交わるはずのないステージ~謎めいた隣人の正体~   作:氷ユリ

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対決 前編(2)

 

「総センセ!見て見て、この事故スゴくない?ヤバーい、まるで映画の世界!」

「おいまなみ、まだ起きてたのか?いくら学校が休みだからってなぁ。何時だと思ってる」

「午前三時!だ~って、今日お昼寝し過ぎて~」

「だから言ったろ。全く困ったヤツだ!しっかし、ホント怖いな~。まるであの日のテロだぜ」

 

 とある邸宅にて、深夜にも関わらず女児の賑やかな声が響く。

 と言っても近所迷惑になる事はない。周囲に民家がないどころか、目の前は断崖絶壁の海が広がる寂しい場所だからだ。

 そんな寂しさを感じさせないのは、ここに住む底抜けに明るい彼女のお陰か。

 この邸宅の主は貴島総一郎。正規の医者だ。現在は開業医でこの自宅で診療も行っている。

 女児まなみは貴島の子ではなく、知人から託された遺児だ。

 

 二人は年の差はあれど新堂とユイの貴重な友人であり、距離は離れているが互いの家を行き来する仲である。

 

 今二人が見ていたのは、ニュース速報として突如放送されている番組。

 とあるマンション最上階部分にヘリが激突した映像がライブ中継されている。深夜の時間にも関わらず現場は騒然だ。

 

『あのマンションにお住まいの方、さぞや驚いたでしょうね!』

『ええホントに!被害の大きい最上階の方の安否が気に掛かりますねぇ』

 コメンテーター等が暢気な顔で告げている。

 

「安否も何も、あんなとこにいたら即死だろうが?」

「センセーったら、いつもながら辛口!」

「さあ、いい加減寝ろよ、小五が。いつまでもこんな衝撃映像見てると、怖い夢見るぞ?」

「いやん!」

 

 まなみをベッドに押しやった時、庭に車が侵入して来る音が聞こえた。

「誰だ?こんな時間に……」

 

 訝し気に外を覗いた貴島だったが、停車した黒のセダンには見覚えがある。

「あれは……新堂か?こんな時間に一体どうした?」

 こう言いつつも、それが緊急事態である事は予想がつく。

 そうでなければ、あの律義な男がこんな深夜、連絡もなしに訪問したりはしないと。

 

 足早に庭に出て様子を窺うも、車から降りてくる気配がない。

 

「おい、新堂だろ?どうかしたのか」

 

 運転席を覗き込むと、ハンドルに突っ伏した新堂が少しだけ顔を上げた。

 その顔は傷だらけで薄汚れている。良く見れば着ている服も埃っぽく、一部分は焦げたように黒ずんでいるではないか。

 

「き、じま……。ユイを……。頼む」

 新堂はこれだけ言うと、再び蹲ってしまった。

「おい!何があった?朝霧もいるのか?」

 

 助手席には乗っていない。後部席を覗くと、シートに横になっているユイが見えた。

 新堂同様に衣服は薄汚れているが、その顔は綺麗なものだ。

 

「おい朝霧、聞こえるか、返事しろ!」

 

 騒ぎを聞きつけてまなみが駆け足でやって来る。

「センセ?どうかした?」

「まなみ、至急病室のベッドを整えてくれ。いやその前にオペ室の準備が先か」

「オペ?あ!新堂先生だったの?ケガしてるの?!」

「そのようだ。後ろに朝霧もいる。意識がないようだ」

「オーマイガッ!」

 

 その後二人を運び、新堂のケガの処置から始める。

 

「ユイはどうして目を覚まさないの?ケガしてないんでしょ?」

「分からん!とにかくやれる事をやって行くしかない、どうせ眠る気ないんだろ?俺の第一助手、朝まで付き合ってもらうぜ?」

「望むとこよ!」

 

 

 一夜明け、ユイと新堂はそれぞれの病室に寝かされている。

 

「どうなってる?朝霧……。なぜ意識が戻らない!」

 異常値を示しているのは脳波のみ。

「頭でも打ったか……だが外傷はどこにもない」

 主治医の目覚めを待つしかなさそうだ。

 

 その時、新堂の上着ポケットに入れられたままだった携帯がバイブした。

「おい、電話だぞ~っと……。ま、放っとくか」

 

 その日の夕方、ようやく新堂が目を覚ました。

 

「ここ、どこか分かるよな?」

「……貴島。迷惑をかけて済まん。頼れるのがお前しかいなかった」

「それは気にしなくていい、むしろ光栄ってヤツだ!それより、どうしたらそんなケガを負うんだ?」

「ユイは?ユイは無事か!う……っ」

 起き上がろうとした新堂だが、背に痛みを感じて動きを止める。

「安静にしろ。傷が開くぞ?」

 

「その朝霧なんだが……」

「だが何だ!」

「ケガはしてない。だが目を覚まさないんだ。ここへ来てから一度も」

「どういう事だ?会わせてくれ、今すぐ!」

「まあ落ち着けって。命に別状はない。そんなに慌てなくたっていいだろ?まずは自分の事を考えろ」

 

 冷静な貴島を前に、新堂も少しだけ心を落ち着ける。

「そうだな。生きてたってだけで、奇跡なんだから?」

 自嘲気味にこんなコメントを吐く新堂。

「なあ。何があったんだ?昨夜……って、まさか!」

「ん?」

 

 貴島の脳裏にはもちろんあのニュース映像が浮かんでいる。

 

「あのマンションって、……いや待て、お前達は今一軒家に住んでるんだよな?」

「さてはテレビででも騒いでたか」

「そりゃもう、大変な騒ぎだぜ!荒手のテロじゃないかってな」

「……予想はしていた」

 

 新堂は自分の知る限りを話して聞かせた。

 

「どこにそんな無茶苦茶な攻撃仕掛けて来るヤツがいるっていうんだ!」

「連中は日本人ではなかった」

「顔、見たのか?」

「ぼんやりとだが」

 そして思う。どこかで見た事がある気がする、と。

 

「ユイは撃たれてはいないんだな?」

「ああ。どこも。全身隈なく確認済みだ」

「全身、隈なく……」

 そう繰り返して、新堂は貴島をジトリと見やる。

「お……おい、今何想像した?」

 貴島が慌てる。

 

「いや別に。ああ!俺も頭がイカれたのかも知れん」

「そんな目に遭えば誰だってそうなるさ。ああそうだ、お前の携帯、何回も鳴ってたぜ?」

 そう言って貴島が掛けられた上着に目を向ける。

「済まん、取ってくれ」

「おいよ」

 

 着信を確認すると、バーボン、とある。今朝から三回ほど着信があった。

 

「……なぜバーボンさんから?もしや例の患者に何かあったか」

「バーボン?」

「以前に受けた依頼人の交渉役だ。多分ニックネームだろう」

 日本人でないとしても本名な訳がない、と新堂が笑う。同意する貴島。

「今呼び出されても仕事はできないが、念のため連絡しておくか」

「じゃ、俺は席を外すな」

「悪い」

 

 軽く手を上げて答え、新堂は一人になった病室で電話を掛けた。

 

「……ああもしもし。新堂ですが」

『新堂先生ですか!ふる……じゃなかった、バーボンです。何度も掛けて済みません』

「社長さんの体調に気になる事でも?」

『いいえ、そうじゃないんです。その、お元気ですか?朝霧さんも』

 唐突のこんな質問に新堂が首を傾げる。

「元気かと聞かれると返答に困りますが、どちらも存命ですよ」

『それは、お二人の身に何か起きたという事ですね』

 

 単刀直入な物言いに、新堂は思わず沈黙する。

 

『済みません!お気を悪くされましたよね、失礼な言い方でした、謝ります』

「いえお構いなく。しかし、なぜあなたが私達を気にかけるんです?」

『……実は、以前朝霧さんからご相談を受けていまして』

「相談?ユイがですか?」

『はい。僕、もう一つ仕事をしているんです。その、警備の方の。それで朝霧さんがどこかの組織の人間にストーカー行為を受けていると』

 

 今一つ胡散臭い内容だが、新堂はあえて話を合わせる。

「それなら私も聞いています。昨日もそのストーカー?に付けられているとかで、家ではなく別の部屋へ」

『そうだったんですか。それで、朝霧さんはお怪我は?』

「ケガはしていません。ですが……」

 

『そちらへお見舞いに伺ってもよろしいですか?今どちらに?』

「え?」

『ご自宅にお伺いしたんですが、ご不在でしたので』

「ああ……」

『どうかお願いします!どうしてもお二人のご無事をこの目で確認したいんです。相談されていたのに、僕は何もできなかった。それが不甲斐なくて……っ』

 涙声でこう言い始める電話越しの男に、新堂は戸惑う。

「まあ、構いませんよ、会ってやってください」

『ありがとうございます!』

 

 住所を教えると、呆気に取られながら通話を終えた。

 

「……何なんだ?やっぱり怪しい!」

 そんなにユイに会いたいのかと勘ぐる新堂。

「ま、来てもムダだが。何せ当の本人は意識がないんだから!ユイ、まだ目覚めなくていいぞ?」

 

 この事故以降、なぜか嫉妬深くなった新堂であった。

 

 

 ようやく連絡が付いた。

 入手した住所にすぐさま愛車RX-7で向かう。

 

「直接聞いた訳じゃないが、やはりあのマンションは朝霧ユイの部屋か。しかも先生も一緒にいたとは!」

 二人の無事が一気に確認できて一安心だ。

 

 そしてこちらの状況はと言えば、ヘリに搭乗していたのは組織のメンバー四名。内訳はパイロットとスナイパー二名、そしてジンだ。

 三名の遺体は確認済み。ジンの姿だけが忽然と消えていた。

 

 室内に降り注いだ銃弾の嵐は火災により隠滅したが、連中の遺体は押収された。

 銃器はジンが持ち去ったのだろう。その場に残されてはいなかった。

 日本の警察に組織の人間の素性を特定するのは不可能だ。国外からのテロリストという事で片付けるだろう。

 

「今回ばかりは無茶したな!さすがの組織も、警察を先回りして対処するのは無理だったよ」

 大抵は全ての痕跡を消して撤収するのだ。

 ハンドルを握りながらひとり言を続ける。

「まあ、あの程度では組織の足元すら掴めやしないが?」

 

 組織の人間であり、警察の立場でもある自分。

 相反する感情が錯綜する。守りたいのか潰したいのか。

 もちろん潰したいさ。だが、今下手に組織の情報が漏れれば、何かと動きずらくなる。

 

「勝手な事をしてくれたな、ジン?ボスは何と言うだろうな。どんなお咎めが待っているやら!」

 ユイ・アサギリに対する怒りを露わにしていたジンを思い出して、笑いが込み上げた。

 あの沈着冷静が売りの冷血漢が熱くなる姿を!

 

「次は確実にローンオフェンダーで行くしかないな。だが、仮にユイがジンに何らかの打撃を与える事に成功していたとしたら、状況は一転する」

 

 再び笑うも、長くは続かない。俺はそんなにお気楽主義ではない。

 前方を見据え運転に集中する。

 

「とにかく、これ以上彼等(一般人)に危害を加えないように対処する。誰も死なせはしない!」

 

 

 海岸線をしばらく走ると、断崖絶壁に建つ一軒家が見えて来た。

 

「あれか。また偉い所に建てたものだ」

 変なところで感心してしまう。

 だが住人に会ってみて納得した。何せこの物悲しい雰囲気が似合いの風貌だったので。

 

「こんにちは。バーボンと言います。新堂先生とユイさんのお見舞いに伺いました」

 玄関先に現れた、白髪交じりの顔に大きな傷跡のある男に向かって、当たり良く告げる。

「おお、アンタがバーボンか。ああ……なるほどな!」

「何でしょう?」

「いや何でも。さあ入ってくれ」

「失礼します」

 見舞い用に購入した花束とフルーツ籠を手に室内へ入る。

 

 ガランとした空間にソファがあり、奥には仕切られたスペース。

 

「貴島総一郎だ。一応、診療所をやっていてね。まあ、滅多に客は来ないが!」

「ああ……そうなんですね。納得しました」

 室内に漂う消毒の香りの謎が解けた。

 

 そして案内された病室には、新堂がベッドに上体を起こした体勢で待っていた。

 

「新堂先生、お加減はいかがですか?これ、良かったら召し上がってください」

 花と籠を差し出して挨拶する。

「どうぞお構いなく。わざわざ済みません」

「ご無理なさらず、横になっていてください」

「大丈夫です。こうしていた方が楽なので」

 

 新堂はどうやら背中を痛めているらしく、姿勢を変えた直後に顔をしかめた。

 

「まさかこんなに遠方の診療所にいらっしゃるとは思いませんでしたよ」

「彼は私の古い友人なんです。とても頼りになる外科医でして」

「そうだったんですね」

 どこを探しても見つからない訳だ!

 

 さて。早々に目的を果たそう。

 

「あの、朝霧さんとは面会させていただけそうですか?」

「構いませんが、話はできませんよ」

「え?なぜですか」

 おいおい、何を言い出す?そんなに重症なのか?

 

「事故の直後から意識がないようです。恐らく以前から続いている記憶障害によるものだと思いますが、詳しい事は分かっていません」

「記憶、障害?」

 まさか例の爆弾テロの時のか。初耳だ!

 

「それでも良ければどうぞ。隣りの部屋にいますので」

「ええ……。では一目だけお会いさせていただきます」

 

 複雑な心境で新堂の病室を出ると、ここの主貴島医師が廊下で待機していた。

「こっちだ」

「ありがとうございます」

 貴島は隣室のドアを開けて俺を中に通した。

 

「外にいる。何かあったら呼んでくれ」

「はい。済みません」

 

 ベッドに横たわるユイは、穏やかな顔で眠っている。

 

「朝霧さん、一体どうされたんです?起きてください、あなたに聞きたい事があるんです」

 当然目の前のユイは何も言わない。

「……。参ったな。これじゃ何も分からないじゃないか!」

 せめて彼女の銃弾の残弾数でも確認できれば……

 

 室内を見回すと、彼女の上着が掛けられている。

 試しにポケットに手を忍ばせた。

 

「こんなとこにある訳ないよなぁ。って、あった……」

 小振りなコルト・コンバットパイソンだからこそできる芸当だ。

 俺の持つシグではこうは行かない!

 

 ドアの向こうに自分の動きが気取られないよう、注意を払って拳銃を取り出し、素早くシリンダーを覗く。

「二発、か」

 確認を終えてすぐに元の場所に戻した。

 

 フル装填していたと考えれば、ユイが撃ったのは四発。

 それで仕留めたのは三人。もう一発の行方が気になるところだ。

 

 ユイの寝顔を見ながら思案に暮れていると、ノックの音が響いた。

 

「そろそろいいか?」

「あ!はい。済みません、長々と……」

 ドアが開いて貴島が入って来た。ユイの元に進み、脈やら眼球やらを診察してから振り返る。

「困った眠り姫だよ、全く!さあ、新堂が待ってる、向こうへ移動しよう」

「はい」

 

 再び新堂の病室に戻ると、待ち構えていたように身を乗り出した。

 

「寝顔を観察するには長かったですね」

「あ!済みません、その、声掛けで目を覚ましてくれたらいいな~なんて、思ってしまって……」

 どうやら疑われているようだ。無理もないか。

 やや戸惑っていると、新堂は言う。

「声掛けだけですか?スキンシップは試されました?」

 

「はい?いいえ。彼女に触れてはおりませんが」

 俺が触れたのは彼女の相棒コルトだけだ。

 

「そうですか。どうぞお構いなく」

「はあ……」

 何だ?もしかして、抱いてるのはそっちの疑いか!

 俺が朝霧ユイに手を出す訳ないだろう?

 

「僕よりも新堂先生のスキンシップの方が効果的ですよ。早く良くなって、たくさん触れてあげてください」

「実はまだ、主治医の許可が下りなくてね」

 新堂がチラリと貴島の方を見た。

 

「そうなんですね!でももうすぐですよ。どうぞお大事に」

「ありがとう」

「では、僕はこれで失礼します。ユイさんが目を覚まされたら、ご連絡をいただけますか?」

「構いませんが……」

 新堂の視線が突き刺さる。またあらぬ疑いを掛けられているらしい。

 

「ああ!その、例のストーカーの件で確認したい事がありまして。決してプライベートな内容ではありませんから」

「別に疑ってはいません。分かりました、連絡します」

「ありがとうございます」

 笑顔で礼を言って、さらにここの主にも邪魔をした旨を伝える。

 

 こうして何の収穫もないままその場を後にした。

 

 

「なあ。あの男、何か胡散臭いな!」

「貴島もそう思うか?」

「ああ!あの金髪は脱色じゃなさそうだが。ハーフというにも弱い。それにあの笑顔は完全に作りモン、当たり良く振る舞ってはいたが逆効果だ」

 

 新堂の病室で、貴島が思ったままを口にする。

 

「ユイの病室で何をしていたと思う?」

「一言二言話しかけてるみたいだったが、それ以外は何も」

「そうか」

「お前、まさか疑ってるのか?アイツらが影で付き合ってるとか!」

「まさか!そこまでは考えてない」

「そこまではって事は、疑いくらいは掛けてるな」

 

「ユイは可愛いから、男が放っておかないってだけだ」

 どこか不貞腐れたように言う新堂。

 この男のこんな顔が見られるのは貴島だけだろう。

 

「あ~はいはい!そういう事にしとくよ。けど、もし熱を上げてるなら、もっと必死になりそうなモンだがね」

「ああ。そこまで心配してるふうではなかったな」

「朝霧に近づく別の目的がある、とか?」

「……」

 新堂は黙り込む。

 

 薄々は気づいている。だが考えたくない。知りたくない。

 なぜならそれが厄介な類の事に違いないから。

 

「なぜこうなる?俺達は穏やかに暮らす事さえ許されないのか?」

「新堂……」

「済まん、心の声が漏れてしまった」

「いいさ。この際どんどん吐き出せ。ちゃんと受け止めてやるから!」

 貴島は自信たっぷりの笑みを浮かべて言った。

 

 

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