皆で小説を書こう配信 まとめ 作:二 貂理
月というモノは、存外伝承が多い。
日本の有名どころで言えば、カグヤヒメや月の兎なんかがそう。ちょっとベクトルを変えると、満月の日は出産が多いなんて話もあるらしい。
もっと話を変えれば…そう、狼男の伝承だってそうだ。アイツらは、満月の夜に半人半狼の怪物へと変身する。
果たして、それはなぜなのか。
もちろん、月に不思議な魅力があるのは事実だ。太陽と違い、明るくとも見られないほどではなく。かと言って、暗闇が消えてなくなる程のものではない。
闇が闇として残りながら生じる光。
暖かさという恵みを与える太陽とは異なるその在り方が死を連想させたとしても、まぁ、うん。個人的には、違和感はない。
感覚というのは、理屈より上にある物だ。
とまぁ、うん。だから、そう。
「この街の伝承ですか?そうですねぇ…満月の夜には出歩いてはならない、とかはありますよ」
そんな伝承があった、という事についても。そこまで、大きな違和感は感じなかった。
今がまさに、その満月の夜でなければ、だが。
=〇=
「…えっと」
「はい」
「満月の夜に出歩いてはいけない、ですか?」
「そうですね。そんな伝承であれば、この辺りにあったはずですよ」
煌々と輝く満月の夜。
宿の部屋から外を眺めた際、月が目に入り。部屋でじっとしているなんて勿体ない、と散歩に繰り出した後の事。
つい気が大きくなって、偶然出会った女性にナンパまがいな事をしてみての会話が、これであった。
つい反射的に、空を見上げてしまう。
そこにはやはり、散歩に繰り出した理由である満月が輝いていた。
「えっと、あれ」
「はい、満月ですね」
「いいんですか?」
「伝承とか言い伝えとか…そういうの、気にするような時代でもないですし」
うん、ごもっともである。
「いくら田舎って言っても、今時はもうさすがに」
「デスヨネー」
ワンチャン今でも残ってないかなぁ、なんて思ったのだけど。そんなことはないらしい。
そうだよな。田舎の宿であっても、Wi-Fi完備なくらいだもんな。そらもう、そんな伝承残ってないか。
「なんなら、私が子供だった頃にはもう言われなくなってた気がしますし」
「へぇ……そう感じるような何かがあったんですか?」
「はい。こう、思い返すと明らかに言われなくなってきた……この辺りの誰も気にしなくなってきた時期があったなぁ、と」
ふむ。
つまるところ、伝承が失われる瞬間とでもいうか。そんな瞬間があった、と。
「その頃、何かあったりしたんですか?」
「んー、どうだろ。街灯がたったり、舗装されたり、みたいな。ここら一帯の大改造!って感じで、当時は楽しかったような覚えがこう、うっすらと」
ふむ。大改造。
「だからって、そんなことでやれ『狼に襲われる』だの『神隠しに遭う』だの、物騒なお話が消えるのも違和感なんですけどね」
「あ、そういうお話しだったんですね」
「はい。話す人によって敵役は違ったんですけど、大体そういう方向でした。呪いとか、そんな話は聞いたこともないですね」
なんでなんでしょ?と。
よそ者に分かるはずもない事を聞きながら、缶ビールを傾ける。
よければ、と買って渡した物なのだが。もうすでに缶ビール1本の代金分くらいは楽しませてもらってるので、ヨシとしよう。
「あ、でももしかして」
「はい?」
「狼に襲われる、の方はこれからだったり?」
一気に缶ビールを奢ったことに対する後悔の念が襲い掛かってきた。
素面でこれなのか酔ってこれなのか。はてさて……
「まぁ、それは投げ捨てといて」
「女性に対してある意味失礼じゃないです?」
「その辺に埋めといて」
「変わりませんよ。芽はでないんですから」
流させてくれ、頼むから。
あっ、でも。
「呪いとかじゃない、直接的な命の危機的方面だった、とするならですが」
「はいはい?」
「ただの不審者対策だったのかもですね、その伝承」
そもそもの話として、夜に出歩くなという点と。
昔であれば、満月の夜の方が視界がある分、悪だくみをする人がいたのかもしれない、なんて。
そんな発想が、ぼんやりとわいてきた。
「あー、なるほどなるほど」
「まぁそう思うと、さっきの狼って表現が真実味を帯びちゃって凄く嫌なんですけども」
「やっぱり、伝承に言い伝えられていた狼さんだったんですか?」
「違います。違いますから」
両手を上げ、安全アピール。
無害無害、狼とかじゃありませんよ。
「でも、そう思うとしっくりきますね」
「ですね。街灯が出来てきて…っていうのも、そういう防犯面が整い出したから、って捉えられますし」
「あとあれ、海外の狼男の伝承とかも!」
「話が一気に飛びましたね」
かなりとんだ気がする。というか、飛びすぎな気がする。
そして、うん。
「や、あれは罪人に狼のコスプレさせて月あかりの下遠吠えさせる罰があった、とかなんとか」
「何その意味わからない羞恥プレイ」
ホントに。
その後どう追放されたりしたのか、によってはマジで意味の分からない刑罰が過ぎる。
「えー、もうちょっと不審者説なのないの?」
「推したがるね、不審者説」
「だってこう、なんかしっくりくるし」
そんなことで疑われる不審者さんが可哀想である。
「んー……狂犬病にかかった動物とかが、満月の明かりでも刺激が強すぎて、より噛みつきやすくなって……みたいな話は一時期言われてたみたい」
ただ、別に月例と狂犬病は関係ないんじゃないか、みたいな話も出ているので。コレはホントによく分からない方の話。
「ふ~む、なるほど……ちょっと違うかな」
「なぜそうも人間の不審者を生み出したがるのか」
新たに缶を開け、口へ運びながらそうこぼす。
まったくもって分からない、一体何が
「だって、その理由なら。いつまで経っても、少しは伝承が残りそうじゃない?」
「……まぁ、それは、うん」
伝承として、とは少し違う気もするが。
少なくとも、子供に対する躾として、というか。言い聞かせるにあたって、残りそうな気がする。
「そしたら私、まだまだこの世界にいられそうだし」
「……あん?」
と。
何を言ってるのか理解できず、隣を見る。
そこにいたはずの女性は、いなくなっていた。
「……え?」
ゾッとした。
理解できない状況に遭遇して、あまりにもゾッとした。
寝てしまっていたのだろうかと時計を見ても、そんな様子はない。じゃあ幻覚でも見ていたのかとも思ったが、飲み干されたビールの缶が明らかに多い。
ついでに。
財布の中身が、こう。困りすぎる程じゃないんだけど、ちょっと困るなぁ、ってくらいの塩梅で、減っていた。
……あー、うん。なるほど。
満月の夜に出歩くと、出会う謎の存在。しっかり実害があるから「出歩くな」ってなってたわけね。
んで、伝承が消えてきてた理由は……あの女が言ってた通りの理由、なんだろうなぁ。