榛名はいつでも大丈夫です   作:エキシビジョン

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第二砲

 

 少年が榛名の元を訪れたのは、今日で6回目だった。何時も通り、榛名が埠頭でぼんやり空を眺めていると現れた。始めて会ったのが春先だったが、今は梅雨も明けたばかり。梅雨の間も何度か埠頭にいたが、雨も降っていたので長時間はいられなかった。

今日は、日差しが強い快晴。日焼けはするものの、そこまで焼けやすい体質ではない。これまでも一日中埠頭に座り込んでいたのに、榛名は日焼けをすることはなかった。流石に夏も佳境に入りつつあるこの時期では、炎天下で日向に長時間いるのは辛いものがあった。

 

「これなら……丁度いいかもしれません」

 

 なので、今日からは裸足になることにした。長いブーツも脱いで、素足を埠頭から放り出す。いつもよりも一段下に腰掛け、ひんやりと冷たい海に足先を付けた。いつもよりも近く、これまでもまじまじと見ることのなかった海中を眺めていると、少年が榛名の元へやってきた。

 

「榛名さん、こんにちは」

 

「こんにちは」

 

 以前見たときよりも、顔はこんがりと小麦色に焼けている少年の顔を見て、つい笑ってしまう。

 

「あははっ、しばらく見ない内に焼けましたね」

 

「はい!! つい最近のことですけど、お母が赤ん坊を産んだんですよ」

 

「本当? おめでとうございます」

 

 鼻の下を指で擦りながら、少年は榛名の近くで海を見下ろした。さっきから見えているが、やはり海の中には魚がたくさんいる。この前聞いた話では、漁船ではあまり魚が揚がらないと漁師が嘆いていた、という話だった。しかし、以外と近くにはまだまだ魚はいるみたいだ。

 

「赤ん坊のためにも、お母には栄養のあるものを食べて欲しいんです。ここで魚が穫れそうなので、いいですか?」

 

「構いませんよ。ここ一帯は海軍の土地でもありませんし、海は皆のものです」

 

「じゃあ!!」

 

 赤錆色になりかけている学生服を脱ぎ捨てた少年は、ふんどし一枚になって海へ飛び込んだ。近くで即席の銛も用意していたようで、海中に潜っては海面に出ることを繰り返している。時には、魚を突いたようで、埠頭に魚を投げ出してはすぐに潜っていた。

 海軍呉鎮守府に戻って、修理の順番状況を確認していると、いつも何処かで誰かの会話が聞こえてくる。

いつか修理のために入った筈の船が、未だにドッグの中にいるという。一向に修理が進まないのは、国内の資源が底を尽きかけているからだとか。資源があったとしても、残っている工員たちも女学生や少年ばかりで、専門的な知識や技術を要する修理を行うことが出来ない等など。

榛名たちの置かれている状況は、かなり気迫している。先の見えない戦争、敗色が濃厚になりつつある世論、負けられない軍部と政府。こんな状況に置かれていることを、戦争を始めてしまった国や軍に責任を言及することは間違いではないのかもしれない。実際、水面下でそのような動きがあるというのもある。軍内部でもあるほどなのだ。しかし、榛名はそうではなかった。事態を好転させることの出来ない、己の力なさが悔しかった。

移動中に挫傷しなければ、帰還中に攻撃を受けなければ、と。何回も何回も考えた。結局、今の自分に何をすることも出来ないというのが、一番の苦痛だったのかもしれない。

 

「……っぷはーー!! 結構獲れますね!! これでお母もたくさん飯が食えます」

 

「成果は4匹ですか。上々ですね」

 

「上々? ……はい、良かったです」

 

 『上々です』なんて言葉、使ったのはいつ以来だったか。何度か会ったことがあるが、どれも遠い記憶のように思える。

 

「じゃあ、また来ます」

 

「はい」

 

 近くにあった草を使って獲った魚をひとまとめにした少年は、手ぬぐいで身体を拭くいて学生服を着直すと、そのまま走り去ってしまった。

濡れている近くのコンクリートを眺めつつ、そこに先程までいた少年の影を思い浮かべる。

 

「榛名は……」

 

 榛名は今、何をしているのだろう。そんなことを考えてしまう。時を重ねる毎に近付いてくる敵を、銃後の人々に近付けさせないために戦わなくてはならない。しかし、それを良しとしてくれない現状がある。艤装も壊れたまま、戦力もほとんど残っていない。こんな状況で、大挙に押し寄せてくる敵を押し返すだなんて夢物語かもしれない。だが、榛名はやらねばならないのだ。この国の未来のため、銃後で暮らす人々のため、散っていった兵士や仲間たち、お姉さまや霧島のためにも。

 蝉の鳴き声を聞きながら、遥か彼方の水平線を眺め続ける。その先には千を超える敵の軍勢。数ヶ月前に陥落した硫黄島での戦闘も、守備隊が奮戦したという話を聞いている。陸軍が少ない装備と物資で耐え抜いて、一分一秒を稼いでくれた、と。

奄美大島や八丈島も陥落しているかもしれない。確実に近付いてくる敵も、いつ止まってくれるのだろう。夕焼けに染まり始めた海面を眺めながら、榛名は考えていました。

 

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