(Fate 二次創作) 『臨終編』   作:段差滝脈動

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②旧知の人

 汚れた外套はハンカチを少し使って諦めたが、汗をかいた下着はそのままにしたくない。着替えを早々に使うことになった。土がついたスーツケースは拭いてある。傷ができたが、まあ問題ないだろう。

 それよりも結界の内側は何者か、結界の魔術師のもので間違いないだろう、の使い魔でぎっしりと埋め尽くされているようだ。こちらから使い魔を放っていくらかは始末したが、感じる魔力が、監視の網が緩くなっている気はしない。町一つの全域を使い魔で監視しているとも思えない。はやく結界から離れて身を潜めなければ。

 使い魔か罠か、感知した魔力を避けるように山を下る。

 

 

 

 夜更けて、ようやくたどり着いた県道でコンビニに寄り、温かい飲み物と新聞を買う。このまま使い魔で見張りながら、安宿を確保したい。

 外に出ると、スキンヘッドにスーツの男が近寄って来た。

 

「建持到さん。うちの事務所まで来てもらいましょうか」

 

 突然話しかけられてビックリしてしまったが、冷静に男を観察する。襟のバッチは議会のものだが、顔に見覚えがない。このあたりに来るのは、はじめてである。名前を知っているし、少し顔を合わせて自分が忘れているのかもしれない。

 

「ええ、いいですよ。でも、少し待っていてください」

 

 男をその場に残して、再びコンビニに入る。準備しなければ。

 

 

 

 どこにでもあるようなオフィスビルに案内された。男、日光さん、初対面である、に促されるまま、エレベーターで三階に上がり、奥の部屋の前に案内される。日光さんは踵を返したので、一人で部屋に入る。日光さんの話では半信半疑だったのだが、……想像通りの人物が出迎えてくれた。

 

「到くん。しばらくぶり。今日は私の顔を見に、わざわざ来てくれたの?」

 

「夜遅くにありがとうございます。千里さん。このたびは少し任務があって……奇遇ですね。千里さんも仕事できているとは」

 

 松木千里、地元議会の構成員で少し偉い人、彼女がここにいるのは驚いた。一週間ほど前に仕事で遠出するとは聞いていたけど、行先は教えてくれなかったし。

 忘れないうちに、先ほどコンビニで購入した焼き菓子の詰め合わせを差し出す。

 

「どうぞ、つまらないものですが」

 

「わぁ、ありがとう。座って座って。今お茶を入れてくるからね」

 

 穏やかな印象のたれ目をさらに緩めて千里さんが笑う。遠く一人旅、張り詰めた緊張が切れそうになる。ダメだ気を抜かないようにしないと。

部屋を出ていった千里さんをソファに座って待つ。

 少し部屋を見まわすが、場所が変わっても議会は大きく変わらないらしい。木彫りの置物や墨で書かれたありがたいお言葉が飾ってある。ソファは柔らかいし、部屋は暖房が効いて暖かい。落ち着く。気が緩む。

 

 千里さんが盆を片手に戻って来た。

 

「空調はどうかしら?寒くない?」

 

「ちょうどいいです。おかまいなく」

 

 湯飲みと煎餅が机に置かれる。

 千里さんはそのまま座らずにエアコンのパネルを操作している。

 

「少し温度をあげたから、これでいいかな?ずっと外にいたの?寒かったね」

 

「だ、大丈夫だから」

 

「その手袋、室内でも外さないの?」

 

 !外すと見えてしまうが、外さないのは不自然だ。千里さんは、どこまで知っているのだろうか。考えながら視線を千里さんの手に向けかけて……、慌てて視線を落とす。何も知らないという体の方がいいはず……

 

「ちょっとケガしちゃって、ぶつけたのかも」

 

 そういって手袋を外す。隠しておきたかった傷跡が露わになる。いつ授かったのかはわからない。灯りのある道に出て初めて気が付いたもの。俺の右手の甲に、アルファベットのCが連なったような、鎖のような形に肉が沈み込んで赤黒い痕になっている。

 

「見せてみて、治せるかも」

 

 千里さんが優しく俺の右手をとる。傷跡をゆっくりなでる。魔力が流れる。……さすがに治療だけでないことぐらいわかる。探るような魔力の動き。

 間違いない、千里さんは、この令呪について知っている!……少しでも表情に違和感が出ていないだろうか。

 千里さんは少し考えこんで口を開いた。

 

「到くんは……この町でもうすぐ大規模な、魔術的な儀式が行われることになっているって知っているかな?……知っているよね」

 

「そりゃあ……」

 

 言葉に詰まる。千里さんは議会の一員としてここにいて、俺は独断で家を出てここまで来たということになっている。下手なことは言えない。いや、何を言ってはいけないんだ?

 ……まあ、最低限の知識だけ持っていることにしよう。地元でのことは、俺が聞いていなかった。俺が聞き流していた。これで行くしかない。

 

「聖杯戦争。ずいぶん大規模な儀式をやるらしいね。それで少しやることがあって」

 

「……聖杯戦争については知っているの?どれだけ危険なのか?」

 

 千里さんが向けてきたまっすぐな視線に、ばつが悪くなる。視線をそらさないように気を付けるが、千里さんの首のあたりを頼りなくさまよってしまう。

 本当は儀式の最後で魔力をかすめ取るのが目的なのだが、しらばっくれるしかない。儀式の参加者になんてなるつもりはなかった。

 

「地脈から魔力を集めることは知っているよ。膨大な魔力がたまるらしいね」

 

「それだけではないわ。危険な、とても危険な儀式……なんだけど」

 

 危険か、……出発前に聞いた話だと降霊術で危険物を呼び出してそれをタンクにぶち込んで魔力にするらしい。確かに危険だ。

 

「危険があることは知っているよ。それを承知でここまで来たんだ」

 

「到くんは、何をしにここまで来たの?私には話せない?」

 

 千里さんが心配そうにこちらを覗き込む。当面の目的は、話してもいいだろう。たいしたことでもない。

 

「……儀式で魔力を集めるようなので、なんとかその魔力を拝借しようと思って」

 

 千里さんが息をのんだことがわかる。責められているでもないのに、つい俯いてしまう。

 

「到くん。…………魔力を集めることは諦めてくれる?

本当に危ないの。魔術協会だけじゃない。連合も議会も儀式には干渉しないことに決まっていて、そこで魔力をなんて言ったらどうなるかわからないわ」

 

 魔力を集め終わるまで帰ってくるなとは言われていない。でも、まだ始まってもいないのに諦めるつもりもない。俺が黙っていると千里さんは、彼女にしては珍しく力強く言った。

 

「私に任せて」

 

「何を?」

 

「とにかく術師さん達に話を通さないと。ここを動かないで、待っていてね。……だめだからね。ここにいてよ」

 

 千里さんが出ていく。大きく一息つく。右手に視線を向ければ、令呪という傷跡が残っている。これは例の儀式で必要となる貴重なものらしいが、なぜ自分に現れたのか。これさえなければ、儀式が終わったころに地脈から魔力をくすねて帰るぐらいで終わったかもしれない。議会と連合、協会、儀式はどうにも自分が考えていたよりも大規模らしい。……どうなるのだろうか?この右手一つで魔力は集まるだろうか。……右手を失うぐらいで済めばいい方かもしれない。

 

 

 

「到くん。今から鳥箱さん、ええと術師さんのお宅に伺うことになりました。すぐに出発したいのだけれど大丈夫?」

 

 千里さんが部屋に戻ってきて、急かされるままに夜の街を行くことになった。自動車で山中の家まで15分ほど、運転してくれたおじさんは華丹さんと名乗った。娘さんが大学受験を控えているらしい。

 

 たどり着いた家は、うちの三倍ぐらいはありそうで、漏れ出す橙の灯りと赤茶の壁は品がよいものに見えた。今まで縁が無かったので洋風で豪華な造りの建物は緊張してしまう。

 千里さんがインターホンを押すと、ほどなくして門がひとりでに奥に開いた。さして気にした風でもない千里さんに先導されて石畳を屋敷に向かって歩いていく。後ろを振り返ると、門は閉まっていて、その奥でこちらに気づいた華丹さんが少し頭を下げていた。

 

 館の扉を開いて出迎えてくれた兄さんに案内されて10人は座れそうな食堂のような場所に通された。もちろん食事は置いてないが、案内してくれた俺と同年代ぐらいの兄さんがコーヒーを出してくれた。

 しばらく待っていると、よれたスーツに身を包んだノッポの男が入って来た。

 

「やあ、お待たせしました。松木さん建持君。こんな夜中にすいません。ご足労ありがとうございます。私は、鳥箱参代と申します」

 

 鳥箱さんが向かいに座る。両肩のあたりに魔力刻印だろうか、本当に魔術師のようだ。彼がマスターなら令呪を持っているはず……手袋をしている。

 気持ち丁寧に頭を下げて簡単に自己紹介すると、鳥箱さんが少しこちらに身を乗り出して

「それで、ええと建持君、きみの手に令呪が現れたと聞いたんだが」

 

 右手の手袋を外して突き出す。

 

「令呪って、これのことですよね。鳥箱さん」

 

「ふむ」

 

 鳥箱さんがこちらの顔をそして千里さんの顔を窺って、考え込む。それも数秒のこと、鳥箱さんが人のよさそうな笑みを向けてきた。

 

「この度は大変ご迷惑をおかけしました。我らが現在ある種のプロジェクトを進めていることはご存じかと思います。いえ、そこで何かの手違いがあったのかもしれません。建持君に影響が出てしまった」

 

「影響が出てしまった、とはどういうことでしょうか。ご説明いただけますか?」

 

 千里さんにしては珍しい非難するような声音に、ちらりと左隣に目を向けると千里さんはニコニコとしている。こういう時が一番怖いんだ。

 

「ああしかしご心配なく。私が責任をもってご対応します。無事そちらの令呪を解消することをお約束しましょう」

 

 鳥箱さんは、悪びれる風もなく力強く断言する。儀式に便乗して魔力を奪おうとしている俺が言えた事じゃないが、無関係の人を巻き込んですぐに対応してくれるのは術師にしては優しい気がする。……たぶん千里さんと議会のおかげだろう。助かるな。

 我関せずで黙っていると鳥箱さんと千里さんの話し合いの雲行きが怪しくなる。

 

「……少し他の家と話し合いますが…、本日はもう遅い。客室を準備させます」

 

「いえおかまいなく。お手を煩わせるのは申し訳ないです。一度帰ります。準備でき次第ご連絡ください」

 

 鳥箱さんが困ったように頬をかいた。

 

「う~む、……危険が、危険があるのです。この町への侵入者がいる。そして……そして、隠してもしょうがないので話しますが、……令呪いくつかの所在は不明」

 

「侵入者に議会が後れを取るとおっしゃるのですか?それよりも令呪が危険なのでは?こちらにいることで安全が保障されると?」

 

「落ち着いてください。侵入者はおそらく連合からのはぐれ者、それもかなりの腕利きです。令呪もどんな存在にわたったかわからない」

 

「ご忠告ありがとうございます。しかし、議会よりもこちらの方が安全だとおっしゃるのですか?」

 

「見ていただいた方がはやいかもしれませんね。頼もしいボディーガードを……出てきてくれ、セイバー」

 

 鳥箱さんがそういうと、その後ろの空間、何もないはずのそこから男が姿を現した。土器に見られるような形の鎧を着込んだ、ともすれば笑ってしまいそうなその姿。しかし、今まで見てきた化け物連中を凌駕するような濃密な魔力の塊、それが人の姿をなしている。その姿にノイズが走るように、脳裏に浮かぶ情報がある。

 

セイバー、筋力A、耐久B、……なんだこれは?

 思考が追いつかない展開に、緊張で押し固められた心が耐え切れずに割れてしまいそうだ。震えながらもゆっくり息を吐く。そのとき意識したでもないのに、自分の魔力が大気中に弾ける。危機を感じたのだろうか。俺の魔術は魔力の分解。確かに膨大な魔力を前にして魔術をとっさに使うことはおかしくない。しかし、それにしては多すぎる魔力が右腕の回路に流れこんだ。そしてその先へ…

 

 魔力が暴風のように広がる。波のようにはねて、しぶきが広がった。なんともったいない。

 魔力の噴出の中心、そこには黒い、いや白黒の人影?があるような……それが俺に向かってきた。

 

「待っ!」

 

 それはだれの言葉だったのだろう?視界が向かってくる黒い影で埋まって、魔力が、意識が急速に吸い尽くされた。

 




登場したセイバーです。

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