やはり俺のマブラヴオルタネイティヴはまちがっている。 作:でーむに
[1999年8月7日 08:07 横浜ハイヴ ENE 24km地点]
〈 Preceding paragraph 〉
「痛ってぇ……」
何が起きたんだ?
〈 着座情報転送中 〉
「さっきのは……?」
気を失っている間、俺は何を観ていた。誰かの追体験をしているような気分だった。
場所は分からない。夢の様な世界だった。"BETA"が居ない世界だなんて、何度も夢見ている。そこで繰り広げられる、俺とは無縁の世界。リア充がキャッキャする学園生活だったようだが……。その後、突然見覚えのある世界に切り替わった。状況が理解出来ないまま"戦術機"に興奮し、"衛士"になる。直前まで観ていた世界での人物が居たが、どうも少し違うようだった。そして時が過ぎて行き、よく分からない"計画"が頓挫したことを知らされる。酔い潰れた女性の嘆きを聞き、誰かを見送り、BETAと戦い続ける。また暗転したかと思うと、時間を遡っていた。今度も"衛士"となるが、"計画"のために来る歴史を塗り替えながら進んでいく。挫折や絶望を味合い、逃げ、それでも戦いを選んで帰ってくる。だが、また誰か、また誰かと失っていく。最期は全員失った。そんな誰かの記憶。会話内容も覚えている。しかし、俺の理解を超える内容であった事は確かだ。
だがそれよりも先ず、しなければならないことがある。
「クッソ……
〈 Completion 〉
〈 転送完了 〉
〈 Simplefield display Over 〉
「ステータスチェック」
網膜投影に映し出されるディスプレイを確認する。友軍の支援砲撃に巻き込まれたが、奇跡的に機体は無事のようだ。気を失う前と同程度の損傷しか受けていない。否、まぁ、存在感なさすぎてBETAが俺を素通りするんだけどな。
それはともかくとして、さっきのアレはなんだったんだ? どう考えても走馬灯には見えなかったし、どう見ても俺の記憶でもない。俺があんな学園青春をしているなんてありえないからな。となると、信じたくもないが誰かの記憶を追体験したということなのだろうか。この作戦が始まってから、碌な休息もしていないから頭がおかしくなったのだろうか。ありえない話ではないが、どう考えても精神病院コースは確実だろうな。
「ともかく……生き残らねぇとな」
病院で診察を貰うにしても、生き残らなければ精神鑑定なんてしてもらない。ならば精神鑑定を受け、こんな前線配置なんておさらばしたい。
「
戦域データリンクが生きてることは確認したが、自分の周辺にはなにも映らなかった。それこそ網膜投影から機外映像で見えるのは、俺を巻き込んだ支援砲撃で砕けた肉塊の集団くらいだろう。
呼びかけにすぐに返事が入ってくる。
IDで『Shellbrit-1』の表示と共に、ディスプレイ上にバストアップで表示されるのは、黒髪の女性だった。
『
「シェルブリット10よりシェルブリット1。平塚”教官”には言われたくないですね」
『全く……君もいい加減その”教官”を止めたまえ。私はもう教官ではないのだぞ』
「そうですね……”大尉”」
表示範囲外に友軍がいた。
平塚 静大尉。俺の所属する戦術機甲中隊の中隊長を務めているベテラン衛士だ。元々は教官として訓練生だった俺を鍛えてくれた人でもある。大陸派遣軍創設時から新任としてユーラシアへ渡り、その後は腕を買われて富士教導団へ。しかし何を考えたのか帝国軍から国連軍に移籍すると、数々の戦歴と経験を活かした教官になる。1998年のBETA日本上陸時に関東まで迫った防衛線に、投入されることになった俺たち訓練生を纏め上げて防衛戦に参加。戦術機に乗りたての俺たち訓練生大隊を率いて生還した人物でもある。
『よろしい。我々極東国連軍第11軍木更津基地 第26戦術機甲中隊は任務を続行する。
「続行するとは言っても………この規模では難しいのではないですか?」
『同感だが、周囲に合流できる部隊は残っていない。増援もなしだ。後続もどうなっているか分からない現状、撤退したところでバチは当たらんだろう。しかし、まだ残っている前線の味方を見捨てる訳にはいかんだろう。どこまで進んでいるかはこれからCPにでも聞くが、まだ残っているのなら支援するべきだ』
ステータスの確認も終了し、通信をしながら平塚大尉から指定されたポイントへ向かった。そこには戦場に佇む
近くに降り立ち、平塚機の状況を目視で確認する。
破損はしていないが、激戦を潜り抜けた様相だ。BETAの体液で汚れ、塗装も擦り切れ、出撃時にあった装備も汚れていたり、なかったりする。
背部ウェポンラックには何もなく、右腕で保持している
『シェルブリット1よりCP、応答を願う』
ID一覧に[shellbritCP]と、馴染みのCP将校がバストアップウィンドウで表示される。
『CPよりシェルブリット1、どうした』
『我々の前方に展開する味方はいるか? いるのならば、我々は補給コンテナを集めて前線の味方に補給物資を届ける』
『シェルブリット隊から横浜ハイヴへの進路上に残存する友軍は存在しない』
俺たちの進路上に味方が居ない。確かにBETAの襲撃を受けていたから、比較的後衛だった俺たちのところにもBETAが現れた訳だ。要請されたとはいえ、味方の後方に支援砲撃を落とすこともないだろうからな。
『ならば我々はハイヴに』
『それは了承出来ない。引き続き、周辺の制圧に尽力せよ』
平塚大尉は何を言いかけたのだろうか。「ならば我々はハイヴに」どうするつもりだったのだ? 「ハイヴに取り付く」とでも言いたかったのだろうか。
「平塚大尉」
『分かっている。比企谷は周辺の残骸から使えるモノを探せ。この当たりのBETAはあらかた片付けた。残っていてもせいぜい兵士級か闘士級くらいだろう。武装等なくても脚で踏み潰せる』
「了解」
『しっかし、君とは本当に腐れ縁だな』
「本当ですよ。教官、訓練生大隊指揮官、生きて帰った後の配属先の中隊長ですからね」
『本来ならばあの時の大隊で帰還した後も、そのまま教官職に就いている筈だったのだがなぁ。気付けば軍曹から大尉だ』
「……あの時の大隊、か」
あの時の大隊。俺が訓練生だった頃の話だ。木更津基地で尻を蹴り上げられながら訓練に励んでいた。俺は生粋の帝国国民だったが、周囲の人間とは上手く付き合えなかった。無論友だち等おらず、周囲の人間からは相手にされず、裏切られてきた。そんな奴らばかりだと思っていた。徴兵の時期が近づいてきて、俺はそんな世界が心底嫌で仕方なかった。だがある日、妹である小町が俺に言ったのだ。
『お兄ちゃん。このまま帝国軍に徴兵されると、きっとまた嫌な思いするよ。きっとまた独りになって、部隊で孤立して、前線に行ったらきっと……きっと……。小町、そんなの嫌だよ。だって、お兄ちゃんは小町にとって、お兄ちゃんなんだから。だから、徴兵されて帝国軍に入るくらいならさ、国連軍に志願しようよ。皆国連軍はアメリカの手先だとか悪口ばかり言ってる。だけど、そうかもしれないけど、そこにはきっとお兄ちゃんのことをちゃんと見てくれる人がいるかもしれない。一緒に志願した人たちだってきっと、お兄ちゃんみたいな思いをしている人がいるかもしれない。だからお兄ちゃん、皆が何言ったっていい。小町が何言われたっていい。お兄ちゃんが苦しまないのならそれで小町は嬉しいから』
と。その後続けて『小町もそんな帝国は真っ平御免だよ。だからもし小町が徴兵されるってなったなら、真っ先に国連軍に志願するよ』。俺はその言葉が嬉しかった。いつも馬鹿なこと言って、俺に『ゴミいちゃん』とか言ってくる妹だが、一番近くに居てくれた肉親だったのだ。
そして、小町の言葉は本当だったのかもしれない。帝国軍に徴兵されるよりも、やはり良かったと思える。確かに居辛いこともあるが、それでも以前のようなことは少なくなったように思える。理解者も増えたんじゃないだろうか。
そんな訓練生をしていたある日、BETAが目と鼻の先まで迫りきていたのだ。総合戦闘技術評価演習もクリアしていた俺たち訓練生は、戦術機適性の振るいに掛けられて、それぞれの兵科へと進んだ。俺は戦術機適性があったから衛士訓練生になっていたのだ。
正規兵だけでは前線を支えきれなくなっていたことは、小耳にずっと挟んでいた。だからいつか来ると分かっていた。そしてそれは現実となったのだ。当時教官をしてもらっていた平塚大尉を指揮官として、基地司令が戦力捻出のために訓練生を全員略式任官させた実戦部隊へと引き上げたのだ。装備は寄せ集め。前線から帰還して突貫整備された乗り手の居ない戦術機や予備機、訓練機、スクラップ直前のオンボロで編成されたハリボテ大隊。
長機は状態のいい機体を、それ以外は能力に応じた機体が与えられた。俺は何故かスクラップ目前の
あの初陣を生き延びることが出来たのは、奇跡だったかもしれない。多くの同期が死んでいった。死の8分を超えられなかったのは約1/5。帰還出来なかったのは約3/4。出撃した36機は帰還時には8機になっていたのだ。
俺は基地に帰ってきてガントリーに機体を固定させた時、一番に考えたことは『どうして彼奴等が死ななくてはいけなかったのか』だった。錯乱した味方に撃たれた奴、突撃級に轢き殺された奴、光線属種に炙られた奴、戦車級に取り着かれて食い殺された奴、操作ミスって墜落した奴……。そのどれもが悔しかった。俺と寝食を共にし、下らない話に引き入れてくれたり、一緒に馬鹿やるのを誘ってくれた奴もいた。そいつ等と一緒に血反吐を吐きながら訓練した時間は無駄だった、と言われているようで、堪らなく苦しく憎らしかった。俺に手を差し伸べてくれたように、俺も手を差し伸べたかった。恩返しがしたかったのだ。
そんな俺を見た平塚大尉は『お前がどう思っても、何を考えても、行きて帰った事実は変わらない。幾万の衛士が超えられなかった壁を超えて、お前は臆病者であろうが卑怯者であろうが、等しく皆に与えられた絶望と死が蔓延るクソッタレな戦場を生き抜いたんだ。だから比企谷、お前は生きろ。それが仲間たちに報いる唯一の手段だ』と言った。
仲間は犬死した。何も成すこともなく、ただただそこに果てていった。だが、それでも彼らが成し得なかったことを、生きた俺が引き継ぐことが出来る。俺は生きているのだから。
「他の奴ら、どうしてるんですかね」
『さぁ。私にも分からん。だが君が私の隊に配属になったのは驚いたな。他の奴らも関東での戦闘で散々散り散りにされた生き残りの寄せ集めだったが、そこに新任少尉が来ると思えば君だった』
「はい。中隊の皆、色彩豊か過ぎて俺、別の意味で浮いてましたし」
『君は孤立体質があるとは思っていたし、実際訓練生時代にも特異な性質はいくつも見てきた。だが中隊では、君のソレ等吹き飛ぶレベルだったな』
中隊。俺の今所属する木更津基地 第26戦術機甲中隊は寄せ集めで作られた部隊だった。あちこちから敗走した戦術機の衛士だったり、療養後復活した衛士だったりした。国連軍らしいと言えば国連軍らしかった。日本3人、ドイツ1人、アメリカ2人、イスラエル1人、ロシア1人、ミャンマー1人、インドネシア1人、中国1人、スーダン1人という国際色豊か過ぎる部隊だった。日本人が多いのは、基地の場所が場所だけに仕方がない。しかし、ここまで色々な人種が集まるのは国連軍だからこそかもしれない。
平塚大尉、俺、もう1人の影の薄い日本人。理屈っぽいドイツ人、酒だ酒だとすぐに騒ぐ飲んだくれのアメリカ人とロシア人ペア。変な日本かぶれをしたアメリカ人。キリスト教信者だが布教はしないイスラエル人。物静かだったミャンマー人。無茶苦茶仲の良いインドネシア人と中国人。妙に母国料理を振る舞いたがるスーダン人。
無茶苦茶な部隊だったが、それでも纏まっていた。平塚大尉がコントロールして、スーダンの奴が副官としてサポートしながら上手く運営していたのだ。それでも、今の状況を見れば分かるが、皆いなくなった。俺が支援砲撃に巻き込まれるまで、何人か残っていた筈なのに。
「ですがもう俺たちだけ、ですね」
『あぁ。さて、我々も2機だけになったが一応部隊として成立するである最小単位編成だ』
「はい。ですが平塚大尉、ちょっと耳に入れておきたいことがあるんですが」
『何だ?』
俺はここで切り出した。支援砲撃の中で見た記憶のことを。誰かの視点で追った追憶を。幸いにしてBETA大型種が来なかったので、円滑に説明が出来た。始めは怪訝な表情をしながら聞いていた平塚大尉も、途中から真面目な表情をして俺の言葉に耳を傾ける。そして最後まで説明し終わると、平塚大尉は少し考えてある答えを出した。
『帰還したら後催眠暗示でもしよう』
「……俺も一瞬考えましたけど、おかしいのは俺の頭ではないでしょ。否、おかしいかもしれないけど」
『だが何というか、私も引っかかりがある。比企谷が"見たもの"では時間を注視していたのだろう? それも同じ時間を何度も繰り返すような』
「はい。歴史を変える、なんてこともしていました。現実逃避するにしても、こんなのは流石に俺も恥ずかしいです」
『だろうな。後で独り喚きたくなるような内容だ』
「言わないでください。考えないようにしてるんですから」
BETAの小集団接近を感知し、その対応をしながら平塚大尉の返事を待つ。小集団と言っても、本当に小集団だ。要撃級2と戦車級6程度。はぐれたBETAだったみたいだ。
「くっ……このッ!!」
突撃砲を撃ち、戦車級を仕留めて周囲を確認する。要撃級は最初に撃破しており、残った戦車級を片付けた。小型種はそれ以外感知出来ず、目視でも確認出来ていない。状況・残弾を確認すると、周囲を見渡しながら一息吐く。
『……あぁ、そうか』
「どうしたんですか?」
『いやなに、君のさっき言っていたことへの引っ掛かりに気付いた』
突然声を上げて通信を入れてきた平塚大尉が、そんなことを言ってくる。
『正確には思い出して、勝手に仮説したっていうのが正しいんだがな』
「仮説した?」
『あぁ。私の友人に香月 夕呼というのがいてな、そいつは自他ともに認める天才だった。そいつが執筆していた論文のことを聞いたことがあってな、私ともう1人でその説明を聞いたことがある』
そう切り出した平塚大尉の通信に割り込むように、強制的に別の通信が開く。IDは[US-SPACECOM]だ。
『米国宇宙総軍。
その通信を聞いた刹那、空からあるものが降ってきたのだ。
『何だ、あれは……』
「あれ……は」
刹那、脳裏を記録が紙芝居のように流れる。
「平塚大尉ッ!!」
『米軍は何を……』
「平塚教官ッ!! クソッ!!!! 退去、ENE方面に全力噴射ッ!!」
もしあれが俺が見た追体験で見たものと同じものだとすれば、この一帯はきっと吹き飛ぶ。あの光線属種の攻撃を曲げながら落ちてくる2つの大きな物体が、もし"アレ"だとするならば絶対に。
「間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
東北東に推進剤のことを考えずに全力噴射する戦術機の中、俺はあの"巨大な黒い球体"から必死で逃げ続ける。そして、俺はそれから逃げ切ることが出来たのだった。