「なあユイ。何も予定がなければ、久々にドライブでもしないか」
「え?」
記憶を失くしてからというもの、私達は別行動を取る事が多かった。って言っても、これまでがどうだったかは知る由もない。
私は、在宅中に何者かに襲われて頭と右手首を痛め、記憶の一部を喪失した。主に失くした記憶というのが、今目の前にいるこの男性の事。
何でも同棲中で!おまけに学生時代からの主治医?として世話なっているとか……。
「体調、悪いならやめるか……」
「悪くないわ。いいわね、行きましょ!」
時折襲われる頭痛と、右手首の痛み以外は特に不都合はない。
二ヶ月前のあの少年の誘拐事件。例の闇組織について、私なりにいろいろと調べてみたけれど、何の手掛かりも掴めず。
とても気になっていた矢先に、何と向こうから接近して来たの。
あれは偶然、……なんだろうけど。
*
強引に運転席に乗り込み、久々のドライブが始まった。
「辛くなったらすぐに言えよ?運転代わるから」
「お気遣いなく!」
しばらく無言で走る。
レーダーの反応を避けては、法定外のスピードを出して楽しんでいた。
「おい、スピード出し過ぎじゃないか?」
「このくらい、みんな出してるわ」
周囲の車両が私達の車を避けて走る中、バックミラー越しに、近づいて来る黒の外車を確認。
彼もそれに気づいた様子。
「ほら見ろ、警察が来た」
「バカね、警察はポルシェには乗らない……わ」
ナンバープレートに目が行って言葉が詰まった。
下に付いている海外のナンバーはさて置き、上に貼り付けられたそれは、一見何の変哲もないけれど、恐らく偽造だ。
「バカとは聞き捨てならないな。冗談に決まってるだろ?それにしてもあいつら、一体何キロ出してるんだ!」
「ねえ。少し黙っててくれる?」
先生に向かってこんな口を叩いてしまう。
私にかつてない緊張が走っていた。それはバックミラーにある物が映り込んだから。
「ライフル……!」
乗員は全て黒尽くめの服装の外国人。後部席に乗った男女二名ともライフル銃を持っている。
そして運転席の小太りと、助手席の痩せ型で銀の長髪の男。ヤツ等も恐らく銃を持っているのだろう。
「おい、一体何事だ?」
「先生、頭を下げて隠れてて」
私の緊張が伝わったのか、彼は速やかに指示に従ってくれた。
連中は左車線から追い越して行った。併走したその一瞬、助手席の銀髪男が私に向かって微かに笑ったように見えた。
私達の車を難なく抜き去り、逃げるように先を行く不審車両。
「追わなくていいのか?」
ようやく顔を上げた彼が、遠くの方に行ってしまった車を目で追いながら言う。
「ええ」今は、と心の中で続ける。
奴等はこの国に、誰かを殺しに来た。どう見ても素人ではないスナイパーを二人も使って狙う相手って、一体どこの誰?
「良かった」
「何が?」予想外の言葉に、考え事も中断して彼を見つめる。
何も答えてくれなかったけれど、とても満足そう。面倒に巻き込まれたくないって顔に書いてあるわよ、センセイ!
あんな見るからに危険な連中を相手にするのなら、
私に依頼が入ったのは、それからすぐの事だった。
*
「とにかく、依頼した事は誰にも内密だ。君は取引先の社長秘書という事になっている」
「仰せの通りに」
「君の射撃の腕を見込んでの依頼だ。私を狙う暗殺者を消してくれ。相手は世界最強のスナイパー集団らしい」
世界最強?笑わせないで!この私を差し置いて。
大真面目な依頼人と屈強なガードマンに囲まれながらも、私の顔は笑っていたかもしれない。
「消す、って事は、命は保障しなくていいのね」
「場合によっては、致し方ないだろう」依頼人は無表情で同意した。
久々の殺しの依頼。腕が鳴るわ!皆殺し、でないのが残念だけど。
依頼人の彼は元防衛省トップ。現在退官して民間警備会社の顧問をしている。要は天下りってヤツだ。国防のある要的情報を握っているために、海外の闇組織から狙われているらしい。
彼の周りはいつでも大柄コワモテのSPが金魚のフンみたいにくっついてるから、私がボディ・ガードをする必要はないとの事で。
ちょうど良かった。私が興味があるのは、最強のスナイパーとやらの方だから!
どこの誰か知らないけれど、誰が最強かをきちんと教えてあげなきゃ。
私はイラクの爆弾テロで死んだ事になっているらしい。
でもそれは、私の協力者が流した偽の情報。一時、半身不随に陥りはしたものの、私はこうして生きている。
それもやはり新堂先生のお陰なのか。今ではこうして自由に動けるまでに回復した。あの人の献身的な治療があったから?……残念ながら、何も思い出せないけれど。
「朝霧ユイ。やはりブランクが気になるか。それならば別の者を探し……」
依頼人の探るような視線を受けて、思考を交渉へと戻す。
「ご心配なく、何も問題ありません。でも一つお願いが。武器はそちらで調達してくださる?」
「おいおい、持ってないのか?商売道具だろうに!」
「私のでは飛距離が届かないの。当然あるでしょ?できれば最新モデルでね」
「まあいいだろう。後日届けさせよう」
「恐れ入ります」
私のは狙撃用じゃないから!
相手がプロであるならば、敵よりも遠方から狙いたい。なぜって?それは当然、勝敗をはっきりさせるため!
*
移動中の黒のポルシェ内。黒尽くめの四人組が会話している。
「いいな、今度こそ仕留めろ」銀髪の男が後部席の二人に命令する。
「任せときな!」女スナイパーが真っ先に答えた。
「俺が頭を狙う」男スナイパーが続く。
「バカ言え、アタシが頭!」
口論が始まり、忌々しそうにバックミラーに目をやり小太りの男が口を挟む。
「おい!言い合いしてる場合じゃねえぞ」
彼等はFBIからも指名手配されている。すでに今回の情報を受けて、捜査官が日本に上陸している事も把握済みだ。
今度こそ、と銀髪の男が言ったのは、これまで二度もその捜査官に邪魔されていたからだ。
「あの女捜査官、邪魔だな。あいつもやっちまうか?」女スナイパーが息巻く。
「ダメだ。今後さらに動きずらくなる。それよりも問題はあの小僧だ。それともう一人……」
銀髪はすぐさま言い返すも、最後の言葉を躊躇している様子。
「もう一人?」
女スナイパーは不思議そうに問い返す。
「ユイ・アサギリ……」
銀髪がようやく口にしたこの名を耳にして、車内に束の間笑いが起きる。
「何言ってる?あの女は四年前に死んだだろ!」
銀髪以外が、イラクでの車載爆弾テロのニュースを思い浮かべた。
「いや。どうやら生きていたらしい。二ヵ月前にチーム・シックスがやられたのは知ってるだろう?」
「まさか、それをあの女が……?バカな!」
「まあ、何だっていいさ。アタシがターゲット諸共地獄に送ってやるから!」
銀髪を除く三人は自分達の勝利を信じて疑わない。
何を考えているのか、一人険しい表情のまま銀髪の男だけが車窓を睨んでいた。
その頃、とあるビル屋上にて。
「さてと。この辺でいいかしら」
社長秘書という設定のためスーツ姿のユイ。短いタイトスカートを着用している。
手にした筒型の図面ケースから黒い鉄の塊を取り出した。
「そろそろね……。それにしても、今日は何て風が強いの!」
辛うじて雨は免れたが、強風が吹きつけている。
「まあいいわ、つまり敵にとっても不利って事だもの?」
そう呟きながら、胸ポケットから抜いたイエローのサングラスを装着し、腰の高さ程のコンクリート柵にライフルの先端を乗せる。
スコープから周囲を観察する。
右隣の建物がクライアントのビル。そして右斜め前方約二キロ先に……
周囲を警戒しつつ、ユイはその場所をひたすら監視し続けた。
その約十分後。
「発見!ターゲット二名。いいえ、後方に二名……全員集合?ラッキーだわ、一網打尽にできるじゃない!」
ユイの予想した場所に、彼等は現れた。
悪天候ながら、こんな好機を与えられご満悦の様子。
「さあ、覚悟しなさい!」
*
オレはジョディ捜査官と共に、ある男のいる場所へ向かっていた。
「工藤君、まずいわ。もう間に合わない!」
「クソ!なんでこんなに渋滞してるんだよ……。ジョディ先生、僕、降りて走るよ!」
「私も行くわ」
動く気配のない車列に痺れを切らし、ついに車から降りて走り出す。
「ん?あれって……もしかして!」
「何、どうしたの!」
突然立ち止まったオレを振り返って、視線の先を見上げるジョディ先生。なぜオレがFBI捜査官の彼女を先生と呼ぶのか、それはおいおい話すとしよう。
見上げた先にあったのは、ライフルの銃口だ。それも二つ!
「こんな場所から狙うのか?バカな!」
目指す男のいる場所は、あと一キロ半は先だ。
「応援を呼ぶわ」
「もう遅いよ!ここから邪魔できない?」
「無理よ……、百メートルは離れてる。これじゃ届かないわ」
短銃のシグを手に敏腕捜査官も成す術無しのご様子。
「クッソ!あと一歩だってのに!」
「とにかくあの場所に行ってみましょう」
彼女が走り出したその時、銃口の一つが引っ込み、もう一つが右に方向を変えた。
「ん?何があった?」
ビルの屋上をメガネ型スコープで拡大して観察すると、どうやらスナイパーの一人が撃たれたらしい。もう一人が右前方の何者かと応戦している。
「あっ、あいつは!」
次にオレの目に飛び込んで来たのは、ジン。
オレが追われている闇組織の中心的人物だ。銀髪のロングだからすぐに分かる。
やっぱりこいつ等が絡んでたか……
ところが、ジンまでもが撃たれた模様。
「そんなまさか……!あいつがやられるなんて?」
呆気にとられている間に、連中は消えていた。
急いでジョディ先生の後を追って、そのビルの屋上へ向かう。
「見て……、血痕よ。それにこの破片……」
「ライフルスコープのレンズだ!」
オレはすぐさま右前方を確認。奴等が必死で戦っていた相手を探すも、当然見つけられなかった。
「いる訳ないよなぁ……」
「ここは鑑識に任せて、私は彼の所へ行くけど」
「ボクも連れてって!」
一体全体、何がどうなってるんだ?!
こうしてオレ達は大至急、FBIの保護対象となっている男の元へと向かった。
*
「ジン、大丈夫か?」
「ああ。大した事はない。それより、やはりアイツだったな……」
ライフルスコープ越しに敵を確認できたのは、小太り以外の三人だ。
そのうちの一人はもう生きてはいないが。
男スナイパーは呆気なく射殺された。
「ホントにユイ・アサギリなのか?何で生きてるんだ!アタシが世界一の腕だよ?クソぉ!」
女スナイパーは怒りに震える声で訴えた。
「どこが世界一だ?こっちは一人やられてこのザマだ!あそこから二千ヤードはあったはずだぞ……」
ジンは、男スナイパーがやられた直後にライフルを奪い、発射元をスコープで特定した。そこにいたのはもちろんユイだ。彼女は笑みすら浮かべていた。
直後、覗いたスコープ目掛けて弾は飛んで来た。寸でのところで交わしたが、次の弾がジンの右肩を掠めていた。
「見間違いじゃないのか?風も強かったし、今日はたまたま……」
その目で見ていない小太りには、どうしても信じられない。
「確かに向こうからは追い風だが、それだけでこんな事が出来ると思うか?」
予想外の展開に、彼等は動揺を隠せなかった。