戦争をやめましょう。帝国軍の完全消滅をもって!ーいや、ダメでしょ。 作:依存
キッシング・ゾア・ネビュリス9世の朝は凄く早い。
午前二時___皆が寝静まった頃、彼女は目を覚ます。
メイドが一人__仮面卿オンの部下の一人が__キッシングの目覚めと同時に着替えと鏡、食事を運んでくる。
キッシングは、豪華なベットからその華奢な足を晒して身体を起こす。
キッシングは身に付けている眼を覆うアイマスクを取って、眼帯へと付け替える。
特別製の"それら"は彼女の星霊を抑えるために付けている。
勿論、"これら"は付けていても周りが何となく見えるようにはなっている。
隣の部屋に朝御飯を置いたメイドはキッシングの寝間着を脱がし、庶民が普段着に絶対使わないであろうドレスを着せる。
ドレスはれっきとした王族の普段着であるが、別に毎日着せられるわけではない。
___今日、御誘いがあるからだ。
まあ、それでもこんな時間から着けるのもどうなのかと思うが、それはゾア家党首__キッシングのお祖父さんの趣味だったりする。
それはまた別の機会にでも語ろうと思う。
着付けが終わったキッシングの見た目はは言うまでもなく、お姫様だ。
朝御飯であり夜食でもあるご飯を食べた後は、やるべきことがある。
「キッシング様、行きましょう。」
「………」
メイドに連れられて向かう先は研究室。
キッシングが本当に面倒くさいと思う唯一の時間だ。
一昨日の帝国での疲れも相まって、更に面倒くささが増しているようで肩が下がっている。
___________
この面倒な時間が終わると、彼女は昼まで自由だ。
心が年相応でないキッシングが心を動かすのは、研究の面倒くささと、この自由時間。
正確には、"彼"とお喋りをする時間である。
しかも、今日は予定(デート)があるのだ。彼の御誘いにキッシングが乗らないわけがない。
「キッシングー!」
そう言って研究室が含まれるビル型の建物の前に立つ彼は、キッシングに手を振る。
彼のすぐ側には、見知らぬ人影があったためかキッシングは露骨に顔をしかめた。
人見知りの域を越えてもはや人嫌いである。
ただ、眼帯で隠れている顔は暗闇も相まって知らない人には気付かれなかったようだ。
だが、彼には分かったようだ。"キッシングが十二分に近付いてきた"ところで説明する。
「キッシング、こちらは
そう言って、キッシングの頭を撫でつつ、"
「この超可愛いクールビューティーなスーパーガールの名前はキッシングっていうんだよ。可愛いでしょ?」
説明?を受けた
「アリス様の従者をしております燐・ウィズポーズと言います。以後、お見知りおきを。」
と。
「…………」
キッシングの返答はシンプルだった。無視。無言。
むしろ"消滅させてあげる"みたいに思ってそうだった。無表情だけど。
彼は予想ができていたようで、キッシングに追加の説明もしていく。
「この可愛いメイド服を着た
会話は続かなかった。横から伸びている手が彼の首に回されているのを見ている人なら理由もお分かりだろう。
「パ、パ、パットなんて言うなッ!よよよ四重なんてそんなのないしッ!というか言い回しもエロいだろこの変態っ!玩具じゃない暗器だッ!ってキッシング様の前だぞッ!自重しろッ!
……………って見捨てていくなッ!」
燐の暴走を冷ややかな目で見ていたキッシングは、燐を無視する方向で彼と話が決まったらしい。
話途中で向きを変えて、帰宅するところだった。
走って追い付いた燐は、彼らを見て思ったことを口にした。
「キッシング様とお前が手を繋いでいるのは何故だ?」
彼は燐に答えたが、答えはどうも違和感のあるものだった。
「キッシングは眼帯を付けてて目が見えないから手を繋いだほうがいいらしいよ?」
「....」
燐は違和感の正体に気付くこともなく、彼らの跡を付いていった。
_____________
町の郊外、最果ての場所にある教練場。
コンクリートと鋼鉄でできた建築物は、星霊使いの集まる街には異質であった。
彼と燐は迷うことなく扉を潜った。キッシングにとって、ここにはいるのは初めてだったので、ちょっとの不安で足が止まったが、キッシングは彼に誘導される形で中へと入っていった。
扉を潜るとモワッとした汗の香りと、土の泥臭い香りが感じられる。
硝煙の独特とも言える香りもあり、お嬢様であるキッシングは、耐えられずに顔をひきつらせた。
「…………」
キッシングが嫌がる素振りを見せて居たのを見た彼は、予想していたかのように来賓用の部屋へとキッシングを連れていき、待つように言った。
ガラス張りのその部屋から教練場を見ることが出来るので、問題はないと考えたのだろう。
勿論中の空気は澄んでいて、キッシングの住まうお城と同じかそれ以上の美しさが保たれていた。
これは、キッシングのために(ゾア家の当主のお祖父様によって)増設されていたものであったが、それに気付くこともなく、キッシングは不満げに中にはいる。
と言っても、全くの無表情であったが。
「じゃあ、やろうかー」
「勿論、いいだろう。お前はまた敗北を味会わえ」
キッシングを置いて、彼は燐に向かい合う。
彼は帝国軍さながらの戦闘用迷彩服を整え、自然体で構える。腰には小さな小物入れとコンバットナイフがあり、太腿には弱装弾を七発込めた拳銃を装着していた。
その姿は戦争に赴く兵士の様相。
それとは対照的に、燐は普段通りの家政婦のようなヒラヒラとした服。
しかしながらその中にはロープ、ワイヤー、ナイフ、短剣、毒、爆薬などの数えきれない数の暗器を仕込んである。
一応爆弾は練習用の威力を抑えたものだし、ナイフ等も刃が潰れているものであるが。
勿論、銃器も暗器も星霊行使もアリだ。
が、何も手に取らずにお互いに自身の腕をクロスさせ、徒手格闘を行う為の予備動作に入る。
腕を構えたのが分からないほどの自然な動きは、彼らにとっては造作のないことだった。
星霊使い同士の戦いに必要なのは、適度な距離と相手を捉える優秀な目、そして技術と経験。
彼らは同じ師から学んだだけあり、それは何度も経験してきた。
作り出される空間は、完璧なものだった。
「……………」
「……………」
数十秒の硬直。
先に動いたのは燐だった。
地を蹴って肉薄する。三メートル弱の距離は、一歩でアタックレンジに入ることができ、一歩で相手のあらゆる攻撃を避けることのできるギリギリの距離。
如何に星霊の力を引き出しても、きちんと対処し、されてしまう距離。
彼は燐の左フック、ローキック、右ストレート、ハイキックという大振りの攻撃を全て避ける。
ここでもし、燐の大振りな攻撃を好機と見て反撃しようものなら毒薬散布からの頸動脈を絞められるコンボは、もう彼は何度も体験している。
彼は一歩、二歩、三歩と退きつつも攻撃に当たらないように姿勢を低くする。
と同時に燐の右足でのハイキックを自身の肘を使って器用に弾く。
体勢を崩すような攻撃も、燐には効かない。
弾かれた脚を基点として身体を回す。半宙返りだろうか。
その際に燐は左の裏拳を打ち込んでいたが、彼は難なく避わす。
至近戦に持ち込んだ彼らは、打てるありったけの手数で攻撃をする。
燐の右手の攻撃には右手が迎撃に向かい、同時に寝技に持ち込めるように右足で燐の脚を攻撃する。
そして足が防がれるのと同時に左手で服を掴もうとするーが、着脱式のスカーフだったようで手応えがなかった。
反転して燐の攻撃が再度迫り来る。
このままだと不味いと判断したのだろう。
彼は砂を蹴って一旦距離をとる。
それは、燐にとっての星霊術行使の合図でもあった。
燐の星霊。それは『土』の星霊であった。
燐の星紋が輝きをまして発光したのと同時に彼の立つ地面にあった砂が膨れ上がり、大気中に弾ける。
その一瞬で地形が変化し、平らだった地面は巨大なクレーターへと変化する。
帝国軍の小型弾頭ミサイルほどの爆発を巻き起こし、彼を含んだ着弾点を中心とした半径10メートル内の土塊が宙を舞う。
だが、燐はそれでも警戒を弛めずに周囲の地形を変化させて簡易的な盾を作る。
燐は知っている。
_あんな弱い攻撃では怪我も負わせられない_
何度も体験しているからこそ、殺傷能力の高い星霊術を行使していた。それでもだ。
警戒をしていたからこそ燐はソレに気づいた。
ほんの僅かな違和感と共に空気が動き、星霊の輝きが浮かぶ。
同時に、空気が文字通り動き、大気が大きな壁として燐にぶつかっていく。
おおよそ500度を越えたであろう大気の壁は、爆発によって引き起こされたものだ。
すべての原子の持つ微細な運動エネルギーの増幅_電子レンジのような_による急激な膨張による爆発。
これが、彼の星霊術行使。
『波』
絶対零度の物体以外は全て微細な熱運動をしており、分子が動いている。
空気も酸素、窒素、水すらも熱を持っている。路傍の石や、生き物もだ。
それらの運動を加速させる。
運動方程式の概念を超越した熱運動における運動エネルギーの乗法は、莫大なエネルギーを生み出すことに他ならない。
この『波』はありとあらゆる物質を加速させる力の強さは、ヒュドラ家当主、タリスマンによって証明されているほど強力な星霊術。
あらゆる物体を媒体とした死角のない星霊術の一つ。それが『波』であった。
が、何度も言うが燐はコレを何回も体験している。
対処法もバッチリだ。
地面をぬかるみ__つまり柔らかくして自身の体に掛かる負荷を地面に逃しながら、自身の盾を四枚重ねてドーム状にしてそれらを逃す。
爆発によって失われた酸素によって酸欠にならないように空気も取り入れて、ドーム状の盾を維持する。
空気が戻り、静かになった所で燐は盾を解いて言った。
「ここまで、だな」
その言葉をを聞いた彼はキッシングの居るであろう来賓席に対して手を振りながら言う。
「あーあ、負けたー!」
「流石二番手。私も危なかったぞ」
「全てを極めた武道家様が何をいってるんだ……」
「いや、今はアリス様の従者だ、それに極めるとか極めないとか、そんな話じゃない。目標はアリス様を御守りすることだ!」
「乙」
「軽いなッ!?」
そう軽口を叩き合いながらキッシングの居る来賓席に近付いていった。
ソレを見ていたキッシングは無表情だった。無表情だった!
彼と燐の戦いを見ていたキッシングが考えていたことは、キッシングしか知らない。