インフィニット・ストラトス IS IGLOO 作:とんこつラーメン
本当は、ポンッと思い浮かんだ話を書こうと思っただけなんですけど。
この日、カスペンは休みを利用して日本行きに備えて色々な雑貨を買う為に一人、街まで繰り出していた。
今日は珍しく一人で、私服のスカートなど以外にも、髪を解いてから帽子を被ったり、度が入っていない伊達眼鏡を掛けている。
今や、『史上最年少の天才美幼女国家代表』と言われて国中の有名人となっているカスペンは、こうでもしないと碌に街中も歩けないのだ。
そんな彼女が今いる場所は、街の一角にあるCDショップ。
その店先には、ゴシックドレスを着て満面の笑みを浮かべている自分のポスターがデカデカと飾ってあり、そこにはこう書かれてあった。
『我が国の誇る天才美幼女国家代表【ヘルベルト・フォン・カスペン】のファーストシングル! 【LOS! LOS! LOS!】好評発売中!』
目の前で自分が、普段は絶対にしない作り笑いをしている。
これを見るだけで、猛烈に頭が痛くなる。
「どうして……こうなった……」
ヘルベルト・フォン・カスペン。心からの叫びだった。
こうなった全ての原因は、前回の仕事の時に遡る。
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その日もまた、カスペンは国家代表としてのプロバガンダの仕事をする為に、ある場所へと赴いていた。
「またここに来る羽目になるとはな……」
そこは、以前にカスペンがとあるラジオ番組に出演した際にやって来たスタジオだった。
今回もスタッフに案内されて中へと進んでいくのだが、今回はラジオスタジオの前を通り過ぎて行った。
「ん? 今日もラジオの収録じゃないのですか?」
「違いますけど……あれ? もしかして、何も聞かされてません?」
「何をですか?」
全く意味が分らない。
一体何を聞かされていないと言うのか。
「あぁ~…そっか~。まぁいいや。取り敢えずは着いてきてください。ここで話すよりも見て貰った方が早いと思うんで」
「はぁ……了解しました」
なんとも曖昧な言葉に怪訝な顔をしながらも、『これも仕事だ』と割り切ってスタッフの後を追う事に。
そうして辿り着いたの場所は、一人用のマイクに様々な音響機器が設置された現場。
それを見た途端、カスペンは猛烈に嫌な予感がし、背筋が凍りつきそうになった。
「監督ー! ヘルベルト・フォン・カスペン大佐をお連れしましたー!」
「おぉ~! 麗しの歌姫の御到着か!」
監督と呼ばれた髭の男の言葉を聞いた途端、嫌な予感は確信に変わった。
今回は今まで以上にヤバい仕事だと。
「あ…あの…歌姫とは一体何のことですか?」
「おやぁ? まさか……」
「そうみたいっす。どうやら、何も聞かされないまま、ここに来たみたいですね」
「そうだったのか……仕方がない。ここで説明すれば問題無いヨネ!」
全く話が読めない。
というか、どうしてそこで開き直る。
最大の当事者を置いてけぼりにした状態で話を進めないでほしい。
「まずは…はい」
「へ?」
唐突に監督から手渡されたのは、拍子に『LOS! LOS! LOS!』と書かれた台本のような手作りの本。
カスペンは目が点になり、頭の上に大きな疑問符を浮かべた。
「今回、大佐さんがする仕事は……」
「君が歌う曲…つまりはCDの収録だ!」
「……………は?」
一瞬、冗談抜きでカスペンの思考が停止した。
すぐに再起動したが、思わず柄にもない大声を出してしまった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!???」
カスペンの透き通った声がスタジオ中に響き渡った。
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スタッフの一人にドリンクを貰って、ようやく落ち着きを取り戻したカスペンだったが、それでもまだ驚きを隠せない。
「ど…どういう事ですかッ!? なんでいきなり私が歌を歌う事になってるんですかッ!? そんな事、全くちっとも微塵も聞かされていないんですがッ!?」
「みたいだね~。おっかしいな~? ちゃんと、大佐の御両親や軍の許可は貰ってるから、てっきり大佐の方も既に知ってるとばかり……」
両親の許可を貰っている。
それを聞いた途端、カスペンの脳裏には笑顔でピースサインをしている父と母の顔が思い浮かんだ。
「お父様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? お母様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
これで全ての線が繋がった。
軍の方はプロバガンダ目的で了承したのは間違いないが、両親の方の理由は完全に別だろう。
一人娘であるカスペンの事を超溺愛している両親は、純粋に彼女の歌が聞きたいが故に、今回の仕事を了承したに違いない。
そして、そんな仕事があると彼女に知らせれば、あらゆる手を尽くしてでも仕事自体を無かったことにしようとするに決まっている。
だからこそ、これまで仕事の話を全くしてこなかったのだろう。
「おのれ……! 軍の上層部の方は、いずれ私がもっと上に行った時に一斉粛清すればいいとして……あのバカ両親が……!」
幾ら厳格な軍人であるカスペンも、家族の存在は非常に大切に想っている。
人としても、一人の軍人としても尊敬しているのだが、プライベートでは超が付く程の親バカでもあるのだ。
憎みたくても憎めない。
それがカスペンから見た両親の第一印象だった。
「大体! 今までの人生の中で国歌と軍歌と童謡しか歌った事が無い私が、いきなりCDデビューだなんて! そんなの正気の沙汰じゃないでしょうっ!?」
「大丈夫大丈夫。多少の下手さ加減は聞く方も笑って許してくれるよ。今回の曲は、カスペン大佐が歌う事自体に大きな意味があるんだから」
似たような言葉を以前にラウラに言った手前、それを言われると何も反撃が出来ない。
「道理で…前回の仕事から戻った直後、司令から『喉を痛めるような事はするな』とか『偶には発声練習でもしたらどうだ?』と言われたわけだ……」
それで気が付かないカスペンもカスペンな気がしてきた。
意外と彼女はドジっ子なのかもしれない。
「御心配なく。流石に我々も、今からいきなり歌えだなんて無茶振りはしませんよ。一応、今日はこのスタジオは我々の完全貸切になってますから、まずは歌詞だけでも覚えてください」
「い…いいでしょう……。こうして、ここまでノコノコと来てしまった以上は、私も軍人として、国家代表として仕事を放棄するわけにはいかない。こうなったら、どれだけ音痴でも、見事に仕事を完遂してみせようじゃないか!」
「おぉ~! その意気だよ大佐! それじゃあ、我々は大佐が歌詞を覚えている間、ゆっくりと準備でもしていようか」
「「「「はい!」」」」
その後、女性スタッフに案内されて控え室に連れて行かれるのだが、その道中にふと思った。
(このスタジオが一日貸切なのって、ほぼ間違いなく上層部の仕業だろうな……)
大当たりである。
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控え室の椅子に座りながら、カスペンは歌詞を一つ一つ読んでいく。
その度に、彼女の眉間に皺が寄せられるのだが。
「なんなんだ、この曲は……。一体どこのどいつが作詞をしたんだ? 完全に今時の曲とはかけ離れている詞じゃないか? よく知らないけど」
カスペンは、今時の子供にしては珍しく、最新の曲や流行などには全くの無知だった。
それはラウラも同様なのだが、カスペンの方は最低限の常識ぐらいは弁えている為、辛うじてクラリッサの魔の手からは逃れている。
「この台詞の部分も本当に必要なのか? 私から見ても、かなり物騒な言葉だぞ?」
そもそも、基準が不明だから、この歌詞がいいのか悪いのかが全く分らない。
だが、昔から暗記は得意中の得意だったから、歌詞自体はスムーズに記憶していった。
「で、この端末に曲が入っているんだったな。どれどれ……」
去り際にスタッフから教えられた、テーブルの上に置いてある小型端末を操作して、既に刺さっているイヤホンを耳に付けて曲を再生した。
「……まるで軍歌みたいだな。だが、嫌いじゃない」
一通り聞いてからリピート。
誰もいないのをいいことに、今度は曲に合わせて歌詞を見ながら歌ってみる事に。
「~♪」
この時、カスペンは歌うことに夢中で全く気が付いていなかったが、実は彼女の事を呼びに来たスタッフの一人がドアの隙間から彼女が歌っている様子を偶然にも見てしまっていた。
(おいおい…マジかよ。そこら辺の歌手なんか目じゃないぐらいに上手じゃないか……! それなのに今まで流行の曲とかを歌った事も無いって…宝の持ち腐れってレベルじゃないぞ…! もしかして俺達、とんでもない逸材を発掘しちまったんじゃ……!)
透き通るような声から構成される歌声は、一流の歌手にも決して劣らない。
誰が聞いても絶対にこう答えるだろう。
『これこそが天使の歌声』だと。
(こうしちゃいられない! 急いでこの事を監督に知らせないと!)
カスペンが満足げに微笑みながら歌い終わると、ドアの所にはもうスタッフはいなくなっていた。
結局、最後までカスペンは最後までスタッフが自分の歌を聞いていた事を知らないままだった。
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スタッフが呼びに来て、カスペンは急いでスタジオへと向かった。
ちょっぴり、誰から自分の歌を聞いていたのではないかと思ったが、いたって普通にしていたから、自分の杞憂だったと思い知る…が、実際にはバリバリ聞かれていた。
もしも、その事を言ったら、今度こそ仕事をドタキャンされそうだから誰も何も言わなかったが。
「それでは、まずは練習からいってみようか。歌詞を見ながらで構わないから、取り敢えずは歌ってみて。今日中に出来なさそうだったら、明日以降でも構わないから」
「大丈夫です。ドイツの軍人として、カスペン家の娘として、皆さんのお手を煩わせるわけにはいきません。是が非でも今日中に収録を終わらせてご覧にいれます」
「おぉ~! 気合入ってるね~! なら、始めようか」
ヘッドホンを耳に付け、背に合わせて大きく下げられたマイクの前に立ち、頭の中で覚えた歌詞を再度確認する。
(問題は無い。全部覚えている。フッ…よもや、ジオン軍にいた頃に鍛えた記憶力が、こんな所で役に立とうとはな)
ヘッドホンから曲が流れてくる。
少しの伴奏の後に、カスペンは歌い始めた。
それを別のヘッドホンで聞きながら、監督は大きく目を見開いていた。
「こ…これは……!」
「ね? さっき俺が言った通りでしょう?」
「あぁ…! 全く期待をしていなかったと言えば嘘にはなる。だが、まさかここまでだったとは誰が予想する……!」
スタジオ内にカスペンの歌が流れ、スタッフ全員がその歌声に聞き惚れていた。
どれだけ歌詞が過激でも、その歌声が全てを帳消しにしていた。
「なんて力強くて綺麗な歌声……」
「まるで、戦場で歌う妖精…いや、天使だ……」
「台詞の部分も完璧じゃないか…!」
「踏まれたい…♡ 罵られたい…♡」
「「「え?」」」
歌詞の間違いも無く、順調に歌が進んでいく。
その時、監督が仕事人特有の鋭い目つきをして、近くにいたスタッフに尋ねた。
「おい。ちゃんと、これは……」
「勿論、バッチリと録ってますよ。向こうが本気で頑張ると決めた以上、こっちだってその気合に全力で応えないと!」
「よく言った!」
そうして、カスペンの生まれて初めてのCD収録は順調に進んでいった。
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歌い終わってから、カスペンがマイクの前で大きく深呼吸をしてガラス越しにスタッフに聞いてきた。
「どうでしたか?」
「最高です! 予想以上にお上手でした! これなら想定よりも早く終わりそうです!」
「それは良かった」
「でも、念の為に、小休止の後にもう何回かお願いできますか? 次の方がさっきよりも、もっといい可能性もありますから」
「了解です」
収録所に入ってきたスタッフからタオルやドリンクを受け取りながら、カスペンは無意識の内に笑っていた。
「もしも、本当に今日中に収録が終わったら、明日はジャケット撮影とかしてもいいかもしれませんね」
「そうだな。全く…流石は国家代表様だ。我々の予想をいい意味で裏切ってくれる」
「ですね。これは、発売日が今から楽しみになってきますよ」
「あぁ。お前達、今日は徹夜を覚悟しとけよ! 大佐が帰ってからが一番大変だぞ!」
カスペンに当てられたのか、スタッフ全員とスタジオ全体が熱気に包まれる。
結果、曲の収録は想定の数倍の早さで終了した。
(思ったよりも歌うのって楽しいんだな……)
それがセカンドシングルのフラグにならない事を祈ろう。
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そうして、満を持して発売されたヘルベルト・フォン・カスペンの最初で最後のファーストシングル『LOS! LOS! LOS!』は、驚異的な売り上げを見せた。
たった半月でミリオンヒットを達成し、あっという間に新曲ランキングの一位に上り詰めた。
流石のカスペンも、こうなるとは少しも想像していなかった。
自分の歌った曲が、ここまで売り上げるとは誰が思うだろうか。
そして、これによりカスペンの仕事の一つに『歌番組への出演』が追加されたことは言うまでもない。
だが、衝撃的な事はこれだけでは終わらなかった。
「大佐! 大佐の初シングル、ハーゼ隊全員が購入しました!」
「冗談だろっ!? まさかラウラも……?」
「は…はい。生まれて初めてCDなる物を購入しました」
「その…実は私も買った」
「織斑教官もっ!?」
「というか、この基地にいる人間の全員が買ってますよ?」
「冗談だろッ!?」
既に、自分の身近な人間が揃って買っていた。
部隊の皆が購入しているのならば、当然……。
「あ。私達もこの前、買いに行きましたよ」
「オレなんか、初回購入特典の大佐のブロマイド付きのやつを買いましたよ!」
「モニク……ヒデト……お前達もか……。ま…まさか、アレクも……」
「買ってるぞ? よく暇な時に聞いてる。まさか、歌の才能まであるとは思わなかったぞ」
「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」
これから暫くの間、ハーゼ隊の食堂で『LOS! LOS! LOS!』が流れる事となり、それを聞く度にカスペンが悶絶している様子が見られたという。
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余談。
久し振りの日本サイド。
「お…おい! なんかカスペン大佐が歌手デビューしてるぞっ!?」
「「マジでっ!?」」
このご時世、情報が伝わるのは光よりも早い。
当然のように、ネットからの情報で日本にいるデュバルやソンネン、ヴェルナー達にも伝わっていた。
その後、当たり前のように日本でも発売されたCDを買っていたという。
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余談その2。
ソンネン達が買ったのだから、勿論のように彼女も……?
「エヘヘ……ソーちゃんのファーストシングル♡ 発売日に徹夜で並んで買った甲斐があったね!」
「いい曲ですね。なんだか自然と気が引き締まります」
「そうだね! 不思議とソーちゃんに応援されてる気分になるよね!」
基地内の食堂と同様に、束のラボ内でも暫くの間、カスペンの曲が流れ続ける事となった。
やっちゃいました。
でも、書いてて楽しかったので後悔はないです!
曲は勿論、TS化したカスペンのモデルになった『彼女』の曲です。
ずっと聞きながら書いてました。