まさか私があの幽霊屋敷(!)に出入りする事になるとは、吉田さんが知ったらきっと大騒ぎする事でしょう。
幸いユイさんはあの後熱も下がり元気になってくれたので、私と新堂先生はすぐに解毒剤の研究に取りかかる事ができた。
ユイさんは小学校に通いたがっているらしいけど、まだ先生の許可が下りないみたい。いつまた体調を崩すか分からないから。
それにしても、彼女だけこんなに反応が違っているのはなぜなのか。
もしかしたら、あの組織が新型のアポトキシンを完成しつつあるのかもしれない。
私達は今日も新堂邸にて様々な過程を考察している。ちなみにユイさんは工藤君と別行動。
最近はこんなチーム分けで動く事が増えた。
「いらっしゃい、灰原さん」
「先生、今日もよろしくお願いします」
「宿題、先に済ませていいよ」
「今日は大丈夫。面倒なヤツじゃないから。帰ってからやります」
先生はいつも気を遣ってこんな事を言ってくれる。
手慣れた様子でキッチンからティーセットを運んで、リビングテーブルに並べる。
「お構いなく」
「ははっ!どうにも慣れないな、その容姿でそういう事を言われるのは」
「ゴメンなさい……」
「だから謝るなって」
「はあ……」
こんなやり取りをもう何度した事か。
子供のフリをするのにうんざりだった私は、この人の前では素でいられるとちょっとだけ喜んだけれど。
……やっぱりこういうタイプの男性は苦手だ。
何て言うか、イケメンの圧、じゃなくてオーラ?
「ユイのヤツがあまりに子供だから、余計に感じてしまって。済まない」
「いいえ。それこそお構いなく……また言っちゃった」
新堂先生は少し微笑んで首を横に振った。
「ああそうだ、ユイのバッグ、預かってくれてありがとう」
ユイさんの私物は先日すべてお返しした。
「あんな物騒な物、持ってるの嫌だっただろ?」
「別に大丈夫です」
あっさり返事をしすぎたのか、先生が固まっている。
この人がどこまで裏の世界を知っているのか分からないけど、この反応からユイさんほどではないと判明した。
ここはあえてとぼけよう。
「あの、どうかしました?」
「……いや。本当に、君達にはあまり深入りはしたくないな!」
否定した後、先生が小声で吐き捨てる。
「ごめんなさい……巻き込んでしまって」
「それにしても、君みたいな他人想いの女性がなぜあんな薬品の研究なんて?」
「他人想いだなんて……私は別にそんなんじゃ」
「だって、ユイの事とても心配してくれてるだろう?」
「それはそうですけど、状況が状況ですし」
「何にせよ嬉しいよ。私の勘だけど、灰原さんは人の心の痛みが分かる人だね」
この人、私の事口説いてる?そう思ってしまうくらい魅力的な笑みを向けられた。
すぐに目を逸らして首を左右に振って否定する。
私はそんな善人じゃない。だって、人殺しの薬を生み出してしまったのだから……
「言い訳する気はないけど、私は人を殺すための薬を作っているつもりなんてなかったんです。本当に……こんな事になるなんて思わなくて……」
両親は真っ当なサイエンティストだった。研究していたのが殺人目的の薬だなんて思う訳もない。
実際あの薬は本来の使われ方をしていないだけ。そう思いたい。……けど。
「でも実際に人が何人も死んでる。自分はともかく、ユイさんにまで苦しい思いをさせて」
「灰原さん……」
先生がそっと私の背を撫でてくれる。そして唐突に語り出した。
「知ってるか?人の体は、六十兆個もの細胞で構成されている。その中の数千億から一兆個が、毎日アポトーシスによって知らずのうちに消滅している」
「先生?」
「そして、新しい細胞に置き換わる。それは必要な事だ。アポトーシスとは本来悪い意味の言葉じゃない」
アポトキシンと名付けたのは両親だった。
組織が薬を悪用し始めてからは、両親が殺人を目的に研究をしていたと認めざるを得ない。
でも、この人は違うって言うの?
「先日はあんな事を言ってしまったが……。このネーミングから、研究者はこの薬品に新たな可能性を期待したのかもしれない。初めから悪意が籠められていたとは、私は思わないよ」
「っ……」
詳しい話は何もしていないのに、この人は一発で私が求めていた言葉を与えてくれた。
イケメンは冷たい印象が定番とは言うけど、この人は輪をかけてそうだ。謎に満ちた素性がさらに恐怖心を増幅している。
でもこの事で一気に見る目が変わった。
怖いだけの人と思ってたけど、かなりいい人じゃない?ユイさんが惚れる訳ね。
私も惚れそう……なんて、心配しないで?人のものを盗ったりしないから!
「ありがとう、新堂先生」
内心、感激でむせび泣きそうだったけれど、平静を装ってお礼だけ伝えた。
*
「ねえ先生!小学校、私も通いたい!」
彼に纏わりついて今日もねだる。
この私が学校に行きたいだなんて天変地異か!って、まさにその通りじゃない?こんな姿になってるんだから。
私が幼児化したのをいい事に、先生は一段と私の世話を焼くようになった。
その姿はどこから見ても過保護な父親だ。
「おまえ学校嫌いだろ?どうせサボるんだから、行かない方がいい」
「サボらないわよ。決めつけないでくれる?」
「なぜそんなに行きたがる?そんなに勉強したいなら、灰原さんとの研究に加わってくれよ」
「いやよ~だ。化学式は苦手なの。それに勉強がしたい訳じゃないし」
「じゃあ何なんだ」
「過保護すぎる先生がウザい、とはあえて言わない」
「しっかり言ってるじゃないか。俺のどこが過保護だって?いつもと同じだろ」
「え~え~、そうですね!」
それと、学校に行けば新一君と灰原さんがいるし、自然な感じで話ができる。
要は、先生の関与しない闇組織の内情とかの情報交換がしたい訳。
「また発熱するかもしれないだろ。学校で倒れたら迷惑を掛ける。俺じゃなくてもそう考えると思うが」
「もう大丈夫よ。こんなに元気いっぱいだもの?」
試しに先生に飛びついてみる。
「おいっ、俺は木か?登るな!」
そのままヒョイと持ち上げられ肩に座らされる。
「高~い。いい眺め!木と相違ないわ」
「まるで娘ができた気分だな」
先生がポツリと言う。
「ならちょうど良かったね。この際だから堪能して」
先生を見下ろして言ってみると、悪戯っぽい目で返された。
「それは付き合ってくれるって事か?それじゃ、学校に行ってる暇もないな?」
「ええ?ちょっと!」
肩の上でジタバタする私を左右からガシリと掴んで先生が言う。
「堪能していいんだろ?」
「そんなに嬉しそうな顔して……」
「俺達の子ができたら、きっとこんなふうだったんだな」
「先生……」
彼は子供を作れない体だ。だから私達には決して訪れなかったシチュエーション。
嬉しくないはずがない。
「仕方ないから、付き合ってあげるわよ」
「それなら、試しに父親と思って呼んでみてくれ」
「え~早速?!何て呼ぶ?パパ?お父さん?」
「そうだな……パパってのは気恥ずかしいな」
「お父さんなんて呼びたくな~い!大嫌いなアイツ思い出すじゃない」
「ならいっそ帰国子女の設定は?」
こうなったら乗っかってあげようじゃない?
「ダディー!アイ・ラービュ!」
そう言って顔に抱きついて頬にキスをしてみる。
「……おお、これは堪らん……」
先生はこれが痛く気に入ったらしく、目にいれても痛くないとはこの事だ!としばらく感動に震えていたのだった。
あれ以来、体は何ともない。どこもかしこも小さい以外は。
「体中のムダ毛が消えてるのは嬉しいんだけど~」
お風呂上りに鏡に映った自分を見て呟いていると、後ろから先生が現れた。
「きゃっ!見ないでくれる?」
「今更だな。すでに全部見てる。きっとおまえ自身よりも先にね」
「ちょっと?いくら子供だからって、いいと思ってるの?」
「俺は今父親。それ以前に主治医だ。文句あるのか」
そう言いながらバスタオルが解かれる。
胸は真っ平で(元々ないけど!)くびれもない。色気ゼロのこのカラダ。それでも羞恥心は変わらずある。
「ちょっ!何するのよエッチ」
「ユイの小学生時代はこんな感じだったんだな」
私達が出会ったのは高校生の時だから、彼は私のこの姿は知らない。
「正確な体じゃないけどね。言っとくけど、こんなに傷はなかったよ?」
「ああ分かってる。このオペの痕跡があったから信じられたんだ」
「……うん」
それは全て新堂先生の付けた痕跡。私達にとっては言わば愛の痕跡だ。
「例え今何ともなくても、おまえの体内では何らかの反応が起こっているはず。……早く元に戻さねば」
全裸を見られているはずなのに、いつの間にか羞恥心などどこかへ吹き飛んでいた。
そして愛しさと共に別の欲が湧き上がる。
「私も早く戻りたい。そうしないと先生に愛してもらえないもの……」
でもやっぱり彼にはそんな欲はないらしい。
「それはそれとして、この貴重な時間も満喫しよう。だろ?」
分かってる。でもそれでいい。
「もちよ。先生はこっちの方が良かったりして?」
「ん?」
「だ~って、元々色気を求めてる訳でもないだろうし。今の私は先生のおもちゃでしょ」
「おお、確かに」
「言っとくけど、やろうと思えば投げ飛ばせるんだからね?調子に乗らないでよ?」
「それだけは勘弁してくれ!」
こんなセリフの後、私達は同時に吹き出した。
どんな時でも楽しむ。これが私達のモットーだから。