榛名はいつでも大丈夫です   作:エキシビジョン

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第三砲

 

 梅雨明けからしばらく経った。もう少し数えたら8月に入る。今日は鎮守府に用事があった。いつもなら、ほとんどすることもないというのに。

鎮守府にある空き地を菜園にして、野菜やいも類を育てている。榛名も参加しており、耕して畑にすることから一緒になってやっていた。菜園自体も今年で2年目か3年目。流石に始めてではないというのもあってか手慣れている。

 

「ナス、オクラ、きゅうり、ピーマン……ここまで大きくなってくれてよかったよ~」

 

「他にも育てているものはあるが、ここいらの数種は収穫時期だ。丁度良く量も多いな」

 

 戦艦伊勢、日向と一緒に榛名は菜園に来ていた。手には軍手を嵌めて、ハサミを握っている。他にも艦娘は残っており、青葉や利根、大淀は別件で来られていない。利根と大淀も手伝うことはあったが、殆どは榛名たちと、この場にいない青葉くらいである。

手製の籠の中に収穫した野菜たちを入れていき、本来であれば捨てるようなものも獲っていく。国内は食糧が乏しい状態だ。米やその他食料を求めて、人々が一揆を起こしてもおかしくはないというのに、少なくとも呉ではそういうことを聞かない。配給制になって久しく、配給される食料も決して多くないというのに。

 ナスを獲っては籠に入れ、一杯になれば大きい容器に移すことを続けながら、空を見上げる。蝉の声もよく聞こえ、強い日差しが降り注ぐ夏。夏をどれほど榛名は越えたか覚えていなかった。ここ数年は、国外にいた方が多かったような気がしてならなかった。御召艦をした記憶もあるが、あの頃は皆元気だった気がする。

 

「榛名ー!! これで全部?」

 

「はい!! あとは榛名の籠のもので全部です」

 

 何年も前のことを思い出していたが、それを振り払う。大きな籠の前で、収穫を終えた伊勢と日向が榛名を呼んでいた。丁度、榛名が担当していた区域も獲り終えたので、彼女たちのところへ戻る。

 大きな籠の中に青々とした野菜たちが山のように並んでいる。この呉鎮守府で修理を待つ間、手伝うことを決めた菜園だった。去年の同時期から榛名は呉にいるが、前回は収穫を手伝ったくらいだった。しかし、今年は畑を耕すことから始まり、全ての面倒を榛名も経験したのだ。

 

「今日の昼はこれで決まりだな。しかし、日持ちしないものもあるな」

 

「こちらの糠床に収まらないものは、提督の指示で呉の配給で配ることになるそうです」

 

「なるほどな。……ここにあるだけで何人分なんだろうな」

 

 日向が手ぬぐいで額と首筋の汗を拭いながら、籠に入れられている野菜たちの方を見る。時々私も調理場に立つが、パッと見ただけで何人分なのかまでは分からない。

 

「んー、1人1つ計算だと数百人分だね」

 

「……足りんだろうな」

 

「そうだね。だから、配給に回すとしても、炊き出しみたいになると思う。そうすれば、より多くの人の口に入るから」

 

 伊勢が日向の質問に答え、更に配給時の考えを言った。確かに、炊き出しにしてしまえば、より多くの人が食べれる。しかし、炊き出しにしてしまうと、その分他の食材が必要になってくる。調味料はまだしも、一番手っ取り早い雑炊は難しいかもしれない。味噌汁や煮物はまだ何とかなるかもしれないが、そうすると使えない野菜も出てきてしまう。

 

「……難しいですね」

 

「そうだね」

 

 ポロッと出てしまった言葉に、伊勢が答える。戦争が始まってから8年程経った。国内にある物資の全てを、出来る限り戦争に使用してきたからこそ、このような状況に陥っている。食料は前線に優先され、生産者たる成人男性も徴兵で前線へ行ってしまう。残された老人や女子供では、効率が天と地ほどの差がある。農具のほとんども、供出で失っているだろう。国全体の生産効率の低下が、今発生している食糧難に直結しているのだ。

 伊勢たちと共に、食料を一度炊事場に運び込む。糠床を確認してから、漬けれるだけ避ける。余った分をそのまま水洗いし、提督へ報告だ。恐らく数日中には炊き出しが行われるだろう。

提督への報告は榛名が行くことになりました。伊勢と日向は、このまま畑をもう一度耕して、今植えれる野菜を植えるとのこと。成長が早く、季節はあまり関係のないものだろう。

 呉鎮守府は本部庁舎。憲兵に挨拶してから、榛名は提督がいるであろう執務室へと向かう。

 提督の執務室は質素だった。少し大きな机に、本棚が数個並んでいる。調度品なんかも置かれているが、金属製のものは一切ない。提督は酒もたばこもしないため、そういった物を保管する場所も小さかった。ソファーの前に置かれている机の上には、きれいな灰皿だけが置かれている。

 

「失礼します」

 

「あぁ、榛名か」

 

「今朝、菜園の野菜を収穫しました」

 

 少し疲れた様子の提督が、頭を少し掻いて答える。

 提督は、この戦争が始まる前から海軍に籍を置いている将校だ。数多とある功績を「部下が頑張ったお陰」と豪語し、己を戒めることを止めない真面目な軍人だ。日課に柔道・剣道があり、読書も嗜むんだとか。元々は一般家庭出身であるため、目を輝かせて来る子どもたちも無碍にはせずに対応する。自分の地位を鼻にかけるようなことはしない人だ。

 

「お疲れ様。糠床に入り切らなかった分はどのくらいだ?」

 

「ほとんどです。漬けたものも、普通に食べるのならひと月は持ちます」

 

「分かった。給食の班に炊き出しを命じておく」

 

「献立はどのように?」

 

「そうだな……確か運び出せずに死蔵していた米があったな。あれを使おう」

 

 死蔵されていた米。呉にそんなものがあるなんて知らなかった。国内から徴収している食料でも、割合の多い米だ。それが前線に送られずに死蔵されているだなんて、もしかして送り先が壊滅していたとかだろうか。

 

「そんなものがどうしてあるんだ、って顔だな。南方へ輸送予定だったんだが、送り先が陥落したんだよ」

 

「……なるほど」

 

「あぁ。だから、送るために運び込まれたはいいが、送り先がなくなったために残っているというわけだ」

 

 帳簿を引っ張り出した提督が、私の目の前で該当頁を開いて見せた。確かに納品の記録が残っており、輸送船の手配もなされている。だが、出港予定以前に壊滅報告が入ったために中止印が捺されていた。

 榛名が帳簿を見ていると、突然館内と外からけたたましい警報音が聞こえてくる。何度も聞いたことのある、嫌な音。

 

「空襲警報……ッ!! 榛名ッ!!」

 

「はい!!」

 

 険しい表情の提督が、私に激を飛ばした。

 

「速やかに海上に展開。迎撃を行うように!!」

 

「了解しました!!」

 


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