皆で小説を書こう配信 まとめ 作:二 貂理
「お客さん、注文は何になさいますか?」
「そうですね……」
居酒屋に入り、席について。
温かいおしぼりで手をぬぐいながら、考える。
何せ、今日は寒い。あまりにも寒い。帰り際凍えるかと思ったくらいには、寒いのだ。
これだけ寒い日は、何かこう、体の中から温まるような。それこそ熱燗におでんの組み合わせみたいなものを頼むのがベターなんじゃないか、と。そこまで考えて。
「とりあえず生と、唐揚げをひとつ」
「はい、生と唐揚げですね。少々お待ち下さい」
結局、キンキンに冷えたお酒を頼んでしまう。
まぁ、うん。こればっかりはもう習性みたいなものだから仕方ない。居酒屋に入ったら、一先ず生を頼むのだ。頼んでしまうのだ。
「にしても、こんなところに居酒屋があったなんてなぁ」
ふと。
一息ついた安心感からから、そんな言葉がもれる。
この辺りにはたまにくるし、なんなら居酒屋は一通り散策したつもりだったのだけれども。まだまだ散策が甘かった、ということだろうか。
「いやぁ、ウチがそう高頻度にお店開いてないからじゃないですかね」
と。
そんなことを言いながら、生をもってきた。聞かれていたとは、ちょっと恥ずかしい。
「そうなんですか?」
「はい。材料が調達できた時にだけ、趣味で開いてるようなお店ですから。普段は全然営業してないんですよ」
「じゃあ、ラッキーだったんですね」
「はい、今日はいい材料が調達出来ましたから。更にラッキーだと思いますよ!」
と。生にお通しを置いて戻っていく。
言われてみれば、客なんて自分くらいしかいない。不定期に開くせいでお客さんが定着しないのか、あると思われてないから人が寄り付かないのか……
そんな中でも調理を担当している大将に給仕を担当している女性に、と店員が二人もいるのは。なるほど確かに、趣味の範疇なのだろう。
と、お通しあるあるのなんなのかよく分からない物をつまみ、酒を飲む。
こういうお通しって、大概よく分からない物でも酒がすすむんだよな。やっぱり味付けなんだろうか……酒がすすむ濃い味付け。
毎日食ってたら体壊しそうだな、うん。とはいえ、今日は酒を飲むと決めたので気にしないことにする。
「おまたせしました、唐揚げになります」
「おっ、待ってました」
と。
ちみちみやっていたら、本命が到着した。揚げたて特有の、油が弾ける音がする。きっとこのまま口に放り込んだら、口の中をやけどするだろう。
そう分かっているのに、放り込みたい衝動を止められない。
「お好みでこちらの瓶もかけてください。酸味が加わってさっぱり食べられます」
「はい、了解しました。あ、生お代わりで」
承りました、と言いながら戻っていく。まだ残ってるけど、どうせ一瞬でなくなるんだ。もう頼んでしまっていいだろう。
「うっま」
と。
とりあえず一口、何もかけずに食べてみた感想がこれである。うまい。
揚げ物特有のガツンとくるパワーはあるのに、中のお肉はあっさりしているように感じる。けど味がないわけじゃなくて……
なんだろう。食べたことない唐揚げだ。
「……不思議なんだけど、美味いからいいか」
結構不思議な感じを抱いたのだけど、まぁ、うん。酒飲んでるし、あんまり気にしないことにしよう。
そう決めて唐揚げをもう一つつまむ。うん、美味い。
「あ、そうだ。瓶の中身」
と。
このままだと勢いで一気に食べてしまいそうだったのだが、ふと思い出した。
瓶の中身をかけると酸味がどうこうって……唐揚げに酸味って言ったら、あれだろうか。レモン?
「けど、唐揚げのレモンって瓶で出てくるっけ?」
こう、輪切り状態というか、半月状態というか。そういう状態で出てくるものじゃなかったっけ、レモンって。
「……まぁ、これはこれで手が汚れずにすむし、いいのか」
なんとなく。
「いい材料が調達出来た」なんていう居酒屋でそんなことがあるだろうか、とも思ったのだけど。
それはそれ、絞るよりも手は汚れないし、加減もしやすいのかもしれない。
そう思い、一つに軽く垂らして、食べる。
「……思った以上に酸味が効いてる」
元々想定していた以上に、酸味が強い。そのくせレモン汁特有の香りはないから、ちょっと不思議な体験になっている。
何だろうこれ、けどマズくはない。なんなら旨い。不思議な体験ってだけなんだよな、うん。
ふーむ、どうやってこんなレモン汁を。
「あー、もしかしてそれで瓶なのか?」
と。
レモン汁に何か特殊なことをしたのだろう、という発想からたどり着く。
なるほど、だとしたらレモンそのままで出すことは出来ない。あらかじめ調理したレモン汁を出すがために、瓶で出てくるのか。
そう納得しながら、先ほどよりも多めにレモン汁をかけて食べる。
酸味が効きすぎていて盛大に咽た。おお慌てでビールを流し込む。
「……び、っくりしたぁ」
「大丈夫ですか、お客様?」
「あ、はい。大丈夫です」
心配されてしまった。
まぁ、客俺しかいないし。そいつがこんなにも咽てたら、そら心配になるよな。
「いや、唐揚げもこの瓶の中身もおいしかったものですから。ついかけすぎてしまって」
「あー、確かに美味しいですよね、それ。かなり酸味強めなんで、量は調整しないとですけど」
「うん、それを実感しました」
我儘なんだろうけど、それを先に言ってほしかったなぁ、なんて。
「あ、唐揚げもう一皿ください」
「唐揚げをお代わりですね?」
「はい。せっかくなので、この瓶の中身を全体に……と思いまして」
なーに、一人飲みなんだ。
レモンをかけるかけないだなんてことで悩むこともない。
「それと、他にもこれが合う料理があればそれも」
「んー、それが合う……ちょっと相談してきてもいいですか?」
「はい、なんなら是非に」
こんなおいしい物を出してくる大将だ、聞いてきてくれた方がいいまである。
ここから何が出てくるのやら。
食べ物も、酒も。楽しみになってきた。
=〇=
「ありがとうございました、また機会があったらお越しください」
本日唯一のお客様を見送る。
時間も時間だし、これ以上来ることはないだろう。
「どう、材料使い切れそう?」
「なんとか。なんなら、瓶の方はほぼなくなったくらい」
「まぁ、瓶の方はそんなに量取れるものじゃないしね」
と。
そんなことを言いつつ、厨房へ入る。
「ツムギアリって、まだ残ってたっけ?」
「いや、もう全部使い切ってる。この半端な残り分は、今日の賄にしちまおう」
「お、ラッキ~」
お客さんが目の前でバクバク食べるもんだから、もう口が完全にそれを求めている。
「ウシガエルの方はまだ残ってるよね?」
「残っちゃいるけど、そう日持ちさせられないし、今日の賄かな」
「おっ、やり~。ねぇ、他には?」
「あー、まぁなんかあるだろ」
「大将、仮にも料理人なんだからもうちょっと具体性だそ?」
ため息をつきながら席につく。
ウシガエルの肉をメインに、ツムギアリから抽出した酸味のソース。あとは何が出てくるんだろうか……
「あ、そういえば」
「うん?どしたの大将?」
「今日お出しした物って、材料何なのか伝えたんだっけ?」
「……」
しまった。
あまりにも美味しそうに食べるモンだから、伝えるタイミングを忘れてた。
「言われてみれば、伝えてないね」
「あー……まぁ、あれだけバクバク食ってたわけだし。大丈夫だろ」
まぁ、それに、だ。
あれだけバクバク食った人に後だしで今食べたのカエルだよ、調味料はアリね」
なんていう方が、問題だとおもうのだ。
うんうん、知らなくていい事ってあるよね。