インフィニット・ストラトス IS IGLOO 作:とんこつラーメン
そうしないといけない気がするから。
次の日。
朝食を終えてから早速、部隊員達は外の訓練場へと集合し、彼女達の前に用意して貰った軍服を着た千冬と、真剣な顔で横にいるカスペンがいた。
「総員注目!」
カスペンの一喝で全員が姿勢を正し手足を揃えた。
彼女達の視線は自分達の目の前にいる二人に注がれている。
「昨日も言った通り、本日から織斑教官が貴様等の訓練を見てくださる! 態々、日本からやって来て下さった教官殿に余計な苦労をさせないよう、全身全霊を持って訓練に取り組め! いいな!!」
「「「「「はい!!!」」」」」
彼女の言葉が終わるのを確認してから、今度は千冬が一歩前に出た。
「今日からお前達の訓練を見る事となったが、別にそこまで気負う必要はない。お前達にやって貰おうを思っているのは、私がまだお前達と同様の訓練生だった頃に行っていたものだ」
世界一となった千冬が嘗て行っていた訓練。
それと同じことを今から自分達も行う。
決して言葉には出さなかったが、隊員達の心の中は密かな興奮に包まれていた。
「では。まずはこの訓練場を周回して貰おうか。何をするにもまずは体力が全てだからな。少なくとも、私が滞在している一年間の間に、お前達には私の課す訓練を余裕でクリアできるぐらいの体力をつけて貰う。分かったな? 分ったら返事!」
「「「「「は…はい!!」」」」」
千冬、ちょっぴり調子に乗る。
隊員達はダッシュで端の方まで行き、そこから順にスタートしていった。
「では、後はお願いします」
「それはいいが……大佐はこれからどこに?」
「国家代表としての仕事…と言えば分りますか?」
「あぁ……成る程な」
引退をしたとは言え、千冬もまた一時代を築いた国家代表の一人。
代表の仕事が決してISで戦うだけではない事は、その身を持って嫌と言うほどに思い知っていた。
「私の頃は主に雑誌の取材などだったが……そっちは何をするんだ?」
「今日の予定は……写真撮影らしいです」
「写真撮影?」
仮にもIS操縦者はスポーツ選手と同じ扱いになっている。
それが写真撮影とはこれいかに?
「私も詳しい事情は知らされていないのですが、恐らくは国内外に対するアピールが目的かと……」
「それ自体は、この部隊の設立目的と同じような気もするが……」
「実際にやる事は全く違うでしょうね……はぁ……」
これでは軍人でもIS操縦者でもなく、完全に女優のような扱いではないか。
何が悲しくてこんな事をしなければいけないのか。
だがしかし、この手の仕事の殆どは上層部からの命令でもある為、軍人であるカスペンには拒否権なんて物は存在しないのだ。
「いつもそんな事ばかりをしているのか?」
「いえ。他には…雑誌のインタビューやテレビ番組への出演なんかも……」
「そ…そうか……」
自分が現役の頃でも、そこまでハードなスケジュールではなかった。
最低限の取材などはあったが、それっぽい仕事をしたのは本当にそれだけで、他の空いた時間の殆どは訓練に費やしていた。
「ですが、織斑教官が来てくれて、私としては本当に助かっています」
「それはどういう意味だ?」
「貴女が来て下さる前は私が皆の訓練を見ていたのですが、どうも私は他の部隊から来たせいで、自分でも気付かない内にかなりハードな訓練をしてしまっていたようで。ここに来る前の部隊は完全な男所帯でしたから。男性向けの訓練にしてしまっていたんです」
男女平等、なんて言ってはいても、矢張り男と女で向き不向きは存在する。
男性向けの訓練と全く同じメニューを女性がして、満足する結果が得られるとは限らない。
「私にはどうも丁度いい塩梅が分らないようで。そんな時に貴女が来てくれる話を聞いた時は本当に嬉しかった」
「そう言われて悪い気はしないな……」
昔から無駄にゴマをすられてはいたが、カスペンの言葉からは純粋な感謝の気持ちが受け取れた。
ここまで真っ直ぐに言葉を言ってくれたのは、弟である一夏を除けば、あの三人娘と、その周囲にいる人間達だけだった。
「織斑教官には、心技体の内の『体』を教えてやってほしいのです。軍人としての『心』構えや『技』術などは私からでも普通に教えてやれるのですが……」
「任せておけ。私に出来る範囲で、大佐には出来なかったことをしてみせるさ」
「よろしくお願いします。これで私も心置きなく代表としての仕事に専念出来る」
満足そうに笑うカスペンが可愛く見えて、思わず彼女の頭を撫でてしまった。
その時、彼女が反射的に『ふみゅっ』と声を出した。
「す…すまない。つい…な」
「い…いえ。こちらこそ、変な声を出してすいませんでした」
お互いに顔を赤くする二人。
その心中は非常に複雑だった。
(こ…これは確かに可愛い…! ここの連中が夢中になる気持ちも理解出来る気がするな……)
(な…なんなのだ今のは……。頭を撫でられただけなのに妙に胸が高鳴って…しかも、変な声まで出してしまうとは……)
因みに、このやり取りを見ていた走っている隊員達は……。
(隊長可愛い……)
(隊長を抱きしめたい……)
(いつか絶対に隊長とチューしてやる)
この一番最後のはクラリッサの心の声である。
「そうだ。実は教官に頼みたいことがありまして……」
「頼みたいこと?」
「そうです。えっと……いた。あの、最後尾で走っている小柄な少女が見えますか?」
「あぁ…あいつだな」
集団の一番最後尾。
必死に着いていこうと足を動かしてはいるが、全く追いつける気配が無い。
「彼女の名は『ラウラ・ボーデヴィッヒ』。階級は少尉。この部隊では最年少であり、少し前までは『落ち零れ』と呼ばれバカにされていました」
「落ち零れ……」
どこの集団でも、必ず似たようなことは起こる。
誰か一人をターゲットにして排斥しようとする動きが。
「流石に見てはいられなかったので、私が隊長になった時から部隊の規律を正すと同時に、周りにはバレないようにラウラの事を見てやっていたのですが、私だけではどうも限界があるようで。生半可な事ではないと分ってはいたのですが……なんとも不甲斐無い隊長ですよ、私は……」
森を見て木を見ず。
カスペンは今までずっと部隊全体の事を見てきたが、隊員一人一人の事は全く見てこなかった。
それ故に、プライベートで個人々々と付き合う事はどうも苦手だった。
あの三人と仲良くなれたのだって、彼女は未だに奇跡だと思っている。
「出来ればでいいので、貴女の方からも彼女の事をよく見てやっていてくれませんか? 自分よりもずっと年上の同性からの言葉ならば、また違った効果が出るかもしれませんから」
「そうだな……日本にいた頃もよく、あいつと同年代の少女達を話していたから、その辺はなんとかなるかもしれん」
「彼女達…ですね」
千冬は全く預かり知らないが、実はラウラとあの三人はとても似た境遇だったりする。
三人娘で学んだ事を活かせるのではないかと判断したことは、強ち間違いではなかった。
「それでは、ヘルベルト・フォン・カスペン大佐。これより国家代表としての仕事に行って参ります」
「気を付けてな」
「了解であります」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「……で? これは一体どういう事だ?」
部下が運転する車に乗ってやって来たのは、首都であるベルリン内にある某スタジオ。
それはいい。そこまでは何の問題も無い。
今日の仕事は写真撮影。
スタジオに来ること自体は何も間違っちゃいない。
問題があるとすれば、それは今カスペンがしている格好の方だった。
「キャ~! 想像通り! すっごく可愛い~!」
「いや~! 素材がいいから物凄く絵になるな~! こっちもやる気が出てきたよ!」
「俺の考えに間違いは無かったな! これ程の美幼女の魅力を最大限に引き出すには、普通に格好では役不足だった!」
スタジオに着くなり、挨拶もそこそこに急に衣装担当のスタッフに連れられて更衣室へと向かわされた。
そして、そこでいきなり『今日の撮影はこの服を着て欲しい』と言われて渡されたのが、テレビなどで活躍している子役が着ていそうな真っ赤で可愛らしいフリルの付いた服……俗に言う『ゴスロリ服』だった。
「あの……監督? このようなヒラヒラした服を着て撮影をするなんて全く聞かされていなかったのですが……」
「そりゃそうだ。だって、ついさっき思いついたんだから」
この野郎を全力でぶん殴ってもいいだろうか。
カスペンは生まれて初めて衝動的に暴力を振るいそうになった。
「それじゃあ、時間もあまりない事だし、とっとと撮影に取り掛かろうか」
「「「「は~い!」」」」
スタッフの掛け声と共に準備が進んでいく。
本当ならば、こんな服なんて一刻も早く脱いでしまいたい。
別に女物の服を着ること自体はもうそこまで抵抗感はない。
彼女の母親が無駄に甘やかしてきて、幼い頃の殆どは母の着せ替え人形状態だったから。
しかし、その姿を大衆に晒すとなれば話は別だ。
「このような服装は通常、プライベートで着てこそじゃないのか…? それなのにどうして……」
今更言ってももう遅い事は分かっている。
この場所では監督の言葉こそが絶対で、今はそれに従う事が自分の仕事だ。
それでも、簡単に割り切れる事と割り切れない事はある。
(いや…ちょっと待てよ? 逆に考えるんだ。早く撮影を終わらせれば、それだけ早くこの服を脱げるんじゃないか?)
カスペン、混乱の余り意味不明な事を言い出す。
この場合、今の自分の格好を大衆に見られることを防がないといけない訳であって、この服を脱ぐこと自体が目的ではない。
「はい! カスペンさん、お願いしま~す!」
「了解です!」
堂々とした足取りで撮影スペースへと歩いていくカスペン。
20分後、彼女は死ぬ程後悔することになり、そのショックで冷静になって本気で落ち込む事となる。
「次はこの青いドレスをお願いしま~す!」
「これだけじゃないのっ!?」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
全ての撮影が終わると、カスペンは椅子に座った状態で真っ白に燃え尽きていた。
「大丈夫ですか~?」
「ハイ……ダイジョウブデス……」
今にも消え入りそうな声で返事をする。
実際、カスペンの口からは白いナニかが出ていた。
「これジュースです。どうぞ」
「ドーモ……」
スタッフからジュースの入った紙コップを受け取って口をつけるが、全く生気はが戻る様子がない。
「しっかし、今まで色んな女の子を撮影してきたけど、ここまでの逸材は滅多にいないな」
「そうですよね! 流石は我が国の誇る『天才美幼女国家代表』ですよ!」
「………へ?」
女性スタッフの一人が放った言葉が上手く聞き取れず、思わず聞き返す。
聞き間違いだと言って欲しい。というか言って。
「て…天才美幼女国家代表って……?」
「あれ? もしかして知らないんですか? カスペン大佐が国家代表に就任した直後からネット上なんかでそんな風に言われてるんですよ」
「物凄い人気で、瞬く間に他の代表候補生が霞むレベルで話題をかっさらっていったよな」
「噂じゃ、非公認のファンクラブまであるとかないとか……」
知りたくなかった新事実。
ついでに言うと、その非公認ファンクラブを立ち上げた張本人は副官であるクラリッサだったりする。
(覚悟はしていた…していたが……覚悟が足りなかった……。まさか、ここまで精神が疲弊するとは思わなかった……。こんな事を織斑教官はしていたのか……。彼女の強さの秘密の一端を垣間見たような気がする……)
本人の勝手な勘違いで千冬に対する好感度が地味にアップした。
「これなら、この写真集は売り切れ続出かもしれませんね!」
「となると、次はもっとインパクトのある絵にしないといけないな……」
猛烈に嫌な予感がする。
目の前に連邦軍の大艦隊が出現した時と同じ恐怖を背筋に感じた。
そして、その予感は見事に的中するのだった。
「よし! 今度は水着とか撮ってみるか!」
「それいいですね!!」
「なんでそうなるっ!?」
思わず大声で叫んでしまった。叫ばずにはいられなかった。
「私のような貧相な体の女の水着なんて撮影しても誰も喜ばないでしょうッ!? 需要なんて微塵も無いに決まっている!! やるだけ無駄です!!」
「そうとも限らんよ? 男女問わず、誰しも可愛いものは大好きだからな。可愛い女の子が可愛い格好をする。言葉にすればそれだけの事だが、だからこそ人々の心に届くんじゃないかな?」
「うぐ……!」
正面から論破されてしまった。
カスペン、完全敗北。
「なんで…こうなった……」
椅子に座り直して本気でお落ち込むカスペンだったが、周りからは撮影で疲れたようにしか見えなかった。
このことで悪い人間は誰もいない。
きっと、間が悪かっただけなのだ。
・・・・・
・・・・
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・・
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この日の夜。
カスペンは日本にいるソンネンに向けて愚痴に近いラインを送っていた。
『写真撮影……やだ……』
「マジで何があったっ!?」
ラインの中だけだが、遂に幼児退行してしまったカスペン。
頑張れカスペン! 負けるなカスペン!
IS学園に入学する、その日まで!
前半と後半の空気が違いすぎましたね。
でも、なんか楽しく書けたので満足です。
次回は遂に砲術長を登場させる予定です。
本当にお待たせしました。