交わるはずのないステージ~謎めいた隣人の正体~   作:氷ユリ

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進展 中編

 

 静まり返った某組織の廊下に、銀髪長身の男の靴音が響く。

 一室から廊下へと出たベルモットは、こちらに向かって来る人影に気づき視線を向ける。

 

「死に損ないさんの登場ね。それとも亡霊かしら?ジン、久しぶり」

「余計な事をしてくれたな。聞いたぜ。お前がユイ・アサギリを仕留めたとか?」

「別にあなたのためじゃないわ。変な気回さないでよね」

「ああ?俺の獲物横取りしといて何を言ってやがる」

「あんまりモタモタしてるから、つい」

 楽し気なベルモット。

 

「まあいい。これで本業に力を入れられる。お前もあまり勝手な行動ばかりだと、いい加減ボスが黙っちゃいないぜ?」

「あら。私の行動は常に組織の役に立っているもの。あなたと違って莫大な経費も掛けていないしね」

 暗にヘリでのマンション攻撃を指摘する。

 あんな指示は出ていない。ジンの独断だ。挙句、一基の最新ヘリを再起不能にし三名を死に追いやった。

 

 ジンの視線が一際険しくなったが、それもほんの一瞬だった。

 

「あれは実際、冷静さを欠いた行動だった。反省してるさ。だがもう終わった、二度とあんな事はない」

「そう願うわ。ああそれと、今後ドクター新堂には手出し無用よ?あの方の緊急事態に欠かせない大事な人材なんだから」

「それはこっちのセリフだ。色男に弱いお前さんにそのまま返すぜ!」

 どこか皮肉めいた口調でジンが言う。

 

「フン。手なんて初めから出してないわよ。大体カレ、私よりも背が低いの」

 新堂は175センチ。ベルモットは178センチ。ほんの三センチ差でも気になるものは気になる。

 ちなみにジンは180超えの長身だ。

 

「だから何だ」

「眼中にないって事よ」

「ああそうかい。どうだっていい話だ!」

 

 この時ジンが〝なら俺にしとけよ〟との言葉を寸でのところで飲み込んだ事に、残念ながらベルモットが気づく事はなかった。

 

 

 高校生の姿になった私は、すぐさまベルモットへの復讐を目論む。

 今日先生は緊急の依頼が入って留守にしているため、自由に動ける。文字通り束の間、だが。

 

 まずは新一達から情報収集するべく、小学校の下校時間に合わせ、近くの喫茶店に誘う。

 

「二人には悪いんだけどさ……」

 組織自体への報復は、先生を巻き込む可能性が高い事から断念する旨を告げた。

「いいんだよ、それで。さらに言うならベルモットにも接触してほしくないんだけどな!」

「あんな屈辱与えられて黙ってられるもんですか。そもそも私、ブロンドの大女って大嫌いなの!」

 

「それって単なる個人的な理由じゃない?ユイさんの気持ちも分からなくはないけど、あの女には近づかない方がいいわ」

「哀ちゃん、あの女の事何か知ってる?全然情報がないからさぁ。向こうは根掘り葉掘り知ってるだろうけど!あームカつく!」

 

「落ち着いてってば……」

 徐々に声が大きくなる私を気にして、哀ちゃんに小声で指摘される。

 

「申し訳ないけど、私はほとんど知らないの。あの人とは面識はあるけど、幼い頃がほとんどだし。とにかく彼女、組織内でも謎の人物扱いされてたから」

「そうなの?」

 ここで新一君が口を挟んだ。

「表の顔はハリウッド女優だよ。何て名前だっけ?」

「シャロン・ヴィンヤード。もしくはクリス・ヴィンヤードかしら」

「女優……。で、何で名前が二つ?」

「クリスはシャロンの娘って設定だろ。あの女バケモンだよ、年取らねーんだから!」

「年を取らない?」

 

 確かに第一印象からは年齢不詳な感じはあった。声はそれなりに年配な雰囲気なのに、見た目は三十代、いや二十代でも通りそうだ。欧米系は老け顔が一般的なのに。

 

「最近の事は分からないけど、少し前に映画に出てた時の姿は、私が幼い頃に見たまんまだった」

「でも同一人物かは分からないでしょ。本当に娘かもよ」

「まー、そうだな。クローン人間とか?」

「工藤君、話が反れてる」

「あはは!」

 

「表の顔の事はもういいから、裏の方を教えてよ」

「灰原が知らない事をオレが知ってる訳ねーって」

「つまり情報はゼロって事ね……」

「ゴメン、役に立たなくて」

 落胆した私を気にしてか新一君が謝って来た。

 

 途端に申し訳なさが募る。

「謝らないで!いいの。こっちこそゴメンね、変な事聞いて。今回の件に関しては、君達に迷惑が掛からないようにやるから安心して」

 何せこれは本当に個人的な恨みを晴らすためなのだから?

 

 

 こうしてほとんど収穫ゼロで二人と別れた。

 

「そうだ、降谷さんなら居場所を知ってるかも!」

 何しろあの人はまさにその組織に潜入中で、当然ベルモットとも面識があるはず。

 問題は、そう簡単に教えてくれるかどうか……

「どんな手を使ってでも聞き出すわ」

 自分の携帯に登録してある降谷零の番号を呼び出す。

 

 彼はすぐに掴まった。思いのほか好感触な応対を受けて、やや気持ちを落ち着ける。

 詳しい事は抜きに会って話したいと告げるとこう返された。

 

『今ちょうど出先で、近所にいるんです。大丈夫ですよ』

「良かった!じゃあいつもの喫茶店で待ってるわ」

 

 こうして待ち合わせたのはいいが……

「しまった、自分が高校生の姿だって事、忘れてた!」

 

 今さら訂正もできない。諦めてそのまま彼を待つ。

 

 ほどなくして見知った金髪の好青年が現れた。店内を見回す姿を受けて、条件反射的に軽く手を上げる。

 視線を私の元で留めた彼が目を瞬いた。

 

「どうも、私、ユイちゃんの従妹です!ええと……ユイちゃんに頼まれて代わりに」

 しどろもどろに告げる。もうこういう手しか思いつかない!

 正面の席に腰を下ろした降谷は、改めて私を見る。

「朝霧さんの……どうりで良く似ている訳だ。それで本人はどうされたんです?」

「あ、急に用事ができたって。あの、降谷さんお忙しい人だって聞いたんで、単刀直入に聞きますが、ベルモットって女の連絡先、教えてください!」

 

 目の前のイケメンが唖然とした顔で沈黙する。これは直球過ぎたか。

 

「あのぉ~」

「……ああ、済みません。少々驚いてしまって」

「いえ、こちらこそ」

 

 またも沈黙が降って来る。イケメンの視線が痛い。

 

「あの、それで!」

「はい。その何でしたっけ、ベルガモットさん?というのは誰です?」

「ベルモット!分からない?ならシャロン・ヴィンヤードでどう?」

「それなら聞いた事があります。確かハリウッド女優ですよね。最近活動していないみたいですが」

「で、知ってる?居場所でもいいんだけど」

「なぜ僕が有名女優の居場所を知っていると?生憎芸能界には詳しくないんですよ」

 

 相変わらずの作り笑いを浮かべて淡々と語る男に、段々腹が立ってくる。

 

「……白々しい。あ~めんどくさい、あの女といい、どうしてあなた達はそうやって人をおちょくるみたいな話し方するの?私を子供扱いして楽しい?」

「意味が良く分かりませんが、君はどう見ても、未成年、ですよね?」

 わざと視線を全身へと流して言って来る。

 

「さあ、どうかしらね。公安さんの目にはどう映る?」

 

 こう告げると、途端に相手の表情が変化した。

 恐らく私から言い知れぬ殺気でも感じ取ったのだろう。全く勘の鋭い人だ。今は逆にありがたいけど!

 

「……あなた、もしかして本人ですか?」

「ようやく気づいた?大体、声は変わってないでしょ。何ならすぐに分かってくれると思ったんだけど」

「ハハハ、それはご期待に沿えず済みませんでした……。しかし一体どういう事です?つい最近ようやく後退した記憶が戻ったというのに。今度は体が幼児化とは!」

 

 どうやら彼はあの薬品について何も知らなかったようだ。

 私はこれまでの事情を掻い摘んで説明した。あくまで自分の身に起きた事のみを。この段階で新一君達についてはまた別の話なので。

 

「あの薬品の事は知ってましたが、まさかそんな効能が別にあったとは……。恐らく研究チーム以外、誰も知らないと思いますよ」

「でしょうね」

 知っていたなら、殺せなかった新一君達はまた狙われているはず。

 

「でも、結果的に丸く収まったじゃないですか。ベルモットも組織も、あなたが死んだと思っている。もうジンが狙って来る事もない。このまま大人しく先生と暮らしてください」

 話は終わりだとでも言うように告げられ、すぐさま反論する。

 

「ふざけないで。組織の事はどうでもいいけど、あの女だけは許せない。勝手に先生に近づいたり、私にキスしたのよ?女同士で一方的にキスされるなんて、これ以上の屈辱はないわ……。何が小さくて可愛い、よ!あの大女、自分に可愛さの欠片もないからって?あ~ヤダヤダ。思い出したらまた腹が立って来た!」

 ここぞとばかりに吐き出したら、出るわ出るわ。

 

「朝霧さん、声が少々大きいかと」

 こんな一言で我に返った。

「ああ……ゴメンなさい」

「場所を変えませんか。すぐ先のコインパーキングに僕の車があります」

「分かったわ」

「ここはご馳走させてくださいね」

 

 自分が高校生だという事をまたも失念。対面する男は今は年上という事になる。

 仕方ないから主導権は渡してやろう。

 立ち上がった降谷に続き、後に付いてレジに向かった。

 

 初めから降谷の方が背は高いので、見下ろされる事に関しては変わらない。

 無言で歩いて、RX-7の元まで辿り着く。

 

「どうぞ」

「どうも。お邪魔するのは初めてね」

「新堂先生には乗っていただいてますが」

「ああ……そうだったわね」

 

 車内に乗り込んで改めて思う。得体の知れない人物と大切な人がこんな狭い空間に二人きりだった事に、今さらながら恐怖を覚えた。

 正体を知った今でさえ、この降谷という男は油断ならないと、私の直感が言っている。

 

「どうかしました?」

「いいえ。それじゃ早速、あなたの知っている事を教えてくれる?」 

「分かりました。確認ですが、本当にその姿で挑むつもりですか」

「小学生よりは全然マシよ。ここまで成長してれば問題ないわ。むしろこっちの体の方が機敏に動けそう」

 

 何かと制約のある今日この頃。この体ならまだ爆弾テロにも遭っていないし、病にも侵されてないし?いや待て、オペの痕跡があるって事は、諸々を乗り越えて来た体ではあるのか……。

 

「あの?」

「何でもないわ。こっちの話」

「……仕方がないですね。ですが約束してください、決して大ごとにはしないと。あくまで個人的にベルモットに会うだけだと」

「ええ。でも危害を加えられそうになったら?」

「当然自分の身は自分で守っていただかないと困ります。ただし、穏便に」

 

「穏便になら殺しても構わないって意味ね?」

 降谷はこれに対しては答えず、静かに続ける。

「組織はベルモットを高く評価している。彼女が殺されたなら、報復をしに来るかもしれません。殺害の形跡を残せばまたあなたが……」

「跡形もなく消せばいい訳だ」

 

「あなたという人は……やはり恐ろしい人ですね」

 敵には回したくない!と降谷は笑った。

 

 

 ドライブでもどうかと誘ったが断わられた。

 

「あんな姿であの冷酷なコメントは聞くに堪えないな……!」

 まだあどけなさの残るユイの顔を思い返して、一人になった車内で苦笑する。

 

 ベルモットの連絡先を伝えた後、彼女についてある事ない事吐かされた。と言っても、俺に語れる事などたかが知れているが。

 男の趣味だとか苦手なものだとか、どんな手口で殺すのが得意か、等々。ほとんどが他愛もない内容だったので隠さずに教えた。

 本当に個人的な恨みを晴らすために会うようだ。

 

「だが、あの調子じゃ勢い余って殺しかねない」

 

 自分を殺そうとした相手を殺したいという気持ちは理解できる。だが、それを許してはならない。

 組織の一員バーボンとしても、公安の人間降谷零としても。

 

「それにしても、薬品を飲まされて体が幼児化だなんて?……まさかあの少年も」

 思い当たる節があるが、思案に耽るのは後だ。

 今やるべき事は一つ。

 

「そろそろ潮時。組織の目的は大体分かった。これ以上連中の犯罪行為を見逃す訳には行かない」

 

 愛車RX-7のエンジンを掛け、すべき事に向けて気合を入れてアクセルを踏み込んだ。

 

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