インフィニット・ストラトス IS IGLOO 作:とんこつラーメン
候補生にナラナイカ? と言われたラウラはどんな反応をするのか?
「だ…代表候補生? わ…私が……?」
一瞬、ラウラはカスペンが発した言葉を正しく理解出来なかった。
思わずカップを落としそうになったが、それだけはなんとか耐えた。
「そうだ。ラウラならばなれると私は思っている」
「そ…そんな事は……」
最近は少しずつ自信がつき始めてはいるが、それでもまだ自己評価の低さが見え隠れしている。
そう簡単に人の心は変わらない、ということなのか。
「この前のハルフォーフ大尉との模擬戦でも、彼女と互角以上に渡り合っていたじゃないか」
「あ…あれは、無我夢中だったというか……」
「無我夢中。大いに結構じゃないか。寧ろ、そんな時ほど、人間の潜在能力が最も表面上に出る時だと思うぞ」
「あ…ありがとうございます……」
カスペンは普段から部隊の人間には非常に寛容だが、今日は特に凄かった。
褒められているラウラの方が、逆に恥ずかしくなってしまうほどに。
「普段の言動からは想像しにくいかもしれないが、ああ見えてもハルフォーフ大尉は並の代表候補生なんて目じゃないぐらいの実力者なんだぞ?」
「そ…そうなのですかっ!?」
「あぁ。織斑教官が来てくれる前までは、隊内で私に唯一ついて来れたのは、彼女だけだったぐらいだ」
「知らなかった……」
「まぁ…無理もあるまい。幾ら実力が高くても、アレだしな……」
「ハハハ……」
二人揃っての苦笑い。
余り描写されていないから分り難いが、実はラウラもクラリッサの被害に遭っている人間の一人だったりする。
いや、もしかしたら大人しい性格のラウラの方がカスペンよりも多くの被害に遭っているかもしれない。
「私の目から見ても、織斑教官の訓練のお蔭で隊員達の実力が明らかにアップしている。その中でも特に成長が顕著なのは…ラウラ、お前だよ」
「わ…私ですか?」
「嘗てのお前からは想像も出来ない程に成長しているよ。実力も…心もな」
確かに千冬のお蔭でラウラの実力は大幅に上がったかもしれないが、心の成長の方はカスペンの影響の方が大きかった。
ラウラの中では既に、カスペンの存在は非常に大きくなっていているのだが、世間知らずな彼女は、その気持ちを表現する術を持っていない。
それを何らかの形で知った時、二人の関係はこれまで以上に大きく変化するのかもしれない。
「いい機会だし、織斑教官の訓練の感想でも聞いておこうか。どうだ?」
「そうですね……」
少し冷めかけているココアを大きく口に含んでから飲み込みながら、ラウラは数秒間だけ言葉を考えた。
「…最初は大変だと思う事も多々ありました。けど、徐々に自分の体が訓練に着いて行けるようになっていって、嬉しく感じるようになりました」
「嬉しい?」
「はい。落ち零れと揶揄されてた私でも、ちゃんと成長出来ているんだと…初めて実感出来ました」
「そうか……」
優しく微笑みながら、カスペンはラウラの体に身を寄せるようにしてくっつき、右腕を回してから、その頭を静かに撫でた。
「…私はな、亡霊共との戦いにおいて、最も信頼し背中を預けられる相手は…ラウラしかいないと思っているよ」
「私が…大佐のお背中を……」
「うん。クラリッサは副隊長として色々としなければいけないことがあるから、したくても出来ない。それは他の隊員達も同様だ。言っておくが、決して彼女達を信用していない訳でも、侮蔑しているわけでもないからな? あくまで役目や相性の問題と言うだけだ」
「はぁ……。しかし、大佐には既にヘンメ大尉やキャデラック特務大尉、ワシヤ中尉などがおられるのでは……」
「残念だが、彼女達は無理だよ」
カスペンもまた、醒めかけているココアを飲んでから夜空を見上げた。
星とは別の光が点滅していて、恐らくは旅客機が飛んでいるのだろう。
「モニクとヒデトには既に先約があるからな」
「先約…とは、もしやデュバル少佐のこと…でしょうか?」
「その通り。同じヅダ同士で小隊を組んだ方がフォーメーションは組みやすいだろうし、お互いがお互いをフォローもし易い」
「そうですね……ならば、ヘンメ大尉は?」
「彼女はそもそも、機体の性能の関係上、前線には絶対に立てないよ」
「え?」
「アレクの役目は、ヨルムンガンドによる超長距離砲撃による先制攻撃及び、相手の射程距離外からの火力支援にあるからな。本人も前に出る事は望まないだろうし、大砲屋としての矜持がそれを許さないだろうな」
普段から飄々としているアレクではあるが、その心の中には大砲屋としての誇りに満ちている。
仲間の道を切り開く為の一撃に全てを賭ける。
それが彼女の戦いなのだ。
「消去法…ではないが、私は実際にお前の成長を目の当たりにし、その動きをこの目で見て、ラウラこそが前線において私の背中を預けるに最も相応しいと判断した」
「私が…大佐に……」
「そんなお前だからこそ、私は代表候補生になって欲しいと思うんだ。候補生になれば、今以上に様々な経験が出来るようになる。それらは全てお前の糧となり、更なる成長を促してくれるだろう」
ふと視線を横に向けると、ラウラがジッと自分の方を見ていた。
思わず小恥ずかしくなったカスペンは、頬を赤く染めながら顔を夜空へと向けた。
「それで…だな。もしもラウラが代表候補生になった暁には……あのシュヴァルツェア・レーゲンをお前の専用機として譲ろうと考えているんだ」
「シュ…シュヴァルツェア・レーゲンを私にっ!?」
「あの機体は、お前にこそ相応しいと思ってな。それに、私は知っているんだぞ?」
「な…何をですか?」
「お前が、シュミレーターでよくレーゲンを使用している事を」
「ご…御存じだったのですか……」
「お前達の隊長…だからな。これぐらいは出来なくては」
本当は、偶然に目撃しただけなのだが、ここは隊長としての威厳を守る為に黙っておいた。
「コアの方は、ラウラが普段から使っているラファールの物をそのまま転用すればいい。そうすれば、コアを初期化しなくてもいいし、色々と手間が省ける」
「で…ですが、いいのですか? そのような事を勝手に決めたりして……」
「別に勝手じゃないさ。これは、私と司令とで相談して決めた事だからな」
「いつの間に……」
「忙しそうにしていても、ちゃんと隊長としての仕事もやっているってことさ」
貴女は一体いつ休んでいるんですか。
思わず、そう言いそうになったラウラは悪くない。
この歳でここまで仕事熱心なカスペンがおかしいのだ。
「ですが……私になれるでしょうか……代表候補生に……」
「きっとなれるさ。それに、仮になれなかったとしても、挑戦すること自体に意味があると私は考えている」
「挑戦すること自体に意味……」
「どんな事も、まずはやってみなくては何も始まらない。無論、私は無理強いはしない。する、しないはラウラの自由だ。最終決定権はお前にある」
自分で促しておいてなんだが、カスペンは少し時期尚早だったかもしれないと思っていた。
ここで話さなくとも、いすれはラウラを代表候補生にしようという案は出ていた。
だが、カスペンはラウラの急激な成長を見て、彼女の可能性に賭けてみるのも悪くは無いと思ってしまったのだ。
「や…やります」
「え?」
「やります! 私、代表候補生になります!」
「そ…即決だなっ!? 幾らなんでも決断が早過ぎないかっ!? 自分で言っておいてなんだが、暫く熟考しても全然いいんだぞ? これからのお前の人生に関わる事だからな」
「いいえ。ここで決めないと、私は本当の意味で前に踏み出せないと思うんです。少しでも迷う時間を自分に与えてしまったら、そのままズルズルと時間だけを無駄に消費してしまいそうな気がするんです」
「ラウラ……」
以前のラウラからは想像も出来ないような、決意に満ちた瞳。
自分が知らない間に、ラウラ・ボーデヴィッヒは想像以上に強く成長していたようだ。
「…そうか。それがお前の答えならば、私はもう何も言わない。その決意を尊重し、応援しよう」
「大佐……」
「故に、私から言える言葉はもうこれだけだ。『頑張れよ』」
「……! は…はい!」
二人揃って、カップに残っていたココアを全部飲み干した。
「そうだ。これも言っておかないとな」
「???」
何を言うつもりなのだろう?
ラウラは小首を傾げた。
「代表候補生になれば……
「背中……」
最初はどんな意味なのか分からずに呆然としてしまったが、すぐに意味を理解したラウラは、座ったままの格好で敬礼をした。
「大佐。ラウラ・ボーデヴィッヒ少尉。必ずやドイツ代表候補生となって、貴女のお背中を守れるような戦士になってみせます。それまで暫しの間、どうかお待ちください」
「フッ……ラウラならば、意外と今年中にはなれたりしてな。もう既に充分過ぎるほどに土台は出来上がっているのだから」
背中を伸ばしながらベンチから立ち上がり、ラウラの方を見た。
彼女の方も同じように立ち上がって、カスペンの事を見ている。
「いいか。自分の強みは最大限に活かせ。決して出し惜しみはするな。特に、己が重要だと思った場面ではな」
「了解です!」
「うむ。いい返事だ」
互いの顔を見ながら少女達は笑い合い、決意を新たにする。
全ては、どこかの誰かの未来の為に。
「どうやら、思ったよりも話し込んでしまったようだな。いつの間にかもう23時になろうとしているじゃないか」
「本当だ。全く気が付きませんでした」
窓越しに部屋の中にある掛け時計を確認すると、時間は22時47分になっていた。
いつもならば、とっくに就寝しているような時間帯だ。
「明日も早い。今日はもう寝るとしよう」
「そうですね」
「そうだ。こうして私の部屋まで来ているのだから、いっそのこと、ここに泊まっていかないか?」
「た…大佐のお部屋で一泊をするっ!?」
「嫌か?」
「い…いいえ! 喜んでお供させていただきます!」
「お前は一体どこに行くつもりだ?」
またもやラウラが緊張モードになってしまった。
このまま自分の部屋に帰れると思った矢先の、いきなりの緊急ミッションに、心臓がバクバクと激しく鼓動していた。
(ま…まままままさか、大佐のお部屋で一晩を過ごす事になろうとは……! こんな事なら、もっといいパジャマを着てくれば良かった……)
ラウラが女の子らしいことで後悔している。
これもまた彼女の成長の証かもしれない。
「どうせなら、一緒のベッドで寝るか」
「い…一緒のベッドォッ!?」
「私一人で寝るには大き過ぎるんでな。私とラウラの二人一緒に寝て、初めて丁度いいぐらいだ」
カスペンの部屋のベッドは、無駄に過保護すぎる彼女の父親が用意した完全オーダーメイドの一品ものなのだが、大切な一人娘が伸び伸びと寝れるようにと、これまた無駄に大きくて羽毛でフワフワなベッドをプレゼントしたのだ。
別に気持ちよく寝れるのはいいのだが、広すぎて落ち着かない。
もうベッドというよりは、白くて柔らかい荒野だった。
「さて…と。まずは寝る前に歯を磨かないとな。安心しろ。ちゃんと、客人用に予備の歯ブラシもあるからな」
「あ…ありがとうございます」
用意良すぎか。
一瞬だけ、カスペンと一緒の歯ブラシを使えるかも…なんて思ってしまったのはご愛嬌。
その後、ちゃんと一緒に歯磨きをしてから、二人は向かい合うようにしてベッドに潜り込んだ。
「それじゃあ、おやすみ」
「お…おやすみなさい」
手元にあるリモコンで部屋の電気を消して、すぐに目を瞑る。
よっぽど疲れていたのか、カスペンはすぐに眠りについたが、ラウラの方はそうはいかず、カスペンの可愛らしい寝顔を間近で見る羽目となり、ドキドキが止まらなくなって中々に眠れなかった。
といっても、それから十数分してすぐにラウラも寝てしまったが。
誰も見てはいなかったが、カスペンとラウラはまるで本当の姉妹のように体を寄せ合って眠っていた。
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今回のオチ。
「ゼー…ハー…ゼー…ハー…死ぬ……本当に死ぬ……」
「情けないぞ。まだまだ指立て伏せも腹筋も終わってないし、千メートルダッシュも半分も終わってないだろ」
クラリッサは暗くなった訓練場のど真ん中で、盛大にぶっ倒れていた。
そんな彼女を見下ろしながら、千冬は寮の方を見た。
「フッ……青春だな」
そんな呟きが夜風に紛れて消えていった。
……なんて爽やかに終わる筈も無く、この後も微塵も容赦なくクラリッサへの特別訓練は続いていった。
次の日から数日、クラリッサは全身筋肉痛で訓練を休むことなり、ベッドの上で苦しむ羽目になるのだが…それはまた別のお話。
カスペン&ラウラのカップリング爆誕。
早くもヒロイン確定ですね。