この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

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三話目。


交錯

 今日、最も疲れる事は終わった。

 それは事実だったが、更に一波乱あるとは思っても居なかった。

 

「──悪い人間と付き合うとロクな事が無い。それはスリザリンにも言える事だがな」

 

 スネイプ教授の研究室から帰る途中、真正面からそう声を掛けられた。

 義足の音を鳴らしながら近づいてくる傷だらけの相貌の持ち主は、誰であろうアラスター・ムーディ教授。何時になくその表情は険しく、僕を薄暗い廊下の向こうから睨みつけている。

 

「まさかスネイプの研究室から出て来るとはな。一体何を話していた?」

「……何をしていたも何も、彼は我がスリザリンの寮監ですが」

「その割には、随分と長話をしていたようだが? お前が説教されるような真似をする程に迂闊とも思えんし、見た所そうした風でも無かったが」

「…………余り真正面から言う事では無いかもしれませんが、本当に嫌な眼ですね」

 

 その蒼の義眼が三百六十度見渡せ、机の下に隠した雑誌まで見透かしてしまう事から解っていたが、その前では壁の障害も無意味か。そして、僕とスネイプ教授の姿が見えていたならば、当然ながら説教をされていたなど決して思うまい。

 

 僕の皮肉に対し、アラスター・ムーディ教授はニヤリと笑う。

 

「それで、お前は儂の疑問に答えていないが?」

「……何をしていたも何も、単に個人的な雑談ですよ」

 

 軽く肩を竦める。

 

「まさかその内容まで聞きたいとでもいうのですか? 如何に教授で有っても、そのような権利は流石に無いと断言しますが」

「元死喰い人と教え子が親し気に話をしており、儂は元闇祓いだ。それでも尚、お前は儂に対して口を噤むというのか」

「親し気に、という点は否定します。一方で貴方に話をする気が無いのは肯定しましょう」

「ほう。前半は儂にとってはどうでも良いが、何故そうする?」

「これは信頼や義理、そして忠義の話だからです」

 

 中身からすれば、この教授に話す事も選択肢としては有りなのだろう。

 ただ、一応僕と教授が〝犯人〟として疑惑を抱いている相手でも有るし、それ以上に、あそこでの会話が漏れ出る事はセブルス・スネイプ教授が望むまい。あれだけ多くを明かしてくれた教授の信を喪うような真似をする気は全く無かった。

 

「別に貴方だから、という気は有りませんよ。アルバス・ダンブルドアだろうと、ミネルバ・マクゴナガル教授だろうと話さないのは同じです」

「……そうか」

 

 四方八方に義眼を回し、一方で肉眼は僕を真っ直ぐと見詰めたままの教授は、しかし明らかに気に入らなそうである。そんな様子を見て、僕は軽く溜息を吐く。

 

「……教授はセブルス・スネイプ寮監が未だに疑わしいと御考えで?」

「当然だ」

 

 間髪入れずの返答が返って来る。

 

「アレはアズカバンを逃れた死喰い人だぞ? 御主人様が失権した混乱期に上手くやったようだが、そのような輩など断じて信頼に値せん」

「教授の身分はアルバス・ダンブルドアによって保証されているでしょう」

「ああ、そうだな。ダンブルドアはそうする。だが、儂は違う。儂が本当に憎悪しているのは、のうのうと過ごしている死喰い人共よ」

「……本当に貴方は生粋の闇祓いなんですね」

 

 嫌悪と共に力強く吐き捨てる教授に思わず呟く。

 何故闇祓いを引退するような真似をしたのか、真剣に解らないものだ。

 

 ただそれはそれとして、先程の言葉は聞き流す事が出来なかった。

 

「……まあ、確かに死喰い人疑惑の一連の裁判を見るだけで、罪から逃れる為の言い訳全集が作れそうな気がしますが──」

 

 疑わしきは罰せずという論理が下された結果ならば納得だが、そうではなく単純に魔法界の裁判が後進的であるが故に見逃された気がするのが正直いただけない。

 

 シリウス・ブラックの誤審が存在する以上、あの場においてバーテミウス・クラウチ氏の発言は話半分にしか聞けないが、確実を期す為に証拠不要で問答無用のままに牢獄に叩き込みたくなる気持ちは解る物だ。

 実際、ルシウス・マルフォイ氏を十四年前にアズカバンに短期間でも収容出来ていれば、今の状況はまた大きく変わっていただろう。もっと言ってしまえば、それが出来ずに休戦処理を終えてしまった時点で、不死鳥の騎士団(アルバス・ダンブルドア)は政治的に敗北してしまっている。だから、あの老人は魔法大臣になっておくべきだったのだ。

 

「──ただ、スネイプ教授は、闇の帝王が権力を喪った後に死喰い人疑惑が掛けられた他の人間達とは決定的に異なる点が有るでしょう」

 

 死喰い人に名を連ねながら彼等の名を売ったイゴール・カルカロフは例外だが。

 一連の裁判を見て、セブルス・スネイプ教授程に異例の罪の逃れ方をした人間は無い。

 

「ダンブルドアの保証が信頼に値せん事は既に言った筈だが」

「いえ。問題はその理由の方です」

「理由?」

 

 僕の言葉が気に掛かったのだろう。

 依然として猜疑の光を消していないが、疑念を持った教授に首を小さく横に振った。

 

「ええ。アルバス・ダンブルドアは身元保証に際し、寮監が過去に死喰い人で在ったという事実は一切否定していません。スネイプ寮監がアズカバンを逃れているのは偏に闇の帝王が()()()()()()陣営を離れて、貴方がたの陣営に戻った事を理由とする物──」

 

 そこまで口にして、思わず途中で言葉を切る。

 僕にそうさせたのは、義眼で無い方の眼が怪しく光ったように感じたからだ。それも尋常で無い、覗き込む者の背筋を震わせるようなぎらつき方だった。

 

「……何か?」

「いや、何でも無い。そう、お前が気にする事ではない」

 

 僕よりも自分を落ち着かせるようにゆっくりと、低い声で教授は言う。

 

 ……思い返しても、別に変な事を言ったつもりは無い。あの時代の人間ならば死喰い人の裁判の内容に着目していただろうし、当時闇祓いで有ったこの教授も知っている──もしかしたら、スネイプ教授が評議会に掛けられていた光景を見たかも知れない──情報だ。

 

 であれば、先の発言から何か連想したのだろうか。

 関係無い事を契機として発想を飛ばすという事は、僕も良くやる事である。会話の流れとは繋がっていない事も少なくないし、この教授が今まさにそうしたとも限らない。事実、アラスター・ムーディ教授は話題を大きく変えた。

 

「ところで、お前はポッター達と親しいのか?」

「……嗚呼、貴方ならば気付かない筈も無いですか」

 

 思いがけない言葉に一瞬硬直するも、教授の顔、正確にはその蒼い瞳を見てすぐさま理由に思い当たった。この元闇祓いは元死喰い人のスネイプ教授を警戒していただろうが、それ以上に注意を払っていたのは、当然ながら〝生き残った男の子〟に対してだろう。

 

「けれども、僕に聞く前には当然裏を取っているのでしょう? 貴方であれば、別にハリー・ポッターの口から聞き出す事に支障はない筈だ。そして恐らく、彼からは別に親しい訳では無いという答えが返ってきた筈です。友人未満で、精々顔見知りと言える程度でしょう」

「そうだな。ポッターはそう言っておった。言葉通りでも無さそうだったが」

「言葉通りですよ。彼と直接話した回数は、片手で足る程度の事でしか有りません」

 

 尚も猜疑の光が消えなかったので、僕は言葉を付け加える。

 

「確かに彼はグリフィンドールであり、僕はスリザリンですが、率先して敵意を買うような真似をしていないだけです。貴方は気分を害しはしないでしょうから敢えて言いますが、今の御時世で〝生き残った男の子〟と敵対する程に愚かな事は無いと思いませんか?」

「クク、マルフォイを非難するか、お前は」

「闇の帝王は、ハリー・ポッターをどれだけ虐めたかで評価してくれないでしょうに」

 

 口にした後で危ういかと思ったが、教授は寧ろ楽し気に顔の傷を歪ませた。

 

「その通りだ。内心如何に気に入らなかろうがポッターに媚を売るのがスリザリンであり、狡猾なスリザリンは当然、両方に保険を掛ける。本当にスリザリンも甘っちょろくなった物よ。……嗚呼、最も脅威であるのは解りやすい敵では無く、味方の中の敵なのだ」

 

 最後の部分は呟くように言った。

 それが示すのは、やはり今回の三大魔法学校対抗試合の事だろう。

 

「一応擁護しますが、スリザリンが刺々しくなったのは戦争中や戦争後に迫害されたのが原因だと思いますよ。雑に計算しても二十年以上は白眼視され続けているんですから」

「それでも、所詮は学生共なのだ。親の交友関係を引き継ぐ訳でも無し、如何様にでもだまくらかす事は出来るだろう。実際、お前が現在の典型的なスリザリンではない対応をするだけで、ポッター共はお前に対して敵意を向けてはおらん。マルフォイと違ってな」

「……貴方は非難しているのですか」

「褒めておる。その在り方には甘えが無いからな」

 

 甘え。

 その単語に皮肉な響きを含ませた事を、教授は隠そうとしなかった。

 

「再戦をする気ならば罠を仕込むべきだし、逆にその気が無いならば頭を下げるべきなのだ。けれども、あの小僧共は下らん学生生活が、虐め虐められの生温い時代が続くと思っている。死喰い人の親が居る、聖二十八族の血を引いている。それだけで、自分の人生が当然に保証されると妄信している。その〝偉くて尊い〟親達が何をしたのかを愚かにも忘れ去ってだ」

「…………」

「彼等だけでは無い。我等の陣営も同じだ。魔法戦争は十四年前、済し崩しに停戦されたに過ぎない事を忘れている。戦争は終わっていないのだ。けれども魔法省も、ミネルバも、アルバスでさえも、本気で戦争が起こる筈が無いのだと心の何処かで考えてしまっている」

 

 僕の追及の視線に気付いたのだろう。

 アラスター・〝マッドアイ〟・ムーディ教授は、狂的な相貌を露わにして続けた。

 

「そうだ。アルバス・ダンブルドアにはまだ緩みが有る。口では、思考ではそうでは無い。しかし、態度と対応がそれを否定し切れていない。ホグワーツの安全神話という物を、心の何処かで信じてしまっている」

「……貴方と同じく、彼もまた闇の帝王が帰ってくると思って居た人間の筈ですが」

「ダンブルドアも老いる。残念ながら。それだけ十四年の平和は長かったのだ。人の肉片や血痕、死んだも同然の狂った廃人達がそこら中に転がっていた時代など、光の陣営にとって思い出したくも無い。頭では解っていても、心はそうではないのだ」

 

 だが、と教授は両眼で僕を見つめた。

 

「何故だか、お前だけは本気で戦争を見詰めている」

「────」

「未だホグワーツの生徒であるのに、あの戦争を知らない筈なのに、闇の帝王の脅威と報復を恐れる身では無いのに、それが起こればどうなるかを常に考えている。実際に戦争を経験した大人達が、命を狙われているポッターが何処か浮ついているにも拘わらず、お前だけが腰を据えて向き合おうとしている」

「……戦争ですよ? 真剣に考えるのが普通ではないのですか?」

「ならば、これから来る魔法戦争に関し、お前と似たような考えをした者が居たか?」

 

 僕は沈黙を守るしか無い。

 アルバス・ダンブルドア──この教授に言わせれば、あの老人ですら甘いらしいが──を除けば、僕が会った中で同種の考え方をしていたのはただ一人。

 クィリナス・クィレル教授。闇の帝王に憑りつかれ、彼の生存の事実とその力の脅威を、身をもって理解していた者だけである。

 

「儂が言うのも何だが、そのような常軌を逸した考え方を出来る者は真っ当な人生を送っていない。アルバスに問い質したが、流石に口を割らなかった。個人的な事情だと言ってな」

「……それは当然ですよ。そして僕は、貴方にも口を割るつもりは無い」

「構わん。誰にだって他人に暴かれたくない事は有る物だ」

 

 教授は鷹揚に頷き、けれどもその瞳は爛々と輝いたまま僕を捉えている。

 

「クラウチについてもそうだ」

 

 あの湖の畔で別れて以来、僕達の間で話題に上らなかった者の名を口にする。

 

「十一月末を最後に、あの男の姿が公から消えた。お前はその事実を知っており、儂とあれの因縁を見てすら居るが、小賢しくも儂に対して全く問い質そうとしない。探偵気取りの子供であれば聞きたがるのが普通だ」

「気になっては居ますよ。しかし、貴方は教えてくれないでしょう」

 

 関係性から期待せず、けれども教授は首を振った。

 

「そうとは限らん。特に、お前が無関係で居られないかもしれない今の状況となればだ。『予言者新聞』を見たか? クラウチの失踪に関して、ついに魔法大臣が動いた。もっとも、儂に言わせれば余りにも遅過ぎる動きであるのだが」

「…………」

 

 無論の事、知っていた。

 同時に面倒事が降りかかってくる可能性が高まった事も。

 

 僕の表情を見て、アラスター・ムーディ教授は軽く頬を緩めて笑う。

 

「嗚呼、心配するな。クラウチの過去の魔法法執行部の肩書は、他の役人共と違って伊達では無く、非常に強力な魔法使いだった。魔法大臣は未成年の魔法使いに対して、余程の理由が無い限り注意を払おうとせんだろうし、生徒想いのダンブルドアも口を噤むだろう」

「……別に心配していませんよ。それは、僕にとって問題となりませんから」

「ほう? 些事だと?」

「面倒事では有りますが、魔法省が必要と考えたのならば為されて然るべき事ですからね」

 

 来るならば応じるだけだ。

 協力するのは秩序を維持する為の義務と言えるのだから。

 

 断言した僕に対して、教授は興味深そうな物を見る視線を向けて来た。余り心地良い視線では無く、それを振り払う為に僕は、誘われた通りの問いを口にする。

 

「……貴方が話題にしたので聞いておきますが、バーテミウス・クラウチ氏は服従の呪文に掛かっていたのですか? あの後、貴方は確認に行った筈ですが」

「その問いに対して、儂は何も答える事は出来ん」

「ほら、やはり口を開いてくれないじゃないですか」

「違う。本当に解らんからだ」

 

 やる気の無い僕の皮肉に、教授は逆に愉しげに笑った。

 

「儂は確認出来なかった。そしてそれだけでは無い。別に人間を従わせるのは服従の呪文が必須という訳では無いし、それ以上に、儂はそれを調べようとする過程で非常に面白い事を知った。これは公にされていない情報であり、当然ながらお前も知らんだろう」

 

 勿体ぶった口調で有りながら、教授は隠す気は無さそうだった。

 僕の反応を灰の肉眼と蒼の義眼で見詰めながら、何処かの薬学教授を思い出すような粘っこい口調でもって、その秘密を言葉に乗せた。

 

「闇の印が打ちあがった現場には、ポッター達が居た。それは良い。しかし、同時に居合わせた者が居る。ウィンキーという屋敷しもべ妖精だ。そして彼女はクラウチ家に仕えており、彼女の傍には杖が転がっていた」

「……それは」

 

 大きな反応を示してしまったのは、教授の眼を見ていて解った。

 実際、教授は狂的な笑みを更に深め、しかしそれでも止まらなかった。

 

「尚且つ、彼女は魔法省の尋問無しに、クラウチが無罪同然に解放した。正確には衣服を与えられて解雇されるという罰を受けたがな。けれども、クラウチにとっては尋問されては困るような事情があったのかも知れん。息子をアズカバンに送るような人間だ、どんな秘密が有っても可笑しくない」

「……その屋敷しもべ妖精は何処に?」

「実に驚くべき事に、何とホグワーツに居る。ドビーという屋敷しもべ妖精が共に連れてきたようだ。それを知った時は、儂も非常に驚いた物よ」

 

 その言葉と表情は何処か道化染みていたが、だからこそ、その言葉は真実だと解った。この疑心暗鬼の闇祓いからすれば、それは余程有り得ない事だったのだろう。

 

「……アルバス・ダンブルドアが入れた訳ですか。当然、事情は詳細に聞いた上で招き入れているんですよね? 魔法省も今ならば詳しく話を聞きたい筈ですが」

「残念ながら、それは非常に難しい。屋敷しもべ妖精は縛られている。強力な真実薬や高度な開心術を用いても、その秘密を暴くのは非常に骨が折れる。主人によって喋るなと明確に禁じられている事であれば、まず不可能だと言って良い」

 

 その点こそ純血が彼等を重宝する最大の理由だが、と教授は付け加えた。

 

「……バーテミウス・クラウチ氏が何かを隠していたのであれば、当然ながら口外を禁じていない筈も無いですよね。そして、そうでありながら、あの老人はホグワーツに入れている」

「儂も問い詰めた。ダンブルドアによれば、良からぬ行動を防ぐ為にドビーや他の屋敷しもべ妖精が見張っているようだ。そして、現在では飲んだくれていて、屋敷しもべ妖精としては役立たずになっているらしい。もっとも──」

「──この状況で、それが安心出来る訳も無い。ええ、僕達の認識は一致する筈です」

 

 相も変わらず、不愉快極まりない老人だった。

 

 最初から意図して招き入れた訳では無いだろう。

 けれども、現状においても留め続けているとなると話が変わってくる。既に彼女は重要参考人だ。仮にホグワーツが彼女の身元を保証しているとしても、捜査機関の干渉を排除し続ける権限は校長には無いし、率先して協力して然るべきである。

 

「魔法大臣はバーテミウス・クラウチ氏の捜索に乗り出した。当然ながら、そのウィンキーという屋敷しもべ妖精の事も把握しているでしょうし、闇の印に関して無罪放免としたならば、更に興味を持っている筈です。しかし、あの老人は引き渡す気は無いのでしょう?」

「隠し続ける気までは無いようだが、そのようだ。御優しいアルバス・ダンブルドアは、しもべに対して過酷な捜査が行われる事を非常に懸念している」

「……磔の呪文の使用がアズカバンでの終身刑となるのは、ヒトたる存在ではなく、仲間である人間(a fellow human being)に対してですよね。いえ、屋敷しもべ妖精が魔法的に拘束されているならば、やはり口を開く事は不可能ですか」

 

 結論付けた僕に、教授は耳障りな笑い声を上げた。

 

「すぐさまその発想に繋げるのは正しくスリザリンだな。そして、クラウチが消えた理由が犯罪であるかどうかは一応不明であるから、平和ボケした現在の魔法省にはそこまで出来ん。されど、多少〝穏当〟な真似を試みても可笑しくない。衰弱した者の抵抗力が弱まるのは、魔法族も屋敷しもべ妖精も生物である以上同じだ」

「それでも、やはり秘密自体は明かせないのでは?」

「しかし、全てを禁じるのは難しい。秘密に関する一切を口外する事を禁じても、禁じていない事は漏れ出るし、その中に推測の材料や、意図していない重要な情報が含まれている可能性は多い。おお、余り大っぴらに言える物では無いが、我々も散々利用したとも」

 

 内容の割に声色は何処か愉快気な響きを帯びていたが、眉を顰めるだけに留めた。

 言葉は普通に通じても、この教授が常人と違った世界に住んでいるのは何ら否定出来ないのだ。アラスター・ムーディ教授は現在も尚、戦場の中に生きている。

 

 ……そして教授が敢えて触れなかったか解らないが、一応、アルバス・ダンブルドアの判断を否定出来ないという考えも頭には有る。

 

 その屋敷しもべ妖精は、消えたバーテミウス・クラウチ氏にかつて非常に近い立場に有り、今回の事件について何らかを知り得る位置にも居た。

 つまり、〝犯人〟或いはその協力者からすれば邪魔と成り得る存在であり、殺される危険が高い。それを考えればホグワーツで保護する必要性も認められ──加えて、状況によっては、〝犯人〟を誘い込む為の良い〝餌〟となるかもしれない。

 

 考え込む僕に、教授はグルリと義眼を回した。

 

「これ以上は儂には言えん。実の所、喋り過ぎではある」

 

 教授は義足の音を響かせながら歩みを進め、僕の方向へと近付く。

 そのまま殆ど僕の横を擦れ違うような恰好となり、しかし擦れ違いきる前に足を止めた。先程より遥かに近い距離で、互いの視線が交錯する。傷だらけな相貌から覗く蒼の義眼が、心の奥底を覗き込むかのように、僕を真っ直ぐと見詰めている。

 

「……ならば、何故僕に教えるような真似を?」

「限界を示す為だ」

 

 その言葉は突き放すようでいて、何処か挑発的でもあった。

 

「お前は頭が回るが、しかし、お前も所詮は子供。雑な探偵ごっこで推理出来る事などたかが知れている。今回の件において、今の情報が重要である事は理解出来るだろう?」

「…………ええ。それくらいは流石に」

 

 〝犯人〟に繋がるかは解らないが、無視出来ない情報であるのは確かだ。

 アラスター・ムーディ教授にも秘密が有るが、バーテミウス・クラウチ氏にもまた秘密が有る。そして恐らく、あの湖の畔での会話は少なからず関係しているのだろう。

 別に僕でなければならない理由は無かっただろうが、何か意図が存在しなければ、奇妙なスリザリンを捕まえて滔々と話し込む必要もまた無かった筈だった。

 

「お前が興味と関心を抱く事は止められないだろう。だが、余り首を突っ込むな。儂を含めて大人は確かに動いている。そしてお前に今後面倒が掛かるような事が有っても、儂が最低限に留めるよう努力はしてやろう」

 

 再度教授は歩み始め、今度こそ擦れ違った。

 その足先が向いているのは、当然ながら僕が来た方向。故に僕はゆっくりと振り返り、遠ざかろうとする背中に向かって最後に問い掛けた。

 

「……今から教授は何処に向かわれるのです?」

「スネイプの所だ。少しばかり、話し合う事が出来た」

 

 振り返らないままその答えだけを残して、教授は僕の下から去って行った。


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