「ナナリーちゃん、ここ、触れてみて」
リーエンに手を引かれてナナリーは彼女の首に触れた。
そこには人肌とは思えない感触。
「アッシュフォード学園に入学する少し前に火事に遭ってね。その時に大きな火傷が残っちゃって。その所為でせっかくの婚約も破談になっちゃったのよさ」
以前、ナナリーの異母姉であるカリーヌが言っていたリーエンには嫁の貰い手がないと。その理由を知って言葉を失う。
「この所為で家でも冷遇されちゃったけど、今はそれも良かったって思ってる。だって、こんなに大好きな友達に出会えた」
そう言って、リーエンはナナリーを抱き締める。
「この戦いで死んで、生まれ変わったらさ。あたし、ナナリーちゃんに会いに行くのよ? そしたら、一緒に色んなところに行こう。手を繋いで。平和な世界でたくさん笑おう」
そう言って自分の小指をナナリーの小指に絡ませる。
「ゆ~びきりげんまんうそついたら針千本のーます!」
指切った、と離した。
それはいつか、リーエンは何があってもナナリーの味方で、ずっと傍にいると約束したときと同じ儀式。
「あたしが男の子に生まれたら、プロポーズしに行くから、覚悟してるのよ?」
「ふふ……うん。楽しみにしてるね」
これから死ぬとは思えない。まるで旅行を楽しみにしている友達同士の会話のような気安さだった。
決戦前にこんなにも安らげる気持ちにさせてくれたリーエンに感謝しつつもナナリーは心の中で思う。
(私はきっと、地獄に落ちる。リーエちゃんと同じ場所にはいけない)
この罪だけは自分の手元に置くとナナリーはダモクレスのフレイヤ発射の鍵を握りしめた。
『おや? 君は……』
「ナナリー様に泣きついて再就職しました」
サラッと言うリーエンにシュナイゼルは動じる様子もなくそうかい? とだけ言った。
おそらくはここにリーエンが居ようと居まいと戦いに何の影響も無いからだろう。
要はどうでも良い。
リーエンにとってもそれは同じで、今はナナリーの傍に居たいだけなのだ。
これから戦闘が始まることやフレイヤを撃つ事を躊躇わないことなどを確認された。
モニターが切れると、フレイヤの発射スイッチを強く握りながら震えるナナリー。
そんな彼女に後ろから腕を回す。
これから大勢の人を殺すスイッチを押すことを"がんばれ"なんて言えるわけもない。
だから、リーエンが言えるのは。
「最後まで、傍にいるよ……」
「うん……」
戦争が、始まる。
戦闘が始まると空を埋め尽くすような数のKMFが前に進んでは後退を繰り返す。
それをモニターで見ていたリーエンがナナリーに見たままを伝える。
互いに小競り合いはあれど、探り合うような動き。
徐々に黒の騎士団の戦力がルルーシュ側のブリタニア軍の中へと進んでいくと変化が起きる。
何とルルーシュが富士山にあるサクラダイトを爆発させ、味方ごと黒の騎士団の戦力を潰しにきた。
その甲斐あってか、黒の騎士団の母艦である斑鳩も墜落していく。
その光景を見ていたリーエンは唖然となった。
「そんな……ここまで……」
ルルーシュが使った策に身震いするリーエン。
しかし、黒の騎士団が大損害を被り、その枷が無くなった事で此方もフレイヤを撃つ条件が整ってしまった。
『ではナナリー。君の手にある裁きの雷を』
「はい……お兄様の罪は私が討ちます」
震える小さな手で、大量虐殺のスイッチが押された。
本来、フレイヤは爆発してからその圧倒的な破壊力を出すまでには僅かな時間がかかる。
ルルーシュもそれを狙って特攻紛いに相討ちを指示し、KMF部隊に撃墜させようとするが、臨界時間の短縮に成功している改良型のフレイヤは瞬く間にKMFを呑み込んだ。
その光景を数回見て、リーエンは顔面蒼白になる。
人が一瞬で塵になる光景。
真っ当な感性を持つなら、耐えられない。況してやそのスイッチを押したとなれば。
「ナナリー、ちゃん……」
「大丈夫、だから……私が、お兄様を止めないと……」
何かに取り憑かれたようにルルーシュの暴走を止める事だけに集中するナナリー。
リーエンは、ナナリーが戦場の映像を見ることがなくて良かったと思った。
しかし同時に、この光景をナナリーの持つ独自の感覚で知覚している事も察していた。それはきっとリーエンが思うよりも正確に。
その証拠に、ナナリーの表情は今にも倒れそうな程に血の気が引いている。
「こんなに……私が……」
ルルーシュのギアスで操っている兵士を突撃させて、フレイヤの残弾を消費させるという手が続く。
その間に、黒の騎士団の機体がルルーシュ側の旗艦であるアヴァロンへと辿り着き、捕らえられていた人質の解放に動いた。
そんな中でルルーシュがとうとうKMFで出撃する。
『玉砕か。見苦しいね。さぁ、ナナリー。この戦いを終わらせよう』
「……はい」
フレイヤの爆発にルルーシュが呑まれ、この戦いは終わる。
その筈だった。
しかし、爆発までの僅か19秒。その間にランスロットがフレイヤに向けて槍のような武器を投げると、驚異的な破壊力を誇っていたフレイヤの爆発は殆んど封じられた。
その映像にシュナイゼル達が呆気を取られる。
フレイヤ発射の為に開けていたブレイズルミナスが再び閉じる僅かな間にランスロットが内側まで侵入し、銃口と光の翼から放たれるエネルギーの刃がダモクレスを攻撃する。
「キャッ!?」
「ナナリーちゃん!」
その振動で車椅子から落ちそうになったナナリーを支えるリーエン。しかし、フレイヤのスイッチをその手から離してしまった。
すぐに拾おうとするリーエンをナナリーが止める。
「待って! 私が、自分で拾うから」
「拾うって……」
ナナリーは床を這い、見えない目の代わりに手でペタペタと床に触れてフレイヤのスイッチを探す。
あんな物を、リーエンに触れさせたくはなかった。
自分のミスは自分で取り返す。
その思いでフレイヤのスイッチを探すが、目の見えないナナリーにはそれが難しい。
ここに来て、上がらない目蓋に苛立つ。それは憎悪に近かったのかもしれない。
見えない目と動かない足が最期まで彼女の邪魔をする。
「鍵! 鍵は、どこ!?」
両腕を動かし、床を探し回るその姿にリーエンはナナリーの意思を無視してスイッチを拾うか迷う。
そこで、変化が起きた。
「あ……」
「ナナリー、ちゃん……?」
まるで壊れて外れなかった錠が突然外れるように、ナナリーの目蓋が上へと開いていく。
それを見て、リーエンは涙目になって口抑えた。
ナナリーは床に転がったフレイヤのスイッチをその手に掴んだ。
ダモクレスの内部に侵入したルルーシュはシュナイゼルを策に嵌めて、ゼロに仕えるギアスをかけた。
外では、この戦場で最高の性能を持つランスロットと紅蓮の2機が激しい戦闘を繰り広げている。
多くのKMFと命が散っていく中、ナナリーが居る庭園にルルーシュが足を踏み入れる。
ナナリーがフレイヤの発射スイッチを手にしていると知った今、無視するわけにはいかない。
向かい合う兄妹。かつて、ルルーシュがゼロだった頃にエリア11に向かう艦で対峙した時と同じ構図だった。
口を開いたのはナナリーからだ。
「お兄様、ですね? 私から、これを奪いにきたのですか?」
ナナリーが握っているフレイヤの発射スイッチを見せる。
「そうだ。それはお前には不要な物だ。だから────」
「だからです。もう、目を背けてはいられないから」
ナナリーが閉じていた目蓋を開けると、ルルーシュの驚きの表情をする。
「ナナリー、お前……!」
「数年ぶりにお兄様のお顔を見ました。それが人殺しの顔なのですね。きっと私も、同じ顔をしているのでしょう」
一拍置いてから、ナナリーは鋭い視線をルルーシュに向けた。
「私にも、ギアスを使いますか?」
そこから、兄妹の対話による対決が始まった。
ゼロを名乗り、ギアスを使い、人々の心をねじ曲げてきたルルーシュに世界を手にする資格はないと言うナナリー。
ルルーシュはナナリーの未来の為にもそうするしかなかったという。
しかし、それはナナリーの望む願いではなかった。
兄が人殺しをしてまで、安全な未来が欲しいと思った事はない。
隠れ住むような生活でも、兄が居てくれれば良かったのだと。
その考えをルルーシュは負ける考えだと切って捨てる。抗う事は必要だと。
しかしナナリーは、その為にギアスで人の意思や尊厳を踏みにじり、駒として使い捨てるゼロの存在を卑劣だと否定する。
ならば、とルルーシュはダモクレスは何だと問うた。
フレイヤという暴力で人々を恐怖で縛るダモクレスこそ、卑劣ではないかと。
「だからこそ、ダモクレスは憎しみの象徴になります。憎しみは、ここに集めるんです。皆で明日を迎えるために」
ナナリーのその言葉にルルーシュが一瞬、微笑んだ気がした。
彼は目元を手で覆う。
そして────。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命ずる。ダモクレスの鍵を渡せ!」
右手を前に出し、ナナリーに命ずる。
最初こそ抵抗していたナナリーだが、次第に自分から手にしていたフレイヤの発射スイッチを差し出す。
それをすぐに受け取らず、膝を曲げて視線を合わせた。
先程までは言葉にしなかった兄としての愛情を口にしてスイッチを受け取る。
するとギアスが解けてナナリーは正気を取り戻した。
「使ったのですね! 私に! ギアスを!?」
答えずに一瞥だけして去ろうとするルルーシュ。
ナナリーはそれを追うが、階段の段差のところでリーエンがストップをかけた。
「ナナリーちゃん、危ない!」
「お兄様は悪魔です! 卑劣で、卑怯で……!」
嗚咽を漏らすナナリー。
その唇が動く。
私は、貴方のそんな姿を見たくないだけなのに、と。
それを見たリーエンは────。
「ゴメンね、ナナリーちゃん。約束、破るのよ?」
「え?」
ナナリーの目が開いて、ルルーシュがやってくる間。
この後に何があっても何もしないで欲しいと言われていた。
例え、ナナリーが撃たれる事となっても。
その筈だったのだが。
ナナリーから体を離して深呼吸し、走る。
その音に気付いたルルーシュが後ろに振り返った。
すると彼女は跳躍していた。
「死ねぇ!! 先輩っ!!」
「おわっ!?」
跳び蹴りを避けると即座に体勢を切り替えたリーエンは、ルルーシュの横っ腹に拳を叩き込む。
フレイヤの発射スイッチを握る握力が僅かな呻き声と共に弱まり、それを奪い取った。
「おまえ、何を……」
「ゲットだぜ、なのよ? ナナリーちゃん、パス!」
「え?」
「放り投げるな! それが何か分かっているのか! フレイヤが発射したらどうするっ!」
「あ……」
ルルーシュに指摘されて気付いたのか、リーエンはやべ、と言うような顔になる。
スイッチは問題なくナナリーの手に戻った。
振り出しに戻り、小さく舌打ちするルルーシュ。
くるりとルルーシュへと向き直る。
「兄妹喧嘩であたしがどうこう言うのは筋違いだと思うけど、取り敢えず先輩、ナナリーちゃんに謝って」
リーエンの言葉にルルーシュが怪訝な表情になる。
「前にナナリーちゃんに酷いこと言った事とか! 今、ギアスっていうの使ったことを謝って!」
怒ってます、と言わんばかりの表情で、そんな子供染みた事を言うリーエンに、ルルーシュは苛立ち混じりに顔をしかめた。
「今がどういう状況か理解しているのか!」
「はぁ? そんなの、あたしが解る訳ないのよ!」
銃を抜いて此方に向く前にリーエンは手首に手刀を落として銃を落とし、もう1発殴る。
「つっ、このっ!?」
何とか押さえつけようとするが、予想外にもリーエンは流れるようにルルーシュの手を躱し、鼻っ柱に頭突きを叩き込んだ。
鼻を押さえるルルーシュにリーエンは驚いた様子で呆然となる。
「おーっ! 先輩の動きが結構分かる! 2号さんにボコボコにされたのもムダじゃなかった!」
これまでの訓練の成果が出ていることに場も弁えず感動していると、ルルーシュが質問した。
「2号とは誰の事だ!?」
「アールストレイム卿! あの人、二重人格で、性格変わると訓練と称して笑顔であたしの事、ボコってきたのよさ!」
すると、リーエンがこちらに向かってくる。
ルルーシュは今の説明で大体の事は理解して内心で憤る。
(マリアンヌゥウウウゥウッ!!)
もはや母とすら呼ばずにCの世界で消えた母を心の中で罵倒した。
(貴女は、最期まで俺の邪魔をするのか! だが、俺はこんなところで止まる訳にはいかない! この障害を乗り越え、ゼロ・レクイエムを……!)
アーニャの中に居たマリアンヌは別段、ルルーシュの邪魔をする為にリーエンを
彼女からすれば、ちょっと抵抗する玩具としてストレス発散をしていただけである。
しかしそれは誰もが予期せずルルーシュに対する最期の壁として立ち塞がっている。
さすがにスザクと比べれば大した事はないが、それでもルルーシュ1人で押さえるのは難しい相手だった。
(くそっ! ナナリーと一緒にギアスをかけたのは失敗だった! だが、こんな事で計画が潰れるなど、そんな馬鹿な話がっ!?)
そこで足払いをかけられたルルーシュは尻を床に付き、リーエンが上に乗ると胸ぐらを掴んだ。
「言葉にしてくれないと、説明してくれないと分からない。あたし、前から先輩のそういう自分が正しいから従うのが当然みたいなところ、ほんっとーに嫌いだったのよさ!」
感情が爆発した事で、ナナリーが溜め込んでいたものを知ることが出来たように。言葉にしないと伝わらず、話し合っても理解し合える訳ではない。
だけど正しいから、1番良い結果になるからと、何も言わずにその結果だけを押し付けるのは違うと思う。
だから────。
そこ先を続けようとすると、後ろから何かが崩れ落ちる音がした。
振り向くと、ナナリーが意識を奪われていた。
それを行った人物を見る。
「ス────」
しかし、相手の超人的な回転蹴りで蹴り飛ばされてリーエンも意識を失った。
「大丈夫かい、ルルーシュ?」
「あぁ、助かった……」
ルルーシュは立ち上がり、ナナリーの手からフレイヤの発射スイッチを再び奪う。
「随分とこっぴどくやられたみたいだね」
苦笑する相手にルルーシュはふん、と鼻を鳴らした。
そして小さく笑みを浮かべる。
「この戦いで、世界や黒の騎士団。あのシュナイゼルまでもが俺達の手の平だった」
綱渡りの部分はあったが、概ね彼の計画が始まってから、ここまで、誰もがルルーシュの予測通りに行動した。
彼の予想を僅かに上回ったのは、ここで眠る2人の少女だった。
ナナリーはかけられたギアスを破り、光を取り戻すとは思わなかった。
リーエンもここまで残り、最期に噛みついて来るとは思わなかった。
「だが、それで良い」
全て自分の予測通りにしか動けない世界など、それこそ先がない。
2人は、確かにルルーシュの思惑の外に出たのだ。
もう、ここに居る理由はない。
「では行こうか、"ゼロ"よ」
こうして、富士での戦闘はルルーシュの勝利に終わる。
世界が彼の暴君に支配されるかと思い、絶望した。
しかし、反逆者を処刑するパレードの最中に現れたゼロに悪逆皇帝ルルーシュは討たれ、彼の支配は呆気なく終わりを告げた。
ルルーシュが討たれて数ヶ月。
「という訳でやって来ました母校、アッシュフォード学園!」
イエーイ! と拳を掲げてから車椅子を押して学園の敷地内に入る。
既に集まっていたメンバーがナナリーとリーエン。そしてゼロの居るところへ駆け寄った。
「お久しぶりです、皆さん」
ナナリーの挨拶にかつての生徒会のメンバーが再会を喜ぶ。
「ミレイ会長もシャーリィ先輩も元気そうなのよ」
「リーエちゃんも元気そうで良かったわ。もう心配させて……」
「でも、ナナちゃんやリーエちゃん、少し大人っぽくなったね」
「そ、そうですか?」
「え? 何処が?」
「……リヴァル先輩。後で校舎裏に行きましょ。最近、鍛えてるから実演してあげるのよさ」
「それが大人になった奴の行動かよ!」
そこから簡単な近況を教え合っていると、屋上から花火が上がった。
ミレイが用意した催しかと思ったが、彼女も驚いていることから違うらしい。
皆が花火に魅入っていると、リヴァルがポツリと呟いた。
「前に、ルルーシュが言ったんだ。また皆で、こうして花火を上げようって……」
その約束はこうして果たされる。
ナナリーが横に居たリーエンの手を握った。
繋ぐ手を拒絶せず、リーエンは笑みを浮かべる。
失ったもの。取り戻せない物はあれど、繋がれた手には確かな絆があった。
いつか、犯した罪を切り刻まれる時が来ても、今はただ、ここにある温もりだけで良かった。
ここに居ない者達が、この花火を何処かで見てくれている事を願った。
予告、復活のルルーシュ編。
「ナナリーちゃん! もうちょっと先だけど、あたし、結婚する事になったから! 友達として、スピーチよろしくね!」
「へ?」
訪れた異国の地。
そこで襲われた部隊にゼロとナナリーが拐われてしまう。
その危機に現れたのは────。
「うわ……引っ掻き回すだけ引っ掻き回して後始末をスザク先輩に丸投げな上に女性と旅行とか……良い御身分ですね、ルルーシュ先輩」
「助けてもらっておいて随分な言い草だな。おい立て」
「イタッ! 怪我してるし嫁入り前なのよ! ちょっとは丁重に扱って欲しいのよさ!」
「なんだ? お前を妻に迎える物好きが居たとはな」
「は? 何言ってるの? あたしの婚約者、先輩のお兄様なんですけど。 ほら、あたしの事、今日からお義姉ちゃんって呼んで良いのよ?」
「…………………………シュナイゼルだとっ!?」
復活のルルーシュは書きません。