矛盾だらけのフェルミ・ハート   作:外清内ダク

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01.孤独惑星、17歳

 

 

 物心ついたときには既にひとりぼっちだったから、孤独という概念自体、私には縁遠いものであるはずだった。自然の観察と論理的思考なんてのが、そもそも問題の始まりだったのだ。

 私はこの星で生まれた。私以外には砂とクレーターしかない、この世界で。

 どうして私が生まれたのか、なぜここにいるのか、そのメカニズムや由来について考え耽った時期もある。というか今こうして操っている言語の大半は、その思考の補助とするべく考案したものだ。しかし幼少期から多大な時間と労力を費やしたわりに成果はほとんど得られなかった。私の存在――仕組み、謎。来歴、謎。理由だってもちろん謎――もしも理由があるのなら。

 いつしか私はこの案件を“保留”BOXに放り込んで忘れてしまい、代わりに別の、もっとたやすく達成感を得られるテーマにのめり込んでいった。

 そう。それが観察と思考。分かってる。底なしの流砂に首まで飲み込まれてしまったんだ、ってことは。

 その日の朝も、いつものベッドで目を覚ますなり、私は大急ぎにパジャマを脱いだ。パリパリにアイロンをかけた清潔なブラウスに袖を通し、紺の生地にエンジ色のチェックが入ったスカートをはき、わずかに明るく染めたセミロングの髪にブラシを入れる。赤いタイをまっすぐに締め、色付きリップを丹念に塗り、姿見に向かって笑顔の練習。

 うん、かわいい!

 そのまま私は家のドアを蹴っ飛ばすようにして飛び出した。

 空は色とりどりの星々煌めく漆黒。下は一面に広がる灰白色レゴリスの荒野。柔らかな堆積物の上に自分でつけた千億往復分もの靴跡を辿り、私は軽快に駆けて行く。肩に担いだ大きなダンボールの筒は、苦労して作った凹面鏡式望遠鏡。背中のランドセルには観測記録用のタブレット。ブラウスの胸ポケットにはミント味ラムネのプラスティック・ケース。駆け足一歩ごとにシャカシャカ楽しい天体観測の必需品だ。

 私は荒野を走り抜け、“うさちゃんクレーター”の外縁をぐるりと回り込み、向こう側の巨岩の上まで一息に駆けのぼった。私はこの岩を“ことり岩”と名付けた。このあたりでは一番標高が高いし、固い岩盤のおかげで望遠鏡もぐらつかないし、うってつけの観測スポットなのだ。

 荷物を下ろし、手早く望遠鏡を設置し、はやる気持ちを抑えながら覗き込む。いったん望遠鏡から目を離し、遠方を眺めて方角チェック。“にゃんこ山脈”がここ、“こにゃんこ岳”がここ、“おおにゃんこ山”の山頂がこの角度。だから確かに望遠鏡の向きは真南で間違いない。

 私は記録をつけるのも忘れ、ドキドキしながらもう一度望遠鏡を覗いた。溜息が出る。星の輝きを見つめたまま、手探りでミントのラムネを口に放り込む。

 うっかり7粒もいっぺんに食べてしまってたらしく、ガリッと噛んだら口の中がメチャクチャ死ぬほど爽やかになった。

「やっぱりだ、間違いない」

 ミントのヒリヒリさえ敵わないほどに、この発見は刺激的。

「あの星は他人と交信してる。

 ()()()()宇宙(ここ)には居るんだ」

 

 

 来訪者の存在に気付いたのは、つい先週のことだ。いつものように万有引力仮説の証明のために惑星の公転軌道を観測しようとしていたら、“惑星わんわん”の0.03ラジアン隣に見慣れない薄暗い星を発見した。天体観測は13歳の頃から4年間、ほとんど毎日休まずやってきた。この空に見える星のことは隅から隅まで知り尽くしてる。今さら未知の星が見つかるなんてことがある?

 無論、単純な見落としの可能性だってなくはないけど。

 これまでそこになかった星が新たに出現した、と考えるほうがいくらか現実的だ。

 私は夢中になって新天体を観測した。星図に書き加え、数時間おきに位置を測定した。その運行が明らかに恒星の軌道からずれていることに、その日のうちに気付いた。惑星だ! あの星はうちの太陽系内にいるんだ!

 いや、「いる」んじゃない。うちの太陽系に「来た」んだ。どこか他の恒星系から、恒星間の途方もない暗闇を何十年もかけて横切って!

 私は数日にわたって観測と記録を繰り返した。その中で奇妙なことに気付いた。基本的には岩石惑星のように思えるのだが、時々発光しているように見えるのだ。時々? そんな馬鹿な。星は光るか光らないかだ。もしも光が付いたり消えたりするとしたら、それは――?

 ぞっとするような閃き。表現しようもないときめき。分かってもらえるだろうか。

 しかしそれ以上詳しい観測は不可能だった。新天体の光が弱すぎる上に距離が遠すぎて、それまで使っていたレンズ式望遠鏡ではぼやけた像しか得られなかった。そこで私は大急ぎで家に駆け戻り、より鮮明な像が得られる新型望遠鏡を開発して、再び“ことり岩”に戻ってきたというわけなのだ。

 新しい望遠鏡は期待以上のものを私にもたらしてくれた。この新天体は一個の岩石惑星ではない。円盤状に回転する無数の小惑星の系だ。よく見ると、小惑星が密集している核が2ヶ所、円盤の直径の左右に1つずつある。望遠鏡を覗きながら私はニヤニヤ笑いを浮かべてしまう。

 この新天体は、もとは2つの岩石惑星だったに違いない。連星となってお互いの周囲を公転していたものが潮汐力限界を超えて接近し、お互いを崩壊させあって混ざり合い、ひとつの円盤となったのだ。

 私はこの来訪者に“ハート連星”という名前を付けた。私のハートを鷲掴みにした最高にかわいい星にはピッタリの名前だ。

 そして、“ハート連星”の発光は――確かに見えた。円盤を構成する小惑星群のあちこちで、とりわけ2つの核の付近で、頻繁な発光現象が確認された。ぞくぞくしてくる。ありえないことが起こっている。小惑星が自然に光ったり消えたりするはずがない。

 ならばこの光は、人為的なものだ。

 誰かが居るんだ、あの星には。

 その誰かが光を放っている。まるでおしゃべりするみたいに……

 待てよ? “みたい”じゃないとしたら?

 私の興味は星そのものから、発光の明滅パターンの観測に移行した。記録を取りながら何度叫び声を上げたか分からない。パターンが、ある。何度も類似の発光パターンが繰り返されてる。ときどき型が崩れもする。やけくそ気味にメチャクチャ光ったり、逆にピタリと真っ暗な時間が続いたりもする。言語だ。交信だ。これが意思のやりとりでなくてなんだ!

 ほんとにおしゃべりしてるんだ!

 私はタブレットにたっぷり溜め込んだ記録を手に家へ駆け戻り、時間を忘れてその解読に取り組んだ。もちろん全然ダメだった。未知の言語を信号のパターンだけから読み取るなんて至難にもほどがある。でも希望はある。もっとデータを増やせばいい。明日も、明後日も、記録を続けよう。きっと見えてくるものがあるはず。

 熱中するうちにお腹が空いて、冷凍のチャーハンをチンした。手を合わせて「いただきます」。食べ終わったら紙皿をゴミ箱に放り込み、インスタントのコーヒーを淹れて再びデスクへ。風呂に入った。風呂の中でも考えた。湯水のような思い付きを、風呂からあがるなり全裸のままタブレットにメモ。くしゃみをひとつ。もうひとつ。「やばい風邪ひく」大慌てでパジャマに袖を通し、ベッドの上で布団にくるまる。

 たったひとりで。誰ひとり見とがめる者のない、誰ひとり見てくれる者のない、この岩石惑星のまんなかで。

 17年、1日も変わらずそうであり続けたように。

 疲れ果てた私は、あっというまに眠りに吸い込まれていった。夢の中でも私はずっと考え続けていた。あのパターンはどういう意味? 一体なにをおしゃべりしているの? “ハート連星”、あなたはどこからきて、どこへ行こうとしているの? というかそもそも――そもそも――

 そもそも?

 そもそも、私、なんでこんなに心を惹かれているの?

 私はぼんやりと瞼を持ち上げた。

 見慣れた天井。知ってる匂い。安心する私だけの部屋。胸の奥がゾワゾワしてる。

 生まれて初めて、目じりから耳の方へと伝い落ちていった水の滴。私はそれを、“なみだ”と名づけることにした。

「さみしいよ」

 寝ぼけ頭から湧き出た呟きは、自分でも気付いてなかった私の本音。

 孤独なんて概念自体、縁遠いものだったはずなのに。

「私もあなたと、おしゃべりがしてみたい」

 

 

(つづく)

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