千里さんの姿が目に入って、俺は大きく手を振った。
「千里さーん!千里さーん!ここですー」
駆けよってくる千里さんとの間にアーチャーが割って入る。
「止まってください!それ以上近づかないで!」
千里さんが立ち止まる。……アーチャーの懸念はもっともではある。千里さんにかかれば俺なんて簡単に塵にできるだろうし。だから距離が少し離れたぐらいでは何も変わらないんだけども。
「……サーヴァントですか。わかりました。到くん。無事でよかった。心配したわ」
千里さんの穏やかな目線を受け止めて、ほっと息をはいた。
「千里さんも無事でよかった」
「千里様。なぜこちらの場所がわかったのですか?」
アーチャーの言葉に千里さんは少し顔を傾けて、頬に人差し指を当てて、その後に自分の右手の甲を指でたたいた。右手の甲といえば、俺の令呪である。令呪があると居場所がわかるのか?
アーチャーが俺の右手をつかんで令呪を撫でる。何か魔力が散っていった。何かの術式が仕込んであったのだろうか。そういえば千里さんが俺の令呪に触って何かしていた記憶がある。
「……あなたを信用できるのか、私は迷っています」
「何かをするべきでしょうか?」
千里さんとアーチャーの間に緊張した空気が漂っている。今はそんなことよりも、
「場所を変えません?座って話をしましょうよ。千里さんはここまで来てくれて疲れているだろうし」
教室の一つに場所をかえた。アーチャーがしつこいので千里さんとは離れて座っている。
「まずは……鳥箱さんの話をしましょうか。彼は私たちとの話し合いで急にサーヴァントを実体化した考えなしだけど、こちらを害そうとは思っていないと言っていました」
アーチャーの方から小さい舌打ちが聞こえた……気がする。
「鳥箱さんは儀式の進行に問題が出たと言っていたのだけれど……マスター権が三つ、彼らの手から離れて、サーヴァントもすでに召喚されたみたい。到くんもその一人ね。あと間が悪いことに、連合から外れた危険な吸血鬼が結界を越えて入って来たみたいで大変そうだったわ」
これはまずいかもしれないですね。話に出た危険な吸血鬼って俺を脅して結界の中に入ったやつなんじゃ?
「不運は重なるのか、鳥箱さんが用意していたうちの一人、ライダーのマスターが死亡して、ライダーは消滅しているらしいんだけど……これは議会の人が持ってきた情報だから他の人には秘密にしておいてね」
なんか大変なことになっているらしい。ライダーが負けたってことは吸血鬼はそんなに強いのだろうか?確かに実際に目にして、今までで一番の魔力を持つ化け物だとは思った。
“マスター、彼女の言葉を信じますか”
アーチャーが俺だけに意思を伝える念話を使ったようだ。少しアーチャーの方を見るがアーチャーはまっすぐ千里さんを見ている気がする。確かに念話をしているということは。ばれない方がいいか。念話は俺も使える。今はアーチャーと令呪でつながっているし。
“俺は千里さんを信じているよ。でもアーチャーが聞きたいような証拠はないです。そもそも俺はアーチャーとずっと一緒にいたし、使い魔もスーツケースの中において来てしまったし”
「到くん?難しい話が続いているけど大丈夫?とにかく到くんがとても危険な状態にあることは理解してほしい。議会が、私があなたを守らないと」
「マスターは私が守り切ります」
アーチャーと千里さんがやり取りしている間に考える。千里さんの言葉によると、これはもしかしたら、もしかするかもしれない。箱鳥さんの側にはマスター、サーヴァントが三人しか残っていない。つまりそれ以外でぶつかれば三対三。サーヴァントのつぶし合いも起こるだろう。吸血鬼もいる。俺の任務にサーヴァント何体分の魔力が必要かはわからないけど、儀式の途中でも魔力を奪って任務達成できるかもしれない。
「マスターさすがに彼女にはお帰りいただきましょう」
会話がこちらに向いた。
「到くん。鳥箱さんは協力して欲しいと言っていたけれど、まずは議会の方に来てくれないかな?」
アーチャーの舌打ちが……千里さんには聞こえていないといいな。
“アーチャーさん。どうしよう?”
勝の目が出てきた以上、アーチャーの意見もとても重要となる。アーチャーは勝ち残って、受肉したいと考えているはず。この提案には乗らないで潜伏してくれと言うだろう。しかし、俺は千里さんを信じている。術師の味方をするかはともかく、議会の庇護には入るべきだろう。
“彼女を……味方につけたほうがいいかもしれません。マスターは何を望んでいますか?”
“いいの?アーチャーさん。……それなら千里さんについて行こうか。危なくなったら転移を使ってくださいよ“
“……”
“アーチャーさん?”
“今に限ったことではありませんが、呼ばれた恩もあります。令呪を一つ使用するまでは基本的にマスターに従います。しかし私にも受肉という望みがあることを忘れないよう”
“ありがとう!アーチャーさん!”
“次の離脱は本当に魔力が切れますよ。危険なことは避けること。それよりも私のそばを離れないようにしてくださいよ。絶対ですよ”
“わかりました”
「千里さん!」
千里さんは、不自然に黙り込んだこちら二人を待っていてくれた。念話をしていたことに加え、その内容もばれていそうである。
「お世話になります。千里さん、よろしくお願いします」
頭を下げた。
近くに止めてあった議会の車でオフィスまで移動した。おいていったスーツケースを回収した俺は、霊体化したアーチャーに見守られながらいろいろ仕込みをしていた。今後はスーツケースを持ち歩くのはやめて、最低限を外套に仕込んでおこう。
仮眠をとっていたら起こされた。鳥箱さんが訪ねてきたらしい。
応接室で待っていた鳥箱さんは本日もスーツを着込み、きっちりした大人という印象だ。
俺と千里さんが向かいに座ると、鳥箱さんが頭を下げたのでビックリしてしまった。
「松木さん。建持君。すまないね。君たちには迷惑をかけてしまった」
「いえいえ、それよりもこれからの話をしましょう」
「……現在この町には大きな脅威が潜んでいることはご存知かと思います。我らの手から離れた三体のサーヴァント。連合が御しきれていない吸血鬼。結界周辺を中心にすでに死傷者が発見されてきています。そのため……我ら魔術師と連合、そして議会が手を取り合って、これら脅威の排除にあたることを提案したい。もちろん、このような取り決めがなくとも、我らは問題の解決に全力で当たるとお約束します」
「この町で無用な血が流れることは私たちも望むところではありません。しかし、手を取り合ってとは具体的にどのような協力を考えているのでしょうか?」
議会として……か。俺が話に入る余地はないかもしれない。
「……具体的には建持君とそのサーヴァントには、こちらの魔術師およびサーヴァントとの協力体制を築いてほしいのです。その上で協力して野に放たれたサーヴァントと吸血鬼の排除を行いたい。……連合にも令呪を授かった者がいまして、連合との調整の末に彼はこちらに一時的に出向しています。議会にも建持君にも同様に協力していただければと考えています。もちろん、見返りについては後程お話しさせていただきます」
「なるほど……」
千里さんが考え込む。俺はこのまま議会で保護してもらって儀式の推移を見守りながら魔力をかすめ取るすきを窺おう、と考えていたが……。鳥箱さんの側に立つのは俺の得になるだろうか。
“罠ですよ。マスター。彼らは私を脱落させたいだけだ”
アーチャーは乗り気ではないらしい。俺も怪しい話だと思う。しかし、これはチャンスでもありそうだ。
“アーチャーさんは転移が可能です。いざとなったら逃げることができる。それに聖杯や他のサーヴァントについて探ることができるんじゃないですか。話に乗ってみてもいいのではないですか。今なら俺の後ろに議会という大きなものが控えた状態で話ができる”
“一度見せた転移術式は対策されていると考えた方がいいのですが……。相手も対策をとってくることは心には留めておいてください。私は、マスターの決定に従います”
“それじゃあ、潜入作戦に決定ってことで”
“くれぐれも慎重にですよ、マスター”
「到くん。あなたはどう思う?」
いいところで千里さんがこちらに意見を求めてきた。
「鳥箱さん。…私は微力ながらこの町の平和に力を尽くしたいと思います。よろしくお願いします」
「ありがとう建持君。とても助かるよ。早速で申し訳ないが、準備ができたら表にとめてある私の車まで来てくれないかな」
鳥箱さんが足早に出ていく。少しして千里さんがこちらに戸惑うような視線を向けてきた。
「よかったの?到くん。間違いなく危険があるわ」
「頼もしいアーチャーさんもいるし、俺ちょっと頑張ってくるよ。無理はしないから」
千里さんはため息をついて、それ以上何も言わずに、持ってきた護符をわたしてくれた。それを大切にしまい込む。別れ際に千里さんは、
「何かあったら、どんな些細な危険でも、議会の場所に逃げ込んで。約束、してくれる?」
未来の自分は危なくなって逃げるだろうかと疑問に思いながら千里さんと小指を絡ませる。千里さんは約束の指切りにも術式を仕込んだのだろうか。