ナナリーの親友兼専属メイド   作:赤いUFO

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解雇

 朝、点字で訳された書類を指で読み、点字に訳すのが間に合わなかった書類はリーエンに読んでもらう。

 その朝の実務もキリの良いところまで終えるとリーエンがモニターのスイッチを入れた。

 

『それでは今日の天気は────』

 

「まさかミレイ会長がニュースキャスターになってるなんて」

 

「うん。本当にビックリしたね」

 

 落ち目とはいえ、アッシュフォード家の御息女が何を思ってキャスターという進路を選んだのか。それはナナリーとリーエンには分からないが、それでも何となくらしい、とは思う。こう、こっちの予想を斜め上に行くところが。

 朝、彼女が出るニュースに明るい気分になりながら1日が本格的に始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒の騎士団、零番隊・紅月カレンは敵であるブリタニアに捕虜として捕らえられていたが、今は牢から出されてシャワー室で身を清めていた。

 どうしてこうなっているのかと言うと、カレンと面会を求めたナナリーの好意だ。

 後ろでは監視にリーエンが居る。

 その鋭い視線にシャワーを浴びながらカレンは憂鬱な息を吐いた。

 

(すごい睨んでる。無理もないけど……)

 

 カレンは直接的にリーエンと話をした事はない。

 アッシュフォード学園に通っていた頃は、たまにナナリーと一緒にいる子、くらいの印象しかなかった。

 直接的な対面はブラックリベリオンで学園を占拠した時だ。

 ナナリーを守るように腕で遮り、その手を握っていた少女。

 その顔に明らかな恐怖を宿しながらも。

 顔合わせがそれでは友好的な感情など抱ける訳もない。

 理解はしているが、それで居心地の悪さを割り切れる訳もない。

 シャワーを終えてリーエンの手で体を拭かれていると、閉ざしていた口が開く。

 

「カレン先輩。質問してもいいですか?」

 

「……なに?」

 

 カレンが黒の騎士団に所属する理由。黒の騎士団の戦力の情報。

 もしかしたらゼロの正体についてかもしれない。

 それとも、ブラックリベリオンでのことを訊かれるのか。

 カレンは今初めてリーエンと話をする。

 だから知らないのだ。

 彼女がどういう人物なのか。

 リーエンからの質問はカレンの斜め上。いや、斜め下を行く質問だった。

 

「何を食べたらこんのなどんな男もイチ☆殺、出来そうなエロボディに成長するんですか?」

 

「……ちょっと待って。訊きたいことってそれぇ!」

 

 大真剣な顔でふざけた質問をするリーエンにカレンは声を上げるが、当の本人は首を傾げた。

 

「他に質問することなんてあるんですか?」

 

「むしろそんな質問より、他に訊くことがあるでしょ! 黒の騎士団の事とかゼロの事とか!?」

 

「そういう尋問はスザク先輩とかの仕事っぽいですし? あたしが聞いても理解出来ないとおもうのよ? それより、どうやったらそんなボインになるのかめちゃ気になるのよさ。ほら、あたしの見てくださいよ。未だにまったく膨らまねぇ」

 

 ふ~、とペッタンコな自分の胸に触れて憂鬱そうに息を吐くリーエン。

 

「と、言うわけで、そのもぎたくなるような巨乳(きょにゅー)の秘密を是非!」

 

「知るかっ!!」

 

 身支度が整うまでずっとその質問を続けるリーエンを殴らなかった自分をカレンは褒めてやりたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、トーキョー租界でブリタニアと黒の騎士団との決戦が行われ、ナナリーはシュナイゼルの指示の下、エリア11から離脱させられる。

 当然、その時にナナリーは黒の騎士団との交渉をしようとしたが、シュナイゼルの部下に薬で無理矢理眠らされて、強制的にだ。

 ナナリーと付き人のリーエンはブリタニアに戻され、軟禁状態にある。

 

「はい。お着替え、終わったよ。ナナリーちゃん」

 

「うん……ありがとう、リーエちゃん」

 

 着替えを終えて礼を言うナナリー。しかしその表情は不安で曇っていた。

 あの黒の騎士団との戦闘はどうなったのか。エリア11。トーキョー租界は? 

 何の情報も入らない状況にナナリーは不安を隠しきれない様子だった。

 リーエンもすまなさそうに口を開く。

 

「ゴメン。あたしも外の情報を得ようとしてるんだけど、訊いても答えてくれないし。携帯は取り上げられてて。ここの目も厳しくて」

 

 エリア11の事を調べようとすると、必ずここの使用人などが止めに入る。少なくともリーエンには自分1人で調べられるのか皆目見当もつかない。

 それでも出来る限りナナリーを不安にさせないように振る舞う。

 

「大丈夫だよ! ブラックリベリオンの時だって勝ってるんだし。今はちょっとゴタゴタしてて、情勢が安定するまでシュナイゼル殿下が気を利かせてるだけだよ、きっと」

 

 自分すら信じられないような事を口にするが、それでもナナリーは、そうだよね、と相づちを打って微笑む。

 

 そんな時に、ナナリーに来客が訪れた。

 それは、ナナリーの異母姉である、コーネリア・リ・ブリタニアだった。

 

「コゥ姉様!」

 

「久しぶりだな、ナナリー」

 

 ブラックリベリオンから行方不明だったコーネリアが目の前に現れた事に安堵から近づく。

 しかし、そんなナナリーにコーネリアは自身の銃をナナリーに向けた。

 その金属音にナナリーが車椅子を止める。

 

「コゥ姉様?」

 

「復讐。目には目を。歯には歯を。そう考えれば、こうするのが正しいのかもしれんな」

 

 ナナリー達によく分からない事を呟き、引き金に指をかけようとした瞬間、リーエンがナナリーの前に出る。

 

「……何のつもりだ。退け。このままでは貴様から命を散らすことになるぞ」

 

 震える体でナナリーの盾になろうとするリーエン。

 彼女はただ、首を横に振った。

 しかし、ナナリーがリーエンのスカートを握る。

 

「大丈夫だよ、リーエちゃん。コゥ姉様は私達に危害を加える気はないから」

 

「どうしてそう思う?」

 

「私の知るコゥ姉様が本当に私を殺す気なら、ここに来た瞬間にその銃を撃っています。わざわざ無駄な言葉を重ねる必要はないでしょう?」

 

「どうかな。私はお前が信じるほど綺麗な人間ではない」

 

「そうでしょうか?」

 

 互いに向き合っていると、コーネリアが銃を下ろす。

 

「確かに、私は今日ここにお前を殺しに来たわけではない。お前に、真実を話に来た」

 

「真実、ですか……」

 

 漠然とした答えにナナリーが首を傾げる。

 そんなナナリーにコーネリアは僅かに首肯する。

 

「そうだ。お前は知らなくてはならない。エリア11の総督として。そして、あの男の妹として、だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷の地下に案内され、最初に聴かされたのは、ナナリーがエリア11に移動した際に交わされたゼロとの会話だった。

 どうやら、破壊されたアヴァロンから音声記録が回収されていたらしい。

 

「ナナリー。何か気付いた事はないか」

 

「そう、申されましても……」

 

 あの時の事は鮮明に覚えている為に、今更あの時の会話を聴かされても、と言うのが本音だった。

 

 それを咎める事なくコーネリアは問題の箇所を再生する。

 

『ナナリー! 俺と一緒に!』

 

『ナナリーィイイイイッ!?』

 

 そこで音声記録の機械が止まる。

 

「お前と対面した時はナナリー総督と呼んでいるのに、枢木が来た辺りからナナリーと呼んでいるだろう?」

 

「そう、ですね。ですがあの時は危ない状況でしたし」

 

「だから仕方がない、と?」

 

「……はい」

 

 だが何故だろう。ゼロの声音は何処か自分を心から案じるような響きがあるような気がする。

 あの時に黒の騎士団とゼロはエリア11の総督である自分を確保するために動いていただけの筈なのに。

 そこでコーネリアは次はこれだと別の音声記録を再生する。

 

『ゼロは、お前だったのか……これは全てナナリーの為に?』

 

『そうです、姉上』

 

「え……?」

 

 記録でコーネリアと話している少年の声にナナリー表情が硬直する。

 その声は、ずっと探していた実兄であるルルーシュの声だったから。

 2人の会話が続く。

 

『そんな事の為に殺したのか! クロヴィスを! ユフィまで!』

 

『貴女こそ! 私の母、閃光のマリアンヌに憧れていたくせに!』

 

 一旦、ここで記録が停止される。

 ナナリーは肩と声を震わせて歪な笑みを作った。

 

「こ、これは何の冗談ですか? いえ、冗談にしても些か度が過ぎています」

 

 こんなものは捏造だ。そうに決まっている。

 だってこの会話を信じるなら、ルルーシュがクロヴィスとユフィを殺したみたいではないか。

 そこから再生された会話はナナリーの母であるマリアンヌの死について問い質し、コーネリアが答える。

 それを終えると別の声が再生された。

 

『おい! 急いで戻れ!』

 

『分かっている。もうすぐ次の守備隊がここに────』

 

『そうではない! お前の妹が拐われた!』

 

 その声は、時折会いに来てくれていた兄の友人であるC.C.の声だった。

 ルルーシュだけなら、もしかして発見され、このような会話を捏造することも可能かもしれない。

 しかし、C.C.とコーネリアにどんな接点があるのか見当もつかない。

 それでも、ナナリーが取った判断は否定だった。

 

「な、なんのつもりですかコゥ姉様。こんな悪戯を仕掛けて。本当に質の悪い……」

 

 会話の内容もその声音も真に迫っているが、あり得ない。

 だが何処かでこれが事実だと認めている自分もいた。

 

「ナナリー。この会話がおかしいと思わないか?」

 

 全てがおかしいと思っているナナリーの心を読むようにコーネリアは首を振る。

 

「私は、マリアンヌ様の死についてゼロに。ルルーシュに問われて従順に答えている。言っておくが、私がユフィを殺した者の言いなりになるような事は断じてない。それでもこの時の私はなんの抵抗もなくルルーシュの質問に答えている。そして、あのブラックリベリオン。あれはなぜ起きた?」

 

「それは……」

 

 ユーフェミア・リ・ブリタニアが起こした日本人の虐殺。

 ナナリーはあれを不幸な行き違いから起きた事件だと思っている。

 あのユーフェミアが日本人を虐殺しろなどと命じる筈がない。

 

「そう。あり得ない事だ。あのユフィが日本人を虐殺しろなどと命じるのは。しかし、事実としてユフィは軍に日本人の虐殺を命じ、ブラックリベリオンが起きた」

 

 この会話の流れからコーネリアの言いたいことを察する。

 

「あり得ません!! そんな、人を従わせる魔法みたいな! あまりにも非現実過ぎます!?」

 

 大体、そんな事が出来るのなら傍にいた自分が気付かない訳がない。

 そこでコーネリアが話を切り替えた。

 

「少し前に、父上が殺害された」

 

「なっ!?」

 

 脈絡なく告げられた事実にナナリーの言葉が止まった。

 ブリタニア皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアが殺害された。その情報にナナリーの頭は真っ白になる。

 そこから休むことなく新たな情報をナナリーに叩きつけにくる。

 

「そしてこれが、新たな皇帝の座が決まった時の映像だ」

 

 今度は音声だけでなく、放映された映像を流し始めた。

 最も、盲目のナナリーにもたらされるのは音声だけだが。

 

『私が第99代、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ』

 

『生きてたんだね、ルルーシュ。ナナリーが生きていたから君ももしやと思っていたけど。でも国際中継でこんな冗談は良くないよ。そこは父上の────』

 

『代98代、シャルル・ジ・ブリタニアは私が殺した。だからこれからは、私が皇帝になる』

 

 兄として嗜めようと前に出た長子であるオデュッセウスが前に出るが続くルルーシュの言葉に場が騒然となる。

 

『何を言ってるの! あり得ない!』

 

『あの痴れ者を捕らえろ!』

 

 会場にいた衛兵がルルーシュを捕らえようと動くが、突如上から現れた別の人物によって倒される。

 

『紹介しよう。枢木スザク。彼にはラウンズを超えるラウンズとしてナイトオブゼロの称号を与える』

 

 皇帝の椅子に座りながら宣言するルルーシュにオデュッセウスが尚も説得しようとする。

 

『い、いけないよ、ルルーシュ! 枢木卿も! 国際中継でこんな悪ふざけを!』

 

 賊として2人を捕らえようと再び衛兵が動く。

 そこでルルーシュが立ち上がる。

 

『分かりました。では手っ取り早く理解してもらいましょう。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。我を認めよ!』

 

 ルルーシュがしたことはたったそれだけ。

 すると、その場に居た者達の態度が一変する。

 

『オールハイル・ルルーシュ!』

『オールハイル・ルルーシュ!』

『オールハイル・ルルーシュ!』

 

 その異様な光景を音声だけで聞きながら、ナナリーは顔を青ざめさせ、ガチガチと歯を鳴らした。

 

「なに、これ……」

 

「ナナリーちゃん!」

 

 理解出来ない常軌を逸したその放映記録に体を震わせるナナリーの手をリーエンは握る。

 しかし、その震えが治まることはなかった。

 

「なんなんですかこれはっ!?」

 

 もはや悲鳴に近い叫びだった。

 ここから更に、コーネリアからトーキョー租界がブリタニアが開発したフレイヤという兵器をスザクが使ったことで壊滅したことと、そしてギアスという力で人を意のままに操っていたことが発覚し、黒の騎士団から切られた(厳密には違うが)ことなどを知らされる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事態を受け止めるには少し時間を要すると判断して自室に送ると1人で考えさせる時間を設けた。

 コーネリアの後ろからナナリーの部屋を出ると、リーエンが口を開いた。

 

「なんで……あんな風に、話したんですか?」

 

 コーネリアがリーエンの方を向く。

 堪らずにコーネリアの腕を掴んだ。

 

「あんな、ナナリーちゃんを追い詰めるように話さなくたっていいじゃないですか! もっと他にやり方が……!」

 

「言ってどうする? どう取り繕ったところで、事実は変わらん」

 

「……っ!?」

 

 あっさりと反論されるとリーエンはコーネリアから腕を放して顔を俯かせた。

 解っている。ナナリーはエリア11の総督として。何よりルルーシュの妹として今回のことを知る義務と権利があった。

 そして、生半可な事ではゼロがルルーシュなどとは信じなかった事も。

 それでも、感情が納得できずにコーネリアに食って掛かってしまった。

 リーエンが今した行動は罰せられても文句の言えない言動だったが、コーネリアはそうせず、フッ、と笑みを浮かべる。

 

「私がユフィと最後に話したのは、特区・日本を宣言した後でな。イレブンであった枢木を専任騎士に命じた事もあって、言い争いになってしまった」

 

 ユーフェミアは何度も話をしようとしたが、コーネリアが意地を張る形で拒否してしまっていた。

 

「これから、ナナリーがルルーシュと対峙するならば、事態どう動くか分からん。あの子を大事に想うなら、傍にいて支えてやってくれ」

 

 そう言って肩に手を置くとその場を去っていった。

 支えてくれ、と言われた。しかしリーエンには、それを出来る自信はなく、見つめた手の平に温かい水が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽が落ちた頃にリーエンがナナリー用の夕食を運んで部屋に訪れた。

 

「ナナリーちゃん。食事、持ってきたよ。少しは食べないと……」

 

 そこでリーエンの言葉が止まる。

 部屋の中は文字通り荒れていた。

 

 花瓶などの陶器は割られ、ベッドのシーツはしわくちゃに床へと落とされている。

 引き出しなどもひっくり返されている。

 その部屋の中心に車椅子に座って天井に視線を向けているナナリーがいた。

 

「ナナリーちゃん! ちゃっ、これ!?」

 

 あまりの部屋の惨状にリーエンが部屋に入る。

 それに気付いてナナリーがリーエンに顔を向ける。

 

「リーエ、ちゃん……」

 

「危ないから! 先ずは部屋の片付けを! ううん! それより切った手の手当てを────」

 

「租界の人達がたくさん亡くなったって……私が守らなきゃいけない人達だったのに……1人だけ逃げて……」

 

 もうすぐ、衛星エリアへの昇格が決まっていた。

 それが全て無意味になってしまった。

 なにより。

 

「お兄様が……1番大切な人がその手を汚していたのに。何も気づかずに、ずっと笑って……」

 

 ポタリと、ナナリーの膝に滴が落ちる。

 

「止めないと……私が、お兄様を止めないと……」

 

 何度も止めないとと繰り返すナナリー。その頭を抱き寄せる事しかリーエンにはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルルーシュが、超合衆国への加盟を宣言してアッシュフォード学園での会談を設けた。

 そこでは会談の場にナイトオブゼロである枢木スザクをKMFで強襲し、脅迫によって超合衆国への加盟を認めさせる暴挙に出る。

 そしてそれは超合衆国に加盟している要人を全て人質に取ったことを意味していた。

 その最中に、首都であるペンドラゴンにフレイヤが撃たれた情報が入る。

 

 そして、今────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『成る程。ならば、次の皇帝はシュナイゼル。貴方が為ると?』

 

「違うよルルーシュ。次の皇帝は、彼女だ」

 

 繋いでいたモニターをナナリーへと向ける。すると、フレイヤで死んだものと思っていたルルーシュが驚愕した表情になった。

 

『ナナリー、生きて……』

 

「お兄様。スザクさん。私は、貴方方の敵です」

 

 静かにそう宣言するナナリーに最初に問いかけたのはスザクだった。

 

『ナナリー! 君はシュナイゼルが何をしたのか────』

 

「スザクさんがそれを言うのですか?」

 

 トーキョー租界にフレイヤを撃ち込み、三千万の日本人を虐殺したことを挙げられてスザクは口をつぐんだ。

 

「それに、ギアスはどうなのですか? 人を奴隷にする力が正しいと? ユフィお姉様を滅茶苦茶にした力が正しいと仰るのですか?」

 

 それ以降、スザクは押し黙り、再びルルーシュに話しかける。

 

「お兄様もスザクさんも、ずっと嘘をついていたんですね。本当の事を黙って。そして私は、真実を知りました。お兄様が、ゼロだったんですね。それは、私の為ですか? もしそうなら、私は……」

 

 もう止めて、こんなことは。

 その手をもう血で汚さないで。

 

 そんな願いを込めて向けられる言葉にルルーシュが返したのは嘲笑だった。

 

『お前の為だと? 我が妹ながら図々しいことだ。自分が誰かからお恵みを頂く事が当然だと考えているのか? 自分の手を汚さずに他人の行動だけを責める。お前は俺が否定した古い貴族そのものだな』

 

「そ、んな……! 私はっ!」

 

『誰の為でもない。俺は俺自身のために世界を手に入れる。お前がシュナイゼルと手を組み、我が覇道を邪魔するのなら容赦はしない。叩き潰すだけだ!』

 

 そこでルルーシュ側から一方的に通信を切られる。

 

 呆然としているナナリーにシュナイゼルが手の甲を重ねる。

 

「辛い思いをさせてしまったね。フレイヤの威力を見せつければ、降伏してくれると思っていたのだけれど」

 

「……シュナイゼルお兄様。ペンドラゴンの被害は」

 

 ナナリーの問いにシュナイゼルが涼しげな表情で答える。

 

「心配は要らないよ。避難誘導は済ませてある。もちろん被害が皆無とはいかないけど、最少に抑えたつもりだ」

 

 シュナイゼルの答えに唖然としたのはコーネリアとリーエンだった。

 フレイヤの避難誘導などシュナイゼルは行っていない。ペンドラゴンにいた者達は今しがた滅ぼされたのだ。

 ナナリーは表情を変えずに続ける。

 

「シュナイゼルお兄様。フレイヤの発射スイッチを私にください」

 

 その提案にはシュナイゼルも僅かな驚きを見せた。

 

「私は、戦う事も、守る事も出来ません。だからせめて、罪だけは背負いたいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダモクレスの中にある庭園に移動する最中、リーエンはナナリーに話しかける。

 

「本当に、あのフレイヤって兵器をナナリーちゃんが撃つつもりなの?」

 

 ナナリーが撃たなければシュナイゼルが撃つだけだろう。だがそれでも、あんなもののスイッチをナナリーには触れてほしくなかった。

 リーエンの問いに答えずにナナリーは別の事を告げる。

 

「リーエン・ハミルトン。貴女はこのダモクレスから脱してください。シュナイゼルお兄様には私から話しておきます」

 

「え……?」

 

 何を言われたのか理解できず、リーエンは呆ける。

 それを数秒かけて理解し、慌てる。

 

「ちょっ、ちょっと待ってっ!? そんないきなり……!」

 

「ここから先、貴女がやるべき事はありません。今まで御苦労様でした」

 

 突き放すように告げるナナリーにリーエンは反発する。

 

「あ、あたしは行かないよ! ナナリーちゃんの傍に」

 

「これはお願いではなく命令です。ダモクレスから退避してください」

 

 あからさまに拒絶してくるナナリーにリーエンは食い下がる。

 

「嫌だって! あたしは────」

 

「貴女も、私が誰かからお恵みを頂くだけの存在だと言いたいのですか?」

 

 今度は若干の怒気を孕ませるナナリー。そこでリーエンはナナリーの地雷を踏む。

 

「さっきルルーシュ先輩が言っていたことを気にするのは分かるけど……」

 

 その言葉に、抑えていたモノを解き放つようにナナリーの表情がみるみると変わる。

 

「リーエちゃんに、貴女に何が分かると言うのですかっ!!」

 

 その怒声にリーエンはビクリと肩が跳ねる。

 

「何が分かると言うのですっ! 言ってみなさい!!」

 

 その豹変についていけず何も言えないリーエンにナナリーの絶叫が続く。

 

「分からないでしょう! 分かる筈がありません! 分かってたまるものですかっ!」

 

 その激情は、ルルーシュの存在によって抑えられていたナナリーの仮面の奥に隠されていた負の感情だった。

 

「私は貴女達とは違う! 私は見ることも、歩くことも出来ない! 貴女は何だって出来る! でも、私には出来ないんです!」

 

 ルルーシュの為に付けていた心優しい理想の妹という仮面。

 しかしそれはここに来てなんの意味もなくなったしまった。

 だから彼女は今まで抑えていた感情を抑えることが出来ない。

 

「自分の下着を自分で汚して、それを誰かに掃除してもらう気持ち、分かりますか!! 情けなくて歯痒くて、それでも身体を拭いてくれる人にすみませんすみませんって謝り続ける気持ち、分かりますか!! 涙が出るほど惨めで恥ずかしいのに、汚物を片付けてくれた人に、ありがとうって笑って見せなければならない気持ち、分かりますか!! 自分のことさえ満足に出来ない私が、皇女ですよ! 総督ですよ! 何でも出来る貴女達の上に居たんですよ! さぞや滑稽だったでしょうねっ!!」

 

 違う。リーエンは一度もそんな事を思った事はない。しかし、一旦吐き出し始めた膿は、止まることなく吐き出され続ける。

 

「お恵みを頂戴することしか出来ないですって! えぇ! そうですよ! お兄様の言うとおり、こんな身体、なんの役にも立たない! でも……お恵みを頂くことに、何の痛みもないと思ったら大間違いです! 誰がそんな事望んだりするものですかっ!!」

 

 荒くなった呼吸を抑えるように胸を掻き毟るようにして触れるナナリー。

 声のボリュームは落ちたが、込められる感情は些かも衰えない。

 

 

「リー、エちゃんには……貴女達には分からない。自分の目で世界を見てそこに行ける貴女には! 目の前で何が起きても、お人形のように座っていることしか出来ない気持ちなんて……!」

 

 次に言われた言葉にリーエンはハッとなった。

 

「ペンドラゴンの人達だって、私がフレイヤで殺して……なんて、愚かで……救いようのない……」

 

 ナナリーは気付いていたのだペンドラゴンの住民は避難などしていない事を。

 その上で、フレイヤの発射を許可した。

 例えナナリーが許可を出さなくとも、シュナイゼルが撃ったのだとしても、それが何の慰めになるだろう。

 

「ナナリー、ちゃ……」

 

 それでも、ナナリーに手を伸ばして手に触れると、重ねた手は払われた。

 

「無礼でしょう、リーエン・ハミルトン」

 

 明確な拒絶を持って。

 

「ここから先は貴女には関係ありません。もう────いいえ、最初から貴女はここにいる必要のない人でした」

 

 それだけ告げると、ナナリーは車椅子を自分で操作してリーエンから離れる。

 彼女の足は、後をついてこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 庭園に着いたナナリーは車椅子に備え付けられている小物入れ用のポケットから1枚の折り紙を取り出した。

 それはかつて、リーエンがナナリーに折ってくれた天使の折り紙だった。

 何度も触れたその折り紙の輪郭をなぞる。

 結局、その姿を見ることは出来なかった。

 何の打算もなく、自分の傍に居てくれた少女をナナリーは拒絶し、切った。そんな自分がこれを持っている資格など無いのだ。

 自分は彼女が望んだような、天使ではなかった。

 

「さようなら、リーエちゃん……」

 

 ビリッと折り紙を破り捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




たぶん次でゼロレクイエムが終わって、その次にエピローグ。

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