走り出した車内でも、ユイは相変わらず辛そうだ。
「新一君、無事で良かった。で、あいつら何?」
「まあ……宿敵ってところかな」
「なら、これで一件落着ね」
「いや……」
それは違う。あいつらは所詮末端だ。奴等はもっともっと大きな組織のはず。
「何なに?そうじゃないワケ」
「……あのさ!……っ」
彼女を味方に付けたかった。けどやめた。
「それより、ユイさんこそ大丈夫?新堂先生、呼んだ方がいいんじゃない?」
「なぜ?」
すぐさま言い返された。なぜってよぉ~!
「だってほら、ユイさんの主治医だろ?あの人」
「……。向こうが勝手に名乗ってるだけよ」
そう言った直後、急ブレーキを踏むユイ。
「おいっ!大丈夫じゃないだろ!携帯、いいから貸してっ!」
ハンドルに身を預けて、俯いてしまったユイのポケットを探って携帯を探し出す。
「先生呼ぶからね!……もしもし!」
新堂先生はすぐに出た。オレの声に不審感を抱きはしたが、事情を手短に説明し、すぐにここに来るように伝えた。
「とにかくこの車から出よう。手配されてたら厄介だ!」
オレは突っ伏したユイを掴んで車から引き摺り出し、少し離れた所にあった資材置き場まで誘導して、手頃な場所に座らせた。
「やけに気が回るね、少年。君、本当に小学生?」
「本当は、高校生なんだ」
「……ふふ!やっぱり?」
なぜかユイは疑わなかった。頭を強打されたせいで変になったのか?さらにマズイじゃねえか!
心配になったが、その後ユイは少しだけ落ち着いたみたいで、オレも一息つく。
「ユイさん、スゴいや。あの身のこなし……。一体どうすればあんな事ができるの?」
彼女の隣に腰を降ろして、改めて問い掛ける。
「あんな事って?」
「同士討ちさ」
「ああ。あんなヤツ等のへなちょこ玉なんて、簡単に見切れるわ。ただし、急所に当たるかは運だけどね」ユイが軽く笑う。
な~んだ、そこは運任せか!ちょっと安心したけど。
「言っとくけど、拳銃の特性さえ掴んでいれば、急所に当てる事だって可能よ?」
つくづく恐ろしい女だ、朝霧ユイってヤツは。
悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う彼女に、オレも負けずに返した。
「ねえ。今度やり方教えてよ」
「いいけど。君に、その度胸があるかしら?」
「その辺は自信あるぜ。新堂先生と違って」
「言うじゃない!」
オレ達は笑った。
その数十分後、見覚えのある黒のアウディが勢い良くここへ侵入して来た。
「ユイ!無事か!」
「先生……」
こう口にしたものの、ユイは動こうとしない。
オレだけが立ち上がる。
「全く君は……。いい加減にしてくれ」
「新堂先生、この子は関係ない。私が勝手に首を突っ込んだんだから」
「おまえもおまえだ。……また右手をケガしたのか」
先生がしゃがんでユイの右手の流血部分を凝視した。そして側頭部の打撲にも気づく。
「頭が、痛くて……」
そう言った後、ユイは先生の方に倒れ込んだ。
「しっかりしろ!一体、何があった?」
「ケガしてるのは二箇所、いや、三箇所だよ。撃たれてはいない。掠めただけ」
「右頬と右手か。……これは、打撲だな」
彼女の体を起こして確認を続ける。
「しかし、どうしたらこんなふうに弾が掠めるというんだ?」
右手の指を眺めて呟いている。
聞いて驚くな、それは自ら当たりに行ったからだよ!
「それがね!」
「説明は不要だ。気分が悪くなる」オレの解説を遮って言われてしまった。
あの光景を、先生にも見せたかったのに残念だ。
「で、彼女は何か思い出したか?」
「いいや。少し前に確認した時は何も」
「……そうか。とにかく頭のケガの状態を確めなければ。病院へ運ぶ。君は……」
「オレは何ともない。早くユイさんを!」
「分かった。近くまで送って行く。一緒に乗れ」
オレは指示通り先生の車に乗る。そして最寄り駅で降ろされると、走り去る車を眺め続けた。
「朝霧、ユイ……。想像以上じゃねぇか!」
カッコいい女の代表はオレの母親だった。って、別にマザコンじゃねーからな?
それが今日、変わったかも知れない。朝霧ユイに……
新堂先生の言っていたのは本当だった。彼女は正真正銘、正義の味方だ。とは言え、一日に九人も殺した暗殺者に変わりはない。
「正確に言えば、殺したのは一人か……。あれじゃ、警察に関われない訳だぜ!」
とうに消えてしまった車に向けて一人呟いた。
*
数日後、オレは詫びも兼ねて、新堂邸へと向かった。
「あら。新一君!いらっしゃい」
「ユイさん、ケガ、どう?」
「ええ。全然平気よ。もともと頭と右手は痛かったし。何も変わらないわ」
そんな風におどけて答え、オレを中に通した。
「新堂先生は?」
「仕事で出てるの。彼に用だった?」
「って言うか、先日のお詫びに」
「まあ……。いいのに、別にそんな」
「先生に、叱られたでしょ?……ごめんなさい」
「叱られるのなんて、いつもの事。気にしないで」
「いつもの、事なの?」
ユイの表情が曇った。
「いつもの事だと思うのは……なぜかしら」
「それって!何か、先生の事思い出したの?!」
「いいえ……」
相変わらず包帯を巻いた右手で頭を支え、思案顔のユイ。
オレの余計な一言で、また苦しませたら申し訳ない。
「あの!無理して考えないでいいよ!……ね?」
「そうね。また心配掛けちゃうものね」
そう言って微笑んだユイがとても綺麗で、ポーっとなってしまった。
「遊びに来てくれて嬉しい。歩美ちゃんが引っ越してっちゃったから、寂しかったの」
「うん……。ボクも寂しいよ」
しばらく沈黙が続いた後、ユイが切り出す。
「例の連中の事だけど。ニュースにもならないのはなぜ?あれだけ派手にやったから、覚悟してたんだけど……」
「死体はもとより弾や薬莢は徹底的に向こうが片付けるさ。痕跡を残して困るのはあっちだ」
ユイが漁港で撃った銃弾も、紛れて連中が回収してくれたはず。今あの場所には、血痕どころかタイヤ痕だってないだろう。徹底した組織な訳さ、あいつらは!
つい素で話していた自分に気づいて、恐る恐るユイを見上げる。
当然、凝視されていた。
「だから!心配ないって話!新堂先生にも言っといて。それと、もう二人を巻き込んだりしないからってさ」
「……新一君。君一人で、太刀打ちできると思ってるの?」
ユイは、オレ達の宿敵の規模のデカさを感じ取ったのだろうか。
「何で君が……」
「そこまで!オレは朝霧ユイに仕事を頼んだ覚えはないぜ?この先、そうするつもりもないからね」
「新一君……」
だってきっと、依頼料はとんでもなく高いはず。とてもじゃないけど小学生には払えない!
……ああそうだ、新堂先生の口止め料二千万、もらっとけば良かったぜ。
ははは、ジョーダン、ジョーダン!
「ユイさんは、新堂先生の側にいてあげて?」
「……もちろんよ」
ユイは穏やかに笑った。
「記憶、早く戻るといいね。ああそうだ。射撃は今度習いに来るから。月謝、安くしといてよ?」
「考えとく」
こんなやり取りをして、オレは家を出た。
*
「ただいま」
「お帰りなさい。もうちょっと早かったら、新一君が来てたのに」
「新一……、工藤新一か。何しに来た?」
「先日のお詫びって。何しにって、可哀相じゃない、そんな言い方!」
「ああ、済まん」
「一体、どんな仲な訳?二人って」
「どんなもこんなもない。もうお近づきにはなりたくない相手だ」
「小学生相手にそれ?変なの!」
「あれが、小学生なもんか」
「そう。彼、高校生って言ってたっけ。あれ、もしかして本当なのかも」
彼女のこの言葉に、新堂が何やら思案する。
「新堂先生?」
「ん?……ああ。まさかな」
「何が?」
「いや。何でもない」
新堂は、新一が質問して来た若返る病の事を思い出していた。
「そうだとしても、俺達には無関係だ!」
「ねえ、何の事よ?」
唐突に声を荒げた彼に不審感を覚える。
「ユイ。もうこれ以上、余計な事に首を突っ込むなよ?頼むから……」
「少年の命が懸かってても?」
「あいつなら大丈夫だ」
「なぜそんな事、言い切れるの」
新堂が軽く首を左右に振って会話をやめた。ユイもそれ以上は尋ねなかった。
話題を変える新堂。
「それより、指のケガしたとこ、いじるなよ?」
「ドキ……っ!」
彼女がケガに無頓着なのは記憶を失くしても変わらないようだ。
「おい、まさか何かしたのか」
「だって、ここの剝けてる所が気になって……」
「バカ野郎……。見せろ!」
強引にユイの右手を掴む。
「痛い!手首、痛いんだからね?」
「ゴメン、気が急いた。……あ~あ、言わない事じゃない」
「何よ……」
「余計に痛くなったんじゃないか?」
何とも言えない表情のまま固まるユイ。
「図星だな」
「だって……」
「だってじゃない!いつも言ってるだろ?勝手にいじるなって。何度言えば分かるんだ……全く」
こうして叱られているシーンを、ユイはおぼろげに思い出していた。
「不要な部分は自然に剥がれ落ちる。場合によっては切除が必要だが、その判断は俺がする。余計な事は、す、る、な!分かったか?」
「はい……。スミマセンでした……」
えぐれた部分が剝き出しになった傷の表面に、薬液を塗りつける。
彼女が痛みに悲鳴を上げた。
「自業自得だな!」
「それは否定しない。あと数ミリこうしてたら、弾はロープだけに当たったんだから」
微妙に体を傾けながら説明するユイ。
「やっぱりそういう事か!」
大方予想はしていたが、本当にそんな事をしていたと知り、新堂はやはり気分が悪くなるのだった。
「見ちゃいられない……」
「なるほど、そういう事か」
「何がだ?」
今度は新堂が問い掛ける。
「いいえ。何でも」
新一の言った、新堂先生と違って自分には度胸があるというセリフを思い出していたのだ。
いつまでも笑っている彼女に新堂が言う。
「叱られて笑ってるヤツもないよな。頭のケガは恐ろしい!本当に大丈夫か?」
「失礼ね!頭の機能は正常よ!」
そう言ったユイを、新堂が唐突に抱きしめた。
「新堂、先生……?」
「ユイ……愛してるよ」
耳元で囁く彼の声を、ユイは目を閉じて胸の奥深くまで浸透させる。
「……私もよ。心配掛けて、ごめんなさい」
「とにかく、二人とも無事で何よりだ」
「うん」
体を離して、彼女の顔を間近で見つめ右頬の傷に貼った絆創膏に触れる。
「こっちの方は、傷が浅くて良かった」
「ここは何もしてないからね?」
「痕は残らないだろう」
「これもさ~、もっとこうしてたら……」
「言うな!説明は必要ない」
どうあっても、そんな修羅場の状況を想像するのは避けたい新堂なのだった。
実際あの現場を目撃したら、彼は卒倒したかもしれない?!