この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

28 / 100
前回にも追記しましたが、『呪いの子』要素は有りますが、それを読んでないと解らない展開にはしない予定です。


朱き極光

 此度において、犯人がハリー・ポッターの名前を入れた目的は何だろうか。

 

 今学年の初めにおいて、闇の印が打ち上がった事と連動した事象である事は、まず前提として考えるべきだろう。

 闇の時代の象徴と全く独立して、〝生き残った男の子〟が三大魔法学校対抗試合の四人目の選手として名乗りを上げさせられたと考えるのは、少々偶然に期待し過ぎに思える。

 それが有り得ないとは言わないが、クィディッチでの死喰い人の馬鹿騒ぎ、彼等が闇の印を見て逃亡した事、そして去年闇の帝王の召使いが逃亡している事まで併せて考えれば、やはりそのような可能性は望み薄と結論付けざるを得まい。

 

 僕は既に、闇の帝王の復活を妨害する気は殆ど無かった。

 完全に放棄した訳では無く、眼前にその機会がぶら下げられれば当然手を伸ばす事はするだろうが──しかし、色々と考えを巡らせた結果として、闇の帝王が今後取るであろう復活方法について調べる事は半ば辞めていたし、先手を打って動く事も諦めていた。

 

 学期前にハーマイオニー・グレンジャーと話さなければ、僕はそれに動いたかも知れない。

 けれども、僕はシビル・トレローニーによる予言を知ってしまった。そして予言の存在を頭から完全に信じないにしろ、決して軽んじるべき物では無いという事も重々承知している。特に、それが真なる予見者により為された物の場合は。

 

 ゲラート・グリンデルバルトの革命戦争期に議論と混乱を巻き起こしたタイコ・ドドナスの予見書のように、その真偽がどうあれ、強大な力を有する魔法使い達がそれに反応して行動するという意味で、予言というのは多大な影響力を持ち得るものだ。

 

 けれども、逆に言えば、あの予言はその意味で特異だった。

 

 それを聞いたのは、確実な者としてハリー・ポッターとその親友であるハーマイオニー・グレンジャーら二人、そして当然の事ながらアルバス・ダンブルドア。一応可能性としてはシリウス・ブラックら不死鳥の騎士団関係者も又聞きしたかも知れない。

 しかし、それ以上の者に聞かれた訳では無く、何よりその予言には干渉の余地も無いし、解釈の余地も無い。

 

 ピーター・ペティグリューの逃亡。そして来る闇の帝王の復活。それ以外の理解は不可能であり、また更なる情報を汲み取る事も不可能である。

 

 予言の作法(パターン)としては、それを遵守する方向に動こうとも、それを破壊する方向に動こうとも、最終結果として人の干渉出来る範囲を超えて結果的に予言は正しい物だったという結末で終わるものが大概だ。つまり、それを聞いた人間の行動すらも内包して予め為されるものこそ本物の予言である。予言が破られる形の話も皆無ではないが、少なくとも予言が真実である事を前提とした良く有る御伽噺というのはそう言う物だ。

 

 だからこそ、かの予言は酷く不気味ですら有る。

 

 一応付け加えるならば、その時点のハリー・ポッターに限定すれば解釈の余地は有った。

 しかし、僕がハーマイオニー・グレンジャーから話を聞いた限りの判断であるが、恐らく彼はそれを聞きながらも何の反応や行動も起こして居ない。

 

 つまり、かのシビル・トレローニーの予言が仮に無かろうとも、ハリー・ポッターは自身の親の仇として当然にシリウス・ブラックを疑い、結果としてピーター・ペティグリューを逃がしたように思える。客観的観点から見れば、予言は彼の行動に対して影響を与えておらず、そしてまた未来に対しても漣すら起こしていないように見えてしまう。

 

 ならば、その予言は、一体何の為に為されたのだろうか。

 神の類が存在するとして、それが為されなければならない理由は何処に有ったのか。

 

 ……嗚呼、その予言の存在によって、明確に影響を与えられた一点を見出す事は可能である。それが誰に対して直接為されたのかを考えれば、当然にそれに気付き得る。

 

 しかし、それは未来を告げる代物として余りにも悪辣で、既に解釈の余地が与えられていた物を確認したに過ぎないという残酷性を有する物で、そしてその場合はアルバス・ダンブルドアが〝生き残った男の子〟を特別扱いする真の理由にも繋がり得るだろう。

 無論、これは僕が想定する中で最も悪い方向性に位置する考え方で、外れていて欲しいとすら思いもする考え方でも有るが。

 

 ただ、やはり最悪を考えて然るべきであり。

 であれば、三大魔法学校対抗試合の課題以外の方に干渉する事を是とするべきだった。

 

 幸い、手頃な短期的目標というのは存在する。つまり、為すべきはハリー・ポッターの名前を炎のゴブレットに入れた犯人捜しだ。

 

 そして、皮肉にもセブルス・スネイプ教授が残してくれたヒントを考えれば、最悪の場合には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事で有った。

 無論の事、そうならない方が良いのは言うまでも無く、こちらから先手を打って相手を探し当ててみせる事こそ最善であるのだが。何故ならその場合は、アルバス・ダンブルドアに対して全てを丸投げするという選択肢も浮かび上がるからだ。

 

 しかしながら未だ十一月中旬。

 二校の到着から約二週間が経ち、第一の課題が始まるまで後一週間程。

 ボーバトンとダームストラング、そしてホグワーツの交流がある程度私的に進み、代表選手も知らされないという課題について様々な思惑が語られ、公然と賭けが行われている頃。

 

 今回の犯人が事を起こしうる絶好の機会まではまだ時間が有り、実際に代表選手となったハリー・ポッターに関して何か特異な事が起きる訳でも無く、ホグワーツは表面上平和だった。

 

 

 

 

 

 

 

 アラスター・ムーディ教授。

 彼による今年の闇の魔術に対する防衛術の授業は、全体として見るならば、最悪より少しマシという程度と評すべきだった。

 

 別に、内容が悪いと言う訳では無かった。

 ギルデロイ・ロックハートによる演劇の授業や、クィリナス・クィレル教授による机上の空論の羅列と比較すれば、その過激で実践的過ぎる授業は、賛否は激しく割れそうであるものの、どちらかと言えば、好意的に受け止める生徒の方が多かっただろう。

 

 やり過ぎだ、と言う声も有った。許されざる三つの呪文を眼前で見せ、その上で服従の呪文を実際に生徒に対して行使するというのは、どう考えても頭がイカレているからだ。

 済し崩し的な停戦からまだ十三年。魔法戦争の傷痕が残っているのは、別にネビル・ロングボトムだけでは無いのだ。噂によれば、彼の実演により失神した人間、また半狂乱に陥って一部の授業を自主欠席せざるを得なかった人間すら居るようであった。

 

 ただ、アラスター・ムーディが〝マッド〟である事は英国魔法界では広く知られており、そしてまた時期というのも良かった。すなわち、今年は十三年ぶりの闇の印が上がったタイミングでもあるという事だ。

 

 スリザリン以外は漠然としながらも確かに現在に不吉な予感を抱いており、闇の魔術について熟知する必要を感じていた。故に、その過激な授業は概ね歓迎された。

 魔法省は暗い噂や風聞を打ち消そうとするのに躍起であったが、生徒が何も感じない訳では無い。特にこの三年間にホグワーツで何が有ったかを知っている上級生──スリザリンの継承者の復活とシリウス・ブラックの逃亡を身近で体験している者であれば半ば当然とすら言える。

 流石に十三年前(闇の時代)が戻ってくるなどと言う〝妄言〟を吐く者は居なかったが、さりとて広く力が求められるのには十分な動機と環境であったと評さざるを得ない。嗚呼、ホグワーツの教育体制というのは、本当に〝優秀〟だった。

 

 油断大敵という()()は生徒間で大流行したが、それは完全なる冗談として受け容れられた訳では無い。特に魔法戦争で親類を喪った者達は、色々と思う所が有るようだ。

 非公式の決闘クラブが何処も活発になっている──二校との交流を名目とした代表選手に選ばれなかった者達のストレス発散でも有るだろうが──事からも、それが伺える。また、ホグワーツ全体が一体となって代表選手を応援しようという雰囲気になっているのも有るだろうが、スリザリンを除いて三寮間の接触というのは明らかに増えていた。

 

 あの老人の思惑通り、三大魔法学校対抗試合も確かに良い燃料になっているらしい。これまでと変わらない日常のみでは、ホグワーツにここまで劇的な変化が訪れる事は無かったに違いない。国際交流云々より内部的な面が大きいのは皮肉というべきなのかもしれないが。

 

 一方でスリザリンはと言えば、彼等と全く軸を異にしていた。

 発端であり起爆剤でもあった闇の魔術に対する防衛術の受け止め方が違ったから当然だ。

 

 アズカバン送りが逃げ出した裏切者達の馬鹿騒ぎに対して闇の印が打ち上げられたというだけでも寮内の雰囲気が相当危険な物だったというのに、それに加えて闇の魔術に対する防衛術教授というのがよりにもよってな人間である。

 

 アラスター・ムーディ教授は伝説的な闇祓いだった。

 それも、誰もが認める位に狂っていながらにして、アズカバンの半分を埋めたと言われる程の実績を有する人間である。つまり、死喰い人関係者の多くを牢獄に送った。そして、スリザリンにはその関係者、或いは〝元〟死喰い人の子供すら居るのだ。

 この状況で良い授業になると考える方が無理な話であり、実際教授は彼等に対して憎悪と敵意を剥き出しにし、威嚇と脅迫を忘れなかった。彼が蛇蝎の如く闇を嫌っているのは、まさしく真実であるようだった。

 

 既にケナガイタチとして手酷くやられたドラコ・マルフォイは勿論、セオドール・ノットも何時もよりも神経質になっていたし、彼等を筆頭に聖二十八族が威張り腐らずに進む授業というのは今までで初めての物だと言って良い。

 授業は皮肉と侮蔑、そして必要以上に至近距離から生徒を覗き込むアラスター・ムーディ教授によって恐怖と怯えに支配されていた。

 

 そして、ドラコ・マルフォイ達がそれに対して穏やかで有れる筈も無く、授業後の暴言や周りに対する八つ当たりも酷いものだった。それは半純血や非魔法族生まれの〝非主流派〟も歓迎出来る事では無い。本音はどうあれ、建前としては聖二十八族の血を引く彼等こそがスリザリンの頭であり、支配者なのだから。

 

 ただ最悪一歩前で踏み止まったのは、教授の授業が真っ当──その扱う対象が許されざる呪文であるという点に眼を瞑る限りだが──であり、尚且つ、明らかな死喰い人関係者だと解り切っている生徒以外、特に半純血の生徒辺りには教授なりの友好性を示したからだった。

 

 彼の友好が一般的な他人のそれと違うらしいのは流石に〝マッド〟と呼ばれるだけあったが、必要以上に威圧せず、平凡な苛烈さと普通の狂気に基づく対応は、意外にもそれなりの好意と敬意を獲得したようだった。僕もその類で有ったのだから、その事は断言出来る。

 ……そんな雰囲気を敏感に感じ取ったからこそ、半純血やマグル生まれに対してドラコ・マルフォイ達の当たりが強くなったというのも有るのだろうが。

 

 しかしまあ、あの老人は本気でスリザリンに喧嘩を売っているのかと思わないでも無い。

 幾ら寮全体で見れば全く味方に靡きそうに無いからと言って、ここまで〝適当〟な扱いをされれば、一部の者ですら敬意と好意を喪うだろう。スリザリンに居る全てが純血主義者では無く、半純血や〝マグル〟生まれは──あの老人の潜在的な味方は、確かに存在するのだから。

 そして彼等は、この数年間を見る限り、あの老人の為には命を捨てられないと思う筈だ。

 スリザリンは身内贔屓であり、裏返せば、それを護ってくれる事が期待出来ない者に対して忠誠や献身を示す事はしない。敵対までせずとも、彼等はいざという時は逃げるだろう。

 

 僕としては、不死鳥の騎士団とやらはグリフィンドールの凝り固まった正義人間ばかりで構成された集団に違いないと確信している。

 だからこそ、かつてあの老人はゲラート・グリンデルバルトに勝ち、しかしながら闇の帝王に敗北したのだ。善側だろうが悪側だろうが、同じ物の見方しか出来ない追従者(イエスマン)に支配された組織の脆弱性など、考えるまでも無く解り切っている。

 

 ともあれそんな訳で、今年の闇の魔術に対する防衛術は最悪より少しマシという程度に落ち付くのであり──そして僕としては、アラスター・ムーディ教授という存在が、少なくとも今年は絶対に近付いてはならない類の人間だと言う確信が強まるばかりだった。

 

 彼は狂っていたが、確かな実力と指導力を有し、指針としては善側を選択していた。

 僕が単純に力を求めていたのであれば、彼に近付こうとしただろう。個人講義を期待出来るとは思わないが、少なくとも挑んでみる価値は有った筈だ。それは間違いなく最短距離で有り、今学年の初めにハーマイオニー・グレンジャーがその力を示してくれたように、挑む前に自身で結論付けて諦めるなど有り得ない話である。

 スリザリン生が闇祓いに近付くというのは冗談としては質が悪過ぎるが、目的の為に手段は選んでも居られまい。これから訪れるのは、戦争の時代なのだから。

 

 けれども、未だ選択を迫られていないが為に、僕にとって最も都合の良い両天秤の状況を維持するには、彼と接触するべきでないというのが既に出した結論だった。

 アラスター・ムーディは、教授の前に闇祓いである。だからこそ、彼に近しいと思われる事は、それだけ選択肢を狭める事になる。闇の魔法使いは必ずしもスリザリンでは無いが、それに近しいと思われているという利点を放棄する事は僕にとって考えられなかった。

 

 ……それでも、向こうから近付いてくるとなれば、やはり別の話だった。

 

 まあ、そのような類の行為を僕が歓迎出来る人間というのは、この世に事実上一人しか存在しないので、それを嫌だとか感じるような感性を育む事など出来る筈も無かったのだが。それにしたって、何も思わない訳でも無いのだ。

 

 特にこの三年間、闇の魔術に対する防衛術教授がどんな人間達で有ったかを考えれば、面倒事を予感しない方がどうかしている。まして、今年は明確に眼を付けられないように動いたつもりだったとなれば──そして、それが裏目に出たようであるのならば猶更だ。

 

 アラスター・ムーディ教授が嵌ったのか、或いは単なる嫌がらせの一環か。

 宿題として出したレポートの成果を確認する為に、再度服従の呪文を生徒に掛け直すと言い出して──当然、誰も文句を言えはしなかった──案の定スリザリンの誰一人として全く抵抗出来ない事を確認した後、フラフラになった全員を侮蔑したように鼻を鳴らし、教授は僕へ放課後研究室に来いと言い捨てて教室を去っていった。

 

 その瞬間にまたかという視線が殺到したし、今年は早いのねと小さく皮肉る人間も居た。

 

 しかしながら、僕も僕なりの反論が有るものだ。

 別に好きで個人的に呼ばれている訳では無いし、そもそも彼等は、どう足掻いても生徒を個人的に呼び止めそうになかったクィリナス・クィレル教授の印象を引き摺り過ぎである。加えて、彼は僕を教室に残らせただけで、研究室に来いと言った訳では無い。

 

 ……まあ、毎年毎年向こうから関わりを求められているという自覚は有るし、今回は特にスリザリン生と縁遠い存在による物である為に強く反論できないのだが。

 

 しかも残念ながら、今年は何故呼ばれたのかという見当が付いているというのが既に憂鬱だった。発端は咄嗟に行った事だったから仕方が無い面も有るのだが、それでも僕は既に一つ失敗を犯してしまったらしいのは認めざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の魔術に対する防衛術教授の個人研究室に来たのは都合三度目だ。

 

 一昨年は写真。去年は闇の生物。そして今年は防犯グッズの山らしい。

 隠れん防止器、秘密発見器、敵鏡等々。見た事が有る物から、見た事が無い物まで。

 世間で売られている物は全て有り、売られていない物も多くがここに有るのではないかと思う位に多種多様だった。

 

 ただ、全てが起動されている訳では無いようなのは、ここホグワーツでは上手く作動しないからかも知れない。この被害妄想の専門家が、望んで止めるとも思えないからだ。

 そもそも如何に全方位にぐるぐる回る便利な眼を持っていたとて、同時に見れるのは二つまでであり、人が費やせる注意力も限界が有る以上、防犯設備が多かろうと意味が無いと思うのだが、そのような正論は教授には通用しないのだろう。

 

 けれど、その偏執的な警戒心が、全くの自意識過剰とは言えない。

 アラスター・ムーディはアルバス・ダンブルドア程の絶対的な不可侵性を有して居らず、実際に実力の面だけ考えても明確に劣後する筈だ。特に今の状態で有れば猶更に。

 

 衰えか、或いは飽きか。理由は知らないが、この教授はホグワーツに来る以前、半ば引退生活を送っていたと聞く。そうであるならば、流石に戦闘勘は鈍っている筈だった。

 そして、それは別に奇妙でも何でも無い。手入れもせず仕舞い続けた刃が錆び付き、切れ味も鈍るというのは自然の摂理である。

 

 ただ単純に、アルバス・ダンブルドアが異常なだけなのだ。

 軽挙に動けない高位の立場に在り、尚且つ百歳を超えているにも拘わらず、今世紀で最も偉大な魔法使いの座を未だ明け渡していないあの老人が。そして、彼の記憶を覗き見た限り、どう考えてもゲラート・グリンデルバルドとの決闘時には今以上に強かったのだから、本当にどうかしている。

 

 しかしながら、それはアラスター・ムーディというかつての超一流の闇祓いが単なる一流に落ちたに過ぎない程度であり、ホグワーツ生と比較すれば誤差程度の弱体化でしかない。

 そして、数々の邪悪な魔法使いを追い詰めて来た闇祓いとしての経験と思考力まで喪った訳では無いだろう。

 彼は〝マッドアイ〟だが、行動が可笑しかったのは現役時代からだったらしいのであり、つまり彼の能力は脅迫観念と病的狂気からは全く独立していた。それらが強まった影響が無い事もないだろうが、良い方向に働かないとも限らない。

 

 何より、その類の能力は、アルバス・ダンブルドアに欠如している物だった。

 

 だからこそあの老人は、引退していた人間をわざわざ引っ張りだしたのだろう。

 そして、幸か不幸かそれは慧眼だった。実際に、三大魔法学校対抗試合にはハリー・ポッターという予想外の波乱が生じている。

 年齢のみでなく三校という制限も破られた以上、それを為した者は内部に近い人間であり、この教授は身内に容赦するような存在で無い事は実績が示しているのだから、これ程までに適役と言える存在も居なかった。

 

 そんなアラスター・ムーディ教授は、座っていた僕の前へ紅茶を置く。

 

「まあ飲め」

 

 御茶会という言葉から程遠い存在に思え、そもそもティーカップを持っている姿自体が滑稽にすら思えたが、一方的に呼びつけた生徒をもてなす程度の気持ちは有るらしい。

 また、去年のリーマス・ルーピン教授のティーカップは罅割れていたが、この教授のそれは綺麗で、意外と洒落ていた。ティーバッグで淹れられた物であるのが似つかわしくない位には上等だ。誰かから貰った物をそのまま引っ張りだしたのかもしれない。

 

 教授は僕の前へと掛け、不気味な蒼い瞳でジッと僕を見つめてくる。

 その前に、ティーカップは無い。生徒に対して茶を出しはすれども、自分が同伴する気持ちは無いらしい。しかしながら、僕は視線の強さに耐え切れず、自身の前にだけ置かれた紅茶を一口含んだ。そして、それを見届けて漸く、教授は眦を緩めた。

 

「敵かもしれない相手から出された茶を飲むとは、随分と無用心な事だ」

「……自分から出しておいて、無茶苦茶過ぎませんか?」

 

 薄々嫌な予感はしていたが、確たる根拠も無しに教授へ無礼過ぎる真似は出来ないだろう。

 そんな想いと共に見返せば、それが余程面白かったのか、アラスター・ムーディ教授は自分のスキットルからゴクリと一口飲みながら低く笑った。

 

「ロングボトムも同じ事をした」

「……貴方が、彼と茶を飲む程に社交的だとは思いませんでしたよ」

「少しばかり縁が有るからな。あれの両親──フランク・ロングボトムとアリス・ロングボトムは闇祓いだった。そして、それらを襲った悲劇とその末路も()()()()()()()()()

 

 一瞬だけ思い返すように、ふいと視線を中空に逸らす。

 ……彼等は、磔の呪文により正気を喪った。この闇祓いはかつての同僚の遺児にすら容赦無く呪文を実演し、ただそのフォローをする程度には血が通っていたらしい。

 

「しかしながら、レッドフィールド。あれがグリフィンドールであるのと違い、お前はスリザリンだろう。油断大敵だ。既に教えただろうが、ええ?」

 

 ホグワーツでの流行語となった決め台詞を教授は口にする。

 

「自身が何処に居るか。また相手が何をしてくるか。それを常に意識して居なければ、無様に敵の手中に落ちる羽目になるのだ。特に、自身の敵陣とも言える場所ではな。

 

 ──嗚呼、さながらこんな風に」

 

 ……ここに来る際に、用件は予想していた。

 しかし、まさかそう来るとは思ってもみなかった。

 

 杖を僕に向けた教授を見て浮かび上がった思考は、嗚呼、流石に〝マッドアイ〟と呼称されるだけは有るなという、称賛に近い驚嘆だった。

 

「──インペリオ(Imperio)

 

 至上の多幸感が心を侵食する。

 不安も、心配も、疑念も、まともな思考さえも、何もかもが曖昧模糊とした安堵と歓喜の奔流に飲み込まれていく。柔らかい布が敷き詰められた揺り籠の中に溺れるように、己の存在が溶け、滴り落ち、深淵へと沈んでいく。

 

 取り残された唯一は、この男の前で跪けと命じる声。

 そうすれば、もっともっと己は幸福を感じる事が出来るのだと、そんな根拠が無い確信が到来している。本能と理性の両方がそれを求め、命令が頭の中で無数に反響する。

 それは抗い難い誘惑と、排除を容易く許さない強制力を間違いなく有していて。

 

 けれども──僕はそうしなかった。

 

「……随分と穏やかでは無い歓迎ですね。少なくとも、教師の所業では無い」

 

 別に声を出す必要も、大きな動作をする必要も無い。

 僕は心が侵食されるという感覚を幾度となく経験しており、自我と自意識の確保という技術を熟知しており、異物を己の中から排斥する方法を実践するだけの能力を有していた。

 

「1717年以降、正当な理由無く服従の呪文を人に掛けた場合にはアズカバン送りになるのだと教えたのは貴方です。そして、授業の一環としてそれを行う事はぎりぎり許容されても、今はそうではない筈ですが」

 

 僕の非難に対して、闇の魔術に対する防衛術教授は何処吹く風といった様子だった。

 

 服従の呪文が僕に対して大きな効果をもたらさなかったにも拘わらず、教授は寧ろ上機嫌さを抱いていた。彼は傷だらけの顔を大きく歪め、生身の瞳にぎらつくような光を浮かべながら、脅すような声で当たり前のように言う。

 

「正当な理由なら存在する。教授を騙そうとした悪いスリザリンの炙り出しよ」

「…………」

「儂は授業で服従の呪文を全員に掛けた。二度に渡ってな。そして、抵抗する能力を見せる者は、四年のスリザリンのクラスには誰も居なかった」

 

 陰鬱な邪悪さすら感じさせる笑みを浮かべつつ、教授は両方の眼を僕に向ける。

 

「だが、服従の呪文に抵抗する能力を持った者は居た。今まさに儂の眼の前に。それも、授業中は間違いなくそれに掛かったようなふりをした生徒がな」

 

 ……そう、僕に服従の呪文は通じなかった。

 授業の時も、先程の時も、それを破る事が出来ていた。

 

「隠す意味が何処に有る? 服従の呪文への抵抗力を示す事は誇りにはなれど、恥になるような物ではない。しかし、お前は隠した。この行いが怪しくないと、酷く疚しい事が自分に有ると言っているようなものだと、よりにもよってこの儂が考えないとでも?」

「……面倒を避ける為ですよ。僕が目立って良い事は無いですからね」

 

 実の所、今年は状況さえ選べるのならば目立つ気が無い訳ではない。

 この三年間を通して、そしてセドリック・ディゴリーの関係において既に悪目立ちしてしまっている以上、今更目立たないようにというのも無理である。

 ただ、その反応を全く予想出来ない形で、しかもこの闇祓い(死喰い人の敵対者)であるアラスター・ムーディに眼を付けられる形で、目立ちたくは無かったのだ。

 

 けれども、今回はその思惑が逆に働いた。

 最も気付かれてはならない者に対して気付かれた。

 

 世の中上手くやろうとして上手く行くならば苦労はしないが、しかしこの一年の殆ど最初から躓き続けている事に鑑みると、今後が心配になるというものだ。

 

「生徒として聞きたいのですが、何故気付いたのです?」

 

 少なくない落胆と諦念と共に、僕は教授に問い掛ける。

 

「実の所、自分でも上手く行ったと思いました。貴方は先程僕が授業内で呪文を破っていたと言いましたが、最初は間違いなく掛かりましたからね」

 

 一回目に服従の呪文を掛けられた時、行動の面においては眼前の教授に掌握され、僕に身体の自由は無かったのであり、その面において僕は何も偽った訳では無い。

 

 そして、百戦錬磨の教授は、称賛を隠す事無く低い言葉で続けた。

 

「嗚呼、それはお前が単純に不運だったと言える。何しろ儂は、服従の呪文の効果に関して専門家だ。嗚呼、十数年の時間を掛けて、それがどういう物かよくよく身に染みている。そして、お前にはその気配が無いように感じたのだ……」

 

 後半は独白するかのように段々と言葉が小さくなり、けれども僕を強い瞳で見た。

 

「おお、儂も一度は騙されかけたとも。あの時点では些細な違和感だった。けれども、二度目は無かったな。此度で確信した。お前には通用しておらず、服従の呪文に掛かっている振りをしていると。全くもって良い──いや、()()役者で有ったとも」

「……演技のコツというのは、二年前に十分指導されましたからね。よりにもよって、闇の魔術に対する防衛術の中でですが」

 

 こんな形で役立つ事になるとは、あの頃は思っても居なかったが。

 

 服従の呪文。その身に受けるのは初めてだったし、その誘惑に最初屈したのは真実である。

 けれども、心を支配下に置くという一点において、この教授は僕を征服し切る事は出来なかった。そして、心が自由で有るのならば、肉体の主導権を取り戻すのは難しい事では無かった。外部の他人と内部の己、いずれが強い支配と影響力を行使出来るかは自明である。

 

 取り戻した後に掛かった振りをしたのは、教授の言う通りである。身体だけでなく、精神の方も取り繕った。

 

 僕がそれを為し得た理由については考えるまでもない。

 言うまでもなくアルバス・ダンブルドアの功績だった。或いは、元凶というべきか。

 

「お前が服従の呪文を破れたのは……嗚呼、やはり閉心術か。あれもまた、心への支配を撥ねつけるという点で共通する所が有る」

 

 両眼で真っ直ぐと僕の眼を見て、途端に教授は口元を不器用に歪める。

 別に心に侵入された感覚は無かった。しかし、若干であれ完全に眼を合わせた事に対して身構えたという点で気付いたのだろう。少なくとも、その心得が有るという事に。

 

「閉心術に才能を示すのはスリザリンの特性だろうな。お前の寮監であるスネイプ、あれも卓越した閉心術士だった。そして、言うまでも無く『例のあの人』も」

「……その二人と共に並べられると、場違い甚だしいと思うんですがね」

 

 伝説的な闇祓いが闇の帝王の名前を呼ばなかった事に多少の意外さとある種の納得を感じながら、僕は軽く息を吐く。そして、教授は否定するでも無く、あっさりと頷いた。

 

「そうだな。少なくともお前はひよっこだ。彼等と違って、経験が足りない」

 

 闇の帝王にしろ、スネイプ教授にしろ、実戦における実践数は僕の比にならない。

 特に後者は、その量と質において──もしかすれば閉心術に係る技量すらも──闇の帝王を凌駕し得るだろう。スネイプ教授は、酷く不本意な事で有ったとしても、他ならぬ闇の帝王を相手にそれを磨き上げて来たのだろうから。

 

「しかし、ホグワーツの四年としては驚異的な優秀さと言える。お前の年齢で服従の呪文に抵抗出来る程の深度をもった者など、果たしてホグワーツの全歴史を見てどれ程居るか」

「……まあ、後半の全歴史云々は言い過ぎだと思いますが、流石にその点に関しては余り謙遜しませんよ。閉心術の面で他より圧倒的に秀でているのは事実ですし」

 

 何しろ、アルバス・ダンブルドアの手をわざわざ煩わせたのだ。それぐらい出来なければ、僕は自身を容認出来はしない。

 

「ただ実際、貴方も本気で呪文を掛けはしなかったでしょう。本気でやれば、ホグワーツ生一人を無理矢理従わせる事など造作も無かった筈だ。そうでなければ、服従の呪文は許されざる呪文の一つとして数えられていない」

「ふむう。まあ、多少甘かったのは否定せぬ」

 

 教授は、左手で顎を撫でながら、考え考え頷く。

 

「磔の呪文に本気の害意が、死の呪文に本気の殺意が必要なように、服従の呪文には相手の自由を剥奪しようとする本気の悪意が必要だ。その点を思えば、あれは授業で有った以上、当然のように手加減が入っていたのやも知れぬ」

 

 そこまで言って、けれども、その蒼い瞳でギロリとこちらを見た。

 

「だが、それでも呪文を破ったのは、ポッターとお前くらいの物だがな」

「…………」

 

 正直言って、もっと居る物だと思って居た。

 この教授が殆ど学年を問わず──流石に新入生を筆頭に下級生に掛ける程無茶苦茶では無かったが──服従の呪文を掛けまくっているのは話題となっていたのだ。上級生の中にもそれが出来る者が居ると判断するのも自然な筈だ。

 

 けれどもこの教授が断言するからにはそうなのだろう。

 

 ……しかし、逆に言えば、ハリー・ポッターは閉心術の訓練無しで打ち破った訳だ。

 第一次魔法戦争において服従の呪文が魔法省内ですら──つまり優秀な学業成績を残した成人の魔法使い達に対してすら猛威を振るったように、心への干渉への抵抗力というのは練習して簡単に上げられる訳では無い。それが出来るのであれば、やはり服従の呪文は許されざる呪文の中からとっとと外されているだろう。

 

 アルバス・ダンブルドアの言では、僕に資質が無いと判断したのであれば、流石に僕へ分霊箱について意見を求めなかっただろうし、閉心術を教えはしなかったという。つまり、あの老人のような優秀な指導者をもってしても、向き不向きによって出来ない事は有る。それが、心の領域に深く関わる魔法の特性であり、難解さでも有った。

 それを考えると、ハリー・ポッターもまた閉心術の資質が有るのかもしれない。

 

 英雄たる彼の事を思いつつアラスター・ムーディ教授を見返せば、暫くの間僕の心を覗き込もうとするようにじっと見つめていたものの、ふいと彼は視線を逸らした。

 そして、軽く杖を振れば、手元に一枚の羊皮紙が飛んできた。

 

「ルーピン教授から、手紙は貰っておる」

 

 掴み取った羊皮紙に蒼い方の視線を落としながら、教授は重々しく言う。

 

「去年の授業内容の事もそうだが、生徒に関しての言及もだ。グリフィンドールには、ポッターやグレンジャーという優秀な生徒が居る一方、スリザリンにはレッドフィールドやノットという優秀な生徒が居るとな」

 

 無論、と教授は唸るように続けた。

 

「儂は他人の評価を容易に受け容れる存在では無い。この眼で直接見んと気が済まん質だ。しかし、ルーピン教授が言うのであれば、一応の重きを置くだけの価値は有る」

「リーマス・ルーピン教授と相応の知己が?」

「かつて同僚だった。──フン、お前はその意味が解るらしいな」

「……貴方は魔法省の人間(闇祓い)では?」

「魔法省に属するからと言って、唯々諾々と上に従う者ばかりでは無いという事だ。バーテミウス・クラウチの台頭前も、台頭後で有ってもそれは変わらん」

 

 教授はその瞳に強い憎悪を滲ませながら吐き捨てる。

 

「嗚呼、お前は儂が許されざる呪文を平気で使った事からそう思ったのか。魔法戦争後期から()()後暫くまで、闇祓いに対してそれらが合法化されていたからな。成程、随分と聡くは有る。しかし、違う。儂は寧ろダンブルドアの側に酷く近しい立場に在った」

 

 ……確かに、理屈立てて考えれば気付いて然るべきだったのかも知れない。

 

 あの老人は闇の魔術の類を基本的に嫌っており、何よりこの教授はアズカバンの半分を埋めたのだ。死体は牢獄に送れない。殺人の呪いを含む許されざる呪文を合法化されようが、この教授は可能な限り生かして捕える事を心掛けたのだろう。

 であれば、魔法省という体制の中に居ながら、アルバス・ダンブルドアの独立組織──不死鳥の騎士団に所属していた所で何ら奇妙でも無いし、その繋がりでリーマス・ルーピン教授を良く知っていたとしても不自然でも無かった。

 

「ただ、儂が一番興味を持ったのはお前よ」

 

 蒼い瞳を背後に向けつつ、教授は生身の眼にその通りの感情を浮かべる。

 

「ノットよりもお前は高評価だった。成績的にはアレの方が良いにも拘わらず、その点については実際にルーピン教授が譲らなかったにも拘わらず、しかし手紙の中ではお前の方を特に褒め称えている。学業では計れぬ優秀さを持ち、闇祓いの資質が有ると」

「…………」

 

 それは、スリザリンとして喜ぶべきなのだろうか。

 

「しかしまあ、授業を見た限り、儂の意見は違う。お前にはもっと向いている職というのが有るように思う。お前とて、自身は闇祓いには向いて居らぬと考えているのだろう?」

「……何の根拠が有って、そのような事を?」

「くくく。さて、儂の単なる勘よ」

 

 教授は酷く愉し気だった。

 ……こう見ると、面構えが凶悪な事も有って死喰い人にすら見えてくる。

 

 ルシウス・マルフォイ氏とアラスター・ムーディ教授。その両者の写真を出してどちらが死喰い人かとクイズをしたら、十人中九人は後者が死喰い人だと断言しそうだ。実際、本質的には近しい物が有るのだろう。死喰い人の思考や行動を熟知していなければ、アズカバンの半分を埋める事など出来はしまい。

 

 依然として杖を出したままの教授は、低く問い掛ける。

 

「レッドフィールドという名は、儂も聞いた事は無い。貴様の父親の名は何と言う」

 

 そして、僕は深く嘆息せざるを得なかった。

 

「……去年も似たような事を聞かれた覚えが有りますが、それが必要ですか? 別に貴方がたが名前を知っているような存在では無いですよ。父はこの国の魔法界の人間では無いし、海外の大犯罪者という訳では有りませんし」

「そんなのは知った事では無い。儂が聞いているのは、お前の父親の名前だ」

「……スティーブン・レッドフィールドですよ。父とはミドルネームが違いますがね」

 

 一歩も引く気は無いらしい教授に、渋々ながら答える。

 

 僕のそれはスチュアートだ。

 故に、名前の末尾に何世やらjr.というのは公式には付かない。

 

 そして渋りはしたし、余り口にしたくない事実では有ったものの、僕としてはその事に関して余り大きな想いを抱いている訳では無かった。僕は自己の認識手段として、名前自体にそれ程重きを置いている訳でも無い。

 

 何より、特別な名前では無いと思って居た。あの父親がゲラート・グリンデルバルトの闘争に深く関わっていたなら、アルバス・ダンブルドアが何らかの言及をしただろう。けれどもそれは無く、仮に関わっていたとしても下っ端から逸脱する者でも無かったに違いない。

 あの父は歴史の傍観者たる事を好めども、主役である事を好まなかった。望んでもなれるものでも無かっただろうが、主義主張としてそうでは無かった。

 

 ……嗚呼、けれども。

 

「──くく。数奇な事も有るものだ」

 

 僕の想像以上に、教授の反応は劇的だった。

 正しく狂相。傷だらけの皮膚を歪め、小さく震わしながら、罅割れた唸り声で独白する。

 

「嗚呼、完全に一致する訳では無いだろう。そこまでの運命性を期待するのは度が過ぎている。しかし、成程。それは余りに十分過ぎる理由だ」

「スティーブン・レッドフィールドという名前に、聞き覚えが?」

 

 そう聞いたのは、もはや反射的な物だった。

 教授から感じる不吉さと邪悪さから耐えられなかったからと言って良い。アルバス・ダンブルドアやスネイプ教授と全く別種の脅威が、僕にその質問を紡がせていた。

 

「いや、知らんな。そもそも馬鹿げた問いだ。知っていたら、お前に反応を示しただろうに。お前と父親は、同じ名前を持っているのだから」

「……そうですね。それは、その通りだ」

 

 既に教授から熱狂は去っており、元の偏屈さを取り戻していた。

 

「お前は純血という訳では無さそうだな」

 

 確認を取るだけのような言葉に、僕は頷く。

 

「ええ。半純血ですよ」

「……聞いた身では有るが、素直に認めるのは意外でも有る。お前はスリザリンだろう」

「今更の話ですよ。我が寮内で隠し通せる物でも有りませんし」

 

 既に四年前に通った道だ。

 あの頃は相応に必死であり、しかし今の状況を思えば多少滑稽に思えなくも無い。

 

 ただ、それは贅沢に過ぎるのだろう。

 スリザリンの四年目という事は、三回も下級生達が必死になっているのを見て来たという事だ。血の純度で劣る彼等彼女等は、上層へと時に媚び、時に距離を置き、時に同類で纏まり、何れにせよ聖なる二十八以外は苦労していた。

 

 当然ながらドラコ・マルフォイに近付こうとする人間も相応の数を見て来たのであり、それを考えれば、今の僕は半純血にしては余りに恵まれ過ぎている。この立場なりの悩みや面倒というのは有るが、それにしたって迫害される事は無いのだから平和な物だ。

 何時だったかドラコ・マルフォイが言ったように、スリザリンは身内贔屓であるが、その一方で、狡猾な形で責苦と苦悩を味わわせる方法を良く知っている。

 

「ふむ。しかし、その割にお前は相応の立場に居るのでは無いか。儂は確かに見たぞ。儂がお前に服従の呪文を掛けようとした時、お前ならば破ってみせるのでは無いかと他の者達が期待しながら見つめていた事を」

「……単に、腫物や厄介者扱いされているだけです。敬意を払われているとか、一目置かれているとか、そういう話じゃありません」

「フン、馬鹿げた謙遜だ。実際、お前は破っていた訳だからな」

 

 教授は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「そして、スリザリンが不愉快な寮であるというのが変わって居なくて何よりだ。単に純血であるというだけで偉ぶれると勘違いしている愚か者の寮だ」

 

 痛烈だった。

 あの老人(グリフィンドール)ですら、そこまでの口撃をしなかった。

 けれども、この狂える闇祓いは、スリザリン生を前にして尚、それを止めなかった。

 

「スリザリンは純血を無瑕疵の物として扱う。しかしながら腐り切った純血主義者が多過ぎると思わんか? 聖二十八族が典型だ。儂が殺したロジエールは性根が腐り切った奴だったが、それでも忠義と信念に死んだ。しかし、他はどうだ。ええ?」

「……僕は、その言葉に対して返すような言葉を持っていませんよ。僕は間違いなく、スリザリンの人間ですので」

 

 僕の誤魔化しを見透かし、教授はあくどい笑みを浮かべる。

 

「ならば、儂が代わりに言ってやろう。お前の寮には血の純度さえ保てば偉いと勘違いしている戯けばかりだ。嗚呼、儂等にとっても家の存続は至上命題では有る。しかしながら、何故儂等の先祖が血に、そして継承に拘ったのかを解らぬ愚か者が多過ぎる」

 

 ここまで、純血主義者を扱き下ろす他人には初めて出会った。

 いや、この教授は厳密には血の純度が無意味だと言っている訳では無い。ただ、スリザリンの中でその趣旨を何も探究しない者が多い事こそを、表面的な体面を維持する者達が跋扈している事こそを、ひいては現在の魔法界の在り方を唾棄し切っている。

 

「……貴方は純血なのですか」

()()()()()()()()()

 

 〝ムーディ〟は元々闇祓いの家系として敵が多かった為に二十八から外されたが。

 

 教授は至極つまらなそうに吐き捨て、そして僕を見る。

 

「だが、それは良い。──要するに、生まれよりもどう生きるかなのだ」

 

 マッドアイが、その名の通りに狂的な黒色の眼差しを向ける。

 

「半純血だろうが純血だろうが、同じく人生の道は開かれている。アラスター・ムーディという男が半身まで闇に浸かりながら、死喰い人として重宝されるであろう資格と能力を有しながら、それで居て尚、家系の在り方を良しとしてアズカバンの半分を埋めたように」

「…………」

「資格だけを持っていた所で、それを正しく使えなければ意味が無い。逆に言えば、それを持ち得なくとも、それを正しく扱える者というのは確かに存在する」

 

 要は、免許のような物だと言いたいのだろう。

 車にしろ、医者にしろ、許可を受けていなくとも、それを受けている人間よりも技量が優れている人間は居る。逆に、許可を受けていようが、腕が悪ければ当然に敬遠される。いや、寧ろ害悪として排除されるべきですら有るのだろう。

 

 ギルデロイ・ロックハートという最悪の教授がこの学校で許容されてしまったように。

 ……一人の老人の身勝手な偽善の下、彼の更生活動の為に学生の一年が浪費されたように。

 

 ただ、僕は当然の反論を持ち合わせている。

 

「資格という社会的承認が必要なのは、危険を未然に防止し、秩序を維持する為です。誰もが何も考えずに姿現しをして〝バラけ〟てしまえばどうなります? であれば、資格を持たない者は、身の程を知って大人しくしておくべきだ」

 

 教授は頷き、しかし表情は明らかな不同意を示していた。

 

「ならば、それを承認するのが大馬鹿者だったならばどうだ? コーネリウス・ファッジやルシウス・マルフォイのような存在が社会の上層に蔓延り、ふんぞり返り、与えるべき者でない者達に対して資格を与えている。()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 コツ、と。

 義足の音を鳴らしながら、アラスター・ムーディ教授は身を乗り出す。

 その凶悪な顔が、唯一残った生身の瞳が、至近距離から僕を見つめてくる。

 

「それはもう、全てを破壊したくなって暴れる馬鹿共が出て来るのも已むを得んと思わんか? 澱みきった社会を正常化し、闇と光を正しく配置し、後に産まれる者達が己に疑問を感じずに済むようにすべきと考える愚か者達がな?」

「……貴方は賛同するのですか」

「賛同などせん。儂は闇祓いだぞ」

 

 けれど、理解は出来る。暗に、その瞳は言っていた。

 

「純血主義は澱み、今の魔法省は腐り果てている」

 

 アラスター・ムーディ教授は断言する。

 

「かつての魔法戦争であやつらがどれだけ役に立った? 不死鳥の騎士団が何故多くの死体を捧げなければならなかった? まして倫理観と遵法精神の欠けたバーテミウス・クラウチを歓迎したと思えば、息子をアズカバンに送るという醜聞が発覚した途端に掌を返して罵倒した。全くもって勝手で、他人事だ。その体質は未だ何も変わっていない」

「…………」

「何よりふざけているのは、たった十三年で戦争を忘れ去った事だ」

 

 静かに燃え上がる瞳の中には、未だに戦争が残っている。

 ……この教授は引退した筈だというのに、それを忘れ去っていないでいる。

 

「……平和ボケするのは良い事でしょう。それは社会が安定している証だ」

「安定した? 本当に『例のあの人』が死に、戦争が終わったと言うのか? 有り得ん。誰よりも闇の魔術を熟知し、その実践に勤しんで来た男が、そう易々と死ぬ筈も無い」

 

 僕は、意識して表情を変えなかった。

 しかし、アラスター・ムーディ教授のアルバス・ダンブルドアとの関係性を考えれば、その情報は──闇の帝王が生存している事は、知っていて然るべきだった。

 

「……つまり、貴方は僕に対して何を言いたいんです?」

「何も。強いていうなら儂の愚痴だ。お前は、余程スリザリンに不満が有るようだからな。しかし、それが特別だと思っては困る。誰もが、何かに不満を抱いている」

「…………」

 

 闇祓いとしての名声を極め、悠々自適の隠遁生活に入ったアラスター・ムーディでさえ、この魔法界について、確かな疑問と不審を抱いている。寧ろ、彼は光も闇も良く見える位置にその身を置き続けて来たからこそ、余計に多くを思うのだろう。

 

「ただ、不満は呑み込むべきだ。自分に世界を変える資質が無いと断じるならば、な」

 

 僕の心中を正確に見通しているのでは無いか。

 そう思えるような言葉を、教授は優しく、けれども残酷に告げる。

 

「少なくとも儂はやらん。政治家でも革命家でも、そしてダンブルドアでも無い。儂は単なる一闇祓い、それも既に一度引退した男だ。だからこそ、儂は与えられた職務から逸脱しない」

 

 その言葉に狂熱は無い。

 当然の事実を述べているという響きだけが有った。

 

 この教授は、自身を指導者足り得ないと考えている。一つの目的に統一された組織の中で、上によって消費されるべき構成員として、人生を全うする物だと考えている。

 

 けれども、それに甘んじる事と現状に不平を抱く事は、全く別次元の話だった。

 

「……アルバス・ダンブルドアは、社会を変えるつもりは無いようですが」

「変えているさ。変わりゆこうとする社会を、全く変えないように。だから、儂はダンブルドアの盟友と言われる身で有りながら、考えが合わん事も多い」

 

 解っている。余りに過激な授業から、それは当然だと思っていた。

 

 本来六年にしか教えられない筈の許されざる呪文。それを四年からだ。

 この教授はアルバス・ダンブルドアが僕達ならば耐えられるだろうと考えていた故に教えると言ったが、それでも渋った事は想像に難くない。闇の印が上がったという情勢を考えても、出来るのならば子供は何も考えず安全な場所でぬくぬくと過ごすべきであるというのが、あの老人が抱く甘い考えだ。

 

 けれども、闇祓いとして生きて来た中で培われた強固な信念が、恐らくそれを退けた。

 自身が〝教授〟で在るならば、許されざる呪文を──これからの闇の時代で向き合わねばならない核心領域について教えない事など有り得ないと、あの老人を跳ね除けた。

 

 故に当然のように思想を異にし、

 

「だが、史上最悪の魔法使いを打倒しうるのはアルバス・ダンブルドア以外に存在しない。ファッジやスクリムジョール、シャックルボルト、そして当然儂も無理だ。裏を返せば、それ以外に希望が無いからこそ、儂等の陣営は脆弱で、酷く不利な訳で有るが」

 

 しかし闇を憎むという一点で立場を同じくしている。

 

 アラスター・ムーディ教授は闇祓いだった。

 ……恐らく、本質的には他の誰よりも向いていないにも拘わらず。

 

 そしてだからこそ、彼は伝説となった。

 

「──愚痴はこの程度にしておこう。少々興が乗り過ぎた。と言っても、若者を前に口が軽くなるのは引退した人間の悪い癖のようなものだが」

 

 自嘲するように言って、教授は再度杖を振った。

 ……話の最中も教授が杖を握っていたままだったのか、それとも一度ローブに仕舞った後に再度取り出したのか。それすらも、今の僕には解らなかった。

 

 呪文によって呼び寄せられたのは、今度は一冊の古色蒼然とした本だった。

 『最も邪悪なる魔術』と、その題名には記されている。そして、それを持った手を差し出す。……間違いなく、僕の方へと。

 

「スリザリンならば、闇の魔術に興味が有るのではないか? お前に貸してやろう」

「……それは、どう見たって禁書に有った類の本では?」

 

 何より、喋る類の本で有るのは容易に想像が付いた。

 

 けれども、教授は僕の反応を意に介さなかった。

 

「禁書区域に有ったという事は、ダンブルドアが残したという事だ。そしてこれは初学者向けでは無いが、紛れもなく有益な内容を含む。ルーピン教授が言うようにお前が闇祓いに向いている場合でも、当然これらを知っている事は役に立つだろう」

 

 そう言って、教授は僕の手へと押し付ける。

 

「……僕はスリザリンとして、闇祓いの手を借りる気は有りませんが」

「スリザリンでも闇祓いになった者は居る。他の三寮より圧倒的に少ないが。何よりそう嘯くので有れば、お前はその本を直ぐに払いのけるべきだったな」

 

 僕の手に収まった本を見ながら、教授は明確に皮肉だと解る笑い声を上げた。

 

「若造、一つ忠告しておこう。選り好みせずに貪欲に吸収するという事は重要だ。特に敵の事で有れば猶更だ。儂が何故、闇祓いとして傑出した戦果を上げられたと思う? 死喰い人について誰よりも学んだからだ。グリフィンドールが嫌悪する事に、真っ向から挑んだからだ」

 

 ……教授は、許されざる呪文を教えた最初の授業で言った。

 

『わしに言わせれば、戦うべき相手は早く知れば知るほどよい。見たこともないものから、どうやって身を護るのだ』と。

 

 その言葉通り、この魔法使いは実際に見、学び、知ってきたのだろう。闇祓い側にしろ、死喰い人側にしろ。その魔法体系は勿論、思考回路や行動原理まで。

 この闇祓いと死喰い人と一線を画すのはただ一点。悪意をもってそれらを実践するか否か。逆に言えば、それ以外は、全くもって死喰い人と等しい。

 

 アズカバンの半分を埋めたのは、アルバス・ダンブルドアでは無い。

 あの老人が必ずしも最前線に立つ必要が有る地位に無いとしても、他ならぬアラスター・〝マッドアイ〟・ムーディこそが、それを成し遂げたのだ。

 

「スリザリンであるお前が闇祓い()に関わられたくないならばそれで良い」

 

 鷹揚に、けれども何処か挑発するように教授は言う。

 

「弛緩と油断こそが大敵である事を忘却するならば好きにしろ。けれどもそう在る事を望まないなら、ふくろう便でも送れ。適当な本を見繕い、適切な助言をくれてやろう」

 

 好意的な言葉だった。好意的過ぎる言葉だった。

 僕にとって都合が良過ぎる。今年中は表向きこの闇祓いと近付いている所を見られたくないが、さりとて裏では繋がりを持ち続ける事が出来るというのは魅力的だった。アルバス・ダンブルドアと同様に、否、それ以上に誘惑されている自身に気付かされた。

 

 だからこそ、僕は教授に問わざるを得なかった。

 

「……アラスター・ムーディ教授。貴方のホグワーツでの寮は?」

「くく。何処だと思う」

「少なくともグリフィンドールでは無い。それ以上の事は言えそうに有りません」

 

 かの獅子寮は、別に正義の寮でも何でも無い。

 けれども、あの老人の醜悪さに迎合出来るのはグリフィンドール以外に居ない事を考えれば、その可能性が最も高くは有る。それが理性的な解答と言える。実際多くの人間がそう考えるだろうし、それが有る意味で〝正しい〟のだろう。

 

 しかしながら、僕の直感は──間違いという感覚を抱いて尚──それを否定していた。

 

「だからと言って、貴方が何処に配置されれば最も収まりが良いかと考えても、判断に困る。社会への無関心はレイブンクロー、自身への無執着はハッフルパフ、そしてその他者への狂的な無譲歩はスリザリンだ。貴方はそのどれも有し、ですが一概には言えない」

「嗚呼、しかしながら、人間とはそういう物では無いか。たった四寮に全てが分けられるというなら、苦労はしない。聖二十八族、純血、半純血、そしてマグル生まれ。そんな四つの血の性質だけで人を判断するという程に愚かな話だ」

「それでも、己が何に惹かれるかというのは有るでしょう。けれども、貴方にはそれが無い。強いて言えばスリザリンのように思いますが、それですら希薄だ」

 

 この闇祓いは、グリフィンドール的騎士道精神に焦がれていない。

 彼等の大多数が眉を顰める吸魂鬼の存在を嫌悪する事は無いだろうし、闇の魔術の実践に眉を顰めども、その知識までも徹底的に排除する事は完全に愚かだと断じるだろう。自惚れや自信過剰、無意味な虚栄心からは程遠く、模範的なグリフィンドールの思想に対して親和性を示すような図など全くもって想像出来ない。

 しかしながら、文字通り自身の身を切ってまで行うその善への献身は、やはりスリザリンの特性からも遠い物と見ざるを得ない。

 

 そして、アラスター・ムーディ教授は僕に対して笑い掛ける。

 小さくて昏い瞳に、狂気を滲ませて。

 

「良い見立てだ。そして、そういう余計な推量を働かせる愚か者が多いからこそ、儂は自寮が何処で有ったかを言わん。世の緩み切った者達は殊更に自寮が何処かを主張するが、アレは開心術により暴かれた事項だぞ? 儂に言わせれば、当然に隠して然るべきだ」

 

 その言葉には理が有る。

 油断大敵の下に全てを疑い続け、その実証として未だ命を喪っていない者の言葉には。

 

「……何故、僕に親切にしようと、個人的に教えようとするのです?」

 

 そう僕が問えば、教授は笑った。

 愉しげに、本当の上機嫌の下に顕れたのだと解るように大きく。

 

「何、闇祓い時代に散々やってきたし、今は教授という地位に居るのだ。()()()()()()()()()()()()()。そして、それが優秀であるというならば申し分が無い」




・閉心術の資質
 スネイプにハリーへ閉心術を教えたさせた事はダンブルドアのミスの一つであるが、「君が『服従の呪い』に抵抗する能力を見せたことは聞いている。これにも同じような力が必要だということがわかるだろう……」(六巻・第二十四章)というスネイプの発言からすれば、ハリーの習得に楽観的になるのも無理がないのかもしれない。
 これについてハリーは「スネイプはかえって状況を悪くしたんだ。僕は訓練のあといつも、傷跡の痛みがひどくなった」「スネイプが僕を弱めて、ヴォルデモートが入りやすくしたかもしれないのに」(同上・第三十七章)と言及しているが、それがスネイプとの相性か、彼の傷の特異性によるものか、そもそも彼に資質が無かったかは不明だが、いずれにせよハリーは閉心術を身に着けられず、六年には明確に練習を放棄している。
 また、スネイプがハリーへの訓練を辞めた後、マクゴナガル(彼女は第一次魔法戦争で不死鳥の騎士団で無かったが、死喰い人の手により弟を喪っている事からどちらの陣営に着くかは歴然としている)を初めとする人間が教えなかった事を見ると、閉心術は、服従の呪文への抵抗と併せ、簡単に習得したり教授したり出来るものでは無いようである。

・純血性
 映画設定によれば、ムーディは純血。
 クラウチjr.は不明だが、クラウチ家は聖二十八族。
 前回言及し忘れたが、セドリックが純血かどうかは不明。

・寮
 ムーディとクラウチjr.のいずれも、公式で明言された事は無い。
 特に、映画設定においてはムーディの寮について明確に記載を省かれている。

・バーテミウス・クラウチjr
 ロングボトム家の拷問への関与について、ダンブルドアは「それについては、わしは何も言えん」として判断を保留している(四巻・第三十章)。もっとも、メタ的な事を言えば物語上の都合で有り、クライマックスを見ると関与していたと結論付けるべきかもしれない。
 また彼によれば、「二人とも、父親と同じ名前をつけられるという屈辱を味わった」(第三十四章)という事である。それが、リドルを知っていたのか、或いはその点を隠してヴォルデモートが打ち明けたのかは不明。最盛期なら兎も角、四巻における復活前の弱っているタイミングであれば忠誠を強める為に打ち明けたと考える事も可能なので。
ただ、ヴォルデモートは、死喰い人の前でリトル・ハングルトンを「父の骨が埋まっているところだ」(第三十三章)と述べている。
しかしながら、クラウチjr.は半純血である点まで同じだとは言及していない。
実際、ヴォルデモート卿の〝ゴーント〟の血筋は母に由来する一方、クラウチjr.の〝クラウチ〟は父から由来する物である(母も聖二十八族の可能性は低くないが)。

・名前
 英国人に直接聞いた訳では無いから断言出来ないが、ジョージ・W・ブッシュのようなfirst name middle initial last nameの表記は時にアメリカ的とみられるようである。
 成程、ハーバート・G・ウェルズ『タイムマシン』、クライブ・S・ルイス『ナルニア国物語』、ジョン・R・Rトールキン『指輪物語』などと書くと、一般に広く通用している表現でない事も有るだろうが、それを差し引いても違和感がある。
勿論、これは多分にバイアスの掛かったものであり、英国でも前述のような表記は普通に有り得るし、逆に米国でも両方initial表記にする事を好む者が居るのは同様だろう。
 しかしながら、その慣行に従った英国の小説家として我々が最も良く知る一人は、言うまでもなくJ・K・ローリング氏である(参考になりそうな参照元としてはBBCのThe power and peril of the middle name記事)。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。