皆で小説を書こう配信 まとめ 作:二 貂理
「いやぁ、美味いなこれ。お前のも貰うな」
そう言って、横から伸びた手が私の前に置かれた皿を取っていく。
これは何だろう、と見る間もなく。一瞬で。唖然としながら隣を見ると、一息に口にかっ込む旦那の姿が。
旨い旨い、等と言っているが間違いなく味わっていない。なんなら、味が分かる前に飲み込むくらいの勢いだ。
「……お次の料理は、こちらになります」
そんな旦那の姿を冷ややかな目で見ながら、仲居さんが次の料理を出してくれる。
私と旦那の前に、一皿ずつ。
「わぁ、鯛ですか?」
「はい、今日はいい鯛が入りましたので、煮付けにして……みたのですが」
仲居さんが、こめかみをピクピクさせながら困惑している。
いやまぁ、それはそうだろう。「はい」の辺りで自分の分を口に詰め込み、そのまま流れるように私の皿からの食いつくしたのだから。
「あの……」
「あぁ、お気になさらないでください」
何も食べれていない私を問題視したのだろう。仲居さんが旦那に話しかけようとするが、静止する。
普段全然食べない旦那が。
外食をすれば、旦那が0.5人前、私が2.5~4.5人前食べるような夫婦生活を送ってきた旦那が。
家で食事をとっていても、「せっかく作ってくれたのに、あまり食べられず申し訳ない……」と、40年たった今でも顔にでかでか書いている旦那が。
確実に無理をして、苦しそうな顔をしながら、口と胃に食べ物を詰め込んでいる光景は。
中々どうして、見ごたえしかなかった。
「そうですか……」
まぁ、そんな心情なんて知りもしない仲居さんは、釈然としない目で私達を見ているけれど。
=〇=
「こちら、牛のステーキになります」
明らかに盛られている量が1人前じゃない、という露骨な手段で私に料理を食べさせようとしてくる、仲居。
「おー、こりゃ年寄りにも食べやすい。いい肉を使ってるなぁ」
そんな仲居の思惑なんぞ知ったことか、とばかりに真っ青な顔で6人前はあったステーキを次々に口へ押し込む、旦那。
途中食べづらそうにしたと思ったら私のグラスまで強奪し、お茶を飲み干して再び肉に挑む。
苦しそうにしながらも一切ペースを落とさず、肉の一欠けら、ソースの一滴も残さず食いつくした。
「……では、最後になりますが。本日のデザートになります」
そう言って差し出されたのは、赤々とした菓子だった。
「柘榴をふんだんに使ったゼリーになります。奥方様、せめてこちらだけでも」
お食べになられてください、とでも続いたのだろうか。
しかし、その言葉は。仲居の手から直接皿を奪い取り、2皿分丸々自分の口へ流し込んだ旦那の奇行によって、封じられた。
「うん、美味いな」
青を通り越して紫になった顔で、そう強がる旦那。普段の何十倍は詰め込んだだろうから、とっくに限界なんて超えている。味が分かるはずもない。
それでも、強がってみせる。たぶん、意地なのだろう。
「まったくもう」
だから。
そこには触れずに、意地の悪い質問をしてあげることにした。
「私の料理は全然食べないのに。ヨモツヘグイはそんなに美味しかったんですか?」
仲居が、気付いていたのか、という表情を浮かべた。
おあいにく様、ここに来る直前のことはしっかりと覚えている。
「正直、味はいまいちだった」
そして、旦那も似たような表情と、どこかこっぱずかしそうな顔をして。
そんな、料理を作った人の心をへし折る発言をしてみせた。
「あら、そうなんです?」
「一口でも食べればいいから、見た目以外はどうでもいいんだろう。何度君の料理を食べたくなったことか」
なるほど。
そう言われてみれば確かに、ヨモツヘグイに味なんてどうでもいいのかもしれない。
「だったら、食べに帰りましょうよ」
「今はもう、これ以上はいらないよ。来年のお盆には帰るから、その時に」
その言葉に、これから起こることを実感させられてしまい。誤魔化すように、泣き笑いを上げてしまう。
つられる様に、旦那も笑い声をあげ。
「うっぷ」
決壊した。
普段の何倍、いや十何倍詰め込んだかも分からない胃袋は、そのちょっとの衝撃にも耐えられなかったらしい。
その細身の体のどこに入っていたんだ、と聞きたくなる量が。
無理して詰め込んだせいか、ろくに消化されていない。原形を保った状態で。
蛇口をひねったかのように、延々と流れ出た。
=〇=
目を覚ます。
知らない、真っ白な天井。首を動かしてみれば、腕に天敵が刺さっている。なるほどつまり、病院だろう。
さらに首を動かしてみる。視界に、旦那が入った。
じっと見つめていると、旦那も目を開き。ゆっくり、こちらを見て。
「実は、な」
私が起きているのを確認して、口を開いた。
「ヨモツヘグイ、独特な味で、美味しくはあったんだ」
そんな、はたから聞けば脳の検査が始まりそうなことを。
私達にしてみれば、ついさっきの出来事の振り返りを。
「あら……だったら、私も食べておけばよかった。吐き出せばセーフなんでしょう?」
「やめとけやめとけ。そんな食い意地張ってちゃ、吐き出す前に消化しちまう」
二人そろって吹き出し、声を上げて笑う。病院だから、遠慮がちに。それでも、感情だけは一切遠慮せず。
「じゃあ、次は邪魔しないでね?」
「事故でもなけりゃ、一緒に食うさ」