矛盾だらけのフェルミ・ハート   作:外清内ダク

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07.矛盾だらけのフェルミ・ハート

 

 

 もう語るべきことはほとんど残っていない。何か予想外のトラブルでもあれば良かったのに。太陽の引力が想定より大きすぎたとか。未知の小惑星の衝突で予定の軌道からずれたとか。私が仕掛けた小惑星射出装置が故障で動かなくなっちゃった、とか。そうすればもっと話を続けられたのに。彼女たちと、少しでも長く過ごすごとができたのに。

 でも、何もなかったんだ。私の計算と計画は完璧で、何もかもが憎らしいくらい順調に進んだ。

 小惑星第1弾、射出。これによって“ハート連星”は私の惑星と至近距離で交差する軌道に遷移。

 小惑星第2弾を射出して進行方向への加速を行うと同時に、太陽の逆側に対しても第3弾を射出して向心力を増加させ、現在の軌道を維持する。

 最後にタイミングを合わせて第4弾、および第5弾。さっきと逆方向の加速によって軌道を固定したまま元の速度に戻す。

 準備完了。あとは、待つだけ。

 私は宇宙船の座席に身体を沈めたまま、じっと小さな窓を見つめていた。視界の隅から私の惑星がせり上がってくる。漆黒の宇宙にくっきりと浮き出る灰白色レゴリスの地表。あばたのようなクレーターに覆われた不格好な岩石塊。

 私はタブレットに、小惑星最終弾の撃ち出しを命令した。

 それは、つまり、私のことだ。

 私を乗せた宇宙船が、“ハート連星”の裏側に設置された射出装置に押し出される。私の身体と私の船が、ばらばらになるんじゃないかって勢いで揺れ始める。数秒の恐怖のあと、何もかも静かになった。私はくらくらする意識の中で、必死に窓への視線を保ち続けていた。見える。緩やかに回転する宇宙船の窓が、交互に私に見せてくれる。私の惑星、虚ろの宇宙、遠ざかっていく“ハート連星”……

 重力スリングショットによる加速に加え、私という大質量を切り離すことで“連星”は充分な速度を確保したはずだ。彼女たちはもう大丈夫。どこまででも飛んでいける。宇宙の果てまでだってたどり着ける。

 だからこれでお別れだ。

 そこで私は、窓の中に、小刻みに明滅する光を発見した。“ハート連星”のふたりが私の宇宙船に向けて信号を送ってくる。続けて3回。

【3、7、5】

 私はシートベルトを大慌てで外し、シートの後ろの道具箱をひっくり返して目的のものを探した。紫外線ビーム発射装置だ。それを窓の手前で抱え、大急ぎで明滅パターンを送信した。

【YES】

 “連星”の笑い声が聞こえる気がした。私も宇宙船の中で笑っていた。私達の間でだけ通じるちょっとしたいたずら。つまりそれは、私達の思い出。

【忘れないよ】

 唇を震わせる私の目に、“連星”からの最後のメッセージが届く。

【友達になれてよかった。またね!】

 それで、おしまい。

 無音の宇宙に、私の宇宙船が流れていく。

 “連星”が遠ざかり、点のように小さくなって、消える。

 私は座席に戻った。

 穏やかに目を閉じた私を乗せたまま、宇宙船は私の惑星へとぐんぐん引き寄せられていった。定規で引いたように真っ直ぐな直線を描き、宇宙船が“うさちゃんクレーター”に墜落した。灰白色レゴリスの粉塵が盛大に巻き上げられたが、起きた変化といえば、まあその程度のものだった。

 

 

 私は夢を見た。そう、おなじみになったあの夢だ。陽光差す雑貨店の窓際で、私は籐の椅子から立ち上がる。向かいの席で頭蓋骨を撫でていた店主の手が止まる。はじめいけ好かなく思えた彼の眼が、今は不思議に柔らかさを帯びて見える。

「ごめんなさい。いろいろご迷惑、かけました」

「いいんだ。きっとこれは、必要な出会いだったのだから」

 きょとんとしている私に、店主は苦笑して見せた。明らかに彼も、彼自身が口走っていることを不審がっているふうだった。

「これは非常に奇妙なことだ。僕は君の名前を知っている。僕だけじゃない、この世界の誰もかも知らない者はないんだ。だが、君だけが知らない。つまり、僕が君の名付け親になってしまうことになる。

 “白痴の語り手(ザ・ナレーター)”。おそらく()()()()()()()()()()()。僕が過去だと思っている物は、実のところまだ存在していない。未来がまだここにないのと同等か、あるいはそれ以上にね。ひょっとしたらこれこそが僕の役目だったのかも。そのためにこそ、僕は択ばれたのかもしれない」

「何の話?」

「いずれ分かるさ。その時こそ、新たな物語が幕を開けるんだ」

 首を傾げる私に微笑みを向け、店主はゆっくりと立ち上がった。私のために店のドアを開いてくれた。私は出口の前に立つ。その向こうに見えるのは長方形に切り取られた満天の星空。寂しさと静けさと、ほんのちょっぴりの温もりが宿る宇宙。

「そうだ。最後にひとつ、アドバイスをしておこうか。

 天文台を作ってみてはどうかな? 今まで使っていたものよりさらに解像度の高い大型の望遠鏡を備えていて、紅茶でも飲みながらじっくり腰を据えて観測し続けけられるような、本格的なものを」

「天体観測が面白いのはとっくに知ってるよ。どうして今さら?」

「君が思っているよりもっと面白いからさ」

 ふうん。なんとなく癪な言い方だけど、悪くないアイディアかもしれない。

 私は深呼吸して、覚悟を決め、星空の中へと一歩を踏み出した。お別れなんて言わない。“連星”のふたりにも、この店主にも、他のどんなものにも。今の私には想像できる。この宇宙のあらゆる場所に存在するひとびとのことが。思いを馳せる時、私は、そのひとびとのもとで存在している。いつだってそばにいられる。

 帰ろう。私は私の星へ。宇宙全てを見回せる、あの澄み切った黒い空の下へ!

 

 

 それから365日かけて、私は天文台を作った。

 開閉可能なドーム屋根の中に、超大型の光学望遠鏡を備えた本格的なやつ。シートはふかふか。仮眠用のベッドもあり。隣接した給湯室には、もちろんコーヒーのサイフォンが置いてある。

 やっぱり私は、紅茶よりコーヒーがいい。

 その天文台から観測をはじめて数日後、私はあの店主が言っていた“もっと面白い”の意味を知ることになった。星は光るか光らないかだ。私はそう思っていた。

 私は間違っていた。星は明滅していた。この宇宙に散りばめられたほとんど無限の星々が、ひとつひとつ異なるパターンで輝いていたのだ。私は唖然とした。言葉だ。かつて“ハート連星”が私に見せてくれたのと同様の、いや、ひとりひとり全く異なる、無数の言葉が私の頭上で煌めいていたのだ。

 17億年ずっと! 私は気付いてもいなかった!

 私、なんてバカなんだろう。

 この宇宙に私ひとりだったわけじゃない。宇宙の隣人たちは姿を見せないどころか、はじめからずっとそこにいたんだ。絶え間なくおしゃべりし続けていたんだ。ただ私の望遠鏡の解像度が足りなかっただけだったんだ!

 次に私がしたことは想像がつくだろう。そう、翻訳に取り掛かったのだ。今度はちょっと大変だった。なにしろ数があまりにも多い。ざっと見渡しただけでも70億ほどの星々が、それぞれ別の言語で好き勝手にしゃべっているのだ。全部翻訳し終えるにはどれほどの時間がかかるか分からない。でもたぶん、だいじょうぶ。1件に平均100日ずつかけたって、19億年――私の単位で19年もあれば片が付く。それなりに現実的だ。

 根気、得意分野だからね。

 それから3万日ほど経ったころ、私は不意に思いついて、“うさちゃんクレーター”の真ん中に灯台を建てた。てっぺんから強烈な光を放ち、銀河の果てからでも充分見えるくらいに明るい灯台だ。

 星々の言葉を読むのに飽き足らなくなった私は、自分の光を送り出してみることにしたのだ。私が読み取った星々の物語を、私なりの言葉でつづり、漆黒の宇宙へと送り出す。誰の眼にも入らないかもしれない。無数の星々に紛れて気付かれないかもしれない。あるいは仮に見てくれたとしても、つまらないと一蹴されて終わるだけかもしれない。

 でも、そんなこと問題じゃない。

 私はここで生きている。観察と、思考。迷いと、悩み。それにちょっぴりの幸せ。私の世界の本来のかたち。その中から自然に湧き出すたったひとつの輝き。

 私はただ、それを追うのみ。

 

 

 なんてね。格好つけちゃったし、7割くらいは本気だ。でも残りの3割くらい下心もある。誰かに認めてもらいたいな、とか。誰かというか、“ハート連星”のふたりに読んでもらえたらいいな、とか。私の心は矛盾だらけだ。ここまで開けっぴろげに書いてきたけれど、正直ちょっと恥ずかしいんだよ。

 だからこの物語のことは、あなたと私、ふたりだけの――永遠のひみつ。

 

 

 

THE END.

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