この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

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次話、次々話で秘密の部屋の章は終了予定。


蛇の王

 冬季休暇中、ドラコ・マルフォイは珍しくホグワーツに残っていた。

 

 秘密の部屋の犯人が解らない現状から当然のように帰宅を選択した他寮と違い、殆どの純血のスリザリンは、今回の騒ぎについて恐怖を抱いてはいない。

 しかし、今年も彼等の内輪での社交会が有るのは浮かれた話題からしても明らかで、当然のようにスリザリンに残る生徒は圧倒的少数派であり、また去年あれ程僕やハリー・ポッターらを煽っていたのだから、ドラコ・マルフォイも家に帰る事を何ら疑って居なかった。

 

 けれども、その予測は外れ、彼は寮へと残った。

 その取り巻き二人すらも一緒に。

 

 その理由に内心首を傾げざるを得なかったが、けれども問い質すような真似を僕はしなかった。

 僕にとって彼の行動は興味の範疇に無く、強いて言うならば、彼の干渉が鬱陶しいくらいだった。

 

 彼はホグワーツでの休暇が余程退屈らしく、気紛れに僕へとちょっかいを掛け続けた。

 クリスマスである今朝も、一冊だけ送られて来たプレゼント──今年は、変身術に関する書籍だった。正直言って、魔法界の物であるのは有り難い。去年は隠し通すのに苦労したし、現在は家に置いたままである――を隠した後、プレゼントは誰からも来なかったとドラコ・マルフォイに告げる事で彼の自尊心を満足させ、彼が受け取った素晴らしいプレゼントの数々について長々と拝聴する羽目になったものだ。

 

 もっとも、もう既に一年半も彼と交流を続けているのだから、御互い慣れた物だった。

 一応拝聴したとは言っても、僕は本を読みながらであったのだから、ドラコ・マルフォイの言葉を半ば聞き流していたに等しい。既に彼も、僕が読書を止めない事について何も言いはしない。それでも僕に話し掛けるのを止めようとしない辺り、彼らしいと言えば彼らしいのだが。

 

 そんな些細な特別の朝を迎え、何時も通り読書の為に昼食を抜き、去年に比べて煩わしいクリスマス・ディナーを過ごした後の事である。ふくろう便を受け取ったらしいドラコ・マルフォイが、不気味な位に満面な笑みを見せながら、僕に良い物を見せてやろうと宣い出した。

 

 彼にとって良い物が僕にとって良い物で無いのは明らかだったが、ドラコ・マルフォイが言い出した以上、それは決定事項と言えた。もっとも、相変わらず僕に一番最初に見せるような気は更々無いらしい。彼は子分等が見当たる場所に居ない事に僅かばかりの苛立ちを見せてから、彼等を探しに行った。

 

 何時もの事と言えば何時もの事だった。当然ながらその時点において、僕は何ら疑問を抱きはしなかった。何の変化も無い、スリザリンの談話室の光景だったと言って良い。

 

 故に、問題はその後だった。

 

 ドラコ・マルフォイは二人組を連れて談話室に入ってきてから、良い物を取ってくると自室に向かった。その際、彼は僕の傍の席へ座っておくように指示し、それもまた自然だった。

 

 彼等が僕を嫌悪しているのは確固たる事実だが、さりとて最近は無駄に避けるよりも利用した方が良いのだと気付いたらしい。まあ、彼等の成績からすれば当然の事であり、皮肉を言えば今更かと評するべきなのかも知れなかった。

 

 僕としては、彼等は去年良く進級出来たものだと感じた程度でしかなく、彼等が間接的にその恩恵を被る事について、別に細かく言うつもりも無かった。彼等が僕に貸しや恩義を感じてくれる程に悧巧だとは思っていないが、更にリソースを割く必要は無く、ついで程度の手間で済むのであれば、そうしない理由もまた無かったのだ。

 

 もっとも、彼等の態度がそれ以降で大きく変わったという訳では無い。彼等は軽蔑と侮蔑を表すのに何時も熱心だったし、余程の用事が無ければ、僕に話し掛けてこようなどしなかった。ドラコ・マルフォイから同席を指示された場合とて、親分に逆らう事は出来ないという方針は堅持していたものの、殆どむっつりと黙り込むばかりだった。

 

 つまり──

 

「……ええと、レッドフィールド」

「? どうした?」

「僕達は、その、彼と──純血だけで話したい事が有る。君が居ては困るんだ」

 

 ――そんな台詞は、絶対に吐く存在では無いという事だ。

 

 勿論、今まで一度として無かったからと言って、永遠に無いという事は有り得ない。しかし、ドラコ・マルフォイの監視下に無い彼等の台詞として相応しいのは『邪魔だから他所に行け、半純血』である。それを考えれば、まるで本人では無いような台詞でしかなかった。

 

 故に必然的に、ある可能性に思い当る。

 何らかの魔法か、或いは魔法薬――例えば、ポリジュース薬を用いて変身している可能性に。

 

 ほんの二週間前の魔法薬学での大爆発。

 あれは未だ印象に新しい。そして、当然ながら、その時の違和感についても。

 ハリー・ポッターの表情――ではない。僕が注目したのはハーマイオニー・グレンジャー及びロナルド・ウィーズリーだった。つまり、明らかに不当な(スネイプ寮監的に何時も通りの)嫌疑に憤るのではなく、まるでそれが至極妥当であるかのように俯き、寮監の怒りをやり過ごそうとする表情。それは、本当に関わっていないのであれば、絶対に有り得ない反応と言えた。

 

 加えて、寮監が今この瞬間の状況を放置せざるを得なかった理由──すなわち、寮監が彼等三人組を犯人として取っ捕まえたり、或いは彼等を監視して魔法薬を作成している証拠を掴もうとしたりしなかった原因にも検討が付いた。

 

 寮監は魔法薬学の教授なのだ。

 平均的なホグワーツの二年生どころか、最優秀の二年生がどの程度の魔法薬学を作成出来るかなど当然熟知しているだろう。そして、その経験からすれば、寮監は、盗まれた材料から作成出来るような魔法薬――ポリジュース薬のような高度な魔法薬を、たかだか二年生が作成する事は不可能であると判断した。

 

 寮監の直観としてはそれが間違いであるように感じていても、その理性的で合理的な判断を覆す程の確信は得られなかったのだろう。自分を嘲ろうとする腹立たしい悪戯、或いはあの三人組以外の誰かが他の機会に盗みに入った。そう考えるのが、魔法薬学教授として真っ当な結論であると考えた。

 恐らく、僕が寮監の立場で有ったとしても同じように考えるに違いない。ただ単に本を読んだだけで魔法薬を調合出来るならば、ホグワーツの全員が魔法薬学で「O」評価を取れるだろうし、そもそも魔法薬学教授など不要であるのだから。

 

 つまり、この点において、無茶苦茶なのはハーマイオニー・グレンジャーだった。

 座学だけでは無く実技すらも図抜けた秀才というのは、全くもって反則極まりなかった。

 

 そして、彼等がポリジュース薬を用いてまでここに入ってきた理由も当然理解出来る。

 

 僕は彼女に対して、自身は純血のコミュニティに居ないと告げた。なればこそ、純血である者で有れば、何か聞けるような事が考えたのだろう。勿論、彼女以外の二人は、僕の言葉が信じられないと思ったのかもしれない。別にそれはそれで良かった。他人の言葉の裏を取らないのは、愚か者の選択で有った。それが信用出来ない者であるなら猶更だ。

 

 だが、そこまで考えを巡らせたのと、ドラコ・マルフォイが帰ってきたのとほぼ同時だった。僕が二人へと言葉を返す前に、彼は僕と彼等に割り込むように空いた席へと座り、自慢気に二人に新聞の切り抜きらしき代物を渡した。

 

「ほら、父上が僕に送ってくれたんだ。素晴らしく笑えるだろう?」

 

 ドラコ・マルフォイはそう言うが、彼等の表情を客観的に見るに、どうも笑えるとは程遠いらしかった。

 

 もっとも、と。

 明らかに平静を喪って、ここに来た目的が頭から吹っ飛んだ彼等の様子を見ながら思う。

 

 彼等はこうしている余裕が有るのだろうか。ポリジュース薬の一回の効能は、魔法薬学の熟練者の手に拠れば十二時間程まで伸ばせると聞く。しかし、如何にハーマイオニー・グレンジャーとて、そこまでの偉業を成し遂げたとも思えない。十分程度で切れるような不出来な調合をした訳でも無いようだが、時間の制約はそれなりに厳しい筈だ。

 

 そしてそこまで考えを進めた後、彼等と一緒に居て然るべきハーマイオニー・グレンジャーがこの場に居ない事に漸く思い至った。

 

 ドラコ・マルフォイの取り巻き二人組が他と居るのは稀だから不自然さを感じていなかったが、変身しているのがグリフィンドール二人組ならば別の話だった。流石に彼女がスリザリンの継承者に襲われたのであれば彼等がここに居る事は無いだろうが、それは不安にならないで済む事を意味はしない。

 

 だが、僕や二人組の様子に全く頓着しない人間がここに存在しており、彼は二人組から回収した新聞記事を僕の前に突き出して見せた。

 

「スティーブン。お前にも見せてやろう」

 

 それを大人しく受け取って読んでみれば……成程、彼等が心穏やかで居られないのも納得だった。

 その記事によれば、あのフォード・アングリアの一件で、ウィーズリー達の父親は罰金五十ガリオンを課されたらしい。そして、読んでみた後の感想は、〝マグル保護法〟の撤廃部分を除いて、ルシウス・マルフォイ氏に同意する、だ。

 

 犯罪の内容が内容だ。加えて、実行犯であるハリー・ポッターらが事実上の無罪放免である以上、その分を未成年者の監督義務違反として負うのは不当とも言えまい。

 五十ガリオンの罰金――新入生の杖約七本分だ。魔法族にとって安くは無いが、高くも無い――も軽過ぎる。解雇は兎も角、道義的な自主辞任は当然にも思えた。彼は単なる魔法省職員では無く、〝マグル製品不正使用取締局〟職員なのだ。どんな顔をして今後マグル製品の違反を取り締まるのだという話になる。

 

 もっとも、純血の牙城が聖二十八族のウィーズリーを辞めさせる事など出来はしないだろうという予測は付いたし、この二人の中身が誰かという事を思えば、素直な感想を言うのは不適切である。別に彼等からどう思われようが構わないが、ハーマイオニー・グレンジャーの立場を悪くする事など当然避けるべきだった。

 

 故に、これからの僕の行動もまた決まりきった事だった。

 

「マルフォイ、随分愉快な記事を見せてくれた事は有り難いが」

 

 その瞬間に殴り掛かる様子を見せた人間と、止めに走った人間とで中身がどちらなのか解った気がしたものの、それは些細な事だった。

 

「良い機会だ。秘密の部屋について少しばかり聞きたい」

 

 そんな僕の言葉に、ドラコ・マルフォイは興味深そうに目を細めた。

 そして怪しい反応と動きを続けている二人組は、弾かれたように姿勢を伸ばした。

 

「ほう。君が僕に質問をするのは珍しい。ましてそれが秘密の部屋の事で有れば猶更だ。非純血の奴等と違って、君は殆ど我関せずと言った感じであったからな。気付いていたか、余りに平然としているせいで君がスリザリンの継承者でないかと言う者も居たぞ?」

「……それは気付いて居なかった上に、僕は普通に興味を持っていた筈だがな」

 

 実際、ドラコ・マルフォイの言葉は初耳だった。

 

 ただ確かに、そう見えたかも知れない。

 ハーマイオニー・グレンジャーに伝えた通り、僕は秘密の部屋の伝説を真剣に受け止めておらず、関心が有ったのは()()スリザリンの継承者であるかという一点でしかなく、それさえ突き止めてしまえばあの老人に放り投げて何とでもなるだろう──寮監はクィレルの件とは違うと言ったが、そもそも僕は老人の策略の可能性も未だ排斥していない──という達観も有った。

 そしてその温度の差異は、周りにしてみれば明らかだったのだろう。半純血がスリザリンの継承者であるという、全く有り得そうにない事を考える位に。

 

「まあ、今更そんな事を僕に聞いてくるぐらいだから、君がスリザリンの継承者で無い事は明らかなようだが。そもそもお前の血は僕のように優れている訳では無いからな」

「ああ、そうだ。だから教えて貰いたい。純血中の純血、マルフォイ家の次期当主。……必要であれば頭を下げるし、〝相応しい敬意〟を示しても良いが」

 

 そうしても構わないと本心から言えば、ドラコ・マルフォイは満足気に笑った。

 

「いや、そこまでして貰う必要は無いさ、スティーブン。君の血が僕より大きく劣っているのと同様に、君が酷く物分かりが良いのもこの一年半で十分承知している。君がそこまで必死に頼み込むともなれば、僕が助力するのも吝かではない」

 

 けれども、と彼は続けた。

 微妙に勿体ぶるように、しかし何処か残念そうにドラコ・マルフォイは言う。

 

「残念ながら、僕とて余り君に語れる事は多くない。そこのゴイルやクラッブには既に告げた事だが──」

 

 彼に流し目を寄越された瞬間二人は背筋を伸ばしたが、そのような、彼等らしくもない素振りをするのは止めて欲しい所だった。

 

「父上が僕に話してくれないからな。僕が余りに知り過ぎているのは不自然だと言って、どんなに僕が聞いても口を開いて下さらない」

 

 成程、だからこそ、僕の求めに対してもこれ程簡単に応じたに違いない。

 真に重要な事実を知っていたのであれば、ドラコ・マルフォイはもっと勿体ぶっただろうし、やはりそれ相応の敬意と誠意を求めた筈だった。

 

「確かに前回〝部屋〟が開かれたのは五十年前であり、父上より前の時代だ。しかし、父上は全て御存知だ。あの時は全てが沈黙させられたと言うにも関わらず。その理由を知っているのが何故であるのかですら、教えて下さらない」

「……()()()()()()()()()、ね」

 

 その言葉に少しばかり引っ掛かりを覚えたが、彼は独白するように続けた。

 

「もっとも、僕でも知っている事は有る。五十年前、〝部屋〟が開かれた時、一人の穢れた血が死んだ」

「……待て。死んだ?」

「おや、知らなかったのか、スティーブン。そうだ、死んだとも」

 

 ドラコ・マルフォイがニヤニヤと笑うが、それを気にせず考えに沈む。

 

 死んだのであれば、それは僕の仮説、ハーマイオニー・グレンジャーに対して伝えなかった予想しうる怪物,サラザール・スリザリンが遺した遺産の正体としては真っ当だった。逆に言えば、今回誰も死んでいないからこそ、現在の状況が奇妙にしか思えず、去年のように校長室に怒鳴り込みに行く気が──名探偵気取りの自惚れた行動をしに行く気がしないのだ。

 けれども,少なくとも五十年前は違ったらしい。

 

 『幻の生物とその生息地』に記載されている蛇の王。バジリスク。

 どうやら〝マグル〟の言語と対応しないらしく、小さな蛇では無いようである。だが、その生き物は一睨みで即死に至らしめるという点は共通している。そして、魔法界の魔法生物の権威(ニュート・スキャマンダー)による見解では、パーセルタングのみがそれを操れる。成程、サラザール・スリザリンの後継者が操る秘密の部屋の怪物としては、余りに相応しい存在と言える。

 

 であれば。

 前回に秘密の部屋が開かれたというのは、事実の可能性が高く。

 翻って、一人の死人も出ていない今回は、秘密の部屋が開かれた可能性は酷く低い。

 

 そう結論付けるのが妥当な筈である。嗚呼、それが論理的というものだ。

 

 だが……しかしだ。

 ハーマイオニー・グレンジャーは、秘密の部屋が開かれた事を半ば確信していた。それは単純な勘かも知れないが、彼女がそう感じているというだけで僕には検討する価値が有るのも確かである。それは間違いなく僕には無い物の見方であるからだ。

 何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、今回もまた秘密の部屋が開かれたというのが、酷く腑に落ちる結論を導けるように思えたからだ。

 

 そもそも僕は秘密の部屋を神話だと考えていた。けれども、前回に開かれた事が有るのであれば、要するに秘密の部屋が架空では無く現実に存在するのであれば、全く話は変わってくるのでは無いだろうか――?

 

「どうした、スティーブン。何か気付いたのか?」

 

 流石のドラコ・マルフォイも黙り込んだ僕が気になったのか、僕へと声を掛けてくる。

 その瞳には、己を利する機会を逃すまいという卑しい輝きが存在する。こういう勘の良い所は彼の才覚の顕れであり、そしてまた決して油断出来ない所であるとも言えた。

 

 だから、僕は努めて嘘を吐かないように返答をする。

 

「いいや、事件の真相が解るような気がしたんだが──深く考えた結果、どうやら僕の勘違いだったらしい。スリザリンの継承者についても、解らない事だらけだ」

 

 平然とそう言い切ってみせた僕の顔を彼は暫く見ていたが、その後、不機嫌そうに嘲笑した。

 

「まあ、そうだろう。お前にスリザリンの継承者が誰かなど解る筈が無いだろうな、この僕でさえ知らないのに。……あーあ、スリザリンの継承者が僕に正体を明かしてくれないものかな。一言でも耳元で囁いてくれれば、僕は存分に協力をしてやれるんだが」

 

 そう言ったドラコ・マルフォイに、恐らくハリー・ポッターが喰い付く。今回陰で糸を引いている人物について聞くも、彼はあっさり心当たりが無いと返答する。

 そして、彼等はそれを契機として、矢継ぎ早に質問を続けていく。前回の部屋を開けた者の末路、アズカバンについて、マルフォイ家の館の立ち入り調査と、マルフォイ家の〝秘密の部屋〟について。勿論、僕にとってそれらは残らずどうでも良い事だ。

 

 もっとも、彼等の好奇心が尽きる前に、タイムリミットが訪れた。

 彼等がここに来て約三十分足らずと言った所か。それなりに迷ったのかも知れない。スリザリンの談話室が、迷路のような廊下を進み湖の下まで潜り込んだ先の地下室(dungeon)である以上、グリフィンドールである彼等は已むを得ないのであろう。まあ、ここに居ないハーマイオニー・グレンジャーは当然事前調査をしていたのだろうが、居ない以上当然であるのかもしれない。

 

 事情を知っていれば魔法薬の効能が切れつつあると解る兆候を示した彼等は、下手な言い訳を残した挙句、まさしく脱兎として駆けていく。

 それを見送るドラコ・マルフォイの表情は、少しばかり間抜けさを感じさせるものだった。

 

「僕はずっとあいつらがウスノロだと思っていたが。あいつらもやろうと思えば、あんなに早く動けるものなんだな」

 

 ズレた感想を抱く彼に、真実を告げる必要は無い。

 ただ、代わりに忠告してやるべき事は有った。彼等の馬鹿げた正義感に基づく行いを密告する気は無くとも、必要以上にプライバシーを侵させる事まで許す気は無い。

 

「マルフォイ。君の館の〝秘密の部屋〟について、だが」

「? 何だ、スティーブン。それがどうかしたか?」

「悪い事は言わない。君がその部屋について他の人間の居るような場所で語ってしまった事を、いますぐ君の父上に伝えるべきだ。それによって君は叱責を受けるかもしれないが、後にその事が明らかになるよりは良い事に違いないだろう」

 

 僕の言葉に、ドラコ・マルフォイは怪訝な顔をする。

 

「何故だ? ここはスリザリンの巣だぞ? まさか、身内に対してそんな馬鹿げた密告をするような恥知らずが、まさか居る筈も無いだろうに」

 

 それに関しては全くもって正しいだろうが、今回は事情が違うのだ。

 

「身内に対しても絶対に秘すべき事は有る。信頼するという事は無闇矢鱈に喋るという事では無い。秘密は明かされてしまえば秘密では無いんだ。何なら、僕がルシウス・マルフォイ氏に直接手紙を送っても良い。氏は僕に同意してくれるだろう」

 

 ロナルド・ウィーズリーの親が、息子からの情報を真正直に信じるとは限らない。ポリジュース薬を用いて聞き出したなど言えない以上、それは出所が不確かな情報だからだ。だから、見過ごされる可能性も決して低いものでは無かった。

 

 しかし、一方でルシウス・マルフォイ氏が僕と同じように考える可能性は低くないように思えるのだ。実際に今回の件で魔法省に調べられる事が無くとも、ドラコ・マルフォイが一家の秘密を公然と暴露したのは事実なのだ。そのような不用意な真似を息子の行いは、間違いなく氏は好まないに違いない。

 当然の事ながら、半純血の話を何処まで真剣に受け取るか、そもそも手紙が読まずに捨てられないかという懸念は有るが、それなりに勝ちの公算は有るように思える。

 

 そんな思いと共に言ってやれば、彼もマズいかもしれないと心が動いたらしかった。

 

「……君が、僕を陥れようとしているんじゃ無いだろうな」

「だったら、君に対して何も言わずに魔法省の役人に投書している。感謝も何も不要だ。僕の事をルシウス・マルフォイ氏の手紙に書く必要すらない。少なくとも現状では、氏がどう反応するかまだ不明確だからな」

「……君に従う訳では無いが、君の言葉に理の有る事は事実だ」

 

 彼は明らかに気の進まない表情を浮かべた後、踵を返して自室へと向かっていく。

 文面を練る必要が有る都合上、実際にふくろう便を出しに行くのは先になるだろう。

 

 それを見送った後、僕は立ち上がって図書室へと足を向ける。

 一連の襲撃により、規則上は、談話室外に出る際に首席か監督生に伝える事になっているが、教授の監視が行き届かない冬季休暇中、自分が襲われるとも考えていない純血の監督生、しかも相手が半純血ともなれば、どんな対応をされるかなど解りきっている。当然のように外出を許された。マダム・ピンスへの言い訳が面倒では有るが、長居しなければとやかく言われもしないだろう。

 

 調べるべきは、五十年前の事だ。

 図書室に保存された『日刊予言者新聞』の過去の記事。

 

 回復可能な石化については報道規制も出来るだろう。だが、死人までを隠す事は──遺族に対する口止めへの協力等を求める事を考慮すれば──出来ないに違いない。

 勿論、真正直に蛇の王によって殺されたとは報道される事は無いのは解りきっている。また、マルフォイの言葉通り、秘密の部屋がきっかり五十年前に開かれたとも限らない。年月が不明確な可能性もある。しかし、毎年毎年ホグワーツで死人が出る事など考えられないから、探すのに苦労はしないだろう。

 

 不吉な予感と共に僕は図書室へと赴き、その記事を見つけた。

 前後の年代を探す事も予定していたが、まさしく五十年前だったのは幸運だった。

 

 マートル・エリザベス・ワレン。

 ホグワーツにおいて()()()()()で死んだ少女。

 

 その名前に心当たりが有る訳では無い。

 しかし、あの三人組が最初の事件に居合わせた際の下手な言い訳に纏わる噂の中で、少しばかり耳にした事が気に掛かった。すなわち、ホグワーツで死に、外部で騒ぎを起こした挙句、魔法省によって再度ホグワーツに送り返された〝穢れた血〟のゴーストが居るのだと。

 後は、そこら辺をうろついている適当なゴーストを探し出して──もっとも、犠牲者の存在により多少苦労したが──名前を告げ、居場所を聞くだけだった。

 

 正直言って、左程期待していなかったと言って良い。そのような僕が偶々記憶していた不憫なゴーストが、偶々五十年前の犠牲者であるという事は普通有り得ない。

 

 だが、果たして彼女は、嘆きのマートルはそこに居た。

 

 どうやらグリフィンドール三人組は彼女のトイレの中でポリジュース薬の調合を行っていたらしい。片付け無いままになっているところを見ると、恐らくハーマイオニー・グレンジャーに何らかのトラブルが発生したのだろう。もっとも、遠からず戻ってくるだろう事は予測出来たし,滞在していて気分が良い物でも無かったから手早く要件を済ませる事に越した事は無い。その際、鍋から少しばかり薬品を採取したのは余談だろう。

 

 そしてトイレの隅に居た彼女から,彼女が死んだ時の事を聞いてみれば、確証までは得られなかったものの必要な情報は得られた。

 

 何故か彼女は僕に──というか、僕のローブに対してのようにすら見えた──酷い恐怖を感じているようだったが、その御蔭で話がすんなり進んだのは歓迎すべきだった。僕が秘密の部屋を探したい訳では無く、ただ彼女を殺した存在を知りたいだけだったというのも、会話が円滑に済んだ一つの理由なのかもしれない。

 

 変な外国語。巨大な黄色の目玉が二つ。

 前者はパーセルタング。後者の方は、成程、教科書通りの特徴だ。

 

 後は、答え合わせをするだけだった。

 そして,その結果が去年以上に不愉快な真実となるであろう事を,僕は半ば悟っていた。

 

 

 

 

 元々、確認するつもりでは有ったのだ。

 今回秘密の部屋が開かれた訳では無いという結論で有っても――つまり、五十年前と違うので有っても――簡単に裏付けを取れる手段が有るならば、それを躊躇う気など無かった。

 

 勿論、ハーマイオニー・グレンジャー経由が一番穏当では有り、当然に答えを得られるだろう。しかし、今回と五十年前がほぼ同一であると予測してしまった現状において,それを選ぶ事は出来なかった。

 彼女は少々聡明に過ぎ、僕の反応から何かを読み取る可能性は十分考えられた。何より、彼女に対して直接言い逃れが必要となる状況は、可能な限り避けたかったのだ。

 

 グリフィンドールの談話室から出た瞬間を見計らって、僕はハリー・ポッターに詰め寄った。

 このように、秘密の部屋の怪物を恐れて大半の生徒が帰宅している状況は、殆ど誰にも接触を見られずに済むという点において,非常に都合が良いと言えた。もっとも、数時間待つ羽目になったのはうんざりしたが。

 

「ハーマイオニー・グレンジャーは?」

 

 ハリー・ポッターは怯んだ顔をし、ロナルド・ウィーズリーは露骨に嫌悪を示した。

 恐らく、去年の事が脳裏によぎったのだろう。賢者の石の守護について彼から答えを盗み取り、尚且つ加点劇を演出したのは記憶している筈だ。正確には彼から得た答えは全体において決定的な事象でも無く、予測を外してすら居るのだが、彼にとっての認識を変えるものでは無いのは間違いない。

 

 もっとも、ハリー・ポッターが答えないという事は殆ど予想していなかった。彼は〝異常〟であるが故に、奇妙なフェアネスさを見せる事は去年から解りきっていた。

 その予測通り、彼はロナルド・ウィーズリーの制止に気付きながらも無視して、ハリー・ポッターは僕に顔を近付けながら、囁くように言った。

 

「別に襲われた訳じゃない。彼女は一応元気だよ」

 

 僕は頷き、しかしもう一つの言葉を紡いだ。

 それが気になっていたのは事実だが、本命は後の方だった。

 

「ギルデロイ・ロックハートの近くで、何か怪しい声を聞いた記憶は有るか?」

「え? それは無――いや、三階の部屋辺りでの事はそうかもしれない。フィルチの猫が襲われた時、確かあいつの部屋の近くだったから。って、え? 何で君がそれを──」

 

 決まりだ。間違いなかった。

 ギルデロイ・ロックハートについても気になっていたのは事実だ。

 しかし、最も重要なのは、ハリー・ポッターが──パーセルマウスが怪しい声を聞いたという点だった。

 

 バジリスクは誰にも目撃されていない。となれば、その蛇の移動手段は、恐らく壁の中──パイプと言った所か。

 

 勿論、それが解った所で何ら意味が無い。階段すら御行儀が良くないホグワーツにおいて、外から見得ないパイプが大人しく一箇所に留まっているとも思えない。加えて僕の記憶によれば、十八世紀頃にホグワーツでは配管工事が行われているにも関わらず、秘密の部屋は今でも秘密のままである。隠蔽工作に従事した者が居るか、或いは入口から侵入出来ない魔法的な守護が為されているのか。

 

 何にせよ、単純な物理的手段で見つかるように無いのは、秘密の部屋の発見の為にホグワーツの解体・発破作業を進めた大魔法使いが居ない事から確かなように思える。

 

 困惑したままの彼を後目に、僕は乱暴に彼を突き飛ばした後、僕は踵を返す。

 

 今は他人の目が無いとも思えたが、一応、グリフィンドールの談話室前(敵地)なのだ。用心する事に越した事は無かった。

 

 もっとも、その瞬間に彼の手に紙を押し付ける事もまた忘れなかった。はっきり言って、それは重要では無いし、別に大した事を書いている訳では無い。『スリザリンの継承者が用いている手段は依然として掴めない。但し、五十年前と今回は繋がっているように思える』。言ってみれば、それは先の質問を多少誤魔化す為の迷彩に過ぎなかった。

 

 ハーマイオニー・グレンジャーが、それを読んで真意に気付いてしまうかは解らない。

 何故なら、その程度の事は、こんな乱暴な手段を用いずとも伝えられる筈だからだ。そこに着目すれば、〝用いている手段〟と敢えて書いた理由や、〝五十年前と今回は繋がっている〟という意味に当然に気付いてしまう可能性は有った。けれども、それでもそう記載したのは、後の言い逃れの事を考えれば、やはり彼女に完全な嘘偽りを述べる事は出来なかったからだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女は適切な位置に居る。襲われた所で不自然では無く、襲われた後の影響としても素晴らしく都合が良い位置に。であれば、それが起こるのは、殆ど間違いないと考えられた。

 

 勿論、それを未然に防ぐ事も考えた。しかし、今回の最も恐るべき問題──つまりスリザリンの継承者が一体どうやっているかが全く解っていない以上、それは不可能なのだ。

 今までは、僕にとって問題なのは一貫して()()であり、どうやってでは無かった。しかし、今は違う。確かに()()というのは依然として問題であるものの、一番の問題は既に()()()()()であった。そして、その答えは恐らく出ない。どんな形であれ、この事件が解決するまで、僕に判明する事は無いだろう。

 

 ハリー・ポッターに渡したメモは、間違いなく事実を記している。仮にスリザリンの継承者が用いている手段を――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を突き止められていたのであれば、僕はその情報を適切に行使する事など何ら躊躇う事は無かった。しかし、それもまた解らない。解らない以上、僕には事態を静観する以外に採り得る手段など無い。

 

 ハーマイオニー・グレンジャーが死を迎えない事を、祈る以外に無い。

 

 去年と同じだ。秘密の部屋ごとバジリスクを消滅させる事が可能な最強の駒は、今回もまた全く動く気が無く、僕が全ての盤面をひっくり返そうと動くのを是としない。

 そして去年と違うのは、今回の黒幕もまた、やはり僕が盤面をひっくり返すのを是としないであろうという事だ。現在は奇妙な均衡を保ったままでいる。そのバランスを破壊し、彼が最後の演出として〝穢れた血〟を殺す気になって欲しくは当然無かった。

 

 嗚呼、解っている。

 アルバス・ダンブルドアですら、全ての悪事を防ぐなど出来ない事は。

 

 けれども、それがどんなに筋違いだと解っていても――スリザリンの怪物の正体を見透かしながら放置しているあの老人に対して、まさしく大いなる善の為に行動している正義に対して、僕は尚、怨嗟の思いを抱く事を止められはしなかったのだ。




・日刊予言者新聞の情報操作
 コリン・クリービーとジャスティン・フィンチ-フレッチリー(と首無しニック)の石化について、その事実は日刊予言者新聞によって報道されていないとマルフォイは発言している(二巻・第十二章)。
 マルフォイの予想によればダンブルドアが口止めしたとの事だが、作中にそれを支持する証拠は無い。ダンブルドアでは無く、同巻初登場のファッジが主体的に干渉した可能性は、彼の後の巻での行動を考えれば大いに考えられる所である。
 もっとも、ハーマイオニーとペネロピ―・クリアウォーターの石化後も期末試験は予定されている(同・第十六章)事、純血であるジニーが誘拐されてようやく閉校が検討された事を考えると、ダンブルドアにとって新聞の沈黙が都合の良かったのもまた確かであるように思える。

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