交わるはずのないステージ~謎めいた隣人の正体~   作:氷ユリ

1 / 26
殺人の館 前編(1)

 オレは工藤新一。高校生探偵だ。ある面倒に巻き込まれたせいで、今は小学生の姿となっているのだが、幸い頭脳は若返ってはいない。

 それ幸いとこの頭脳を駆使し、小学生ながらも探偵を続けているのだが……

 

 あんな失態は未だかつてない!そもそもあれを、事件と呼んでいいのか迷うところだが?あの時の事は今も忘れない。しかも、未だに真相は闇のままなのだ……

 

 それは、オレ達の近所のある屋敷での出来事だ。

 その話をこれからしようと思う。

 

 

 帝丹小学校一年B組、朝の教室にて。青い顔をした歩美がオレ達の前に現れた。

 

「ねえねえ皆、聞いて!どっ、とうしよう……っ。私、昨日見ちゃったの」

「スゲぇ~顔色だぜ?歩美、どうしたんだよ、朝から。お化けでも見たのか!」

 太っちょの元太が、クラスのマドンナ吉田歩美の顔色を見て冷かす。

 

「バカか!お化けなんてやめろよ。歩美ちゃん、どうしたの?」

 オレは冷やかしよりも、彼女が顔色を変える事になった原因に興味ありだ。

「落ち着いて話して、吉田さん」どうやら灰原も同じ意見の様だ。

 

 この灰原哀も、こんな姿をしているが本当は違う。彼女は確か十八歳、だったか。その辺の事情説明については割愛させていただく。

 

「あのね、ウチの近所に、新堂さんってご夫婦が住んでるんだけど……」

「ああ、あの丘の中腹の一軒家か。知ってるよ、四年位前にあの辺の土地、丸ごと買った人だろ」

 

 あの土地は持ち主が亡くなってから、買い手が付かずに荒地状態になっていた。何しろ敷地が広すぎて、建物の裏には山まである。途中まで小高い丘になっていて、中腹に地主の年季の入った大きな屋敷が建っている。

 オレ達は幽霊屋敷って呼んでる。そのくらい古くて薄気味悪い!何しろ後ろに鬱蒼とした山が聳えてるから、どうも不気味に見えるんだ。

 

「私も知ってる。随分お金持ちが越して来たって、あの当時話題になったわね」

「ああ。あんな場所に住むなんて物好きだな~、ってだろ」灰原に続きオレも意見を述べる。

「ええ、僕も知ってます!確かあそこの奥さんて、足が悪かったんじゃないですか?車椅子で病院にいるとこ、何度か見かけましたよ」

 

 最後に会話に加わったのは光彦だ。頭はいいんだが、ちょっと抜けたところがある。そこがまた愛嬌ってヤツだな。

 

「あのね!ユイさん、足、良くなったのよ」

「ユイって言うんですね、奥さんて。何でそんなに詳しいんですか、歩美ちゃん」

 光彦が不思議そうに尋ねる。オレも知りたい。

「何でって……ああん!もうっ、今はそんな話じゃなくて。そのユイさんがっ!」

 またも興奮し始める歩美。

 

「それで、その奥さんがどうしたって?吉田さん、落ち着いてったら!」

 灰原が声のトーンを上げて話題を戻した。

 なかなか真相に行き着けない事に、灰原も苛立ち始めたようだ。

 

「う、うん……、ごめん哀ちゃん。昨日ピアノ教室の帰りに、ユイさんに会いに行ったの。そしたらね、旦那さんに抱きかかえられて、車に乗せられてて」

「それで?」灰原が急かす。

「ユイさん、頭から血を流して、ぐったりしてて……」

 

「おい!そりゃ大変だ!殺しか?」

「待て待て、元太。話が飛び過ぎだ。ただの夫婦ゲンカかもしれないぜ?」

「それか単に、家の中で転んでケガして、病院に運んだだけかもしれませんよ」

 オレの意見に光彦も同意のようだ。

「最初は私もそう思ったよ。でもね!だ、……だんなさんの、様子が変なの」

 

「どんなふうに?」腕組みの姿勢を維持したまま灰原が聞く。

「あの人、普段はとってもキッチリした人なのに、何だか髪もボサボサだったし、服も乱れてて、何て言ってもね、あの目が……っ」

「目が、どうしたの?」

 

 歩美は震えるばかりで、灰原の質問にも答えられず黙ってしまった。相当恐ろしい思いをしたらしい。

 

「なあ、あの新堂って人はオレもチラッと見た事あるけど、もともと、おっかなそ~な顔してるぜ?気のせいだって!」

 この時点では、オレにはどうしてもただの夫婦ゲンカにしか思えなかった。

 

「そうですよ、そんな現場を見られて、気まずかったんじゃないんですか?」

「ちっ、違うもん!絶対に違う!きっと何かある。ユイさんが危ない……もしかして、こっ、殺されちゃうかも……」

 

 灰原が、震える歩美の背中を擦りながら提案した。

「そんなに言うなら、放課後にでも皆で見に行きましょうか」どうせ暇でしょ!あなた達?と灰原が続ける。

 

 こうして、オレ達五人の少年探偵団は動き出した訳だ。

 

 

「ここかよ……。ヒェ~、でっけー家!」

「何だか恐ろしいですね……」

 

 元太と光彦の声が響き渡る。

 すでに夕暮れ。辺りは薄暗く、しかも今日はやけにコウモリがたくさん飛んでいる気がする。

 緩やかな丘を登って、問題の屋敷の前に到着した。改築して古めかしい様子は全くないのだが、未だに不気味なのはなぜだろう?

 しんと静まり返った敷地内。車はない。

 

「まだ留守なんじゃねぇの?そのまま入院してるとか」やっぱりムダ足か。思わずこうぼやいた。

「うん……」

「ねえ工藤君、これ……」灰原が玄関前でしゃがんで下を指差している。

 そこには黒っぽい液体が落ちていた。

「ほら……やっぱり!ユイさんの血よぉ!どうしよう……え~ん!」

 

 すでに乾いてはいたが、確かに血痕のようだ。

 こんな新たな発見に、ついに歩美が泣き出してしまう。

 

「なあ歩美ちゃん、ここの奥さん、ユイさんだっけ?その人と知り合いなの?」

 改めて、ここの住人と歩美の関係を聞き出そう。

「うん、仲いいよ。家にも何度か入れてもらった。ピアノ、教えてあげたりしてたの。もう二ヶ月くらいになるかなぁ」一転して嬉しそうに語る歩美。

 

 それは知らなかった。確かに歩美の家はこの丘の麓だ。とは言え何とも訳ありの、近寄りがたいこの新堂邸に出入りしていたとは!やるじゃないか?

 引っ込み思案なところが心配だったが、少しは積極性が出て来たな。心の中で兄貴(づら)して勝手に微笑ましく思う。

 

 若干ニヤけ顔のオレを不思議そうに一瞥して、灰原が質問を続ける。

「それで、ここの夫婦って、仲はどうだったの?」

 

「うん……、旦那さんの方にはあんまり会ってないんだけど。でも、とっても仲良さそうだったよ?だって、いつもユイさん、楽しそうに新堂先生、新堂先生って……」

「新堂先生、って……。旦那さんの事、そんなふうに呼びます?変ですよね」光彦が指摘する。

「自分だって新堂、だよな~」

「おめぇら。突っ込みどころ、そこかよ……」オレは呆れた。

 

「今どき、夫婦別姓なんて良くあるわよ。先生って呼び方だって、尊敬してる証拠。仲が良かったなら、やっぱり何でもないんじゃない?」

 灰原の意見が最もだ。

「あ~、腹減って来たぜ!帰ろ、帰ろ~!」

 元太の一声が合図となり、この日は解散となった。

 

 一人納得行かない様子の歩美が少々気に掛かる。

 丘を下る途中で、歩美がオレだけにポツリと訴えた。

 

「私、明日もう一度来てみる」

「おい歩美ちゃん、あんまり首を突っ込むなよ。人ん家の事なんだからよ!」

「新一君、いつも言ってたよね?直感を信じろって。いつだって、普通に見えるところに事件が隠れてるって。私、自分の直感、信じたいの」

「歩美……」

 

 オレはそれ以上何も言えなくなった。そこまで言うなら、この工藤新一が付き合ってやろうじゃないか?

 

 

 翌朝早くに、オレは歩美の家で待ち伏せた。

 オレを見て驚いた歩美だが、向けられた笑顔は眩しかった。

 

「来てくれてありがとう、新一君!」

「いや。探偵は、謎をそのままにはしておけない性質(たち)だからな」

 

 二人で昨日と同じように丘を登る。

 

 朝の屋敷はさすがに夕方ほど不気味ではない。

 庭には、昨日はなかった黒のドイツ車が停まっている。あれは確か、アウディの最高級クラス、何て言ったかなぁ。二、三千万はするはずだ!さすが金持ち……!

 

「じゃ、行くよ……」

 こう呟いた歩美の心臓の音が聞えてきそうだった。かく言うオレも……

 未だに玄関先には血痕らしき物が残っている。

 

「歩美ちゃん、ちょっと待った!」

 中から微かに声がして、オレは慌てて歩美を止めた。

「もしかして電話で話してるのかも。向こうに回ってみよう」

「えっ、新一君?待ってよ!」

 

 行ってみると、読み通りテラスでこの家の主が電話中だった。

 

『まあそう焦るな。ゆっくり行こう。あれだけ徹底的に痛めつけたんだ。もう逃げられないさ』

 

 会話としては究極に意味深な内容じゃないか?必死に耳をそばだてる。

 

『……ああ。その点は一旦切断する必要がありそうだな。バラバラにすればやり易い』

 

 バラバラ、の部分で歩美が真っ青になる。

 オレはひたすら歩美の口を塞いで耳を澄ます。

 

『……後は俺が引き受けるよ。昨日はご苦労だったな。しかしお前の語学も大したもんだよ!』

 

 ここまでの会話を聞いて、何となく筋書きが見えた。

「なるほど。そういう事か……」

「新一君?」

「さあ行こう!ここからが証拠固めだ」

 

 オレ達は再び玄関に回り、新堂を呼び出した。

 

「はい。どちら様?」

 

 インターホンを鳴らすと、予想以上にすぐ出てきた。まるで待ち構えていたように。

 まさか見られてたのか?少々不安が過ぎる。

 

「あのっ!おっ、おはようございます……!」

「ああ、おはよう。…………?」

 ドアを開けた新堂が、オレ達を交互に見下ろす。

 

 突然現れた小学生に首を傾げてはいるが、至って冷静な様子だ。

 三十代後半くらいだろうか。端正な顔立ちの男だ。面と向かったのは初めてだが、噂通りかなりのルックスの持ち主。

 

 どうやら、オレ達の侵入には気づいていなかったらしい。焦ったぜ……!

 

「君は確か……、ええと。そうだ、下の吉田さんとこのお嬢さんだろ」

 ようやく歩美の事を思い出したらしい。

「はい!歩美です。お、おひさし、ぶりです……」始めの勢いはすぐに萎み、目を背けて俯く。

「そうそう、歩美ちゃんだ。ユイから何度か話を聞いてるよ。世話になってるみたいだね。その節は、ありがとう」彼が屈託のない笑みを向けて頭を下げた。

 

 それでも歩美の方は相変わらず震えている。

 だが歩美は頑張った。

「あ、あのっ!ユイさんは、お元気ですか?今、会えますか……?」

 頑張った事は褒めてやりたいが、あまりに不自然な形で本題に入ってしまった。

 彼がやや不審な表情を見せる。

 

 おい歩美!もっと自然に振る舞えよ……。これだから小学生は困るぜ。

 

「ああ……。ちょっと具合が良くなくてね。今は会わせられないんだ。また来てくれ」

 

 開かれたドアの隙間から、室内の情報を得る。

 玄関先に靴は一足も置いてない。スリッパが一足並べられていた。彼女のものだろう。つまり彼女は今家にはいないという事か。

 

 もう逃げられない、って事は、別の場所でまだ生きてる?

 

「ねえ。ここのこれって、血痕だよね?」

 オレも唐突に始める事にする。子供ってヤツはいつだって直球だろ?

「……ああ。そうだ。それはユイのか……、いや、もしかして別の……」

 そこまで言ってから口籠もる。

「一昨日、ここで何があったの?昨日から下でお巡りさんが聞き込みしてるよ」

 

 横でオレの顔を見て驚く歩美の口を塞いで黙らせる。なぜなら、昨日から一度だって警官には会ってない。そう、これは嘘だ。

 オレは相手の出方を窺う。

 

「聞き込みか……」ため息の後、新堂は言った。

「実はね、私が留守にしている間に泥棒が入ったようなんだ」

「どっ、どろぼう!?」歩美が声を上げる。

「その割にはお巡りさん、ここで現場検証とかしてないけど?」

 

 沈黙する新堂にオレは畳み掛けた。「奥さん、その泥棒達にやられたの?」

 新堂の表情からは何も読み取れず。だんまりの彼に、ねえ!と回答を促してみる。

 

「……あまり、こういう事に巻き込まれたくないんだよ。被害はなかった。だから、彼らの介入は不要だ。これからすぐに出かけなければならない。済まないが、おしゃべりはここまでだ。出直してくれるか」一気にこう言うと、急によそよそしい態度になる。

 

 新堂はオレ達を玄関口から押し出すと、車に乗り込んで早々に出て行ってしまった。

 

 

「行っちゃったね……」

「これは確かに事件の臭いがする。オレ達も聞き込みと行こうじゃないか」

「ねえ新一君。私達、お巡りさんになんて会ってないよ?」

「バカだな、そう言ってあの人の様子を見たんだろ。お陰で何かあるって分かったよ」

 

 下まで下って行くと、ちょうど水道メーターの確認をしている中年の女性に会った。

 

「ああ、新堂さんとこね。そこは一昨日、私が見に行ったよ」

「一昨日!ラッキー!それで、何か変わった事なかった?」

「そう言えば……何だか言い合いしてるみたいな声が聞こえたかなぁ」

「何時ごろに行ったの?」

「夕方よ」

 

「言い合いって、夫婦ゲンカみたいな?」

「さあ。そこまで良く聞こえなかったから。……ああでもね、何だか、日本語じゃなかったかも」

「外国語?」

「それから、ドン、とかドタン、とか、低い音が響いてたよ」

「それで?」

「何かあったのかと思ってね。しばらく様子見てたけど、すぐ静かになったから。私も急いでたし出て来ちゃった」

 

 一通り話を聞いて考えを巡らす。これは一発でいい証言が得られた。どうやら泥棒というのは本当らしい。しかしそれを隠そうとする。奥さんがケガまでさせられたってのにだ。

 

 さっきの電話と照合するに、新堂が別の人間に外国人を装って部屋を荒らさせ、彼女を暴行し重症を負わせる。そしてこれから止めを刺し、バラバラにして遺棄する、ってとこか。

 事の取っ掛かりは誰かにやらせて、(とど)めは自分の手でってか!先生って呼ばれてるくらいだし、頭の良いヤツならそのくらいはするだろう。

 

 どうしても自分の手で殺したいと思うくらい憎んでるのか。大人って怖いな!

 

「もしかしたら、大事件かもしれないぞ……!」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。