交わるはずのないステージ~謎めいた隣人の正体~   作:氷ユリ

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真相 後編

 

 待ち合わせした店はやや距離があったので、バスを使って向かう。

 こういう時に車を使えないのは痛い。

 運転できるけど、さすがに高校生の姿でやる勇気はないので?

 

「あ~かったるい!」

 店に着いた頃には日が傾き始めていた。そのせいか店は空いていた。

 

 相手は律義に店の前で待っていた。

 

「朝霧さん。迎えに行けなくて済みません」

 私がバスから降りたところまで見ていたらしい。

「別に~。いいからさっさと入りましょ。早く帰らないと先生の小言が倍になるから」

「重ねて済みません……」

 

 奥のボックス席に落ち着き、目的のスイーツを注文し終えてから改めて正面の男を見やる。

 ……いつ見てもイケメン!

 視線に気づいたのか、降谷が私を見て微笑んだ。

 

「っ!何?何の笑顔なの、今の」

「いやぁ。その姿の朝霧さん、やっぱり可愛いなって思って。それがどうかしました?」

「んな……事、サラリと言うな!」

 何ら動じていない男に対し、動揺丸出しの私。今が高校生の姿で良かったと心底思う。

 

「それより、随分暇そうじゃない?宿敵捕まえたっていうのに?」

「そうでもないですよ。でも、朝霧さんへの謝罪も大切ですから」

「どうだか!」

「ホントですって。……あ、電話だ」

 

 降谷がポケットからバイブする携帯を取り出す。

 出したはずが、まだポケットからのバイブが続く。

 

「ちょっと、まさか二台持ち?仕事とプライベートはきっちり分けるってあなたらしいけど!」

「こっちもか……」

 二台目をテーブルに置くも、まだ鳴っている。

「って、幾つ持ってるのよ!」

 三台目を出して相手を確認している。

 

「ちょっと済みません。すぐに戻りますので」

 三台の携帯を手に、降谷は立ち上がって店の外に向かった。

「お構いなく~。あんまり待たせないでよね!」

 当たり障りなく答えつつも、その背にポンと自然な感じで触れ、超小型盗聴器を装着。

 

「漏れなく聞かせてもらいましょうか?」

 こっそりイヤホンを耳に押し込んで会話が始まるのを待つ。

 

『……ああ俺だ、どうした?先方に手帳を見せた?別に構わん。そんな事一々報告してくるな!撤収の報告だけでいいと言ったはずだ』

 別人のような口調で言い募り、最初の通話が終わる。

 

「さっきまでと別人!徹底してるわ……ホント!」

 手帳やら報告やらの言葉から、これは公安からの電話と判断。

 

 そして次に聞こえてきたのは、やや嘲笑を含んだような声色。

『バーボンだ。何?ベルモットの行方?知らないな。どうせまたいつもの単独行動じゃないのか?何か分かったら知らせるよ』

 

 組織の人間と普通に会話している事から、まだ正体は知られていないらしい。

「ベルモットだけを拘束しているって事ね。そんな最中に別件まで手掛けてるの?大~変!」

 

 そして最後に口調が戻った。

『新一君、さっきは出られなくてゴメンよ。久しぶりだね。今かい?少しなら大丈夫だよ。どうしたんだい?』

 相手は何と新一というらしい。言葉遣いから子供のようだ。

 

「まさか工藤新一?この人と知り合いだったの!?」

 思わず一人で声を上げてしまった。

 周囲に客がいなくて良かった。

 

『何かな』

 

 しばらく沈黙が続く。向こうが一方的に何かを話しているらしい。

「さすがに向こうの声は聞こえないか……残念!」

 だが、次に聞こえたのは最初の公安との会話同様の、トーンを落とした声だった。

 

『…それは、安室透じゃない方の俺に聞いているという事でいいか?』

 

「あむろ、とおる、じゃない方?」

 三台の携帯が意味するのは、あの男が三人分演じているという事か?

 例えこれが判明したとしても、私としては何ら興味もない。ただ多忙な人。それだけだ。

 

 ここで店員が注文した品を運んで来た。

 愛想笑いで応じつつイヤホンの会話に集中する。

 今時こんな姿は珍しくもない。音楽でも聞いているようにしか見えないだろう。

 目の前に置かれたケーキの美しさに目を奪われていると、意表を突くかの如くこの名前が飛び出した。

 

『新堂先生の所に?なぜそう思う。友達が見た?……ああ、あの子か』

 

「新堂先生ですって?なぜここで彼の名が?」

 途端に緊張感が増して行く。視線はケーキに向いたままだが、もはや認識してはいない。

 

『……待て、なぜその子はそんな事が分かる?まあいい、詳しく聞きたいところだが今は時間がない。その件は俺が保証する。安室透ではなく、降谷零として。その意味を、君なら分かるだろう?』

 

 そこまで言い切って、どうやら相手は納得したらしい。

 それじゃ、との言葉を最後に声が止んだ。

 

 すぐに入口から入って来る降谷が見えて、さり気なくイヤホンを外す。

 

「済みません、お待たせしました」

「平気。暇だから音楽聞いてたので」

「そうですか。あ、もう来ちゃいましたね。先に召し上がってて良かったのに」

「そうも行かないでしょ。ご馳走してもらう身としては?」

 本当は食べている暇がなかったのだが。

 

「あ、ちょっと待って、背中にゴミが付いてる」

「え、ホントですか?」

 背を向かせて、盗聴器を回収した。

「はい。取れたわ。さ、食べましょ」

「ありがとうございます」

 

 本当はずっと盗聴し続けたいところだけど、この男の事だからすぐにバレる。ムダな事はしない。

 二人でいただきますとハモった後、ケーキを頬張る。

 

「んん、美味しい!こんな時間に食べたら夕飯食べられなくなるじゃない」

「女性は、甘い物は別腹って言うんじゃないんですか?僕はこれが夕飯になるかもしれませんが」

 肩を竦めながらそう言う降谷は、先程のイヤホン越しの人物とはどうしても一致しない。

 

「どうかしましたか?」

「……いいえ」

 

 私の脳裏には先程の会話が甦っていた。

〝先生の所。友達が見た。その件は俺が保証する〟

 

 この場合、警察の自分が保証するという意味だ。

 今先生は家にいるはず。あそこで何か起こってるの?新一君のいう友達は哀ちゃんの事だろう。何を見たのか。そしてこの人は何を保証したのか。

 

「お口に合いませんか。それだと、また別の手を考えないといけませんね」

「そうじゃないわ。超多忙な人にそこまでしてもらわなくて結構よ」

「超多忙だなんて。スーパードクターには負けますよ」

「それって誰の事よ」

「世の中にはそういう人がいるじゃないですか?」

 

 あえて新堂和矢とは言わないか。今彼の話題に持って行きたくないから?

 もう一つ甦った会話がある。最初の会話だ。

 この人はどうやら、撤収の報告を待っているらしい。つまり今現在何かが進行中だという事になる。

 

「ところで。逮捕したあの女、どうした?」

「入念に取り調べ中です。朝霧さんのお陰で逮捕できたようなものです。感謝してますよ」

「上手く利用されただけのような気がするけど!そのお礼も兼ねてるってワケ」

 半分程になったケーキに目をやって言うと、否定の言葉は返されなかった。

 

 この男はイマイチ信用ならない。何せ三つ目の顔まで判明したのだから!

 けれど何にせよ警察の人間だ。警察官が一番に優先するのは国民の安全。そのための悪の排除。

 この男は新堂先生の安全をないがしろにはしないはず。

 そう考えるなら、保証したのは彼の安全だ。

 

「もう一つだけ、聞いてもいい?」

「何です、改まって。どうぞ、僕で答えられる事なら」

「あなたの本名って、何だっけ」

「ええ?まさか忘れたんですか?ショックだな~」

「いいから答えて。いくつもの顔を持ってても、あなたが求めているものは一つでしょ?それを確認したいのよ」

 

「僕が、求めるものですか」

「そう。バーボンが組織の頂点を狙うのか、安室透が平凡を求めるのか。それとも……」

 安室がどういう人物かは把握していないが、新一君との会話の雰囲気から、平凡という言葉が自然と出て来た。

 

 私が出した安室の名に、降谷がピクリと反応した。名乗った覚えはない、という顔だ。

 これで私が今しがた盗聴していた事もバレたはず。

 

 それでも降谷はきちんと答えてくれた。

「僕の名は降谷零です。この命が尽きるその時まで、警察官としての誇りを失う事はありません」

 

 これまでの口調とは違って、この言葉には心からの思いが込められている気がした。

 求めるものではなく、失いたくないものを答えた。

 それはすでに警察官としての誇りを、この男が手にしているからに他ならない。

 

「その言葉を聞きたかった。応援してるわ、降谷さんも、全国の警察官一人残らずね」

「代表して、お礼を申し上げます」

 私達は自然に笑みを投げ合った。

 

 その後他愛のない会話を交わし、降谷に入った一本の電話を合図に、私からデートの終了を切り出した。

 

「ご馳走様。じゃ、送らなくていいから」

「付き合っていただいてありがとうございました。お気をつけて」

「そっちもね~」

 

 外はまだ辛うじて明るかったが、すぐに暗くなるだろう。

「さ~急いで帰ろ。先生がお待ちかねだわ」

 

 私は家路を急いだ。

 

 

 店の駐車場で一人RX-7に乗り込んで一息つく。

 

 朝霧ユイが急にあんな事を聞いて来たのには、理由があるに違いない。

「道を踏み外すな、と念を押されたようだ。まるで、全てはお見通しと言わんばかりだな」

 あえて何も聞いて来ず、あんな質問を投げつけて来た事に苦笑しつつも、脱帽の一言に尽きる。

 

「しかし、いつの間に盗聴器を?俺も少々浮かれていたか。気を付けないとな!」

 

 憧れの朝霧ユイとのデートに、浮足立っていたのは間違いない。

 それも今は高校生、つまり年下だ。

 自分の周囲にはなぜか年上のイイ女(!)ばかりが揃っているが、決して熟女好きという訳ではない。

 

 そして集中力が削がれたのにはもう一つ理由がある。撤収の報告が入るまで、ずっとベルモットを盗聴していたからだ。

 

「結局自分も助かりたいって話じゃないか?悪知恵が良く働く女だ!やはり油断ならないな」

 俺が二人を助けたいと言った時、あの女は無反応だった。

 まるで自分は生に執着はないとでもいうように。

 本心は分からないが、あの女もまだ諦めてはいないという事か。

 

 問題は、あの男がどう動くか。いずれにせよ二人を救えるのは彼しかいないようだ。

 これらの経緯を安易にユイに打ち明ければ、今後新堂が動きずらくなる可能性がある。

 今は伝えるべきではない。……まあ、本人がどこまで把握しているかはさておき。

 

「何にせよ、新堂和矢は朝霧ユイを見捨てる事はない。後は……祈るしかない」

 

 

 女が帰って行き、部屋にはまた俺だけになった。

 

「残り香を置いて行くな。全く忌々しい……」

 テラスの大窓を全開して、夕暮れの空気を室内に取り入れるも、なかなか換気できない。

 自分の鼻に付いているだけなのか、本当に香りが残っているのか判断できず。

 

「ユイに気づかれるじゃないか?あの女を家に入れたなんて知れたら、何を言われるやら!」

 帰って来てほしくない反面、待ち構えてもいる。

 なぜなら、ユイが帰宅次第実行する予定ができたためだ。

 

「…ああもしもし。新堂だが。これから検査機器をお借りしたい。……はい、それで結構。では後ほど」

 電話を一本掛け終えて、見るともなしに空を見上げて考えに耽る。

 

 例え今調べたとして、何が分かると言うのか。

 これまでもユイの体を散々検査漬けにして来たのだ。

 だが、ああも言われると気に掛かる。

「自分で試せなどと?何の勝算もなくそんな事は言えない。すでに何かを掴んでいるのか……」

 

 外はあっという間に暗くなった。

 テラスから外を見ていると、丘を登る人影が見えた。

「ようやく帰って来たか」

 その姿がユイと分かり、すぐに外出の支度を始める。

 

「ただいま~」

「お帰り。帰って早々に何だが、これから出掛ける」

 玄関で待ち構えて即座に伝える。

 

「え、どこへ?夕飯一緒に食べられるの?」

「おまえも行くんだ。支度は……いや、そのままでいいな」

「私も?もしかして外食!」

「残念だが違う。病院だ。検査に行く」

「はぁ?何いきなり。今体は何ともないよ?もう夜だし、明日にしようよ」

「いやダメだ。今すぐ調べたい。病院には手配済みだ」

「どうしたのよ、一体。私がいない間に何かあった?」

 

 訝し気に見上げられても意思は揺らがない。

 

「別に何もない。思い付いた事があるんだ。このままでは気になって夜も眠れない」

「え……それは困るわね」

「なら付き合え。頼むよ」

 ここは下手に出ようと頭を下げてみると、これが功を奏した。

 

「ヤダ、そんな事しないで?私のためなのに先生が頭を下げるなんておかしい!分かったからやめて」

「分かってくれて何よりだ。じゃ行こう」

 姿勢を戻してユイの手を取り外に出る。

 

 女の残り香が漂う室内に入れる前に連れ出せた事に少しだけホッとする。

 窓は閉めてしまったが、我が家の空調設備は優秀だから、そのうち臭いも綺麗さっぱり消えるだろう。

 

 車に乗り込みエンジンを始動させる。

 

「ねえ?病院に行くって何の検査?」

「心配するな、血液検査はしない」

「うん……」

 それだけならば家でもできる。ユイもその事は分かっているだろう。

「脳の検査をしたいんだ。CTと……脳波も調べたい」

「それって、私の頭がおかしくなったって言いたい?」

 

 すでに車は丘を下っている。

 おかしな言い分に思わず助手席のユイに目が向く。

 

「……冗談だけど」

「実際正常じゃないからこういう事態になってるんだろ」

「ああ、そうか。そうね」

 不安を誤魔化すために笑いに変えようとしているのか。

 付き合ってやりたいが、そんな心の余裕は今はない。……済まない、ユイ。

 

 ふと女の言い分が頭に過ぎり、こんな質問を投げかけた。

「なあユイ。おまえは、元に戻りたいだろ?」

「もちろんよ。こんな状態じゃ、先生に迷惑かけてばかりだもの」

 突発的に体調に異変が起こる事を言っているのか。

 俺が聞きたいのはそんな事じゃない。

 

「俺の事は抜きにして、ユイはどうなのか知りたい」

「私?私だって戻りたいわよ。高校生のままじゃ車も運転できないし。煙草も堂々と吸えないし!」

「なら、成人した状態ならいいのか」

「いいのか、って……そりゃ若いに越した事はないわ。元に戻ったら、また何かと制約のある生活に戻る訳だし?」

 

 三十二歳のユイの体は確かに制約が多い。それは爆弾テロの後遺症やら何やら、高校生の体にはない不具合がある。

 ユリが求めているのは、若さという美ではなく、若さという健康な体か。

 

「若いままいられる代わりに寿命が縮むとしたら、それでも望むか」

 おかしな質問なのに、ユイは真面目に考えていた。

 そして結論が出たようだ。

 

「悩むけど、やっぱり寿命が短くなるならいいや。だって、私は少しでも長く先生と一緒にいたいもの」

 この言葉は、俺が最も欲しかったものだった。

「……そうか」

 

「何?どうしたの、そんな事聞いちゃって!珍しくおセンチじゃない」

「たまにはいいだろ」

「何か調子狂うわ~。あ、もしかして、私が緊張してるからほぐしてくれようとした?」

 

 そんな意図はなかったが。そういう事にしておいてくれ。

「そうだよ。頼むから子供みたいに泣き出すな?」

 わざとこうおどけてみる。

「泣かないわよ、さすがに!あ、でも今なら高校生として許される?」

「却下。そもそもおまえ、高校生の時に自分はもう大人だとか言ってたよな?ちゃんと覚えてるぞ、俺は」

「そうだっけ?」

 

 俺達の出会いは、まさにユイが高校生の時。

 あの頃を思い出して、ひどく懐かしさが込み上げる。

 こうして思い出を一つ一つ重ねて行くんだ。ユイだけの時間を止めるなんて却下だ!

 

 それに、今でさえ十も年齢差があるのに、これ以上開いてくれるな?

 

 この俺が、絶対に元に戻してやる。

 

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