皆で小説を書こう配信 まとめ   作:二 貂理

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第十六回 赤えい

 昔々、あるところに。馬田鹿雄という漁師の一人息子がいた。

 代々漁師の家系に生まれた彼は、しかしよくあるような家業に反発することもなく。むしろ幼き頃からそのすべで働く家族を見てきたが故に、強い尊敬の念と、そこに産まれたことに対する誇りを持っておった。

 また同時に、何の根拠もなく。自分も漁師になるのだという確信を持っておった。

 

 さて、そんな鹿雄。家族の手伝いで一緒に漁に出ていた時のこと。彼らは、見覚えのない島にぶち当たった。

 

「オヤジ、いつもと違う経路だったのか?」

 

 鹿雄は父親に聞いた。そこに見覚えのない島がある以上、普段と違う道を辿ったと考えるのは自然な事だろう。

 

「いんや?いつも通りの経路で来たが……」

 

 しかし、そんなことはないと父親が否定する。その声はいつも通りの経路を辿ったという自信にあふれており、しかしその目はどこか自信なさげでもある。

 当然だろう。だって、島である。一晩で出来るようなものではない。

 

「けどあれ、どう見ても島じゃね?」

「島だな。蜃にでも会ったか……」

 

 と、父親はぼやいた。鹿雄もその名前は知っている。蜃気楼を見せるという、大蛤の妖怪。一説には神獣や霊獣とまで言われる伝承である。ありもしない島を見たのだ、海の男として、海の伝承を引っ張り出すこともあるだろう。

 

「どうする?」

「どうするもなにも、戻るしかねぇだろ」

 

 鹿雄が聞くと、父はあっさり答えた。得体の知れない物が目の前にある。そんな状況、とっとと引き返すのが吉である。

 

「それもそっか。あーあ、今日はボウズかぁ」

「ま、そんな日もあらぁな。罠の回収も、明日にしておこう」

「へーい」

 

 そう言って、来た方へ舵を切りなおす。船頭が180度向きを変え、そのまま進み始

める。

 と、鹿雄は何とはなしに振り返った。存在しないはずの島、そう言うと浪漫に溢れ

ているように感じる。実は何かお宝でもあるのだろうか、と他愛もない妄想を広げ、

 

「オヤジ、後ろ!」

「ああん?」

 

 唐突に呼ばれ、振り返る父親。鹿雄が指さす方を―――島を見て、一気に青ざめ、再び前を見る。

 

「オイオイオイオイ、そう言うことか!?」

「オヤジ、あれ島が動いて、」

「あぁそうだ、いや違うそうじゃない!」

「どっちだよ!?」

「動いてるのはそうだが、あれは島じゃない!急ぐぞ、落ちんなよ……!」

 

 速度を上げる。落とされないようしゃがみこんで、父親へ声を上げた。

 

「何か知ってんのかよ、アレ!」

「赤エイだ!」

「アカエイ!?そんなでかくなるのか、食いごたえがあるな!」

「バッカそうじゃねぇ!ありゃ妖怪だ!」

「ハァ!?」

 

 そんなもんいるか、と言いそうになり。しかし島が動いている以上強く出ることも出来ない。

 

「赤エイ!島と見間違うくらいでかい魚!近付いた船は沈められる!」

「なんだよその理不尽!」

「知るか!」

 

 妖怪に理屈を求めてはいけない。理不尽の塊こそが妖怪だといえるのだ。

 

「……って、うん?」

 

 さて、今更ながらこの物語の登場人物について。もっと絞れば、馬田鹿雄少年について。

 もしかすると読者諸兄の中にお気づきの方もいるかもしれないのだが、彼はまぁ、うん。馬鹿である。名は体を表す、とはよく言ったものだ。

 そして。そんなバカな少年が今何かを考えている。

 

「なぁ、オヤジ」

「あぁん?」

「あれ、魚なんだよな?」

「魚の妖怪な」

 

 ある程度距離をとり、安心したのだろう。ちょっと口調が落ち着いた父親が、冷静に返した。

 

「つまり、魚なんだよな?」

「あー、まぁ、魚だな」

「獲ろうぜ!」

 

 全力の拳が頭へ落とされた。

 

「イッテェ!」

「あ、ワリィ。我が子のバカさ加減に、つい手が出た」

 

 何ということだろう、この父親悪びれる気配がない。

 

「何でだよ、だってあれ魚なんだろ!?」

「魚だな、おおざっぱに言えば」

「獲ろうぜ!」

 

 頭にゲンコツが落とされた。

 

「ったく、オマエはホントにバカだな」

「なんでだよ、あんなでっかいの獲って帰ったら大金星だろ?」

 

 彼の頭の中では、

 大物を獲った⇒話題に!

 という超短絡した思考が走っていた。その理由で島サイズの魚に挑むのは、無謀という他ない。

 

「あのなぁ……」

 

 そして、そんな思考を読んだのだろう。流石父親、我が子の思考はちゃんと読んでいる。その上で、説得する一言を。

 

「あんなサイズのとって、どうやって持って帰る気だ」

「あっ……」

 

「あっ……」ではない。この親にしてこの子あり、だった。どうしようもなかった、この親子。

 

「確かにそうだな、オヤジ頭いいな」

 

 よくはない。島サイズの魚に挑むことを前提にしている時点で、いいはずがない。

 

「つーわけで、帰るぞ。万が一アレが襲ってきたらひとたまりもないからな」

「はーい」

 

 ここで襲われたらひとたまりもない、という発想になるあたり、まだ父親の方はマトモだったかもしれない。

 

 数年後

 

「赤えーい!どこだー!でてこーい!!」

 

 以降10度は赤えいと遭遇し、何度も死闘を繰り広げたが一度も白星を拾えていない、優秀なんだけど変人と有名な漁師が生まれるのだが、まぁそれは未来のお話。

 

 いつか、彼が赤えいを獲る日が来るのか。決着の時は、案外近いのかもしれな……

 

「みたいなお話を書いたんですけど赤えいさん、実際のところどうですか?」

「君は背中を爪楊枝でチクチクされて、倒される日が来ると思うの?」

「でもほら、かの有名な一寸法師は針で鬼を倒したわけですし!」

「アレ体内だし、スクナビコナ神でしょ?」

「あっはー、それもそうですねー!」

 

 まるで気にも留められていなかった。うーん、無念!

 

「ま、人間が島に勝てるわけないんですよねー!」

 


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