皆で小説を書こう配信 まとめ 作:二 貂理
レッドカード、と言われて何をイメージするだろうか。
多くの人はサッカーだと思う。試合中、販促行為を行った人に向け、審判が胸元のポケットから取り出すカード。
警告段階は黄色で、退場処分が赤……みたいなイメージがある。大体合ってると思う。合ってるよね?
あまり詳しくないから、間違ってても許して欲しい。
そこから転じてなのか、サッカーより昔のルーツがあるのか。そこまでは分からないけど、反則めいた行為全般に対して使われていたりもする。「レッドカードだろそれ!」みたいな。
まぁ、何はともあれ。そういう「反則だお前、出ていけ!」って提示されるのがレッドカード、って感じなわけだ。
で。なんだってこんなことを言い出したかというと、だ。
「レッドカードです、あなた」
「……はい?」
休日に訪れた喫茶店。
ケーキを食べながらのんびり過ごしていたら、なんか変な女にそんなことを言われたからである。
不審者かな?コイツ。
=〇=
「……えっと、なんですって?」
「だから、レッドカードです。あなた」
つい、口の目の前でフォークを止めて聞き返してしまった。が、どうやら耳がおかしくなったわけではなかったらしい。
ふむ、とその事実を咀嚼し。ついでにケーキも咀嚼してから紅茶を一口飲み、もう一度、ふむ。
「レッドカードですか」
「はい、レッドカードです」
うん、何回聞いても変わらない。この意味不明発言を現実として受け入れるしかないようだ。
えー、マジか。
「あ、相席構いませんか?」
「この流れで、相席」
「はい、席が空いてないようなので」
店内を見渡し、確かにと頷く。狭い店なのもあって、全席埋まった大盛況状態。美味しいからな、このお店。分かる。
「そういうことなら、どうぞ」
「ありがとうございます」
口だけではなくしっかり頭を下げ、目の前に座った。店員を捕まえ、サンドイッチとコーヒーを頼み。
「で、レッドカードです」
「うん、何を言ってるのかまるで分らない」
ようやく本音を返せた。
うん、意味が分からない。何を言ってるんだろう、コイツは。
「あ。もしかして、レッドカードの意味が知ってる物とは違うとか?」
「いわゆるルール違反に対する一発退場処分の事ですが」
「あ、はい。知ってるレッドカードその物でした」
「そうでしたか、それは何より」
何よりじゃないが。
「えっと、話を戻しましょう」
「戻るも何も、ずっと同じ話しかしてませんが」
「話を戻しましょう」
なんとなく。
なんとなく、テンポを持ってかれたく無かったので、無理矢理そういう事にする。
「えっと、何に対してレッドカードなのでしょうか」
「……?」
「いや、そんな何を言ってるんだろう、みたいな顔をされましても」
コテン、と首を傾げられた。
何なんだコイツ。日常生活の中でレッドカード出されることが当たり前にあるってか?
「えっと、ルール違反だから……あ、ケーキの食べ方マナー的なあれ?」
今の状況をベースに考えてみた。
というか、カードを差し出された時にしていた事なんてそれくらいである。となれば、その行為に問題があったのだろう。
「なんだっけ、先端のとがってる側から食べるだとか、フォークの腹に乗せないだとか、倒れる前に倒すだとか……」
「え、そんなマナーあるんですか。息苦しいですね、ケーキ」
「違うのかよ」
どうやら違ったようだ。
うーむ。むむむむむ。
「すみません、何に対するレッドカードか分かりません」
うん、分からん。
分からん時はギブアップしてしまうのがいいだろう。うん、だって悩んだところで答えなんて出てこないんだから。
「そうですか、分かりませんか」
「はい、まるで心当たりがなくて」
「なんと、まるで心当たりがない」
「おっとそんなにか」
目を真ん丸に見開くくらい驚かれてしまった。なんと、そんなにか。
「まぁ、まだ何もしてませんからね」
「オイ、なんだったんだこれまでの会話は」
ちゃぶ台をひっくり返された。
いや、マジでなんなんだコイツ。
「強いて言うなら、あれですよあれ」
「あれ?」
「存在がレッドカード、みたいな」
「誰が存在することすら禁止事項だ」
酷い表現が続きすぎである。
「違いますって、存在することがレッドカードだなんて、そんな」
「いや、しっかりそう言っただろ、オマエ」
「言ってませんよ。私が言ったのは、存在がレッドカード、です」
「……あ、より一層悪い方なのね」
なるほど。
存在していることが、ではなく。存在そのものが、と。なるほどなるほど。
「俺、そんなに言われるほどの事したかなぁ」
「してませんよ?だって」
「存在そのものがレッドカードだから、って?何かするしないに関わらずってか」
「ご理解いただけましたか」
「言ってることの理解はな」
だからと言って何がどう、とはならないが。何なら印象は最悪になったまであるが。
「まぁ、一旦いいとしよう」
「お、受け入れましたか。存在がレッドカードだと」
「受け入れちゃいねぇよ?」
受け入れるわけなくないか?
「受け入れちゃいないが、だ。仮に存在がレッドカードだったとして。審判であるあなたは、俺をどこから退場させるおつもりで?」
一発退場処分のレッドカードを掲げるのだ。どうするつもりなのかくらい、聞いてもいいだろう。
「そうですね。一先ずは、別の場所にご案内出来たらな、と」
「ほう、どこかおすすめの場所があると」
「はい、とってもおすすめですよ。本来あなたがいるべき場所ですから、居心地もいいはずです」
と。届いたサンドイッチを食べながら、かばんを漁りだす。行儀悪く見えるが、まぁサンドイッチって何かしながら食べる目的だった気がするし。良いのか。
「あったあった。はい、こちらを」
「うん?」
渡されたのは、名刺大の紙。
あまりにも真っ赤なことが特徴な、紙……カードである。
「わざわざこんなもんまで仕込んでたのか……」
「あ、すみません向き間違えました。裏側を見て頂けると」
絶対わざとだろ、と喉元まで出かかっていたが飲み込み。手首を返して裏側を見る。
そこには、何やら住所らしきものが載っていた。
「ここは?」
「おや、分かりませんか」
「住所だけ見て分かる程、地理得意じゃなかったもんで」
「本当に、もう分からないんですか?」
じ、っと。
感情の読めない目が、こちらを見てくる。
負けたような気がして癪だけど。もう一度、そこに記された住所を見る。でも、別に見覚えなんて……
「……あれ?」
「如何ですか?」
「いや、知らない。絶対知らないんだけど……知らないはずなのに、なんか気になるっていうか」
「おや、それは僥倖」
と。
ちょっとだけ和らいだ目つきで返された。なんか調子狂うな。
「それなら、まだ間に合います。どうぞそちらに伺ってください」
「いや、そちらに伺ってって。住所だけみて場所が分かるわけ」
「分かりますよ。お店を出て、住所を思い浮かべながら歩いてください。必ずたどり着けます」
そんなわけないだろ、と言いたくなった。
なったのに。あまりにも自信ありげな口調に、つい調子を崩されて。俺は、席を立ってしまう。
「あれ、伝票」
テーブルの上を探しても、あるはずの物が見つからない。
困ったな、無銭飲食になっちまう。最悪店員に言えばなくても会計してくれるだろうけど……
「これは」
と。いつの間にか持っていた伝票をひらひら揺らし、
「私が貰っておきますよ」
「や、貰っておくって。それ伝票」
「こんな電波女に付き合わせたんです。迷惑料だとでも思っておいてください」
自分で言うな、とか。
自覚があるなら直せ、とか。
そんな事が頭をよぎったが、まぁ、うん。なんでか、口にする気はなくなった。
それよりも、この住所が気になる。どんどん自分の中で、ここに帰りたいという衝動が増していく。
「じゃあ、迷惑料として貰っとく」
「はい、それでは。もう会わない事を祈っていますよ」
「それは、迷惑かけられた俺のセリフだ」
そう残して、店を出た。
さて、行く先は……
「右、だな」
何故かは分からないが。
確信を……何の疑いもなく、自然とそう感じる。そっちにしばらく歩けば、いいはずダ。
=〇=
「うーむ、ギリギリセーフ。さすが私」
指に挟んでいたサンドイッチとコーヒーの代金が書かれた伝票を置き、代わりにカップを手に取る。一口飲み、ほっと一息。
住所を見て、何か思い出せるなら。まだ、ギリギリ間に合うだろう。強制退場させなくても、自主退場してくれるはず。
「大丈夫でしたか?」
「あ、マスター。うん、たぶんね」
依頼主から声をかけられた。老店主はごく自然な手つきで伝票を取り、ポケットにしまう。奢ってくれるのかな、ラッキー。
「『何も見えないのに何かいる気がする』、なんて言われた時は正直ボケたかと思ったけどね」
「奇遇ですね、私も自分がボケたかと思いましたよ」
まぁ、何もいないのに何かいる気がする、だなんていかれた発想だもんなぁ。うんうん、正常な判断である。
「ちなみに」
「うん?」
「どんな方でしたか?」
「知ってどうするの?」
「ここにいたくらいですし、常連さんなのかな、と」
ふーむ、なるほど。それは道理かもしれない。
「残念だけど、見た目はわかんない。もうだいぶ人の形失ってたし」
「そう、ですか……」
「うん。ただ、食べてるつもりだったのはチョコ系のケーキと紅茶のストレートだったよ。とがってない側から食べてた」
そこまで言うと、合点がいった様子で頷いた。
「常連さんだった?」
「はい。お仕事が休みの日に来て、その組み合わせを召し上がる方でした。最近、いらっしゃらないとは思ってましたが」
ま、うん。そら、死人は喫茶店にこれないよね。当然当然。
家に帰って、全部自覚して。無事この世から自主退場してくれますように。