交わるはずのないステージ~謎めいた隣人の正体~   作:氷ユリ

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敵か味方か 前編

 

「絶っ対に殺してやる!」

 

 裏庭で数人、人相の悪い連中が休憩中のようだ。

 その内の、悪態をつきながら煙草を吹かすキツネ目の女に声をかけた。

 

「随分と荒れてるな。何の話だ?キャンティ」

「ああ、バーボン。久しぶりだね。この間さ!アタシの獲物を横取りした女がいてね~!」

「その前にも、俺達組織のメンバーが何人か殺られたよな。同じヤツかは知らねえが!」

 

 別の一人も話に加わる。何の事か俺には分からず。

「悪い、しばらく別の案件に関わってたんだ。殺られたって誰にだ?」

 適当に誤魔化して話を聞き出す。

 

「ユイ・アサギリ」

 

 唐突に後ろから声が響いた。

 振り返ると、そこには新たな人物、組織の幹部ジンが銀髪を靡かせて立っていた。

 

 

 俺の本名は降谷零。警察庁公安部所属の現役警察官。

 現在この闇組織に潜入捜査中だ。コードネームはバーボン。組織の本部は海外にあるが、数年前から日本にも拠点が置かれ、空き家だった郊外の邸宅をアジトにしているのだ。

 かなり厄介な世界的犯罪組織のため、潜入がバレれば生きては戻れない。いや、仲間割れも頻繁だから、下手をすればバレる前にあの世行きかもしれない。

 

 本庁とは定期的に連絡を取り合っているが、こんな事情から、現在俺の存在は警察庁からは末梢されている。通称名のゼロとしてだけ、辛うじて繋がっている状況だ。

 だがしかし……

 ここまで組織に入り浸ってしまっている以上、もはや警察には戻れないかもしれない。

 

 殺しに手を染めた訳ではない。もちろんそんな事はしていない!するにしても、その一歩手前までだ。だがそのうち、せざるを得なくなるだろう。

 今まさに、組織内で〝ネズミ〟探しが始まろうとしているからだ。

 殺しを拒否すれば怪しまれるのは確実。

 

「あの女は確か、何年か前に爆弾テロで死んだだろ?あり得ない、別人だろ!」

 無言を貫くキャンティを前に、また別の男が反論する。

 するとジンはすぐさまこう切り返した。

「表向きにはな。だが、女の死体を見た者はいるのか?なぜ死んだと言える?ならばあの女スナイパーは誰だ!」

 

 あのジンが珍しく声高に叫んでいる。

 相当の屈辱を味わったらしい。冷静沈着で組織内からも恐れられる、抜け目のない非道なこの男をそんな目に合わせる女、か。

 俺はそのアサギリ・ユイに興味を持った。

 

「絶対に殺してやる……!」

「おいジン、それアタシが先に言ったんだ。横取りは許さないよ!」

「黙れ、キャンティ!」

「まあまあ二人、落ち着け。ボスの命令を忘れたか?今はそれどころじゃないだろ。亡霊捜しの前にネズミを探さないと!」

 ここはあえてこんな話題を振ってやる。

 

「ああ。それが済んだら即刻殺す。覚悟しろ、ユイ・アサギリ!」

「だから~。死人は殺せないぜ、ジン!」

 

 

 かなり興味を惹かれたので、例の女を警察のデータベースを使って調べさせた。

 だが朝霧ユイの情報はなかった。父親の悪事は山ほど出て来たが。彼女の家はヤクザだった。

 そして一つ、気になる情報が……

 

 四年前のイラクでの車載爆弾爆破事件。死者二名。現地の警察はテロと断定。犠牲者は自国民の男性と、日本人女性、ユイ・アサギリ。

 彼女はイラクに慈善奉仕活動に行っていたとあるが、真実かは不明だ。

 ただ、民間人でさえテロに巻き込まれてしまう危険な地域なのは間違いない。

 

 テロ事件は当時、現地警察と共に国連の組織も捜査に加わっていたはず。

 そういえばその組織に一人、知人がいたな。

 

 思い立って、国際電話を掛けた。

「Hello……?」

 

 マイク・J捜査官。

 久しぶりだったが、俺の事を良く覚えていた。そして彼は重い口を割ってくれた。

『君だから話す。決して他に口外せぬよう願いたい』

 

 ユイ・アサギリは生きていたのだ。

 

 偽の情報を流したのは彼だった。それは深い愛のなせる業。彼女に足を洗い、この先平穏な人生を歩んでもらいたいとの切なる願いの元、そうしたそうだ。

 同時にそれは、彼女の名がいかに闇社会に浸透していたかも表している。一人の女の死がそれほど大きな影響をもたらすのだから!

 

『何てバカな事を!どうして大人しくしていられないんだ、ユイは!……だけど、元気そうで良かった』

「そうだな」

 

 マイクの最後の一言はどこまでも慈愛に満ちていて、なぜか俺まで共感していた。会った事もない女なのに!

 こんな形ではあるが、彼女の近況を知らせる事ができて良かったと思わずにはいられなかった。

 

 電話を切り、考えを整理する。

 朝霧ユイは生きていて、現在この厄介な組織に狙われている、という事になる。

 

 

「おい。バーボン」

「ジンか。何だ」

「ボスからの命令だ。このリストに載っているドクターを連れて来い」

 

 廊下で呼び止められ、差し出された一枚紙を受け取る。そこにはローマ字表記の日本人十五名程の名があった。

 

「こんなにか?連れて来てどうする」

 まさか殺すなんて言わないだろうな?

 

「ボスのお体が悪いのは知ってるだろう。治せる医者を探してるんだ」

「優秀な大学病院にでも入院させればいいだろう?」

「バカ言え。どこぞのバカ共に暗殺でも企てられたら厄介だ。始終見張る訳にも行かない。この国では俺達は目立ちすぎる」

 

 その、どこぞのバカ共についでに組織を壊滅してもらえたら大助かりなんだが!

 ここまで来たらもう、ボスをこの手に掛けるのが手っ取り早い……なんて?

 

「誘拐か」

 

 会話に意識を戻して尋ねる。

 殺しなんかより全然マシだ。これまでにも何度もしている。警察官とは思えない言い草だが、拉致監禁ならお手の物だ。

 だがこれまでは、一般人はターゲットではなかった。

 

「有名な医者だと、やりにくいぞ」

「足はつかない。何しろその連中は無資格だ」

「無免許医?大丈夫なのか?腕は!」

「まあそのはずだが……。使えなければ消せばいい」

 

 簡単に言うぜ!それも俺にやらせる気だろう?

 

「分かった。任せろ」

 そうはさせるか。こんなに大勢、殺させる訳には行かない。この中から確実に治せる医者を探さなければ……

 

 

 そして俺はまたも警察のデータベースを活用。

 無資格で医療行為を働き、お縄に掛かったヤツが何人かいた。その中でも、何度も名前が上がる男が一名。

 

「カズヤ・シンドウ。なぜ何度も繰り返す?もしかしてバカか?」

 

 そして毎回同じ刑事が担当している。なぜかある時期から、ぱったりと途絶えているのも気にかかる。

 早速その担当刑事に話を聞いてみた。

 

『いやあ。公安の刑事さんに呼ばれるなんて驚きましたよ。新堂ですか。懐かしいですね~』

「で、その新堂は、一体どういう人物なんです?」

『あいつ、また何かしたんですか?』

「いいえ。そうではありません。ちょっと過去を調べていまして」

『先生の迷惑になるような事は、調べないでいただきたい!』

「え?」

『あ……、いや、その昔追い回していた私が言うのも何ですがね。新堂先生には恩があるもんで』

「恩?」

 

 彼は昔、新堂に息子の不治の病を治してもらった事を俺に打ち明けた。

 この男は不治の病を治せたのか。

 

『あの先生が免許を取れないなら、この世から医者はいなくなるよ!そのくらい、あの人は優秀だ』

 

 よし決まりだ。この男にしよう。

 

 

 早速その男の住居を探りに行く。

 無免許なのだから病院に勤務医として在籍する事はあり得ない訳だが、フリーランスを名乗るというのも変わっている。

 

「余程腕に自信があるって事かな?」

 

 愛車白のRX-セブンを走らせて目的地付近まで来た。

 小高い丘の中腹に一軒家がある。その後ろは山だ。麓で車を降りて、双眼鏡を取り出す。

 庭に存在感のある黒のアウディが停まっているのが見えた。

 

「……先生はご在宅だな」

 

 この大きな家に一人暮らしという事はないだろう。

 そう思った矢先、女の姿が双眼鏡の中に飛び込んだ。

 

「……子供はいないみたいだが、既婚者か」

 

 彼女はヤツの事情を知っているのだろうか。

 二人の会話を読唇術を使って読み取る。

 

「〝し、ん、ど、う、先生。また、散らかして?ちゃんと、片付けて……〟」

 

 ……待てよ。普通夫を苗字で呼ぶだろうか?しかも先生なんて!

 不審に思いつつも監視を続ける。

 

「〝……ところで、ゆい、……〟ユイ、アサギリか?な訳ないよな。〝明日は、何時から、〟ああ!後ろを向いたら唇の動きが見えないだろ?クソッ!」

 

 新堂が途中で背を向けてしまったため、読唇術は終了となった。

 とはいえ、問題はなさそうだ。

 すぐにでも拘束して……と思ったが、この平凡な二人の日常を壊すのは気が引ける。

 

「ここは普通に依頼してみよう。断られたら強硬手段に出ればいいさ!」

 

 

 アジトに戻り、女性メンバーに連絡を頼む。

 俺がするよりも女が社長秘書とでも名乗った方がそれっぽいだろ?

 

「お迎えの車を出しますので、是非お願いします」

『……お受けするかは、拝見してから決めさせていただきます』

「分かりました。では明朝伺います」

 

 電話を切ると、こちらに目配せする女。

 

「上手い上手い、上出来だ」

「ですが、先方は確実に引き受けるとは言っていません」

「いいんだ。連れて来れればこっちのものさ」

「君は明日、車に同乗してくれ。くれぐれも失態のないように頼むよ?」

「はい。バーボン」

 

 あの時新堂は女に、明日は何時から、と言っていた。女もどこかへ行くのだろうか。

 この時はまだ、俺がこの女に付き纏う羽目になるとは思ってもいなかった。

 

 

「久しぶりに依頼の電話だった」

「そう。良かったじゃない?いい加減仕事しないと、腕、鈍るよ?セ・ン・セ!」

「そこまでご無沙汰じゃないよ」

「それで、受けるんでしょ?」

 

 ユイの目は、断るな、と新堂に無言のプレッシャーを与えている。

 

「迎えの車まで用意してくれるらしいしな」

「まあ!お金持ちなのね。ならガッポリ戴いたら?」

「ま、期待しないで行ってみるよ」

「患者さんはどんな?」

「さあ。詳しくは聞いていないが、英国人のようだ。通訳は必要ないと言っておいた」

「なぁんだ残念。ユイさんが通訳に行ってあげても良かったのに!」

 

 ソファに仰け反ってユイが言う。

 

「だっておまえ、明日昼から仕事だろ?」

「そうです!だからお見送りするわ。それで、どのくらいかかりそう?」

「さあ……。患者は入院してる訳じゃないそうだから、場合によっては最寄の病院を選定する必要もある」

 

 新堂が使える医療機関は限られている。

 

「じゃ、晩ご飯私が作っとくね」

「ああ、頼む。俺が先に帰ったら作っておくよ」

「うん、ありがと!」

 

 記憶は戻らないながら、二人は案外うまくやっている。

 当初新堂に抱いていた不審感も、今はない様子。それどころかユイは、自分が新堂に急速に惹かれて行く事に対し、何ら戸惑いも感じていないようだ。

 

 それはまるで、惹かれて行くのが当然とでも言うように……

 

 

 翌朝。念のため、迎えの車に付いて新堂の家に向かう。もちろん悟られないよう注意は怠らない。

 麓に車を停めて昨日と同様双眼鏡を構える。

 

「〝せんせ~、お迎え、来たみたいよ〟……やっぱりそう呼ぶんだな。おかしなカップルだ!」

 

 組織の黒ベンツを前に女が何やらブツブツ言っている。

 もっとちゃんと口を動かしてくれ!

 

「〝ゆい、そんな顔をするな。美しくないぞ〟……〝だって、何でベンツなの、せっかく先生がアウディ買ってくれたのに〟……〝何に乗ろうとそれぞれの勝手だ。あさぎりゆい〟何だって!?」

 

 俺は耳を疑った。ああ聞き間違い、いや読み間違いかもしれない。ヤツはアサギリユイなんて言ってないかもしれない。もしくは同姓同名とか?

 

 困惑する俺を他所に、新堂はベンツの後部席に誘導されドアが閉まる。

 例の女メンバーは完璧に秘書を演じている。事務的な会釈にしてはやや深めに頭を下げてから、スムーズに助手席に乗り込んだ。

 車は〝ゆい〟を置いて走り出した。

 

「さてと。俺はこれからどうする?」

 

 この女を尾行するか迷う。もしこの女がユイ・アサギリならば一石二鳥。だが別人ならば?

 尾行などムダな時間だ。

 何しろ俺はこれから、ドクター新堂が殺されないよう見張らねばならないのだから!

 

「ああ……どうなってるんだ?君達は。誰か手っ取り早く教えてくれ!」

 

 軽く首を振って、再び双眼鏡を手にした。

 カーテンが閉まっていて室内は何も見えない。洗濯物を干す様子もない。

 やはり彼女は出かける用があるとみた。

 

 少しして早速動きがあった。

 

 身なりを整えた彼女がA4サイズの白の鞄を手に現れた。その格好から、どうやら仕事に行くらしいと分かる。車を使う様子はない。

 

「やり手スナイパーが向かう先。興味はあるが、車での尾行は難しいか……」

 

 駅に向かって徒歩で進む彼女を、やや離れた位置から徐行で尾行。

 やがて一方通行の商店街に入った。

「こっちからは進入禁止だ……やっぱりか!」

 

 俺は尾行を諦め、一旦アジトへ戻る事にした。やはり今は新堂の安全確保が最優先だ。

 

 

「白のRX-セブンが付いて来てたような……気のせいかな?」

 

 ユイは振り返り来た道を見渡す。車の姿はなかった。

 いつも通り会社に向かい、事務の仕事をこなして帰途に就く。裏の顔を隠すため、ユイは民間会社に勤めているのだ。

 

「新堂先生、帰ってないかなぁ」

 

 北風が強く吹き付ける中、かじかむ手で舞い上がる髪を押さえつける。

 

「ああっ、んもう!髪が邪魔。伸びすぎね、そろそろ切らないと」

 

 日も暮れかけた、いつもの丘を登って行く。家の明かりは見えない。

 携帯を確認するも、彼からの連絡は入っていない。

 

「まだ帰らないって事は、お仕事受ける事にしたって事だものね。良かった良かった!」

 

 帰宅後、ユイは夕飯作りに取り掛かる。

 温め直してもいい料理を作って彼の分を冷蔵庫に仕舞った。

 

 

 一息ついて時計を見ると、もう九時を回っている。

 

「先生、遅いな……連絡くらいくれてもいいのに!」

 

 またも携帯を見つめてぼやく。

 窓際に寄り、何ともなしにカーテンの端を開けて外を覗いた。

 

 

 

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