交わるはずのないステージ~謎めいた隣人の正体~   作:氷ユリ

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忍び寄る魔の手 後編(2)

 

 まさか私があの幽霊屋敷(!)に出入りする事になるとは、吉田さんが知ったらきっと大騒ぎする事でしょう。

 

 幸いユイさんはあの後熱も下がり元気になってくれたので、私と新堂先生はすぐに解毒剤の研究に取りかかる事ができた。

 

 ユイさんは小学校に通いたがっているらしいけど、まだ先生の許可が下りないみたい。いつまた体調を崩すか分からないから。

 それにしても、彼女だけこんなに反応が違っているのはなぜなのか。

 もしかしたら、あの組織が新型のアポトキシンを完成しつつあるのかもしれない。

 

 私達は今日も新堂邸にて様々な過程を考察している。ちなみにユイさんは工藤君と別行動。

 最近はこんなチーム分けで動く事が増えた。

 

「いらっしゃい、灰原さん」

「先生、今日もよろしくお願いします」

「宿題、先に済ませていいよ」

「今日は大丈夫。面倒なヤツじゃないから。帰ってからやります」

 先生はいつも気を遣ってこんな事を言ってくれる。

 

 手慣れた様子でキッチンからティーセットを運んで、リビングテーブルに並べる。

 

「お構いなく」

「ははっ!どうにも慣れないな、その容姿でそういう事を言われるのは」

「ゴメンなさい……」

「だから謝るなって」

「はあ……」

 こんなやり取りをもう何度した事か。

 子供のフリをするのにうんざりだった私は、この人の前では素でいられるとちょっとだけ喜んだけれど。

 

 ……やっぱりこういうタイプの男性は苦手だ。

 何て言うか、イケメンの圧、じゃなくてオーラ?

 

「ユイのヤツがあまりに子供だから、余計に感じてしまって。済まない」

「いいえ。それこそお構いなく……また言っちゃった」

 新堂先生は少し微笑んで首を横に振った。

「ああそうだ、ユイのバッグ、預かってくれてありがとう」

 ユイさんの私物は先日すべてお返しした。

「あんな物騒な物、持ってるの嫌だっただろ?」

「別に大丈夫です」

 

 あっさり返事をしすぎたのか、先生が固まっている。

 この人がどこまで裏の世界を知っているのか分からないけど、この反応からユイさんほどではないと判明した。

 

 ここはあえてとぼけよう。

「あの、どうかしました?」

「……いや。本当に、君達にはあまり深入りはしたくないな!」

 否定した後、先生が小声で吐き捨てる。

「ごめんなさい……巻き込んでしまって」

 

「それにしても、君みたいな他人想いの女性がなぜあんな薬品の研究なんて?」

「他人想いだなんて……私は別にそんなんじゃ」

「だって、ユイの事とても心配してくれてるだろう?」

「それはそうですけど、状況が状況ですし」

「何にせよ嬉しいよ。私の勘だけど、灰原さんは人の心の痛みが分かる人だね」

 

 この人、私の事口説いてる?そう思ってしまうくらい魅力的な笑みを向けられた。

 すぐに目を逸らして首を左右に振って否定する。

 私はそんな善人じゃない。だって、人殺しの薬を生み出してしまったのだから……

 

「言い訳する気はないけど、私は人を殺すための薬を作っているつもりなんてなかったんです。本当に……こんな事になるなんて思わなくて……」

 

 両親は真っ当なサイエンティストだった。研究していたのが殺人目的の薬だなんて思う訳もない。

 実際あの薬は本来の使われ方をしていないだけ。そう思いたい。……けど。

 

「でも実際に人が何人も死んでる。自分はともかく、ユイさんにまで苦しい思いをさせて」

「灰原さん……」

 先生がそっと私の背を撫でてくれる。そして唐突に語り出した。

 

「知ってるか?人の体は、六十兆個もの細胞で構成されている。その中の数千億から一兆個が、毎日アポトーシスによって知らずのうちに消滅している」

「先生?」

「そして、新しい細胞に置き換わる。それは必要な事だ。アポトーシスとは本来悪い意味の言葉じゃない」

 

 アポトキシンと名付けたのは両親だった。

 組織が薬を悪用し始めてからは、両親が殺人を目的に研究をしていたと認めざるを得ない。

 でも、この人は違うって言うの?

 

「先日はあんな事を言ってしまったが……。このネーミングから、研究者はこの薬品に新たな可能性を期待したのかもしれない。初めから悪意が籠められていたとは、私は思わないよ」

「っ……」

 詳しい話は何もしていないのに、この人は一発で私が求めていた言葉を与えてくれた。

 

 イケメンは冷たい印象が定番とは言うけど、この人は輪をかけてそうだ。謎に満ちた素性がさらに恐怖心を増幅している。

 でもこの事で一気に見る目が変わった。

 

 怖いだけの人と思ってたけど、かなりいい人じゃない?ユイさんが惚れる訳ね。

 私も惚れそう……なんて、心配しないで?人のものを盗ったりしないから!

 

「ありがとう、新堂先生」

 内心、感激でむせび泣きそうだったけれど、平静を装ってお礼だけ伝えた。

 

 

「ねえ先生!小学校、私も通いたい!」

 彼に纏わりついて今日もねだる。

 

 この私が学校に行きたいだなんて天変地異か!って、まさにその通りじゃない?こんな姿になってるんだから。

 私が幼児化したのをいい事に、先生は一段と私の世話を焼くようになった。

 その姿はどこから見ても過保護な父親だ。

 

「おまえ学校嫌いだろ?どうせサボるんだから、行かない方がいい」

「サボらないわよ。決めつけないでくれる?」

「なぜそんなに行きたがる?そんなに勉強したいなら、灰原さんとの研究に加わってくれよ」

「いやよ~だ。化学式は苦手なの。それに勉強がしたい訳じゃないし」

 

「じゃあ何なんだ」

「過保護すぎる先生がウザい、とはあえて言わない」

「しっかり言ってるじゃないか。俺のどこが過保護だって?いつもと同じだろ」

「え~え~、そうですね!」

 

 それと、学校に行けば新一君と灰原さんがいるし、自然な感じで話ができる。

 要は、先生の関与しない闇組織の内情とかの情報交換がしたい訳。

 

「また発熱するかもしれないだろ。学校で倒れたら迷惑を掛ける。俺じゃなくてもそう考えると思うが」

「もう大丈夫よ。こんなに元気いっぱいだもの?」

 試しに先生に飛びついてみる。

「おいっ、俺は木か?登るな!」

 そのままヒョイと持ち上げられ肩に座らされる。

「高~い。いい眺め!木と相違ないわ」

 

「まるで娘ができた気分だな」

 先生がポツリと言う。

「ならちょうど良かったね。この際だから堪能して」

 先生を見下ろして言ってみると、悪戯っぽい目で返された。

「それは付き合ってくれるって事か?それじゃ、学校に行ってる暇もないな?」

 

「ええ?ちょっと!」

 肩の上でジタバタする私を左右からガシリと掴んで先生が言う。

「堪能していいんだろ?」

「そんなに嬉しそうな顔して……」

「俺達の子ができたら、きっとこんなふうだったんだな」

「先生……」

 

 彼は子供を作れない体だ。だから私達には決して訪れなかったシチュエーション。

 嬉しくないはずがない。

 

「仕方ないから、付き合ってあげるわよ」

「それなら、試しに父親と思って呼んでみてくれ」

「え~早速?!何て呼ぶ?パパ?お父さん?」

「そうだな……パパってのは気恥ずかしいな」

「お父さんなんて呼びたくな~い!大嫌いなアイツ思い出すじゃない」

「ならいっそ帰国子女の設定は?」

 こうなったら乗っかってあげようじゃない?

「ダディー!アイ・ラービュ!」

 そう言って顔に抱きついて頬にキスをしてみる。

 

「……おお、これは堪らん……」

 先生はこれが痛く気に入ったらしく、目にいれても痛くないとはこの事だ!としばらく感動に震えていたのだった。

 

 

 あれ以来、体は何ともない。どこもかしこも小さい以外は。

 

「体中のムダ毛が消えてるのは嬉しいんだけど~」

 お風呂上りに鏡に映った自分を見て呟いていると、後ろから先生が現れた。

「きゃっ!見ないでくれる?」

「今更だな。すでに全部見てる。きっとおまえ自身よりも先にね」

「ちょっと?いくら子供だからって、いいと思ってるの?」

「俺は今父親。それ以前に主治医だ。文句あるのか」

 

 そう言いながらバスタオルが解かれる。

 胸は真っ平で(元々ないけど!)くびれもない。色気ゼロのこのカラダ。それでも羞恥心は変わらずある。

 

「ちょっ!何するのよエッチ」

 

「ユイの小学生時代はこんな感じだったんだな」

 私達が出会ったのは高校生の時だから、彼は私のこの姿は知らない。

「正確な体じゃないけどね。言っとくけど、こんなに傷はなかったよ?」

「ああ分かってる。このオペの痕跡があったから信じられたんだ」

「……うん」

 それは全て新堂先生の付けた痕跡。私達にとっては言わば愛の痕跡だ。

 

「例え今何ともなくても、おまえの体内では何らかの反応が起こっているはず。……早く元に戻さねば」

 

 全裸を見られているはずなのに、いつの間にか羞恥心などどこかへ吹き飛んでいた。

 そして愛しさと共に別の欲が湧き上がる。

「私も早く戻りたい。そうしないと先生に愛してもらえないもの……」

 でもやっぱり彼にはそんな欲はないらしい。

 

「それはそれとして、この貴重な時間も満喫しよう。だろ?」

 分かってる。でもそれでいい。

「もちよ。先生はこっちの方が良かったりして?」

「ん?」

「だ~って、元々色気を求めてる訳でもないだろうし。今の私は先生のおもちゃでしょ」

「おお、確かに」

「言っとくけど、やろうと思えば投げ飛ばせるんだからね?調子に乗らないでよ?」

「それだけは勘弁してくれ!」

 こんなセリフの後、私達は同時に吹き出した。

 

 どんな時でも楽しむ。これが私達のモットーだから。

 

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