久雄くんは律義に部屋の中で待っていた。何が起こったのか、アーチャーが説明する。
「アサシンが仕掛けてきました。私たちとセイバーで迎撃したのですが、宝具によって、鳥箱さんが犠牲になりました。セイバーは消滅。代わりと言っては何ですがアサシンはセイバーが打ち取りました」
久雄くんが驚愕の表情で固まってしまう。
「そんな……鳥箱さんが?」
俺は顔を伏せた。強力なセイバーはさっさと脱落してほしかったが、鳥箱さんに死んでほしかったわけじゃない。もちろん隼に対してもそう思っていた。
アーチャーが現場に行こうとする久雄くんをなだめている。
「久雄様は見ない方がいいでしょう。遺体の損傷が激しいのもありますが、魔術師の遺体なので筆川様に任せた方がいいと思います。」
「……わかりました」
全員が黙り込む。沈黙に耐えられなかった俺は、お茶を入れるために台所に向かった。
インターホンが鳴る。玄関まで迎えに行くと留が立っていた。しばらくぶりに見た留は記憶と違っていた。見た目は変わらない。今着ているコートも一度見たものだ。しかし、待とう魔力が全く違う。……今は気にしないことにした。
「どーも、到くん。災難だったね」
「留さん。来てくれてありがとう」
「鳥箱さんは私が回収して、処置をしておいたからもう片付けは必要ないわ」
留に動揺は見られない。
「急ぎの話があるんだけど、アーチャーと三人だけで話せる?」
“アーチャー”
“大丈夫です”
「わかった。久雄くんには少し待っていてもらうよ」
久雄くんに一声かけて談話室に移動する。俺と実体化したアーチャーに対面して留が座る。空気が重い。留が口を開いた。
「大変だったね。到くん。あなた達が無事でよかったわ」
「久雄くんに話せない急ぎの話ってのは?」
さっさと本題に入ってもらいたい。
「到くん、メールではアサシンに盗まれてみたいだけど、聖杯は?」
俺は懐から皿のようなものを出して、自分の目の前に置いた。留が目を輝かせる。
「よしよし。すごい順調ね」
順調?俺が黙っていると、留は俺の顔をじろじろと見ながら口を開いた。
「到くん、あなた聖杯を使ってみたくない?」
何を考えている?俺の驚きは表情に出ていなかっただろうか。アーチャーが続きを促す。
「留様、何をお考えなのでしょうか?」
留はアーチャーを一瞥して、俺の目をまっすぐ見つめる。
「あなたにランサーを倒してもらって、勝者として聖杯を使ってもらいたいの」
「留さん。正気なのか?いくら姉が嫌いだからって、そんな儀式を無に帰すようなこと」
留は半眼でため息をついた。俺の言葉は的外れだったろうか。
「そんな好き嫌いの問題じゃないわ。出来るなら姉さんには聖杯を手にしてほしくないだけ。私にも立場があるから、その方が都合いいし」
ますますおかしい話だ。
「聖杯を使った人間は死ぬのか?」
よせばいいのにそう聞いてしまった。
「そんなわけないでしょ。ただ魔力が沢山あるだけなんだから。まあ、魔力なんだから使い方を間違ったらどうなるかわからないけど」
「……姉が疎ましい?」
「そう思うことも……ああ、そういうこと。勘違いしないでね。姉さんが死んだら、あなたのことを許さないかも」
思い当たる可能性がどんどんつぶされていく気がする。留が正直に話をする保証なんて存在しないが。
「あんまり深刻に考えないでよ。ちょっとチャレンジしてほしいだけ。それに、まあ……失敗しても大丈夫だから。姉さんも命までは取らないと思うし。議会と縁を切られても、私の家で……コックか何かとして雇ってあげるわ」
とりあえず留の家の話は置いておくことにする。
「それで、俺に聖杯で何をさせたい?」
「特にないけど。とりあえず聖杯は好きに使ってみて、大したことできないと思うけど」
話がうますぎておかしい。おかしくないところがない。留は俺と同じだ。同じところもある。なのに、わざわざ姉の邪魔をするか?考えるほどわからなくなってきた。
“アーチャー、どう思う”
“細かい契約など必要ありません。聖杯の使い方を教えてもらって、その後ランサーを始末しに行けばいいのでは”
なるほど。
「留さん。この皿をどうやって使うのさ?」
「……」
留が黙る。教えてくれない気がする。
「それは鍵みたいなもの。私たちの屋敷につながる地脈が聖杯に加工してあって、そこに魔力が溜まっているから。その鍵を使えば、魔力を取り出せる」
教えてくれた。もう留と話をすることもないだろうか。とりあえず、筆川さんに話をしに行くか。罠だったらアーチャーに転移してもらおう。
「とりあえず、棚ぼただと思って筆川さんと戦ってくるよ。どうなるかわからないけど、ケガが無いように祈っていてくれ」
留の話と聖杯のカギを俺が持っていることを伝えたら、筆川さんは勝負に付き合ってくれないだろうか。サーヴァントはともかくマスターの差が大きいし。……先のことなんて考える必要ないし、奇襲で決めるか?筆川さんは傷つけたくないけど。
「ちょっと待って、慌てないでよ。到くんだけじゃ勝負するにしても、魔力が足りないんじゃない」
留が身を乗り出してくる。何だろうこの押しの強さ。
「まあ、確かに」
「そこで!私の魔力も使えるように経路をつなげるのはどうかな?」
なんとなくやろうとしていることはわかるが、何でそんなことを言いだしたのかがわからない。
“アーチャー?”
“うまい話には……と思ってしまいますね”
「留さん。そんなことすると、留さんが筆川さんににらまれると思うけど」
「到くん。私は姉さんに勝たれると困っちゃうの。人助けだと思って手を貸してくれないかな」
人助けと言われても。
“……嘘は行っていないようですが。……契約に乗じて何らかの呪詛を仕込むつもりなら、私が返します。最悪、私の術で留様を操ります。とりあえず、やってもらいましょうか。……後で私が確認を行います”
髪を除けて留を見ていたアーチャーが念話で伝えてくる。
“留さんの魔力があれば勝てる?”
“……なくても勝ちますが、助かることは事実です”
「留さん。それじゃあお願いします」
「やった。では早速」
留が俺の右手を両手で包み、何らかの術を刻む。留の魔力とのつながりを感じる。特におかしなところはないと思った。
“アーチャー?どうかな?”
“……ただ魔力の経路をつないだだけのようですね。魔力を引き出せますか?”
こっそりアーチャーと念話していると、留が俺の顔を覗き込んでくる。
「うまくいってる?魔力を引き出してみて」
「問題ないよ。うまくできてるみたい」
右手の令呪を見る。何の偶然かこれを授かってから短期間で様々なことがあった。そして、たくさんのつながりを思い出す。ただ話をしただけではない。千里さん、アーチャー、留、この右手をとって手助けしてくれた。
留さんに向き直る。
「ありがとう。留さん。これで筆川さんに一戦挑んでみるよ」
聖杯のカギを懐に戻して、筆川さんの屋敷を目指す。
筆川さんの屋敷の入り口でインターホンを押す。とりあえず正面から筆川さんとそのサーヴァント、ランサーを補足する。アーチャーと相談した作戦はそこから始める。
筆川さんからの返答は、門の上の使い魔からすぐに帰って来た。
「建持くん。大変だったみたいね。お疲れ様。
……ええと……他の人は?」
「やることがあるらしく、鳥箱さんの屋敷に残っています」
「……そう……わかりました。建持くん。帰ってすぐで悪いのだけど、少し話をできないかな?」
筆川さんの声は平静そのものだ。最後の一戦を前にして、何を話すつもりなのだろうか。それとも屋敷の罠やランサーがすぐに牙をむくのか。
“アーチャー、何があってもいいように警戒しておいて”
“わかりました。マスターもお気をつけて”
広い庭を進み、入り口から使い魔に先導されて談話室に入る。なるだけ緊張していないようにふるまわないと。そう考えるだけで緊張してしまう。俺の手は震えていないだろうか。立ち上がった筆川さんは穏やかにほほ笑んでいる。
「お帰りなさい。建持くん」
俺は頭を下げて椅子に座った。筆川さんが紅茶を入れてくれる。
「少しお話しましょうか」
「はい。何でしょうか?」
「焦らないで、一息つきましょう」
筆川さんが紅茶を含む。俺も紅茶に口をつける。緊張で味がわからない。温度はちょうどいい。筆川さんの紅茶は、いつもちょうどいいタイミングで準備されている。それだけ気を使われている。……今から筆川さんとだまし討ち同然で袂を分かつのか。
「大変だったわね。でも、あなたが無事でよかったわ」
「はい……」
筆川さんの表情はどこまでも優しげだ。顔を合わせづらくてうつむいてしまう。筆川さんに俺の姿はどう映っているだろうか。
沈黙の時間がたっぶりと続いた。
「……状況は留から聞きました。聖杯は建持くんが持っているみたいだけど、今も持っているの?」
「はい」
隣の椅子の上に置いていた外套から聖杯のカギを取り出す。
俺はそれを持ったまま……
「?……聖杯を渡してくれないかな?」
心苦しいが切り出すしかない。決意を込めて、筆川さんの目をまっすぐ見つめる。
「私も聖杯に興味があります。筆川さん、聖杯をかけて最後のサーヴァントの勝負をしませんか?」
俺の理解できないような提案に、筆川さんは口元をこわばらせた。……やはり申し訳ない気持ちでいっぱいになる。まあ、ここまで来たので引くこともできないのだが。
筆川さんは困ったように視線をさまよわせて、なんとか口を開いた。
「そういうわけにも、いかないのだけれど……。どうしたの?何か目的があるの?」
「聖杯を使ってみたいです」
「……そう……」
筆川さんがため息をつく。困ったような、悲しんでいるような表情で黙ってしまった。……そもそも会話を続ける必要もなかった。それはわかっていた。俺は、とんでもない考えだと筆川さんにきっぱり否定してほしかったのだろうか。さすがにもう限界だ。この沈黙にもう耐えられない。俺がかけるべき言葉も思いつかない。
「アーチャー」
「デッドエンド!」
俺の言葉と同時にアーチャーが宝具を使いつつ実体化する。俺は立ち上がりつつ、隣の椅子に乗せていた外套を掴んだ。それと同時に筆川さんの右後方に何かが現れて、動いたと思ったら、景色が一瞬で変わる。