交わるはずのないステージ~謎めいた隣人の正体~   作:氷ユリ

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真相 中編

 

「それにしてもユイのヤツ。何がデートだ?俺を差し置いて!知り合いと茶をするのはデートとは呼ばん」

 俺は一人になった部屋で、燻ぶる怒りを小言に乗せながらティーセットをキッチンに運ぶ。

 

 ふと庭先に車が侵入した事に気づき、テラスの方に目を向けた。

「来客か?誰だ、一体」

 洗い始めようとしたカップを一旦シンクに置く。

 

 訪問者からのアクションはすぐにあり、玄関チャイムが鳴った。

 インターホンに映し出されたのは、帽子を目深に被った女。

 見事な金の巻き毛が、肩から胸にかけて流れている。

 

 明らかに外国人だと分かったが、構わず日本語で問いかけた。

「どなたですか」

 難なく流暢な日本語で返って来る。

『アポもなく押しかけてゴメンなさい、ドクター新堂。ご在宅で良かったわ』

「どなたか、と訪ねたんだが?」

『私が誰かを伝えるには、少し長くなるの。どうか入れてくれない?』

 

「意味が分からない。自宅での診療は行っておません。お引き取りください」

 ドクターと呼ばれた事から、依頼の類だろうと当たりを付けて答えた。

 頭のおかしな女に付き合うほど暇じゃない。

 それに、あまり金髪とは関わりたくない。またユイにあらぬ疑いを掛けられると困るので?

 

 あの日、製薬会社の人間を装って近づいて来た女の事を思い出す。

 その後数日間付き纏われたが、パタリと姿が見えなくなった。

 

 嫌な事を思い出したため早々に会話を終了させようとするも、女は帽子を脱いで言った。

『ユイ・アサギリの生死に関わる事、と言ったら分かってくれる?』

 その表情には何の感情も表れていない。まるで血の通わないマネキンだ。

 

 金髪の女がユイの名を出した事で、今現在抱えている問題に関係のある人物だと分かった。

 それはつまり、俺に変装してユイに毒薬を飲ませたという例の敵だという事になる。

 そんな相手を易々と部屋に入れる訳がない。

 

「またユイを殺しに来たのか?残念だが、今は不在だ。帰ってくれ」

『用があるのはユイ・アサギリじゃなくあなたによ』

「俺に?また俺を使ってユイを誘い出す気か。今度は誘拐でもするか!」

『ドクターに手なんて出さないわ。今までも、これからもね』

「今まで?以前に会った事が?」

『ええ。この姿ではないけれど。あの時はご丁寧に教えていただいて、ありがとうございました』

 

 声のトーンが変わり、すぐにピンと来た。

 骨格から雰囲気までまるで別人だが、少し前に俺に近づいて来た金髪の女と同一人物か……。

「お前……あの時から探っていたのか」

 

『危害は加えてないでしょ。そんな話を蒸し返しに来たんじゃないの。お願い、時間が限られているのよ。損はさせない。ユイ・アサギリを助けたくないの?』

「なぜだ?お前はユイを殺したいんじゃないのか?」

 絶対に裏がある。こんな女の言う事など信用できるものか。

 

「とにかく関わりたくない。お帰り願おう。応じないというなら警察を呼ぶが?」

『それならもうここにいるわ。私を連れて来たのは日本の警察の人間よ』

「は?何を言ってる、つくならもっとマシな嘘を……」

 

『嘘じゃないわ。ねえ!ちょっと来てくれる?』

 女が後ろを振り返って誰かを呼んでいる。

『あなたの警察手帳見せてあげて。持ってるんでしょ?』

 

 黒服の男が近づき、画面に手帳が映し出された。

 警視庁公安部所属の刑事のようだ。

 

「随分手の込んだ事するな!バカバカしい……」

『まだ信じないの?せっかく元相棒が彼女を足止めしてくれてるのに。……困ったわ、これじゃ交渉が成り立たないじゃない?』

「ユイを、足止め?電話の相手はお前の関係者か!」

 一瞬ユイの身の危険を案じるも、元、相棒という言葉が引っかかる。

 

『私のっていうより、この後ろの人達のね。あなたと面会するために、こっちはここまでしてもらってるんだから!……っ』

 そう言った後、女が苦し気に顔を歪めた。

『……失礼。本当に、時間がないのよ。ドクター新堂だけが頼りなの。話を聞いてくれない?』

 

 体調を崩した演技で油断させる気か。

 女の全てを疑ってはいるものの、ここまで拒絶されて強行突破してこないのは不自然だ。

 本当に何かする気なら、とっくにしているはず。相手はそのレベルの危険人物だ。

 

「分かりました。なるべく手短に願いますよ」

『ありがとう』

 

 玄関ドアを解錠して中へと招き入れる。

 画面越しでは分からなかったが、かなりの高身長だ。

 女を見上げたのはあの時以来だ。この国ではめったにこういう状況にはならないので。

 

「ああ、もし心配なら、あの人達に付いて来てもらってもいいけど?」

「いえ結構」

「そう。どうやら信じていただけたのかしら」

 

 そうではない。本当に警察なのかすら怪しいのだ。敵は少ない方がいいではないか?

 

「素敵なインテリアね。どちらの趣味?」

 女は室内を見回して言った。

「そんな話はどうでもいい。早く用件を言え」

「もう……。あの時もそうだったけど、ツレナイ人ね」

 

 顔色の良くない人間を立ったままにさせておくのも気が引け、一応ソファを勧める。

 良く見ればこの女の顔には死相が出ている。それも踏まえて念押しに伝える。

 

「先程も言ったが、依頼ならば断わる。名乗られたとしてもね」

「もうその必要はないでしょう。私の名前が知りたければ彼女に聞いて。ああそう、映画はお好き?人気の洋画を何本か見たらすぐに分かるわ。これでも結構有名人なの」

 

 確かにどこかで見たような気もするが、俺はあまりテレビも見ないし芸能関係はほとんど興味がない。

 そして何より……。

「どんなに美しくても、作り物の美に興味はない」

 

「あら。美しいと思ってくれてたのね。それだけでも嬉しいわ」

 女が笑った。それはこれまでの皮肉めいたものではなく、自然な笑みのようだ。

 こんな事で喜ぶとは理解に苦しむ!

 

 そんな女を無視して本題に入る。

 

「それで。俺の読みが間違っていなければ、毒物をユイに飲ませた張本人、という事でいいか?」

 笑みを消した女は、俺に向けていた視線を静かに下ろした。

「そこまで把握してるなら話は早いわ。それとこの美貌が作られたものだと見抜いた事もね」

「一応医者だからな。そのくらいは分かる」

「やっぱりドクター新堂は優秀だわ」

 再び笑みが零された。

 

 そんな賛辞を受けても流されたりはしない。コメントを受け流し言い放つ。

「死を目前にして、罪の意識にでもさいなまれたか」

 死相を露わにしている人間にこんなセリフを投げつけるのは、優秀なドクターか?

「冷たい言い方……それも見抜いてるのね」

 

 冷たくて結構。俺の優しさは、この世でただ一人にしか向けられない。

 

「どんな経緯で捕まったかは知らないが、潮時だったんじゃないのか」

「そうかもね。あの薬のお陰で、こんなに長い間美しさを保つ事ができたし?私、幾つに見える?」

「長い間……?」

「これでももうすぐ還暦よ。でも私の細胞は声帯を除き全て若々しいまま。だけど、そろそろ限界みたい」

 

 この言葉にはさすがに驚いた。あの薬品をこの女も服用していたとは!それにしても、長い間保ったというのはどういう意味だ?

 

「さすがにこれは予想していなかったみたいね。そう。私はあの薬品でこの若さを手に入れた、ただ一人の成功例なの。その第二弾がユイ・アサギリかもしれない」

「成功例、だと……?」

「もちろん狙ってできる訳ではない。この結果は偶然。彼女は選ばれてしまっただけ」

「勝手に巻き込んでおいてふざけるな!」

「もっと早くに出会いたかった……。もう私には時間がない。私が死ねば研究は続けられない。この薬はただの暗殺の道具のまま。本当に残念だわ」

 

「ユイは絶対に渡さない」

 

「ふふっ……。ねえ?愛する女が美しい姿のまま生き続けるって、素晴らしい事じゃない?」

「お前が言う美しさは見た目だけの話。俺はそんなもの欲しくない。命を削ってまで手に入れるものではない!」

「ドクター新堂は女心が分かっていないようね。彼女なら分かってくれると思うけど?」

 

 ユイの答えは俺には分からない。だが、こんな女と同じ考えだとは思いたくない。

「お前とユイは違う。若さを保つためだけに、そんな薬に手を出すようなお前とはな!」

 

 一度目を伏せてから、女は再び口を開いた。

 

「つまらないわ。選択肢をあげるまでもなさそうね。若さと引き替えに短命に終わるか、元の姿に戻り寿命を全うするか」

「選択肢などと、何様のつもりだ?」

「いいから聞いて。元の姿を取り戻すためには、薬物によって侵された細胞を作り直す必要があるでしょ。こんな拙い説明でゴメンなさいね、私、医学の知識は浅くて」

 

「要するに、再生医療か」

 今の医学界では日常になりつつある、いわゆるiPS細胞やES細胞が登場する分野だ。

 俺の指摘に女は大袈裟に頷いた。

「それよ。さらに薬物の影響で狂った脳の機能も正常に戻す必要がある」

「まさか脳を開けと?」

 

「That’s right!ドクター新堂、あなたなら可能よ」

「……。何を根拠に」

 突拍子もない話だ。さすがの俺だってそんな危険な真似をしようとは思わない。

「じゃ、やるか、と簡単にできると?素人ならば分からなくても仕方ないが」

「もちろん誰にでもできるとは思ってないわ。だから、あなたなら、と言ったの」

 

 こんなのは文字通り人体実験だ。成功する保証もどこにもない。

 指摘されるまでもなく、この考えは密かに持っていた。だが闇雲に脳を弄るなど狂気の沙汰だ。

 気づけば無意識に頭を抱えていた。

 

「ご覧の通り、私はもう手遅れ。でも手を打たなければ、あなたの最愛のユイさんも私と同じ運命を辿る。共に年を取るという平凡な幸せを望むなら、決断するしかないわよ?」

「お前は何をしたいんだ?俺達を苦しめて楽しいか?一体何が目的なんだ!」

 そもそもの原因はこの女が薬を飲ませた事から始まった。この女が元凶だ。

 

「生憎、苦しめて楽しむ趣味はないわ。……っ、」

 言葉が続かなかった。女の顔が苦痛に歪み、俯く。

 

「ここでこんな事をしている場合じゃないんじゃないか?」

「ふふ……、はぁ……っ」

 女は微かに笑い声を上げたが、すぐに苦しそうに息を吸い込む。

「頼むから俺の前では倒れるな。医者の性分で助けてしまう。俺はお前を助けたくない」

 

「酷い言い様ね、さすがに傷付くわ。ねえドクター、哀れなあなたに一つ提案があるの」

「もういい!帰ってくれ。ユイの事は自力で何とかする。助言は不要だ」

 強く言い放ったにも関わらず、女が口を開く。

「私はどの道もうすぐ死ぬ。その前に、試しに私の脳を開いてみて。あなたならきっと何か分かるはず。その上で彼女を助ければいい」

 

 それはつまり、自分が実験台になるという事。俺がオペに失敗しても責任は問わないと?

 それ以前に、女の勝手な言い分に無性に腹が立った。

 

「俺は初めから死ぬと分かっている人間のオペはしない!不愉快だ、帰ってくれ!」

 今度はソファから立ち上がって言った。

 視線を廊下へと流して退室を促すと、ようやく女が動いた。

 

「……そろそろ時間ね。あまり待てないわよ?なるべく早く決断してね。それじゃ、Goog luck,ドクター新堂」

 

 女は静かに出て行った。

 

 

 時間を少しさかのぼる。

 大通りに出た灰原は、近辺の喫茶店を一軒ずつ覗いて回るもユイの姿は見つからず。

 

「お店の名前聞いておけば良かった……」

 例え徒歩で家を出たとはいえ、目的地が近所とは限らない。

 そうこうしている間にも、新堂に危険が迫っているかもしれない。

 最後に頼れるのは彼しかいない。

 灰原は携帯を取り出し番号を呼び出す。

 

「あ、もしもし!工藤君?」

『灰原、どうした、そんな焦った声出して。何かあったか?』

「今新堂先生の家から帰るところなんだけど、途中ですれ違った車から、あの気配を感じたの。その車、先生の家に向かってた。彼が危険かも!私、どうしたらいいか分からなくて……」

 

『まあ落ち着けって。まだ危険って決まった訳じゃないんだ。気配だけか?乗ってるヤツは見えなかったのか』

「残念ながら」

『フルスモークのセダン車か。またあの先生の知人って人じゃないの?』

「違う!今度は間違えない!あれは組織の奴らの気配よ、信じてっ」

 

 必死に訴える灰原に、新一はため息を一つ付いて答えた。

『分かった。ちょっと確認してみる。オメーは落ち着いて待機だ、いいな?』

「……分かった。連絡待ってるわ」

 

 通話を終えて、少しだけ気持ちが楽になった灰原。

 改めて新堂邸の方角を振り返り、ただただ無事を祈るのだった。

 

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