ナナリーの親友兼専属メイド   作:赤いUFO

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雑談

 アーニャ・アールストレイムはここ最近頻繁になった記憶の欠如に普段の無表情のまま苛立っていた。

 以前から突然記憶が飛ぶことはあったが、最近は今までにないほどに記憶が飛ぶ。

 

「それに……」

 

 掌を見る。

 誰かを殴ったような感触。

 手に残るその感触が不快で堪らない。

 

「……」

 

 アーニャはその感触を振り払うように携帯の操作に没頭した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「受け身くらい取りなさいよ」

 

 

「……」

 

 呆れたような相手の声に何も言い返せず、リーエンは大の字になって訓練室の床に頭を打って寝転がっている。

 この数十分だけで何度も殴られ、蹴られ、投げ飛ばされて荒い呼吸だけをして動けない。

 

(しかも、周りにバレないように服の上だけを狙うとか、絶対性格悪いのよさこの貧乳(ひんぬー)!)

 

 内心罵りながら動かないリーエンに訓練の相手であるアーニャは手を軽く叩く。

 

「ほら。早く立ちなさい。まだ10分も残ってるわよ」

 

(無茶言うなっつーの! マジ容赦ねぇのよ、この2号!)

 

 リーエンはアーニャを二重人格と思い、普段を1号。変わった時を2号と心の中でかってに呼んでいた。

 訓練とは名ばかりにやるのはとにかく無手の組手や模擬剣を使った模擬戦。その最中にアドバイスをするくらいでほとんどサンドバッグ状態である。

 いつまでも立ち上がらないリーエンにアーニャ(2号)は息を吐く。

 

「なら、仕方ないわね。上に貴女を解雇するように進言しましょう」

 

 ピクリとリーエンの指が動く。

 

「侍女としても必要ないし、せめてナナリーの最後の守りとして鍛えてあげようと思ったけど。やる気がないなら仕方ないわね。貴女、ここから出ていきなさい。無能(やくたたず)さん」

 

「つ、……あ……っ!」

 

 その言葉に、リーエンはよろよろと立ち上がった。

 それをアーニャ(2号)は笑う。

 

「面白いわね。ナナリーの名前を出すだけでゾンビみたいに立ち上がってくるなんて。そんなにあの子の側に居たいなら、精々少しは役立てることを証明して見せなさい」

 

 今日も、相手に一矢報いることすら出来ずに暴行(くんれん)は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナナリー様もお可哀想に。貴女のような醜女の侍女にまとわりつかれて」

 

「分かりました……」

 

「そうね! こんな娘を傍においてあげるなんて、ナナリー様もお優しい。こんな仕事もできない邪魔な女をお情けで傍に置いておくなんて!」

 

「すごいですね……」

 

「でも、ナナリー様も目と足がお悪い方ですものね。そんな方のお世話を進んでしたいだなんて。本当に仲の良い友人、というだけだったのかしら?」

 

「そちらは悪くありません」

 

 嘲笑と侮蔑が混じった嫌味を言われているリーエン。

 ここに連れて来られた時から続いている嫌がらせの1つだった。

 当の本人はと言うと。

 

「貴女! 聞いてますの!!」

 

「分かりました……」

 

 会話の相づちを打つように、『分かりました』『すごいですね』『そちらは悪くありません』の三拍子を繰り返すだけ。

 本人も首を肩に倒し、目を閉じて涎まで垂らしている。

 

 最初は悔しげに聞いていたリーエンも、ここ最近はアーニャ(2号)の訓練を深夜にやらされ、寝不足からこうした時間を睡眠時間と割りきっている。

 そんなリーエンの態度に先輩侍女たちは悔しそうに顔を歪める。

 

「馬鹿にして!」

 

 パシンとリーエンは頬を叩かれた。

 すると、閉じていた目蓋を上げる。

 

「もう、嫌味タイム(休憩時間)終わりです?」

 

 品もなく大きく口を開けてアクビをするリーエンに先輩侍女たちは身体を震わせる。

 そんな彼女に先輩侍女はもう1回ビンタを喰らわせようとするが────。

 

「リーエン・ハミルトン」

 

 そこでスザクが少し離れた位置からリーエンを呼ぶ。

 

「スザ……枢木卿」

 

「ナナリー皇女殿下がお呼びだ。すぐに来てくれ」

 

「はーい! ただいまー」

 

 寝惚け眼のまま呼んだスザクの下へと向かう。

 それを見ていた先輩侍女たちはリーエンを睨み付けていた。

 

 

 スザクの後ろについて歩いていると話かけられる。

 

「大丈夫かい?」

 

「? 何がですか?」

 

「今、他のメイドさんたちに絡まれてたじゃないか」

 

 心配するスザクにリーエンは今思い出したかのようにあぁ、と声を漏らす。

 

「どうってことないですよ、あんなの。むしろ睡眠時間か出来てラッキー、みたいな?」

 

「睡眠時間って……」

 

「最近は眠くって……いちいちあのくらいのやっかみを真面目に聞いてる余裕ないのよさ……」

 

 目蓋を擦り、アクビをするリーエン。最後の方は気が弛んだのか、素に戻っている。

 そんなリーエンを見ながらスザクは苦笑する。

 

(もしかしたら、彼女は僕が思うよりずっと強いのかもしれない)

 

 この場合、強いというよりは図太いと評するべきだろうが。

 

 

 

 

「ナナリー皇女殿下。リーエン・ハミルトンをお連れしました」

 

 部屋の主の許可を得てスザクは部屋の扉を開ける。

 中にはナナリーとアーニャの2人がいた。

 

「皇女殿下。御用件は?」

 

「うん。今後の予定について少し……それと今この部屋では私たちしか居ないから、いつも通りで良いで、ね?」

 

「あ、そうね。やっぱり堅っ苦しいのは慣れないのよさ」

 

「切り替えが早い」

 

 ナナリーの許可を得ると即効で普段の口調に戻るリーエンにアーニャが呟く。

 それにナナリーは小さく笑うがすぐにリーエンの変化に気付く。

 

「リーエちゃん。もしかして、どこか具合悪いの?」

 

 聞こえる足音に違和感を感じたナナリーが質問すると、リーエンは何でも無いように答える。

 

「んー? ちょっと最近格闘技の訓練を受けてて。慣れないことしてるから体がちょっと痛いかな」

 

 アーニャ(1号)がこの場にいるが、どうせ深夜のことは覚えていないことはこれまでのことから分かっているので誤魔化さずに言う。

 大丈夫なの? とでも言いたげな表情をするナナリーにリーエンは軽く体を伸ばして答えた。

 

「うん。へーきへーき。教えてくれる先生からはお前ほど素質のない教え子は初めてだ、とか言われたけど。まぁ、人間は成長する生き物だし? やり続ければちょっとは上達するでしょ」

 

「えーと……」

 

 なんともない風に告げるリーエンにナナリーは困ったような顔をする。

 

「案外、こういうのもメイドさんの必須科目なのかも。咲世子さんもあれで結構運動神経良かったし」

 

「え? 咲世子さん?」

 

 突然思いも寄らなかった名前を出されてナナリーが首を傾げる。

 まだアッシュフォード学園に在籍していた頃、偶然咲世子の運動能力を見たことがリーエンにはあった。

 もしかしたら、スザク並なのではないかと思う。

 

「皇女殿下。本題」

 

 アーニャに促されて話を軌道修正される。

 

「今晩、シュナイゼルお兄様とのお食事が予定されています。その際には、アーニャさん。ここには居ませんが、ヴァインベルグ卿のラウンズの方2人も。リーエちゃんもその場に居てもらうことになると思います。スザクさんは今日、先に日本へ立つみたいです」

 

「うん。そうなるね」

 

 うわー大役だー、と思いながらリーエンは天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は今、合衆国・日本の設立をここに宣言する!』

 

 流れている映像は少し前に世界中に配信された1年前にスザクによって捕縛された筈のゼロが演説している映像だった。

 彼は捕らえられた黒の騎士団を救出し、再び表舞台に姿を現した。

 

 会食を終えてナナリーが日本の総督となる際に、彼女の補佐を務めるローマイヤという女性がエリア11の現状を伝えている。

 その報告にジノとアーニャが茶々を入れたりしたが、特に荒立てることなく話は続く。

 その途中でシュナイゼルが疑問を口にした。

 

「しかし、ブラックリベリオンで捕縛された黒の騎士団。彼らの死刑判決は既に決まっていた筈。何故これまで刑が執行されなかったのかな? 私は、既に彼等が亡き者だと思っていたよ」

 

 その疑問にローマイヤは、シャルル皇帝によって止められていた事を話す。

 

「それは、どうしてだと思う?」

 

「私に訊かれましても……それが皇帝陛下のご意志としか……」

 

 困惑するローマイヤ。

 シュナイゼルは次にラウンズであるジノとアーニャに意見を求めた。

 

「言われてみれば不自然」

 

「多分、エリア11の総督も、刑の執行を催促する書類を提出してた筈だしな」

 

 答えが出ずに悩んでいるとシュナイゼルは後ろに控えていたリーエンに振り向く。

 

「リーエン。君の意見を聞かせてくれるかな?」

 

「ふえ?」

 

 ここでまさか質問されるとは思わなかったのですっとんきょうの声が出た。

 それにローマイヤは目から光線でも出しそうな鋭い視線で睨み、シュナイゼルは苦笑する。

 

「緊張せずに。思った事を口にして構わないよ」

 

「えーと、えーと……」

 

 テンパった頭でどうにか意見を口にした。

 

「ゼロを誘き出すため、でしょうか……?」

 

「それは、枢木卿が捕まえたゼロが偽者だと?」

 

 それでは、スザクが偽の功績でラウンズに加入したことになってしまう。それに気付いてリーエンは慌てて辻褄合わせに入った。

 

「いえ! 先程、ヴァインベルグ卿が仰ったように、あの仮面と衣装を着れば、誰でもゼロになれる訳ですし。それに1年前、ゼロに盗まれたKMF……えと……が、が、ガ○ダム?」

 

 室内に冷たい空気が流れた。

 一瞬止まった時間を動かしたのはアーニャだった。

 

「ガウェイン。ガ、までしか合ってない」

 

「はい! ガウェインです! ガウェイン! そのKMF、2人乗りだったと聞きましたし……その……」

 

 アーニャの訂正に慌てて取り繕うリーエンにジノはお腹と口を押さえてプルプル震えて笑っており、ナナリーは心配そうな表情をしている。

 リーエンの意見をシュナイゼルが纏める。

 

「つまり、ゼロは最低でも2人以上居て、枢木卿が捕まえたのはその1人だった、という訳だね? もしくは、父上にとってはガウェインに乗っていたもう1人の方が重要だった、ということかな?」

 

「は、はい。そういうことだと思い、ます?」

 

 視線を泳がせるリーエンにシュナイゼルはありがとう、と礼を言う。そこで彼の腹心であるカノンが意見を口にする。

 

「だとすると、皇帝陛下はもう1人のゼロ。もしくはガウェインのもう1人のパイロットについて知っていたことになりますが」

 

「そうだね。だがなんにせよ、結論を出すには情報が足りなさすぎる。ナナリー」

 

「はい……!」

 

 突然呼ばれてナナリーは身体を強張らせた。

 

「先程君の意見は聞かせてもらった。エリア11の総督になり、そこで話し合いによる融和政策をしたい、という望みは悪くないと思っている。前総督は過激すぎたからね。私としては、まだ状況が安定していないあのエリアに、君を送ることは心苦しいが、ナナリーがそう望むなら出来る限りの支援をしよう。だけど……」

 

「……」

 

「私は、父上ほど武力を絶対視していないつもりだ。それでも、それが必要な状況があることも事実。さてナナリー。君はそれがどうしても必要になったとき、その力を振るえるかな?」

 

 総督として軍の力を振るい、誰かが傷ついた時、その責任を負えるのかと問うシュナイゼル。

 それは10代半ばの少女に求めるのは酷であり。また、必要な覚悟だった。

 

 ナナリーはカリーヌに綺麗事しかしていないと嘲笑された時に汚いことからも逃げないと誓っていた。

 

「はい。そうならないことが1番だと思いますが、もしもそれが必要だと思ったなら、使います。その責任から、逃げるような真似はしません」

 

「約束してくれるね?」

 

「はい」

 

 強い意思を秘めたナナリーの声音にシュナイゼルは満足気に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宰相府に戻るためのリムジンに乗ったシュナイゼルとカノンは、幾つかの話を終えて、ナナリーの事へと話題を移す。

 

「カノン。君はナナリーにエリア11の総督は務まらないと思っているのかな?」

 

 ナナリーが総督になることに反対の姿勢を見せるカノンにシュナイゼルが問うと、本人は首を横に振った。

 

「いえ。それについては疑ってません。ナナリー皇女殿下を補佐する文官を揃えられましたし、はっきり言ってしまえば、あの方は象徴で居てくれれば良いとも思ってます」

 

 目と足が不自由な少女。

 あの手のタイプは、黒の騎士団がやりづらい相手であることはユーフェミアの時に実証済み。

 弱者の味方を謳っている黒の騎士団が彼女を攻撃するには相当な大義名分が必要だろう。

 カノンの心配しているのはそこではなかった。

 

「ナナリー様は、ユーフェミア様とは違うと感じました。あの方は、怖いと」

 

 歯切れが悪く、この印象も勘のようなものなので上手く言葉には出来ないが。

 カノンの意見に考える素振りを見せた後に次の話題に移る。

 

「そういえば、ナナリーの友人の彼女。アレはどう思う?」

 

「毒にも薬にもなりません」

 

 ナナリーの時と違い、キッパリと即答した。

 その返答にシュナイゼルは苦笑する。

 

「侍女としては新米。護衛としての能力も政治に口を出せる頭脳もない。交渉も無理。ナナリー様とは仲が良く、見知らぬ他人よりは世話をする方が適任かもしれません。しかし、それは時間が解決するものです」

 

 ナナリーの世話をするのがリーエンでなくなっても多少の壁があっても受け入れるだろう。何故なら、そうしなければナナリー自身、自分のことが覚束ないのだから。頼らざる得ないのが本当のところだ。

 はっきり言えば解雇してもっと優秀な人材を入れるべきだと思う。

 唯一の救いは、リーエン自身それを自覚して努力していることか。実を結ぶのがいつになるかは知らないが。

 それは、シュナイゼルの意見と同様だったため、特に口を挟まない。

 しかし、そこでカノンは最後に付け加えた。

 

「ですが彼女はきっと、何があってもナナリー皇女殿下を裏切らないでしょうね」

 

 カノン自身がシュナイゼルを裏切らないように。

 リーエンとカノン。その部分だけは共通しているため、その匂いだけは感じ取っていた。

 きっとあの少女は、誰が敵に回っても、ナナリーの味方で在り続けるのだろう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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