皆で小説を書こう配信 まとめ   作:二 貂理

80 / 80
第七十九回 結婚

「いやぁ、美味いなこれ。お前のも貰うな」

 

 そう言って、横から伸びた手が私の前に置かれた皿を取っていく。

 これは何だろう、と見る間もなく。一瞬で。唖然としながら隣を見ると、一息に口にかっ込む旦那の姿が。

 旨い旨い、等と言っているが間違いなく味わっていない。なんなら、味が分かる前に飲み込むくらいの勢いだ。

 

「……お次の料理は、こちらになります」

 

 そんな旦那の姿を冷ややかな目で見ながら、仲居さんが次の料理を出してくれる。

 私と旦那の前に、一皿ずつ。

 

「わぁ、鯛ですか?」

「はい、今日はいい鯛が入りましたので、煮付けにして……みたのですが」

 

 仲居さんが、こめかみをピクピクさせながら困惑している。

 いやまぁ、それはそうだろう。「はい」の辺りで自分の分を口に詰め込み、そのまま流れるように私の皿からの食いつくしたのだから。

 

「あの……」

「あぁ、お気になさらないでください」

 

 何も食べれていない私を問題視したのだろう。仲居さんが旦那に話しかけようとするが、静止する。

 

 普段全然食べない旦那が。

 外食をすれば、旦那が0.5人前、私が2.5~4.5人前食べるような夫婦生活を送ってきた旦那が。

 家で食事をとっていても、「せっかく作ってくれたのに、あまり食べられず申し訳ない……」と、40年たった今でも顔にでかでか書いている旦那が。

 確実に無理をして、苦しそうな顔をしながら、口と胃に食べ物を詰め込んでいる光景は。

 中々どうして、見ごたえしかなかった。

 

「そうですか……」

 

 まぁ、そんな心情なんて知りもしない仲居さんは、釈然としない目で私達を見ているけれど。

 

 

 =〇=

 

 

 

「こちら、牛のステーキになります」

 

 明らかに盛られている量が1人前じゃない、という露骨な手段で私に料理を食べさせようとしてくる、仲居。

 

「おー、こりゃ年寄りにも食べやすい。いい肉を使ってるなぁ」

 

 そんな仲居の思惑なんぞ知ったことか、とばかりに真っ青な顔で6人前はあったステーキを次々に口へ押し込む、旦那。

 途中食べづらそうにしたと思ったら私のグラスまで強奪し、お茶を飲み干して再び肉に挑む。

 苦しそうにしながらも一切ペースを落とさず、肉の一欠けら、ソースの一滴も残さず食いつくした。

 

「……では、最後になりますが。本日のデザートになります」

 

 そう言って差し出されたのは、赤々とした菓子だった。

 

「柘榴をふんだんに使ったゼリーになります。奥方様、せめてこちらだけでも」

 

 お食べになられてください、とでも続いたのだろうか。

 しかし、その言葉は。仲居の手から直接皿を奪い取り、2皿分丸々自分の口へ流し込んだ旦那の奇行によって、封じられた。

 

「うん、美味いな」

 

 青を通り越して紫になった顔で、そう強がる旦那。普段の何十倍は詰め込んだだろうから、とっくに限界なんて超えている。味が分かるはずもない。

 それでも、強がってみせる。たぶん、意地なのだろう。

 

「まったくもう」

 

 だから。

 そこには触れずに、意地の悪い質問をしてあげることにした。

 

「私の料理は全然食べないのに。ヨモツヘグイはそんなに美味しかったんですか?」

 

 仲居が、気付いていたのか、という表情を浮かべた。

 おあいにく様、ここに来る直前のことはしっかりと覚えている。

 

「正直、味はいまいちだった」

 

 そして、旦那も似たような表情と、どこかこっぱずかしそうな顔をして。

 そんな、料理を作った人の心をへし折る発言をしてみせた。

 

「あら、そうなんです?」

「一口でも食べればいいから、見た目以外はどうでもいいんだろう。何度君の料理を食べたくなったことか」

 

 なるほど。

 そう言われてみれば確かに、ヨモツヘグイに味なんてどうでもいいのかもしれない。

 

「だったら、食べに帰りましょうよ」

「今はもう、これ以上はいらないよ。来年のお盆には帰るから、その時に」

 

 その言葉に、これから起こることを実感させられてしまい。誤魔化すように、泣き笑いを上げてしまう。

 つられる様に、旦那も笑い声をあげ。

 

「うっぷ」

 

 決壊した。

 普段の何倍、いや十何倍詰め込んだかも分からない胃袋は、そのちょっとの衝撃にも耐えられなかったらしい。

 

 その細身の体のどこに入っていたんだ、と聞きたくなる量が。

 無理して詰め込んだせいか、ろくに消化されていない。原形を保った状態で。

 蛇口をひねったかのように、延々と流れ出た。

 

 

 

 =〇=

 

 

 

 目を覚ます。

 知らない、真っ白な天井。首を動かしてみれば、腕に天敵が刺さっている。なるほどつまり、病院だろう。

 

 さらに首を動かしてみる。視界に、旦那が入った。

 じっと見つめていると、旦那も目を開き。ゆっくり、こちらを見て。

 

「実は、な」

 

 私が起きているのを確認して、口を開いた。

 

「ヨモツヘグイ、独特な味で、美味しくはあったんだ」

 

 そんな、はたから聞けば脳の検査が始まりそうなことを。

 私達にしてみれば、ついさっきの出来事の振り返りを。

 

「あら……だったら、私も食べておけばよかった。吐き出せばセーフなんでしょう?」

「やめとけやめとけ。そんな食い意地張ってちゃ、吐き出す前に消化しちまう」

 

 二人そろって吹き出し、声を上げて笑う。病院だから、遠慮がちに。それでも、感情だけは一切遠慮せず。

 

「じゃあ、次は邪魔しないでね?」

「事故でもなけりゃ、一緒に食うさ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。