この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

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後二話で終わると言っておきながら収まりませんでした。
事実上分割したもう一話の方は、何事も無ければ本日夜には投稿予定。


スリザリン的存在

 つまるところ、今回における一つの大きな鍵は寮監の行動だった。

 

 ギルデロイ・ロックハート主催の決闘クラブ。あの時、ドラコ・マルフォイが出した蛇へとハリー・ポッターが話し掛けてしまったが故に、彼はスリザリンの継承者の最有力候補に成り上がってしまった。あの瞬間に、彼はホグワーツ中から疑念と猜疑の眼を送られる事が決してしまった。

 

 一見、あれは偶発的な事象に思える。噂だけ聞けばそうだろう。人伝に聞いたのでは、先の事実しか――ハリー・ポッターが、蛇に話し掛けたという情報しか得られまい。

 彼等の決闘の前、まさしく蛇を召喚する直前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その事実を外部が得る事は、決して出来る筈が有るまい。

 

 サーペンソーティア。

 

 ドラコ・マルフォイは、何故その魔法を選択したのだろうか。

 

 変身術は大雑把に言って、変容(Transformation)消失(Vanishment)出現(Conjuration)復元(Untransfiguration)に分類する事が出来る。そして、直感とも合致するであろうが、既に存在する物の物理的性質を変える変容よりも、中空から物を取り出す(conjure)出現の方が、当然ながら遥かに難易度が高い。

 厳密には出現呪文でも全くの無から有を取り出している場合というのは稀であり、また蛇を出現させる魔法は、鳥を出現させる魔法(エイビス)と並んで簡単な部類だとも言われているのだが、それは二年生が扱うのが簡単だという事を意味はしないのだ。

 

 それを成功させたドラコ・マルフォイの才能はさておき、そのような難易度が高く失敗する可能性のある魔法を公衆の面前で試す必要は、()()()()有ったのだろうか。

 

 そもそも、その難易度に比して決闘においての効果が見合っていない。

 仮にハリー・ポッターが蛇を恐れるという事実を知っているならば効果的でもあるが、そのような情報を得る機会がドラコ・マルフォイに無かったのは明らかであり、実際ハリー・ポッターは蛇に対して恐怖を示さなかった。本気で決闘に勝利する、或いはハリー・ポッターを真に害する気が有ったのなら、衝撃呪文(フリペンド)を選択した方がまだマシだった。

 

 要するに、あの決闘クラブの全体の流れを見れば、蛇が出現させられたのは誰かの確たる意図無しには余程有り得ないと言えた。そして、その意図を、或いは干渉を為し得たのは、あの場においてただ一人しか存在しない。セブルス・スネイプ寮監である。

 

 しかし、あの時点で、僕は何時もの寮監の嫌がらせ程度にしか考えて居なかった。多少寮監らしくは無いと思ってはいても、それ以上考えを進めなかった。

 

 けれども、それは浅はかだった。

 考え直してみれば、その事は歴然としていた。

 

 蛇を出すのがハリー・ポッターに対する嫌がらせに成り得るのは、彼の恐怖の対象が蛇である事を知っている場合か、ハリー・ポッターがパーセルタングでは無いかと予想している場合である。そして、前者についてはドラコ・マルフォイと同様の理由で否定出来る。

 

 すなわち、寮監は何らかの理由でそれを予測していたのだろう。その上でドラコ・マルフォイを使って試し、立証された。恐らく、あれは意図された行動だった。

 加えて、今現在において秘密の部屋騒動が起こっているという状況を考えれば、その怪物がバジリスクである事を示す狙いが含まれていたのは疑う余地も無い。愚かにも秘密の部屋を神話だと考えている人間で無ければ、当然に気付き得る可能性であった。

 

 もっとも、ここで問題として浮かび上がって来るのは、そのような迂遠な真似をした寮監の意図である。

 寮監は完全な私情で授業を進め、個人的な憎悪で加点減点を行う教授失格な人では有るが、さりとて彼はスリザリンである。たかがハリー・ポッターを学校全体から孤立させる為だけに、そのような行いをする筈は無い。嫌がらせをするにしても、もっと狡猾(スマート)な手段は幾らでも存在するのだから。

 

 端的に言えば、秘密の部屋の怪物がバジリスクである事、そしてハリー・ポッターがパーセルタングの可能性がある事。その二点をアルバス・ダンブルドアに伝えさえすれば、今年の事件は円満に解決した筈だった。

 

 しかし――その行いを、寮監は選択しなかった。

 

 勿論、スネイプ寮監がアルバス・ダンブルドアと敵対しているのであれば、伝えない事は不自然では無い。けれども、去年の遣り取りから、両者の間には互いに一応の――それでいて強固な――信頼関係が有る事に疑いは無い。そもそも敵対して居るのであれば、ハリー・ポッターのパーセルタングを暴露する筈も無いのだ。それは、アルバス・ダンブルドアに対して、実質的に秘密の部屋の鍵を渡すという事なのだから。

 

 だからこそ、寮監の真意を推測せねばならなかった。

 スネイプ寮監がアルバス・ダンブルドアに直接的な接触を図ろうとしないような、筋の通った理由を。

 

 そして、当然のように、一つの回答に辿り着いてしまった。

 十一年前について調べれば、その事実には辿り着くのだ。イゴール・カルカロフを初めとする魔法戦争後の裁判。セブルス・スネイプ寮監が、死喰い人であると指摘され、しかしアルバス・ダンブルドアの保証によって無罪放免となった事実に。

 

 その裏に、両者との間に何が有ったかは不明のままである。

 しかし、確かな事実は、寮監がかつて死喰い人であったという事であり、確かな予感はあの第二次魔法戦争を予見している老人ならば当然それを〝元〟にするつもりが無いだろうという事であり、そうであるが為――今回の事件には闇の帝王が裏で糸を引いているが為、寮監はアルバス・ダンブルドアへと不用意に接触出来ないのではないかという可能性は、当然想定しうるものであった。

 

 まして、アルバス・ダンブルドアの不可解な沈黙は、僕の仮説を強く裏付けた。

 そう、寮監の行動によりハリー・ポッターがパーセルタングだと知った事で、あの老人は鍵を手に入れたのだ。スリザリンの内に継承され続けてきたからこそ秘密を秘密のままにし、けれども今まさにグリフィンドールに転がり込んできた鍵を。

 

 本気で秘密の部屋を潰そうとするならば、介入する機会は間違いなく存在した。

 今となっては比肩すべき者が無い魔法力を行使して、秘密の部屋ごとバジリスクを葬る事は、今世紀で最も偉大な魔法使いには決して不可能では無かった。

 

 事情を説明すれば、ハリー・ポッターはあの老人に喜んで助力した事だろう。別に彼を部屋の中に入れ、また怪物と対面させるような真似をする必要は無い。ただ案内人として、部屋を探させるだけに徹させれば良い。千年の神話を暴くだけでもハリー・ポッターは十分な名誉を得られるし、何よりスリザリンの継承者(マグル殺し)という不名誉を返上して針の筵から脱却出来るのだ。如何に英雄志願の彼とて、多少の不満は表せど、我儘を言いはしないだろう。

 

 だが、アルバス・ダンブルドアはそうしなかった。

 あの老人がそのような怠慢をする理由は――やはり闇の帝王以外に考えられない。

 

 彼は()()というのは確信している。()()一連の石化事件を引き起こしているのかも見透かしている。しかし、恐らく()()()()()が解っていない。

 去年彼は闇の帝王を塵と表現したが、その言葉から考えるに、普通では秘密の部屋を開ける状態では無いのだろう。けれども、厳然たる事実として、今秘密の部屋は開かれている。だからこそ何等かの手段を――あの老人の長い生ですら見た事が無く、限られた知識しか保有していない魔法の深淵を用いて、闇の帝王はホグワーツに干渉している。あの老人は、恐らくそう考えている。

 

 本心を述べれば、僕はそこまで確信していない。

 僕が今回の裏に闇の帝王が居ると考えているのは、アルバス・ダンブルドアがそう考えているであろうからに過ぎない。

 

 けれども、それを前提とすれば、様々な事が腑に落ちるというのもまた確かだったのだ。

 十月末に秘密の部屋が開かれていながら、二月の今までたった三度の襲撃しかない理由も。死を齎す筈のバジリスクがただの猫一匹さえも殺していない理由も。スリザリンの生徒が被害者から徹底して避けられている理由も。アルバス・ダンブルドアが生徒の危険に全く動かず、あまつさえその職務怠慢を口実に学校から追放されようとしている理由も。

 

 千年の神話に比して余りに小規模過ぎる事件は、ただ偏に闇の帝王がハリー・ポッターを秘密の部屋に誘い込み、殺す目的に用いられているというのならば、全て納得出来てしまう。

 

 そしてだからこそ、ハーマイオニー・グレンジャーは狙われる。

 

 彼女の犠牲は、ハリー・ポッターにその騎士道(グリフィンドール)精神を発揮させるには十分だろう。寧ろ、彼女以外に、ハリー・ポッターを秘密の部屋へと招き入れる為の動機と成り得る適切な人材は無いに違いない。彼女が〝穢れた血〟であるというのも都合が良い。誰もその結果に疑問を抱かず、それ故に、彼女の襲撃は止められない。

 

 未然に防ぐ事は出来ない。アルバス・ダンブルドアですら、今回における闇の帝王の手管を未だ突き止めてはいないのだ。完全に動向を把握し、寮監に監視させていた去年のクィリナス・クィレル教授と――敢えて賢者の石を餌にホグワーツに招き入れるような攻勢の手段を用いたのと違い、今回は完全に守勢の手段、それも後手の手番を選ぶ事を余儀なくされている。

 だからこそ、その手段(どうやって)を突き止める為に、彼は形振り構わずバジリスクを滅ぼすような真似を自制し、闇の帝王が策略を巡らせるのを是としている。

 

 あの老人は、〝次〟を見据えている。

 今回の手段を再度用いられた時、そして今回とは違って()()()()()()()()()()()()()()行動された時、出る犠牲者の数は今回とは比較にならない。被害者には酷だが、言ってみればただ今回は石化しただけだ。回復可能な傷害であり、死んだ訳では無い。

 しかし、恐らく〝次〟はそうならない。老人にはその確信があるからこそ、今回の許容できる限度の襲撃を黙認し続け、座視したままに居る。

 

 そして、それに気付いた所で、僕に出来る事は無い。

 そう、今回だけを防ぐならば何とでもなるのだ。あの老人程に力技を用いる事は出来ないが、闇の帝王に存在を感知されていないという点において、幾らでも付け入る隙はある。けれども、アルバス・ダンブルドアと全く同じ理由で、僕が動かない事が最善なのだ。

 

 闇の帝王に〝次〟を残せば、〝穢れた血〟が大勢死ぬ。

 ……ハーマイオニー・グレンジャーも狙われ、死ぬかもしれない。

 

 だから、僕が出来るのは、彼女が死を迎えない事を願うしかない。

 これまでの犠牲者と同じように、闇の帝王が彼女の死を必須だと考えず、石化させるだけでハリー・ポッターを奮起させ、秘密の部屋へと誘い込むには足るのだと、そう考える事を祈るしかない。

 

 ただ──彼女の生存を上げる為に、出来る事が有るならばすべきだった。

 それが自己の無力を慰めるだけに過ぎないだろうと半ば理解していても、何も動かないままでは居られなかった。

 

 

 

 

 

 ギルデロイ・ロックハート。

 自称闇の魔術に対する防衛術教授。

 

 正直な所、彼が〝秘密の部屋〟に関与していないという可能性は、何ら消し去れては居ない。バジリスクの操作に関していえば、そこに個人的な能力というのは必要とされない。ただ、パーセルマウス──サラザール・スリザリンの血筋で有れば良いだけだ。

 

 そして、その能力は、脈々と受け継がれるとは限らない。それはハリー・ポッターがパーセルタングを発現せしめたという事実に現れているように思える。サラザール・スリザリンがどれだけ子孫を残したか知らないが、彼は千年前──つまり、人間で言えば最低でも約十世代前の人物だ。パーセルタングが血筋さえあれば必ず継承されるというものであれば、パーセルタングは魔法界に溢れ返り、秘密の部屋は毎年のように開かれ、過去の大魔法使いが当然に気付いていた筈だろう。裏を返せば、それだけ稀な能力で有ったというのは確かなのだろう。

 

 だからこそ、嫌疑の晴れていないギルデロイ・ロックハートと対峙するというのは、相応のリスクが有るのは言うまでも無い。

 

 ただ、今回に限っては、その是非を殆ど確実に確かめられる方法が存在した。

 

 当然の事ながら、それ以前にやるべき事はやった。

 ドラコ・マルフォイという情報源はその最たる物だった。

 

 もっとも、さして強い根拠というのは得られなかった。

 彼が冬休みにホグワーツに残ったのは、アルバス・ダンブルドアを追放する為に両親が各所を飛び回っているからだという事と、その追放計画が動き出したのは学期前――つまり、秘密の部屋が開かれる以前の話であるらしい事、そしてギルデロイ・ロックハートの教育方針には夫妻共に大きな侮蔑と嫌悪を示している事が得られたのみだ。

 

 後者の二つの事実は、ルシウス・マルフォイ氏がこの事件に関与している可能性の増加と、ギルデロイ・ロックハートの関与の可能性の低減を意味したが、やはり確定的とは言えない。

 

 だからこそ、確認を取るべきはただ一人しか居なかった。

 

 セブルス・スネイプ寮監は――〝元〟死喰い人は、恐らく闇の帝王との兼ね合い故にあの老人とは直接接触出来ない。

 けれども、スリザリン寮生がスリザリン寮監に私的に相談するという行為は、決して可笑しい物でも無いのだから。

 

 勿論、機嫌を逆撫でする事は当然に予測出来た。

 石化騒動。決闘クラブ。ギルデロイ・ロックハートに対して、敵意どころか殺意を抱いているのは――当人以外には――客観的に明らかだった。そして、それを不用意に突く真似は、可能で有れば避けたかったし、実際今までそうして来た。

 だが、ここに至ってはそんな事は言ってられない。最も優先すべき事を考えれば、寮監の不興を更に買う事など、これから五年間を考えても尚無視出来るリスクだった。

 

「――アレは小物だ。既に我輩はそう言った筈だが、レッドフィールド」

 

 案の定、僕の質問に対し、寮監は盛大な嫌悪を表情に表した。

 ただそれでも寮監は、去年と同じように、話を聞く事自体を拒絶しようとしなかった。

 魔法薬学の教室に備え付けられた研究室の中、座ったままの寮監は、立っている僕に真正面から向き合っていた。

 

「僕も覚えていますよ。しかし、状況が変わったんです」

「我輩には何も変わったように思えんがな。まあ、それは御互いの価値観の違いか」

 

 相変わらず底の読めない瞳が、僕を射抜く。

 それは何時覗き込んでも深かった。これ以上というのは、僕はアルバス・ダンブルドアしか知らない。いや、あの老人すらも超えているのでは無いかという感覚すら抱いてしまう程に、寮監の瞳は途方も無く昏かった。恐らく、それは寮監が歩んできた生――憂鬱と苦杯、そして宿怨によって磨かれてきた物に違いなかった。

 

「それで、貴様は何を目的とする? あの愚物を追放する手段があるならば、寧ろ我輩の方から聞かせて欲しい物だが?」

「残念ながら違います。去年はレイブンクローでしたし、今年もレイブンクローです。だからこそ、僕は貴方から情報を得たいと考えている」

「それが我輩に何の利点も無いというのは目を瞑っておいてやろう。しかし、何の為に?」

「要するに、僕は保証が欲しいんです」

 

 僕の言葉に、寮監は冷やかに笑った。

 

「そんな保証など無い。敵と直接対峙するに際して、己が全くの無事で居られるという事など幻想だ。それが許されるのはただの一握りだけで有り、我らはそうではない」

「ですが。最も危険な類のモノが何かというのは、僕も寮監も同意出来る筈ですが。そして今年も同様の事が起きてはいないかと疑っている」

 

 一人はアルバス・ダンブルドア。

 そしてもう一人は、やはり言うまでも無い。

 当然ながら寮監に伝わらない筈も無く、不機嫌さを滲ませて、しかし確かに吐き捨てる。

 

「優れた打ち手はどんな駒で有っても上手く扱ってみせるものだ。だが、選べるのであれば、ロックハートのような不出来で、利用価値も無い駒を選ぶ筈もない。当然ながら、それを献上する事など以ての外だ。揺ぎ無い美学を有する者にとって、それは侮辱でしかないのだから」

 

 ……何だかんだ言って寮監は話が早くて助かる。

 その言葉はギルデロイ・ロックハートに対する嫌疑を絶対的に否定するもの。

 

 あの老人の言によれば、去年の闇の帝王は塵に等しかったという。そして、前回は選べなかった一方、今回は選ばれたのだと寮監は示唆した。

 賢者の石を手に入れられなかった存在が、たった一年足らずで駒を選べるような状況に改善しているとも思えない。故に、駒を選んだのは闇の帝王に近しい誰か――死喰い人なのだろう。可能性として一番高いのは、やはりルシウス・マルフォイ氏なのだろうか。

 

 当然の事ながら、引っ掛かる点が無い訳では無い。

 今回における外部の者の関与を示唆しながら、しかし同時に今回には闇の帝王の深い関与が有るのだと老人は――この寮監も当然に考えている。その理屈は杳として知れない。闇の帝王を知る者達が有する理解、或いは確信という物が存在するのかもしれない。

 けれども僕にとっては、ギルデロイ・ロックハートが今回の共謀犯、ないしは実行犯として圧倒的に不適切であると知れただけで十分だった。

 

 それが解ったのであれば、後聞くべきは一つだった。

 もっとも、これはあくまで保険のような物に過ぎないのだが。既にあの男は、()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

「ギルデロイ・ロックハートの採用時の評価は?」

 

 誰の評価とは名前を出しはしない。そして、それで互いにとってはやはり十分である。

 

「『どんなに悪い教師からでも、学べる事は沢山有る。何をすべきでないか、どうしてはいけないか』。……ふん、馬鹿々々しい物言いだ。物事全てから学びを得られるのは賢者のみだ。ホグワーツの学生はそれ程出来の良い頭を持っていない」

 

 寮監の辛辣な評価は兎も角、解る事はある。

 つまり、あの老人は、悪い教師だと解っていながら招き入れた。

 悪いというのは、単純な善悪では無いだろう。生徒を導く存在としての教師の適性という面では、この寮監ですら底辺クラスである事は間違いなかった。であれば、その悪いというのは単純に能力という面で劣るという事なのだろうし、実際その通りだった。いずれにせよ、クィリナス・クィレル教授と違う理由で雇用されたというのも明らかだ。

 

 そして、恐らくはこれ以上得られる情報は無い。

 僕はそう感じ、しかし僕が感謝を示そうとするのを制止するかのように寮監は口を挟んだ、

 

「……レッドフィールド。生徒であれば何時でも助けて貰えると思っていたら大間違いだ」

「解っています。前回が例外的だった事くらいは。そして、何時も何時も助けを期待すべきでない事くらいも」

 

 偽りなく、僕は寮監に対して頷きを見せる。

 寮監は、必要な犠牲を必要と割り切れる人間であった。そしてそれが僕であった場合、当然に寮監は見捨ててみせるだろう。

 如何なる理由が存在するにしろ、寮監にとって唯一安否を気にするのはハリー・ポッターのみであり、それ以外は寮監の関心の外に在る。去年は片手間に防げる程度であったからそうしただけで、寮監があの老人と接触する事すらも控える今回においては、危険というのは比較にならず、絶対的に助けを期待出来ない事だろう。

 

 けれども、僕の返答に対して、寮監はどういう訳か引き下がらなかった。

 

「……ならば、何故、君は――お前は動こうとする?」

 

 その瞳の内には、見間違えようのない疑問の色が揺らめいている。

 

「去年と同じだ。卓越した打ち手同士の試合に、余人が割り込む意味など無い。寧ろ、それは本来輝かしい物であるべき物を愚劣に貶め、余計な無駄と混乱を招く事となる。去年は見逃しはした。だが、今回は違う筈だ。たかが生徒が介入し、干渉する余地は無い。身を縮め、全てが終わるのを待つのが最善だ」

 

 寮監は、やはり正しい。それは解っている。

 しかし、それに対して、僕が言える事は一つだった。

 

「僕は去年も言った筈です。人は可能性のみで恐怖出来ると」

「……それがどうした。可能性は可能性に過ぎない。そして、恐怖を抑え込める事こそ、人間の理性の証明だ」

「そして、祈りだけでは限界が有る事を直視するのも理性の筈だ。今回のコリン・クリービーも、ジャスティン・フィンチ-フレッチリーだって、その瞬間、祈り、願い、そして助けを求めていた筈だ。だが何も起こらなかった。彼等は見捨てられ、犠牲となった」

「違う。その二人はそれで済んだだろう。我輩が言っているのは――」

「――同じ事ですよ」

 

 無礼と解っていて尚、僕は言葉を差し挟む。

 

「全ての悪事を防げる存在は居ない。人の手は二つしか無い。そして、()()は最後まで躊躇う事はしても、それでも最後の最後には断固たる決意の下に見捨てられる人間だ。であれば、己が為すべき事を為すしかない。たとえそれが無駄に等しいと理解していても、少しでも可能性を上げられるのであれば止められるものでは無いでしょう」

「――――」

 

 何故かは解らない。けれども、僕の言葉に寮監は酷くたじろいでしまった。

 まさしく痛い所を突かれてしまったというような、見ようとしなかった物を見せられたような。そんな苦渋と後悔、そして嫌悪と怨嗟を混ぜ込んだような表情。

 

 ……思えば、この寮監とあの老人の関係も不思議な物だ。

 殆ど全てのスリザリン生が、あの老人に対して相容れないと感じ、嫌悪を抱いている。そして、この寮監もまた他ならぬスリザリンなのだ。その内心など容易に伺える。だがそれでも、あの老人に譲歩し、助力し、その走狗になる事を是としている。果たして、その裏にはどれ程強固な覚悟と信念が存在しているというのだろうか。

 

 それを見透かそうとする気持ちが、僕に無かったとは言えない。

 実際、寮監には伝わったのだろう。寮監は一度瞳を閉じ、そして開いた後は、何時も通りの感情を見透かせない仏頂面に戻っていた。

 

「……ギルデロイ・ロックハートが君の目的の為の手段として適切か否かは一端置いておく。ただ、レッドフィールド。その執心は過剰だ。それだけは告げておこう」

 

 寮監はそこで一度言葉を切り、しかし言葉を止める事はしなかった。

 

「何せ、あれに必要以上の疑念と猜疑を抱いているというのは論外だ。真に優れた魔法使いは物の本質を、根源を読み取る。敵の事を敵以上に理解し、愛慕し、その上で相対する。卓越した〝開心術士〟が決闘にも優れるのは当然の話だ。相手の根幹に通じていれば、策を読むのも、罠に嵌めるも、敵わないと知って自ら先に逃走する事さえも、全ては自由自在なのだから」

 

 唐突とも思える寮監の長口上に対し、僕は何も口答えする事無く拝聴する。

 意図は知れない。だが、言葉の内容からすれば、それが先達が後進に対して貴重な教えを授けようとするものである事は明らかだったからだ。

 

「スリザリンがどういう物か、心に留めているだろうな」

 

 言葉は質問の形式だったが、それは答えを求める物では無かった。

 実際、寮監は僕の表情を一頻りねめあげた後、軽く頷いて言葉を続ける。

 

「闇の魔術を使うというからと言って、それはスリザリンに近しきを意味はしない。種々の魔法を悪用する場合も同じだ。確かにそれらは我等と親和性を有する。特に闇の魔法に惹かれるのは、我等にとって半ば習性であるともいえる。けれども、当然の事ながら闇は悪では無い。我々にとって、それらは目的を遂げる為の一道具に過ぎない」

「…………」

「闇の魔術の行使においては創意と柔軟が要求される。スリザリン内での処世においても臨機と狡知が求められる。しかし、いずれもそれらは確固たる目的の下に行われなければならない。前者で有れば、憎悪、害意、殺意を。後者で有れば、野望、防衛、実利を」

 

 つまり。

 

「……ギルデロイ・ロックハートは()()()そうでは無いと?」

「それを確信出来ないのが、君が未だスリザリンとして不十分な証なのだろうな。開心術によって暴かれた個人的事柄、つまり組分けについては通常聞くべきでは無いが。君はレイブンクローに組分けされようとしたのでは無いか?」

「――――」

「当たりか。嗚呼、最終的に君はスリザリンだったのだ。それをとやかく言うつもりは無い。されど、己に近しく思えるからと言って入れ込み過ぎるな、という事だ」

 

 寮監は嘲笑を、しかし同時に憐憫を示しながら言う。

 

「レイブンクローは鷲を、天空の王を象徴する。その蒼の色も大気を象徴する。あれらは自身が叡智の寮であると信じているが、我輩に言わせれば敵意と拒絶の寮だ。その点において、貴様が親和性を見出す事は何ら驚くに値しない。彼等もまた、蛇と近しい面を持っている。もっとも、それは我等と決定的に否なる物でも有るが」

「……前者は良いでしょう。しかし、レイブンクローの性質は受容でもあるのでは?」

「大空の下に居る人間が青色になれるか? 同じ大気に包まれれば、全ての者は同類か? 受容は同化を意味しない。叡智も、独創も、突き詰めた果てに行き着くは隔絶なのだ。故に、あの寮は内輪で団結出来ない。ロウェナ・レイブンクローの髪飾りが彼女の死と共に消えたように、あの徹底的な個人主義は、今だけを追い求めて次を見据えていない。それが我らとの違いだ」

「…………」

 

 語られたのは、あくまで寮監の私的な見解に過ぎない。僕の見方と一致しない点があるのも確かだった。

 けれども、それが僕より遥かに長くホグワーツを見て来た者の貴重な私見であり、また腑に落ちる点があるのも事実だった。

 

 成程、であれば、ギルデロイ・ロックハートは骨の髄までレイブンクロー的で、そしてスリザリンは決して彼を同胞として歓迎し得ないのだろう。

 

 彼のホグワーツでの所業は、彼のこれまでの名声を明らかに毀損している。

 

 ホグワーツでの生徒はたかが千程度。しかし、それらはグレートブリテン及びアイルランド全土から集められたのであり、多くの者には親が居る。必然、それだけ広範囲の影響力を有するのであり、まして、断片的であれ子供から伝え聞くギルデロイ・ロックハートの教育方針は、マトモな感覚を持っているのであれば当然に眉を顰めるものだ。あのマルフォイ夫妻ですら然りである。

 

 勿論、単に毀損するから駄目だという安直な話では無い。確固たる目的意識の下に他ならぬ次を見据えて為されるのであれば――例えば、秘密の部屋を開く為に敢えて代償を支払う事を是としたのならば何の問題も無い。

 

 特に、ここはホグワーツなのだ。ギルデロイ・ロックハートの過去の学び舎なのだ。当時も校長であったアルバス・ダンブルドア、彼を直接指導した三寮監、そして一時とはいえ学生時代を同じくするセブルス・スネイプ寮監。彼の過去の行いを忘れていない者達が未だ現役として存在するのだ。

 それを理解して尚、()()()()を恐れず渦中に飛び込むというのであれば、口では侮蔑と軽蔑の言葉を吐きながらも、スリザリンは彼と手を握るのを何ら躊躇いはしないだろう。

 

 けれども、単純に目先の利益に囚われ、自分の身の程を弁える事が無く、利益と危険を天秤で計る事もせず、ただその場凌ぎの快楽の為に行動するのであれば――それは間違いなくスリザリンから賛同を得られまい。

 

 そして、ギルデロイ・ロックハートがどちらの性質であると寮監が考えているか。

 そんな事は、これまでを見ても、今を見てもまた明らかだった。

 

「繰り返す。君は執心し過ぎている。去年の事が有ってか、君はレイブンクローに入れ込み過ぎている。しかし、それはスリザリンの正道から外れている。半純血がそうなれない事は我輩も()()理解しているが、立ち位置を見喪う事はしてはならない」

 

 お前は異質であると寮監は暗に言った。

 

「そして君は何処かでドラコ・マルフォイを最もスリザリン的な存在だと見ている節がある。それも誤解の一因なのだろうな。アレは確かな意思の下にそう在らんとしているだけで、未だスリザリンに心の底まで染まっている訳では無い。無論、長ずればいずれそうなるであろうが――少なくとも、今君と交流を続けているのは異端でしかない。その事は常に、深く意識しておくべきだ」

「……御教授、感謝致します」

 

 ここまで言を尽くしてくれた理由が解らないが、本心の忠告だというのは理解出来ている。

 だから、僕は寮監に対して深く頭を下げた。もっとも寮監は、その感謝を拒絶するように嘲笑を深めるだけだったが。

 

「理解したのであれば去れ」

 

 先程の好意が幻であったかのように、寮監は端的に命令する。

 

「繰り返すが、我輩は生徒が自らの愚行によって報いを受ける事には感知しない。あの愚物と向き合った末に廃人になろうが、或いは殺されようが、我輩は一向に構わんし、気分を害する事もまた無いのだ」

「……? 彼の性質が見たままの通りであれば、何ら警戒する必要も無いのでは?」

 

 一瞬言葉通り立ち去ろうとしたものの、やはり質問せずには居られなかった。

 僕が警戒していたのは、ギルデロイ・ロックハートが闇の帝王の影響下に有るかのみ。つまり、塵のような存在でありながら尚、己より遥かに強大だった魔法使いと――アルバス・ダンブルドアすら上回りかねない怪物と対峙する羽目にならないかというただ一点だけだ。

 

 そして違うのであれば、最早彼と直接対峙する事につき、何ら支障を感じるものでは無かった。彼は無能を装っているのではなく、ピクシー妖精すら制御出来ない真なる無能であり、決闘クラブを初めとするいずれの場面においても無様を晒す事しか出来ない道化の筈だった。

 

 けれども、僕の言葉に対して、寮監は陰鬱な笑いと共に口を歪めた。

 

「アルバス・ダンブルドアと同じだな。己が価値を見出す事が出来た物に対しては酷く熱心であるが、しかし逆に、見出せない物については君は――お前達は余りに冷ややかだ」

 

 その最悪の侮蔑に対して、僕は何も返答出来ない。

 何故なら、寮監が絶対の確信と共にその言葉を発している事が理解出来たから。

 

「無能であろうと常に牙を持たないとは限らない。スリザリンの猜疑と排外は、それを良く知るからだ。賢者が愚者に必ず勝つ訳では無い。弱者が強者を凌駕するという事もまた有り得る。我輩には、あの老人がそれを忘れているようにしか思えんがな」




・サーペンソーティア
 決闘の直前、スネイプは「マルフォイの方に近づいて、屈み込み、マルフォイの耳に何事かを囁いている」(二巻・第十一章)。

・二年の変身術
 コガネムシ→ボタン(二巻・第六章)
 白ウサギ→スリッパ(同・第十六章)

・出現魔法
 マクゴナガルは、出現魔法は通常NEWTレベルまではやらないと述べている(五巻・第十三章)。

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