この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

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分割投稿の前編。
分量・内容的にやはり分割の必要性を感じたので。


知恵の女神

 石化したハーマイオニー・グレンジャーの姿は、未だに目に強く焼き付いている。

 

 三人組が調合した鍋から盗んだポリジュース薬は、彼女が死んでいない事を――期待通りに石化しただけである事を確認する程度には役立った。

 所詮生徒が調合し、尚且つ時間が経過して劣化した代物だ。その効能は十分にすら持たなかったが、マダム・ポンフリーを言い包め、彼女が陥った症状の見解を聞き、また彼女の姿を見る事ぐらいは可能だった。

 

 彼女の枕元には、一枚の割れた鏡が、その破片と共に置かれていた。

 

 安っぽい手鏡だった。

 〝マグル〟による大量生産。普通の女生徒が持つような、可愛らしく、立派ではない、単に機能性だけを追求しただけの代物。僕が手渡したのだからそれは当たり前の話で、割れているのは恐らく彼女が落としてしまったからだろう。ただ、確かな事は、それが求めた通りの仕事を果たしてくれた事だった。

 

 しかし、今尚、僕にとってそれが最善であったのかは、やはり解らない。

 

 これは嘘偽りなく、予定通りの結果である筈だった。

 けれども、ハーマイオニー・グレンジャーの姿を見下ろせば見下ろす程に、僕のした事は間違いでは無かったのかという実感すら湧いてきた。そして、そのような感情は、言ってみれば、それは不合理極まりないものである筈だった。

 

 彼女の姿は恐怖を浮かべた表情のままに硬直していた。

 だが、恐怖が何だというのか。彼女は死ななかった。闇の帝王の危機を正しく乗り越えた。その程度は許容出来る筈で――しかし、どうしてだか納得出来る気がしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー・ポッターらの働きによりグリフィンドールが二百点を獲得し、当然のように獅子寮が寮杯を獲得した。

 

 去年のような番狂わせは無い、まさしく順当な結果と言えよう。それでもスリザリン生は不満を隠し切れて居なかったが、去年よりは納得出来るもので有った事に違いない。

 

 秘密の部屋の被害は周知の事実であり、何よりアルバス・ダンブルドアはその神話が終わった事を、誰の眼にも明らかな形で示してみせた。

 言うまでもなく、その〝悲劇〟はスリザリン中の生粋の純血主義にとって大いに残念がる結果に終わったのだが――ドラコ・マルフォイもその一人だった――神話が神話で無い事を示したという点においては、多くの者を奮起させる事にもなった。

 すなわち、最も知れ渡っているサラザール・スリザリンの遺産が秘密の部屋に過ぎないのであり、同種の物は幾らでも有るのだから。

 

 ただ、それは何処の寮も同じであった事だろう。

 グリフィンドールの剣という伝説的遺物が発見されたのも相俟って、ハッフルパフやレイブンクローでも宝探しやホグワーツ探検で一時期賑わったようだった。他ならぬスリザリンを含めてその成果が何も聞こえて来ない所を見ると、残らず失敗したようでは有るが。

 

 そのような、今学年を覆った陰鬱さの反動とも言える狂乱の日々が学年末まで続き、そして漸く訪れた学年の最終日、細い文字による招待状がやはり届いた。

 

 全く来ないと思っていたと言えば、嘘になる。

 しかし、去年と違って、僕をわざわざ呼びつけるような義理は無い以上、来ない可能性も十分有り得ると思っていた。実際、秘密の部屋が解決してから直ぐに呼び寄せるような真似をしなかったのだ。だから僕は半ば安堵していたのであり、しかし本日目出度く裏切られた訳だった。どうやら、今年もまた、老人の方には僕に用件が有るらしい。

 

 正直言って、無視してやろうという気持ちが無かった訳では無い。

 ホグワーツ特急に乗ってしまえば、一応は逃げ切れる。そして、去年とは異なり、寮監がこのような事態に関与しないであろう事は大体想像が付いている。あの寮監が老人の使い走りになるのは唯一人の生徒の事のみで、まかり間違っても嫌悪を抱いている生徒の為に働く事は無いのは明らかだからだ。

 

 しかし、あの老人には、寮監以外の手駒が居る。

 何よりそれが最も僕が断わりにくい相手であれば、それを当てるのも当然だった。

 

「レッドフィールド。少しばかり、貴方に用件が有ります」

 

 言付けを受けた上級生に指示されて寮の外に出向けば、そこには敢えて中に立ち入らなかったのであろうミネルバ・マクゴナガル教授が立っていた。

 

 

 

 

 

 学年最終日に教授から呼び出しを受ける者は早々居ない。

 

 まして、それが自寮の寮監では無く、犬猿の間柄とも言えるグリフィンドール寮の寮監からともなれば猶更だ。当然の事ながら、ミネルバ・マクゴナガル教授が待っている事を伝えに来た上級生は勿論、それを知った他の寮生も興味津々な様子を見せはした。

 

 ただ、心当たりを口に出来よう筈も無いし、何よりミネルバ・マクゴナガル教授は、我等がスリザリン寮監と違う意味で余計な詮索を許さないだけの威厳が有った。

 

 彼女が半純血である以上スリザリンが表立って敬服を示す事は無いが、それでも何処かの校長よりはよっぽど尊重されているのはやはり明らかだった。

 それは揺ぎ無い彼女の授業方針により獲得された成果では有るのだろう。その厳格さ故に、逆にグリフィンドールでは微妙に敬遠されている節もあるのが何とも言えないが。どんなに良い教授であったとしても、距離が近過ぎるとまた違うのかもしれない。

 

 そんな教授の後ろを、僕は黙って付いていく。

 

 最終日、それもホグワーツ特急で帰る時刻が迫りつつあるともあって、寮外を出歩いているような生徒は殆ど居ない。偶に見かけても、ミネルバ・マクゴナガル教授の姿を見かけると、そそくさと自寮の方向へ戻っていくのが大半だった。

 

 ただ、中には気安げに声を掛ける上級生――グリフィンドールに限られない――も居る所を見ると、成程、スリザリン寮監と比較すれば生徒に親しみを持たれてはいるらしい。まあ、教授が誰を連れているかを認識して顔を引き攣らせる所までが御決りでは有ったのだが。

 

 そして、地下から上って来て、辿り着いたのは三階だった。

 

 そこに何が有るのか、というより目的地が何処であるのかは最初から解りきった事だ。

 ただ、公的には僕は何も知らない事になっている。だから、案内人が必要なのは当然の話だったのだが、その態度こそ教授には奇異に映ってしまったようだった。

 

「……本当に何も聞かないのですね、貴方は」

 

 少し立ち止まって呆れと共の言葉に、僕は相応しい対応について今更ながら思い当たる。

 

 ただ、それは本当に今更の話だった。そして、その言葉からすれば、あの老人は多少説明をしたのかもしれない。無論、スリザリン寮監でも無いのに、スリザリン生を呼び出させられる意味までは理解してないだろう。知っていれば、下らない理由で使い走りのような真似をさせられている事について既に激怒している筈だ。

 

 可能な限り老人と関わりたくないという点において、寮監と僕は一致している。

 

 もっとも、多くを知らされずとも職務に忠実さを示す教授は、口火を切るには良い機会だったとも思ったのだろう。そのまま言葉を継いで来た。

 

「そう言えば、校長は貴方の事をステファン・レッドフィールドと呼びましたが、スティーブン・レッドフィールドでは無かったのですか?」

 

 まあ、いずれ聞かれるとは思っていた。

 

 僕の関係性の中で、それを気にするのはドラコ・マルフォイくらい──ハーマイオニー・グレンジャーは当然ながら、あの瞬間に疑問を抱いてはいないだろう。そして、組分け帽子の後は、彼女は個人的な事情で聞ける状況でも無かった──である。

 そして、彼に対しては、あの老人が正しい読み方を忘れる程ボケたのだろうという説明のみで事足りた。相変わらず、スリザリンからの敬意は皆無らしい。

 

「……正しい読み方は、スティーブンの筈ですよ」

 

 教授には筈と答えたが、そうであるというのは確信だった。

 

「ならば、ステファンというのは?」

「……母がずっとそう呼んでましたので。僕としてもそちらの方が気に入っていますが」

「――私があの家を訪れた時点で、貴方を親しく呼べる人間は、間違いなく貴方を育て上げた彼女しか居なかった。であるのに、貴方はそれが違う名前で呼ばれていたと認識している。その理由は、余り聞くべきではないのでしょうね」

 

 ミネルバ・マクゴナガル教授は、憐憫と共に深い溜息を吐く。

 それに対して、僕はやはり答える意義を見出せなかった。

 

「ええ、スティーブン。私もこう踏み込んだ事を言うべきでは無いとは思っています。しかし、私がそう言わざるを得ないという事もまた、理解してくれれば良いと思っています」

「……解っていますよ。僕は、教授に深く感謝しています。死亡の手続も、墓の手配も、埋葬さえも、その他雑多な全てすらも、貴方が僕に代わってやってくれたのですから」

「ええ。あの時私はそうする事が正しいと思っていました。ただ、今になって本当にそれが正しかったのか疑わしく思っています。その様子では、まだ、彼女の墓を訪れられていないのでしょう?」

「――――」

「急かしはしません。しかし、貴方がいずれ向き合う事が出来れば良いと思っています」

 

 ミネルバ・マクゴナガル教授は、明らかに良い教師だった。

 必要以上の事を口にしないままに、しかし的確に助言をする。

 

 クィディッチという唯一の点を除けば、スリザリンに対してすら彼女は公平性を示してみせる。別にフィリウス・フリットウィック教授やポモーナ・スプラウト教授が軽んじられているという訳では無い――前者は微妙かもしれない。彼は半ヒトだからだ――が、それでも、スリザリンの中ですら、彼女は強固な求心力と確かな指導力を保持している。

 

 だからこそ、僕は教授の背中に向かって問うた。

 

「ミネルバ・マクゴナガル教授」

「何でしょう」

「不躾な質問をしても?」

「内容によります」

 

 教授は明確に答えた。

 

「しかし、生徒の多少の無遠慮な問いに対して怒りを示す程愚かでは無いですし、私が先程貴方のデリケートな事柄について触れたのは事実です。故に、少しばかり寛容である準備が有るというのもまた述べておきましょう」

 

 ならば、余計に都合が良いものだった。

 

「アルバス・ダンブルドアに代わり、ホグワーツの校長になる御積りは?」

 

 ミネルバ・マクゴナガル教授は立ち止った。

 そして、僕の質問が教授の寛容を超えたのは明らかだった。

 

 もっとも、流石と言うべきか。先の言葉、生徒の無遠慮な質問に対して怒りを示す程では無いというのを護る気らしく、振り返った教授は鉄面皮のままだった。

 

「アルバス・ダンブルドア校長です、スティーブン。あの方は依然として校長であり、これからも校長のままです。こんな愚か極まりない事を言わせないで下さい」

 

 微妙に震える声は、しかし僕の質問の意図と明らかな齟齬が有った。

 

 けれども、この場合は教授の方が正しかった。

 成程、タイミングが悪い。既に秘密の部屋の騒動が解決したとは言っても、学期中に学校理事が解任動議を発し、あの老人を追放しようとした動きが有ったという事実は無くならない。教授達はそれを重く受け止めており、造反の教唆めいた言葉を掛けられる事に良い気はしないだろう。

 

 だから、僕はそれを認める。

 

「申し訳有りません、教授。僕の言葉が足りませんでした。僕がアルバス・ダンブルドアを校長と呼びたくないのは全く別の理由です。ですから、質問を訂正します。アルバス・ダンブルドアによる打診を前提として、貴方が校長となる御積りは無いかと」

「……私にはその両者の差異が解りかねます。そもそも私としては、ホグワーツ生徒である貴方が、ホグワーツ校長に対して敬意を示さない事自体が不愉快です」

「僕は僕なりにアルバス・ダンブルドアには敬意を示していますよ。そもそも、校長は真っ当に敬意を示されない事こそを痛快だと思っている節があるみたいですけどね」

 

 言葉にすれば余計に実感するが、全くもって難儀な老人だった。

 

「それに、その様子では教授は詳しい内容を聞いていないのでは? 教授がスネイプ寮監の代わりに僕を呼びに行かされた事に大した理由は無いですが、しかし、何故ハリー・ポッターでは無く、僕のような一生徒を呼ぶのか疑問に思っているのでは?」

「校長には校長の考えが有ります。それで十分でしょう」

「けれども、貴方は副校長だ。秘密の部屋は解決した筈なのに、アルバス・ダンブルドアの秘密主義は未だ終わっていない。それが不可解で仕方がない筈です」

「貴方はまだ終わっていないと──」

 

 不用意な問いだった。それこそがあの老人の隙だった。

 単なる信仰や忠誠では塗り隠せない、策謀と秘密が齎す罅。

 

 そして、その事に自分で気付けない程、ミネルバ・マクゴナガル教授は頭の巡りが悪い訳でも無かった。額を左手で抑えて息を吐いた後、渋々と言ったように口を開く。

 

「……成程、校長が貴方を呼んだ理由の一端が解りました。そして、スリザリンで貴方が浮きながら、しかし排除されない理由も。けれども、忠告しておきましょう。貴方のそのやり口は、()()()()()()()()()()()()()()()

「……その必要性と切迫性を感じていたとしても?」

「前者は兎も角、切迫性を感じる理由が解りません。貴方は未だホグワーツの一生徒に過ぎないのであり、そうするのは……まあ、確かに今学期は不愉快な事が有りましたが。何にせよ、そこまで生き急ぐ事は……無いのです」

 

 先程までの怒りを完全に鎮め、思い遣りすら見せて教授は言う。

 それはミネルバ・マクゴナガル教授の教師としての人格の素晴らしさを示すものでは有ったが、途中で言い淀んだ事を僕は見逃せはしなかった。

 

 当然の事ながら、僕は秘密の部屋の内部で何が起こったのかは知らない。ハリー・ポッターがバジリスクを殺し、事件を解決した事。校内で語られているその程度しか知り得ない。

 ただ、それでも闇の帝王が関与している事を殆ど確信していたし、そうであれば――()()()()()()()()()()()()()()、全てが終わり、もう安全になったのだとは言える筈も無かった。

 

 そして、ミネルバ・マクゴナガル教授がどちらかは明らかであり。

 また教授は、僕がそれを見透かした事に勘付かない程、やはり愚かでも無かった。

 

「……貴方は、見ない振りは出来ないのですか?」

「ええ。解り切った事をそのままに出来ない性分なので。アルバス・ダンブルドアの方針、己一人が最も全てを上手く成し遂げられるという傲慢に、僕は賛同出来ない」

 

 率直に言えば、これは嫉妬でもあるのだろう。

 その全力をもってすれば大抵の物事をどうにでも解決してしまう事が出来る大魔法使いに、何も解決出来ない些細な力しか持ち得ない木端の魔法使いが抱いてしまう、理不尽な恨み言。

 

「教授は去年の賢者の石の際にどれだけの事をアルバス・ダンブルドアから伝えられていたのです? 賢者の石に纏わる計画について、何処まで知っていたんですか?」

「……全ては校長の御考えの通りに進みました」

「ええ。幸運にも。ハリー・ポッターは〝英雄〟でしたから」

 

 そして〝英雄〟の功績が大きいにしろ、あの老人は最善以上の結果を導き出してみせたのも事実では有る。

 

「けれども、貴方は何の役割を担った……いえ、任されたのですか? 貴方はグリフィンドール寮監だ。賢者の石が盗まれようとしている事に気付いた際、流石の三人組も貴方を頼ろうとした筈だ。そして、貴方はどのような対応をしたのです?」

 

 ミネルバ・マクゴナガル教授は僕を静かに見返した。そして、それだけで伝わった。

 彼女は、三人組をすげなく追い返した。賢者の石が盗まれようとしていると、真剣に受け止めはしなかった。自分達教授の、そして校長の護りこそが、ほんの一年生の心配よりも遥かに強力なのであると。

 その結果がどうであったかは、最早論ずるまでも無い。

 

「アルバス・ダンブルドアは、自らが他に対して不信を示し、不説明に徹するにも拘わらず、相手に身勝手で一方的な信頼と忠誠を求める類の存在だ。しかし、それが常に正しいとは限らない」

 

 僕はその事に関して、未だに同意出来ない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――」

 

 そこまで言い掛け、僕は口を噤んだ。噤まされた。

 

 寮監やあの老人相手では、そのような事をする筈も無かった。

 だが、僕はやはり僕なりにこの教授に好感と敬意を抱いており、そしてその相手にとって決定的で致命的となる地雷を踏んだ事に気付いて――たとえ、それが何故なのかは解らなくても――尚、それを踏み切ってみせる事は出来なかったのだ。

 

 ミネルバ・マクゴナガル教授は、瞳の光を揺らしつつ、真一文字に口を結んでいた。

 けれども、彼女が信仰する、理想の教授としての在り方を放棄する事だけはしなかった。そして、少しの逡巡の色を見せた後、何処か覚悟すら決めた様子で再度口を開いた。

 

「……貴方が私に校長の座を奪えと唆す意図が解りました。ええ、本当に遺憾ながら。何より、私の認識が甘かった事も認めます。貴方がスリザリンから排除されないのではなく、スリザリンが貴方を排除出来ないという事さえも」

 

 教授は一瞬眼を伏せた後、再度僕へと視線を戻した。

 

「けれども、私の想いは変わりません。校長――アルバス・ダンブルドア()()こそが、ホグワーツ校長として最も相応しいのだと。たとえ、そこに貴方の言う秘密主義が有ろうと、私が教授の企みから排除されようと、その程度で怒りや不平を抱く程若くも有りません」

 

 揺ぎ無かった。

 鉄芯により貫かれたように、その忠誠心と信仰心は堅く、筋が通っていた。

 

 ……だからこそ、アルバス・ダンブルドアはどうしようもないように僕には思えた。

 あの老人は、この教授を通じてホグワーツに干渉し続ける事など可能だろうに、自ら一人で物事を進めたがる。

 その能力からすれば分権など可能であるだろうに、己が嗜好に合わないという理由で独裁的に君臨したがる。時として、盲目のままの集団の暴走こそが、全てを見透かし最善を選択する指導者に率いられるよりも良い結果を齎す場合もある事を、決して認めようとしない。

 

「……アルバス・ダンブルドアは最強の盾です。けれども、同時に最強の剣でもあるのです。大陸で暴れていたゲラート・グリンデルバルドの際、彼がどう用いられたか御存知でしょう」

「それでも、教授は教授でした。私から言える事は以上です」

 

 ただ、とミネルバ・マクゴナガル教授は続けた。

 

「大人としては少々意地の悪い事を言いましょう。貴方はアルバス・ダンブルドア教授を非難しますが、しかし貴方の行いを振り返った時、再度それを堂々と非難出来ますか?」

「…………」

 

 僕は答えられない。答えられる訳が無い。

 今年の事を思えば、それが自分に返ってくる事は薄々理解していた。そして今、教授は明確な形で詳らかにしていた。

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは未だに何も聞いて来ていない。石化から回復して、この学期末まで幾らでも時間は有った。けれども、彼女はふくろう便を送ってすら聞いて来ようとせず、そしてまた僕は、全てが終わっても教えようとしなかった。

 僕は明らかに、見るべき物を見ない振りをしていた。

 

 もっとも、教授はそれを咎めもせず、逆に微笑んですら見せた。

 

「ただ、私は貴方の教授でも有ります。入学前に貴方と関わった事も、こうして今話している事も、何かの縁が有るという事かもしれません。何より、私はグリフィンドール寮監として、貴方よりも少しばかり多くの個人的な物事を聞いています」

「――――」

「貴方が何か真に選択に迷った時、私は一度だけ貴方の相談に乗る用意が有る事を伝えておきます。……正直に言えばまさか生徒に、しかもスリザリン生にその必要性を感じるとは思いませんでしたが。けれども、アルバス・ダンブルドア教授からそうして頂いた事を思えば、やはり私も同じ事をする覚悟は抱いておくべきなのでしょう」

 

 そこまで言い切った後、最後に教授は厳格な表情に戻って宣告した。

 

「既に告げましたが、貴方の遣り口はそれが如何に最短であったとしても、他からの好意を獲得出来る類の物では有りません。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 出来れば貴方がその事を深く胸に刻み、私に相談する日が来ないで済むのを祈ります。

 

 そのように必要な警告だけを述べた後、ミネルバ・マクゴナガル教授は何も言葉を発する事は無かった。僕を校長室の中へと導き入れ、何の未練も見せる事も無く、当然のように僕と老人だけを残して立ち去っていった。

 

 彼女は何処までも忠実で、確たる理念と矜持を有した教師だった。




・ミネルバ・マクゴナガル
 二次創作者には有り難い事に、公式設定も豊富な御方。
 機密保持法により断絶された魔法界の難儀さ、つまりマグルと魔法族の関係性についての背景を割り当てられたキャラクターでもある。

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