インフィニット・ストラトス IS IGLOO 作:とんこつラーメン
篠ノ之束は天才である。
彼女は幼い頃から他者を圧倒する程の優れた頭脳を持っていた。
あらゆる数式、あらゆる構図、あらゆる仕組みを数瞬で理解出来てしまう。
常人には決して不可能なことを簡単にやってのける能力を持つが故に、彼女は自分を特別と思うようになり、同時に他者を見下すようになっていった。
どうしてこんな事も分らないのか?
どうしてこんな事も出来ないのか?
それが彼女には不思議で仕方がなく、そして、理解出来なかった。
だから、彼女には約一名を除き、友人と呼べる存在は一人もいなかった。
彼女にとって、血の繋がった家族でさえ、劣等種なのだから。
最愛の妹は例外だが。
その束は今、猛烈に苛立っていた。
自分が目指した夢を叶える為に、己の持っている技術の全てを注ぎ込んで開発した、空間活動用超小型パワードスーツ『インフィニット・ストラトス』、通称『IS』。
つい先日、その試作一号機である『白騎士』が完成し、それを半ば乱入するような形で学会に乗り込んで発表したのだが、彼女の渾身の発明品はその場にいた全員に一笑に伏され、子供の戯言と言われた。
彼女にとって、ISは自分の愛娘に等しい存在だ。
それを真っ向から否定されたのだから無理もない。
「クソ…クソ…クソッ! 本っ当にムカつく!! あの無能共!!」
普段から自分が見下している者に見下される。
それがどうしても我慢出来なかった。
けど、同時にそんな連中程度にイラつかされている自分もまた我慢できない。
だから、彼女は自分の中にある負の感情を少しでも払拭するために、気分転換に久し振りに外へと出て散歩をしていた。
新鮮な空気。澄み切った青空。煌めく太陽。
散歩をするには最高の日だと、誰もが揃って頷くだろう。
そんな天気でも、天才少女の気分を癒してはくれなかった。
「はぁ……ちーちゃんは学校でいないし、箒ちゃんは遊びに出かけてるし……」
大きく溜息を吐きながら歩道を歩く。
彼女が近所の公園の近くを通り過ぎようとした時、ある話し声が聞こえてきた。
「なんだとっ!? ふざけんじゃねぇっ!!」
幼い少女の叫び声。
しかも、尋常じゃない怒り具合だった。
いつもならば普通に無視しているが、この時はちょっとした気紛れで、声が聞こえてきた公園を覗いてみることに。
「えっと……さっきの声が聞こえてきたのは……」
キョロキョロと公園内を見渡していると、木陰に覆われているベンチに二人の少女が座っていた。
いや、正確には座っているのは一人だけで、もう一人は近くで車椅子に乗っていた。恐らく、脚が悪いのだろう。
「あんな子達……この辺にいたっけ?」
ベンチに座っているのは金髪の美幼女。
車椅子に座っているのは黒髪の美幼女。
『身内』以外の人間の顔の区別なんて、もう束には出来なくなっていたが、不思議と彼女たちの事だけは違って見えた。
「……近くで見てみたいな」
二人のすぐ後ろにある草むらに隠れて、静かに観察してみることに。
気配を隠し、目を耳だけを覗かせる。
「確かに、お前の心魂注いだMSヅダには致命的な欠陥があったかもしれない。でもよ、改良の余地は幾らでもあった筈だ! オレは専門家じゃねぇから詳しい事は言えないが、例えばエンジンにリミッターを掛けるとか! 万が一に備えてより性能を上げた脱出装置を備え付けるとか! ヅダの開発費がザクⅠよりも上なのは分ってるがよ……それでも……」
「お前が言いたいことは理解できる。私だって、同じことを何度も思い、何度も上層部に進言した。だが、その言葉は全く聞き入れて貰えなかった……」
「その挙句が、改良を全くしない状態での放置、その上で型式番号だけを変えての再試験か……クソッたれ……!」
彼女たちが何を言っているのかは理解できない。
でも、自分と同じように憤っている事だけは分かった。
(もしかして、あの孤児院に住んでる子供達なのかな…?)
話を聞きながら自分の中で推論を立てる。
自分でも知っている、近所にある特徴的な名前を持つ孤児院。
知っているのはそれだけだが。
「ハッタリの為だけにお前達の情熱も、夢も、希望も…全部を踏み台にしやがったのか……! 戦争にはルールも倫理もへったくれもねぇかもしれねぇが……それでもよ……!」
「今となってはもう過ぎたことだ。私はあの最後の瞬間…本当に満たされていた。何の悔いはないよ……」
「デュバル……」
見た限りでは自分の妹と同い年ぐらいの少女達。
だがしかし、明らかにそうとは思えないような会話を繰り広げている。
気が付けば、束は二人の会話を夢中になって聞いていた。
「無念と言えば君もじゃないのか? ソンネンが運用を任された試作モビルタンク『ヒルドルブ』…。私も以前にデータを見たことがあるが、あの性能は本当に素晴らしかった。確かに開発コストは莫大だったかもしれん。それでも、あのまま破棄するには余りにも惜しかった。気休めかもしれないが、君の無念は私にもよく分るよ……」
「へっ……時代の波に乗りきれなかった、バカな人間の見苦しい悪足掻きさ……」
「それでも…君の情熱だけは確かに伝わっていたと思うよ……」
「だと…いいがな……」
小さな幼女とは思えないようなしんみりとした空気。
思わず束も一緒にしんみりしてしまった。
「あ、そうだ。この前に言った、お前に見せたいと思ってる物。持って来てるぜ」
「おぉ……」
「ほれ。こいつだ」
そう言ってソンネンが出したのは、一冊の古ぼけたノートだった。
「これはなんだ?」
「オレが物心ついた時、いつの間にか手元にあったもんだ。なんであったのは分からないが、その中身を見た時、これが歴史的財産である事を知った」
「歴史的財産……」
「そして、同時にこれはオレ達にとって何物にも変え難い物でもある。ま、まずは騙されたと思って読んでみな」
「あ…あぁ……」
言われるがままにデュバルがノートを開くと、そこには所狭しと文章が書かれ、新聞の切り抜きと思われる紙が貼られていた。
「……………」
目を左右に動かしながら文を読んでいく。
一ページ目を読みえ終えてから、彼女はソレが何なのかを理解した。
「ア・バオア・クー陥落……ギレン総帥、キシリア閣下、無念の戦死……これはもしや……」
「オレ達が知らない『先の歴史』ってやつだ。けど、そこにあるのはそれだけじゃねぇぞ。えっと……このページだ」
「ん……? こ…これは……っ!?」
ソンネンが横からページをめくった場所に貼られた記事を見た途端、デュバルの目から一粒の涙が零れた。
「『ヅダに搭載されていた土星エンジンは、その後に改良を施され、ツィマッド社の開発した新型量産モビルスーツ『ドム』に採用され…当時の主力モビルスーツであるザクⅡの数倍の戦果を挙げる事に成功した』……」
「ここも読んでみな」
ソンネンがトントンと指で指した場所を見ると、とうとう本格的に泣き出してしまった。
「『突撃機動軍第7師団1MS大隊司令部付特務小隊…通称『黒い三連星』のミゲル・ガイア大尉の取材記事より抜粋…』」
ポタポタと涙がノートに零れ。急いで袖で拭くが、それでも全く止まらない。
「『自分達が新型MS【ドム】に出会えたのは、偏にドムの前身と言っても過言ではない機体であるヅダの開発に携わっていた者達のお蔭である。ヅダの開発に人生の全てを捧げ、テストパイロットもしていたジャン・リュック・デュバル少佐の信念の賜物だ。我ら、黒い三連星は貴官の情熱に心からの尊敬の意を示し、ここに冥福を祈る。貴方が未来に託してくれた大いなる遺産は、絶対に無駄にはしない』……」
「お……おい? 大丈夫か?」
「なぁ……ソンネン……」
顔をクシャクシャにしながら、デュバルは思わずソンネンの体に抱き着いた。
「私の……私達のやった事は……ヅダの存在は…決して無駄じゃなかったんだな……」
「……そうだな」
「未来に…その足跡を残す事が出来たんだな……」
「黒い三連星といえば、赤い彗星や青い巨星とも並び称される程のエースパイロット達だ。お前達は、そんな凄い奴に認められたんだよ」
「あぁ……あぁ……そうだな……」
彼女を慰める為にソンネンは、柄じゃないと思いながらも頭を撫でるが、全く効果がない。
だが、このままでは自分の服がデュバルの涙で濡れてしまうので、ポケットからティッシュを出してから彼女の鼻に当てた。
「ほれ。せめて鼻ぐらいはかみやがれ。ちーん」
「ちーん……」
ティッシュを渡されながら自分の鼻を拭き、袖で涙を拭う。
「す…すまにゃい……」
「そう思うんなら、せめて呂律が回るようになるまで大人しくしてろ」
「うむ……」
いい雰囲気になっている二人に釣られ、隠れている束も泣いていた。
(うぅぅ……何を言っているのかは相変わらず全く分らないけど……自分達のやった事が認められなかった時の無念な気持ちと、逆に認められた時に感動は痛い程よく分るよ~!)
自分でインドア派だと言ってはいるが、自分の衝動に身を任せて動く事が大半の束は、思わず草むらから飛び出してしまった。
「うわぁ~ん!! そこの美幼女たち~!!」
「「うぉぉっ!?」」
いきなりの乱入者に本気で驚くが、そんな事なんてお構いなしに束は腕を広げて二人に抱き着いた。
「よがっだねぇ~! ほんどうによがっだねぇ~!」
「いきなり出てきて何なんだテメェはっ!? 離しやがれ!」
「身動きが全くとれない……というか……」
「「お前(アナタ)は誰だ?」」
「びえぇぇぇぇぇぇ~んっ!!」
「「つーか、うるさい!!」」
これが、後の世に名を残す三人の初めての邂逅だった。
そして、生まれ変わったデュバルとソンネンの運命もまた、この瞬間から再び動き出し始めるのであった。
今度はうさぎさんの親友にして、彼のお姉さんのご登場。