦っている。それ以上に言葉の内容に驚いた。アサシンが侵入して、聖杯を奪って逃げたのか?
「アーチャー!アサシンの場所はわかる?」
「わかりません。大きな魔力の反応を感じますが、これはセイバーでしょう。アサシンの可能性もないではないですが……そちらに向かいますか?」
慌てて焦っている俺の言葉に、アーチャーは冷静に返す。俺も落ち着いてきた。
「いや、アサシンが聖杯を所持しているなら一番魔力が大きい反応がアサシンじゃないかな?」
「私がこの場で召喚された時から、セイバー以外に大きな魔力の反応は感じていません。聖杯は検知できるようなものではない可能性があります」
流石に聖杯は隠ぺいをしているようだ。そしてアサシンも気配遮断がある。
「そっか。……ええと、セイバーがアサシンを追っているなら。セイバーの進路に先回りできないかな?」
「屋敷の外に出ることになりますが……」
「とりあえず窓から出る?」
近くの窓を開いて、少しやっておくことを思いついた。手早くメールを打って、聖杯がアサシンに盗まれたらしいことを筆川さんに送る。その後、俺をお姫様抱っこで抱えたアーチャーが窓から飛び降りる。ここは三階だったので少し肝が冷えた。
飛び降りた先は茂みと木ばかりの、どこもおかしいところはない庭である。広い。気配遮断を持つアサシンを肉眼でとらえられるのかはわからないが、目を皿にして周りを警戒する。
「アーチャー。アサシンは?」
「静かに!もう見られているかもしれません」
アサシンが近くに潜んでいるかもしれない。嫌な緊張感に包まれて、ついアーチャーに近づいてその袖を握ってしまう。
「あっ、ごめん」
「いえ、なるだけ近くに」
俺は袖を放したが、すぐにでも転移するためか、アーチャーが俺の手を握る。
力強い足音がするのでそちらを見ると、アーチャーを召喚した時にちらっと見たセイバーがこちらに走ってくる。思ったより遅いのは後ろに見える鳥箱さんと距離を放さないようにするためだろうか。
そして、気が付いてしまった。セイバーと鳥箱さんよりさらに遠く。高い木の上に明らかな異様がある。外套を風ではためかせたそれは……
クラス名アサシン、筋力D、耐久C、敏捷A、魔力D、幸運C、宝具C、気配遮断A、単独行動A。
外套が切り抜いたような黒い闇に白い面が丸く浮かんでいる。白い面には黒い丸が二つ浮かぶ。位置からして目だと思うのだが光を反射していない。表情も読み取れず不気味である。アーチャーには悪いが、アーチャーのように見た目はホラー作品の怪物のようだ。そういえばアーチャーも気配遮断と単独行動を持っている。
「鳥箱さん!後ろ!」
俺はアサシンを指さして叫ぶ。鳥箱さんとセイバーは振り返って、アサシンを発見する。それと同時にセイバーが手にした剣を振るう。振るう。また振るう。硬質な音がここまで響いてくる。アサシンが何かを飛ばしているようだ。
アーチャーが俺の前に出る。
“マスター、私の後ろに”
アーチャーに隠れるようにして様子をうかがうが、アサシンはこちらを狙ってこないようだ。……アーチャーはアサシンに対して攻撃しないでいいのだろうか。
“アーチャー、アサシンに対して……いや、どうすべきかな?”
“様子を見ましょう。マスターに何かあったらそれで終わりですし、距離をとっている現状は望ましい展開です”
確かにアサシンとセイバーの共倒れを狙うなら、望ましい展開といえるかもしれない。しかし、聖杯を確保したらしいのに逃げないアサシンが不気味である。アサシンはセイバーと対峙を続けている。つまり勝算があるということなんだが。
アサシンは移動しない。時折動いて何かを飛ばしているだけだ。その何かもセイバーに弾かれている。セイバーと鳥箱さんがアサシンとの距離を少しずつ詰めていく。突然、あたりに暴風が吹き荒れる。落ち葉が巻き上げられて視界が悪くなる。その中で必死にセイバーとアサシンの動きを追う。セイバーと鳥箱さんは、風を受けて一か所に縫い留められている。足止めしている間にアサシンが逃げるのだろうか。その思考に沿うようにアサシンが梢から飛び降りたが、逃げるのではなくセイバーの方に向かって、不可解に移動していた。風に巻き上げられて上昇したかと思うと不自然に空中にとどまって、予測できないタイミングで落下する。アサシンの魔術だろうか、それともマスターか。アサシンの予測不可能な動きとなんらかの投擲物によって、セイバーは攻撃をしのぐので精一杯に見える。
セイバーが翻弄されている。アーチャーが介入すべきだろうか。
“アーチャー、セイバーに手をかす?”
“もう少し考えましょう”
アーチャーは少しも動かない。俺を守るように俺の前に立っている。
セイバーの方を見ると、状況は変わらない。絶え間ない投擲の合間を縫って、セイバーがアサシンとの距離を詰め、迎え撃とうとすれば風に乗って上空に逃げる。かと思えば地面に降りたアサシンが虫のように這い進みマスターを狙う。マスターの側を離れられないセイバーは有効な手を打てないでいた。
しかしそれはアサシンの側も同じこと。この暴風、マスターとサーヴァントどちらの力だとしても、マスターの消費魔力が膨大なはず。いつまでも続くはずがない。風が消えた時、決着がつくはずだ。鳥箱さんとセイバーもそのことはわかっているのか、落ち着いているように思う。横槍を入れるか?
しかし、その眼前に敗北が迫る状況下でアサシンが動くとすれば……。
風にあおられたアサシンが木の頂上に舞い戻り、梢の上で静止する。そして、己の右腕を誇示するかのように、外套から出して上に伸ばした。アサシンの筋肉質な右腕、その肘の上あたりからガラスのように透明なチューブのようなものが何本も伸びている。チューブのようなものが次第にまっすぐに右腕の先の方へ張り、チューブの間に膜が張った。蝙蝠の羽根のようだと思った。一応サーヴァントは人間の形をしていると聞いているが、アサシンの姿は化け物にしか見えない。
一瞬だけアサシンが赤く輝き、ここから感じ取れるほど膨大な魔力が集まる。そして、目にもとまらぬ速さで飛び降りセイバーに向かって落下しながら、アサシンが自身の宝具名を告げる。
「ザバーニーヤ」
暴風吹き荒れる轟音の中、その厳かな宣明は他のどんな音にも妨害されずに俺の耳まで届いた。それに呼応してアサシンのマントの下、右腕から伸びた蝙蝠の被膜のように透明な棘と膜がさらに長さと鋭さを増した。アサシンは右腕をセイバーに振り下ろす。
正面から叩きつける暴風をものともせずセイバーは数歩進み出て、手にする剣で迎え撃つ。暴風を背にして加速するアサシンと暴風で押し留められているセイバーが激突した。ガラスが砕けるような甲高い音が響く。
勝利したのはセイバーであった。アサシンの右腕が切断され。付属していた羽のような透明の宝具が破砕される。細かく砕けたアサシンの腕の宝具の残骸は、無情にも味方であった暴風が様々な方向へ運んで散らしていく。
俺がセイバーの勝利を確信したその時。アサシンの宝具、その効果が発動した。
セイバーの背後に立っていた鳥箱さんが少し前かがみになり……目を疑う。鳥箱さんが裂けて、赤黒い何かが這い出したように見えた。目を凝らして、状況を確認して、そのおぞましさに呼吸をすることも忘れる。鳥箱さんの中から出てきたものは、その通り鳥箱さんの中にあった体だ。ところどころ白い膜が張った、人体模型のような、皮膚を失った姿。一方で残された皮膚は大きく形を損なわず、スーツを着たまま崩れ落ちる。
アーチャーの宝具はただの結界だった、宝具はこんなこともできるのかと恐ろしくなる。
俺はその凄惨な光景に目と意識を奪われたが、セイバーは振り向かない。自分のマスターが討たれたことに動揺を見せずに、マスターの仇を討たんと、絶え間ない剣げきでアサシンを追い詰める。アサシンは逃げようとしたのか前進するセイバーよりも速く、後ろ向きに後退する。
一瞬赤い光を放ったアサシンが怒号をあげて、セイバーから逃げるどころか直進して迎え撃つ。しかし無謀だ。片腕を失ったアサシンが正面からセイバーに対抗できるはずがない。セイバーの一刀でアサシンが両断され消滅する。時を置かずして、セイバーも。その場には。無残な鳥箱さんの遺体とアサシンが持ち出した聖杯だろうか?それにしては魔力を感じない底の浅い皿のような物だけが残されている。とりあえず回収だ。
「これが聖杯?」
「とりあえず、筆川様に連絡を取ってはどうでしょう」
アーチャーに促されて筆川さんに電話を掛けた。留が出た。メールを見て、今こちらに向かっているところのようだ。電話を切る。
鳥箱さんの遺体が目に入る。死んでいる。少し前には隼もだ。俺は、久雄くんは運がよかったのだろうか。これから、筆川さんと俺のどちらかは死んでしまうのだろうか。……今は意識して考えないようにした。
「アーチャー、聖杯どうしよう?」
よくよく考えてみたら今の状況は、とても幸運なんだ。これで残るのはランサーのみ、聖杯もこちらにある。筆川さんはこちらに来るはずだ。ランサーとともに。いつ仕掛ける?
“奇襲でランサーを退場させれば私たちが勝者になりますが……そもそも聖杯はどのように使用すればいいのか私は知りません。”
確かにその通りだ。今は簡単に片付く懸念を確かめたほうがいい。
“考えながら久雄くんを迎えに行こうか”