交わるはずのないステージ~謎めいた隣人の正体~   作:氷ユリ

3 / 26
殺人の館 後編(1)

 

 例の事件から遡ること約二ヶ月。

 

 

「困ったわ。どうしようかしら……」

「ただいまぁ~」

「歩美。お帰りなさい」

「お母さん、どうしたの?」

 

 学校から帰ると、お母さんが何か困っているみたいだった。手には手紙みたいなのを持ってた。

 

「これがね、間違ってウチに届いたみたいなの」

 その手紙にはアルファベットが並んでて、私には全然読めない。

「お母さん、これ読めるの?すごぉ~い!」

「これくらいは誰でも読めるのよ。この番地、上の新堂さんとこだと思うんだけど」

 

 何でも、肝心の宛名が書いてないんだって。

 覗き込んでみたら、確かに番地みたいな数字が書いてあるのが見えた。

 

「こんなエアメールが送られて来るのって、この辺じゃ、あそこしかないでしょ」

「そうなの?」

「何してる人か知らないけど。お金持だから!」

 

「私、届けて来ようか?」

「あら歩美、行ってくれる?助かるわぁ。こういうのは子供が行く方が当たり障りないから」

 とても嬉しそうに言うお母さん。私もいい事をするみたいで嬉しくなる。

 

 こうして、ランドセルを置いて再び家を出た。

 

 

「勢いで言っちゃったけど、怖いなぁ、やっぱり」

 だって、元は幽霊屋敷だった所よ?絶対に一人でなんて行けない場所だった。

 新しい人が越して来て、お家も新しく建て替えて綺麗になったけど。

 

「やっぱり、どこか不気味……っ。元太君達、連れてくれば良かったなぁ」

 

 そうこうしてて、ついに玄関の前に到着。

 インターホンを使いたかったけど、高い位置にあって届かない。仕方なくドアを叩いて声を張り上げた。

「こんにちはー!すいませんっ!……留守かな」

 ドアの前から一歩下がって、建物を見上げる。

 

 耳を澄ますと、どこからかピアノの音が聞こえてきた。私はピアノが大好きだったから、気分がちょっぴり明るくなった。

 

 庭の方に回って、音がする方にそっと近づいてみる。

「お邪魔しまぁす……」

 

 それはリビングからみたいだった。

 庭に面した側は一面ガラス扉になってて、それが半分くらい開いてた。風でレースカーテンが揺れて、すぐ近くに大きな白のグランドピアノが見えた。

 とても長い髪をした女の人が、片手だけで弾きながら楽しそうにハミングしている。

 

 私は思わずそれに見惚れちゃった。だって、とっても素敵な光景だったから!

 

 私に気づいて、その人が手を止めた。

「誰?」

 

 緊張して心臓がドキドキした。だって、その人がどんな人かも知らないし。怖い人だったらどうしようって……

 

「あっ、あの……」

「何かここに用?あ、もしかして呼んでた?ごめんなさい、気づけなくて……」

 立ち上がってこっちに来る。

 首を傾げて私を見てる。すごく綺麗な人!まるで女優さんみたい……

 

「あっ、そう!この手紙が、ウチに間違って届いてて……。それで、それで!」

 舞い上がってしまって、上手く説明できない。

「手紙?」

「うん、これ!どうぞ……っ」

 震える手で、女の人に手紙を手渡した。

 

 受け取ると、その人は少しの間その手紙を見つめ、裏返したり光に翳したりして見てた。

 

「宛名がないけど、間違いなく先生宛ね。わざわざ、届けてくれてありがとう。ええと……」

「私、下の所に住んでる、吉田です!吉田、歩美です!」

「ああ、麓の吉田さん……。そう、歩美ちゃんっていうの。ありがとう」

 その人は穏やかに微笑んでそう言った。

 

「せっかく来てくれたんだし、もし良かったらお茶でも飲んで行かない?クッキーもあるのよ」

「え!いいのっ?」

「もちろん。私、ユイ。よろしくね」

 

 そう言って私の手を取ると、テラス側から中に入れてくれた。靴を脱いで、ピアノの横から部屋に上がる。

 

「キレイなお家!すご~く、広いね!」

「ふふ、ありがと。私、車椅子だったから。バリアフリー仕様なのよ。今はこのとおり、良くなったんだけどね」

 

 壁も天井も床も真っ白だ。家具は黒が多くて、とってもお洒落。

 中でも私が一番気になったのは、もちろん白いピアノ。私の目はすぐにそれに釘付けになった。

 

「歩美ちゃんは、ピアノ好き?」お茶を入れながらユイさんが言う。

「うん!私ね、ピアノ教室に通ってるんだ。水曜日だよ!」

「そうなの」

 

「ユイ、さん。さっき、弾いてたよね」

「あれは……お恥かしながら弾いてたうちに入らないわ。実は私、習った事ないの。こんなご大層なの、彼にプレゼントされちゃったのにね……」

「旦那さんが、くれたの?」

「ええ。去年のお誕生日にね」

「すごぉーい、いいなあ!白いピアノなんて、私、初めて見た」

 

 お茶とクッキーを一緒に食べながら、こんな話をした。

 そしてユイさんは、私にピアノを弾かせてくれたの。

 

「きゃ~、上手じゃない、歩美ちゃん!」

「えへへ!でも、まだまだ練習中だよ」

「ううん、立派立派!こうなったら私も今から習おっかなぁ」

「そうだ、私、教えてあげるよ!」

「ホント?」

「うん!いいよ!」

 

 こんなふうにして、私はこの新堂邸に出入りする事になったの。

 

 ユイさんはとっても優しい人だった。私がピアノを教えに行ってるはずなのに、逆にいろいろ教えてくれて。海の向こうの国のお話とか、学校の宿題とか!

 

 早くに旦那さんが帰宅して、顔を合わせた事があった。

 

「ただいま」

 

「あ!お帰りなさい、新堂先生」

「おや?何とも可愛らしいお客さんだな」

「こちら、下に住んでる吉田歩美ちゃんよ。ピアノ……、時々弾きに来てるの。あの白のピアノがいたくお気に召したみたいよ」

 

 ピアノを練習してる事は、旦那さんには内緒だってユイさんに言われてたのを思い出す。

「初めまして、歩美です!お邪魔してます」

「ようこそ。ゆっくりして行ってね」

 

 ここの旦那さんにはいろんなウワサがあって、周りの大人達は誰もが、凄く怖い人だって言ってる。だけど会ってみて全然違った。ユイさん同様、とっても優しい人みたい。

 

「思ったより早かったのね」

「ああ。仕事が早く片付いた。これから向こうで書類を仕上げて来る」

「分かったわ。ごゆっくり」

 

 こんな会話の後、旦那さんはすぐにリビングから出て行った。

 

「ねえねえ、ユイさんの旦那さんて、すっごくカッコいいね!」

「え~?そう思う?ありがと!フフッ……旦那さん、か」

 ユイさんがふと、こんな事を呟いた。

 

「どうしたの?」

「実はね、私達、結婚してないの。ここだけの話よ?」

「夫婦じゃ、ないの?」

「そ。まあ、ここまで来ると、夫婦みたいなもんだけどね」

「でも二人は愛し合ってるんでしょ?どうして結婚しないの?」

「イヤん!愛し合ってるなんて……。歩美ちゃんたらストレートね!」

 

 その後、しばらくユイさんは何も話さなくなった。

 私、余計な事を言っちゃったのかも……そう思った時、ユイさんが口を開いた。

 

「私達はね、そんな契約に縛られる必要がないのよ。そんなのなくても、歩美ちゃんが言ってくれたように、……愛し合ってるから」

 

 自分に言い聞かせるようにそう言ったユイさんは、ちょっと寂しそうで……

 この事はもう、二度と口にしないようにしようと、心に誓ったんだ。

 

 

 それからしばらく、行っても留守の事が多くてユイさんに会えないでいた。

 その矢先に、例の事件が起きたってワケ。

 

 

 あの事件から、三週間が過ぎていた。

 

「ねえ哀ちゃん。ユイさん家、行きたいって言ってたよね?一緒に、行ってみる?」

 

 どうしても一人じゃ怖かった。もうあの時の疑いは消えていたけど。

 だってユイさん、記憶を失くしちゃったんだよ?あの日は勢いで、また友達になるから大丈夫、なんて言ったけど……。そんな自信、本当はない。

 

「吉田さん。あれはね、勝手に工藤君が……」

「ねえ。行ってもいいよね?別に。もしかして、これがきっかけで何か思い出してくれるかもしれないし!」

 

 いい方へいい方へと考える。哀ちゃんが一緒に来てくれれば、百人力だもん!

 

「……ねえ。それって、本当は行かない方がいい、とも思ってるって事よね」

「ドキっ!なっ、何で?」哀ちゃんに隠し事はムリみたい。いつもの事だけど……

 

 私は仕方なく正直に話した。旦那さんに、当分会わない方がいいって言われた事を。

 

「でもさ、それって、ユイさんの意見じゃないでしょ?だから……!」

「吉田さん、どうしてそんなに、あの人に会いたいの?」

「だって……せっかくお友達になれたのよ?それに、とっても楽しいの!きっと哀ちゃんだって楽しいと思うよ」

 

 私の熱意に負けて、哀ちゃんが承諾してくれた。

 

 

 早速その日の放課後、二人で新堂邸へと向かった。

 

「あれ……、誰か来てるのかな。車が二台ある」

「本当ね」

 

 こんな話をした後、急に哀ちゃんが立ち止まった。見慣れない方の車を見つめて、震えてるみたいだった。

 

「哀ちゃん?どうしたの?」

「ま、まさか……!工藤君の読み、的中って事?」

「ねえってば!どうしたの?」

「やっぱりやめましょ。ほら、お客さん、来てるみたいだし。ちゃんと、新堂先生の許可を取ってからの方がいいわ」

「あっ、ちょっと待ってよ、哀ちゃん!」

 

 急に回れ右をして小走りする哀ちゃんを追い駆ける。

 確かにお客さん来てるんじゃ、しょうがないよね。

 

 

「何だって?!」

「あの車と同じのを、確か組織のボスが使ってた」

「確認しなかったのか!」

「出来る訳ないでしょ!すぐさま引き返したわよ。吉田さんだっていたし。何かあったらどうするのよ?」

 

「……だよな。ワリぃ、取り乱した。接点あり、か。益々濃厚になったな」

「彼らは周囲に溶け込むのが上手いから……。気づけなくても不思議はない。で、どうするの」

「まあ、そんなに不安な顔するな。とにかく、おめェは近づくな。後はオレが突き止めっからよ!」

 

 

「なあ歩美ちゃん、ユイさんとこに行ったって本当か!」

「うん。この間行ったよ」

 

 私は結局その後、一人でユイさんに会いに行っていた。

 

「バーロー!当分会うなって言われてただろ?」

「そうだけど……。全然、変わってなかったもん。何の問題もなかったし!」

「バカ、どれだけ危険か分かってんのかよ」

 

 新一君がブツブツ言っていた。何でそんなに怒るの?

 

「ユイさんが新堂先生に話してくれるって言ってたし。大丈夫だよ?」

「そういう問題じゃねー!」

 

 一人興奮し続ける新一君に、私は呆れてた。心配性なんだから!

 だって、ホントに普通だったのよ?

 

 それはこんな具合に――

 

 ピアノ教室の帰り、一人思い切って丘を登った。いつもみたいに庭の方に回って、リビングを覗いたの。

 そこには最初に会った時と同じように、ユイさんがピアノに向かって座ってた。

 ただあの時と違ったのは、ユイさんはピアノを弾いていなかった。右手にはまだ包帯が巻かれていた。

 

「誰?」

「こんにちはっ!」

 何だかユイさんは、とてもぼんやりしていて声を掛けるのを躊躇ったけど、勇気を出した。

 

「何か、ご用?」

 

 その後は、ほとんどあの日を再現してた。口実の手紙は持ってなかったけど。

 私の持ってた手提げにピアノの鍵盤が印刷されてて、それを見たユイさんが私がピアノが好きな事を言い当てた。

 

「ゴメンね。私、何も覚えてないの……」

「ううん!いいの、知ってるよ。全部知ってるから!大丈夫だよ。私はちゃんと覚えてる、私達、お友達なんだよ?」

「そっか。ありがとう」

 

 そう言ったユイさんは、前みたいな元気がなかった。でもあの事件の時の凍るような瞳はどこにもなくて、心から安心した。

 それからしばらく、お茶を飲みながら話した。

 

「私は当分、ピアノはお預けね」下を向いて、包帯が巻かれた右手を擦りながら言う。

「まだ、痛いの?可哀想……」

「大した事はないのよ。何しろ、優秀な先生もついてるしね?」

 

 そう言ってウインクするユイさんは、とても可愛かった。大人の人に可愛いなんてって?だって、ホントなんだもん!

 

 そんな時、車のエンジンの音が聞こえて来て、ハッとして外を振り返った。

 

「え!もしかして、旦那さ……じゃなかった、新堂先生、帰って来ちゃった?」

「歩美ちゃん?」

「私、もう帰らなきゃっ!また、遊びに来ても、いい……?」

「ええ、もちろんよ。ねえ、どうしてそんなに急ぐの?彼が帰って来ても、いてくれて大丈夫よ」

「ダメなの!私、当分ユイさんに会うなって、言われてるんだもの」

「新堂先生に、そう言われたの?」

 

 頷いた私を見て、ユイさんが立ち上がった。

 

「きっと、私が記憶を失くしたからね。ゴメンね、歩美ちゃん。余計な心配掛けて。先生にはちゃんと話しておく。いつでも、来てくれていいから」

「ありがとう……。でも、今日は帰るね!」

 

 私は慌てて部屋を飛び出した。

 ユイさんにそう言われたけど、勝手に来たのは事実だし……

 

 私はあれ以来、どうしても新堂先生が怖かった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。