この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

30 / 100
分割更新の後半部分。

このタイトルから本小説は始まったようなものです。


グレンジャー・ロウズ

 彼女は、複雑そうだった。

 このような事を話すつもりも無かったし、聞くつもりも無かったのだろう。

 

 セドリック・ディゴリーについても、彼女はもっと理解、或いは納得出来る理由が返ってくると思っていた筈だ。

 僕は彼女にそうするように努めてきたのであるし、秘密の部屋の一件とてアルバス・ダンブルドアや僕が何も考えずにあのような真似をした訳では無いと受け容れる程度の事は出来た。だから、まさか自分が悍ましく不快だと思える回答が返ってくるとは、決して思いもしなかったに違いない。

 

 けれども、これも間違いなく僕の一面である。

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは、僕がアルバス・ダンブルドアや、スネイプ教授と会話している姿を知らない。そして知らなかっただけで、最初から存在していた。ただ単に、彼女が見る機会が無かったに過ぎない。

 

 もっとも、このような事は、誰かと過ごす中では不可避の事項の筈だった。

 単に今まで彼女と適度な距離を保っていたが故に、ハリー・ポッターやロナルド・ウィーズリーより近しくなかったが故に、この瞬間まで露呈しなかっただけに過ぎない。

 彼等二人と同じように、彼女の気質から我慢出来ない一側面を、彼女が僕の中から初めて見出したというだけの話。

 特別それを僕が偽ったつもりは──まあ、全く心当たりが無い訳ではないが、しかしながらセドリック・ディゴリーという自身が承服しかねる存在を呈示された以上、その反射的側面として、少なくとも彼に関わる事に関しては誤魔化す事が出来なかった。

 

 ──そしてまた、これも御互いにとって相容れない一つでも有るのだろう。

 

しもべ妖精福祉振興協会(S.P.E.W.)の話はどうなっただろうか?」

 

 セドリック・ディゴリーの話について彼女は受け止め切れておらず、故に彼女から話を切り出す事は期待出来なかった。だから、僕から水を向けた。

 

「今まで敢えて問わなかったが、もうそろそろ良いだろう。君が話を持ち掛けてから一カ月は経っている訳だしな。

 ──ルビウス・ハグリットは、その組織について何と言っていた?」

 

 僕は条件、という程でも無いが、彼女がそれへの協力を求めてきた際に聞いた。

 ルビウス・ハグリットは君の活動に賛同しているのかと。

 

 彼女が求めてきたのは、恐らく友人二人と比較すれば酷く些細な助力だった。

 S.P.E.W.の目的が最終的に屋敷しもべ妖精を最も多く抱えている集団──つまりスリザリン──に受け容れさせる事であるとしても、僕の立場を破壊してまで求める程には、彼女は冷徹でも酷薄では無かった。だから彼女は僕が賛同してくれる事を殆ど疑っておらず、しかしそれでも僕は留保した。

 

 彼女が公然と不快感を示したのは言うまでもない。

 他人の意見を聞かなければ自分の意見を決められないのかと言いたげだったし、寧ろ僕がそのような類の人間で無いと解っていたからこそ、彼女はそのような反応を大いに示した。

 

 けれども、その当時僕は屋敷しもべ妖精の事について詳しくなく、自分で判断を下す為の時間が欲しかったし、その為にルビウス・ハグリットの意見を聞きたかったのも事実だった。それ以来、彼女からは音沙汰が無かったが、その事実自体が答えを表していた。

 

「……まだ説得中よ」

 

 納得出来ないという声で、ハーマイオニー・グレンジャーは呟くように言う。

 

「でも、私は諦めていないわ。だから、もう少し時間を頂戴。今度はまた違ったアプローチで議論してみるから。そうしたら多分──」

「いや、君の意見が彼に受け容れられる事は無いだろう。そして、僕もだ。既に僕の意思は固まった。S.P.E.W.の活動に対して、僕は全く賛同出来ない」

「──え?」

 

 茫然と、彼女はこちらを見上げる。

 ここまで明確に拒絶されるとは思っても居なかった。そんな表情だった。

 

「君はやはり頑迷な所が有る。ルビウス・ハグリットは無知故に君の主義主張に反対している訳では無い。彼は魔法生物──自分と違う物を良くも悪くも同じように扱える人間だ。何せあのスクリュートにすら愛着を抱ける位だからな。相当筋金入りと言って良い」

 

 不快極まりない生物だが、去年のレタス喰い虫程に毛嫌いしている訳では無い。

 魔法生物というのは、必ず既知の物であるとは限らない。世の中ドラゴン程に著名な存在ばかりでは無く、二年前のバジリスクとて直接見なければ石化させるという、広く知られていない性質を有していた。

 そして、彼は去年の事を忘れていないらしく、スクリュートに最も重点を置きながらも、やはり一般(O.W.L.)向けの他の魔法生物について講義をする事も一応忘れていなかったから、教授としての裁量に対して不満をぶつけるという筋違いな口出しをする訳も無かった。

 

 ……そもそも、スリザリンですら、危険な生き物に慣れ出している。

 

 アラスター・ムーディ教授の仕打ちが念頭に有り、また授業中ずっとぶつぶつ文句を言い続けているにしろ、ドラコ・マルフォイは去年のハーマイオニー・グレンジャーの占い学のような真似をせずに授業に留まっているのだから。

 

 何にせよ、そのような歪な公平性を示すルビウス・ハグリットですら、S.P.E.W.には反対の意思を表明する。その意見は、やはり軽んずる事は出来ない。

 

「彼は確固たる考えをもって君に反対しており、僕もまた同様だ。ルビウス・ハグリットは多少口下手で君に強く出られない所が有るかもしれないが、君の事を想うが故に僕は明確に言おう。一時の熱に囚われて、軽挙で間違った行動に身を捧げるべきでは無いと」

「なっ──!」

 

 僕に言い出して来たのは新学期に入って多少経ってからだが、休み中に彼女が何も言って来なかった以上、それを思い付いたのは新学期に入って以降だろう。つまり、思い立ってから最大でも二カ月半程度しか経過していない。

 費やした時間が組織の成熟度と直結する訳では無いが、それでも為すべき目標が大きければ大きい程に、組織を構築するには相応の準備と検討が必要な筈だった。

 

「君の優しさまで否定する気は無いんだ。その発想の原点に在る気高さと、尊さも。君の中には何時も正しさが在り、しかしながら今回は珍しく間違った形で現れているように思える」

 

 先学期の逆転時計の件のように、僕は可能な限りハーマイオニー・グレンジャーを尊重したいと思っているが、それでも絶対的に間違っていると思える事柄まで放置する事は出来ない。特に、自分自身の価値観と真っ向から対立するともなれば猶更に。

 

 勿論、彼女は当然のように、声高に反論しようとした。

 彼女は語るのだろう。如何に屋敷しもべ妖精が魔法族に虐げられているのかを。彼等の権利が護られるべきであるのかを。そして魔法族がどれだけ無知のままに、見て見ないふりをして、その問題を放置し続けているのかというのを。

 そして、それ自体は間違っている訳では無い。

 

 だからこそ、僕は彼女にそもそも反論させるつもりは無かった。

 

「歴史の話をしよう」

 

 唐突な言葉に面食らった彼女を何時も通り気にせず、僕は話を続ける。

 

「嗚呼、それも魔法族の歴史では無い。別にそちらでも良いのだが、君は善良な両親の許に生まれ、真っ当な教育により健やかに人権意識を育む事が出来たが故に、所謂〝マグル〟の方の歴史について語る方がやはり適切だろう」

 

 僕がホグワーツにおいて半純血を意識するのと同様、〝穢れた血〟という侮蔑語を通して自身の起源(アイデンティティ)を意識するが故に、彼女にとってはより身近であり、耳を傾ける事が出来るだろう。

 

「知っての通り、魔法族と違って非魔法族は特に色で区別した」

「……黒人差別の事を言いたいの?」

「嗚呼、そうだ。魔法界は〝スクイブ〟の方が差別されるし、この国には高貴で由緒正しい家系が存在している以上、黒人という人種が奴隷制や迫害の歴史と直結する訳では無い。だから、僕は君達の歴史で手酷く扱われた黒の事を言っている」

 

 一概に、黒が悪や暗闇と結び付けられた訳では無い。

 黒は豊穣や高貴、力や厳粛さと結び付けられる事も有った。ナイルの黒土、天蓋たる宇宙、謙虚と節制を尊ぶ宗教者、そして人に文明の火を提供してきた木炭や石炭。実際に、中世を色濃く残す英国魔法界のブラック家は、純血主義の王族である。

 

 ただ、人に限っては、その黒の良性は受け入れられなかった。

 

「君は、屋敷しもべ妖精について奴隷制度のようだと言及した事が有ったな」

「ええ、そうよ! 本当にクラウチさんやディゴリーさんの扱いの悪さと言ったら! ああいう事は決して許されるべきでは無いわ!」

 

 それは解りやすくて良い。

 

「ならば、近代奴隷制の終焉を達成した一つの革命について語るとしよう」

 

 余りにも早過ぎた、尊き幻想の話を。

 

「1804年の事だ。カリブ海に浮かぶ海賊島(トルトゥーガ)の近くの大きな島、その西側で、世界史上一つの画期的な事件が起こった。海を越えた本国で発された人権宣言に触発された黒人(black people)奴隷は、白人を島から()()させる事で、奴隷解放と共に世界最初の近代黒人共和国を打ち立ててみせたのだ」

 

 近隣諸国に比して一際異彩を放つ、唯一無二の異常な革命。

 西半球での黒人の歴史と文化を語るに際して欠く事が出来ない、輝かしき幻想。

 奴隷制度と黒人差別、そして西欧植民地支配からの解放など様々な因習の打破を達成したそれは──しかしながら、輝かしいモノのままで終わってはくれなかった。

 

「その革命は成功し、同時に失敗した。その末路を君は知っているか? 知らないならば僕が言うが、革命は島を焦土とした。革命より数年で国が二つに割れ、三つにすら割れた。そして今では、ほんの数年前に最悪の独裁が終わったものの、首都ですら貧困と飢餓で溢れている」

「で、でもそれは西欧諸国の身勝手が招いた事でしょう? 彼等の革命が直接間違っているという事にはならない筈よ。当然、それがかなり過激になった事も」

「嗚呼、そうだ。別に支配され続けていた方が幸せだったとは言わない。奴隷制の下で無知のまま幸福に暮らした者など居らず、彼等の復讐心は正当だった。またそれに先行する大陸の革命は、その数倍の数の人間を人道的に断頭台へ送ってきた訳だからな」

 

 実際に、1804年の成果をその後に妨げていたのは先進諸国だった。

 奴隷制を堅持していた国にとってはどう考えても都合が悪く、彼等が国家として承認されるには長い時間と犠牲を費やす羽目となった。

 何より北には周辺で最も早く独立を達成した巨人(合衆国)が存在していた。当時から無視出来なかったその存在は、時が経つにつれて更に強大になり、カリブ海諸国へ大きな影響と昏い歴史を与え続ける事となる。

 

「けれども、この革命からは一つの教訓を読み取る事が出来る。つまり、革命は慎重かつ計画的に行われるべきであり、一歩間違えば改善や革新どころか荒廃と悲劇しか生み出さない事を」

 

 かの島で行われた報復の強姦と拷問と虐殺は、如何に正当で有ろうとも、奴隷制の維持を主張する者達によって解放しない事の正当性を主張する根拠として用いられた。

 そしてまた皮肉な事に、強い合衆国を誕生させたのは、一連の革命戦争期に防衛の困難さを痛感した本国が、遠く離れたルイジアナを格安で売却したからだった。

 加えて同じ島に同居しながら革命の成果の共有と西洋化の放棄を拒否した東半分は、西に比べて長らく経済的に劣った地位であったものの、今では完全に逆転してしまっている。

 

「──っ。けれど、大半の革命というのは済し崩し的に行われるものでしょう。そして、私は別にS.P.E.W.によって暴力的な革命を起こしたい訳じゃないわ」

「……そうか。成程、君にとってはもっと穏健な物を想定しているんだったな」

「そうよ。だから──」

「同じだよ。君がもっと良く考えるべきだと言う結論は変わらない」

 

 例として適切で無いと彼女が考えようと、実際にそうであったとしても。

 意図した通りに革命や運動が進むのであれば、この世界はもっと単純な形をしている。

 

グレンジャー(Granger)

 

 彼女の姓を、僕は呼ぶ。

 

「君のその名がそれに由来するかは知らない。ただ、1870年代に合衆国で一つの変革の波をもたらした組織について、僕はたまたま知識が有る」

 

 勿論たまたまなどでは無いが、それは常の通り些細な事だ。

 

「全ての事象がその組織に帰属する訳では無い。しかし、最も著名で中心的な公然の秘密組織であるそれは、穀物を運搬する鉄道、ないしは穀物を貯蔵する蒸気駆動の穀物エレベーターを支配していた企業達に対しての反抗を露わにした事によって歴史に名を刻んだ」

 

 グレンジャー・ムーブメント(Granger movement)

 農場(Grange)から始まった変革と進歩。後世の人間は、その一連の熱狂をそう名付けた。

 

「特にその二つの独占と支配は、農産物の流通と販売を大きく制約していた。企業達が要求する過酷な使用料は、農家の大きな負担となり、彼等の生存は事実上彼等に握られていた」

 

 その何れも回避出来る性質の物では無い、つまり農家を続ける上で必要経費と言える物である。しかし、高ければそれだけ物が売れなくなり、一方で作って売らなければ死ぬ。だというのに、企業は不公正に──無論、彼等から見てだが──独占し、利益を享受していた。

 

「これは差別的発言では無いと理解して欲しいが、当時において農家というのは無知だった。教育の機会が無く、法的知識も欠けていた。だから、正義感を持った善良な一人の人間が騎士団(The Order)を立ち上げたんだ。彼は大統領の命令によって派遣されたのであり、その活動を支持した最初期の七人が居たにしろ、全ては一人の人間から始まった」

 

 土壌は有った。肥料も与えられた。

 それを差し引いても、彼が一つの歴史を動かした。

 

 彼女の表情をちらりと見れば、真剣に耳を傾けている。それから読み取れるのは、偉人についての称賛と尊敬と──そして自分を重ねているのだろう。その人間に、そして同じ名を持つ組織に、これからの屋敷しもべ妖精の姿と己の夢を見ているのだろう。

 

 ……ただ、彼女は僕がどんな話の文脈でこれを持ち出しているか考えるべきだった。

 

「始まったのは60年代だが、最盛期は70年代だった。彼等の運動は一応実った。グレンジャー達は鉄道運賃や穀物エレベーターの価格の引き下げを求め、傍観者だったかつてと違い政治に関与し、複数の(state)で法案を成立させた。彼等の主導による、運賃や輸送費の最高価格に干渉するなどの形で独占規制を行ったそれらを、一般にグレンジャー法(Granger Laws)と呼ぶ」

 

 価格の統制だけが法の成果では無かった。それは規制の一つでしかない。

 ただ、余りに高すぎる輸送費の引き下げというのが彼等の大きな目的の一つであり、その達成が意識され、革命の成果として喧伝されたのは確かだ。

 

「しかしながら、一方で、企業達はそれを違憲だと主張して法律への不服従を通告し、法廷へと持ち込んだ。要は、州政府やそれに支配された組織が値段を勝手に決める事は、自分達の財産を適正手続無しに奪う物なのだと主張した」

「可笑しいわ……! 物流ってのは単なる一企業が独占的に好き放題にして良い物じゃないでしょう? 誰もがそれを営業出来る訳では無いもの。鉄道が典型のように、社会に大きな影響を及ぼす企業活動はもっと制限的で、広く人の為に有るべきよ」

「その通りだ。結論としては、その主張は司法の最高機関の名の下に一応退けられた。つまり、『公益(public interest)』によって私企業が制約される場合が有るという論理だ」

 

 後の推移を見るにそう単純な話では無いが、ここではそう言っておくべきだろう。

 グレンジャー・ムーブメントは公権力による介入の概念を打ち立てた。百数十年経っても通用するような、資本主義が忘れてはならない原理原則を。

 

「ただ、グレンジャー法はほんの数年で全てが緩められた。彼等の革命は後退した」

「……! どうして?」

「各州で成立したグレンジャー(Laws)には強弱と濃淡が有ったが、その一つに通称ポッター法という物が存在する。……嗚呼、巡り合わせめいたものを感じるな。君の親友である彼の姓と一致するそれは、立法によって非常に包括的な規制を鉄道に施す代物だった。が、それが良いとは限らない」

 

 過剰は過激だ。

 そして余分でも有り、不必要でも有る。

 

「鉄道は企業によって運営されていた。価格への干渉──要するに値下げ──を初めとする種々の規制は、鉄道の儲けを当然に減らした。資本家達に配当は支払われず、それどころか新規の鉄道建設は停止した。投資しても儲けが出ず、寧ろ損すると判断したからだ」

 

 彼等は己が利権の死守に眼が眩んでいた事は否定出来ないけれども。

 それは、鉄道側が法を挫折させる為に打ち出した反対活動(キャンペーン)の一環だったけれども。

 

 それでも、その論理の正しさを真っ向から否定出来る者など誰も存在しなかったのだ。

 

「現代とは違う。蒸気機関車というリチャード・トレビシックの革命は奇しくも1804年。それからわずか七十年、合衆国が鉄道建設し始めて五十年程。所謂大陸横断鉄道の建設が始まったのは1863年だ。そのような中で新たな交通網が構築されない場合、一番困るのは果たして一体誰だっただろうか」

 

 国を南北に割った戦争(Civil War)が終わり、再建と再統合が求められていた時代だ。

 それに冷や水を浴びせるような真似事が、幾ら何でも受け容れられるだろうか。如何に始まりの理念が正しかろうとも、世の中というのは結果こそが全てでは無いだろうか。

 

 鉄道規制に限った物では無い。資本主義の下における進歩は、企業の拡大と半ば不可分である。故に、それに歯止めを掛けるグレンジャー法は後退させられた。自ら、後退した。

 

 絶句する彼女を他所に、僕は続けた。

 

「彼等の崩壊の原因が、それのみに帰する訳では無い」

 

 法の欠陥と後退だけが、その運動の衰退を招いた訳では無い。

 

「他の失敗もあった。彼等は、仲介商人や資本家達が農家の必要とする種々の商品を通じて自分達を〝搾取〟していると考えた。だから、彼等は安い商品の確保の為に仲間内で仲介し、共同購入し、或いは自分で事業を起こした」

 

 結果、どうなったか。

 

「彼等は留まる所を知らなかった。婦人服、農業機械、穀物エレベーター、蒸気船航路、保険。合同し、合資し、合名し、ありとあらゆる事を身内の組織だけで完結させようとし──当然のように冷徹な市場競争の論理に敗北して、莫大な借金だけが残った」

 

 薔薇色の未来を勝手に描いていた者達は、話が違うと憤ったかもしれない。

 けれど、世界というのはそういうモノだった。正しさだけでは生きては行けない。そしてそうと解れば、人は離れ、物は奪い尽くされ、最後には何も無くなってしまう。

 

 その組織自体は完全崩壊の前に原点に返って再編を進めた為に消滅だけは免れたが、その過程で多くが失望し、離れて行き、当然のようにかつての影響力を喪ってしまった。

 

「ハーマイオニー。〝グレンジャー・ムーブメント〟に終止符を打ったのは司法や行政の冷酷、或いは外部の悪意云々では無かった。彼等の崩壊を招いたのは内部の不信と不和であり、政治的な分裂であり、金銭的な損失だった」

 

 社会情勢が悪かったというのもあるが、理想は幻想でしかなかったのだ。

 その運動は確かに輝かしく歴史的な功績を後世に遺したけれども、当時だけを切り取ってみれば、個々の民衆の幸福という点に視点を向けてしまえば、無責任に褒め称えられるような輝かしい運動などでは決して無かった。

 

「そもそも組織が設立された発端の目的は政治では無かった。寧ろ、政治を語り、その下に統制する事は禁忌ですらあった。当時にしては珍しく女性の権利を軽んじなかったその友愛組織は、教育による()()と家族や農家間での()()を目的としていた」

 

 政治結社で無かった事が一概に悪かった訳では無い。最初からそうで有った場合であれば、かの焔はあそこまで派手に燃え上がりはしなかっただろう。

 ただ、組織が一気に拡大し、不相応なまでに膨張し過ぎた時、統制が取れなくなった。高尚な目的は忘れられ、議論と不満を吐き出し、団体行動をする為の仲間を探すのを提供するだけの場となってしまった。

 

「半ば暴走だったんだ。農家の権利の守護者(Patron)という幻想に引き摺られ、己の存在意義を曖昧にしたまま無軌道に突き進み、本来在るべき領分という物を超えてしまった組織は、興奮が醒めて己の価値に疑問を持った瞬間に、当然のように自壊してしまった」

 

 そして、農家達はより政治的に構築された組織に移るか、或いは自らそれらを立ち上げた。

 グレンジャー達が始めた革命は期待していた程の未来を手繰り寄せる事が出来ず、無知と傲慢は悪評と分裂、そして破綻を引き起こし、〝グレンジャー・ムーブメント〟という夢は消え去った。

 

「……つまり、貴方はそれらの歴史を通して、何を主張したいのよ」

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは怒りと憤りに震えていた。

 

「一方は百九十年前。もう一方は百二十年前。どちらも今より遥か昔の時代の話じゃないの。今は二十世紀、それも十年足らずで二十一世紀よ。それが何の教訓になるって言うの?」

「教訓になるとも」

 

 歴史は常に学ぶ所が有る。

 学んだ所で繰り返さないという保証は無いが、知らないよりずっと良い。

 何より今回に関しては、決してそう外れた事を言っているつもりも無かった。

 

「君は無意識に魔法界を、屋敷しもべ妖精の虐待を放置している社会を後進的な物として見下している。前近代の遺物が残存していると看做している。それは正しく、ならば、先例として見習うべきは進んだ〝マグル〟の西欧社会では無いだろう」

 

 そして、この話題は彼女が余り詳しくないであろう、しかし世界の一つの原点とも言える事象をそれぞれ取り上げただけで、他を取り上げても構わない。

 

 そもそも歴史ですら語る必要など無い。

 〝マグル〟の世界もまた、現在進行形で残酷だ。

 

「別に最近の事でも良いが? 91年からバルカンで燃え上がり、今尚続く民族主義と宗教対立の紛争について語るか? 或いは94年、つまり今年漸く死を迎えた、かつてこの国の連邦の一員であった世界の白人至上主義についてでも良い。そして、それらは始まりから殺し合いになった訳では無い」

「歴史の話は結構よ! 違うの……! 私はそんなつもりで言っている訳じゃ……!」

「同じだよ。古き因習と伝統、人の価値観。頼りにならない機会主義者と好き勝手に利益を貪る悪魔達。君が戦うのはそれらだ。そして、その果てに血を見ないという保証は無い」

 

 別に、覚悟の上ならば構わない。

 悉くを業火で焼き尽くし、数多くを贄として捧げ、それでも革命に生きるというのであれば、それはそれで一つの在り方だ。それはどちらかと言えば僕の惹かれる所ですらある。今の魔法界の停滞を忌み嫌う己としては、その方が解りやすさを有しているとすら思える。

 

 ただ──それはハーマイオニー・グレンジャーの望む所でも無いだろう。

 しかし、それでも意識はしておくべきなのだ。真に、世界を変革したいと望むのであれば。

 

 何より彼女は忘れている。

 

「いいか、この魔法界は啓蒙と合理の思想が行き渡った、穏当な世界などでは無い。死と磔と服従の呪文の飛び交う古臭い場所だ。君の運動をスリザリンが冗談と受け取ってくれるなら良いが、屋敷しもべ妖精に対して悪魔的思想を植え付けようとしていると認識されればどうなると思う?」

「それは……。でも、そうとは……」

「いいや。君はやはりスリザリンの外部への冷酷さを甘く見ている。僕が排斥されても迫害されないのは、偏にスリザリンだからだ。逆に、外部にはその縛りが無い。そして、学生社会を出てしまえば、ドラコ・マルフォイのような()()()()()嫌がらせで留まってくれない」

 

 それを考えれば、反吐(spew)というのは悪くない名前だ。どう考えても正気でマトモだとは思えず、しかし目的を狡猾に達成する為の適当な隠れ蓑に成り得るからだ。

 しかし、皆そうだという保証は無い。本質を見る者は、何処にでも居る。

 

「平和的に運動をするつもりでも、相手もそうしてくれるとは限らない。この国がかつて帝国で有った時の歴史を見れば、革命や運動など掃いて捨てる程見つけられる。当然失敗例も。だからこそ、その血を色濃く引く君は、深く煮詰めて考えなければならない」

 

 革命にしろ、運動にしろ。

 後退と悲劇を齎さない為に、真剣に悩み抜かなければならない。半ば不可避だとしても、それを少しでも軽減する為に、最大限の努力をしなければならない。

 

 そして、一度決めたのであれば、行動をもってその信念を確定しなければならない。

 

「嗚呼、予め言っておこう。繰り返しになるが、セドリック・ディゴリーについてと同じく、僕は君に考えを強制しない。君が僕の話を聞いてどうするかは君の選択次第だ。拒絶すらしても構わない。それもまた、君と僕の立場の違いでしかない」

 

 その理念は一貫している。

 己が受け容れない事に悲しく思いはすれども、それ自体を受け容れられないという事では無い。正しさの化身がやはり正しかった。単にそれだけの事なのだから。

 

「だから、君に求めるのは考える事だけ。僕は君の活動目的に全く共感出来ないという答えを聞いた上で、君自身の結論を出してくれる事だけだ」

 

 狂う程に苦しみ、悩み、傷付け、その上で結論を出したとは思えない程に的外れだと感じるからこそ、表面的な協力すら許容出来ない。

 

「給料と労働条件──後者は兎も角、前者は必要か? 彼等は売買で獲得した物質的豊かさに然したる価値を見出さない。魔法省の代表権──ケンタウロス担当室が事実上左遷部署となっているように、彼等はヒト族の政治に興味を持たない。杖の保持──彼等は杖無しに、ホグワーツでも姿現しを使う事が出来る」

 

 理念は別として、その活動目的については殆ど疑問を呈さざるを得ない。

 

「ホグワーツに屋敷しもべ妖精を受け容れたのは、ヘルガ・ハッフルパフだった。慈愛と善良さに溢れた彼女は、彼等に職場と安全、そして奉仕の満足を提供した。彼女は当時における最善を尽くし、故に彼等は感謝し、今も尚その子孫達は恩義を忘れずにこの場所に居る」

「……それは、当時で正しかっただけだわ。今も維持されるべきとは限らない」

「大いに正しい。だが、やはり現状を変えようとする君が間違っていないという保証は無い」

 

 何かを変えるというのは甘美な響きだ。

 しかし、アラスター・ムーディ教授が指摘したように、現状維持にも相応の努力が必要なのは事実だ。僕にとって受け容れがたくとも、それは認めなければならない。

 

「だが、彼女は最大限屋敷しもべ妖精の意思を尊重した。彼女は寄り添おうとした。君とは違う。君は彼等と話し合い、悩みと苦しみを分かち合い、その上で活動を始めた訳では無い。可哀想だという薄っぺらな激情に流された行動でしかなく、決して本気の行動では無い」

 

 痛烈な批判に、罵倒に、ハーマイオニー・グレンジャーの顔が歪む。

 その瞳に、涙が浮かんでいる。……嗚呼、それでも言わざるを得ないのだ。

 

「本気で世界を変えるつもりで有るのならば──そんなヒトの価値観に凝り固まった独善的な活動目的は出て来ない筈なんだ。君は真に革命の主体となるべき屋敷しもべ妖精を無視し、自分自身にだけ眼を向けている。少なくとも、僕にはそう思えて仕方がない」

「貴方は!」

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは怒声と共に立ち上がった。

 椅子が盛大な音を立てて、図書室に居た者の全てが動きを停止し、視界内に居る者の全てがこちらを見た。それでも、彼女はそれを無視した。

 

「貴方はスリザリンよ! 骨の髄まで!」

 

 その瞬間ハーマイオニー・グレンジャーは、はっとしたような顔をした。

 自分が何を発言したのかに気付いたようなそれは、衝動的で反射的な言葉だった筈だ。彼女が本当に言いたかった言葉では無かった筈だ。……嗚呼、それでも、彼女は自分が何を言っているのか理解して尚、彼女は震える声で続きの言葉を紡ぐのを止められなかった。

 

「貴方は自分大好きで保身しかできない残酷な傍観者よ……! 確信が持てるまで動かない事が賢いと考えている日和見主義者。そして、社会を変えたがらず、大多数に迎合する事が完全に正しいと思っている差別主義者だわ……!」

「僕はそれを否定出来ないが故に、人格非難では無く理性的な反論だと受け取ろう」

 

 激情に、正しい論理に付き合う気は無かった。

 だから僕は囁くような声で、けれども彼女にはっきり届くように問い掛けた。

 

「しかし、ハーマイオニー・グレンジャー。君はS.P.E.W.を通じて何がしたい? 君が本当に許せないと思ったのは、その原初の想いは、果たして何処に有る?」

 

 視線を合わせたまま、彼女に対してゆっくりと続ける。

 

「今後も議論がしたいというならば付き合おう。別に何時来てくれても良い。僕を論破し、やり籠めたいが為にでも構わない。そう、理想の下になんだってすれば良い。

 ──しかしながら、君がそのような活動目的を掲げ続ける限り、僕は君に協力する事が出来ないという考えは変わらないだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは僕の下を去った。

 去年とは違う。眼は少し赤かったけれども、マダム・ピンスすら注意を忘れる程の熱量と激怒と共に、周りの視線を完全に無視しきったまま、胸すら張って堂々と歩いて行った。

 

 そしてやはり去年とは違い、僕は彼女を追い掛けなかった。

 

 己の事ながら意外さすら感じる物だった。彼女を傷付ける事を理解しても尚、それでも我慢出来ないような事柄が、自分の中には確かに存在していたという事に。

 

 彼女が僕を──魔法界の貴族たる仲間達(スリザリン)を敵に回すような活動を表立って出来ない人間を──巻き込もうとした理由も解らないでもない。僕は本質的に革命、運動、ないし世界の変容に対して惹かれている。だから、当然に賛同してくれると考えたのだろう。

 

 けれども、僕はそれらに惹かれているからこそ、志向するからこそ、相応の価値と重みを求めてしまう。彼女の考えと、立ち位置を全く異にしてしまう。

 

 ゲラート・グリンデルバルド。闇の帝王。

 彼等は何れも挫折を経験し、しかしそれでも一種の敬意を払うのは、彼等から何を犠牲としても革命を実現するという意思と覚悟を感じるからだ。自分にはどう足掻いてもそこに至れないと確信し、また全世界を探しても彼等の真似事をする事が出来る人間すら極少数しか居ないだろうというのを痛感しているからだ。

 

 その二人だけ見れば彼等は五十年に一人の人間だが、たまたま時代の歪みがそれらを生み出しただけで、魔法史全体──勿論、全世界の──で見れば数百年に一人の人物である。

 彼等のように世の中を好き放題に弄繰り回した魔法族というのは稀だった。そしてそれ以上に、恐らく彼等は支持者を集うにしろ、己の力量を向上させるにしろ、暴力革命の為の準備を怠りはしなかった。だからこそ、彼等は()()()()偉大な事を成し遂げる事が出来た筈だ。

 

 要するに、彼等は学生のクラブ活動気分で世界に挑んだ訳では無い。

 

 彼女は屋敷しもべ妖精について図書室を片っ端からひっくり返したようであるし、それはそれで必要な事だ。

 けれども、革命を成し遂げたいのであれば、特に杖での決闘無しに無血で達成する事を希望するならば、その成否を決するのは洒落た理念や小奇麗な正義でも無く、挨拶と握手、衝突と折衝、そして何よりも会った回数と言葉を交わした時間である事だろう。

 

 しかしながら、ハーマイオニー・グレンジャーは屋敷しもべ妖精と──革命の主体となるべき者達と殆ど会話した事が無いという。

 ドビーという変わり者、ウィンキーという可哀想な者が居るのは聞いたが、彼等と本音を曝け出してぶつかり合った上で協会を立ち上げたという訳では無いのは明白だった。

 

 つまり、彼女はどう考えても汗を掻き足りていない。

 それが透けて見えたからこそ、僕はあのように悪辣な形で彼女を否定した。

 

 ……嗚呼、彼女が単純に一時的な満足と、自身の善良さを社会を通して確認したいだけというのならば、僕は何も言わなかっただろう。

 

 有象無象の大衆による感情的な支持もまた、革命や運動には必要不可欠だ。

 寧ろ、それらを率いる指導者以外の人間は、確たる信念や展望を持っている方が珍しかった。賢明でも聡明でも無い、何となくという流れに身を任せた数の論理こそが、数ある革命や運動を成功させ、そして輝かしい歴史を打ち立ててきたのであり、深く考えたり悩んだりする事は本質的に必須であるとも言えなかった。

 

 故に、僕はただ彼女に()()()()()()()()()()が故に、あのような事を告げたのだ。

 

「……とは言え、我儘だろうな」

 

 彼女が訪れて来る前と同じように、本に視線を落としながら呟く。

 

 自分が出来ない事を他人に求めてはならない。

 リーマス・ルーピン教授は正しいが、しかし、一人で出来ない事を時に分かち合い、時に身勝手に夢を押し付けてきたのが社会であり、人間の本質である筈だった。

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは〝英雄〟では無い。

 

 彼女はハリー・ポッター程の器を有している訳では無い。その叡智と魅力は多くの人間を動かす事が出来、しかしながら世界を変える事は出来ないだろう。歴史に名を残す数々の魔法大臣と同じ程度の優秀性、卓越性でしか無く、広いと思っていた道は成長するにつれて狭くなり、外の世界に身を置けば当然に己の分と限界を知るだろう。

 

 嗚呼、けれども。

 たとえ、僕の結論では〝英雄〟で無かったとしても。

 

 それでも尚、己が深く好意を抱いたモノが、確かに価値を見出だしたモノが、その通りに至上の輝きで有って欲しいと願うのは──やはり罪であると言うのだろうか。




・Granger Laws
 グレンジャー・ムーブメントの成果にして、最高裁での勝利、並びにその後の規制に関する行政組織の構築への流れを齎した事で有名な一連の法案群。
 その一つであり州議員の名前からPotter Law(1874)と呼ばれるものは、ウィスコンシン州で施行された。
……そりゃあまあ、誰もがハリーとハーマイオニーがくっつくと考える。ちなみにウィーズリーの由来はイタチ(weasel)である。
 大概の場合、Granger Lawsは、料金安過ぎて儲からないから配当も投資も辞めるわというストーリーで事実上敗北を喫したと説明されるようである。この時代のアメリカは金ぴか時代(Gilded Age)であるので、そのような時代に経済を冷え込ませる事やれば反発を喰らうというのも納得しやすい説明では有る。
 但しさっくり調べた限りでは、ミネソタは顕著な鉄道投資の減少が有るみたいだけど全体としては余り投資に影響無かったんじゃないの? という研究も早くから存在するようである。加えて、アメリカ合衆国では1873年から不況にも入っている(それも、世界大恐慌まではGreatが付くレベルの不況)。
 このどちらの理屈が正しいかまで突っ込んで調べる気は無いので割愛。小説という媒体における一人称の人間が語る物事程に信用が置けないものは無いのは言わずもがな。
 しかし、事実のみ、それもウィスコンシン州に限って言うならば、Potter Lawは1874年に知事(governor)となったWilliam Robert Taylorの主導で成立したものの、彼は75年の再選において敗北し、2年間の短期政権しか維持出来なかった。そしてPotter Lawは76年施行の、より権限が縮小された法律に置き換えられる形で廃止される事になる。
 その後の話であり、また穀物エレベーターに関する判決であるものの、合衆国最高裁判所によって修正十四条の下で「公益」のために合憲判断が出たのは翌年のMunn vs. Illinois(1877)での事である。それ以前を見ても、州の裁判所でもグレンジャー法は合憲とされている。
 なお、Munn vs. Illinoisで打ち出されたと思われた鉄道規制の論理は1886年に事実上ひっくり返される模様(ただし、鉄道は州を横断するモノである以上、その判決も已むを得ない)。
 Granger Lawを初めとするGranger Movementは利益や配当を求める企業や資本家の反対と農民達の政治・経済感覚の欠如から失敗したと看做される事もあるが、それでも彼等の運動というのは決して無意味で無く、農家に限らずその後の民衆の政治活動に指針を与えた。

・Farmer’s movement
 Granger movementは最高裁判所への挑戦と勝利、そしてその後の州際通商委員会の設立等の成果故に今尚有名であるが、70年代前半における農家の人間達の最も代表的な動きであるだけであって、全てがそれによって説明出来る訳では無い。
そもそも上記の時系列を見ても解る通り、Granger movementは数年で派手に盛り上がり一気に衰退した活動であって、Grangeは多くの州に成立したものの、典型的にGranger Lawsと言われるものはミネソタ、アイオワ、ウィスコンシン、イリノイとUpper Mississippi Valleyの限定された地域に集中している。
その上いわゆるNational Grangeが上記のGranger Lawsに果たした役割の程度というのは議論が有るらしい。建前上は非政治的である事もあってか組織を掛け持ちしている農家も少なくなく、この時期の運動というのは多層的・多重的な物である事は認識しておく必要が有る。鉄道規制に賛同ないし独占資本に反対したのも農家に限った訳では無い。
 ただし、その後の7、80年代の三つのFarmer’s allianceに代表される数々の農民組織、そして共和党・民主党というアメリカ二大政党政治への大きな挑戦の一つでも有るPeople’s Party(ポピュリスト運動)の起源の一つがGrangeにあり、独占への数々の挑戦と試行錯誤がその後の歴史に大きな影響を与えた事に疑いは無いと思われる。
 というかNational Grangeは農家への郵便配達サービスやら連邦所得税や女性参政権の議論やらの時代を先取りしようとする真似を常に(衰退後ですらも)忘れていない。一つの熱狂が終わっても続いたからこそ、グレンジャー・ムーブメントは神話として語り継がれているのかもしれない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。