インフィニット・ストラトス IS IGLOO 作:とんこつラーメン
誰と誰なのか。どこなのか。
どうか予想してみてください。
それは、カスペンの唐突な一言が切っ掛けだった。
「ボーデヴィッヒ少尉。少しいいか?」
「はい。何でしょうか、カスペン大佐」
「夕食後、私の部屋に一人で来てくれないか?」
「…………へ?」
隊員達は訓練後で、カスペンは仕事から帰ってきた直後(因みに、今回の仕事はテレビの撮影だった)だった。
自分達の隊長からのまさかの一言に、ラウラは完全にフリーズしてしまった。
「た…隊長! 一人で部屋に来させるのならば、ボーデヴィッヒ少尉よりも、是非とも私の方を!」
「断る。なんでそこでハルフォーフ大尉が出てくる? 私は単純に彼女と女同士で話がしたくなった。ただそれだけだ」
「私も隊長とお話がしたいです!!」
「教官」
「任せろ」
拉致が明かないので、ここでカスペンは奥の手を使用した。
ある意味、最強の切り札である。
「ハルフォーフ大尉。まさか貴様がそんなにも訓練熱心な人間だったとは思わなかったぞ」
「はひ? 教官は一体何を仰って……?」
「よもや、今から追加で訓練をしようだなんて」
「はいぃっ!? 私は一言もそんな事は言ってないんですがっ!?」
「最近になって、お前にはどうも上腕二頭筋の鍛え方が足りないと思っていてな。よって、今から訓練場にて腹筋8万回と千メートルダッシュ二千本、ついでに指立て伏せ五万回だ」
「そんなのやったら私フツーに死んじゃうんですけどっ!?」
「口答えは許さん。さぁ行くぞ」
「うわぁぁぁぁぁん!! たいちょ―――――――!!」
千冬に首根っこを掴まれて、そのまま引き摺られながら訓練場へ強制連行されていくクラリッサ。
それを見ていた隊員達の脳内では、ドナドナがBGMとして流れていた。
「よし。これで余計な邪魔者はいなくなったな」
「あ…あの…副隊長は……」
「気にするな。あいつにはいい薬だ」
「はぁ……」
これで少しでも反省してくれれば御の字なのだが、そうは問屋が卸さないだろう。
「部屋に来るのは…そうだな。21時ぐらいがいいだろう」
「りょ…了解しました」
「うむ。では、待っているぞ」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
カスペンが指定した21時。
流石に全裸では来られないだろうと判断したのか、ラウラは前に隊員の一人から貰った、水色のパジャマを着て部屋の前に立っていた。
ノックをしようと手を挙げるが、緊張して扉を叩けない。
何度も何度も躊躇っていると、扉の方から勝手に開いてくれた。
「部屋の前に人の気配がするからお前かと思っていたら、案の定か」
「も…申し訳ありません。情けなくも緊張してしまって……」
「緊張…か。軍という括りが無いプライベートでは、私も単なる15歳の小娘に過ぎないのだがな」
少し悲しそうに落ち込んでいるカスペンの格好は、フリルが沢山ついている純白のパジャマ。
いつもはポニーテールに纏めている髪を流しているので、まるで別人のようにも見えた。
「まぁいい。取り敢えずは中に入れ」
「は…はい。では、失礼します」
恐る恐る室内へと入るラウラ。
今にして思えば、こうしてカスペンに部屋に入るのはこれが初めての事だった。
「これが…大佐の部屋…」
カスペンの部屋は良くも悪くも小ざっぱりとしていた。
ちゃんと隅から隅まで掃除が行き届いていて、本や書類の類はちゃんと棚やファイルなどに整理整頓されている。
ベッドのシーツも非常に綺麗にされていて、普段からどれだけ几帳面なのかが一瞬で伺える。
「ここで話すのもいいが、今日はとても星空が綺麗だ。よければベランダにでも出ないか?」
「分りました」
基本的に上官であるカスペンの意見には逆らわないというロジックが既にラウラの中で形成されているので、ここは即座に頷いた。
カスペンに連れられる形でベランダに向かうと、そこには一つの木製のベンチがあった。
この寮のベランダは金が掛かっている事もあってか、それなりの広さを有している。
しかし、広いと言う事は同時に屋根なども高いという事でもある。
ベランダで洗濯物を干そうにも、最初は竿が高すぎて干せなかった。
そうなると、誰もが最初に踏み台を使おうと思いつくだろう。
それはカスペンも例外ではなく、彼女もすぐに踏み台を用意した。
だが、先程も言った通り、ここのベランダはそれなりに広い。
たった一つの踏み台程度では、少し移動をする度に踏み台を降りてから移動させなくてはいけない。
流石にそれは非常に面倒くさいし、何よりも時間が掛かる。
ならばどうすればいいか。
そこでカスペンが思いついたのが、『最初から横に長い踏み台があればいいのではないか?』という事だった。
その結果、彼女は何を思ったのか、どこからかベンチを購入して来てベランダに設置したのだ。
無論、カスペンのポケットマネーで。
伊達に軍の大佐であると同時に、カスペン家の御令嬢ではないのだ。
「こんな所にベンチが……」
「ふむ……。最近は暖かくなってきたとはいえ、夜はまだまだ冷えるな。よし、少しだけ座って待っていてくれ」
部屋の中に戻ったカスペンはキッチンに行ってから何かを用意し始めた。
そこまで時間は掛からず、5分程で彼女は戻ってきた。
その手には湯気が出ている二人分のカップが握られている。
「コーヒーでは眠れなくなってしまうからな。私特製のホットココアだ。砂糖の代わりにハチミツを小匙一杯入れているから、優しい甘さを感じられるぞ」
「あ…ありがとうございます」
「熱いから気を付けて受け取れ」
「りょ…了解です。あ……」
ココアを受け取ると、それだけで全身がポカポカと温まるような感覚がした。
それは決してホットココアの熱さだけではなく、カスペンの優しさがラウラの心に沁みたせいだ。
「ここは都市部からも離れているから、とても星が良く見えるな……」
「そうですね……」
ベランダにあるベンチに並んで座る、金髪と銀髪の少女。
それは、とても絵になる光景だった。
「フー…フー…ごく……あ……」
少し冷ましてからココアを口に入れる。
すると、カスペンが言った通り、口の中にアッサリとした優しい甘さが広がっていく。
普段から余り表情を出さないラウラが、自然と微笑んでしまうほどに。
「どうやら、お気に召したようだな」
「は…はい。とても体が温まります」
そこで会話が途切れ、少しだけ無言で二人揃って星空を見上げる。
夜空に瞬く星々たちは、まるで二人の少女を祝福しているかのように輝いていた。
「た…大佐」
「なんだ?」
「その…なんで私を呼んだのですか?」
「おっと。そうだったな。久し振りの静かな時間が楽しくて、素で忘れていた」
カスペンも自分の分のココアを飲んでから、無言で上を向く。
「……ラウラは、私が今年から日本のIS学園に行くことは知っているな?」
「え?」
いきなり自分の事を階級ではなく名前で呼んだことに驚き、一瞬だけ固まってしまった。
「ん? どうした?」
「わ…私の事を名前で呼んで……」
「あぁ、それか。言っただろう? 今は完全なプライベート。こんな時まで階級で呼ぶのはどうかと思ってな。嫌だったか?」
「い…いえ。そのような事は……」
「そうか。なんなら、お前も私の事を名前で呼んでみるか?」
「ふぇぇっ!?」
カスペンの事を名前で呼ぶ。
恐らくは家族にしか許されていない禁断の行為。
それを自分がする?
ラウラは混乱の余り、眼がグルグルし始めた。
「いや、無理なら別にいいんだがな」
「す…すいません」
「気にするな。こっちこそ、急な無茶振りをして悪かったな」
「はぅ……」
まるで妹を愛でる姉のように、カスペンはラウラの頭を優しく撫でた。
その時に変な声が出てしまったが、敢えてその事は聞かなかったことにした。
「それで、どうなんだ?」
「あ…はい。司令から教えて貰いました。確か、国家代表として更なる研鑽を積むために日本にあるIS学園に入学する…と」
「それは表向きの理由だな」
「表向き?」
「そうだ。実際には違う」
ここで少しだけカスペンの雰囲気が変わる。
軍務をしている時とも、さっきまでのものとも違う。
まるで、どこか遠い未来を観ているかのような雰囲気。
「IS学園には私以外にも多くの国から生徒達が集う。その中には国家代表や代表候補生もいるかもしれない。あそこはある意味、今の世の世界の中心地と言っても過言じゃない場所だ。逆を言えば、あそこでは他の国の情報などを手に入れやすく、同時に接触も可能と言う事だ」
「ま…まさか、大佐は……」
「そうだ。私は、学園で会う多くの生徒達を通じ、そこから世界中に共闘を呼び掛けるつもりだ。その相手は勿論……」
「普段から大佐が仰られている『亡霊共』…ですね」
「そうだ。その為に私は既に、私の仲間達にも学園に来てくれるように呼び掛けている」
「その仲間とは、まさか……」
「アレクにモニク、ヒデト……それから、あの時の会場にいた三人だ」
大凡、ラウラが知る限りでは最強の戦士たち。
それが揃いも揃ってIS学園に集まろうと言うのか。
それだけで断言が出来る。
カスペンは本気だと。本気で『亡霊』を完膚なきまでに叩きのめすつもりだと。
「恐らく、私は織斑教官が日本に帰る時に一緒に日本に行くことになるだろう」
「そう…ですか」
この基地から千冬とカスペンが同時にいなくなる。
それは、隊としてもラウラ個人としても非常に寂しい事だった。
「その際、私はある場所に行く予定となっている」
「ある場所とは?」
「倉持技研。ラウラも聞いたことはあるだろう?」
「は…はい。確か、日本製の量産型第2世代型IS『打鉄』を開発した研究所だと……」
「そうだ。そこでな、私の新しい専用機を開発して貰っているのだ」
「あ…新しい専用機っ!?」
本気で我が耳を疑った。
ISは一機でも莫大な製造コストがかかる超技術の結晶だ。
専用機ともなれば、そのコストは量産型の軽く数倍以上。
それを新しく製造して貰うなど、普通では考えられない事だった。
「た…大佐には既に『シュヴァルツェア・レーゲン』があるではないですか!」
「そうだな。だが、私が得意とする戦法とレーゲンの性能は、お世辞にも相性がいいとは言い難いんだ」
「知りませんでした……」
まるで己が手足のようにレーゲンと操っている様子からは、全く想像がつかない事だった。
それ程までにカスペンの技量が優れている証拠でもあるのだが。
「ならば、大佐の新しい専用機とは……」
「打鉄の改修機にて後継機。その名も『打鉄弐式』と言うらしい」
「打鉄…弐式……」
「フランスで開発された『ラファール・リヴァイブ』の改造機である『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』シリーズに該当する機体のようだ。と言っても、私の場合はごく少数だけ生産された弐式の内の一機を私専用にカスタマイズとセッティングして貰い、武装も大幅に変更して貰った物になる予定だがな」
「予定……?」
「私もまだ実物を見たわけじゃないからな。こればかりは見てからのお楽しみになる」
そうして説明をしているカスペンの顔は、自然と笑顔になっていた。
彼女自身も、新たな自分の愛機になるかもしれない機体を見るのが楽しみで仕方がないのだ。
「一応、コアの方だけは取り出して、そのまま新たな機体の方に移植する形となる」
「では、残るのはレーゲンの外装だけ……」
「そうなるな。で、ここからが本題なんだが……」
「ラウラ。国家代表候補生にならないか?」
ラウラはもう完全に大佐のヒロインですね。
自分的にもかなりお似合いな二人に思えます。
けど、同時に新たなヒロインのフラグも……。
最初は一話で纏めようと思ってたのに、やっぱり長くなってしまいました。
仕方がないので、キリがいい所で分割して前後編にします。