榛名はいつでも大丈夫です   作:エキシビジョン

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第四砲

 

 提督の命令を受理した榛名は、呉軍港に降り立っていた。艤装を展開するが、修理を行っていないので満足な性能は発揮できない。遅れて伊勢と日向も海上に展開し、同じく空を睨みつける。

全員、状態は万全とは言い難い。榛名自身も全力戦闘する時に比べて、火力はかなり落ちている。使用不可能な装備が多いのだ。その上、浮いているだけでもやっと。航行はまず不可能。微速ながら移動は出来るが、無茶は出来ない。そもそも燃料がない。伊勢・日向は燃料がないため、浮き砲台だ。艤装の状態は榛名よりもマシではあるのだが。

 市街の方では未だに空襲警報が鳴り響いている。軍人やなんかが呼び掛けに走り回りながら、皆が防空壕等に避難していく。喧騒な状況ではないにしても、赤ん坊などの鳴き声は聞こえてくる。

榛名は心を落ち着かせる。攻撃を凌ぎ切るには、榛名が頑張らなくてはならない。武装も使い物にならないものがあったとしても、まだまだ戦うことは出来るからだ。

 

「……来なさい。榛名が相手です」

 

 意識せずに口から溢れた言葉が聞こえてくることはなく、索敵情報を更新する無線手のモールス信号や言葉聞いていた。

 

『敵編隊、目視距離』

 

 目を凝らし、電探の情報と統合させながら補足を行う。

 接近中の機影を目視で確認。接近中の機影から察するに、陸上機ではなく艦載機だ。すぐさま報告を入れる。

 

「戦艦 榛名より司令部。接近中の敵編隊は艦載機の模様。付近の海上に敵艦隊が存在している」

 

《司令部了解》

 

 迎撃機は来るだろうか。否。来る方向に期待するべきではない。もう此方側に艦載機や陸上機の余裕はないに等しいのだから。稼働機なんて、航空隊に何機あるかなんて想像に容易い。呉飛行場には呉鎮守府所属呉海軍航空隊が在籍していた。しかし数ヶ月前、航空隊は解体された。元々水上機用の基地として建設されたものを、陸上機でも活用できるように飛行場として再建したのが始まりだったが、あまり活用されることはなかったのだ。それでも、陸上機も水上機も駐機していたと思うのだが、解体されてしまったとなると、稼働機の大半は鹿屋に持っていかれたのかもしれない。

そう考えるならば、航空隊迎撃は期待できない。来ないと考えるべきなのだ。

ならば、呉鎮守府に残っている榛名たちと対空陣地でどうにか対処するしかないのだ。

 射程圏内に侵入した敵機めがけて、対空射撃を開始した。稼働している対空火器は少ないが、出来るだけ呉軍港や鎮守府、工場へと攻撃を阻止しなければならない。

空に閃光と光線を突き上げながら、数え切れない敵機めがけて攻撃を繰り出す。当たれと願いながら。しかし、実際はそう上手く行くことはない。撃墜出来る敵機も数機で、飛来するものは数え切れない。戦闘機や雷撃機、爆撃機が高度を下げて攻撃を繰り出す。

敵機の爆弾倉や懸架装置から吊り下がった航空機搭載爆弾が、地上攻撃施設や破壊目標と思われるものを目掛けて落下する。近くを夾叉し、海面を吹き飛ばす爆弾が、既に損傷を受けている榛名の艤装に負荷を掛けた。装甲板のヒビや穴が広がり、艦底に海水が流入する。動くことすら困難な榛名は為す術もなく、反撃する爆撃目標を続けた。陸にある施設や隠れている人たちを攻撃させないために。

 

「榛名では……本土を守ることすら出来ないのでしょうか……」

 

 背中へと通り過ぎていく敵機を見ながら、自分の対空砲火が意味を成しているのか不安になる。ほとんど迎撃が出来ていない。

悔しい。下唇を噛み締めながら空を見上げる。榛名の攻撃は、意識を少しでも榛名に向けるほど弱々しいものだと言われているようだった。気付けば口の中で血の味が広がるが、気にすることはない。右袖で唇の血を拭いながらも、視線はもうもうと燃え上がる黒煙で霞む空を見上げる。

 歯痒い。苦しい。憎らしい。あの空に悠々と飛ぶ敵の艦載機が。そして何より、敵機を撃ち落とせない自分の力が。

かなりの物資不足で榛名の修理もままならないが、敵機目掛けて撃つ砲弾はそれなりに数があった。だがたかが砲弾があっただけでは何もできない。砲身の整備もまともにできておらず、その上寿命も近いのに交換もしてない。

 

「それでも……榛名は……」

 

 撃てる限りを撃ち尽くし、今榛名が用いる限りの力を全て出す。呉の街を、本土を守らなくてはいけない。敵に負けてなるものかと、己を奮い立たせなければならない。榛名は金剛型四番艦。誉れ高き海軍主力の古参。味方が減るのは悔しいが、仲間の意思を受け継いで戦わなくてはいけない。

 

《司令部より敵機迎撃中の各艦に通達》

 

 抑揚の無い通信兵の声が聞こえてくる。

 

《敵艦載機隊は撤退を開始。引き返す敵に対し、迎撃隊が出撃する。対空砲火止め》

 

 空を仰ぐ対空砲を止め、榛名は後ろを振り返る。背中に守っていたのは、呉に帰ってきた時から、生まれたときから変わらずの本土。

それが何度目か分からなくなる位、敵によって焼かれた。

 

「今回も……榛名は守れなかったです……」

 

 高く登る黒煙に火の粉。守るべき人たちの叫び声が聞こえるようになって、榛名は実感する。また守れなかった、と。

 

※※※

 

 敵機来襲の数日後。榛名は相変わらず埠頭にいた。いつの日から分からない、ずっと穏やかな瀬戸内の海を眺めながら、背後から着実に近寄りつつある"敗戦"の二文字を。

 

「あなたが……榛名さんですか?」

 

「……はい」

 

 そんな榛名に声を掛けてきたのは、すす汚れたもんぺを着て背中には生まれたばかりであろう赤ん坊を背負った女性だった。肩からカバンを下げて、背中の赤ん坊を気にしながら榛名の横に立った。

 

「息子が榛名さんの話をよくしていたものですから、一度お会いしてみたかったんです」

 

「息子さん、ですか」

 

 覚えがあった。よく榛名のところに話しかけにくる少年。家族思いで、ボロボロになりながらも食料を掻き集めていた少年。最後に会ったのは、海に飛び込んで魚を獲った時だろうか。

 

「お魚を獲って帰ってきた時は驚きました。榛名さんが教えてくれた、と言っていたので」

 

「いえ……榛名は……」

 

「ありがとうございました」

 

 少年の母親は、抑揚のあまりない言葉を発しながら、榛名と同じように海を見ている。

 

「息子は……先日の空襲で死にました」

 

「っ……?!」

 

「私を庇ったんです。防空壕に逃げ込む時、近くに運悪く爆弾が降ってきたんです。それにいち早く気付いた息子は、私とこの子を防空壕に押し込んで扉を閉めたんです」

 

「……そう、ですか」

 

「空襲中でも外に出て、安否を確認したかった。だけど……そんなことはできない。息子は防空壕の扉の向こう側で言ったんです。『お兄ちゃんらしいこと、できなかったからな。お母にも散々苦労かけた。だからこれが最期の親孝行』そう言って、扉の向こう側に張り付いて死んだんです」

 

「……」

 

「榛名さんにはこれまでのお礼を言いに来たんです。ここでいつも一人で海を見ている、と息子は言っていましたから。ですから、ありがとうございました」

 

「榛名は……」

 

 榛名は何もできなかった。だからここに来ていた少年にも、少年の母親にもお礼を言われるようなことは何一つとしてしていない。

榛名は結局、母親の顔を一度しか見ることはできなかった。少年の顔が脳裏にチラつく。ここで笑顔で話していた少年の顔が。

 


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