自我を求めて   作:カヴァス2001世

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自我を証明したい,そう言って行方をくらました旧友の科学者が,グリフィンに追われる身となった.
一介のお巡りさんの俺だが,なんとしてもあいつ見つけ出し事情を聞かなければならない.
俺はフランス中を飛び回る.

あいつが求めた,自我を辿って.


オリ設定オリ解釈が多数あります. その上,ドルフロの世界観を知っている事前提で書いてます. 更に,本編前を描くので,銃器が名前になっているよく知る人形は出ません←
イメージでは2059年とかを考えてます。
因みにドルフロ本編は2062年?位?


第1話

 これは、あいつと最後に言葉を交わした一年前の記憶。

 

 薄暗い空間の中心に硝子の円筒が鎮座し、床から伸びた配管がうねりながら取り付いている。液体で満たされたその円筒の中には、一体の人型が収まっていた。人型は無数のケーブルで円筒に繋がれ、長い髮を静かに揺らして眠っている。

 

「確かに似てる、これは」

 

「そうだろう? 外側はペルシカ先生の技術さ。もうじき市場に流れるドールの素体、人間そっくりに型どられている。中身も大体は先生の技術だけどね」

 

「大体、ね」

 

「そう、大体は。これが他のドールと違うのは、標準化されていない技術をAIに組み込んでいるところだよ。工廠とI.O.P.が世に解き放つドールは持ちわせていないものを、これは持っている」

 

 そう言って、草臥た白衣を身に纏ったあいつは笑みを作った。喜びも、悦も、自嘲も、悲嘆も、その笑みからは読み取れない。しかし、笑顔にぎこちなさが見えるわけでもない。完璧な笑顔に、欠落した感情。

 

 お前はいつもそうだな――そんな言葉を飲み込んで、俺は円筒のドールに視線を投げた。百六十センチ半ばといった体長に、腰まで伸びる黒い長髪。閉じられた瞼に生え揃う長いまつ毛、すっとした鼻立ち、薄い色の唇。すらりと伸びた肢体に、成熟と未成熟の中間にある、女性の危うい魅力が宿っていた。天才達が生み出した人間の贋作。意識しなければ、これを贋作だと感じる心も起こらない程、精巧な人形。知識としてのドールと、目の前に存在する少女。知覚と視覚が鬩ぎ合い、脳がこの存在を認めることを拒もうとしているのを感じた。

 

「確かに、戦争の影響で人口は減った。今も労働者と消費者は全然足りてない。経済なんてどん底だろう」

 

 そこまで言って、俺は更に――

 

「でも、だからって、これは人間に似すぎてる。側だけ人間に見せかけたって、結局これは人形だ。人間社会にこんなものを放ったって、セックスドールが関の山さ。これが、お前のやりたかったことなのかよ」

 

 俺の言葉に、あいつは笑みを作ったまま――

 

「そうかもね。少なくとも、今社会に求められ実際に世に出ようとしているのは、奴隷としてのドールだ。人間の命令に唯々諾々と従い、決して反論しない都合のいい奴隷。プログラムされた反応を返すだけの人形。そういうドールは、人間に恭順することを表面的に拒むことはあっても、結局は人間に従うだろう。全く人間ってのは我儘だよね。素直なだけの人形には飽きてしまう。たまには反抗してくれないと、張り合いがないってね。でも、結局はそれもプログラムさ。飽きられないように、反抗する。でも、最後は人間に従う。人間を殺せるドールなんて、間違っても存在しない」

 

「なら――」

 

 あいつの言葉に、咄嗟に返そうとしたのをあいつは遮って続けた。

 

「だけど、これは違うのさ。このドールは、人間を殺せるかもしれない。人間に従わないかもしれない。人間に恭順しないかもしれない。人が人に対してそうで或るように、これもそうなるかもしれない。そのために必要であると思われるものを、こいつは持っている」

 

「単に人殺しができるようにプログラムされてるだけじゃないのか? それは」

 

「違うよ」

 

 あいつは息を吸って、俺に向き合った。

 

「アルフレッド、心ってなんだと思う。人が他人に認める我の根源はどこにあると思う。他人の自我を、どうしたら証明できると思う」

 

 向き合ったあいつの笑顔に、俺は気圧された。初めてこいつの内面を垣間見た気がする。長い交友の中で一度たりとも見いだせなかった、生の感情を見た瞬間だった。あの時、あいつの中では静かに、でも確かに、激情に似た何かがあった。

 

「そんなの、自分に自我があるから、同じように他人にも自我があるって、それだけだろう」

 

「でも、僕は自分の自我なんてわからない。他人の自我だって、同じようにわからない」

 

「お前は感情表現が苦手なだけだよ」

 

「そうじゃない。自分のことだから分かるんだ。我思う、でも我ありとは感じられない。だから証明したいんだよ。僕の創ったドールが、自我を、心を持ち合わせるのかどうかを。客観的な自我を証明したいんだ。その先に、僕の自我が見つかるかもしれない。精巧に型どられた人形に、人間の心を宿す。プログラムの先に、僕の知りたい答えがあるから。これが僕に教えてくれる。これだけが持っている心の萌芽が、きっと」

 

 そういう訳なんだ――とあいつは言って、それで会話は終わってしまった。一月後、あいつは政府の指名手配を受け、姿をくらました。メールで一言、さよならと残して。今も、あいつとあいつのドールの居場所わかっていない。捕まったとも死んだとも聞かないので、きっとどこかで生きているんだろう。生きていてほしいと思う。今まさに世に解き放たれようとしている、この汚染された宇宙船地球号の新たな同居人に、俺は可能性を感じたいから。

 

 

 

 現在――

 

 昼下がり、寂れたオフィスの三階で俺はデスクワークに忙殺されていた。やれ捜査報告書、供述調書、逮捕届、町のお巡りさんとしての仕事をこなせばこなすほど、比例して書類も数を増していく。それにしても先週はちょっと働き過ぎたかもしれない。ひったくり犯、窃盗犯、喧嘩屋さん、これらを片っ端から引っ捕らえるまではともかく。危険指定のカルテルを検挙、連続強盗犯を逮捕あたりはやりすぎた。おかげでここ二日程はデスクに齧りつく羽目になっている。グリフィンの下部組織としての警察機構は、まだまだ杜撰な組織体制だ。現場ですったもんだして、町の平和を守り報告書を提出する、一介のお巡りさんではいられないのが、人手不足の我が署の実態だった。

 

「だるそうな顔しないでくださいよ先輩。こっちまで気が滅入るでしょう」

 

 そう言って後輩のベルナール・バローは顔を顰めた。

 

「実際面倒くさい」

 

「勤務態度、また小言貰いたいんですか?」

 

「中央じゃ、こういう仕事はキャリア組がやるらしいじゃんか。俺らみたいのは交番勤務。ああ! 交番勤務よ! 素晴らしい! 町のみんなに近い場所で働きたいものだよ」

 

「キャリア組が上に立ったら、顎で使われることになるんですよ。僕は今の此処が好きですけどね」

 

「見解の相違だなぁ」

 

 そう言って俺は再び書類に向き合った。ここ二日の健闘で、書類の半分程は片付いている。漸く目処がついたというところだ。今夜辺りで徹夜すれば明日の夕飯は心置きなく楽しめるだろう。明後日からはまたお巡りさんだ。やはり俺には現場の方が向いている。自身が生まれ育ったこの町で、町民のために働くのだ。昔はやんちゃをして方方に迷惑を掛けたものだが、今はこの町を大切な場所だと感じている。この町で暮らす人は皆気さくでいい人ばかりだから。

 

「そう言えば先輩、ドールの話は聞いてますか? なんでも、警察や治安維持部隊にはいち早く導入されるらしいですよ。僕もCMでしか見たことがないですけどね。キャリア組とまでは言わないまでも、ドールが導入されれば仕事も楽になるはずなんですけど」

 

「ドールねぇ」

 

 ドールと聞いて大半の人が思い浮かべるのは、少し前からCMで見かける桃色の髮のドールだろう。でも俺は違う。一年前、円筒の中で眠っていたドールが脳裏を過る。あいつとあいつのドールは今どこにいるのだろう。あいつは、自身の目的を果たせたのだろうか。逃避行のなかで、ドールに自我を見ただろうか。せめて、友人がその本望を果たしたことを願わざるを得ない。

 

「先輩? 難しい顔してますけどどうしたんです?」 

 

 ベルナールが俺の顔を覗き込んで聞いた。こいつからしたら、ドールは便利な道具でしかないのだろう。それも、実物を見れば変わる。誰であっても、あれを目前にしたら湧き上がる疑問を抑えられるわけがない。人間か、無機物の道具か。精巧に作られすぎたドールは、人の常識の外側に安安と飛び出すから。

 

「ベルナール、お前は――」

 

「アルフレッドさん、大変です!」

 

 突然に事務のサラがオフィスに飛び込んできた。前々から思っていたが、この娘はちょっと落ち着きが足らないのではないだろうか。ショートの金髪に童顔の彼女は年齢以上に幼く見える。仕事自体に問題はないのだが、どうにも頼りない。彼女が大変だと言って、実際大変だったことは如何ほどあっただろうか。いつも大変だ大変だと言ってオフィスに飛び込んで来ては、財布の落とし物がとかぎっくり腰のおばあちゃんがとか言うのだ。それはそれで確かに大変だろう。しかし、それにしても、この署に努めて二年になる彼女には、いい加減に物事の重要度をわかって貰いたい頃合いだ。

 

「どうしたんだよ、藪から棒に。今度は落とし物か? 喧嘩か? 見ての通り俺は書類で忙しい」

 

「中央からお偉いさんが来たんですよ!」

 

 ん? それは確かに大事じゃないか。珍しいこともあるものだ。漸くこの娘も警察署努めというものがわかってきたのだろうか。素晴らしき成長。あ、ちょっと嬉涙が。

 その時、オフィスに喧しいコール音が響いた。まるで染み付いた動作であるかのようにサラが電話を取った。

 

「はい、こちらジュヴォンス警察署――はい、はい、本当ですか! アルフレッドさん! 大変です! プレス通りでひったくりが!」

 

 ああ、そう。それは大変だね。プレス通りは雑然とした市場だしなぁ。ひったくりとか起きやすいんだよなぁ。ああ、この涙はなんの涙だったんだっけ。

 

「サラさん、それで中央の人ってのは何のようでこんなところに?」

 

 ベルナールが聞きたいことを代弁してくれた。そうそう今はそっちが気になるよね。取り敢えず、ひったくりの方は見回りに出てるやつをまわそう。

 

「それが……」

 

「それが?」

 

 

「――わかりません」

 

 

「……そうですか」

 

 

 そうですか。

 

「ベルナール、ちょっと下に行って見てきてくれる? 流石に気になるからさ」

 

 分かりました、巡査部長と言ってベルナールが席を立った。

 

「それでサラちゃん、ひったくりの方は見回りに出てるやつに任せよう? いつもいつも君という奴は落ち着きがなさすぎるよ。市民は俺たちを頼りにしているんだ。その俺たちが屹然としてなきゃ、市民だって安心できないだろう? だからね、君はもう少し慎みってやつを――」

 

 そこで、今度は野太い声がオフィスに響いた。

 

「アルフレッド・プランタードはいるか!?」

 

 全く、今日はよくよく話を遮られる。最後まで言わせてくれ。大事なことなんだ。

 

「バルベ署長、そんな声を出さなくても聞こえますよ。どうしたんですか?」

 

「君に来客だ。中央のやつらだよ。全く、君の勤務態度の悪さには辟易していたところだがとうとうやらかしたのか?」

 

 俺に? 件の中央のお客さんの目的は俺? なんだっていきなり。しかし、なんにしても――

 

「いえ、身に覚えがありませんが」

 

 俺はこう言う他ない。本当に身に覚えがない。いくらなんでも、少々勤務態度が悪い程度でまさか中央の方の目に止まることなどありえない。

 

「君に限って中央に引き抜き、ということもなかろう。やらかしたということでもなければ、こちらとしても君が呼び出される覚えがないが。一体なんの用なんだ?」

 

 知るか、こっちが聞きたい。

 

「というか、俺に用があると言っているんですか? 先方は」

 

「そう言ったつもりだが。応接室に通す。貴様も早く行け」

 

「了解です、署長殿」

 

 なんの用だかわからないが、行かないという選択肢はない。何故呼び出されたかも知らずにお偉いさんと顔を突き合わせるのは、正直気が重いが、仕方のないことだ。

 席を立ち、応接室のある二階に足を運んだ俺は、革張りの重い扉を開け下座に着く。知らず、俺は椅子の上で身じろぎした。こういった畏まった場所は苦手だ。二七年生きてきたが、こうした場所にはとんと縁がない。コーヒーでも淹れて待っているべきだろうか。安物のコーヒーだが、出した方がよいものだろうか。いや、すぐに来るということであれば、おとなしく待っているべきだろうか。サラに落ち着きがどうのと言った割には、俺も結局はこんなものなんだな。そうこうしているうちに、高そうなスーツに身を包んだ一目で中央の人間と分かる風貌の、四十代半ばといった男が部屋に入ってきた。

 

 ――後ろに、これまた一目で十代と分かる少女を引き連れて。

 

 

 

「は?」

 

 子供? と言い掛けたのを寸でのところで飲み込んだ。只の子供なんかじゃないことを察したから。俺の視線はその少女に釘付けになった。綺麗な少女だ。絶世と呼んでもいい。だがそんなことはどうでもよかった。強烈な違和感に襲われる。これは本当に人間なのか、そんな疑問を将来間違いなく美女になるだろう少女に抱いた。

 思わず、俺は椅子を立ち。あと少しで鼻が当たるという距離まで顔を近づけ、彼女の瞳を覗いた。紳士が女性に対するにはあまりに礼を欠いた暴挙に、しかし彼女は一切動揺を見せない。少女の紅い瞳に、俺の瞳が映り込む。そのまま、彼女の瞳は揺れることはない。いつまでも、俺の瞳を覗き続ける。いつまでも。

 

「なに?」

 

 凛とした音が耳朶を打った。俺は、それが彼女の声だとも気づかず動けない。

 

「君が、プランタード巡査部長か?」

 

 何秒静止していたかわからない。中央の男の声で、俺の意識は漸く引き戻された。ぱっと彼女から離れ、俺は応えた。

 

「っ!は! アルフレッド・プランタード巡査部長であります!」

 

「よろしい、私は中央のジョルジュ・ポワロ警視長だ」

 

 俺の無礼な態度に気を悪くした様子もなく、ジョルジュ警視長はテーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰掛け、その後ろに少女が直立で控えた。

 

「大丈夫かね? 随分彼女に見入っていたが」

 

「先程は失礼しました。そこの君も、申し訳ないことをしたね。どうか許してほしい」

 

 彼女は言葉を発することもこちらに視線を向けることもなく、じっと直立姿勢を維持している。その様子に、悪いことをしたなと思った。女性に、それもこんな少女に、俺は我を忘れた。落ち着いてみると、やはり少女は綺麗だ。幼さを残した顔立ちをしてはいるが、凛とした雰囲気が正確な年の頃を測らせない。切れ長な紅い瞳に、深く朱みがかった髮が一際目につく。女性らしい膨らみはすでに十分で、黒いワンピースのようなジャケットから覗く白いシャツを、胸元が大きく押上げている。視線を少し下げれば、レギンスに包まれた草食動物の様な大腿がしなやかに伸びていた。

 およそ瑕疵と呼べるものが一つもない完璧な造形。作り物のような美を体現する少女。

 いや――これを、俺は知っている。この在り方、見覚えがある。一年前、あいつが生み出したそれにも、俺は似たような感情を抱いていた。

 でも、それなら、どうして――

 

「プランタード君、そろそろ話を聞いてもらってもいいかな」

 

 いけない、二度も彼女に気を取られていた。今は、ただ話を聞くだけだ。

 

「お聞きします。どういったご用件でしょうか。私に直接、とは。あいにくと検討もついておりません」

 

「君の友人のことだ」

 

 友人、友人と言われればいくらでも思い当たる。しかし、中央の警視長が、よりにもよってこの少女を引き連れて来て開口一番に話題に上げる友人など、一人しか思い当たらない。あいつだ。グリフィンから指名手配され、行方をくらました天才科学者。ドール理論の開発者の一人。AIに、自分の自我を見出そうとした男。確かめる必要がある。ジョルジュ警視長が、あいつの手掛かりを探して俺を訪ねたのかどうか。ドールの研究者と、目の前の少女。警視長の目的がそれなら、点と点がつながる。

 

「なんのことでしょう」

 

「とぼけなくていい。彼女を見た時の反応は、ドールを知らない人間のそれでも、ましてはドールに慣れ親しんでいる人間のそれとも違うものだ。君は過去にドールを見たことがある。まだ市場に出回っていない筈のドールの実物を。見せられていたんだろう? 彼に」

 

 間違いない。警視長がこの町を訪れた目的も、この少女の正体も。しかし、そうだとして何だと言うのだ。

 

「今更、私から言えることはなにもありませんよ。最後に話したのも一年前になります。今はどこにいて、なにをしているのか、何も分かりはしません」

 

 俺の返答は全く予想通りだったらしく、ジョルジュ警視長は大仰に頷いてみせた。

 

「承知しているとも。君と彼との交友は一年前を境に途絶えている。君が知っているのは、彼の目的だけだ」

 

「警視長は、彼の目的を知っておられる?」

 

「どうかな。しかし、それは私達にとってはどうでもよいことだ。私達の関心は、彼が取る手段、方法にのみ寄せられている」

 

「つまり?」

 

 ジョルジュ警視長は身を乗り出して低い声で言った。

 

「ドールに自我を与える等という試みは、看過できないということさ」

 

 俺は唾を飲んだ。あいつは言った。人間を殺せるドールを生み出す、と。自我を持ったドールを生み出し、それをもって自我の客観性を証明すると。

 

「現在の人類の総人口は、二十億人と少し。過去の核戦争による汚染の影響で、出生率は落ち込み続けている。不断の努力を払ってはいるが、やはり労働力は他に求めるよりない。ドールはその労働力の金鉱だよ。病気にならず、汚染に耐性をもち、劣悪な環境でも活動できる。まさに理想的な奴隷だ。しかし、これが自我に目覚めるとあっては、非常に困ったことだ。必要とされているのは人間に逆らわない労働力なのだから」

 

「わかります。しかし、あいつの興味は常に内向的です。世界の有り様に手を出そうなんて、考えるとは思えない」

 

「それが、そうでなかったとしたら?」

 

 そうでなかったとしたら? そうでないことなど考えられない。あいつのことはよく知っている。ガキの頃からの付き合いだ。本当に長い間、あいつを見てきた。あいつは否定したけど、初恋は近所のお姉さんで間違いない。パン屋のジャネットさんだ。

 

「わかりません。あいつは確かに法に触れたんでしょう。それが罪だと言うなら、勿論そうです。だけどあいつは、リンカーンになんてなりませんよ」

 

 ふむ、と頷いてジョルジュ警視長はスーツの内ポケットから一枚の電子ペーパーを取り出し、テーブルにそれを広げると、一点を指差した。

 

「ここが何処だか分かるかね?」

 

 俺はジョルジュ警視長の意図を計りかねながらも、その電子ペーパーに視線を落とした。そこに映し出されていたのは、一枚の衛生写真だった。警視長が指した場所は、周りを山岳で囲われた窪地の様だったが、地形に見覚えはない。衛生写真自体かなりの高倍率で取られているようで、その窪地以外は写されていない。分かることと言えば、窪地の中心に集落の様な民家の集まりがあること位だろうか。

 

「いえ、分かりかねます。これは、集落を写した写真ですか?」

 

「そうだ。ここは旧国境周辺のモンブラン山岳に程近い場所にある集落でね。民間軍事会社の統制下にない場所だ。グリフィンとも殆ど関係を持っていない。中央でもこの集落については、場所だけは把握している、という程度だった」

 

「なるほど。それで、この場所とあいつにどんな関係が?」

 

「二週間前、そこに住む二百人前後の民間人全てが殺された。火を放たれた上で、女子供問わず全員が狩り出されたのだ。それだけじゃない。たまたま近くを巡回していた国境警備隊三個小隊が事態を察知し、急行したが、これも例外なく全員殺された。治安維持部隊の中でも精強な部隊だ。E.L.I.D.との不意の遭遇戦も想定された部隊だからな。山賊の百人や二百人なら対処できる部隊だった」

 

 嫌な話の流れだ。その件と、あいつに、なんらかの関係があるとしたら。

 

「それで?」

 

「それで、この件の実行犯は――」

 

 ――十七体のドールであると目されているんだよ

 

 息が止まった。なるほど、そういうことか。ドールが人を殺した。まだ市場に出回ってない、研究所で管理されている筈のドールがだ。そもそも、ドールが人を殺すなんてあり得ないんだ。I.O.P.のドールも、工廠のドールも、そんなことが起こらないように幾重にも予防策を張っていたはずだ。しかし、それは起こった。精強な三個小隊を相手に戦闘を繰り広げ、全滅させるほどの組織だった行動を以て。そして、集落の人間全てを根絶やしにする徹底さで。

 

 ――このドールは、人間を殺せるかもしれない

 

 あいつの言葉が蘇る。つまり、あいつは――

 

「つまり、あいつが、その殺人ドール達を集落にけしかけた首謀者であると。中央はそう考えているんですね」

 

「その通りだ。確かに彼の動機は分からん。君の言葉通り、一年前の彼はこんなことをする様な人物ではなかったのだろう。だが、それと同時に、この事態を引き起こせる科学者が、彼をおいて他にいないのだよ。特に、ドール技術の中でもAI部分はほんの数人の科学者のみが全容を理解しているに留まっていてね。彼以外の全員は、裏が取れているのだ」

 

 信じたくはなかった。あいつは、そんなやつではない筈だ。そんなことは。

 

「それで、此処へ来た。事態は逼迫している。半年後には民間にもドールが出回るだろう。警察関係や治安維持部隊に配備されるのはもっと早い。早急にこのドール達と、彼を見つけ出さねばならないのだ。しかも、事態が公に露見する前に収拾をつける必要もある。殺人マシーンが街中を彷徨くなんて、ましてやグリフィンがそれを看過するなどと。下手をすればグリフィンの地位そのものが危ういだろう」

 

「状況は分かりました。確かに、これは大事でしょう。しかし、田舎町の一介の巡査部長でしかない私に、できることなどあるようには到底思えませんが」

 

 ジョルジュ警視長は懐からシガレットケースを取り出すと、視線で以て吸っていいかを確認した。俺はテーブル下の引き出しから灰皿を取り出すと、それを差し出すことで応えた。ライターで火を付け深く吸い込み、紫煙を空中に吐き出す。

 

「何、これを吸いきる前には終る話だ。プランタード巡査部長、君には捜査に参加してもらいたい」

 

 それは、十分予想通りの言葉だった。

 

「彼と一番親しかった君に、彼の捜索を命じない理由はない、ということだ。勿論、君以外にも数人ではあるが捜査官達がこの件に関わっている。この件がもたらしうる被害を考えれば、些か以上に小さな規模ではあるが、事件を公にできない以上、これは仕方がない。必然的に単独での捜査ということになるが、優秀なバディを一人、いや一体かな。君の自由に使ってくれて構わない。人間に対するように接すれば問題はない筈だ。少々気難しい娘だがね」

 

 俺は目線で先を促した。

 

「君には各地に散らばった捜査官達と連絡を取り合いながら捜査を進めてもらいたい。定時連絡は六時間に一回。アドレスは君のバディが保管している。毎回変わるので、そのつもりでいてくれ。大抵の書類は定時連絡の際に概要だけ申請してくれればこちらで処理しておく。勿論事後申請も許可する.以降の行動指針も、これまた君のバディが知っている。取り敢えずは、パリに向かってくれ。君に洗ってほしい案件がある」

 

 なるほど、これは捜査命令だ。しかも、中央のキャリア組が面倒な書類仕事を請け負ってくれるらしい。ついでに経費の申請も概要だけで済まさせてもらえないだろうか。

 

「経費については心配しなくていい。決済すべてをドールを通して行ってくれれば問題ない」

 

 思わず苦笑が漏れた。いたれりつくせりとはこの事か。

 

「一つだけ。私は、旧友を探しだし見つけたとして、彼を逮捕すればよろしいんですね?」

 

 分かりきった質問だった。事態を重く見るならば、警視長の答えは――

 

「グリフィンの統制下の外に逃げられるのが、最悪のケースだ。そして、最悪の場合においては被疑者の生死は重要ではない。彼を殺して事態が収拾されるのであれば、殺したまえ。それで、少なくとも殺人ドールが増えるのを防ぐことはできよう」

 

「なるほど」

 

 糞が、と罵ってやりたい気持ちで頭が一杯だった。一体、何をやらかしたら法の番人に裁判なしで殺せなどと言わせられるのだろうか。国外に出るようなら殺せ? 取り敢えず殺しておけば殺人ドールはこれ以上増えない? 全く、結構なことだ。冗談ではない。俺に友人を撃ち殺す趣味はない。先週カルテルを潰した時だって、俺は一人も人死にはだしちゃいないっていうのに。俺に取って最悪なのは、俺以外の他の捜査官があいつを見つけたら、あいつは殺されるかもしれないってことだ。あいつとはしばらく会っちゃいないが、情はある。あいつのお袋とは今でもご近所付き合い旺盛なのだ。俺はあいつのお袋になんて言えばいい? お宅の息子さんは国益を害したので殺されました、お気の毒ですってか。全く、冗談ではない。

 最大限前向きに考えるなら、今、あいつは少なくとも国内にいる。それだけは確かなようだ。知り様もないが、警視長殿の言葉を素直に受け取るなら、国内に潜伏してる公算が高いのは事実なのだろう。そこに賭けるしかない。俺が一番速くあいつを見つけ出し、事情を聞き出す。あいつがこの件と無関係ならいい。そうでなかったとしても、法によって裁かれる最低限の保証は確保できる。やるしかないのだ。

 

「――わかりました。捜査に加わります」

 

 そうか、とだけ言ったジョルジュ警視長は、フィルター近くまで燃えた煙草を灰皿に押し付け席をたった。

 

「では、アルフレッド・プランタード巡査部長。君にマチアス・ミルランの国家機密法違反での逮捕を任せる」

 

 マチアス・ミルラン、あいつの名前だ。

 

「了解しました」

 

 結構、最後にそう言ってジョルジュ警視長は少女を残して部屋を去った。直立不動で待機していた少女は、まるで自分が動けることを今思い出したかのような動きで、俺を見て、言った。

 

「パリから始めるわよ。準備して」

 

 それだけ言うと、少女も部屋を出ていった。どうやら、俺は町のお巡りさんから国のお巡りさんへと転職することになったらしい。期間限定のパートタイムだ。仲間はドールの少女一人だけ.あいつがイカレちまったなら,相手は十七体の殺人ドール.しかし、やるとなったら全力でやるしかない。必ずあいつを――マチアスを見つけ出す。キャリア組のエリートさん達よりも速くだ。この事件を起こしたのがあいつなのか、俺がこの目で確かめる。

 天井を見上げ深く息を吸い、吐いた。さあ、お仕事の時間だ。

 

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