今回の最後がアレだとしても、前提の話はさっさと出して置くべきでした。
第一の課題は、ドラゴンである。
課題当日、コロッセオめいた舞台を前にルード・バグマンが高らかとそう宣言した時、僕は一つの空想を思い描いてしまった。
すなわち、死喰い人を始めとする闇の魔法使いが遍く敵視する〝生き残った男の子〟──但し一人は女性だが──とやらは実は世界に四人存在しており、僕は単純な無知故にそれを知らなかったのではないか。そんな馬鹿々々しい空想を。
ドラゴン。
非魔法界にも良く伝わる幻想の王。
魔法省分類においてXXXXX。訓練する事も飼い慣らす事も出来ず、かつ
秘密の部屋の主であるバジリスクを放置した僕やアルバス・ダンブルドアを、善良にして良識の有るハーマイオニー・グレンジャーが非難したのと同様、専門家による学術的判断からしても魔法使いが対峙する事が推奨されない、怪物中の怪物。
かつて夥しい死者を出した三大魔法学校対抗試合は、しかし今回こそは死亡選手が出ないよう特別の安全措置が取られたという建前の下に開催された。ルード・バグマンやバーテミウス・クラウチ、その他の魔法省から出向してきた多くの役人達、加えてアルバス・ダンブルドアを含む三校校長が細心の注意を払っているとも当然聞いたのだが──どうやらそれは嘘だったらしい。
寧ろ、彼等が協力して、ハリー・ポッターを含めた代表選手全員を葬り去りたいと思っても尚信じられる。それくらいには法外で無茶苦茶な現実が、今目の前には存在していた。
会場の異様な雰囲気を気にする事も無く楽し気に司会を始めたルード・バグマンをぶん殴りに行きかけたグリフィンドール生は、恐らく片手では足らなかっただろう。スリザリンの大部分を除けば、ハリー・ポッターを歓迎しなかったハッフルパフですら同様の想いを抱いているようであった。
衝撃的な課題内容の発表にどよめく観客。それを気にせずに自分の世界に入り込んだ司会。自身の存在を誇示するかのように遠くから聞こえるドラゴンの咆哮。そして、緊張感を隠せないドラゴン使いら大人達。
それらは或る意味見物では有ったが、第一の課題に際する僕の関心事はやはり別の所──課題というのがどのように〝運営〟されるかという点に存在していた。
何者かがハリー・ポッターを代表選手とした以上、その犯人は三大魔法学校対抗試合の中で確固たる目的を有している。そして、それに部外者である僕が付け込むとすれば、自身が犯人だったらどのように干渉するかを想定するのは第一歩だった。
もっとも、その運営方法、試合規則、或いは生徒に対する注意喚起というのは、当たり前では有るが目立ったような物を述べる物では無かった。
代表選手には途中棄権の権利が有り、試合中ドラゴン使い達が彼等の安全の為に眼を光らせ続けているから何ら心配は無い事。
観客に対しても同様であり、更には会場全体に対し種々の防御呪文が掛けられており、観戦するに際しても大きな危険が無い事。
加えてその反射的効果として、署名した三校に
最初の二つは当然で有り、最後の一つも何ら驚くにも価しない。
ハリー・ポッターを強制参加させた炎のゴブレットが、まさか単なる気の利いたくじ引きマシーンに過ぎない訳では無いだろう。殺人罪が人を拘束し、処罰する剣で有る一方、無辜の市民を守る盾の機能も有している。わざわざ代表選手に名前を入れさせたあの魔法具は、一般人には広く明かされない不思議な効果を他に宿していると考える方が寧ろ自然であろう。
また敢えて魔法省の名前を出すのも、干渉すれば悪戯で済まない事を示すのを狙った事であり、そして理屈としても、三大魔法学校対抗試合に魔法省が深く関与している以上、その面子を汚す事を許しはしまい。特に、今年のクィディッチ・ワールドカップにおいて、魔法省は国際的な大恥を晒したのだ。生徒だからと言って軽い処置が下ると考えるのは甘過ぎである。
加えて、三大魔法学校対抗試合が有する性質自体が、そのような行為が易々と許されるとも思えない。三百年の歴史の中で外側から介入を試みた馬鹿が居ない筈も無いし、けれどもその逸話が伝わらず、三大魔法学校対抗試合の権威自体が損なわれていない──夥しい死者という点を除いてだが──という事は、多分そういう事なのだろう。
更に言えば、アルバス・ダンブルドア。
年齢線の一件ではハリー・ポッターを参加させてしまうという無様を晒したが、あの今世紀で最も偉大な魔法使いの守護が、課題に関する無粋な干渉を易々と許してくれるとも思えない。
思い返せばハリー・ポッターは、クィディッチの試合において三年連続で外部からの攻撃を受けている。
一年目は箒が制御不能となり、二年目はブラッジャーが彼の腕を粉砕──ついでにギルデロイ・ロックハートが彼を骨抜きに──し、三年目には吸魂鬼によって地上に叩き落された。
このような〝尊き〟前例が有るにも拘わらず、その手の干渉への強い対抗措置を取れないとすれば、馬鹿を通り越して無能である。そしてまあ、アルバス・ダンブルドアがそのような人間でないと考える位には、僕はあの老人の知性と実力に対して信頼を置いている。
更に更に、これはついで程度の理由でしかないが、流石のスリザリンとて今回は殆どの生徒が空気という物を読めていた。
仮に魔法省の警告が無かろうとも、ハリー・ポッターを事故死させる為に呪文を使うべきではない。ドラコ・マルフォイにすらそう考えさせる位には、第一の課題がドラゴン──魔法使いにとって一つの死の象徴であるという意味は大きいようだった。
死の呪文を使用する事自体については余り抵抗が無くとも、他人が踊り喰いされるような結果を招く関与をしたい人間は居ないらしい。銃で人を殺す事が出来ても、剣で人を殺す事には抵抗があるようなものだろうか。まあ、人間として真っ当な感覚であるだろう。
勿論、それでも自身が関与しない事故死は有って欲しいと考える位には、スリザリンは〝スリザリン的〟であるようでは有ったのだが。
故に、というべきか。
第一の課題は不気味な位の静寂と共に開始が宣言され、進行と共に観客の殆どを熱狂の渦に陥れ──そして最終的には平穏無事のままに、予定の全てを終了した。
三校全体と魔法省、そして多くの大人が協力して敷いた体制は、その完璧さを遺憾無く発揮し、ドラゴンという大危険物を用いて尚イベントをイベントのままに留め、興奮と熱狂の渦をもたらしたままに終結させて見せた。
いや、その結果を導いた最たる理由は、あの場に居た誰もが理解していた筈だった。
僕はマルフォイ、或いはハーマイオニーに対して──その後の展開や彼女の話から判断するに、結果的に殆ど全校生徒が知ったようだが──疑問を呈した。
ハリー・ポッターを四人目の代表選手とするような炎のゴブレットは公明正大な審査員などでは無く、残りの三人の正当性も保証されないのではないかと。セドリック・ディゴリー、ビクトール・クラム、そしてフラー・デラクール。彼等が三大魔法学校対抗試合の代表選手として相応しき資質と能力を持っているかは疑わしいのではないかと。
その理屈は、あの時点ではそれなりに尊重されるだけの重みを有していた。
誰の眼にも明らかな不正の露呈は、その可能性を広く考えさせるには十分だった。
けれどもまあ、第一の課題が終わった今、それがどうであるかは言うまでも無い。
僕の〝予言〟は綺麗に外れた。
四人の代表選手は、自らが代表選手に足り得る事を証明した。
炎のゴブレットから名前が出たからという理由では無く、四者四様の方法でドラゴンを出し抜き、第一の課題を達成する事で、尊敬と権威を勝ち取ってみせた。
そして当然の事ながら、理由はどうあれ代表選手に疑問を呈した僕に対する風当たりというのは至極当たり前に強くなったのだが、それはまあ些細な事だ。元より嫌われているスリザリン生であり、それどころかスリザリン生の中でも敬遠されてきたのだ。非難と忌避の理由が一つ増えた所で、何かが大きく変わる訳では無い。
何より、僕の関心というのは、やはり最初からそこに無い。
彼を三大魔法学校対抗試合に参加させた第三者は、第一の課題中に何も動かなかった。
ドラゴンは不幸な事故を演出するにはさして苦労しない程の脅威だっただろうに、ハリー・ポッターが事故死しても不自然では無いと考える位には刺激的であったのに、干渉のような干渉をしなかったのだ。
課題は全部で三つ。つまり、後二度機会が有ると言えばそれまでである。
しかし、後二度有るのだからという甘い考えで、絶好の機会である今回を逃したのではないかという価値判断を下す事も可能な筈だ。
そしてまた、警備体制という点で見れば、今後の二度で大きく変わる物でも無いだろう。ハリー・ポッターの護りがこれ以上に薄まるとは考えられず、逆にアルバス・ダンブルドアであれば、第一の課題の経験を生かす事によって、ハリー・ポッターに対する新たな守護すら掛けてみせるかも知れない。
だからこそ、彼を害する気配すら見えなかったのは不気味だった。
僕は何かを勘違いしているのではないかと。あのアルバス・ダンブルドアですら、見当違いの所を見てしまっているのではないかと──そう思えてならなかった。
話が少し前後はするのだが。
第一の課題終了後、セドリック・ディゴリーはその地位を確たる物とした。
ドラゴンを華麗に出し抜いてみせた事により人気を一層高めたのもそうだが、それが全てでは無い。課題の達成が三大魔法学校対抗試合の代表選手の資質を証明したとすれば、その〝問題〟の解決に尽力した事は、ホグワーツの優等生としての評判を揺ぎ無いものとした。ハッフルパフは当然の事ながら、グリフィンドールからも敬意を勝ち取った。
その〝問題〟というのは、当然の事ながらあのふざけたバッジについてである。
いや、第一の課題開始前には、既にバッジの着用云々を既に離れていたのだから、それがもたらした影響とでも言うべきであろうか。
僕はその事に対して何も予言などしなかったが、僕にとって酷く不愉快な事象であった以上推移については注視していたし、そもそも何も予見していなかった訳では無い。あれが出現し、ハッフルパフの殆どがそれを肯定した時点において、僕は当たり前のように、未来におけるグリフィンドールとハッフルパフの戦争状態の到来を思い描いていた。
至極当然の事ながら、行為というのは、後に辞めたとしても消滅するものではない。過去に当該行為に及んだという事実は、決して消え失せたりなどしない。
前提として、ハッフルパフは自寮の代表選手を応援するだけならまだしも、あのバッジを公然とローブに帯び、ハリー・ポッターへの中傷活動に走った。呪いを掛けに走らないまでも、リータ・スキーターの記事を持ち出しての揶揄は当然、廊下で彼に侮辱の言葉を投げつけ、精神的に追い詰め、第一の課題を失敗させようとした。
しかし一方、グリフィンドール。
かの寮生はハリー・ポッターを公然と支持する事まではしなかったものの、彼等にとってハリー・ポッターは一貫して自寮の代表選手で有った筈だ。
何せ、あの御調子者共の思考は解りやすい。
有り得る筈が無い四人目の代表選手が誕生した瞬間、彼等はハリー・ポッターを当然に歓迎した事だろう。ウィーズリー家の双子ですら不可能で有った年齢線という障壁を超え、アルバス・ダンブルドアを出し抜いてみせた〝英雄〟への賞賛を隠しはしなかった事だろう。
勿論、彼等はすぐさまそれを取り繕った。
ボーバトンやダームストラングの生徒達、加えて彼等の本国の反応や、予言者新聞に代表される媒体による不正の指摘の下では、空気を読む以外の選択は無い。
しかしそれでも、ハリー・ポッターを裏で応援している者が多く居た事に疑いは無い。
何年もの時間を経て育んできた寮内での結束というのは、世間の反応程度で容易に断ち切れる物では無い。そのような脆弱な物であれば、四寮間の確執や、自寮への固執などというのは既にホグワーツから消え失せている筈である。
ロナルド・ウィーズリーの反応がグリフィンドール内を複雑にした面が有ったらしいにしろ、全グリフィンドールがハリー・ポッターの敵に回ったとは考えられない。寧ろ、グリフィンドールの主流、根底に有った感情は、
畢竟、ハッフルパフとグリフィンドールには、今回の騒動で明確な対立構造が生まれた。
ハッフルパフはグリフィンドールの一人のみ、ハリー・ポッターという個人に対してのみ喧嘩を売っているつもりだったのかも知れない。というより、珍しく熱に浮かれた彼等、他人の中傷に慣れていない者達の思考は一貫してそうだろう。
だが、ハッフルパフはグリフィンドールの習性を見落としている。
仲間への侮辱は自分への侮辱と等しいと考えるのが彼等である。それどころか自分以上に他人の為により激しく燃え上がってみせるので有って、その自認と自尊を公然と踏み躙ったハッフルパフに対し、あの独善的騎士道集団が黙っていられる筈も無いのだ。
故に、グリフィンドールは第一の課題に至るまで、能天気なハッフルパフに対して不満と敵意を貯め込んできた。両者を引き裂く罅、二寮の断絶を招く種が生まれ、短期間に急速に育まれ、不可避の熱戦へと発展するのには時間の問題だった。
もっとも、明確な対立構造を有しながらも尚冷戦のままで有ったのは、グリフィンドールが珍しく自制したからだ。
本来の彼等であれば何時ものように即決速攻で殴り込みに行くのだが──スリザリンに対しては当然そうした。バッジが広く出現してからの二週間程、スリザリンとグリフィンドールには不幸な事故で医務室送りになる例が多発していた──今回の一件には小さくない負い目が有った。
ハッフルパフ出身の代表選手という、輝かしき話題の矮小化。有り得る筈の無い四人目の、年齢資格を欠いた代表選手。付け加えれば、ハリー・ポッターが数々の騒動を引き起こしてきたのはグリフィンドール自身が良く知っていたのも有っただろう。
言ってみれば、世間的にも、感情的にも、理論的にも分が悪かった。
済し崩し的に二寮間の戦争を引き起こすのには、躊躇するだけの理由が有った。ハッフルパフをやんわりと宥める事は出来ても、強く制止し、決定的に対決へと踏み切りにくい土壌が有った。
……しかしまあ、それが出来ないのと、何も思わないのは別の話だ。
スリザリンもハリー・ポッターを中傷はしていたが、或る意味それは何時もの事だ。
しかし、グリフィンドールが勝手な仲間意識を有していたハッフルパフが、今回の一件において彼等の予想を大きく超える行動に出た。
元来性根の腐っている者が悪事をしてもまあそうだろうなという感想を抱くだけだが、善人だと思っていた相手が悪事をすれば衝撃を受ける。人の感情とは真に我儘なもので、しかしグリフィンドールはそれを制御出来る程賢くは無い。しかもスリザリンに対する物と違って軽々と表に出せはしない為に、敵意の炎は内に閉じ込められ、より強く燃え盛る事になった。
火種は厳然として存在し、必要なのは契機だった。
それが〝何〟になるのかまでを事前に想定する事は流石に出来なかったが、第一の課題でハリー・ポッターがドラゴンを見事に出し抜いた時、僕はそれを十分だと見た。グリフィンドールは一つの強力な口実を、ハッフルパフに反撃を開始する為の武器を手に入れたと感じたのだ。
クィディッチを含むスポーツの世界で顕著なように、絶対的な実力の提示は時に、外部からの無責任な批判や中傷を、問答無用で捻じ伏せうる。
ハリー・ポッターが代表選手の座を盗み取ったと非難されたのは、一千ガリオンという富と三百年振りの優勝選手という名誉への嫉妬の面も有った。自身が優勝選手として賞賛されている
けれども、ハリー・ポッターは意図せずして、だが明確に疑問を突き付けた。
──代表選手になったとして、お前達は自分と同じ事が出来るのかと。
ハリー・ポッターは魔法界的に、闇の帝王失墜後の十三年間一貫して英雄だった。そして、ホグワーツに入って以降も、数々の英雄的行動を引き起こしてきた。
だが、彼のホグワーツでの行いに眉を顰めていたのは決して我らが寮監にして教授殿のみでは無く、レイブンクローやハッフルパフ、グリフィンドールの中にすら存在していた。彼を歓迎していなかった者達は、今回ハリー・ポッターが代表選手となったのと
けれども、今回は決定的に違う点が有る。
彼の偉業は今まで一貫して密室で行われてきた。
賢者の石、秘密の部屋、そして当然ながら闇の帝王の失墜。そのいずれの活躍も、他人の眼に触れる物では無く、疑念と疑問を挟む余地が有った。如何にクィディッチの世界で実力を示そうとも、魔法的な能力と資質とは無関係である以上、彼を侮り過小評価する風潮は一掃されず、その行為は何ら妨げられるものでは無かった。
しかし今回の三大魔法学校対抗試合第一の課題においては、誰にでも見える形で彼自身の資質と能力を見せつけた。
大会規則でも無く、炎のゴブレットでも無く、『他ならぬお前が、三校の代表選手達に並び立つ者としハリー・ポッターは相応しいと思うか』という形で自らが訴えかけてみせた。
そして、その問いに対する解答は、彼がそれまでに行ってきた英雄的行動の追認は、課題後に向けられた彼への歓声の大きさを示すだけで十分だろう。
ハッフルパフ──余り深く考えもせず、信念も無く成り行き的にハリー・ポッターを中傷していた者達もまた、あの試合内容を見せつけられた以上、ハリー・ポッターを否定し続ける事は出来なかった。スリザリン的な一貫性を彼等は抱けなかった。
そもそも彼等は、本質的には他寮との融和を是とする者達である。今回が異常であり、異例である。故にハリー・ポッターが第一の課題を終えた時、彼等はそれまでの自分達の行いに疑問を抱き、それを顧みる余地が産まれた。あそこまでやるべきでは無かったと反省し、後悔しうる趨勢へと傾いた。
嗚呼、隙なのだ。優しきは時に甘さであり、弱さに繋がる。
自校の代表選手を中傷する事は間違いである。ハリー・ポッターは自校の代表選手に相応しい活躍を見せた。故に、ハリー・ポッターを中傷する事は間違いであり、それを為したハッフルパフもまた間違いである──そんな三段論法以下の言いがかりは、しかし火種を延焼させ、業火へと成長させるには十分である。
ハッフルパフは言うかも知れない。
自分達が間違っていた事を認め、辞めたのだから良いでは無いかと。正しい在り方に〝是正〟したのだから良いのでは無いかと。
けれどもグリフィンドールは、自分達が正しい事さえ理解して貰えればそれで構わない、というような、清涼で爽やかな性格を持っている訳では無い。
あの者達はやはりスリザリンを超える陰湿さを根底に有しているし、時に露わにする事を厭わない。そうでなければ、一夜にして百五十点を喪わせたかつての
そして、今回のグリフィンドールは止まれない。止まる事が出来ない。
ハッフルパフ自体がハリー・ポッターへ公然と敵意を剥き出しにした瞬間、バッジ云々、代表選手云々から問題の核心部は離れていた。
ハッフルパフは、グリフィンドールの仲間を侮辱した。
根も葉も無い誹謗中傷、魔女裁判的な非道の処遇を受けた。
そのような無法を、他寮の横暴を、〝グリフィンドール〟が黙っていられるのか。
いや、それまで黙っている事を余儀無くされたが故に、既にハッフルパフの行為を殆ど黙認したが為に、たとえ言いがかり的な理屈を発端として持ち出しても、自分達が〝グリフィンドール的である〟事の証明の為に立ち上がらねばならなかった。
それは面子の問題であり、感情的な理屈であり、それ故に解決が困難であって、融和の崩壊の帰結としての戦争へと発展する事が当然だった。
グリフィンドールとハッフルパフの戦争。その発端が三大魔法学校対抗試合に纏わる事象だったとしても、表面化した衝突は更なる対立と問題の表面化を生み、戦火と憎悪を拡大・再生産する。戦争において、最初の戦争理由が忘れ去られる事など珍しくない。全く関係無い不平や不満を飲み込み、最終的に、勝つ為に戦うという例は幾らでも有る。
そして、二寮の価値観の相違が常に問われてきたスリザリンとグリフィンドールとは異なり、ハッフルパフとグリフィンドールはそれが問われる事が殆ど無かった。ガス抜きする場も、御互いの差異が焦点として先鋭化される機会自体が無かった。
そもそも、スリザリンとグリフィンドールでは親しき交流が無く、必然として、本来仲睦まじい友人で有った者達が、譲れない矜持が為に対立する事が──更なる対立と激戦を招くような関係性が無かった。
しかし、ハッフルパフとグリフィンドールにはそれが有る。
そして、その友人達は、第一の課題終了時まで互いにハリー・ポッターについての問題を棚上げしてきたに違いない以上、当然その不自然さに直面せざるを得ないのだ。そして直面した時、自分が〝ハッフルパフ〟或いは〝グリフィンドール〟である事を意識し、対立を止める事が出来ない筈なのだ。
勿論、そのような問題に口出しする資格というのは、ハリー・ポッターには有る。
誹謗中傷されたのは他ならぬ彼であり、今回の一件の当事者で有る以上、二寮の戦争が勃発するような愚行を止める為に大きく介入する権利は当然のように有している。
けれども、僕はそのような方面の能力について、寮への統率力という点において、僕は〝英雄〟たる彼をやはり評価していない。
彼の交友関係は二人の親友以外は薄く、そしてまた既に述べた通り、問題の核心は三大魔法学校対抗試合のみを離れ、〝グリフィンドール〟的ないしは〝ハッフルパフ〟的な物へと移っている。ハリー・ポッターの気質がスリザリン寄りであり、かつ癇癪持ちの傾向が有る事からすれば、そのような機微を把握した上で制御する事は出来はしないだろうと踏んでいた。
だからこそ、僕は二寮の融和の崩壊を、戦争を予見した。
それが寮の一部を焼くに留まるか、二寮全体を燃え上がらせるかは解らずとも、かつて友人で有った者達が対立し、疎遠となり、永遠の不干渉となる事例が数多く現れると思っていた。論争と衝突は各地で相応の規模となり、数か月か、数年か、ハッフルパフとグリフィンドールを隔てる大きな断絶を生む事だろうと考えていた。
だが──そうはならなかった。
他ならぬセドリック・ディゴリーの、強力な介入によって。
〝セドリック・ディゴリー〟の動きは素早く、そして見事だった。
第一の課題での熱狂が醒める前、ハッフルパフとグリフィンドールが我に返る前に、彼は大きく動いた。不正が看過されていた事を忘れていないと、そしてそれを誰よりも直視し憂慮していたのだという事を証明するかのように、精力的に活動した。
彼は課題終了の殆ど直後には既に自寮が誤っていた事を宣言し、それを止められなかった自身の不徳を恥じて見せ、尚不満を隠さないグリフィンドール生とは自ら多くの言葉を費やし、時には頭を下げる事を躊躇わなかった。自寮全体の問題である事を差し引いても尚やり過ぎだと思える位に、彼は二寮の友人関係の破綻の回避に動き、便乗的に噴出した不満や諸問題の解決にすら大きく関与し、己の誠意を広く示すのを厭わなかった。
特筆すべきは、彼が問題を正確に把握した上で動いていた──少なくとも、僕の眼にはそのように見えた──という事であろう。
今回の最大の焦点は究極的には、ハッフルパフが〝ハッフルパフ〟である事を忘れた事であり、グリフィンドールが〝グリフィンドール〟で在れなかった点に帰結される。
しかし、来年の首席候補にして三大魔法学校対抗試合代表選手、そして何よりも
そしてそれは当然の事ながら、グリフィンドール生に満足を与え、溜飲を下げさせる事に成功した。良くも悪くも、そのような事はハリー・ポッターでは出来ない真似だった。
何より意識すべきは、好き好んで自らの友人を喪いたい者というのは居ないという事だ。
断絶状態でも戦争状態でも何ら問題の生じないスリザリンとは違う。数年もの間同じ校舎で関係を育み続け、友人と呼んできた者を喪うかもしれないという危険性を、彼は広く意識させた。一時の感情的理由で永遠に関係性を喪う愚行は〝グリフィンドール的〟であるのかと、決して言葉にせずとも、態度で示し続けた。そして、その在り方が、尊き行動が実を結ばない道理は無い。
その上で、今回の被害者にして最大の当事者たるハリー・ポッターもまたセドリック・ディゴリーの方針に同意──殆ど黙示に、だが。その点からしても、やはり彼は他人を統率する気質では無い。政治家ないし派閥の利害調整者は、自分の影響力を増大させる機会を見逃さないものだ──した事によって、四人目の代表選手から始まったハッフルパフとグリフィンドールとの対立は、完全に終焉を迎えた。
寮全体での対立というのは稀でも、学生を千人集めて寮生活をやっていれば、生徒の大多数を巻き込む問題というのはしばしば発生し得る。
それを解決する事が求められるのは、監督生であり、時には首席であり、寮を代表する顔役だった。彼等の殆どはその地位自体では無く、学生間の問題解決能力を有するが為に敬意と権力を保証されている。僕は当然として、ハリー・ポッターが代表や指導者足り得ず、しかしマルフォイはスリザリンの代表足り得るのはその点にこそ有る。
ただ、彼等が介入して全てが綺麗に解決する事は珍しく、表で手打ちになったとしても個人間で問題が燻ったままだというのは普通である。彼等は人より優れていても超人では無く、やはり一学生の域を出はしないからだ。
そして今回の問題は、まだ開戦前でも開戦前夜では有り、しかもホグワーツ創設以来初めてのグリフィンドール・ハッフルパフ間の大規模戦争に発展し得る事態でも有った。
三大魔法学校対抗試合という非日常、
そのような大問題は一介の学生では当然、多くの生徒が協力してすら解決どころか緩和出来ないのが通常であって──けれども、セドリック・ディゴリーは一人でそれを為し遂げた。これまでホグワーツ内で生じたどんな学生問題よりも見事に解決し、ハロウィン以来に有った火種を二寮間の笑い話にまで貶めてみせた。
彼の行動の成果は、多くをハロウィン以前の状態に戻し、更にはそれを進めてみせた。
二寮間の親密さは当然に、ボーバトンとダームストラング────ハリー・ポッターが四人目の代表選手となった事によってグリフィンドールから距離を置いた者達をも呼び戻した。
グリフィンドールは四人目の代表選手の件で二校には近付きにくくなっていたし、かの二校としてもまた同様だった。その彼等の仲立ちとなったのはハッフルパフであり、それがハッフルパフの負い目に基づく贖罪的な行動的だったとしても、誰もが満足出来る結果であり、雨降って地固まるというように、当然ながら、ハリー・ポッターの選出以前の物よりも更に深い関わり合いとなっているのが見て取れた。
結果としてホグワーツは以前の平穏を取り戻し、それどころか三大魔法学校対抗試合という大行事の潮流の中で余計に賑やかさを増し──当然、その立役者たるセドリック・ディゴリーはその存在感を大いに強める事となった。
代表選手としての実力と人気。二寮の対立を収拾して見せた人望と能力。ハリー・ポッターという色々な意味での例外であり規格外たる存在を除けば、彼に比肩する者は既に校内には居なくなった。彼が善良で模範的な優等生である事を、そう認識すべきである事を、誰もが──スリザリンですら──疑いはしなくなった。
後はまあ、見事だったと言えば、僕への対応に触れない訳には行かない。
第一の課題以降、僕は再度、彼と廊下で擦れ違う事が有った。
その際、僕としては皮肉を返されるのも已むを得ないと考えていたし、甘んじて受けるつもりでも有った。悪名高いスリザリンに対し多少過激な言葉を使っても、彼のイメージが損なわれる事は無いだろう事は、僕自身が確信する所で有った。
しかし、セドリック・ディゴリーはそうしなかった。
〝セドリック・ディゴリー〟として、僕に追い討ちする事を良しとせず、何事も無かったように振る舞った。しかも、その振る舞い方も、一歩間違えれば嫌味と高慢さが露わになりかねない物だったのだが、それを全く感じさせない爽やかで、洗練されていた物だった。
彼がそうした理由が、僕からの反撃を恐れたからなのかは解らない。
しかし、あの瞬間に御互いの格付けは決定的に済み、彼の本性を暴露する機会が自身の手から既に永久に失われた事を、僕は当然のように理解した。
あの時中途半端に罅を入れたせいで、そしてそれを上手く利用出来なかったが為に、その仮面は第一の課題を経て余計に強固になった。雨降って地固まるというのは、この場合にも言えるだろう。ハッフルパフ生が今回の教訓を深く心に刻んだように、ハッフルパフ的存在はより強靭になった。
今後、彼が第二ないし第三の課題に大失敗するような事が有ったとしても、〝セドリック・ディゴリー〟の幻想が壊れる事は無く、その威信や名声を決定的に喪う事は無いだろう。仮に最終的にハリー・ポッターが優勝しようとも、二年年下の相手に出し抜かれようとも揺るがないだろう確たる物を彼は勝ち取った。スポーツマンシップの下に讃えるだけの余裕を、その能力と努力と行動で以って手に入れた。
そしてまた、僕にそれを破壊する隙を与える事は決してしまい。
再度の邂逅時、絶好の機会に不干渉を選択した以上、彼は僕に今後も近寄る事は無いだろうし、その口実も作りはしまい。加えて彼が第六学年で有り、卒業まで二年を切り、今年は三大魔法学校対抗試合が続く事を考えれば、そのような時間的余裕自体が無いだろう。
かのハッフルパフ生は最後まで〝セドリック・ディゴリー〟で在り続けられるに違いない。
他人に望まれる通りに、自身が強く望む通りに。
そしてそれは──ハーマイオニーの〝誤解〟を、僕が解く術が無いという事を意味する。
彼女にとって、セドリック・ディゴリーは〝善い人〟のままである事だろう。
実際、今回の一連の流れにも相応の
セドリック・ディゴリーは、第一の課題前から、あのバッジを寮内の人間が着用するのを止めようとしていた。しかし、力及ばずにその流れを止められなかった。ただ、第一の課題によってハリー・ポッターが代表選手としての資質を証明した後、彼を強く擁護しうる風潮と余地が出来た。そして、グリフィンドールとの対立をかねてから憂えていたセドリック・ディゴリーは、改めてバッジを着用しないように寮生に告げ、その上で、今回の後始末に奔走する事を買って出た。
そんな話であれば、現在の情勢と何ら矛盾する事は無く、セドリック・ディゴリーが広く讃えられるべき善人で有るという〝前提〟にも反しない。そして、その脚本の方が耳障りが良く、一般的にも受け入れやすい事だろうし、人間的でも有る。
元より、僕はハッフルパフの誹謗中傷をセドリック・ディゴリーが指導したとは思って居ない。その可能性は、最初から排除している。
何故ならそれは〝セドリック・ディゴリー〟から外れるからだ。その理想像を崩すような真似を、自分が手を汚すような愚行を、彼が決してする筈も無い。彼は状況を傍観したのみであり、放置しただけで有って、
そしてハーマイオニー・グレンジャーがどう動くかは大体想像も付く。
良くも悪くも彼女は素直であり、真っ直ぐで、そして善良さを肯定する陽の人間だ。僕が彼を嫌うのを、スネイプ教授がハリー・ポッターを嫌うのと同種の理不尽な物だと断じ、彼女は僕と距離を置こうとするだろう。
その事について、多少の寂寞を抱かないでも無いが──しかしそれは、僕にとって許容出来る範疇に留まるものでしかない。
無為に仲違いを恐れて己を曲げる事が出来るならばそのような事をそもそも口にしないし、何より、それは優先順位としては高くも無い。僕が許容出来る範疇を、未だに何も超えていない。
セドリック・ディゴリーを応援するバッジをマルフォイが作った事。
彼やS.P.E.W.に対するハーマイオニー・グレンジャーとの意見の相違。
そして、バッジが齎したハッフルパフとグリフィンドールへの試練とその帰結。
もっと言えば、第一の課題において代表選手が課題を達成したか──ビクトール・クラムやフラー・デラクールが五体満足のままに達成した事も、不愉快なセドリック・ディゴリーが課題を達成した事も、ハリー・ポッターが不幸な事故に遭わなかった事も。
仮にハリー・ポッターが実際に死んでいてすら究極的にはどうでも良く、それら全ては僕にとって脇道でしかなく、本題は別の所に有る。
第一の課題が、三大魔法学校対抗試合自体が僕にとって直接重要な訳では無い。僕にとって重要なのは
闇の印がああいう形で上がった以上、今回一貫して意識し、また注視しているべきは、〝スリザリン的な存在〟の動向である。彼等が如何なる目的の下に、どのように動き、何を引き起こそうとするかである。恐らくはアルバス・ダンブルドアの眼をもってしても看破しきれていないそれを明確化し、今後自身が取り得る方針を獲得する事である。
結論から言えば、それは失敗に終わった。
探偵の真似事をする以前に、事件が起こらなかった。
ハリー・ポッターに対する干渉は勿論の事、彼をミスディレクションとして目的を遂げんとする陰謀の気配で有ったり、それらの予兆を感じる事は出来なかった。第一の課題は何事も無く終わるという不気味な結末を迎え、犯人どころかその目的を確定する手掛かりすら手に入れられはしなかった。
クィディッチ・ワールドカップ以来の文脈から考えれば、決定的な事象が起こらなくともその前日譚ともいうべき何かが有って然るべきで有ったと言うのに、スリザリンは外部内部問わず、全くもって動こうとしない。沈黙を守り続け、それどころか息を潜めている雰囲気すら有る。あのルシウス・マルフォイですら、たかがヒッポグリフ一匹にあれ程多くの干渉をした者ですら、表立った動きを決して見せようとしない。
だからこそ、奇妙で奇怪で言い様が無い不安を掻き立てられたのであり──しかしながら、第一の課題を経て僕に、何らの収穫が無かった訳では無かった。
……いや、果たしてあれを収穫と言って良いのだろうか。
ホグワーツ校内、湖畔においての意図的で、しかし偶然めいた邂逅。
そして何より、自分の中でしっくり来なかった。余りに疑わしく意味深な発言をしながら、しかし直観では無関係、今回の事件とは全く独立の物だという感覚が有った。今回の事件の犯人像、現在想定されうる容疑者の思想の、そのいずれにも彼は合致し得なかった。
故に、僕はさっさと忘れ去るべきであるというのに、或いは直観の反証として彼を疑い続けるに足る証拠を探すべきであるというに──あの内容自体こそが、第一の課題
『善き伝統は途切れ、古き歪みが悪しき形で露呈し、それでも決して全てが喪われた訳では無い。元より〝ホグワーツ〟は、偉大な人物達を数多く輩出して来たのだ。四寮を一つに纏め上げ、善く君臨し、貴族的な意思と理念と責任の下に正しき方向へと導く〝王〟。そのような者が現れるのを期待する事に、一体何の疑いが有ろうか』
その理念に、思想に惹かれた訳では無い。
己は彼と出自を異にし、現在の地位と権力では絶対的な差異を有し、そして彼がとうの昔に失敗してしまった者である以上、その言葉をそのまま受け容れる事は出来ない。
けれども、それでも尚看過出来ないと感じたのは──
『グリンデルバルドの革命に因果が有ったように、あの大戦にも因果が有った。両者は接続されていた。魔法戦争は一人の闇の魔法使いの独創的な思想の下で発生した訳では無い。この国ではほんの三、四十年ばかり、革命が起こるのが先送りされていたに過ぎなかったのだ』
──彼の語る視点が、魔法世界大戦や第一次魔法戦争と言った視点に留まらず、それらを悉く飲み干して、超越的な視座の下にこの国の全てを語らんとする物で有ったからだろう。身勝手で、暴虐的で、人の上に君臨すべきと自負する者として、彼が言葉を紡いだからだろう。
バーテミウス・クラウチ。
聖二十八族たるクラウチ家の現当主。
純血中の純血の家に生まれながら、貴族たる能力と資質を保持しながら、労働階級の中に入り混じった異端者にして異常者。朽ちた老骨であり、歴史に取り残された遺物であり、
彼は、再革命にして反革命を唱えた。