この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

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スリザリンの男の子

 僕の学生生活は、最初から失敗していた。

 

 それがどんな存在であれ──つまり、それが望まないような血筋であるという場合でも──自分達の寮に振り分けられた事を歓迎しているのに、その人間が『この寮には来たくありませんでした』という絶望的な顔をしていれば、そりゃあ失敗方向に全力で突っ走るのも解りきった話だ。

 

 だが、それは余禄に過ぎないと言える。

 たとえその場合であっても、レイブンクローやハッフルパフならば、後から挽回する事について多少の希望は持ち得ただろう。だがよりによって僕が組分けされた寮はスリザリン、純血主義にして貴族主義の寮であったのだ。僕は最初から失敗を予見し──或る意味ではその通りになった。

 

 聖なる二十八という偏見に塗れた区分はさておき、魔法社会というのは広くて狭い。

 すなわち、魔法族は非魔法族のように小さく群れて住む必要が無い一方、姿現し・移動鍵(ポートキー)という移動能力に加えて単純な数の問題故に──魔法族がロンドンを闊歩するのにダイアゴン横丁だけでほぼ足りる事を考えてみれば良い──殆どが少なからず顔見知りであるのが当然だった。

 言い換えれば、古くから存在する〝純血〟であれば、対立関係の有無を問わず互いの存在を認知する事は不可避的であり、逆に言えば、そうでない者は〝純血〟だと言えない事など考えるまでも無い程に明らかだった。

 つまるところ、彼等は単純に姓名を聞くだけで、その者が純血で無いか否か──身内として迎えるべきか否かを殆ど判断可能であり、更に御互いの先祖の歴史について少しばかり会話をすれば完璧に識別可能であるとすら言えるのだ。

 それは彼等が本能的に備えた能力であり、その事は別に驚くに値しない。非魔法族の貴族とて、少なからずそう言った面があるのだ。であれば、古き因習を色濃く継承してきた魔法族が、どうして逃れる事が出来ようか。

 

 要するにスリザリンの性質として挙げられる団結主義は、入学前からの家族ぐるみの交流に強く依存するものである事は否定し得ないのだ。そして言うまでも無く、それらは非魔法族ないし半純血が余り持ち得ないものである。つまるところ、スリザリンに組分けされたその種の者達は、事実上ハンデを背負っていると言っていい。

 

 もっとも、救いかどうかは知らないが、彼等にとって親戚関係と看做す範囲は広い。ほんの数百年遡って、彼等の由緒正しい家系図の中に相手の家名を見つけられれば──すなわち、()()()()()()()嫁いだ人間が居れば、彼等は当然に親戚扱いをする事だろう。

 

 更に言えば、彼等とて不要な波風を立てない程度の頭は有る。

 同姓同名を理由に遠い親戚関係を見出したり、或いは何かの間違いで抹消されたのだと理解したりという〝柔軟〟さは、彼等の得意とする所だ。特に七年間も寮で生活をする上、学内の繋がりが卒業後にどう影響するか解らない。何より、組分け帽子という由緒正しい魔法具がその者のスリザリン性を保証しているという面も、その欺瞞を生み出すには都合が良かったと言える。

 

 ただ、そのような場合においても、いわば二流純血扱いされるというのは否定しがたいようだった。無論の事、低い地位に有ると見なされる事が、それがそのまま不幸に直結するという訳では無いのだが。蛇寮に組分けされた者らしく、〝純血派〟の者達の間を狡猾に渡り歩いて楽しくやっている者も居るようであった。

 

 勿論、スリザリン内においても、〝非主流派〟とも言うべき非魔法族生まれ・半純血のコミュニティが存在する。

 ホグワーツ全生徒で約千人であるから、単純計算でスリザリン所属は二百五十人。見た感じそれより少ないようだが、いずれにせよ全ての者が聖なる二十八に連なるというのは現実味が無い。そして、二流扱いされる位ならば、そういう者で徒党を組もうと考える者達が現れるのは当然の話ではある。

 

 けれども、彼等が〝純血派〟から完全に独立してやって行ける訳でも無かった。

 数で負けているとか、純血に媚びる方が楽な場合が多いとかいう以上に単純な話だ。

 十一年間魔法界で家庭教育を受けて来た者と、十一年間魔法無しで生きてきていきなり魔法界に放り込まれた者。どちらが優秀である割合が高いだろうか。非魔法界において、良いパブリックスクールないし良いカレッジに入る者は、得てして金持ちの家庭が多いのと似たようなものだ。今年の一年生にはド派手な超例外が居るから忘れがちだが、魔法族が非魔法族より優秀──魔法の領域において、だが──であるというのは厳然たる事実である。

 

 まあ、長々と述べたが、何にせよスリザリンに入るという事は、即座に自身の立場を鮮明化させる必要が有るという事で有った。純血で無い場合は猶更に。

 

 純血に媚びるか、それとも距離を置くか。

 狭い世界内での共同生活であるが故に、どちらかを選んだ所でそのまま戦争関係に陥る訳では無い。特に、〝生き残った男の子〟により闇の帝王が滅ぼされ、純血の子息の多くがアズカバンに収容されている現在、スリザリン内部の勢力図は非常に繊細なものとなっている。だからこそ、純血派も慎重になっており、ある程度融和的な態度を示していた。

 しかし、逆にそれ故に、非純血派は勿論の事ながら、純血派も〝身内〟以外への勢力拡大にそれなりに熱意を抱いていると言えるのだが。

 もしかしたら、現在のスリザリンは歴史上、今までで一番スリザリン内の純血以外に優しくなっている時代なのかも知れなかった。五年生の監督生の立場が許されているのがその良い例だ。

 ただ、純血主義という眠れるドラゴンは、未だに学生達の下で眠っている。それが、一か月程度のスリザリン生活における僕の実感である。

 

 まあいずれにせよ、僕が所属するとなれば、非純血・半純血側の〝非主流派〟以外に選択の余地は無かった筈だった。生まれに加え、貴族的な社交性が欠如しているのは自覚していたからだ。

 ただ、仮にそのコミュニティに属せた所で、それはいずれ破綻していたかもしれない。先に述べた通り、スリザリンという世界に括られた以上、〝純血派〟と距離は置けても関わりは必須だった。しかし、そのパワーバランスを理解した上で器用に立ち振る舞っている将来の自分など、全くもって想像出来なかったのだから。

 

 ……けれども。

 今の僕には、全てが仮定であり、余計な杞憂でしかなかった。

 

 僕の学生生活は最初から失敗していた事は既に述べた。

 だが、スリザリンにおいては、そのような事は酷く稀であると言わざるを得ないのだ。

 

 入寮当初から、自身の立場の表明を求められる。純血という対立軸が存在し、それを基準とする、大きく分けて二つの枠組みを持つ集団が存在する。それらは一見悪い事にも思えるが、しかし、裏を返せばコミュニティがはっきりしており、()()()()()()()()()()()気が合う合わないという不明確な基準で排斥されるという事は有り得ないのだ。

 勿論、集団の階層構造の中で下に置かれるというのは往々にして存在するが、それは有る程度時間が経過してからの話であり、集団を成立させる為の数合わせにも価値が有るのだから、最初から失敗するというのは有り得ない。友人以外を排斥するグリフィンドールとは違う。この寮内においては、打算と利益によっても結束と関係性を維持可能であるのだから。

 

 故に、僕のスリザリン生活を失敗させた最大の要因。

 それは、一人の少年のせいだった。

 

「やあ、スティーブン。呪文学の宿題は終わったかい? まあ、君の事だから終わっていると思うのだが、可能であれば見せて欲しくてね」

 

 談話室の隅へ押し込められて読書していた僕に対し、少なくとも外見上は親し気に声を掛けてくる金髪の少年。

 

 ドラコ・マルフォイ。

 ブラックが残らずアズカバンに行き、それらの子供もマトモに学内に居ない現状においては、最も高貴で純血の主流に位置するとも言える、純血中の純血の次期当主。どういう訳か彼に目を付けられたからこそ、僕には選択の余地が無かった。

 

 無論、僕が〝純血派〟に属したという訳では無い。アヒルが白鳥の群れに混じる事が出来る筈は無いのだ。しかしまあ、彼が目を掛けている相手を、〝非主流派〟が横から掻っ攫う真似も出来はしない。結果として、僕はどちらにも属せない、非常に微妙な地位に置かれる事になった。

 そして、当然ながら僕が真正面から文句を言える筈も無かった。彼は尊き血より導かれる善意からそう振る舞っているのであろうし、現状において排除される事がない要因として、多少は彼の助力が有る事は事実であった。

 もっとも一番の理由は、その中途半端な立場故に、スリザリンに居た一か月で〝純血派〟の面倒臭さも〝非主流派〟の苦労も見る機会が有ったからだろう。どちらでもないという事が気楽であるという気が無かったと言えば嘘になる。

 失敗はしても、それで楽しく暮らせない事はやはり無いのだから。

 

「……まあ、終わっているから構わないが」

 

 僕は彼に何時ものように答え、しかし一瞬逡巡した。

 今までは、僕が当然のように持ってきていた。それはスリザリン的な用心云々以前に、余程親しい者で無ければプライベートな空間に他人を入れる事はしないという至極常識的な論理の帰結だった。ドラコ・マルフォイとて、その育ちの良さ故に、僕がそうする事について一度として疑問を呈した事は無い。

 だが、この瞬間、その下らない常識は逆に利用できる事のように思えたのだ。

 

「確か机の上に有った筈だ。勝手に探して持って行ってくれ。何処かに埋もれているかもしれないが、羊皮紙の群れを適当に発掘すれば見つかる筈だ」

「……良いのか?」

 

 少しばかり目を見開いて確認を取る彼に、僕は頷く。

 ドラコ・マルフォイにも、自身が取りに行かされるという手間以上に、私的空間に侵入を許すという特権の価値と重さを理解しているのだろう。その瞳の奥底に僅かな侮蔑が見えるのは箱入り息子らしいが、さりとてその悪用許可証を与えられる事を見逃す程に非スリザリン的では無かった。

 そして僕は、それを把握して尚、前言を翻すつもりも無かった。

 

「構わない。何より、一々君に断りを入れられる方が面倒だ。今度からも探して取ってくれて良い。無ければ終わってないか、僕が持っているかのどちらかだ」

「……流石にそんな恥知らずな真似は出来ん」

「恥知らず云々を言うならば、まずは自分一人で宿題を終わらせる事だ」

「……僕は忙しいんだよ、君と違って」

 

 僕の皮肉に対し、ドラコ・マルフォイは不機嫌そうに顔を歪めて言葉を返す。

 その言葉は正確でも無いが、間違っている訳でも無い。彼は明らかに僕よりも遊んでいたが、それと同時に社交にも力を入れていた。無味乾燥な宿題に時間を費やすよりは、余程将来に直結する活動とは言えるだろう。

 

 ただ、今の僕にとって重要だったのは、僕が露骨に彼を揶揄しても尚、彼が不機嫌な態度を見せるだけで済んだという点だった。

 ドラコ・マルフォイという存在をどう扱うべきか、僕は非常に図りかねていた。

 約二か月前。明らかに純血では無い僕に対し、彼は平気で話しかけてきた。それ故に最初、〝純血派〟は僕を純血と勘違い──もっとも、姓名を聞いて彼等の誤解は直ぐに解けたのだが──した。そして、僕の学生生活は最初から蹴っ躓いたのだが、その理由は定かでは無い。僕の思い返す限り、彼との交流はダイアゴン横丁の洋服店での会話のみであり、その会話を振り返ってみても何ら特別な点は無かった筈だった。

 

 その理由を今まで僕は彼自身に問わなかった。

 問う理由など無い。表面的であれ造り物であれ、彼が同学年のスリザリンで唯一友好的な態度を示してくれる存在であるのは変わりない。眠れるドラゴンを擽る趣味は無かった。

 無かったのだが──

 

「なあ、マルフォイ。別に宿題を見せるのは構わない。その代わりに聞きたい事が有る」

「君が僕に聞く事が有るとは珍しいな。言ってみろ」

「何故、君は僕に構う? 君の交友関係に、僕は必要無い筈だが」

 

 ──僕は踏み込む事に決めた。

 それはこの二か月間の薄い交流の中で、彼がスリザリン的で有りながらも何処か甘っちょろい事を──恐らく両親からは酷く愛されているからだろう。良くも悪くも、彼は箱入りだった──理解したからである。

 

 何より。

 ハーマイオニー・グレンジャーの状況が変わった事が大きかったのは否定出来ない。

 勿論、真なる友人を得る事など欠片も期待して無かったが。一番近いのは半ばヤケになったという事なのかもしれない。

 

「わざわざ指摘される事でも無いと思うが、僕の血筋が君のように尊くない事は理解しているだろう。それなのに、君が僕に良くする理由が解らない」

 

 今まで何も問わなかった僕が、いきなり問うたのに面食らっていたマルフォイは、しかしその僕の言葉で顔を微妙に歪めた。

 

「君……誰が聞いているか解らない談話室で、その発言は不用意だぞ」

「危険な発言だとは認めるが、今更だ。誰もが気付いている事を隠しても意味が無い」

 

 僕は軽く肩を竦める。

 もっとも、気付かない振りを貫こうとする点は、彼もまた純血という事なのかもしれない。

 彼等は見ない事が、それはすなわち存在しない事であると考えがちだった。家系図なんかが良い例だ。無論、僕はそれを真正面から否定するつもりは無い。見ない方が精神衛生上都合の良い事も存在する。世界の貧困、窮乏、悲劇など、誰もが何かを見ない振りをして生きている。

 

 そもそも、僕らの会話に注意を向けている人間は、見た感じでは存在しなかった。

 入学最初は異様で相応しくない取り合わせに注目されていたが、二か月もすれば人は慣れる。

 

「しかし、あー……僕も聞かなかったのだが、スリザリンに組分けされたという事は、一応の血筋は保証されている筈だろう。君の優秀さはマグルでは無いだろうし、何処の家系に繋がっているとか聞いた事は無いのか?」

「一応聞いた事が有る。ロクでも無いものだったが」

「何と言っていた?」

 

 僕が他の生徒と殆ど交流しない事も有って、家系を知る人間も居ないからだろう。彼は微妙に好奇心をそそられたように身を乗り出すが、期待には応えられそうに無かった。

 

「ぺベ〝ル〟ル、ク〝リ〟ウチ、ブ〝リ〟ック、そしてレスト〝ラ〟ンジ。その辺りと血縁関係が有るとは言っていた」

「……ペベレル、クラウチ、ブラック、レストレンジでは無いのか」

「さあ。僕が母から直接聞いた名前はそうだったからな」

「何と言うか、君の母上は──」

「──狂っていた。それは否定しない。そして既に死んだ人間だから、真実は解らない」

「……余計な事を聞いた」

 

 憐みと共に、微妙にバツの悪そうな顔をする。

 悪感情を抱いた相手ならともかく、同じ寮で二か月程過ごしてきた相手に対して冷ややかになれる程、冷酷で在れる訳でもないらしい。

 彼は、奇妙なアンバランスさを同居させた人物だった。一言では表現しがたいが、スリザリン生としての側面と、そうでない側面を極端な形で有しているように見えた。家家族が無い事が憐れだと思える事が──家族愛が善なる物であるのを信じ切っている事は、その典型例だ。つまり、家族など居ない方が良いという場合が得てして存在する事を、彼は全くもって理解していない。

 もっとも、そのアンバランスさが無ければ、僕に話掛けようと思いすらしなかっただろう。事実、()()()スリザリン生である彼の取り巻き二人はここに居ないのだから。

 

「まあ、気にしないでくれ。エリザベス一世の子の末裔であるという法螺話を平気で宣う人でも有った。その言葉を一々マトモに受け止めていたらキリがない」

 

 非魔法族の歴史においても、魔法族の歴史においても、エリザベス一世は未婚かつ子が居なかった。それが動かしがたい史実である。

 だから慰めるつもりで言ったのだが、何故かドラコ・マルフォイが盛大に顔を引き攣らせたのが印象的では有った。

 

「そ、それでだ。何故君と交流しようとするかだったな」

 

 軽く咳払いをし、ドラコ・マルフォイは本題へと戻す。

 

「一言で言えば、君が優秀だからだ。確かに君は少なくとも姓名が純血のモノでは無いが、さりとてスリザリンに相応しいエリートの資質を有している事は、この二か月で君が寮にもたらした点こそが証明しているだろう」

「現一年のスリザリンで最優秀なのは、恐らくセオドール・ノットだが?」

「……いずれにせよ、君が優秀なのは変わりないだろう」

 

 僕の揶揄に、マルフォイは顔を嫌そうに歪めながら答える。

 〝ノット〟というように聖二十八族であり、尚且つ死喰い人の噂が有る家系でもあるからマルフォイと親しいのだと思ったが、そうではないらしい。まあ、嫌う事が出来るという事から考えるに、それなりの交流が有るのは間違いないのだろうが。

 そして、自身が優秀であるというのは、まあ否定し得ない事では有る。

 ほんの一か月間とはいえ、入学前に一体誰と共に学んでいたかを考えれば、それは当然の事だった。

 けれども、彼の言葉に納得した訳では無い。

 

「だが、君が僕に声を掛けた理由は、マダム・マルキンの店で会話したからという理由だっただろう。それは僕が優秀であるとやらが判明する前だ。故にたまたまそれだけの偶然で、僕と交流を持とうとするのは筋が通らない」

 

 確かに会話をした。ドラコ・マルフォイより前、たまたまマダム・マルキンの店を訪れていたからだ。しかし、その会話とて大したものでは無かった筈だ。明らかに純血のナリをしていたから適当におだてはしたが、おべっか使いを今更彼が必要とする筈も無い。

 そしてまた、手頃な宿題代行マシンも彼は必要としないだろう。

 その程度で〝マルフォイ〟と交流を持ちたい者は掃いて捨てる程居る。別に学業の助けを同学年から探さずとも、上級生の助けを求める方が直截的である。

 だからこそ、僕にとってドラコ・マルフォイは不気味であり、距離を測りかねている部分が有ったのだ。

 

「……まあ、偶然である事は認める」

 

 果たして、ドラコ・マルフォイは頷いた。

 

「君は会話の内容を気にしているようだが、特別な会話で無かった事は保証しよう。君の言葉が、純血から見れば間違いなく落第レベルであった事もね」

「ならば、何故」

「父上が仰っていたのだ。それが必要だと信ずるならば、多少は柔軟になるべきだと」

「父というと……ルシウス・マルフォイ氏か」

 

 若くして大それた地位に居る俊英である以上に、こちらの方が有名だろう。

 元死喰い人。そう呼ばれながら尚、今現在に至っても日の当たる場所を歩いている怪人。

 

「別に君を主題としてふくろう便を送った訳では無い。ただ、話題の中で君の話が出た。そして、それとなく諭されたのだ」

「貴方が出した話題とやらは、想像するに愉快では無かった筈だが」

 

 僕の揶揄を、マルフォイは否定しなかった。

 

「けれども、父上はこう言ったのだ。間違いなく純血では無いような人間であろうとも、スリザリンらしい人間は居る。事実、自身の友人も偉大な寮に相応しい人間である事に変わりはないが、彼が背負う姓は聖二十八族では無いのだと」

「……それは、意外な発言だ」

 

 その瞬間、僕は思わず周りを再度見わたしていた。

 相変わらず、こちらに注目している学生は居ない。けれども、誰が聞いているか解らない場所において話すには、僕の踏み込んだ発言よりも遥かに危険な内容だった。僕は非純血の学生以上の何者でも無い一方、彼の父には立場が有るのだから。

 

「失礼ながら、ルシウス・マルフォイ氏らしくもない」

「ああ。僕もそう思った。けれども、色々とやり取りをする内に、考える事は色々とあった。だが、結果として僕の迷いは晴れたし、今までの二か月を見る限り、君はもっと正当に評価されるべきだと、僕はそう考えている」

 

 真っ直ぐと僕の方を見つめて、ドラコ・マルフォイは言う。

 ……その言葉に嘘は無い。そう感じた。

 ハリー・ポッターとの交流を見る限り、彼は手の込んだ搦め手よりも直接的な手段を選ぶ傾向に有る。ある意味で素直というか、ひねくれていない事こそが、彼が親の愛を一心に受けて来た事の証明であり、スリザリンとして微妙に異質な点であった。

 

 もっとも、理由として未だに少し弱いような気がした。

 

 そこまで考えて、ふと思い出す。

 彼は最初から、マダム・マルキンの店で起きた事をえらく気に掛けていたという事に。

 

 僕の後にドラコ・マルフォイが店に入ってきて、その間の会話に特別なものは無かった。ならば、他に特別な事は何だろうかと考えれば、答えなど決まっている。当然のように僕が先に出て、その時僕は一人の少年とすれ違った。ならば、その後にドラコ・マルフォイが〝彼〟と会話していたとしても何ら可笑しくない。

 成程、彼が意識しているのか知らないが、代用品というのは納得出来る気がした。

 

 そして、彼とルシウス・マルフォイ氏が交わした手紙の内容も想像が付いた。

 ハリー・ポッターは英雄である以前に半純血であるが、さりとて〝ポッター〟は、聖なる二十八でないにしろ知られた血筋である事に違いなかった。不足は有るが、何処の馬の骨とも知れぬ姓の者より遥かにマシである。

 

 そこまで考えが及ぶと、彼に言うべき事は決まっていた。

 非魔法族は、自身の理解出来ない物に魔法を見た。そして、恐怖してきた。魔法を知る魔法族とて変わらない。自分の理解出来ない物に、魔法以上の魔法を見てきた。だが、裏を返せば、既知である物を必要以上に恐れる意味も無い。

 

「……気が変わった。今回は僕が持って来よう」

 

 突然立ち上がった僕に、彼は目を白黒させる。

 

「何? どういう意味だ?」

「依頼者が宿題代行マシンよりも良い評価を取ってはならないと言う理屈は無いだろう。フィリウス・フリットウィック教授が好みそうな表現を偶々見つけたし、君が覚えていて正しく利用出来れば次の授業の実技では君に多少点数をくれるかもしれない」

「それは……まあ助かるが。良いのかい?」

「他ならぬ君が、より僕を擁護しようとしてくれる気である事には感謝を示すべきだろう」

 

 ただ、と僕は続けた。

 

「君が僕の境遇を考えてくれるのは有り難いが、〝間違いなく純血〟ではない──つまり聖なる二十八ではないという重みを君はもう少しばかり意識すべきだ。君は僕に必要以上に肩入れすべきでは無い。それは、君の取り巻きの方が良く理解している」

「……二人には、僕から言っておく」

「君が強制しても意味は無い。彼等は僕に対して永遠に好意を抱かないだろう。何より、僕は今の立ち位置は嫌っていない」

 

 〝純血派〟と〝非主流派〟。

 そのいずれに所属するか──そしてその中のヒエラルキーとして何処に位置付けられるか──を、スリザリン寮に入った者は選択させられる。だが、それが出来ず、また真の意味で両者に所属出来なかった者として過ごしてきた二か月間で、僕は気付いたのだ。それは子供のごっこ遊び以上を抜け出せないのだと。

 

 確かに、学生という狭い世界の中で、そのコミュニティの所属・階級は死活問題にも思える。だが、冷静に考えれば、それらは決して絶対では無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何より、属さなかったとして死ぬ訳では無いのだ。闇の帝王が巻き起こした魔法戦争は過去の物であり、どちらつかずの蝙蝠が当然に始末される世の中では無い。既に魔法使いが簡単に命を捨てなければならない時代などではないのだ。

 

 勿論、監督生を初めとする学内での権威、そしてその延長である魔法省等の組織での出世を考えるならば、コミュニティ内での努力は必須であり、不可欠と言えた。しかし、僕の母は既に亡い。守るべき物が有りはしない。それは大概の場合にはロクでもない事だが、しかし時として大きな強みにもなる。

 そして、ドラコ・マルフォイには──家と歴史を背負うべき者には、それが解らない。

 別に揶揄でも何でも無く、そんな生き物を彼は今まで見た事が無いのだろう。

 

「君がそういうなら強制はしないが──しかし僕としても君への言い分がある。蛇は身内に対して表立った苛めをする訳では無い。しかし、それは苛める以上に効果的な術を知っているからだ。君の立場が不安定な事は自覚しておけ」

「……そうだな。忠告は有り難く受け止めておく」

 

 自分の扱いが多少ばかり良いのは、それなりに加点を受けて寮に貢献しているからに過ぎない。

 それは理解している。ヒエラルキーを手っ取り早く上げる方法の一つが勉強やスポーツに打ち込む事だというのは、至極当然の一般論なのだ。

 まして、ドラコ・マルフォイとこれからも〝交流〟を続けていくつもりならば、それが生命線である事は強く心に留めておかねばならない。

 

「気が変わったら何時でも言ってくれ。僕は、もう少しばかり君に好意的になる準備が有る」

「ああ、覚えておこう」

 

 

 

 ……御互いに確認した訳では無いが。

 その瞬間から、僕とドラコ・マルフォイは、奇妙な──決して友人関係とは言えない繋がりを始める事に同意したのだろう。彼は今まで以上に僕の助力を求め、そしてまた僕は彼に対して力を貸した。気付いたかどうか知らないが、僕は彼に学業成績を譲り渡すような真似すらした。それは僕にとって苦痛では無く、当然の対価の支払いに過ぎなかった。

 

 勿論、その後に僕の状況が変わったという訳では無い。

 相変わらず同室の人間達は今まで通り僕に不干渉であり、僕を軽んじる態度を崩しはしなかった。純血主義は凝り固まっており、それが変化する気配も無い。その点についてドラコ・マルフォイを責めるつもりは無かった。一部とはいえ、僕が彼の庇護を跳ね除けたのは事実であり、そもそも彼には改善出来るものでも無かったに違いない。何せそれは今の監督生達ですらどうしようもない事で──恐らくは千年の重みが有る事柄なのだから。

 

 実際の所、僕はこの状況に概ね満足していた。

 確かに僕のホグワーツ生活は失敗し、今後絶対に好転する事は無いだろう。だが、灰色の中でも、()()()()()()()七年間やっていけるだけの目途は付いた。学生生活という狭い世界でそれが得られた事は、確かに喜ぶべき事だった。




・ルシウス・マルフォイとセブルス・スネイプ
 監督生であるルシウスが,リリーと別の寮に組分けされて隣に座ったスネイプの肩を叩いた(七巻・三十三章)のが最初の出会いのようである。

・ドラコ・マルフォイとハリー・ポッター
 マダム・マルキンの店においてドラコとハリーは会話し,その時点ではハリーが魔法使いと魔女の息子である事を聞いて,他の連中は「僕らと同じ」ではないと述べる(一巻・第五章)。
 更に,ホグワーツ行の特急内において,ドラコはハリーが何者かを知った上で,「家柄のいい魔法族」を見分け「間違ったの」とは付き合わないように誘いを掛けている。当然の事ながらハリーは拒絶(同・六章)。後に繋がる対立となる。

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