オレは工藤新一。高校生探偵だ。ある面倒に巻き込まれたせいで、今は小学生の姿となっているのだが、幸い頭脳は若返ってはいない。
それ幸いとこの頭脳を駆使し、小学生ながらも探偵を続けているのだが……
あんな失態は未だかつてない!そもそもあれを、事件と呼んでいいのか迷うところだが?あの時の事は今も忘れない。しかも、未だに真相は闇のままなのだ……
それは、オレ達の近所のある屋敷での出来事だ。
その話をこれからしようと思う。
*
帝丹小学校一年B組、朝の教室にて。青い顔をした歩美がオレ達の前に現れた。
「ねえねえ皆、聞いて!どっ、とうしよう……っ。私、昨日見ちゃったの」
「スゲぇ~顔色だぜ?歩美、どうしたんだよ、朝から。お化けでも見たのか!」
太っちょの元太が、クラスのマドンナ吉田歩美の顔色を見て冷かす。
「バカか!お化けなんてやめろよ。歩美ちゃん、どうしたの?」
オレは冷やかしよりも、彼女が顔色を変える事になった原因に興味ありだ。
「落ち着いて話して、吉田さん」どうやら灰原も同じ意見の様だ。
この灰原哀も、こんな姿をしているが本当は違う。彼女は確か十八歳、だったか。その辺の事情説明については割愛させていただく。
「あのね、ウチの近所に、新堂さんってご夫婦が住んでるんだけど……」
「ああ、あの丘の中腹の一軒家か。知ってるよ、四年位前にあの辺の土地、丸ごと買った人だろ」
あの土地は持ち主が亡くなってから、買い手が付かずに荒地状態になっていた。何しろ敷地が広すぎて、建物の裏には山まである。途中まで小高い丘になっていて、中腹に地主の年季の入った大きな屋敷が建っている。
オレ達は幽霊屋敷って呼んでる。そのくらい古くて薄気味悪い!何しろ後ろに鬱蒼とした山が聳えてるから、どうも不気味に見えるんだ。
「私も知ってる。随分お金持ちが越して来たって、あの当時話題になったわね」
「ああ。あんな場所に住むなんて物好きだな~、ってだろ」灰原に続きオレも意見を述べる。
「ええ、僕も知ってます!確かあそこの奥さんて、足が悪かったんじゃないですか?車椅子で病院にいるとこ、何度か見かけましたよ」
最後に会話に加わったのは光彦だ。頭はいいんだが、ちょっと抜けたところがある。そこがまた愛嬌ってヤツだな。
「あのね!ユイさん、足、良くなったのよ」
「ユイって言うんですね、奥さんて。何でそんなに詳しいんですか、歩美ちゃん」
光彦が不思議そうに尋ねる。オレも知りたい。
「何でって……ああん!もうっ、今はそんな話じゃなくて。そのユイさんがっ!」
またも興奮し始める歩美。
「それで、その奥さんがどうしたって?吉田さん、落ち着いてったら!」
灰原が声のトーンを上げて話題を戻した。
なかなか真相に行き着けない事に、灰原も苛立ち始めたようだ。
「う、うん……、ごめん哀ちゃん。昨日ピアノ教室の帰りに、ユイさんに会いに行ったの。そしたらね、旦那さんに抱きかかえられて、車に乗せられてて」
「それで?」灰原が急かす。
「ユイさん、頭から血を流して、ぐったりしてて……」
「おい!そりゃ大変だ!殺しか?」
「待て待て、元太。話が飛び過ぎだ。ただの夫婦ゲンカかもしれないぜ?」
「それか単に、家の中で転んでケガして、病院に運んだだけかもしれませんよ」
オレの意見に光彦も同意のようだ。
「最初は私もそう思ったよ。でもね!だ、……だんなさんの、様子が変なの」
「どんなふうに?」腕組みの姿勢を維持したまま灰原が聞く。
「あの人、普段はとってもキッチリした人なのに、何だか髪もボサボサだったし、服も乱れてて、何て言ってもね、あの目が……っ」
「目が、どうしたの?」
歩美は震えるばかりで、灰原の質問にも答えられず黙ってしまった。相当恐ろしい思いをしたらしい。
「なあ、あの新堂って人はオレもチラッと見た事あるけど、もともと、おっかなそ~な顔してるぜ?気のせいだって!」
この時点では、オレにはどうしてもただの夫婦ゲンカにしか思えなかった。
「そうですよ、そんな現場を見られて、気まずかったんじゃないんですか?」
「ちっ、違うもん!絶対に違う!きっと何かある。ユイさんが危ない……もしかして、こっ、殺されちゃうかも……」
灰原が、震える歩美の背中を擦りながら提案した。
「そんなに言うなら、放課後にでも皆で見に行きましょうか」どうせ暇でしょ!あなた達?と灰原が続ける。
こうして、オレ達五人の少年探偵団は動き出した訳だ。
*
「ここかよ……。ヒェ~、でっけー家!」
「何だか恐ろしいですね……」
元太と光彦の声が響き渡る。
すでに夕暮れ。辺りは薄暗く、しかも今日はやけにコウモリがたくさん飛んでいる気がする。
緩やかな丘を登って、問題の屋敷の前に到着した。改築して古めかしい様子は全くないのだが、未だに不気味なのはなぜだろう?
しんと静まり返った敷地内。車はない。
「まだ留守なんじゃねぇの?そのまま入院してるとか」やっぱりムダ足か。思わずこうぼやいた。
「うん……」
「ねえ工藤君、これ……」灰原が玄関前でしゃがんで下を指差している。
そこには黒っぽい液体が落ちていた。
「ほら……やっぱり!ユイさんの血よぉ!どうしよう……え~ん!」
すでに乾いてはいたが、確かに血痕のようだ。
こんな新たな発見に、ついに歩美が泣き出してしまう。
「なあ歩美ちゃん、ここの奥さん、ユイさんだっけ?その人と知り合いなの?」
改めて、ここの住人と歩美の関係を聞き出そう。
「うん、仲いいよ。家にも何度か入れてもらった。ピアノ、教えてあげたりしてたの。もう二ヶ月くらいになるかなぁ」一転して嬉しそうに語る歩美。
それは知らなかった。確かに歩美の家はこの丘の麓だ。とは言え何とも訳ありの、近寄りがたいこの新堂邸に出入りしていたとは!やるじゃないか?
引っ込み思案なところが心配だったが、少しは積極性が出て来たな。心の中で兄貴
若干ニヤけ顔のオレを不思議そうに一瞥して、灰原が質問を続ける。
「それで、ここの夫婦って、仲はどうだったの?」
「うん……、旦那さんの方にはあんまり会ってないんだけど。でも、とっても仲良さそうだったよ?だって、いつもユイさん、楽しそうに新堂先生、新堂先生って……」
「新堂先生、って……。旦那さんの事、そんなふうに呼びます?変ですよね」光彦が指摘する。
「自分だって新堂、だよな~」
「おめぇら。突っ込みどころ、そこかよ……」オレは呆れた。
「今どき、夫婦別姓なんて良くあるわよ。先生って呼び方だって、尊敬してる証拠。仲が良かったなら、やっぱり何でもないんじゃない?」
灰原の意見が最もだ。
「あ~、腹減って来たぜ!帰ろ、帰ろ~!」
元太の一声が合図となり、この日は解散となった。
一人納得行かない様子の歩美が少々気に掛かる。
丘を下る途中で、歩美がオレだけにポツリと訴えた。
「私、明日もう一度来てみる」
「おい歩美ちゃん、あんまり首を突っ込むなよ。人ん家の事なんだからよ!」
「新一君、いつも言ってたよね?直感を信じろって。いつだって、普通に見えるところに事件が隠れてるって。私、自分の直感、信じたいの」
「歩美……」
オレはそれ以上何も言えなくなった。そこまで言うなら、この工藤新一が付き合ってやろうじゃないか?
*
翌朝早くに、オレは歩美の家で待ち伏せた。
オレを見て驚いた歩美だが、向けられた笑顔は眩しかった。
「来てくれてありがとう、新一君!」
「いや。探偵は、謎をそのままにはしておけない
二人で昨日と同じように丘を登る。
朝の屋敷はさすがに夕方ほど不気味ではない。
庭には、昨日はなかった黒のドイツ車が停まっている。あれは確か、アウディの最高級クラス、何て言ったかなぁ。二、三千万はするはずだ!さすが金持ち……!
「じゃ、行くよ……」
こう呟いた歩美の心臓の音が聞えてきそうだった。かく言うオレも……
未だに玄関先には血痕らしき物が残っている。
「歩美ちゃん、ちょっと待った!」
中から微かに声がして、オレは慌てて歩美を止めた。
「もしかして電話で話してるのかも。向こうに回ってみよう」
「えっ、新一君?待ってよ!」
行ってみると、読み通りテラスでこの家の主が電話中だった。
『まあそう焦るな。ゆっくり行こう。あれだけ徹底的に痛めつけたんだ。もう逃げられないさ』
会話としては究極に意味深な内容じゃないか?必死に耳をそばだてる。
『……ああ。その点は一旦切断する必要がありそうだな。バラバラにすればやり易い』
バラバラ、の部分で歩美が真っ青になる。
オレはひたすら歩美の口を塞いで耳を澄ます。
『……後は俺が引き受けるよ。昨日はご苦労だったな。しかしお前の語学も大したもんだよ!』
ここまでの会話を聞いて、何となく筋書きが見えた。
「なるほど。そういう事か……」
「新一君?」
「さあ行こう!ここからが証拠固めだ」
オレ達は再び玄関に回り、新堂を呼び出した。
「はい。どちら様?」
インターホンを鳴らすと、予想以上にすぐ出てきた。まるで待ち構えていたように。
まさか見られてたのか?少々不安が過ぎる。
「あのっ!おっ、おはようございます……!」
「ああ、おはよう。…………?」
ドアを開けた新堂が、オレ達を交互に見下ろす。
突然現れた小学生に首を傾げてはいるが、至って冷静な様子だ。
三十代後半くらいだろうか。端正な顔立ちの男だ。面と向かったのは初めてだが、噂通りかなりのルックスの持ち主。
どうやら、オレ達の侵入には気づいていなかったらしい。焦ったぜ……!
「君は確か……、ええと。そうだ、下の吉田さんとこのお嬢さんだろ」
ようやく歩美の事を思い出したらしい。
「はい!歩美です。お、おひさし、ぶりです……」始めの勢いはすぐに萎み、目を背けて俯く。
「そうそう、歩美ちゃんだ。ユイから何度か話を聞いてるよ。世話になってるみたいだね。その節は、ありがとう」彼が屈託のない笑みを向けて頭を下げた。
それでも歩美の方は相変わらず震えている。
だが歩美は頑張った。
「あ、あのっ!ユイさんは、お元気ですか?今、会えますか……?」
頑張った事は褒めてやりたいが、あまりに不自然な形で本題に入ってしまった。
彼がやや不審な表情を見せる。
おい歩美!もっと自然に振る舞えよ……。これだから小学生は困るぜ。
「ああ……。ちょっと具合が良くなくてね。今は会わせられないんだ。また来てくれ」
開かれたドアの隙間から、室内の情報を得る。
玄関先に靴は一足も置いてない。スリッパが一足並べられていた。彼女のものだろう。つまり彼女は今家にはいないという事か。
もう逃げられない、って事は、別の場所でまだ生きてる?
「ねえ。ここのこれって、血痕だよね?」
オレも唐突に始める事にする。子供ってヤツはいつだって直球だろ?
「……ああ。そうだ。それはユイのか……、いや、もしかして別の……」
そこまで言ってから口籠もる。
「一昨日、ここで何があったの?昨日から下でお巡りさんが聞き込みしてるよ」
横でオレの顔を見て驚く歩美の口を塞いで黙らせる。なぜなら、昨日から一度だって警官には会ってない。そう、これは嘘だ。
オレは相手の出方を窺う。
「聞き込みか……」ため息の後、新堂は言った。
「実はね、私が留守にしている間に泥棒が入ったようなんだ」
「どっ、どろぼう!?」歩美が声を上げる。
「その割にはお巡りさん、ここで現場検証とかしてないけど?」
沈黙する新堂にオレは畳み掛けた。「奥さん、その泥棒達にやられたの?」
新堂の表情からは何も読み取れず。だんまりの彼に、ねえ!と回答を促してみる。
「……あまり、こういう事に巻き込まれたくないんだよ。被害はなかった。だから、彼らの介入は不要だ。これからすぐに出かけなければならない。済まないが、おしゃべりはここまでだ。出直してくれるか」一気にこう言うと、急によそよそしい態度になる。
新堂はオレ達を玄関口から押し出すと、車に乗り込んで早々に出て行ってしまった。
「行っちゃったね……」
「これは確かに事件の臭いがする。オレ達も聞き込みと行こうじゃないか」
「ねえ新一君。私達、お巡りさんになんて会ってないよ?」
「バカだな、そう言ってあの人の様子を見たんだろ。お陰で何かあるって分かったよ」
下まで下って行くと、ちょうど水道メーターの確認をしている中年の女性に会った。
「ああ、新堂さんとこね。そこは一昨日、私が見に行ったよ」
「一昨日!ラッキー!それで、何か変わった事なかった?」
「そう言えば……何だか言い合いしてるみたいな声が聞こえたかなぁ」
「何時ごろに行ったの?」
「夕方よ」
「言い合いって、夫婦ゲンカみたいな?」
「さあ。そこまで良く聞こえなかったから。……ああでもね、何だか、日本語じゃなかったかも」
「外国語?」
「それから、ドン、とかドタン、とか、低い音が響いてたよ」
「それで?」
「何かあったのかと思ってね。しばらく様子見てたけど、すぐ静かになったから。私も急いでたし出て来ちゃった」
一通り話を聞いて考えを巡らす。これは一発でいい証言が得られた。どうやら泥棒というのは本当らしい。しかしそれを隠そうとする。奥さんがケガまでさせられたってのにだ。
さっきの電話と照合するに、新堂が別の人間に外国人を装って部屋を荒らさせ、彼女を暴行し重症を負わせる。そしてこれから止めを刺し、バラバラにして遺棄する、ってとこか。
事の取っ掛かりは誰かにやらせて、
どうしても自分の手で殺したいと思うくらい憎んでるのか。大人って怖いな!
「もしかしたら、大事件かもしれないぞ……!」