アーチャーの転移で宝具の結界の中の廃墟にたどり着く。魔力が急速に吸い出されて頭が痛い中、外套を羽織る。
廃墟に不釣り合いな、いや警告灯のような赤い閃光が一瞬だけ現れ、半裸の巨漢が目の前に現れた。
クラス名ランサー、筋力B、耐久A、敏捷A、魔力E、幸運E、宝具D、耐魔力E。
サーヴァント、令呪だ。反射的に令呪を使った。
「逃げて!アーチャー!」
赤い光が走り、アーチャーが俺の腕をつかんで令呪で転移した。息つく暇もなく、再び筆川さんの令呪でランサーが飛んでくる。アーチャーが令呪を使わずに転移する。
貧血のように目の前が真っ黒になる。魔力切れだ。右手につながる先、留の方から魔力を吸い出す。
「マスター、魔力を使いました。大丈夫ですか?」
すぐにはアーチャーに応えられない。留から魔力を融通してもらい俺に魔力が戻って来た。そして、完全といえるまでに回復する。すぐに留から預かった術具から留の声が聞こえた。
「ごめん。到くん。私の魔力は限界。後は自分で何とかして」
「了解」
それだけ言って深呼吸を何回もして呼吸を整える。目の前にはアーチャーがいる。
「アーチャー、魔力は回復したよ。ランサーの方はどう?」
「大分引き離しました。少し休憩しましょう」
アーチャーが言うなら休んだほうがいいかもしれない。しかし、ここはどこだろう?ベッドが並んでいて、カーテンが多い。病院である。アーチャーの宝具からは出たのか?
「アーチャー、ここは?」
「私の宝具……そういえばこのエリアには入ったことがありませんでしたね」
ここも結界の中か、廃校だけでなく病院。アーチャーの宝具の中にはほかにどんな場所が入っているんだろう。アーチャーが俺の袖を引いて歩き出す。
「思ったよりも速いです。妨害がうまくいっていません」
「ランサーがもうすぐ来る?」
「いえ、数分はかかると思います」
アーチャーに引かれて走り出す。病院の廊下を走るのは少し嫌な感じだ。
十分以上も走っている。階段の上り下りがつらい。最初はかすかに聞こえていた音が気のせいではなかったと気が付く。工事現場のような音と振動を感じる。
「アーチャー、音がするけど、あれがランサー?」
「はい」
少し気になって、後ろを振り向いた。廊下のはるか先で、床や壁が沈んだり現れたりしている。破壊の音はそのさらに奥から聞こえている。そのとき廊下の先で壁が崩壊した。その区画が瞬時に横方向に消え、新しい壁が上から降りてきた。
「マスター、私は迎え撃ちます。なるだけ私の姿が見える範囲で遠くに行ってください」
「わかった」
足を止めたアーチャーを置いて、俺はそのまま進む。よくよく考えたらアーチャーが転移で離脱するなら俺も近くにいなければいけない気がする。……アーチャーもそんなことはわかっているはず、特に理由もなくアーチャーの指示に従う。
轟音がとうとうアーチャーに近づいて、その前方の床が崩壊する。下の方から何かが床を破壊しながら貫通していったように見えた。天井には黒っぽい塊が突き刺さっている。アーチャーが後ろ、俺に近づくようにとぶ。二十メートルは離れているが、俺ももっと逃げたほうがよさそうだ。視線はそのままに後ろに走る。少し前までアーチャーがいた位置の床が崩壊し、下方向から残像しか残さないすさまじい速さで影が飛び出した。その影は急速に速度を落とし、昇って来た時とは対照的に、やけにゆっくりと床に降り立った。その姿は、前掛けとふんどしのみ身に着けた筋肉質の男性。ランサーだ。露出が多すぎる。
どこから生じたのかわからないが、いつの間にか存在していた熊や蛇、犬がランサーに襲いかかった。おそらくアーチャーの呪術なのだろうが、あまりに荒唐無稽な光景だ。ランサーは特に慌てる様子も見せず、いつの間にか手にした長い棒状の槍を振り回して脅威を退ける。流れるようにランサーが放り投げた槍を、下からせりあがって来た壁が防ぐ。振動がここまで伝わってくる。槍を防ぎ切った壁も数秒持たずに崩壊する。現れたランサーがその場で回転して、何かを放り投げた。右の方に飛んだそれは、壁を簡単に破壊しながら進み、俺の右の方まで到達する。もっと遠くへ行かないと。
“マスター、転移します。私の近くに来てください”
アーチャーの言葉を聞いて、踵を返す。アーチャーがこちらに走ってくる。ランサーが槍を持った腕をおおきく振りかぶった。前に走る。もっとはやく。……ダメだ。俺は遅い。ランサーが前転するように腕を振りぬいて、放たれた槍がアーチャーにあたったように見えた。アーチャーと俺がお互い前に倒れるようにして、ようやくアーチャーの転移が決まる。
転移しても体勢は変わらない。前のめりに、そのままくすんだ灰色の床に倒れこむ。起き上がると、アーチャーの姿が目に入る。悲鳴をあげそうだ。アーチャーの下半身を覆っていた白い服は大きく裂け、片足の膝から先を失い、血のように魔力が散っている。戸惑ったり考えたりしている余裕はない令呪から魔力を注ぐ。その魔力が形を成し、失われていたアーチャーの脚と服が復活する。一安心といったところだが、魔力があまり残っていない。あと一回の転移もできるかどうか。
倒れこんでいたアーチャーが起き上がってくる。
「マスター、ご無事ですか?」
「ありがとう、アーチャーのおかげでケガもないよ。でも、……ランサーはいつまで戦える?このままじゃ魔力切れを狙う前にこちらが力尽きるよ。せっかく魔力Eランクのランサーをマスターから切り離したのに」
「ランサーは、既に表面がほどけてきていました。もう半分も魔力は残っていないと思います。それにランサーは、魔力で武器をつくり使い捨てるタイプです。先ほどまでのような苛烈な攻めランサー自身の首を絞める。焦らずに時間を稼ぎましょう」
半分……。あと二回は転移ができるだろうか。魔力が足りない。
魔力。心のうちに決意がともる。どうせ崖から飛び降りるような道行き、それまでに何を捨てようが悲しまなくてもいいのかもしれないと思った。今までアーチャー、千里さんや他のマスターの世話になるばかりで俺自身はマスターとして役には立たなかった。しかし、今だけはマスターとしてアーチャーに格好をつけられる気がする。
「アーチャー。勝とう。魔力は俺が何とかするよ」
「はい」
外套から折り畳み式のナイフを取り出して、刃を開く。後ろで一つにまとめていた自分の髪を切り落とす。少ない魔力でなんとか俺の魔術回路を起動し、術式で髪から魔力を抽出する。とても足りない。外套に仕込んでいた護符を全て魔力に変換する。魔力は七割ほどまで回復しただろうか。足りない。残っているのは、お守り代わりに持ち込んだ思い出の品だけ……
勝とうが負けようが、どちらにせよ俺の人生に今後はない。にもかかわらず、いくぶん迷ってしまった。首に下げていたきんちゃく袋をひっくり返す。親しい人たちから一筆ずつもらった護符、大牙の友達からもらった歯、命運が描かれているという開いたこともないお守り、……いくつもある思い出の品々は、そこに込められた思いほどに魔力をためている。今までの全てが自分の背を押すのだと心に刻んで、罪悪感を誤魔化して、残らず分解する。
完璧だ。全快を越えて俺の体に魔力が張る。心は幾分落ち着きを取り戻した。これならば負けない気がする。
黙ってみていたアーチャーが俺の右手をとって、口を開いた。
「マスター、最後まで信じていてください。必ず聖杯を勝ち取って見せます」
「信じてる」
俺の言葉にうなずいて、絶対この場から動かないようにと言って、アーチャーは廊下にある窓から飛び降りていった。慌てて窓を除くと木と茂みしか見えない。
この大一番でアーチャーの考えがわからないが、もう俺にできることはない。廊下の壁にへ背を預け、胡坐をかく。
振動が響いてくる。この感じは間違いない。ランサーだ。ひときわ大きな破壊の音とともに、俺が座っていた床にひびが入る。立ち上がった時には乗っていた破片が既に落下を始めていて、俺はそのまま下のフロアに落ちていった。
尻から落ちてしまった。自分の尻を撫でながら周りを見ると、ランサーが五メートルぐらいの距離に立っている。今まではアーチャーが近くにいてくれたが、今はそうではない。そう思うと体の震えが止まらなくなった。足が震えて立っていられなくなる。尻もちをついた。
ランサーが困ったように眉を寄せて、低く落ち着いた声を漏らす。
「やっぱり坊主だけか。おうアーチャーのマスター!アーチャーはどこにいる?」
「し、知らない」
あまりの緊張に、つい返事をしてしまった。無言でいたほうがよかったかもしれない。
「坊主には手を出すなって話だったが」
ランサーが魔力で槍を作り出し、切っ先を俺の方に向ける。
「手のひら一つなら安いだろう。悪いな坊主、令呪をつぶすだけだ」
ランサーから逃げるように走り出す。足が言うことを聞かなくて、転んでしまう。それでも走る。その努力もサーヴァント相手には何の意味もなかった。肩を掴まれる。
「あっ」
ランサーが俺の右手首を掴み上げる。絶望して見た先には、右の手の甲にある一画だけの最後の令呪。
その瞬間に周りの景色が一変した。これは森の中か。魔力の消費が、この企てがアーチャーによるものに間違いがないことを教えてくれる。
ランサーがなぜか俺を放した。そちらを見ると、ランサーの視線の先にはアーチャーがいる。しかし、その姿は……
「首を?」
アーチャーは木の枝に結ばれたロープで吊るされていた。意味が分からない光景に、それでも冷静でいられたのは、右手の令呪にアーチャーとの確かなつながりを感じたままだからだと思う。
「オオォー!う、オー!」
不自然に突っ立っていたランサーが、不意に力を籠めて雄たけびを上げた。ランサーの体が細かく振るえる。そして走り出し、アーチャーの横を通り抜け森の奥へと入っていった。
周りの景色が書き換わり、もう見慣れてきた廃校の床にたどり着く。令呪に魔力が吸われる。もう魔力が切れそうだ。座り込んだ。
「マスター」
見上げるとアーチャーが歩いてきている。大きく息をついたところで、大きな音と振動がして、ビックリしてしまう。爆音は断続的に響いている。
「ランサーの最後のあがきでしょう。この結界の中なのでわかります。じきにランサーは消滅します。いえ、もう消えてきている」
「そっか」
アーチャーが俺の右手を引いて立ち上がらせる。
「ランサーの消滅を確認しました。帰りますよ」
アーチャーの結界が消えていく。
アーチャーが宝具を使用した場所。筆川さんの屋敷の一室に戻って来た。そこには、筆川さんではなく留が居る。留は笑顔で俺たちに手を振る。
「うまくやってくれたみたいね。想像以上よ。……ああ、姉さんはへそを曲げて部屋にこもっただけだから心配しないで」
疲れていた俺は確認も取らずに椅子に座る。
「留さん。確認をしたい。俺とアーチャーが聖杯を使用していいんだよな?」
「ええ、どうぞお使いください」
留は機嫌がよさそうだ。しかし、この段階になっても俺が聖杯を使用するということに違和感がある。
「それなら、急ぎたい。場所はどこだろう?」
留は屋敷の奥まった場所にある一室に案内してくれた。部屋の中には、目視で簡単にわかるほどの魔力が通っている道管が走っている。
「到くんが持っている聖杯のカギを使えば魔力が引き出せるようになるわ。それでは、ごゆっくり」
「えっ?行っちゃうの?」
俺の困惑をよそに留は出ていってしまった。見ている必要もない?のか?
すごく嫌な予感がする。でももう疲れた。今更、騙されていても俺にできることはない。外套にしまっていた聖杯のカギを取り出す。少しして、部屋の中心に魔力が集まってくる。今まで想像もしたことがないような大量の魔力。……もう使えるのだろうか?
「マスター、私の受肉を先に済ませてよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、いいよ」
俺の後ろにいたアーチャーが魔力の渦に進む。そして、手で触れた。アーチャーの姿が横に引き伸ばされ……気のせいか?アーチャーの体、魔力がほどけて……なおった?アーチャーの体が左右に揺れて、アーチャーがしゃがみこんだ。
「アーチャー、うまくいったのか?」
俯いたアーチャーは息も絶え絶えといった様子だ。とりあえず壁際にある椅子に座らせる。アーチャーの受肉は成功したのだろうか?既に俺の右手の令呪から、アーチャーとのつながりは感じない。それでもアーチャーの姿が消えていないことが答えだと思うことにした。アーチャーの悲願は達成したのだと。
俺は外套のポケットの奥にしまっていた、紙をまいた櫛を彼女に押し付けるようにして渡す。この世界に生まれておめでとう、そしてありがとうを伝えるだけの手紙だ。恥ずかしいから、できるなら俺が消えた後に見てほしい。
俺は彼女から離れて、部屋の中に依然として鎮座している魔力の塊に触れる。その瞬間、膨大な魔力が令呪に流れ込んだ。そして実感したことで、目の前の魔力がどれほどのものであるか、ようやくわかって来た。現実のものとは思えない状況に興奮する。計り知れない幸運で、ここまで来てしまった。後は俺の魔術回路に仕組んでいた術式に大量の魔力を流し込んで発動させるだけ。それで、俺の悲願は達成される。ようやく俺の人生は終着点についたのだ。
Fate 二次創作 臨終編 終了